ヴェルディ、代表、アイドル、漫画、アニメ等
KUNI 『Masque』
2015年12月30日 (水) | 編集 |



特にどうという話、どうというアルバムではないんですけど、Amazonで10000円も払って買ったので、少し元取ろうと思って。(笑)
今年最後の更新のネタに。

無名のギタリストであったKUNIは1983年に渡米し、現地で一流のミュージシャンと交わりながらソロ・アルバムを制作、 1986年に『Masque』を発表した。

Wiki より。
"無名"というのは日本でですね。数奇な音楽生活を送っている、変わり種の日本人ギタリストのデビュー・ソロアルバム。
まあ何でしょうね、日本での無名っぷりと、えいっと出てみた"本場"での認められっぷりが、何となく三浦知良的な部分のある人です。特に"凱旋"はしてませんけど。(笑)

このデビュー盤に参加したのは、ビリー・シーン、フランキー・バネリ(英語版)、チャック・ライト(英語版)、カル・スワン、ケヴィン・ダブロウ、ニール・タービン(英語版)、ジョン・パーデル(英語版)、奥本亮(英語版)など。

メインに支えているのは、交友関係の深かったらしい、フランキー・バネリ(ds)、チャック・ライト(b)の"クワイエット・ライオット"組ですが、アルバムの売りとしてはむしろゲスト的に参加した、当時ようやくD・L・ロスバンドへの参加



で名前の知られ出した、バカテク・ベーシストのビリー・シーンと、直後('87)に"ライオン"という歴史に少しだけ(笑)残る愛すべき好メタル・バンドを結成



する、カル・スワン(vo)とマーク・エドワーズ(ds)のコンビの方かなと。
名前にインパクトがあるというのもそうですし、全体としてはLA/アメリカンなメタルサウンドな中で、ビリー・シーンの"クラシック"気質やカル・スワンのイギリス(スコットランド)人魂と、言ったって日本人であるKUNIの情緒豊かなギターが"異郷"で魂の邂逅を果たした的な、そういう風情はあります。
特にカル・スワンと絡んだ8曲目、ソウルフルな『Restless Heart』は、人気の高い曲ですね。ビリー・シーンとの絡みは、いかにもまだ"ゲスト"的な部分も大きいですが。

といって別にKUNIは無理にアメリカン・サウンドに合わせているわけではなくて、自分を認めてくれたアメリカのメタル・シーンの空気、ストレートで軽快なメタル・サウンドを伸び伸びと表現しながら、そこにナチュラルに彼のギターの陰影感が絡んで行く感じはとてもいいです。なんだかんだ僕は、上の大物"ゲスト"陣の絡まない、捻りなくストレートな1曲目『When We Rock』~2曲目『Love Taker』の流れが一番好きかな。

その"アメリカン"な部分を、今度はより商業的に"バンド"として、意図的に全面展開したのが、次の『Lookin' For Action』('88)。



これは結構評価も高い、確かに完成度は高い作品なんですけど・・・僕はちょっと。あんまり。
誰でも作れそうというか、余りに日本人ギタリストの、"就職活動"的というか。不自然な感じ。


その後は・・・

1993年に帰国。ギター演奏から離れてA&Rとしてヴァン・ヘイレン、エアロスミス、オジー・オズボーン、キッス、B'z、ボン・ジョヴィ、Mr. Bigらを手掛けた。



へええ、そんなことになってたんだ。
ちなみに年代的には、上のアルバムにはまだ関与していません。有名なので挙げておきましたが。(笑)
とにかくビリー・シーンとの縁は続いていたということで。

1988年にはレコード・レーベルとしてZAIN RECORDS下にBIG M.F.を起ち上げ、ビリー・シーン、シェーン・ガラース、ジョージ・リンチ、ポール・ディアノ、イナフ・ズナフ、バリー・スパークス、MR. ORANGEらの作品を制作。
また自身の作品としてアルバム『FUCKED UP!』2000年に発売した。




これはエリック・シンガー、デイヴ・スピッツ(英語版)、デレク・セント・ホルムズ(英語版)らと1990~1992年にかけて録音した音源に、松本孝弘、山口昌人、ビリー・シーン、カル・スワンらと1999年に録音した音源を加えたもの。

松本孝弘?どれだろう。B'Z知らないんで分かんないですけど。
久しぶり(12年ぶり)の自作品ですが、録音の経緯もあって"アウトテイク"集的な感じで、'80年代の作品に比べて特に曲調に大きな変化は無いです。『Lookin' For Action』の外向きな感じと、『Masque』の内向きな感じの、中間くらいですかね。何てことは無いですけど(笑)、全然悪くはないです。
1つ過去の作品に比べた特徴、聴き所としては、さすが10年以上の付き合いを経た後だけあって、ビリー・シーンとの絡みが格段に有機的になっていること。元々相性はいいと思いますし。お互いクラシック的ヨーロッパ的なバックグラウンド・資質を持ち、かつそれゆえというのもあって、生粋の"メタリスト"である、"アメリカン・ロック"ではなく。
Mr.BIGで興味を失って以来、ビリー・シーンの近況は追ってませんが、いっそ初期TALAS



的なバンドを、二人でやってくれないかなという感じ。
クラシック、メタリック、かつポップ。
とにかくこのアルバムは、曲のコンパクトさとビリー・シーンの伸び伸びとしたベース・プレイが聴きものという感じで、あんまり"ギタリスト"アルバムではないですね。裏方歴が長かったからかな。(笑)

再びギタリストとしてティアーズ音楽事務所と契約し、2010年にLOUD PARKの舞台へ立った。その翌年、レコード・デビュー25周年を記念する2011年に、過去に録音した音源と、ギルビー・クラークやジョン・コラビ(英語版)、マーク・ボールズらと録音した未発表音源、さらにAnchangらと新たに録音した音源を加え、『KUNI ROCK』を発表。




これは聴いてません。まあ気が向けば。
しかし不思議なキャリアですね。
業界での人望があるというか、色々な人から総合的な音楽センスを認められてるんだろうなあという感じは凄くしますが。
一応まだ現役?


・・・さて最後にようやく『Masque』レビューというか、"ギタリスト"KUNIの解説ですが。
それなりに"速弾きギタリスト"の類なのかも知れませんが、テクニック的には全然大したことはありません。(笑)
デビュー当時としても、そうだったと思います。
上手い上手くないで言ったら、同じ"アメリカで知られている日本人メタルギタリスト"でも、高崎晃あたりの方が遥かに上です。ただ逆に"日本人"である意味としては、高崎晃より遥かに上です。
徹底的に"国際的"になろうとした高崎晃と、"異邦人としてアメリカに溶け込んだ"KUNIとの違いという感じですかね。

その"異邦人"性も加味して似たギタリストを探すと、マイケル・シェンカーとかかな。
KUNIの方がよりアメリカンでメタリックではありますが、ソロもバッキングも、全フレーズが満遍なく"メロディック"な感じは、よく似ています。似てるというか、"稀少"なタイプ。
オランダのエイドリアン・ヴァンデンバーグやノルウェーのジョン・ノーラムなんてのもいますが、彼らはちょっと、"メロディ"の押し方が露骨ですね。KUNIやマイケル・シェンカーはメロディックではあっても、それが曲として機能的に必要とされるフレーズに、"溶け込んで"いる感じが特徴。

そうね。技術的な中途半端さも含めて(笑)、マイケル・シェンカーとリッチー・ブラックモアの間みたいな感じのギタリストでしょうか。+"ヘヴィ・メタル世代"感。
"アルバム"としては、イングヴェイの1stに少し似てるかも。



"ギタリスト"アルバムではあるんだけど、不思議にゲスト・ヴォーカルのヴォーカルの乗りがいい感じが。
イングヴェイはあれですよね、この後に作ったどんな"バンド"アルバムよりも(笑)、この1st"ソロ"の方がそこらへんが素直で聴き易い感じがします。


・・・はて。
何か5000円台の、もっと安いのがあるな。(笑)



こんなのあったかなあ。
僕が上のを"売り切れ"にしちゃったから、出て来たのかな。(笑)

まあ何せそれでも高いので、それほど強くは薦めませんが、オーソドックスなメタルが好きな人マイケル・シェンカーが好きな人、僕の解説に興味を抱いた人は、良かったら聴いてみて下さい。
"凄く"はないけど、何かと"琴線"に触れる可能性はある、アルバム、アーティストだとは思います。


よいお年を。


スポンサーサイト
テーマ:HR/HM
ジャンル:音楽
ジュリアン・コープ『ジャップ・ロック・サンプラー』
2015年12月04日 (金) | 編集 |


ジュリアン・コープとは。(はてな)

イギリスのミュージシャン。サウスグラモーガン州のデリで生まれ、タムワースで育る。
いくつかのグループを結成後、イアン・マッカロク(のちにエコー&ザ・バニーメン)と曲を共作したのちに、1978年、ゲイリー・ドワイヤーとティアドロップ・エクスプローズを結成。
また、ロックについての研究書を執筆。

ティアドロップ・エクスプローズは聴いたことが無いですが、エコー&ザ・バニーメンの方は今見たら3枚聴いています。いつの間に?特に好きでも嫌いでもないです。(笑)
後はルースターズのラストアルバム『FOUR PIECES』に入っている"Land Of Fear"は、ジュリアン・コープのソロの曲のようですね。これもまあ、好きでも嫌いでもない。
・・・という程度の予備知識の人が書いた、日本のロックの"前史"的な本('08)。最近のも聴いてはいるようですが、取り上げられているのは基本'70年代までです。
"前史"というか結果的に現代には直接繋がらなかった、ある時期のピーク・隆盛についての話。"あったかも知れない日本のロック"。
当時活躍して現代でも一般に名前が知られている人としては・・・内田裕也、と、喜多郎くらい?この本だと。内田裕也は随分凄い人だったんですね。"ロックンローラー"というよりは"プロデューサー""仕掛け人"として。見かけ通りの直情天然さんではないというか。むしろ腹黒い。(笑)


本文中で取り上げている中で、例えば以前紹介した「”snoozer”2007年12月号 『日本のロック/ポップ・アルバム究極の150枚』」に載っているバンド、ミュージシャンで言うと・・・

 村八分、裸のラリーズ、ジャックス、久保田麻琴と夕焼け楽団、フラワー・トラベリン・バンド、頭脳警察

と言ったあたり。同様に「”Rolling Stone日本版”2007年9月号 『日本のロック名盤 BEST100』」も引っ張り出すと

 外道(ただしネガティブに)、カルメン・マキ(名前だけ)、ブルース・クリエイション

あたりも。
基本的にはアンダーグラウンド/アート志向で、しばしば現代音楽やフリージャズの方にも脱線します。
しかしプログレは嫌いで、(知性はともかく笑)純音楽的にはハードロック好き。
フォークは"アンダーグラウンド"の文脈に乗っかれば評価しますが、"ソフト・ロック"的な脈絡では嫌い、無視。はっぴぃえんどにも好意的ではありません。


実際のところ、ほとんどは僕も音を聴いたことの無いバンドの話ばかりなんですけど、面白かったです。
当の日本人も含めて、今まで誰もちゃんと調べたことの無い時代・シーンについてかなり徹底的に掘り下げた労作であるということと、それを行っている"ジュリアン・コープ"という謎の(笑)イギリス人の知性の働きそのものが、興味深く、かつ感動的でした。"何者?"という感じでした。(笑)
まあ、「奇書」ですね。"奇書"の一つのパターンに乗ってるというか。
つまり「在野」「個人」という立場で、しかしにも関わらず誰に求められているわけでもない高度に緊張感のある「アカデミック」「学究的」なスタイルで書くという。その情念と理性の混じり合いと、なぜあえてそこまで律儀にという"酔狂"さが、正に「狂」を生むという。

訳者によると実際には少なからぬ誤情報や、単なる想像の言い切りが含まれているらしいんですが、しかし著者の態度は一貫して剛球一直線という感じで(笑)、"ネタ"感や"方便"感は微塵も無いです。文体の陰影というか。変な人です。
一応言っておくと、詳細は分かりませんが主に"文化人類学"という形で実際のアカデミズムとの関わりはある人のようです。つまりこれも広くは、"フィールドワーク"の一環ではあるわけですけど。
それで納得出来る感じでもない(笑)。やっぱ謎の人だなあという印象。

とにかくよくぞここまで、こんなマイナーなシーンを限られた情報から調べ上げて全体像を構成して見せるものだな、しようとするものだなと、それ以前によくもここまで興味を持ったものだなと言う。
感じとしては、「西洋の研究者にとってのみ興味深い、"現地"の文化」みたいなところは無くは無いんですけどね。ただ多分特に、"現代音楽"との関連である時期の「日本のロック」に意義や必然性を持たせた、"現代音楽"(と各種左翼的運動)の世界性によって「日本」の音楽を「世界」と繋げた、その視点の提供には、少なからぬ意義があるのではないかと。
・・・結局それは十分に花開かずに、"J-POP"的なガラパゴス化によって、後に日本にロックは「定着」するわけですけどね。
個人的には、所謂"バンドブーム"に乗っかってるような乗っかってないような、ルースターズローザ・ルクセンブルクという僕の好きな二大異色バンドの位置付けが、ジュリアン・コープが描写したようなシーンの"残り香"として理解出来たような気がしたのが、収穫ですかね。
まあ"ブーム"以降のも十分に好きなんですけど、僕は。
[続きを読む...]
テーマ:邦楽
ジャンル:音楽
佐藤滋 『ロックの世界』
2015年07月21日 (火) | 編集 |
ロックの世界

ロックの世界―エルビスからクラッシュまで (1983年)


僕が買って読んだ最初で最後の、"ロック通史"的な本。
この前ボブ・ディランニール・ヤングを借りた時に、久しぶりに手に取って再読して、今見ても全然面白いなと思ったので少し紹介してみます。

著者は1940年生まれの、仏文卒の元音楽旬報記者。
発行は1983年で、取り上げられているのはぎりぎり'82年発表までの作品。"パンク"から"ニューウェイブ"が発展して、それもしかしそろそろ終わりかな、とても永続的な動きには見えないというような状況の中で、ある意味"終わった"ものとしてロックを総括する的なスタンスで書かれたものと、一応言っていいと思います。

泡沫的なものまで含めて"ニューウェイブ"もかなり広く紹介しながら、著者の主軸はやはりビートルズ、ストーンズからグラム・ロックあたりに流れるイギリス主流派、それにアメリカのフォーク・シンガーソングライター系あたりか。
プログレやサザン・ロックのような趣味的にサウンド志向なタイプには少し距離がある感じで、ハード・ロック系となると更に遠くて、ほとんど義理で取り上げてる感じ。(笑)
ニュー・ウェイブやテクノなどはさすがに年齢的に(当時43歳)熱狂したりはしませんが、"実験"としては一つ一つ興味を持って、フェアに評価しているという印象。
まあ至って王道というか、真っ当だと思います。しかし評価の仕方はきちっと個人的。いい本です。

以下特に面白かった記述をいくつか。


"ロックと階級"(p.7-8)

ロックは、主に、アメリカとイギリスの、白人中産階級及び比較的豊かな労働者階級の子女たちによって作られ、受け入れられてきた大衆音楽である。

"不良"の音楽、とはいうものの、"下層"の音楽ではないんですよね。
バネになっている"逆境"は、とぢらかというと精神的文化的なもので、ある意味では優雅。高級というか。
このある意味中途半端な「階級」感覚が、最早"ヤンキー"のレベルにまで大衆文化の主体が降りて来てしまったここ日本でも、今更主流にはなれない理由の一つではあるかも。


"ロックと黒人音楽"(p.9)

しかし、ロックがジャズやポップスと違っているのは、ジャズは黒人が作り出した黒人の音楽であり、ポップスが黒人の要素を一部に取り入れた白人の音楽であるのに対し、ロックは黒人音楽をそっくり真似した上で、そのまま自分たち白人の音楽にしてしまったことにある。

この感じはほんと独特で、たまに呑気な(笑)黒人ミュージシャンが、「やってるのは要は黒人音楽なんだから、ロックは本来黒人のものだ」などとのたまって揚々とロック・シーンに参入して来たりもするんですが、むしろ黒人ゆえに実に中途半端なものしか作れずに返り討ちに遭うみたいなことを、繰り返してる気がします。・・・Living Colorとかね。1stしか聴いてないけど、クソつまんなかった。
プリンスが面白いのは、誤解を恐れずに言えばむしろ十分に"白い"からだと思います。"黒"に頼ってないというか。黒のままではロックは出来ない。ロックは断固として"白人音楽"である(またはアングロサクソン)と、僕は思ってますが。
ジミ・ヘンも・・・どうだろう?個としては面白いけど、"ロック"として面白いのか?あれ。


"ロックとポップス"(p.10)

さらに、この国(注・イギリス)のポップスに強力なジャンルがなかったことも、逆にロックの成長に幸いしたのではなかろうか。
フランスではシャンソン、イタリアではカンツォーネの存在が、それぞれの国のロックをして、中和されたポップスへと導いて行った。日本でも歌謡曲が、ロックを吸収してしまった。これらの国では、伝統の方が強かったのである。

まあなんか、"確立"はしてるんだけど、"特例"でもあるんですよね、ロックは。本質的に。
掛け値なしに"20世紀の大衆文化に不滅の足跡を残"して、ロック以前と以後とでは"世界が違って見え"ると僕自身の経験からも思いますが、しかし現象としては、ミニマムには非常にローカルです。"黒人音楽"どころか、"ポップス"の普遍性の方に、むしろ軸足を置きたがる評論家業界人が次第に増えて行ったのも、無理のないことというか。(渋谷陽一を筆頭に。(笑))
国としても、ようやくもう"終わった"頃に、日本が本格的に"第三極"になれたかな、なれてないかな、というくらいかなと。・・・終わったからこそ?(笑)かも。リアルタイムだと、あいつらすぐ人の邪魔するし(笑)。ルール変えたりして。
とにかくアメリカですら、王道"芸能"の圧力は強くて、実は常にロックは"吸収・消滅"の危機にさらされて来たと思います。正に"プレスリー"が、うやむやにされたように。


"プレスリーとチャック・ベリー"(p.25)

この二人の差は、いわゆる大衆音楽民俗音楽の違いのように見える。ベリーが成熟や変化と無縁であるだけでなく、彼の歌が他の歌手によって歌われても同じ様に楽しく生命力が溢れてくるのは、いかにも民俗音楽的である。

まああんまり本論とは関係無い気がしますが、チャック・ベリー論として面白かった。
ただこういう"誰のものでもない""誰がやっても同じように盛り上がる"というのはロック以前のブルース、R&Bの段階ではむしろ当たり前な特徴なので、これは何というか、ペッラペラで"黒人音楽"的深みを思い切って断ち切ったかに見えるチャック・ベリーが、それでも黒人であるというそういう話として理解してもいいかなと思います。


"ビートルズのアメリカ進出"(p.28)

彼等のアメリカ進出は、実際には六四年になってからだが、既にアメリカ国内にはロックンロールの生命力を持った実力者は一人も見られず、迎えられるべくして迎えられた観があった。

"ブリティッシュ・インヴェィジョン(侵略)"とは言うものの、という。
上で言った、アメリカにおいてロックが"消化・吸収"された、その後に(母国の特殊事情に助けられて)より強固なジャンル意識を持ったビートルズが、アメリカに消えないクサビを打ち込んだというか。
まあ"ポップス"だけでなく、"黒人音楽"も、常に吸収しようと待ち構えてますからね、アメリカは。イギリスには基本的にそのシーンが存在しない、そういう強みはある。


"ボブ・ディランの歩み"

むしろ、ディランは、フォーク歌手のまま、ロックの領域に入って行ったと言った方が当っているのではなかろうか。(p.35)

ディランは"転向"したのか、否という話。

たしかに、ロックの歴史の中に位置づけてみれば、このアルバムが革新的であることは勿論だが、ディラン個人の歩みの中で考えると、革新というより自由を、さらには気楽さを感じてしまう。(p.44)

ディランの"本格"ロック転向作、『追憶のハイウェイ61』についての評価。

こうしてみると、ディランは、ロック、カントリーを通して、一貫して気持ち良さ、心地良さを追求してきたような気がする。時にはふてぶてしさを装うこともあるが、実際には、自分の気持ちの拠り所を努力して求めてきたのではないか、と思えてくる。(p.47)

更にのち、"カントリー"時代を経て。

こうしてディランの歩みを辿って来ると、自己主張から解放へ、さらにアイデンティティの探索から神への献身へ、と筋の通った足取りで進んできたのが解るだろう。(中略)彼の血筋であるユダヤ人的であったことが見えてくるのである。(p.50)

ボブ・ディランのユダヤ性という評価は初見だったので、当時はびっくりしました。(笑)
言っているのはつまり、
 ・ボブ・ディランの音楽活動が、"伝道者""革命家"的な世評とは裏腹に、しごく個人的な解放と安心を求めるものであったということ。
 ・その道筋が、出来過ぎなくらいに論理的であるということ。
 ・その論理性、及び予定調和的に"神"にたどり着く屈託の無さが、「ユダヤ」的に見えるということ。

ですね。
だからボブ・ディランが凄いという話ではなくて(笑)、むしろ神格化・過大評価の相対化を、ここでは試みているわけですが。

[続きを読む...]
テーマ:洋楽ロック
ジャンル:音楽
バンプ・オブ・チキン『ジュピター』、軽くレビュー
2015年04月09日 (木) | 編集 |
jupiterjupiter
(2002/02/20)
BUMP OF CHICKEN

商品詳細を見る

1 Stage of the ground
2 天体観測
3 Title of mine
4 キャッチボール
5 ハルジオン
6 ベンチとコーヒー
7 メロディーフラッグ
8 ベル
9 ダイヤモンド
10 ダンデライオン

ぽすれんの毎日引けるおみくじが結構当たって、最初に当たったポイントが期限切れになる頃にはだいたい700円分くらいいつも溜まってるので、それで半年に一回くらい新譜を仕入れています。(笑)
その内の一枚。バンプ・オブ・チキン初体験。'02年の作品。
他に今回聴いた中では、ケン・イシイ『ガーデン・オン・ザ・パーム』とかも良かったです。

割りとTL上での推薦が激しい(笑)バンドなので、正直期待よりも警戒心の方が大きかったんですが・・・。
良かったです。残念(?)ながら。予想に反して。ちょっと悔しい。(笑)
ざっくり言うと、スピッツ('87デビュー)の後のデビュー世代のロックバンドとしては、唯一に近く本気でいいと思ったかなあという。初めて、というか。ちなみにデビューは'94年。(バンプWiki)
ブリグリ('95デビュー)(or川瀬智子関係)とかも好きは好きですけど、内容的にはよく出来たロック同窓会という以上のものではないし。気持ちはいいけど、"感動"するようなものでは。他のバンドはそれ以下。
ロックにこだわらなければ、中田ヤスタカ的なあるいは初音ミク的な企画ものなども含めれば、快感サウンド自体は時代時代、切れ目なくあるわけですけど。上のケン・イシイとかもテクノですし。ただ"本業"はあくまでロック聴き、バンド聴きなもので。(笑)
ま、基本的に、ある世代のものはある世代のもので、余り口出しする気は無いので、あくまで僕の体感というかポジションでの話です。スピッツで最後かと諦めてたら、まだいたか!という。スピッツも別に"画期的"なものは特に無いと思いますけど、既知のもののコンビネーションの中でも、"本気"になれる瞬間が少なからずあるので。この"終わった"ジャンルにおいて。(あえて言えば)

さてバンプですが、一枚しか聴いてない範囲での感想としては、サウンド的には割りと普通というか、素直というか、ロックの快感原則に屈託なく従ってる感じ。"ストレート"というよりも、"器用"という感じですかね。まあこれはある世代以降のバンドに共通して言えること。そうならざるを得ないというか、そうでなければただの無知か馬鹿である可能性が限りなく大きい。(笑)
まあサッカーの育成と同じような話ですかね(笑)。若ければ若いほど、耳年増になるのは避け難い。
ただこのヴォーカル、藤原基央というらしいですが、この人の才能は本物ですね。特別というか。
歌詞と、それを音楽として表現・実現する能力。それを素直でカラフルな快感ロックサウンドが"彩って"いるというのが、このバンドの基本的な構造に思えます。
まあスピッツだって草野マサムネがいなければ、みたいなところはありますし。ちょっと回転数を速くしたフォーク・ロックじゃん的な。(それはそれで面白いか(笑))
元々ロックは"パーソナリティ"ミュージックですから、特に革新的でなくても個人的天才が一人いれば、十分"特別"なものにはなり得るという。

その藤原基央の描く世界ですが、字面的には結構ウェットというか、甘いというか、スピッツよりもむしろ軟弱(笑)とさえ感じるところがあります。
上でスピッツを"フォークロック"と言った時の"フォーク"は、主にアメリカ、バーズとかそこらへんのことをイメージして言っているんですが、こちらはむしろ日本の、"四畳半フォーク"とかそっちの"フォーク"をイメージさせる瞬間がある。かぐや姫とか(笑)。さだまさしとか。(笑)
清志郎ですらない。
でもそれが実際に"音楽"として響いてみると・・・ロックなんですよね。他にいいようがない。
余りにナチュラルにロックだから、逆に無防備にストレートに、"ウェット"で"甘い"歌詞が描けるのかなというか。まあ意識してるわけではないでしょうが、この人の中のバランス感覚というかジャイロスコープというか。
清志郎の"ロック"は、結構意図的というか頑張ってやってるところがあったと思いますけど。"フォーク"や"プルース"の深い淵に、そのまま沈んで行きそうなところを。
ただまあ、"フォーク的な歌詞をロックとして響かせることが出来る才能"という意味では、清志郎的という言い方は出来ると思います。
草野マサムネはメロウですけど、でもあれは最初から"ロック"の範疇内のメロウという感じですから。ある意味安心して聴ける。
とにかくそういう資質を感じます。才能というか。
・・・例えばミスターチルドレンとか、逆にどんなに頑張って"辛(から)い""ドライな"ことを歌ってみても、全く"ロック"に聴こえないんですよね僕には。そういう人たちもいる(笑)一方で。
近頃甘口の酒が多いとお嘆きの貴兄に、甘口のばんぷおぶちきんを贈ります、あえて。

もう一つ今回"アルバム"として聴いてみて思ったのは、ああ"音楽"だなあということです。ピンポイントで言うと、半年くらい前に予習的に動画で見てみた『天体観測』よりも、今回音だけ聴いた時の方が断然良かったということ。
正直言うとですね(笑)、その時はそれで聴かなかったんですよ(笑)。つまんね、と思って。普通じゃんと思って。今部屋で聴いてると、アドレナリン出まくりますけど。
・・・どうですかねえ、Wikiでは『特に「映像的な音楽」という点では藤原も自覚している面があり』とありますが、場合によってはそれが過剰というか、過度に機能してしまう面があるのかなあと。陳腐にというか。(具体的過ぎて)
上で僕が言ったような、"四畳半フォーク"的な「情景」性というのも、その一環かも知れませんが。
同じようなことですが、その『天体観測』を筆頭にキャッチーな曲も少なからずありますが、多分単品ではなくアルバムで聴いた方が、いいというか本質が理解し易いバンドなんじゃないかなと。
バラだと「甘く」「ウェット」な曲が、まとめて聴くと妙な迫力をもって迫って来るというか。
そういう意味では、ほんと"ロック"バンドですよね。「ヴィジュアル」ではなく「音」、「シングル」ではなく「アルバム」。オーソドックスというか、伝統的(笑)というか。

その代表曲『天体観測』を別にすれば、僕の特にお気に入りは、T6『ベンチとコーヒー』とT10『ダンデライオン』ですかね。
前者は僕の言う"四畳半フォーク"性というか、"ニューミュージック"性のある意味究極みたいな曲。
実体験を元にしているらしいですが、"市井の人の哀歓"的なものを、物凄くストレートに、歌詞の意味をそのまま受け取れる感じで歌っていますが、それが音楽的な快感を邪魔しないというかそれ自体が快感化しているというか。
それを特に可能にしている、曲中繰り返されるキラーフレーズ"まいるね"のマジックワードぶりはどうよ。どこまで意図的なのかよく分からないんですけど、正に清志郎的な"魔法"が使われていると思います。まいるね
後者はダンデライオン(タンポポ)という英語から、ライオンとタンポポの友情(?)という寓話的なモチーフで描いた・・・でもかなりストレートな(あえて言いますが)"ラブソング"だと思います。ほとんど"愛"を「定義」しちゃってる感じの。
モチーフ的に思い出すのは、木村カエラの『ワニと小鳥』ですが。('07)

 木村カエラ/ワニと小鳥
 ワニと小鳥(補)

まああちらは関係の破綻の話で、こちらはど真ん中なので直接の関係は無いですが。
ただこういうモチーフだからこそ描ける、"ストレート"な愛の話という、共通性はあるかなと。
・・・ていうかまあ僕が、こういう"異種"感の友情・愛情や、"異形"の者の恋みたいな話に、滅法弱いんですよね。(笑)
聴く度しつこく泣きそうになって困ります(笑)。動物好きの血が騒ぐというか。
「濡れた頬の冷たさなど生涯お前は知らなくていい」「濡れた頬の冷たさなど恐らくお前が奪ったんだ」
・・・なんかあんまり考えてないというか、一貫性は無いというか、勢いで書いた感じもする歌詞なんですが。(笑)
それもまたいいという。"感謝の有頂天"というか。

ちなみにそれが5年後に、「ライオン」が「タンポポ」への感謝を忘れた姿が、「ワニ」と「小鳥」の姿です。多分。(笑)
まあどちらも真実です。多分。(笑)


他のアルバムも、その内聴くと思います。
半年後かも知れませんけど。(笑)
とにかく良かった。『キャッチボール』も絶妙だよなあ。(話が尽きない)
ほんとは宮崎駿『風立ちぬ』とかと併せて"色々レビュー"とかにする予定だったんですが、案の定長くなっちゃった(笑)ので単品で。


テーマ:邦楽
ジャンル:音楽
映画『ジョン・レノン、ニューヨーク』
2014年12月30日 (火) | 編集 |
ジョン・レノン、ニューヨーク [Blu-ray]ジョン・レノン、ニューヨーク [Blu-ray]
(2013/09/04)
ジョン・レノン、オノ・ヨーコ 他

商品詳細を見る


BSプレミアムでやってたのを録画視聴。
正直アーティスティックなセミ・ドキュメンタリーとかかなとか思って気が重かったけど、とても良かった。

・・・いや、"アーティスティックなセミ・ドキュメンタリー"でないことはないんですけどね。やたらと見易かった。音楽的にも快適。監督分かってるなあという感じ。
マイケル・エプスタイン監督。ググってもこの作品以外出て来ませんが。音楽の方の関係者なのかな。
ブライアン・エプスタインと、何か関係が?


主に70年代の、ソロのジョンがニュー・ヨークで暮らしていた時代を、オノ・ヨーコとの関係を中心に追った作品。
と言っても余りそそらなそうというか、"オノ・ヨーコ"という時点で拒否反応が出る人が多いと思いますが、そういうのが一つ一つ"ほぐれ"て行く感じの作品。
「擁護」とか、そういう単純なことではなくてね。

言葉としては当たり前ですが、"人間"としてのジョンやヨーコが、凄く自然に入って来る感じ。
多分「ニュー・ヨーク」という、一見迂遠なテーマ設定が、良かったんだろうなという。
ジョンがニュー・ヨークという町を、どのように愛したか。
"ロンドン"でも"リバプール"でも、"ロサンゼルス"でもなくてね。
ニュー・ヨークという町に、どのように救われたか。
その"愛"と"救い"に重なる形で、オノ・ヨーコもいるというか。

そうして生活者としてのジョンが、ジョンとヨーコの関係が、要するに"本人たちの問題"として還元されて、そのフラットさを基盤として、ソロのジョンの音楽活動や政治活動も描かれているという。
なるほど、そういう文脈で、そういう流れで一つ一つの作品や活動が生まれて行ったのかと、非常に納得感が高いというか、それを支持するとか信じるとかではなくて、そういうことはあるよねという感じで、時代も境遇も違う僕にも、認められるというか。


そして改めて、いい曲が多いよなと。凄いよなと。"政治性"への忌避感が取れてみると。
ちょいちょい挿入されるレコーディング&セッションシーンでの、ジョンのギターと声が鳴った瞬間の、世界が震える感じとジョンが何かを瞬時に"掴む"感じと。
やっぱ別格よねという。

つまり「人間」ジョン・レノンと、「天才」ジョン・レノンを、両方余すところなく、味わえる作品という感じ。
ヨーコの曲(歌)も、悪くない感じに聴こえましたけどね。
作中でジョンが、(当時売り出し中の"ニュー・ウェイヴ"ユニットの)B-52'sのケイト・ピアソンのヴォーカルを聴いて、"ヨーコが歌ってるのかと思ったよ""時代が追い付いたんだね(笑)"と楽しそうに語っていたのが印象的。

まあでも、ジョンのアルバムでは、出来ればジョンの声だけ聴きたいですけどね。(笑)
おかしかったのはジョンが『ダブル・ファンタジー』

ダブル・ファンタジーダブル・ファンタジー
(2009/07/01)
ジョン・レノン
商品詳細を見る

での"カップルによるヴォーカル・アルバム"というアイデアを誰かに先越されないか焦っていて、でもヨーコが「そんな(気持ち悪い)こと誰もやらないのにね」と笑ってるシーン。
ヨーコの方は、割りと常に正気というか、まともというか。(笑)


まあでも、やっぱり凄いねジョン・レノンは。
日本で近いものを持ってるとすれば、やはり清志郎くらいか。あの"掴む"感じは。
そこに例えば桑田佳祐などの、メロディーのヴァリエーションでも加えれば何とか。
清志郎ベースで、7:3くらいのフュージョンが出来れば。(笑)
忌野清志佳祐くらい。(笑)

まあフュージョンはともかく、桑田佳祐ではなくて忌野清志郎みたいな才能が、"サザンオールスターズ""引き受けて"くれていたら、もっと凄いものが、つまりビートルズに近いものが、出来たのかもなあとか、ちょっと思います。
ソロのジョンを見てると、むしろこの人が"ビートルズ"にいたのは不思議なところがありますからね。あのタイミングだから、実現したことというか。
だから清志郎が"国民バンド"サザンをやっても、不思議でないと言えば不思議ではない。不思議ですけど。(笑)
まあ誰か"ポール"が、上手く助けてくれればね。


とにかく最後まで退屈しない、いい映画でした。
最後はやっぱり、"射殺"シークエンスです。
犯人が何を奪ったのか。偶像?虚名?
いいや、そんなものではない。れっきとした人生と、確かにあった"前途"だ。
そう感じさせる内容になっています。

「人間」と「天才」を、そいつは殺したと。
"そいつ"なのか、"勢力"なのか、知りませんが。(笑)
まあとにかく、ソロ時代のジョンを、もっとちゃんと聴いてみようかなと、そういう気にはさせられました。

おすすめ。(の映画)

ジョン・レノン, ニューヨーク [DVD]ジョン・レノン, ニューヨーク [DVD]
(2011/11/09)
ジョン・レノン、オノ・ヨーコ 他

商品詳細を見る


テーマ:The Beatles(ビートルズ)
ジャンル:音楽
”Rolling Stone日本版”2007年9月号 『日本のロック名盤 BEST100』
2014年12月14日 (日) | 編集 |
Rolling Stone (ローリング・ストーン) 日本版 2007年 09月号 [雑誌]Rolling Stone (ローリング・ストーン) 日本版 2007年 09月号 [雑誌]
(2007/08/10)
不明

商品詳細を見る

で、こちらの前ふり・元ネタがこれ。
綾波関係ねえー。(笑)

こちらは"名盤"と銘打ってますね。後世・シーンへの"影響力"を重視したと、そういう説明。
そういう意味もあってか、選んだ100枚を順位とは別に、年表として再配列したページがあるのが、結構親切で有難い。

前回と同様に誌面に従って、こちらは1位から下って行く形式で。

1位~50位

1 はっぴぃえんど『風街ろまん』 ('71)
2 RCサクセション『ラプソディ』 ('80)
3 ザ・ブルーハーツ『ザ・ブルーハーツ』 ('87)
4 YMO『ソリッド・ステート・サバイバー』 ('79)
5 矢沢永吉『ゴールドラッシュ』 ('78)
6 喜納昌吉&チャンプルーズ『喜納昌吉&チャンプルーズ』 ('77)
7 大滝詠一『ア・ロング・バケーション』 ('81)
8 フィッシュマンズ『空中キャンプ』 ('96)
9 サディスティック・ミカ・バンド『黒船』 ('74)
10 コーネリアス『ファンタズマ』 ('97)

11 佐野元春『SOMEDAY』 ('82)
12 荒井由実『ひこうき雲』 ('73)
13 ジャックス『ジャックスの世界』 ('68)
14 山下達郎『SPACY』 ('77)
15 X『BLUE BLOOD』 ('89)
16 アナーキー『アナーキー』 ('80)
17 キャロル『燃えつきる~キャロル・ラスト・ライブ』 ('75)
18 戸川純『玉姫様』 ('83)
19 プラスチックス『ウェルカム・プラスチックス』 ('80)
20 村八分『ライヴ』 ('73)

21 フリクション『軋轢』 ('80)
22 暗黒大陸じゃがたら『南蛮渡来』 ('82)
23 BOWOW『WARNING FROM STARDUST』 ('82)
24 外道『外道』 ('74)
25 ボアダムズ『チョコレート・シンセサイザー』 ('94)
26 矢野顕子『ジャパニーズ・ガール』 ('76)
27 ザ・スターリン『STOP JAP』 ('82)
28 ルースターズ『グッド・ドリームス』 ('84)
29 ミュート・ビート『FLOWER』 ('87)
30 遠藤賢司『満足できるかな』 ('71)

31 憂歌団『生聞59分』 ('77)
32 サザンオールスターズ『人気者でいこう』 ('84)
33 INU『メシ喰うな』 ('81)
34 Dir en grey『Withering to death』 ('05)
35 フリッパーズ・ギター『カメラ・トーク』 ('90)
36 Char『Psyche』 ('88)
37 少年ナイフ『レッツ・ナイフ』 ('92)
38 四人囃子『一触即発』 ('74)
39 カルメン・マキ&OZ『カルメン・マキ&OZ』 ('75)
40 ラウドネス『DISILLUSION~撃剣霊化~』 ('84)

41 RCサクセション『カバーズ』 ('88)
42 ゼルダ『ゼルダ』 ('82)
43 レベッカ『レベッカⅣ~Maybe Tomorrow~』 ('85)
44 シーナ&ロケッツ『真空パック』 ('79)
45 ゴダイゴ『CMソング・グラフィティ・ゴダイゴ・スーパー・ヒッツ』 ('78)
46 たま『ひるね』 ('91)
47 メルツバウ『緊縛の為の音楽』 ('91)
48 カヒミカリィ『MY FIRST KARIE』 ('95)
49 不失者『1st』 ('89)
50 エレファント・カシマシ『エレファント・カシマシⅡ』 ('88)


太字はsnoozerと共通して選ばれているアルバム、紫字はsnoozerがアーティスト自体、選んでないアーティストによるアルバム。



51位~100位

51 ギターウルフ『狼惑星』 ('97)
52 P-MODEL『イン・ア・モデル・ルーム』 ('79)
53 いとうせいこう『MESS/AGE』 ('89)
54 バッファロー・ドーター『キャプテン・ヴェイバー・アスリーツ』 ('96)
55 あぶらだこ『あぶらだこ』 ('85)
56 頭脳警察『頭脳警察1』 ('72)
57 紫『紫』 ('76)
58 一風堂『Lunatic Menu』 ('82)
59 テイ・トウワ『Future Listening1』 ('94)
60 ランキン・タクシー『ワイルドで行くぞ』 ('91)

61 KEN ISHII『JELLY TONES』 ('95)
62 クリエイション『ピュア・エレクトリック・ソウル』 ('77)
63 暴力温泉芸者『NATION OF RHYTHM SLAVES』 ('96)
64 ピチカート・ファイヴ『Happy End of the World』 ('97)
65 ムーンライダーズ『青空百景』 ('82)
66 S.O.B『What's The Truth?』 ('90)
67 The Fantasiic Plastic Machine『The Fantasiic Plastic Machine』 ('97)
68 高木完『Grass Roots』 ('92)
69 小沢健二『LIFE』 ('94)
70 ローザ・ルクセンブルグ『ぷりぷり』 ('86)

71 フラワー・トラベリン・バンド『SATORI』 ('71)
72 電気グルーヴ『A(エース)』 ('97)
73 サロン・ミュージック『ラ・パロマ・ショー』 ('84)
74 スチャダラパー『5th wheel 2 the coach』 ('95)
75 BOØWY『ジャスト・ア・ヒーロー』 ('86)
76 パフィー『Jet CD』 ('98)
77 泉谷しげる『'80のバラッド』 ('78)
78 リノ・ラティーナⅡ『Canival of Rino』 ('01)
79 ブランキー・ジェット・シティ『BANG!』 ('92)
80 藤原ヒロシ『ナッシング・マッチ・ベター・トゥ・ドゥ』 ('94)

81 サンディー&サンセッツ『イミグランツ』 ('82)
82 東京スカパラダイスオーケストラ『TOKYO SKA PARADISE』 ('89)
83 ミスター・チルドレン『Atomic Heart』 ('94)
84 ザ・ストリート・スライダーズ『スライダー・ジョイント』 ('83)
85 サニーデイ・サービス『東京』 ('96)
86 スーパーカー『HIGHVISION』 ('02)
87 ミッシェル・ガン・エレファント『High Time』 ('96)
88 ニューエスト・モデル『プリティ・ラジエーション』 ('88)
89 椎名林檎『勝訴ストリップ』 ('00)
90 リップスライム『FIVE』 ('01)

91 ハイ・スタンダード『アングリー・フィスト』 ('97)
92 ナンバーガール『シブヤROCKTRANAFORMED状態』 ('99)
93 奥田民生『股旅』 ('98)
94 スピッツ『スピッツ』 ('91)
95 V.A.『GO-GO KING RECORDERS original recording VOL.1』 ('06)
96 くるり『TEAM ROCK』 ('01)
97 シアター・ブルック『TALISMAN』 ('96)
98 マキシマム・ザ・ホルモン『ぶっ生き返す』 ('07)
99 宇多田ヒカル『First Love』 ('99)
100 カジヒデキ『TEA』 ('98)


あぶらだこは全アルバムタイトルが『あぶらだこ』だそうで、この'85年の『あぶらだこ』はsnoozer版の'86年の『あぶらだこ』とは別作品です。ちなみに僕は'85年の方を持っている、ということを今回初めて自覚しました。(笑)


さて講評(?)。
一言で言うと、よりポップ、ないしはベタ/ヤボなものにも寛容なのが、ローリングストーン版の特徴というのは言えますね。
『ソリッド・ステート・サバイバー』『ロング・バケーション』『SOMEDAY』『人気者でいこう』、矢沢永吉、レベッカ(!)、ゴダイゴ(!)、BOØWY、パフィー(!)、ミスチル、宇多田ヒカル。
更に言うと、X、BOWOW、ラウドネス、紫と、ハードロック/ヘヴィメタルにも妙に寛容ですが、これは"ローリングストーン"誌ということでアメリカ人も聴くという前提ないしは欧米での和製ハードロックの評価の高さ・人気みたいなものも、関係してるのかなとか。

こうした選出基準についてsnoozer誌では、"全方位"的である無定見であるという批判がなされていたわけですが・・・どうでしょう。
実際に両誌のものを見比べた感想としては、むしろローリングストーン版の方が定見がある、基準がしっかりしているように僕には感じられました。一見すると有名な作品を並べただけみたいに見えるところも無いわけではないですが、"影響力"という基準は公平かつ明確なものですし、チョイスとしてはメジャー・無難でも、しかし「順位」の意味はこちらの方が遥かに内容があるというか、主張が感じられるというか。
snoozerはいくら何でも清志郎とどんとを贔屓し過ぎですし、150枚という枚数含めて余りにも混沌としているというか、複数の選者が思い入れを開陳しているだけという印象がどうしてもあります。"マニアック"という品格にも、達してない感じ。
一方でローリングストーン誌も十分にマニアックなチョイスはなされているわけですし、それと大メジャー作品の"影響力"の順位付けに妙味を感じるというか、主張を感じるというか。
単純に「ディスクガイド」としても、ローリングストーン版の方が優秀だと思いますしね。コンプリートを目指す気になるというか。50枚少ないし。(笑)

どちらも今後参考にはしますが、とりあえず両方買ってみて良かったなと、そういうことは言えます。
言えて良かったというか。(笑)


個別には・・・喜納昌吉6位ってほんとかよ(笑)。ここだけは妙に、こだわりが突出している感じ。だからといってThe ブーム(島唄)とか入れられても、それはそれで困るわけですが。そんなに沖縄影響あるかね。いっそ安室奈美恵ならともかく。(笑)
ルースターズは今回入りましたが、そうか『Good Dreams』か。苦労してるね、選ぶのに、という感じ。(笑)
"ロックンロール"と"サイケ"の、2大体質の中を取ったんでしょうけどね。とはいえ基本的には、「ルースターズ」を入れる為の、あえてのチョイスだと思います。
個人的には、バッファロー・ドーターとサロン・ミュージックを入れてくれたのが嬉しいですね。あとBOØWYが『ジャスト・ア・ヒーロー』なのも。(参考)
スピッツの初期そんなにいいのかね。『ハチミツ』から遡ってって、『惑星のかけら』あたりでリズムがもっさいのに嫌になって止まっちゃったんですけどね。その後リズムが"抜けて"からは、毎回楽しく聴いてますけど。

・・・と、叩き台として語りたくなるような秩序性を、ローリングストーン版には感じるということです。
snoozerのは、あれ審査途中のリストが流出しちゃったんじゃないの?みたいな感じ(笑)。あそこからブラッシュアップして行く予定だったんだよね?という。


両誌の他の記事の方もボチボチと読んでるので、"7年前"から見た"今"みたいな感じで、その内何か書きたいと思っています。


テーマ:邦楽
ジャンル:音楽
”snoozer”2007年12月号 『日本のロック/ポップ・アルバム究極の150枚』
2014年12月08日 (月) | 編集 |
snoozer (スヌーザー) 2007年 12月号 [雑誌]snoozer (スヌーザー) 2007年 12月号 [雑誌]
(2007/10/18)
不明

商品詳細を見る

著作権的にどうなのかという疑問も無くはないですが、粛々と"結果"だけ紹介しておこうかと。
なんか読むと製作過程も相当バタバタしてたような感じですが、当初100枚の予定が150枚になったということですし、かつそこそこの順位のアルバムでも結構ネガティブなレビューがついていたりもするので、"ベスト"な150枚というよりもシーンの概観上有益必須な150枚と、そういうニュアンスで見た方がいいみたいですね。

では誌面の構成に従って、150位から順番に。

150位~101位

150 ニューキー・パイクス『ニューキー・パイクス』 ('91)
149 銀杏BOYZ『君と僕の第三次世界大戦的恋愛革命』 ('05)
148 たま『さんだる』 ('90)
147 audio avtive『Apollo Choco』 ('97)
146 8otto『we do viberation』 ('06)
145 ミッシェル・ガン・エレファント『Chicken Zombies』 ('97)
144 ムーン・ライダーズ『カメラ=万年筆』 ('80)
143 奥田民生『股旅』 ('98)
142 イエロー・マジック・オーケストラ『BGM』 ('81)
141 鈴木慶一とムーンライダーズ『火の玉ボーイ』 ('78)

140 S.O.B『LEAVE ME ALONE+DON'T BE SWINDLE』 ('88+'87)
139 渋さ知らず『渋さ道』 ('93)
138 dip『WAITING FOR THE LIGHT』 ('94)
137 UA『11』 ('98)
136 EGO-RAPPIN'『満ち汐のロマンス』 ('01)
135 突然段ボール『抑止音力』 ('91)
134 スーパーカー『スリーアウトチェンジ』 ('98)
133 さかな『my dear』 ('96)
132 バックドロップボム『MICROMAXIMUM』 ('99)
131 フリッパーズギター『カメラ・トーク』 ('90)

130 矢野顕子『ごはんができたよ』 ('80)
129 いとうせいこう『MESS/AGE』 ('89)
128 ハイ スタンダード『メイキング・ザ・ロード』 ('99)
127 上田正樹とSOUTH TO SOUTH『この熱い魂を伝えたいんや』 ('75)
126 ギターウルフ『狼惑星』 ('97)
125 P-MODEL『IN A MODEL ROOM』 ('79)
124 RCサクセション『カバーズ』 ('88)
123 早川義夫『かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう』 ('69)
122 髭(HIGE)『Chaos In Apple』 ('07)
121 Nav katze『うわのそら』 ('94)

120 ナイアガラ トライアングル『NIAGARA TRIANGLE VOL.1』 ('76)
119 ザゼン・ボーイズ『ZAZEN BOYS Ⅱ』 ('04)
118 ジョニー・ルイス&チャー『FREE SPIRIT』 ('79)
117 フリッパーズ・ギター『ヘッド博士の世界塔』 ('91)
116 椎名林檎『勝訴ストリップ』 ('00)
115 大瀧詠一『大瀧詠一』 ('72)
114 岡林信康『わたしを断罪せよ』 ('89)
113 ゆらゆら帝国『Sweet Spot』 ('05)
112 シロップ16g『HELL-SEE』 ('03)
111 坂本龍一『B2-UNIT』 ('86)

110 ブンブンサテライツ『ON』 ('06)
109 南正人『回帰線』 ('71)
108 国府達矢『ロック転生』 ('03)
107 くるり『アンテナ』 ('04)
106 遠藤賢司『満足できるかな』 ('71)
105 スピッツ『スピッツ』 ('91)
104 サディスティック・ミカ・バンド『黒船』 ('74)
103 RCサクセション『OK』 ('83)
102 シュガー・ベイブ『SONGS』 ('75)
101 電気グルーブ『A(エース)』 ('97)

[続きを読む...]
テーマ:邦楽
ジャンル:音楽
(仮想レビュー)サザンオールスターズ 『タイニイ・バブルス』 その2
2014年12月03日 (水) | 編集 |
タイニイ・バブルスタイニイ・バブルス
(1998/04/22)
サザンオールスターズ
商品詳細を見る

その1より。
引き続き。(アルバムWiki)(サザンWiki)


再び"ロック"アルバムしての『タイニイ・バブルス』

なんか話が行きつ戻りつしているようですが(笑)、実はその"行きつ戻りつ"の部分こそ、『タイニイ・バブルス』の他には無い魅力かなとも思います。
"折り返し"方というか。先にも言いましたが。または"折り畳まれ"方。

何が折り畳まれているのかというと・・・


サザンオールスターズ/桑田佳祐には、だいたい以下のような方向性・モチベーションが、存在しているように思います。

1.R&B系諸音楽の、ポップシーンへの紹介
2.1の換骨奪胎、模倣からの脱出
3.日本における(日本語)ロックの確立
4.3の克服、"ポップ"への普遍化・解消

とりあえず4つ並列で並べてみましたが、見ての通り1と2、3と4は、対立的なモチベーションでもあるわけですね。
更に細かく言うと、

5."サウンド"志向
6.メロディ志向
7.スタイル志向
8.アンチスタイル志向

なんてのもあると言えばあるかなと。ここらへんはもう、"対立"することを前提とした、為にする分類ですけど。(笑)
ただこれらも重要はやはり重要で、実際にサザンオールスターズ/桑田佳祐のその時期その時期のスタイル決定というか振幅を定める役割は果たしていると思います。サウンド作りの優れたセンスを持つと同時に、メロディメイカーとしての強力な自負というか義務感・使命感を持つ桑田佳祐。特定スタイルの模倣にはとどまらない、オリジナルあるいはミクスチュアへの強い志向を持ちつつも、しかしそれら一つ一つの「輪郭」はきっちり立てずにはいられない、プロフェッショナリズムなのか心配性・見栄っぱりなのか、よく分からないですが(笑)とにかくそういう資質。

特に最後のものは、遠く今日までのサザンオールスターズをサザンオールスターズたらしめているものというか、『タイニイ・バブルス』引き継がれなかった1つの大きな理由というか、そういうところはあると思います。次作の雑然と過渡的な『ステレオ太陽族』は置くとしても、次々作のこれはこれなりに代表作の一つ『ヌードマン』は、既にして『タイニイ・バブルス』とはかなり異質というか、意図的に輪郭をはっきりさせたある意味"不自然"なところのある作品で、恐らくは多分、こっちの方が、確率的には本来の資質と言っていいんだろうなと推測は出来ますが。
混沌、ないしは"秩序ある無秩序"を、そのままにはしておけない。大文字の「秩序」をどうしてもくっつけたくなる資質。やはり"心配性"という印象を、僕は受けますが。(笑)

とにかくこれら様々なかつ対立的でもある複数の方向性が、他に無いバランスでもって独特な均衡を見せていた、それによって非常に複雑に各要素が折り畳まれ折り重なって感じられるアルバムが、『タイニイ・バブルス』であると、そういうことです。
完全均衡、ではないですけどね。上で言う"輪郭"をはっきりさせる"スタイル"性は、このアルバムでは余り強くは出ていません。それゆえ特に一般的には、地味な作品と言わざるを得ないんでしょう。

それにしても、面白いバランスに感じます。
先に言ったように、これ見よがしにオーソドックスと思わせて(A2・A3)、実はすっきりオリジナルの拘束からは解き放たれて、しかしオリジナルの楽しさの紹介機能もきっちり果たす。あるいはサウンドの全体性に沈降して行くように見せて、しかしそれによってかえって「歌」を研ぎ澄まされた確実な形で届けるとか。

恐らくそこまでは、意図的ではなかったのではないかと思いますけどね。やはり偶然的なバランスというか、一回性の奇跡というか。やりたいことを、比較的自由に無心に、全部やってみた結果としての。
ただ聴いてる方としては、面白い。色々な要素が一遍に、あるいは代わる代わる寄せては返す波のようにやって来て、しかし全体として力は抜けてるので、その波に翻弄されるのが至って心地良い。
個人的にはやはり、"サウンド"に身を任せる中で不意打ち的に侵入して来る"歌"の威力に痺れるというか、泣かされます。さあどうだ"歌"だぞという、『いとしのエリー』では泣けなくても。(笑)


"コーラス"の強化と全面化

その"歌"性に貢献するというか、無作為性が強いこのアルバムの中でしかし恐らくかなり意図的に使われている強化されているものを挙げるとすれば、コーラスワークかなあと。、

それまでのサザンにコーラスが無かったわけでは勿論ないですが、使われ方としては景気づけのかけ声(『勝手に』)とかサウンドに厚みを加える為の純然たるバッキングヴォーカルとか、あるいはサビ(『気分しだいで』『思い過ごしも』)や導入(『エリー』)のような独立部分の代唱という、分かり易い使い方が主。
対してこのアルバムでは、『私はピアノ』の存在からも分かるように原坊(笑)の声を従来よりもフィーチャーして全体的にコーラスの比重を大きく高める中で、一方でそのコーラスの"機能"が複雑化して一概に名指しし難い、そういう傾向が強くなっていると思います。
大きくは分類出来てもその分類だけではそのコーラスが果たしている機能を説明し難かったり、そもそも主なのか従なのか分からない、コーラスでありながらメインのヴォーカル並みの雄弁さ・情報量を持っていたり。
前者の例として『タバコロード』の「Ohセクシー婆ちゃん Ohセクシー婆ちゃん」、『C調言葉』の「たまにゃ Makin' love そうでなきゃ Hand job」、後者の例として『マンスリーデイ』の「ちょっと聞いてユウコ」、『働けロックバンド』の「そりゃしんどいもんでんねん」「こりゃどうもしゃあないねん」を挙げておきましょうか。

ただ・・・今回改めて聴き返して思ったのは、どのコーラスがどうという以前に、桑田佳祐のリードヴォーカル自体が、そもそも"コーラス"的に響いてることが多いなあと、それで尚更「コーラス」の印象が強かったんだなあという、そういうこと。
A1(『二人だけの』)とB1(『To You』)とかが、好例かな。それぞれ各"面"の立ち上がりを飾る比較的ストレートなロックチューン、ポップチューンなんだけど、リードヴォーカルが最初からコーラスに寄ってるような歌い方をしているゆえに、いい意味で曖昧な印象になって悪目立ちしないという。
A3(『HeyRyudo』)やB5(『TypeB』)なんかだと、もう最初からノリノリで(笑)一体化してますけどね。

極論するとアルバム全体が"コーラス"化しているような印象さえあると思いますが、これはたまたま今回そういう"アレンジ"をしたというよりも、桑田/サザンの一つの自然体帰結なんだと思います。それまでになく落ち着いたアルバム制作環境を整えて、腰を据えて"トータルアルバム""サウンド"志向を追求した時に、普通のロックバンドのようにインストゥルメンタル志向が強まるのではなくて、かえってヴォーカル、コーラスが前面に出て来たという。それがサザンなりの、"ロック"だったという。

僕は桑田佳祐という人はあくまで/どこまで行ってもロック・ミュージシャンであると思いますし、だからある時期以降のあからさまで確信犯的な大衆ポップ(バンド)化には不満を越えた失望・違和感、時に軽蔑(あくまで音楽的な意味のね)すら感じなくはない人ですが、ただこうして見ると広い意味でのヴォーカル/歌もの志向自体は、避け難いというか必然的な部分はあったんだなと、今回の検討・分析を通して気付いた次第。純・商業的な理由を別にしてもね。
そもそも本人自身がヴォーカルの人であるし、言っちゃ悪いけど"ワンマン"的な力関係のバンドでもあったわけだし。
更に言えば後の("本格ロック"実験たる)KUWATA BANDも、さほどクリエイティヴなものには僕にも聴こえなかったし(『ボディ・スペシャルⅡ』とかもネタとしては面白かったですけどそれだけ)。とすると、残された道は・・・という。
そういう意味では、このアルバムは"ギリギリ"のバランスで出来上がっていた、再現・継続困難なものだったんだろうなと。改めて。

とにかく、『タイニイ・バブルス』の"サウンド"志向とは、事実上"コーラスアルバム"化のことであり、僕が『タイニイ・バブルス』の「歌」にやけに感応してしまうのも、(コーラスに引っ張られて)"歌"が"サウンド"に見事に溶け込んで、言わば「サウンド」という"チャンネル"に乗っかる形で(抵抗なく)滑り込んで来るからでもあるんだろうなというのが、今回得た一つの結論。
更に言うと、こうした"コーラスバンド"としてのサザンオールスターズというのは、バンド/桑田佳祐にとっても一つの"発見"であり、そこで得られた認識・ノウハウを拡大延長する中で、後の"ポップバンド"としてのサザンオールスターズの確立もあったのではないかと、そんなことも思いましたが。
[続きを読む...]
テーマ:アルバムレヴュー
ジャンル:音楽
(仮想レビュー)サザンオールスターズ 『タイニイ・バブルス』
2014年12月03日 (水) | 編集 |
タイニイ・バブルスタイニイ・バブルス
(1998/04/22)
サザンオールスターズ

商品詳細を見る


'80年発表のサザンの3rd。
特に今日性は無いと思いますが、桑田佳祐さん紫綬褒章受賞記念というか(笑)、多少なりとも話題性のある内に、前々からしみじみ好きだったこのアルバムのレビュー的なものを、まるでつい最近新作として発表されたばかりというで(まあ無理だろうけど笑)、書いてみたいと思います。

実際にはこのアルバムが発表された当時、僕が音楽について特に批評的だったり雑誌を読む習慣があったりしたわけではないので(子供でしたし)、リアルタイムでこうしたものを書く可能性は無かったんですけどね。
逆にだから、聴き方としては至ってフラットで、知識的には多少後から足された部分もあるかと思いますが、誰かの批評を読んだ記憶も全く無い作品。とんちんかんだったらごめんなさいね。

とりあえず収録曲。(Wiki)

A面
1.ふたりだけのパーティ ~ Tiny Bubbles (type-A)
2.タバコ・ロードにセクシーばあちゃん
3.Hey! Ryudo! (ヘイ! リュード!)
4.私はピアノ
5.涙のアベニュー

B面
1.TO YOU
2.恋するマンスリー・デイ
3.松田の子守唄
4.C調言葉に御用心
5.Tiny Bubbles (type-B)
6.働けロック・バンド (Workin' for T.V.)


世間的に有名なのは、A4、B4くらいですかね。とはいえそれも地味。そしてそれも良かった。
アルバムらしいというか。
正直アルバム『いとしのエリー』とか、突出し過ぎて邪魔でした。どうせラストに入ってるので、たいていいつも聴かない。(笑)

それはさておき。
レビューに。


"ロック"アルバムとしての最高作?

今回初めて見てみたWikiによると、

日本の音楽雑誌「snoozer」が2007年12月号で発表した「日本のロック・ポップアルバム究極の150枚」に於いて99位(サザン唯一のランクイン)。

とのこと。なるほど。
それにしても地味なのでやや意外ではありますが、分かる気はします。
ロックというか、一番"洋楽"的な聴き方がし易いアルバムではあるかもなと思います。
「音楽」的というか。"歌"が浮き上がっていない。だからすっと入って来る。体の深いところに。

ボウイで言えば『JUST A HERO』とかね。(分かんない?笑)
まあsnoozerとか読んだことも無いので、そんなに軽々に乗っていいのかは分かりませんが。(笑)

ただ今たまたまボウイという例が浮かびましたが、「非常に大きな振幅のある、しかし"大衆性"という使命感や問題意識を前提として持っているバンドの示した"束の間"の(ロック的)バランス」という意味で、案外たまたま以上の共通性はあるのかなと。

ただし、ボウイの場合は、ある種人工的な、並列的な"スタイル"ショーケースの中での選択、悪く言えば"つまみ食い"的なニュアンスも感じられるのに対して、サザンのはもっと根源的必然的な帰着"点"が、切り取られているように思います。これ"こそ"がサザンのスタイルだ!ということは言えないとしても、これはこれで、特に作為無く"自然"に出来上がった作品であるという。
状況的にも『いとしのエリー』でブレイク後の、しかし未だ大御所には程遠く、日本の"歌謡界"への違和感や不条理と格闘しながらとにかくテレビにも出まくって頑張っていた中で、出て来るものを素直に曲にして行った性格の強いアルバムだろうというか。

逆に"アンチ歌謡界"みたいな「作為」は、「自然」に存在しているのかも知れませんけどね。
それゆえの、バランスというか。


R&Bのポップ化

あえて語られることも余り無い、サザンの"音楽性"ですが。
当たり前のようにそこにある、というのと、同時に語り難いというのが、その理由でしょうが。

僕なりにあえてまとめると、(「夏」「南国」でキャラ付けした)"R&Bのポップ化"というのが、その要点かと。
そこに特に初期における「日本語によるロック」というハードル/問題意識と、後期にはロック/ポップ問題、そもそもロックとは何かあるいはそれをいかに"ポップ"(ス)として普遍性・大衆性に発展解消して行くのかという問題が、重層的に重なっているという、そういう図式かと。

"ポップ化"と言っても、半端な"ポップ"化ではないわけですよ。
黒人の猿真似をちょっと要領良くやって、小銭を稼ぐ的な。いわゆる和製R○B的ななんちゃらみたいな。(伏せてない)
むしろ(広義の)"R&B"であること自体、なるべく聴き手に意識はさせたくない、神髄は伝えたいけどスタイルやジャンルには引っかかってもらいたくない、ひたすら溶けて行きたい、そういう形の。そういう意味では上では"ロック"をめぐって問題化されたように書いた普遍性・大衆性の問題、"ポップ"の問題は、そもそもの初めから問題化はされていたと、そうも言えるかも知れません。

こういう意味でサザンに似たバンドとして、僕が欧米の例で思い出すのは・・・ヒューイ・ルイス&ザ・ニュースとかなんですよね、実は。
意外かな?意外じゃないかな?今いち反応が予測出来ませんが。
今回初めて僕も意識しましたが、活動も1979年~ということで、1978~のサザンと、ほぼ同時期ですね。
ヒューイ・ルイスの方はもっとオーソドックスですし、ややロックンロール寄りですし、勿論「日本語」問題も抱えたりはしていないわけですけど、ある意味ピュアなR&Bを恐ろしくポップに、もう恥さらしギリギリ(笑)にポップに、どれだけ"R&B"でもそのことを聴き手にほとんど意識させない形で聴かせることに成功した(ある時期には"国民的な")バンドとして、サザンと比較し得るところが多分にあるかなと。
"気が付けば"ですけど。ヒューイ・ルイスを聴いている時に、サザンのことを考えたりはしませんけど。(笑)

そもそもR&Bを"ポップ"化するというのは、実はなかなかな厄介事なんですよね。
なぜなら"R&B"自体が、言わばブルース(他)を「ポップ化」した音楽であるから。既に加工済の商品であって、"ルーツ"ミュージックではない。だからそれをポップ化しようとすると、屋上屋を架すというか、それこそ二次創作(笑)というか、既に絞られた汁を更に絞って、出涸らしを作るみたいな作業になりがち。

実際そういうことはよく起きて、例えば『タイニイ・バブルス』の次の次のアルバム『NUDE MAN』('82)

NUDE MANNUDE MAN
(1998/04/22)
サザンオールスターズ
商品詳細を見る

中の一曲、文字通りに取れば桑田佳祐の当時の音楽観を解説したような興味深い曲『来いなジャマイカ』では、ボブ・マーリーを讃え、ストーンズを少し揶揄的にでも一応持ち上げた後で、こんな風に続きます。

テメエあっかんべぇ レイ・パーカー・ジュニア

なんのこたあない アース・ウィンド&ファイア

レイ・パーカー・ジュニアというのはまあ、『ゴーストバスターズ』のテーマの人。一方のアース・ウィンド&ファイアは、'70年代から'80年代にかけて大活躍した、アメリカのポップ・ファンクというかコマーシャルなR&Bバンド。(Wiki)

どちらもアメリカのそれなりに大物の、しかもR&Bの本家である黒人のミュージシャンですが、桑田佳祐はまとめてノーを突きつけるというか、鼻で笑うわけですね。俺のやってることの方が、全然高級だと。(注・別にそう"書いて"あるわけではありません(笑))
実際僕の耳にも、それらの"ポップ"ば実に軽薄というか、安易というか、下卑てるというか、そこはアメリカのメジャーサウンドのことでアレンジはゴージャスでキャッチーですし、勿論演奏も上手いですけど、実に、"なんのこたあない"です。正にというか。

ちなみにレイ・パーカー・ジュニアの方は、くだんのヒット曲('84)が上のヒューイ・ルイスのパクりだと裁判で確定されてしまったというみっともない騒動を後に起こしますが、勿論このアルバムの時点ではそれは関係無いですね。(笑)
まあそれをあえて象徴的に取れば、黒人であるレイ・パーカー・ジュニアよりも白人であるヒューイ・ルイスの方が、"R&Bのポップ化"という作業においてクリエイティブな仕事をしていたと、そういう言い方も出来るかなと。そして日本人である、我らが桑田佳祐も。その自負するように。

・・・"あえて"ついでに言えば、それはある種の必然性の問題かも知れません。
つまりそもそもなぜ"ポップ"化の必要性があったかと言えば、ヒューイ・ルイスは白人のチャートに、桑田佳祐は日本の歌謡界に、それぞれが自分の大好きな"R&B"を、「翻訳」する必要があったわけですね。それがそのまま、"ポップ"化ということでもあった。最初から黒人であるという恵まれた環境で、ちょっとチャラく踊って見せて小銭を稼ごう(好きだねこの表現)という輩とは、性根の入れ方が違うというか。

とにかくまあ(笑)、こういう挑戦的な曲を作るくらい、呼び方はともかく僕がR&Bのポップ化と言っている作業に、この時期の桑田佳祐が自負を持って意識的であったのは、確かだろうと思います。
[続きを読む...]
テーマ:アルバムレヴュー
ジャンル:音楽
フラっとロック10
2012年09月26日 (水) | 編集 |
最近こういうことに興味を持ち出した歳の離れた従弟(いとこ)に色々と紹介している内に、一回まとめたくなってしまって。洋楽ロック10

まあ”ベスト”とかではないですね。
前にメタル限定で作った時に言ったように、名作・傑作・怪作(笑)限りなくあって、下手に一般性とか気にすると到底まとめられなくなるので、かなりゆるーく構えて、なるべく頭を空っぽにして、心から「好きだなあ」と思えるものを(メタルも含めた)ノンジャンルで選んでみました。

・・・・”空っぽ”には二つの意味があって、勿論一つは世間的評価とかあからさまな”歴史的意義”とかは、余り気にしないということ。もう一つはそので、過剰な思い入れとかマイナーゆえの贔屓とか、あるいは過度にドラッギーorフィジカルで、堪能する為に特殊な肉体的準備を(自分でも)必要とするタイプとか、そういうものも同時になるべく排する。
一つの目安としては、特に理解の無い他人と聴いても、他人にクサされてもムキになって擁護したりせずにフーンと流せるという、そういうものを選んでみましたというかそういうところに落としこんでみましたというか。
主観性の中の客観性というか。まあ今の僕の”他人”に対するスタンスを、そのまま反映したようなチョイスということですかね。

あとはまあ、正規の(?)アルバム限定。シングルとかベスト盤・特別編集盤とかは抜き。
そうそう、1バンド(アーティスト)1枚という限定も。
では以下年代順に。


1.The Beatles 『Let It Be』 ('70)
Let It BeLet It Be
(1991/07/20)
Beatles
商品詳細を見る

2.Fairport Convention 『Liege & Lief』 ('69)
リージ・アンド・リーフリージ・アンド・リーフ
(2010/12/15)
フェアポート・コンヴェンション
商品詳細を見る

3.Pentangle 『Cruel Sister』 ('70)
Cruel SisterCruel Sister
(2008/01/01)
Pentangle
商品詳細を見る


4.Black Sabbath 『Vol.4』 ('72)
Black Sabbath, Vol.4Black Sabbath, Vol.4
(2010/03/16)
Black Sabbath
商品詳細を見る

5.David Bowie 『The Rise and Fall of Ziggy Stardust and the Spiders from Mars』 ('72)
ジギー・スターダストジギー・スターダスト
(2009/07/01)
デヴィッド・ボウイ
商品詳細を見る

6.Fleetwood Mac 『Rumours』 ('77)
噂
(1997/11/25)
フリートウッド・マック
商品詳細を見る


7.Sex Pistols 『Never Mind the Bollocks, Here's the Sex Pistols』 ('77)
勝手にしやがれ!!勝手にしやがれ!!
(2012/07/25)
セックス・ピストルズ
商品詳細を見る

8.Iron Maiden 『Piece Of Mind』 ('83)
頭脳改革頭脳改革
(2008/05/14)
アイアン・メイデン
商品詳細を見る


9.Cowboy Junkies 『The Trinity Session』 ('88)
The Trinity SessionThe Trinity Session
(2006/05/12)
Cowboy Junkies
商品詳細を見る

10.The Wedding Present 『Bizzaro』 ('89)
bizzaro_s


こうなったか。うむ。
”時期”として無理やり区切ると、”1””2””3”が「起」”4””5””6”が「承」”7””8”が「転」”9””10”が「結」という感じでしょうか。

先に出るだろう、”疑惑”に答えておくと(笑)、ビートルズ『レット・イット・ビー』は発表は'70年ですが、録音自体はその前の『アビー・ロード』('69)の更に少し前だというのが結構知れ渡っていると思うので、あくまでトップに。やはりビートルズで”始”めた方が、格好が付きますし。(笑)
そして更に根本的な”疑惑”としては、なぜよりによって『レット・イット・ビー』なのかということがあると思いますが(笑)、これはまあ、僕にとってはビートルズの「終わり」こそがむしろロックの本格的な「始まり」なので、あえてこの「”ビートルズ”を下りちゃった」アルバムを選びました。実際一番”染み”て来ますし。現在との地続き感があるというか。

・・・・つまり”時期”論としては、実際には「起」の前に更に「プレ」みたいなものが、あるわけですね。Before Christというか。(笑)


基本無作為に選んだ、パッと見相当に統一感の無いラインアップですが、一応後付けで傾向を見出すことは出来ます。
大きく分けると二種類で、

”1””2””3””4””5””6””9” ・・・・”無為自然/ダウナー”&”フォーク”系
”7””8””10” ・・・・”ミニマル(参考)な曲作りの妙”&”アッパー”系。

あくまで後付けなので、別に”ポリシー”ではなくて、自己分析ですね。こういうのが好きなんだあという。

今回個別にレビューとかはしない予定ですが、分類の理解の為にあんまり有名じゃないものについてだけ補足すると、Fairport ConvensionPentangleは、この時期のイギリスのフォーク/トラッドベースのロックを代表する二大バンドですね。ペンタングルについては以前まとめて書いた((1)(2))ので、そちらを参考に。
フェアポート・コンヴェンションの方は”フォーク”はフォークでも、フォーク”ダンス”の趣があって(笑)、曲によってはなかなかアッパーで、微妙に分類からずれちゃいますが。突撃!ケルト戦士!!という感じで、結構笑えます。”フォーク”な時は、ちゃんとフォークなんですけどね。

それからウェディング・プレゼントですが、これも変なバンドで、バンド名からは全く想像出来ないだろうハイスピード轟音ギターロックを聴かせるんですが、でも妙に淡々としていてどんなにスピードが上がっても音圧が増して行っても、なんかどうでもいいというか何にも起きてないようなそんな風情で全く暑苦しさが無く、かつ基本はシンプルなギターリフを延々と根気よく積み重ねて、結構長めの一曲の中でしっかりした展開部がたいていあって、こうして書くとさながらアンアン・メイデンみたい(実際聴いてて思い出す時はある)なんですが、でも全体としてはこれ考えて作ってるのかなあ、実はインプロヴィゼーションなんじゃないのという感想を抱かせる、矛盾した複雑な・・・・でもやっぱり、淡々とした音です。(笑)

これ↑もアイアン・メイデンのリフリフリフのメタルも、それからセックス・ピストルズのほとんど似たり寄ったりの中ででも巧妙に変化を付けたキャッチーなハード・ロックンロールも、「曲作り」という観点からはある種の共通した知性が感じられて、最終的には僕はこういうものに、感動するみたいです。
チャック・ベリー神!!というか。確かにあなたは、ベートーベンをロールオーバーした!というか。(笑)
ちなみに上のラインアップの中だと、ブラック・サバスはいかにもここに入りそうなんですけど、実際は結構”色々”やっていて、多彩系。モノトーンの中の、カラフルというか。(ああ、でもこの表現はよりカウボーイ・ジャンキーズの方に相応しいか)


と、いうわけですが、更に更に、この”二つ”のグループの特徴を一つにまとめてみると・・・・。
”シンプル”、ということですかね。あえて言えば。自分のことですが。(笑)
無為自然/フォーク系の、世界観そのものの&音の感触のシンプルさと。
ミニマルアッパー系(?)の、曲構造のシンプルさと。

”シンプル”と言っても例えばツェッペリンの『プレゼンス』とかメタリカの『メタリカ』とか、ああいうのとは違うんですよね。ああいう作為的というか、論理的(帰結的)な、これ見よがしのは。
あくまで”無為自然”の方なんで(笑)。”為”を感じさせちゃあ、駄目。落とし込んでもいいけど、研ぎ澄ましちゃ駄目というか。それを感じさせちゃ。

だいたい分かったでしょうか。(笑)
正直フェアポート・コンヴェンションのところは流動的というか、暫定に近いんですけどね。
最後まで他のと迷って、結局”フォーク”愛に屈した格好。
ツイッターでもつぶやいてましたが、フロイド『おせっかい』のA面『原子心母』のB面(つまり”大曲”じゃない方)がくっ付いたアルバムとかあると理想的なんですが、残念ながら実在しない。(笑)
今回用に試しに聴いてみた『夜明けの口笛吹き』は、期待したほど良くなかったし。


以上これくらいで、楽しい雑談終わり。