東京緑、代表、アイドル、二次元、女子バレ
’17.4月期の地上波アニメ(まとめ)
2017年07月05日 (水) | 編集 |
早くも始まった7月期が当たり続きで、怖いくらいです。
この記事もこれからは、せめてもう1,2週間は早くやらないと時期外れ感が辛いかもですね。
結局最後まで見た作品。の、主要スタッフ。


エロマンガ先生 (Wiki)

原作 - 伏見つかさ
監督 - 竹下良平
シリーズ構成 - 髙橋龍也
音響監督 - 山口貴之

大傑作・・・の予感はありましたが、不発でした。
面白いは面白いんですけどね。"ラノベ作家の日常or内心"ものとしては。
その熱い"小説愛"も含めて。
ただ"妹"ものorラブコメとしては、『俺妹』の切れには到底及ばなかったと思います。ナアナアというか、グダグダというか。自分が切り開いたジャンルで、自分を甘やかしているというか。(笑)
スタッフはてっきり『俺妹』同窓会かと思ったら全然違って、監督は準新人で、今までで一番大きい仕事は"『月刊少女野崎くん』のチーフ演出"かな?
構成は『アイドルマスター シンデレラガールズ』の人。あれは僕は途中で挫折したんだっけ。
音監はタイプ的には("劇"ではなく)"音"の専門家の方で、『テラフォーマーズ』『少女たちは荒野を目指す』など。・・・おや?今期の『覆面系ノイズ』もやってる。こうやって並べてみると、"芝居"自体は僕も好きなタイプのものが多いですね、満更ただのエンジニアではないらしい。
この並びだと、"傑作"にならなかった戦犯シリーズ構成・脚本かなというのが、僕の見立てです。(笑)


『ゼロから始める魔法の書』 (Wiki)

原作 - 虎走かける
監督 - 平川哲生
シリーズ構成 - なし?
音響監督 - 原口昇

ゼロは結構魅力的でした。「魔法」と「魔術」の設定も面白かった。ストーリーもそれなりに凝っていた。
のに何とも淡白で、説明的な印象。誰が悪い?(笑)
原作は・・・ああ、「とある」のシリーズの人とは別人なのか、なんかタイトルの印象が似ていて勘違いしていた。・・・まあ、どのみち「とある」もちらっとしか見てないので、あんまり関係無いんですけど。(笑)
監督はベテランの原画マンですが監督作は過去に一つきり、しかしその一つ『川の光』では何やら色々と賞を取ったらしいです。で、その次がこれ?なんかしっくり来ない(笑)。他に無かったのか。
『悪の華』の助監督とかもやってるので、作品を選んでる感じは伝わって来るんですけどね。
シリーズ構成の表記は無いんですが、脚本も結構監督が書いているようなので、そういうことかなと。
音響監督は、『イカ娘』や『東京喰種』の人。まだ少なくてよく分からないですね。
と、言っておいてあれですが(笑)、僕の"戦犯"候補の筆頭は、この人ですね。特に"傭兵"がそうなんですけど、どうも役者の芝居に緊迫感が無いというか、予定調和感、"申し合わせてやってます"感が、ストーリーの本来持っていた力を殺してしまっていた気がします。
まあ原作に既にそういう性格があるのではないかという疑いも、持ってはいるんですけどね。ただそれを言い出すときりが無いので、とりあえず。(笑)


『覆面系ノイズ』 (Wiki)

原作 - 福山リョウコ(白泉社『花とゆめ』連載)
監督 - 髙橋秀弥
シリーズ構成・脚本 - 赤尾でこ
音響監督 - 山口貴之
音楽 - Sadesper Record(NARASAKI / WATCHMAN)

あえて言えば、今期一番!ですかね。
原作漫画が持っているのだろう吸引力推進力を活かしつつ、「音楽漫画の"音楽"で説得する」という難題を、ほぼ完璧にこなしていた作品のように思います。
音楽担当のNARASAKI氏も、また主演の早見沙織さんも、素晴らしかったと思います。・・・原作を読んでないので、"イメージ通り"なのかどうかは、本当のところは分かりませんけど。
監督はそれなりのキャリアを持つ演出家・コンテマンのようですが、監督としては『競女』で本格デビューしたばかりの人のよう。並べてみると、「不条理な情熱」を描ける人なのかな?やや強引ですが。(笑)
構成は歌手兼脚本家という、前にも紹介した変わった人で、そこらへんが題材にマッチしていた・・・のかはちょっと分かりませんそれらしくはありますが(笑)。何せ仕事が違い過ぎる。
音監さんについては上で紹介済み、音"楽"のNARASAKIさんは、絶望先生シリーズでの大槻ケンヂとの仕事でアニメファンにはお馴染みの人で、てっきり"メタル"の人なのかと思ってましたがほんとに何でもやる人みたいですね。"絶望"も"覆面"も全く違うタイプの音楽をものの見事に"ハメ"ていて、いったい何者なんだ逆に不気味だぞという感じ。(笑)
とにかく今まで見た「音楽」に材を取ったアニメの中では、一番の説得力だったと思います。先週も言いましたが、やはりこういう音楽スタイルと"少女漫画"との潜在的好相性を、見事に発掘したというか「当てた」というか。


『カブキブ!』 (Wiki)

原作 - 榎田ユウリ
監督 - 米田和弘
シリーズ構成 - 中村能子
音響監督 - 長崎行男

原作はBLを得意としている人だそうで、なるほどという。やっぱり"そういう"見方が正しいのかなという。(笑)
監督は『魔法少女なんてもういいですから。 』シリーズの人。構成は『月刊少女野崎くん』は例外として、やはりイケメン女子アニメ系を多く手掛けている人ですね。
音監さんは、お仕事沢山。最近だと次の『正解するカド』もそうですね。一応『魔法少女なんてもういいですから。』で、監督とは馴染み済み。
歌舞伎のいい勉強にはなりましたが、どうもなんか、ガツンと来なかった作品でした。どこが悪いというわけでもないんですけどね、色々と用意された要素が"凝縮"されないまま、無難にまとめられてしまった印象の作品。


『正解するカド』 (Wiki)

原作・アニメーション制作 - 東映アニメーション
総監督 - 村田和也
シリーズディレクター - 渡辺正樹
シリーズ構成 - 野﨑まど
音響監督 - 長崎行男

内容についてはさんざん書いたので、そちらをどうぞという感じです。
まとめるほどのは・・・無いなあ(笑)。そこまでのインスピレーションは、受けなかったというか。
残るこの作品の最大の謎は、結局"誰の"作品なんだその元アイデアと「アニメ作品」との距離感はどうなっているのだということだったんですが。
"原作"は・・・名義だけか。(笑)
"総監督"は・・・ふうむ。 『翠星のガルガンティア』"原案"・監督なんてことをやってますし、初代ベルセルクの監督補佐とか、ルルーシュの副監督とか問題作にも独特の関わり方をしているので、今回もアイデア出しに結構貢献している可能性はありそう。
もう一方の"シリーズディレクター"は、『バトルスピリッツ』くらいしか目立つ仕事が無いので、こちらは割りと「現場監督」的な役回りかな?
で、"構成"(脚本)の人はSF小説家で、ではやはり一番の中心はこの人なんでしょうね。
ただハナからアニメ作品として企画されて、かつ野崎さんにそれまで脚本の実績は無いようなので、主導していたのはむしろ"総監督"さんの方だったのではないかなと予想。
それがまた、"SF"としての純度が低いという、悪い方の評判にも、微妙に影響しているのかなという。独立した「SF小説」の「原作」があれば、こうはならなかったかも。
なんかこう、「SFアニメ」というよりも、「SF」&「アニメ」という、割りと無理やりに接合したような印象のある作品なんですよね。突き抜けそうで突き抜けないというか、突き抜けてる部分と陳腐な部分が、融合せずに混在しているというか。
最後までモヤモヤ(笑)。やはり"惜しい"作品というのが、僕の評価になります。


・・・あとショートアニメ。

『アキンド星のリトルペソ』 (Wiki)

監督・脚本 - 青池良輔
原案 - So What、Inc.(馬場一明、今井呂万)

監督は・・・『紙兎ロペ』って聞いたことはあるけど、どんなんだったっけ。(の人)
原案はアメリカのゲーム会社のようですね。
経済/資本主義に関する寓話的な内容でしたけど、"分かり易い"という以上に"単純"な感じで、あんまりそういう意味ではピンと来ませんでした。アニメーションとしては、可愛くて楽しかったですけど。

『兄に付ける薬はない!』

原作 - 幽・灵
監督・脚本 - ラレコ
音響監督 - 千田耕平

中国のweb漫画を基にした作品。
監督・脚本は『やわらか戦車』の人。音響監督は『英国一家、日本を食べる』の人。
もっと"貧乏"ネタを徹底的にやるのかなという期待・予想は外れましたが、そこそこ面白い学園もの(?)でした。


以上です。"続編"ものの『弱ペダ』『ベルセルク』『信長の忍び』は省略。
結果としては、"不作"に近い期だったかなあという、僕にとって。
『エロマンガ先生』と『正解するカド』が、不完全燃焼だったのが痛かったですね。"まあまあ"作品だらけになってしまって、あんまりカタルシスが。


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’17.1月期の地上波アニメ
2017年04月02日 (日) | 編集 |
新しい期(と、岡山戦)が始まる前に書いてしまわないと。

『信長の忍び』『ALL OUT』前の期からの継続。
沢山見てたようで、純然たる新作は結局3本しか見なかったんですね。


『銀魂 烙陽決戦篇』 (テレ東) (Wiki)

原作 - 空知英秋
監督 - 宮脇千鶴
音響監督 - 高松信司

初めて見ましたが、浅いようで深いようで、でも浅いようでそれでもひょっとしたら深いのかな?という感じで、振り回されました。(笑)
底力はあるけど底力しかないというか、"時代"的位置づけがほとんど意味の無い、批評を拒否するような作品。
原作者は見るからに「堂々とダサい」という感じの人で、北海道出身というのはなるほどという感じ。(笑)
監督は銀魂シリーズを中心に作画で活躍していた人で、監督としてはこれの一つ前の銀魂が初めてのよう。
"シリーズ構成なし"というのは、原作も含めて既に文体が確立し切っている作品だからもういいということなのか?
代わりにというわけではないでしょうが、スタート時から銀魂シリーズの監督をやっていた高松信司(『ガンダムX』等の監督)氏が、音響監督として入っていますね。まとめて"スタッフ"よろず屋?(笑)


『弱虫ペダル NEW GENERATION』 (テレ東) (Wiki)

原作 - 渡辺航「弱虫ペダル」秋田書店「週刊少年チャンピオン」連載
監督 - 鍋島修
シリーズ構成 - 砂山蔵澄
音響監督 - 高寺たけし

一番最初のシリーズの時にやったはずですが、結構時間が経ってるので改めて。
監督は主に子供向けアニメを手掛けていた人で、大人向けでも『ZETMAN』ですし、まあ若干非現実的で大げさな感情表現が特徴のこの作品には、あってるのかも。
構成は前から弱ペダの脚本を手掛けていた人ですが、「シリーズ構成」としてはこれが初仕事のよう。同時に『南鎌倉高校女子自転車部』の構成もやっていて、"自転車"ものの雄として名を上げた感じ?(笑)
音響監督もどちらかというと"子供向け"を多く手掛けている人で、僕が見たのでは『今日からマ王』『クロスゲーム』とかがありますが、また一方で『Over Drive』『ばくおん!!』と"二輪"ものも他にやっていて、何となくそこらへんはやっぱり"繋がり"で仕事してるのかなという感じ。(笑)
現在快調に放送中。キャラ力ほんと強い。


『ACCA13区監察課』 (MX) (Wiki)

原作 - オノ・ナツメ
監督 - 夏目真悟
シリーズ構成・脚本 - 鈴木智尋
音響監督 - はたしょう二

オノ・ナツメさんは・・・ああ、女性なのか、今まで意識したこと無かった。イタリア留学経験ありというのは、いかにもな感じですね。
監督は『スペース☆ダンディ』『ワンパンマン』と、なるほど"スタイリッシュ"な作品の監督の実績のある人。
構成も『ワンパンマン』の人で、これから監督と組んで色々作っていくんですかね。
音響監督も『ワンパンマン』の人(笑)。他には『うたプリ』とか『テルマエ・ロマエ』とか。・・・『ユルアニ?』とかもやってるな。『鷹の爪』にも関わってる。
まとめてとにかく、"おしゃれ"スタッフですね。(笑)
その甲斐あって、非常に何というか、期待通りというか需要通りに仕上がった、"満点"作品だったと思います。イデアールな。


『けものフレンズ』 (テレ東) (Wiki)

コンセプトデザイン - 吉崎観音
監督・コンテ・演出 - たつき
シリーズ構成・脚本 - 田辺茂範
音響監督 - 阿部信行

今期一番の話題作。
吉崎観音さんは漫画家で、『ケロロ軍曹』の原作者。
監督さんは、ほとんどこれが初めての本格監督作品みたいですが、基本的にはCGの専門家のようですね。
あのアホっぽい演出は周到に作られているような何も捻っていないようなよく分からない感じで、最後までよく分からなかったので今後の作品を見たいなという感じ。(笑)
構成は舞台の作家さんですね。アニメだと『デュエル・マスターズ』シリーズとかですけど、そう言われても分からない。こちらも浅いような深いような、不思議な言語空間でした。
音響監督も謎ですね。音響監督としてのキャリアはあんまり無いですが、他にプロデューサーや声優としても、活動しているよう。
というわけで、調べても謎のままの作品ですが(笑)、とりあえず肌も露わな少女キャラばかり出て来るのに、1ミリも欲情しない珍しい深夜アニメだった」とだけ、言っておきましょう。(笑)
何らか素晴らしかった気はするんですが、どう素晴らしいのかよく分からない。(笑)
一つだけ文句を言っておくと、かばんちゃんは"かばんちゃん"というより、"ぼうしちゃん"じゃないのか?ということです。(笑)
ED曲も好きだったなあ。


『セイレン』 (TBS) (Wiki)

原案・シリーズ構成・脚本・キャラクター原案 - 高山箕犀
監督 - 小林智樹
音響監督 - 本山哲

高山"マサイ"と読ませるようです。台湾出身のイラストレーター。『アマガミ』『キミキス』などのアニメ化もされたゲーム作品をメインで描いていますが、正式に(?)"原作"や"脚本"等でクレジットされるのは、これが初めてのよう。なんかしら凄そうな感じの人です。切れそうというか。今後も注目?
監督は『アマガミ』アニメ版で既に組んでいる人ですが、他だと『アカメが斬る!』とかも。特に共通点は感じられませんが。基本的には、"高山箕犀作品"と考えた方が、やはり良さそうな気がします。
音響監督は有名な人。『のらみみ』『俺妹』『ガーリッシュ ナンバー』あたりが僕のお気に入り。のらみみ!(笑)
とにかく女の子がエロかった、綺麗だった、魅力的だった。機会があったら、『アマガミ』も見てみようかなあと思っています。多分前の時は、1回で切ったクチだと思いますが。(笑)


おまけ。

『信長の忍び』 (MX) (Wiki)

原作 - 重野なおき(白泉社『ヤングアニマル』連載中)
監督・絵コンテ - 大地丙太郎
音響監督 - たなかかずや

一応クレジットだけ挙げておきます。
短いんで見てましたが、最終的には、特に面白くはなかった(笑)です。
歴史の解説ばっかりで、忍びはどこへ行った?みたいな。むしろ4コマ/ショートアニメ向きではないんじゃないかとか。


おしまい。


『この世界』と『片隅』 (と、『君の名』)
2017年01月31日 (火) | 編集 |
基本メガヒット作品には(色々と面倒なので)あんまり近付かないようにしているんですが、今月期限の株主優待券に背中を押されて、とうとう見て来ました、『この世界の片隅に』と『君の名は。』。

『君の名』の方はそうでもなかったんですが、『この世界』の方のカップル率が高くて、少し意外でした。(笑)






まずこのせか感想。 (公式) (原作Wiki) (映画Wiki)


日本の漫画って、ほんと凄いよね!
間違い無く"人類"の文化史に残るジャンルだし、残すべきだと思う。
大丈夫、「未来人」からすれば"日本語"のハンデなんて、逆に大した意味無いから。英語も日本語も、時が経てば、"分からない"という意味では同じになるから。(笑)

能年さんの"役"との「相互侵食」率って、独特のものがあるよね。
芸名変えなきゃいけないほど女衒の親方(たち)に意地悪されてるなら、いっそクレジット出さずに声だけでゲリラ出演しまくるとかどうでしょう。(笑)
あれも能年、これも能年。みんな後で、でもすぐ分かって、それはそれで伝説になる気がする。Wikipedia作る人が大変だけど。(笑)
真面目に基本、役を選ぶ必要なんか、無い人だと思います。"駄作"含めて、手塚治虫ばりに多作でもいいようなタイプの人。根本のパワーが、普通の人とは少し違う。

好きなシーン。
・哲が北條家に寄った晩に、ずーっとこうしたかったとすずが告白するシーン。(の意外性)
・ずずが敗戦を受け入れずにキレるシーン。(の、これまた意外性)
・原爆遺児の子の自然な受け入れ方と、受け入れた家族の住む家の、少し壊れてるけど概ね無事な外観を引きで見せる最後の絵。(の、"家族"の説得力)

最後の3つ目は、今思い返しても軽く泣きそうになります。まあ"ほのめかし"に弱いんですよ僕は。(笑)
"右手"の喪失の嘆き方も、意外と言えば意外でしたね。辛いのは当たり前なんですけど、あんないちいち思い返してまで執着する(場面が出て来る)とは。

全般的描写としては、"ボーっとしている自分"及びその周囲の評価の受け入れ方と、しかしだからといって骨が無いわけではない、主張する時、譲れないもの(例えば"右手")がある時は断固としてそれを表現する、その幾分タイミングが遅めではあるけれど(笑)"反転"の瞬間のインパクトが、"タイミング"の意外性もあいまってボディに重く深く突き刺さる感じでそれが好きですね。
まず「受け入れ」があるところがミソで、それはある意味、"戦前"的な日本人のありようではあるんだと思いますが。昔の女性というか。一回受け入れた方が、"パンチ"(笑)は重くなりますよ。それは現代でもね。(笑)

二つ("反転"の前と後)の中間的な表現として、「うーん」と困る表現とかも好きですね。「みんな優しいから安心して」と妹に言った後に、「お義姉さんも?」と聞かれて「うーん」と微妙な顔をするシーンとか。(笑)

あと"娼婦"というのはやっぱり昔の女性にとっては、別世界の"華やか"な存在ではあったんだなあという。「女」を"表現"する習慣の、無かった時代の人たちにとっては。善悪以前の憧れというか。
今は(別に悪い意味ではないですが)"平均的"に、みんな「娼婦」ですからね。


個別にはこんなところですが。

まあこういう話、こういう作品を見てると、人間はいったい何をやってるんだろうと、考えてはしまいますが。
なぜ戦争なんてものが起きるんだろう、なぜその戦争において、非戦闘員を意図的に殺すんだろう。なぜせめてものその戦争の信じた"意味"が、敗戦によってあっさり無意味とされてしまうんだろう、そんなことが起きるんだろう許されるんだろう。(あの時のすずの心境)

それらに意味や理由を考え続けることは可能でしょうが、いっそ「無い」と割り切ってしまった方が思考の経済としてはひとつ賢明で、全ては要するにただ"起きる"、この世("この世界")はそういうものでこの世の起きること一つ一つに意味を求めるのは無駄な作業で、あるいは意味が"ある"とすればそれはその時それを求める側にあるので。
・・・仮に"神"がいたとしても、それはそれらこの世の出来事の起きる前提にある"初期条件"の設定者としてのみいるので、それを(人間が)用いて起きた一つ一つに特に「思し召し」は無いと、そう考えておいた方が無難で。あるいは世界を理解し易くて。

だから一人一人の人間に出来ることがあるとすれば、そうした「この世界」の「片隅」に、自分なりの"意味"を見出して行くこと作り出して行くこと、自分と自分の愛する人(たち)とその周りに。
それを"家族"と呼んでもいいし、呼ばなくてもいいし。(あえて呼ばない方が無難な気はしますが、それがしっくり来る人も、いるでしょう。)

「片隅」だから、それが作れる(「世界」に普遍化するとたちまち"無意味"に吞み込まれる)というのと、あるいはこの広大&荒廃無辺な「この世界」で、よくぞ見出された見出してくれた、「片隅」の愛おしさと。
あえて定式化すると、そんな話ですかね。

・・・そうですね、「家族」というより「家」の方が、相応しいかも知れませんね。「片隅」というタームの、"空間"性"場所"性からすると。だから"決め"のシーンは、"人"ではなくて"家""建物"だったと。
あるいは「家」に集まる人、それを「家族」と呼ぶというか。これはちょっと、括り過ぎかな?(笑)


ま、そんなような。
"実存主義的"と言えば、そうなのかも知れない。あえて分類すれば。
ただそれが「漫画」という、優れた表現ジャンルを通して表現されることによって、勿論こうの史代という優れた作家の手によってなされることによって、独特のリアリティと精彩が、そうした分類とは別次元の問題として生み出されている。それがまあこの作品の、ひいては日本の「漫画」作品全般に共通する魅力でしょうね。「映画」だと、割りと簡単に"思想"や"分類"に吞み込まれる。

もう一方の「反戦」はどうでしょう。確かにこれ以上は無い「反戦」作品ではあるでしょうが、ただ"戦争"というのは「この世界」の悪や荒廃や"無意味"が分かり易く極大化された代表なのであって、仮に戦争が無かったとしても人は(すずは)そのままでは幸せなわけでも救われているわけでもない。やはり「片隅」に、何かを見出さなくてはならなかったでしょう。
そういう意味では戦争は、ある意味良い"覚醒"要因でもあって、"戦争"に刺激されたすずが「この世界」の奥底の洞察(あるいは直面)に導かれ、「片隅」という"真実"を自覚する、そういう作品としてこの作品(と"戦争")を理解することは可能かと思います。

別にしたくはないですけどね(笑)。ほんとはただ見ていたい。(笑)


ちなみに僕はすずさんは、エロいと思います。
とてもとても、エロいと思います。(笑)
あのちょっと首を傾げた曖昧な笑顔が、たまりません。(笑)


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テーマ:アニメ
ジャンル:映画
2016年の地上波アニメひと言感想集&まとめ
2016年12月29日 (木) | 編集 |
ヴェルディの"追加"分の方はもう一発くらいまだある気もするので、明日に回します。いったいいつ"仕事終わ"るんだ。(笑)
最終的に最後まで見た作品について、全期一応総攬。

まずは記憶に新しい、10月期分の一言感想から。

『 ViVid Strike!』

超優良"少年"アクション。"少女"に擬したことによって、"少年"ものの良さが純化して表現された感じ。みんな大好き!(笑)

『魔法少女育成計画』

欝々としながら最後まで見てしまった。"スイムスイム"がキーキャラクターだったかな?あれで終わりとかあり得ないと思うので、ちゃんと魔法界に殴り込みかけるところまでやって欲しい。

『ステラのまほう』

良かったねえ。ものを作るって素晴らしいねえ。

『ユーリ!!! on ICE』

終始女性向けポルノをのぞき見しているような感覚はありましたが、クオリティは確かに色々と凄かった。ロシアの方の"ユーリ"は(ヘテロの)男が見ても魅力的だと思います。

『バーナード嬢曰く。』

ふざけてはいますが『ステラのまほう』とも共通する爽やかさを感じました。好きなんだねえ、本。

『ガーリッシュ ナンバー』

昔(50年代くらいまでかな?)のアメリカ映画とかを思い出す、皮膚がピリピリするようなアダルトなアンサンブルドラマ。今期一番のお楽しみでした。
ヒロインは最初なんじゃこりゃと思いましたが、最終的には涼宮ハルヒにも通じる欲望への忠実さと屈折した可愛げが魅力的であったと、言ってもいいのではないかと思います。(多分(笑))

『ドリフターズ』

(歴史上の)キャラクターのチョイスが最初はランダムに見えましたが、段々豊久と信長のコンビの良さが分かって来て、楽しくなりました。続きを待つ。

『うどんの国の金色毛鞠』

内容は至って平凡な自分探しものでしたが、ポコちゃんの"魔法"(妖術?笑)はしっかりかかってました。かからなかった人は・・・うーん友達になりづらいかな?(笑)
ポコちゃんは動物が喋ったら、ほんとにあんな感じなんじゃないかと感じさせるところが良かったと思います。

『舟を編む』

期待外れ。世代的なものか原作者が二次元脳過ぎて、(一般)"小説原作"ものらしい厚みが全く感じられず、"見える"ものだけで構成された整ってはいるけどペラペラの作品。別に不快ではなかったですが。

・・・『ALL OUT!!』『信長の忍び』は、放送継続中なのでまた。


続いて7月期

『NEW GAME!』

他愛無いけどゲーム業界あるある含みで、それなりに楽しめました。ヒロインの親友ちゃんのウザさは、時々厳しかったですが。

『腐男子高校生活』

主人公の(腐)男子も相棒の腐"女子"も、なんか同じくらい「男子」っぽくてカラっとしてるのが見易かったです。実際にあんな感じなのかは、よく分かりませんが。

『この美術部には問題がある!』

ヒロインが(作者に)意地悪され尽くすのを、ニヤニヤしながら楽しむ作品、かな?(笑)

『ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミン』

アニメとしてはどうもあか抜けない感じがしましたが、内容はかなり本格的に"現代の銀英伝"してて見応えがありました。原作は面白そう。

『ベルセルク』

まあまあかな。原作もそこまで僕は思い入れが無いので、それなりと言えばそれなりなのか。
不気味に繊細な作画の狙いは面白いと思いますが、結局旧作の素直に泥臭い感じの方が表現力は豊かだった気が。まあこれだけ時間が空いて同じことをやるわけにもいかないでしょうから、理解は出来ますが。

『斉木楠雄のψ難』

次々新キャラが出ながら二期全く緩まず楽しめて、"ナンセンス"ものとしては稀な安定感だったと思います。作者の精神年齢高そう。(笑)

『甘々と稲妻』

うーん・・・面白くはなかった。ただなんか"切っ"ちゃ悪いような雰囲気があった(笑)。あの女の子自体は、どちらかと言えば嫌いだけど。

『アクティヴレイド -機動強襲室第八係- 2nd』

谷口悟朗さんらしい、手堅い作品。安心して仕事頼める感じ(笑)。ただあんまり見終わって何も残らないんですよね。同じ"パトレイバーオマージュ"(?)なら、『MM9』の方が面白い。


更に4月期

『ニンジャスレイヤー フロムアニメイシヨン』

かっこ良かった。まあでもそれだけかな。(笑)

『ばくおん!!』

バイクあるある。バイクスーツえろえろ。以上。

『あんハピ』

ちょっと「不幸」というより単に「変な」人の話になっちゃって、ボケたかな?

『美少女遊戯ユニット クレーンゲール』

"3人"のキャラクターが類型的ながら、簡潔に描けていて良かったと思います。

『迷家-マヨイガ-』

見応えはあった気がするけど面白かったかというと・・・。"食べ応え"はあるけど"美味"しくはない的な。(笑)


最後に1月期

『僕だけがいない街』

見るのは辛かったけど、子供メインながらかなり本格的なドラマで良かった。目を逸らすことを許さないようなところがあった。(逸らしたかったけど(笑))
"助けられた"女の子の、「未来」の姿が良かったですね。あれでいい気がする。

『少女たちは荒野をめざす』

うーん・・・。まあまあかな。"田中ロミオ"で期待したほどではない。
キャラクターとその葛藤が中途半端にリアルで、同じ"ゲーム自主製作"ものとしてあっさりファンタジーな『ステラのまほう』の分かり易さに負けてると思います。(後出しですが(笑))


こうして見ると、"尻上がり"に良くなって行った年だったんですね。(勿論僕的にですが)

一応"順位"でもつけてみますか。

1位 『ガーリッシュ ナンバー』
2位 『ALL OUT!!』

3位 『斉木楠雄のψ難』
4位 『バーナード嬢曰く。』
5位 『僕だけがいない街』

6位 『ユーリ!!! on ICE』
7位 『ドリフターズ』

8位 『ステラのまほう』
9位 『 ViVid Strike!』
10位 『うどんの国の金色毛鞠』


『ALL OUT!!』はここでは入れます。
『僕だけがいない街』の置き場所が難しい。"名作"かも知れないけど、いかんせん辛い。
『ユーリ!!! on ICE』も似たようなところがある。絶賛する人に異議は多分無いけど、生理的にどうしても少し引いて見てしまうところがある。

上位が少し薄いかな。『ガーリッシュ ナンバー』も、"1位"としては地味だし。
『ALL OUT!!』も、"アニメシーン"的な影響力は皆無だろうし。(笑)
まあ僕が楽しければそれでいいんですけどね。(笑)


業界的には色々成り立ってるのが不思議みたいなところもありますが、来年も良い作品、期待しています。


テーマ:アニメ
ジャンル:アニメ・コミック
’16.10月期の地上波アニメ
2016年10月29日 (土) | 編集 |
かなり、粒揃いに感じます。
放送開始順に。
ちなみに「音響監督名鑑」を、いつでも見られるようにリンクページに追加しておきました。


『 ViVid Strike!』 (Wiki)

原作・脚本 - 都築真紀
監督 - 西村純二
音響監督 - 横田知加子

『魔法少女リリカルなのはシリーズ』に属する作品らしいですが、知らないで見ましたしシリーズそのものもこれが初めてです。・・・こうして見ると、たまにシリーズタイトルを外してみるのも、ご新規開拓には有用なのかも知れませんね。(笑)
というわけで先入観無しに見てみると、一部「魔法」は入って来てはいるものの、基本的にはむしろ骨太というか武骨な感じの、"女子格"ものという感じ。"武骨"な印象のおおもとは、広島弁丸出しのぶっきらぼうなヒロインの印象によるところが大きいんだろうとは思いますが、それにしても「格闘技」ものとしての"真面目"な印象が強いです。
それが沢山出て来る女の子たちの線の細いキャラデザと組み合わさって、変なエロティシズムを感じます。細いけど、"筋肉"はちゃんと描かれてるし。
原作・脚本の人は、"真紀"ですが男です。ゲーム出身のシナリオライターで、"なのは"シリーズのメインライターというか生みの親的な人のよう。監督は『今日からマ王!』『ぬらりひょんの孫』『ばくおん!!』等の人。
音響監督は、比較的キャリアの浅い人のようですね。"音響監督助手"というのを沢山経験しているようですが、そんな役目があるんだというか、音響監督は音響監督として、"専門化"している様子が伺えるというか。


『魔法少女育成計画』 (Wiki)

原作 - 遠藤浅蜊(宝島社 / このライトノベルがすごい!文庫『魔法少女育成計画』シリーズ)
監督 - 橋本裕之
シリーズ構成・脚本 - 吉岡たかを
音響監督 - 飯田里樹

"魔法少女どうしの陰惨なバトル""仲介役の裏切り"という、見るからにまどマギっぽい作品なんですが、特段"二番煎じ"感は無く、普通に面白いというか、至ってシリアスな作品というか。
見る前から切る気満々だったんですが(笑)、見続けることになりそうです。
主人公のナイーブさが、一周回って「批判力」として機能しているのが、いいところだと思います。話自体はどう見ても"ナイーブ"とは程遠い方向へ進んで行くようなので、それが持ちこたえられるのか、見ものという感じ。
原作者は、これでデビューした感じかな?
監督はアニメーターとしての長い下積みを経て、『ご注文はうさぎですか??』で初監督した人。構成は『一騎当千』『WORKIING(1期以外)』『いちばんうしろの大魔王』『 私がモテないのは・・・』などの人。
音響監督は、岸誠二監督御用達、と、この前紹介した人。


『ステラのまほう』 (Wiki)

原作 - くろば・U(芳文社「まんがタイムきららMAX」連載)
監督 - 川面真也
シリーズ構成・脚本 - 志茂文彦
音響監督 - 亀山俊樹

高校の、女だけの(同人)ゲーム作成部の話ですが、"部活動日常系"ではなくて、ゲーム制作に打ち込む姿そのものを描いてる感じの、青春(?)ドラマ。
原作は4コマらしいですが、あんまりそういう内容でもないような。脚本(色)が頑張ってるのかな?
それぞれのメンバーの"不器用な情熱"が眩しい、やはりこれは・・・青春ドラマだよな。
監督は『ココロコネクト』と『のんのんびより』の人。構成は『フルメタル・パニック』『CLANNAD』『ココロコネクト』『NEW GAME!』の人。監督とは『ココロコネクト』で、"ゲーム制作"という内容では『NEW GAME!』で繋がっているわけですね。
音響監督は『リリカルなのは』シリーズ、『絶望先生』シリーズ、『バカテス』、『のんのんびより』など多数。


『ユーリ!!! on ICE』 (Wiki)

原案 - 久保ミツロウ × 山本沙代
監督・シリーズ構成 - 山本沙代
演出チーフ - 宍戸淳
ネーム・キャラクター原案 - 久保ミツロウ
音響監督 - 清水洋史

昨今のフィギュアスケートブームに乗っかった形の(?)、かなり力(りき)の入ったオリジナルアニメ。
内容的に、女性中心のスタッフ的に、ちょいちょい"腐女子"or"少年愛"的臭いは漂っては来ますが、別に前面に出ているわけでもないので"男性中心"作品の「サービスカット」のようなものとして、我慢して見るべきなのかなと。(笑)
多分女子は、普段もっと我慢してる(笑)。でもうぜえ。他人の性欲気持ち悪い。(笑)
ただ映像的にも"劇"的にも、かなりレベルの高い作品だと思います。
久保ミツロウは勿論、『モテキ』の人。女性。
山本沙代は・・・ああ、『ミチコとハッチン』の人か。何となく覚えてる。
"原案"にも参加しているほど監督が中心になっているのに、更に"演出チーフ"がいるのは不思議な感じですが、それだけ絵作りに手間がかかってるということなのか、それとも監督が「感性」担当でより具体的な仕切りをチーフがやるみたいな感じなのか。
とりあえず宍戸さんというのは『彩雲国物語』や『はじめの一歩』の監督で、どちらも"美的"というよりは堅実なタイプの作品なので、やはりそういう分業なんですかね。
シリーズ構成は監督がやるけど"ネーム"を久保氏がやるというのも、よく分からない分業。"絵コンテ"とはまた違うのか?、とにかく独特の体制で、作っている作品のよう。
音響監督は余り見ない人ですが、監督とは『LUPIN the Third ~峰不二子という女~ 』で組んでいるので、そこでの仕事を評価してということでしょう。


『フリップフラッパーズ』 (Wiki)

原作 - ピュア・イリュージョニスト
監督 - 押山清高
ストーリーコンセプト - 綾奈ゆにこ
音響監督 - 明田川仁

こちらもオリジナルアニメ。同時期に二作とは、今時珍しいことだ。
んーーー、惜しい!、または評価保留
映像や世界観のオリジナリティや完成度は何か一線を越えてる感じで、ちょっと『電脳コイル』とか思い出しました。
主人公の女の子たちの表情の繊細さや、セリフの面白さや会話の間合いの自在な感じ、いずれも"劇"としての「本物」感に溢れていて、これも素晴らしい。
初回からもうこれは"名作"誕生かなという感じでドキドキしながら見ていましたが、回を追うにつれて少し、ストーリーの緩さが気になってます。分かり難いのと"遊び"が先行し過ぎてるのとで、多分本質的には割りとストレートな"SF"なんだろうと思いますから、先にそちらの方の勢いを、もっと出すべきだと思います。面白い面白くない以前に、"関心"の方が、時々危うくなります。女の子がじゃれてるだけの作品なら、他に沢山ありますから。
それこそ『電脳コイル』も"女の子たち"の話ではありましたけど、それがストーリーの骨格にきっちり組み入れられていて、"遊び"的な緩みは全く感じさせなかったですからね。
とにかく最終的にどういう感じになるのか、もうちょっと見てから、判断したいなと。
監督は・・・ああほんとに、『電脳コイル』に関わってますね。(笑)
監督としてはこれが初めてですけど、力量的にもオリジナルな感性的にも、これを最後にさっさと劇場用映画の方に行くんじゃないかというか、テレビサイズに収まれる人ではないだろうなと、既に感じさせます。
"ストーリーコンセプト"とあるのでこの作品の「作者」は基本的にこっちなのかなと思ったんですが、綾奈さんというのは『電波女と青春男』『きんいろモザイク』『ろこどる』『少女たちは荒野を目指す』の人で、悪くはないけど普通のアニメ脚本家という印象で、やっぱりではかなり根本的に、"押山監督の"作品なのかな?映像だけではなく、言語的な部分も含めて。あるいは"掛け合いは面白いけど話はつまらない"という現状の、責任者が綾奈氏だとか。(笑)
音響監督はまあ、ほぼ実績日本一の人。詳しくはWiki参照。(メジャー過ぎて雑)


『ALL OUT!!オールアウト』 (Wiki)

原作 - 雨瀬シオリ
監督 - 清水健一
副監督 - 牛嶋新一郎
シリーズ構成 - 横谷昌宏
音響監督 - 小泉紀介

素晴らしい
"スポ根"という日本の伝統芸の、2016年でも容易に古びない生命力を、新たに感じさせてくれる作品。
何が"クールジャパン"だ、"ホットジャパン"だろ?それを言うなら。
無理を通して道理を引っ込めるのが日本流だ、ブラック企業万歳だ。(笑)
そしてこんなにアニメに感動している僕が、モー2の原作は文体が受け付けなくて2,3回で切っちゃってるという事実が示す、「演出」というものの大切さ。ほんと不思議なくらい、アニメ版はすっと入って来る。でも漫画版は読む気しない。(笑)
監督は・・・古くて地味ーな感じの人ですね。原画マンとしては豊富な実績の持ち主ですが、監督作としてはOVAも含めてもこれが3作目。でもほんとに、登場人物たちの熱さを素直に活かしつつ、抜けのいい、いい演出だと思いますよ。年の功というか。(笑)
構成もベテランで、『ケロロ軍曹』『ワールド・デストラクション』『Re:ゼロから始める異世界生活』など。
音響監督も地味だなあ。音響マンとしてのキャリアは豊富そうだけど、『オレん家のフロ事情』くらいかな?"監督"作として見た記憶があるのは。
地味なベテラン連合軍、だけど良作という感じ?


『バーナード嬢曰く。』 (Wiki)

原作 - 施川ユウキ(一迅社「月刊ComicREX」連載)
監督 - ひらさわひさよし
シリーズディレクター - 橘さおり
シナリオ - 内堀優一
音響監督 - 大室正勝

今期妙に沢山ある短編アニメの中で、唯一ウケたもの。
"読書マニア"としての、「真実味」が凄い、熱い。(笑)
"あるある"というほど、ついては行けないんだけど。(笑)
監督は肩書的には二人いるような感じですけど、どっちもまだ実績は少なめ。
シナリオは劇作家の人で、"密室"っぽい感じのこの作品にはぴったりか。
音響監督もまあ、業界は長いけど音響監督としては駆け出しという感じの人。
全体的に、短編ならではの"お試し"スタッフ?でも面白いです。かなり腹抱えてます。(笑)
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テーマ:アニメ・感想
ジャンル:アニメ・コミック
"音響(と)監督"問題(補) ~「主題歌」と監督
2016年10月19日 (水) | 編集 |
前回の話よりも更に漠然としていますが、前々から思っていたことをついでに。


現代の大部分のテレビアニメにおいて、近接他ジャンルに比べて「監督」と「作品」の"劇"的特徴との間に強い相関が感じられないというのがこの前の話でしたが、ところが一方で、一見関連が薄そうなのになぜか「監督」の名前と強い相関をいつも感じる"音響"要素があって、それがOP&EDの主題歌
作品の内容や面白い面白くない好き嫌いにはさほど当てにならない監督の名前ですが、その作品の前後を飾る、基本的には専門外であるはずの「歌」「曲」のセンスについては、ある作品でいいなこの感じと思わせてくれた監督は、別の作品でもまず間違いなくまたいいな(あるいは"悪いな"笑)と思わせてくれる、共通のセンスを感じることが出来る。・・・作品自体は、気に入らなくても。(笑)

OP"アニメーション"ではないですよ?まあそれもたいていは、一致はしてますが、あくまで曲・音楽。
出演声優などが歌うその作品専用の"主題歌"らしい主題歌は勿論のこと、ある時期から大量に増えた"タイアップ"系の曲、アニソン専門系のアーティストも含めてではありますがとにかくそれ自体として独立した音楽性を持ったアーティストの曲どうしでも、あるいは曲調自体は全然違うものだったとしても、やはりその「監督」の名の下に共通したセンスが感じられる。流れて来た初めて聴く初めて見るアニメの主題歌を聴いて、「○○監督っぽい曲だな」と思ったらほんとにそうだったなんて経験も、何度かあるくらいで。
既存の名曲のはめ込みの場合は・・・まあどっちでも。含んでも含まなくても。

だから作品の"中身"まではともかく担当している監督のある種の"センス"の指標としては、主題歌というのはかなり当てになって、新作のOPを一聴した時点でその作品を"好きになる"かどうかまでは分からないけれど、"好きにならない"、あるいは好きになったとしても"一定の限度がある"ということは、ほぼ確実に予想出来るんですよね。
主題歌が好きなアニメは例えさほど"面白く"は無くても、嫌いだったり不快だったりということはまず無いし、逆に好きじゃないアニメの場合はたいてい作品も好きじゃないし、もし他にいいところ興味深いところがあって見続けたとしても、総合的にいい"評価"をしたとしても、心底好きになる、熱狂するということは無い。この素材をもう少しいい感じに仕上げてもらえば燃えられたのになという、"燃え残り"が発生する。逆に主題歌のセンスが好きな作品は、内容も好きなら一気に燃え上がれる
"指標"ということで絞って言うなら、見続けるかどうか内容的に微妙な場合には、ほぼ主題歌の好き嫌いで判断して、僕の場合は間違いが無い。(笑)

実際には好き/嫌いの二択にとどまらない、かなり微妙な情報も収集していて、あるいは作品本体との対応関係も感じていて。
一例を挙げると例えば『灼眼のシャナ』 3期のOP"Light My Fire"や『ガッチャマンクラウズ』(1期)のOP"Crowds"なんかは、いずれもハードなギターリフがかっこいい、大きな枠で言えば好きなタイプの曲ではあるんですが、しかしその"ハード""かっこよさ"の中にある力み過ぎて抜けが悪い、かっこいいようでダサい部分も感じるというような"濁り"が、作品本体の感想ともかなり重なっていました。悪い"予感"が当たったというか、好きになれそうでやっぱりなれなかったというか。・・・すんごく細かく言うと(笑)、シャナ3期OPの(1期2期を彩った)"I'veサウンドとの似て非なる"感じは、正に3期の作品としての"残念"な感じとほんと重なっていた。これはシャナか、シャナじゃないのか
あるいは別な例で言うと、同じく大槻ケンヂ/筋肉少女帯を起用していても、『絶望先生』シリーズ()と『うしおととら』()の、あえて言うのも野暮かもしれない"センス"の差。余りにタイプの違う作品なので中身がどちらが良いとかは言いませんが、筋肉・大槻の曲の"濃さ"の差が、内容にそのまま対応しているとは感じますよね。
更に、更に細かいことを言うと(笑)、主題歌自体を音楽としては気に入っていても、「これは音楽だから可能なセンスであって、それをストーリーという次元で実現しようとすると上手く行かないだろうな」とか、「"音楽"という抽象的な表現のレベルでなら許せるこの曲に含まれている浅薄さは、"劇"として具体化されると多分耐え難いものになるな」とか、こういう変な"予感"の的中も、時に経験したりしています。

ここまで行くと個人的過ぎてついて来てくれとは言いませんが(笑)、でも皆さんもそれぞれに自分の趣味の範囲内で、似たようなことを経験しているのではないかと想像するんですがどうでしょう。少なくとも音楽好きも兼務している、アニメファンなら。


視点を変えて今度はまた"歴史"について言うと、これに関しては前回と逆で、昔より今の方が、遥かに(主題歌と中身の)"密着"度は高く感じる、言い換えると(僕の想定が正しいとすれば)「監督」の関与は深く感じます。
形式的にはこれは不思議と言えば不思議で、つまり昔のアニメの主題歌はほとんどがそのアニメ専用に作られた曲であり、またしばしば原作者や監督が作詞を担当したりしている。その分密着度は高くてもいいようなものなんですが、それで作品の"説明"能力は高まっても魂(?)の共鳴度が高まっているとは感じない。ガンダム以下の、"作家"度の高いタイプの作品でも、それは同じ。
ただこれは実際にはそんなに考えるほどの問題ではなくて、そもそも業界の慣習的に"主題歌"に求められるもの、あるいは許される自由度自己実現度のようなものが昔と今では全然違う、分かり易く言えば「歌謡曲」「ロック」のような、そもそもの"音楽"としての性格の違いがあるからだと思います。"共鳴"したくても、元々"魂"を入れる予定の無い曲群であるというか(笑)。勿論例外はありますけどね。

それは恐らくはテレビアニメが、地上波ゴールデンから深夜&ローカル局へ主戦場を移した、言わば"インディーズ"化したことと随伴しての現象だと思いますが。
境目としては・・・どこらへんですかね。
僕が最初に"アニメ主題歌"としてそのアーティスト性"ロック"性に、文字通りに衝撃を受けた日テレ深夜の旧『ベルセルク』("TELL ME WHY""Waiting So Long")が・・・'97年か。それから例えば同じ庵野作品どうしの比較で、主題歌がまだ旧来の王道主題歌の範疇にとどまっていた("残酷な天使のテーゼ")『エヴァンゲリオン』が'95年で、そこから一気に"インディーズ"化したというか、個人的にとても新鮮に感じた、"声優ソング"ではあるけれど奇妙に無防備なED曲"夢の中へ"を擁する『彼氏彼女の事情』'98年
アニメ史的には別に精査が必要でしょうが、パッと浮かんだ二例がちょうどここらへんなので、何かこの近辺で制作姿勢の業界としての変化が起きたのではないかと、とりあえず今は当たりを付けておきます。


とまあ、至って感覚的個人的ではありますが、「現代テレビアニメにおける主題歌と作品」(と監督)という主題の説明としては、こんな感じです。
で、ここから先がそれについての考察なんですが・・・。正直あんまり内容は無いというか、手掛かりは無いというか。
なぜ自分の作品の"芝居"にはさほどの直接的な影響を与えられないアニメ監督が、専門でもない、発注者でしかない主題歌については、濃厚に"自分"を投影させることが出来るのか。

作業工程を想像すると、こんな感じですか。
どの程度映像が出来上がってから頼むかはケースバイケースらしいですけど、とにかくまず監督つまりアニメ側の総責任者が、最初に作品のイメージや内容を、職業作曲家(&作詞家)や独立アーティストに伝える。速いとか遅いとか(笑)、だいたいの曲調くらいは指定するかもしれない。
それに応えて音楽家側が、例えば複数の候補曲を提示したり、あるいはある程度作ってみてそれを聴かせたりする。それに対してアニメ側監督側が、そんなに僭越なことは言わないだろうけど、だいたいいいとか悪いとか、ここがイメージと違うとかもう少しこんな感じがいいとか、そんなようなことを言う、それを繰り返して曲が完成するor決定する。
こういう作業の中で、結果的に門外漢ではあるアニメ監督が、音楽業界で言うところの"プロデューサー"的な役割を、それぞれの曲に対して果たしているのではないかなと。そしてその"プロデューサー"としての好みが、それこそ"TKサウンド"とか"ハロプロ"(つんくサウンド)のように、広範な共通性・色合いを、別々のアニメ作品の別々の曲に対して、与えているのではないかと。
・・・本来"門内"である、劇・声優の芝居以上に。

いずれ想像ではあるんですけど、もしそうなら最後の部分は重要・重大かも知れなくて。
つまりやっぱり、「音響監督」が悪いのではないかと(笑)。"分業"制の不自然が、問題なのではないかと。
作品に十分に"監督"の生理が刻印されない、生きた共通性が生まれない、作品が「監督の」ものにならない、僕が"監督"の「名前」を当てに出来ない(笑)のは。
個々の音響監督がいかに音響監督として誠実な仕事をしたとしても、どこまで行っても他人は他人で、その人(監督)ではないわけで。従って個人化はされないわけで。
勿論作品のタイプ、監督のタイプによっては、チームプレーやコラボレーションが相応しいもの、それによってプラスの効果が生まれることもあるでしょう。ただ「音響監督」がいるのが、分業が"当たり前"になっているのは、やはり正常ではないのではないか、そんな結論も論理的には導き出せそうですが。
専門外のこと(音楽)にすら、"その人"が関わることによって"その人"のものになるのであれば。

恐らくアニメ監督の"主題歌"への関わり方は、およそシステマティックなものではないだろうと思います。
ただ少なくとも「音響監督」という別の"システム"に積極的に邪魔されない分、邪魔されないだけで、ある種いとも簡単に、その監督の「個人」は反映され得る。それくらいある意味、「個性」というのは本来自然なものなんだろうと思います。

・・・どんなへぼ監督でも、監督が「監督」である限り、サッカーチームが"その監督の"チームになるように?(笑)


まあ変なオチがついたところで、さして根拠の無いこの話はこれくらいで。(笑)
でもアニソン楽しいよね、最近のはほんとに。CDは買わなくてもOP(&ED)は録画して、何回も聴く(笑)。あるいは新しいいい曲に出会いたければ、一般チャートなんか見るよりアニメをまめに見る方が、効率いい。(笑)


テーマ:アニメ
ジャンル:アニメ・コミック
"音響監督"というお仕事 ~アニメ監督は灰皿を投げない?!
2016年10月17日 (月) | 編集 |
先にやった「資料編」こちら
こっちが本論。・・・ま、論というほどのものでもないんですけど、そもそもが。ただの状況説明。
こっちが本論、あっちが本体というか。(笑)

とりあえずWikiの定義を再掲。

音響監督Wiki

主にアニメーションやゲームなどの作品において音声面の演出を行うスタッフのこと。

虫プロダクションがテレビアニメ『鉄腕アトム』を開始した際、過密スケジュールにより音響演出が時間的に不可能だったため内部に音響演出スタッフを別に置いたのが始まりとされる。
その後の虫プロ系や、人材的に虫プロの系譜を汲む制作会社の中にはアフレコなどを完全に音響監督に任せ、アニメ側の演出家が全く立ち会わないこともあった。それ以外では監督、演出家、ときには脚本家、原作者も立ち会うのが一般的となっている。


僕がアニメの世界を知る為に始めた、各期のテレビアニメの主要スタッフのメモ。
始めてから・・・何ともう10年目(!)になるわけですが、そこで割りと早々に気付いてかつ現在でも解決はされていない問題、実写(映画)に比べて「アニメ監督の"名前"と作品の質や傾向との関連性が、著しく低いと感じられる」問題。
その大きな鍵の一つと考えられるのが、この「音響監督」という日本のアニメ界独特の職分の存在にあるらしいという、そういう話です。

具体的にはどういうことかと言うと、僕がアニメをジャンルとして意識的に見出したのはかなり最近、もういい大人になってからなんですが、一方で僕がそれまでにそれなりに知っていた実写(映画)での経験では、ある映画を見てある監督を見て気に入って、それで同じ監督の別の映画を見ると、当たり外れ好き嫌いは別にして、一定の期待にはほぼ必ず応えてくれていたわけです。(だからこそ"監督"で見る)
その"期待"というのを更に細かく言うと、ある監督が作り出す"劇"空間、会話のテンポや間合い、言い回しのトーンやそこにこめられた人間観や価値観、それを表現する俳優の演技のニュアンス、そうしたものが、一種の"癖"として、作品のテーマ・内容や結果的な出来不出来とは別の次元で、否応ない共通性として存在する。その"癖"や"共通性"を僕(観客)が好んでその監督の(他の)作品を見た場合は、個々に好き嫌いはあっても最低限その監督の作品らしい、満足感は得られる、それがつまりは「期待」なわけですね。
逆にそこを裏切られると、"らしくない"と怒る。変節したか、大人の事情に魂を売ったか、創作をコントロールする力を失ったか。

で、こういうのはまあ、"ポリシー"として意識されている場合もまあ無くは無いわけですが、上で「癖」「否応ない」という言い方をしているように、そもそもはその監督自身が気持ちいい、そうでないと気持ちの悪い「空間」を作る為の作業なわけで、つまりはいいとか悪いとか以前にいかにその監督がその作品の「監督」であるか、最初の言い方で言えば(高い)「関連性」があるか、シンプルに言えばそういう問題。
芸術論というより、仕事論・作業論というか。

だからこそアニメでも、同じ人間同じ日本人が作っているなら、基本的な事情は同じだろうと当然のこととして想定して、"スタッフ"の名前を調べ始めたわけですが・・・


それが違った、ということですね。アニメ、より具体的には、大部分の現代のテレビアニメにおいては。
"あの"(素晴らしい)作品の同じ監督が、何をどうしたらこんな(しょうもない)作品を作るんだ、言われなければ同じ監督だと分からないし、言われても尚信じられない、こういうことが頻繁にあった。余りにも頻繁にあって、その内慣れた。(笑)
監督の「名前」は、作品の傾向を示すというよりその作品がどれだけあるいはどのように期待されて製作されているか、それを示す業界的なサインという以上のものではないと、そう理解する習慣がついた。
勿論"傾向"が無いわけではないですけどね、萌え系が得意な監督だとか熱血男臭い系で決まって起用される監督とか。ただそれは上の言い方だと「テーマ・内容」的な言わば可視的外面的なレベルでの意識的な区分であって、僕が気にしている"癖"的なものとはレベルが違う。"萌え"をやってもその監督、"熱血"をやってもその監督、そういう共通性の事を、僕は言っている。あるいはその仮に"萌え"なら萌えの同系統の作品の中でも、同じ監督の名前で実写では経験したことの無いレベルの、作品ごとの落差や似て非なる違和感を感じることがしばしばある。

これはいったいなんだろう・・・と、悩んでいる内に知ったのが、「音響監督」という"職業"、職域。前から何となくそういうクレジットは視野の端で見てはいたのだけど、せいぜい"SE係"くらいだろうと見過ごしていた。(笑)
それが要するに、(他にも仕事はありますが)声優の吹き替え・アテレコ作業の"監督"、言い換えれば「演技指導」だということを知った時は、驚きました。
なぜってそれは実写(や舞台)の常識では「監督」の仕事演出家の仕事、というかイメージ的にはむしろ"正に"「監督」の仕事であって、"アクション"と言い、"カット"と言い、駄目出しをし、怒鳴りつけ灰皿を投げる(笑)、それこそが監督・演出家の一番の仕事というか、「監督」が仕事をしている姿の一番のイメージであるわけです。・・・"一番"かどうかはともかくとして、"演技指導"をしない「監督」って、いったい何よというのは、常識としてどうしてもあるわけです。
(ちなみにアニメ界では「演出」という言葉も独特な使われ方をされますが、ややこしくなるので今回は割愛)

その疑問を更に深めるのが、洋画や洋ドラの吹き替え版における「演出」の仕事の存在で、あんまり注意している人もいないかも知れませんが、放送の最後に出て来る、『日本語版演出・○○××』というクレジットですね。
あそこでクレジットされている「演出」家つまり「監督」がやってるのも、正に"声優の演技指導"なわけで・・・つまり事の性格上「絵」をいじるわけは無いわけで、他に"日本語版"スタッフに残ってる仕事はそれだけですから、当然と言えば当然ですが、とにかく同じ"声優"が関わる業界でもこちらの方では僕が実写で身に付けた常識通りの慣行が通用しているので、尚更アニメ界はどうなってるんだという疑問が沸いたわけです。

なぜ「監督」は演技指導をしないのか、なぜ「音響監督」という専門の人が別にいるのか、「監督」はいったいそれで満足出来るのか、"自分の"作品だと胸を張れるのか。
・・・つまり一般論に立ち戻って、劇系作品における分業を考えた時に、監督が自ら脚本を書く場合もありますがそれでも"脚本家"が別にいる場合の方が圧倒的に多いわけで、そうして既に出来上がった"他人"の書いたものを作品化する時に、その文言そのものではなくてそれを演じる俳優の演技(だけではないですが)のニュアンスを自分の生理や意図に従わせる、"演出""指導"するという作業を通さずに、いかにしてある"監督"がそれを"自分の"作品にしていくことが可能なのか、"自分の"作品だと思えるのかという、根本的かつ素朴な疑問ですが。

根本的かつ素朴だからこそ、テーマや内容いかんに関わらずそういう"生理"や"癖"は作品に表れて、それを信頼して僕は監督の「名」で作品を見ていたわけですが、それが(テレビ)アニメでは通用しなかったのでびっくりしたという、そういう話です。


・・・と、煽っておいてあれですが(笑)、実はそんなに大スケールの"問題"ではないだろうと、結論を先取りするとそう思います。要は成り行きと慣習で、それ以上のものではない。

まず・・・どっちから行こうかな、"実例"の方から行くと、アニメはアニメでも劇場用映画を主舞台とする"名"のある監督の作品の場合、宮崎駿でも高畑勲でも細田守でも、そういう意味での「演出」には十分な一貫性・共通性があって、好き嫌い別にして(笑)"あの"監督のものだというのは程度の差はあれすぐに分かる。あるいは言われてなるほどなと思える。
テレビの方に重心を移しても、富野由悠季には富野節が、押井守には押井節が時にうんざりするほど(笑)濃厚に存在しますし、庵野秀明監督はオリジナルのエヴァンゲリオンでも原作付きの彼氏彼女の事情でも、同じように庵野秀明ですし。そこまで"作家"性の強い有名監督でなくても、あしたのジョーとエースをねらえとベルばらが出崎統という同じ監督だというのは、大いに納得出来ることでしょうし。他にもこどものおもちゃと浦安鉄筋家族の大地丙太郎監督のような、強烈な"生理"的共通性を示す監督なども。もう少し最近で言えば、新房昭之さんなんかも、非常に記名性の強い"生理"の持ち主ですよね。

それぞれの監督のそれぞれの作品における仕事の進め方、分担の仕方については細かく見ていけばきりがないわけでしょうが、とりあえずこういう作品ばかりだったら、僕も特に実写との違和感に苦しむ(笑)こともなかったでしょうし、逆に「音響監督」という職業の存在に気付くことも無かったろうと思います。

更に話を進めて、一つの説明ではあるでしょうが上に掲げたWikiによる「歴史」
それを見ると、日本のテレビアニメにおけるこの独特な分業形態は、ある種の歴史的偶然というか苦肉の策というか、行きがかりに近い性格を持っていることが分かります。
言い換えれば日本のテレビアニメ監督も、手塚治虫も(笑)、出来れば、なるべく、自分で全部やりたかった、自分の直接的な支配力を作品の隅々にまで及ぼしたかった、勿論声優の演技指導もしたかった、そういう"本能"については特に実写の監督と違わないと、そういうことは言えると思います。

あるいはその前の"例"に見られるように、その後分業が慣習化した業界においても、作家性の強い、特別に自分の生理や世界観に確固としたものを持っている監督たちは、それぞれの立場で努力してあるいは否応ない影響力・カリスマによって、声優の演技も含めた作品に関わる全ニュアンスの個性化を成し遂げている、そういう意味でもやはり実写映画との現在ある"違い"は、単なる既成事実的なものでそれほど積極的なものではないと、そう言えるのではないかなと。
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"音響監督"というお仕事 (資料編)
2016年10月04日 (火) | 編集 |
最初は理論編というか説明編というか、なぜ今僕がこの"職業"に注目しているのかということから書き始めたんですが、例によって少し長くなりそうだったので本来の目的であるこの"資料"作りから先にやってしまいます。
それを見ながら、後で書く能書きを想像でもしてみて下さい。(笑)
とはいえそもそも「音響監督」とは何ぞや、初耳だという人さえ結構いると思うので、とりあえずWikiの定義だけは抜き書きしておきます。

音響監督Wiki

主にアニメーションやゲームなどの作品において音声面の演出を行うスタッフのこと。
別名で「録音監督」「音響演出」と呼ばれる。

虫プロダクションがテレビアニメ『鉄腕アトム』を開始した際、過密スケジュールにより音響演出が時間的に不可能だったため内部に音響演出スタッフを別に置いたのが始まりとされる。
その後の虫プロ系や、人材的に虫プロの系譜を汲む制作会社の中にはアフレコなどを完全に音響監督に任せ、アニメ側の演出家が全く立ち会わないこともあった。それ以外では監督、演出家、ときには脚本家、原作者も立ち会うのが一般的となっている。

言葉の印象からは単に音響"効果"を担当する人みたいな感じですが、実際の仕事の中心は、要するに声優の演技指導ですね。・・・つまり声優の「声」という、「音響」。正直変な命名だと思いますが。(笑)
作品全体の「監督」等との役割分担については、そこに書いてある通り。
まあ詳しくは、及びそれについての僕の問題意識については、次の機会に。

とにかく「音響監督」という仕事ないしはそれぞれの"監督"の仕事に注目しているわけですが、僕自身も具体的には今までほとんど注目して来なかった職分なので、随分機械的なようですがそのWikiに載っている主な"音響監督"の名前、その中からよく見るor見覚えのある名前+α、合わせて20人の仕事を、一気に書き出してみます。
僕が見たことのある作品の中から、上段が特に好きだった作品、中段がそれに次ぐ作品、下段が余り好きでなかった作品です。好きな作品についてはあるだけ、中段は上限7作品、下段は5作品の範囲でピックアップしてあります。本来の"ピラミッド"としてはかも知れませんが(笑)、嫌いな作品を沢山挙げるのも精神的に不健康ですし、逆に好きな作品は出来る限り収録したいということで、こうしました。

なおあくまで作品の総合評価なので、それがどこまで「音響監督」要因に起因しているかは、ケースバイケースと了解して下さい。
では五十音順に。


明田川進

・銀河英雄伝説、
・ふしぎなメルモ、火の鳥、TYTANIA -タイタニア-、グイン・サーガ、
・うたわれるもの、

・・・"第一人者"と書いてある割りにめぼしい作品が少ないですが、ともかくも唯一無二の傑作『銀英伝』の人ですね。

明田川仁

・げんしけん、灼眼のシャナ、のだめカンタービレ、モーレツ宇宙海賊、斉木楠雄のΨ難、
・ハチミツとクローバー、ウィッチブレイド、ぼくらの、とある科学の超電磁砲、うぽって!!、輪廻のラグランジェ、彼女がフラグをおられたら、
・とらドラ!、青い花、あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。、放浪息子、アルスラーン戦記、

・・・息子の方は掛け値なしに凄い。それが腕によるのかそれとも「二世」のコネで作品が集まり易いだけなのか、それについては分かりません。(笑)

浅梨なおこ

・楽しいムーミン一家、こどものおもちゃ、魔女の宅急便、(機動警察パトレイバーTV版&新OVA)
・機動警察パトレイバー2 the Movie、
・ケルベロス 地獄の番犬、紅の豚

、・・・個人的に見慣れた名前の割りに少ないですが、基本文字通り"音響"の人で、音関係は何でもやりまくってるのでそれで名前を見るんでしょうね。数少ない「監督」作品は、古典的な名作揃い。
(追記)
その後気になって調べてみたら、パトレイバーのTV版とその後の新OVA版で「録音演出」というクレジットで出てるんですが、これ「音響監督」のことですよね、多分。他にそれに当たるクレジットの人もいないし。


飯田里樹

・Angel Beats!、人類は衰退しました、暗殺教室、
・瀬戸の花嫁、天体戦士サンレッド、妖狐×僕SS、ブラッドラッド、Charlotte、人生相談テレビアニメーション「人生」、乱歩奇譚 Game of Laplace、
・お兄ちゃんだけど愛さえあれば関係ないよねっ、DEVIL SURVIVOR 2 the ANIMATION、マギ シンドバッドの冒険

、・・・岸誠二監督御用達。後でも書きますが、岸さん自体が、凄くこだわりの強い人みたいですしね。

岩浪美和

・ガールズ&パンツァー、僕だけがいない街、
・ご愁傷さま二ノ宮くん、神のみぞ知るセカイ、ジョジョの奇妙な冒険、キルラキル、ウィッチクラフトワークス、ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミン、ベルセルク、
・薄桜鬼、Fate/Zero、PSYCHO-PASS サイコパス、ソードアート・オンライン、悪魔のリドル

、・・・最近ほんとあちこちで名前を見かけますが、今一つ決定打が無い感じ。

亀山俊樹

・さよなら絶望先生、バカとテストと召喚獣、艦隊これくしょん -艦これ-、
・ひだまりスケッチ、それでも町は廻っている、まおゆう魔王勇者、城下町のダンデライオン、
・リストランテ・パラディーゾ、電波女と青春男、のんのんびより、WXIII 機動警察パトレイバー、

・・・1列目がとにかく痺れる。個人的に。軽く頭のおかしい人かもしれない、いい意味で。(笑)

斯波重治

・楽しいムーミン一家、楽しいムーミン一家 ムーミン谷の彗星、機動警察パトレイバーThe Movie、
・うる星やつら、風の谷のナウシカ、機動警察パトレイバー旧OVA、
・楽しいムーミン一家 冒険日記、天空の城ラピュタ、

・・・古強者。「冒険日記」は名前貸してるだけだろう?という疑惑。(シリーズ前作に比べて)芝居が緩み切ってるぞ?あれ。

清水勝則


・マッハGoGoGo、すべてがFになる THE PERFECT INSIDER、
・ふしぎの海のナディア、一騎当千 Dragon Destiny、テガミバチ、ソ・ラ・ノ・ヲ・ト、

・・・あれれ。名前の印象は強かったんだけど。

田中英行

・少女革命ウテナ、
・新世紀エヴァンゲリオン、
・魔法遣いに大切なこと、

・・・今回一番のショック事案。放送当時「ウテナ」派と「エヴァ」派(僕は当然前者)で血で血を洗う抗争を繰り広げたのは何だったんだ?バルサとレアルで同時に監督やる奴があるか!

土屋雅紀

・帰宅部活動記録、GJ部、
・ノブナガン、NEW GAME!、
・俺がお嬢様学校に「庶民サンプル」としてゲッツされた件、三者三葉、

・・・ノブナガン以外はほとんど同傾向作品ですね。両"部"は好きですけど。

鶴岡陽太

・涼宮ハルヒの憂鬱、CLANNAD -クラナド-、スケッチブック ~full color's~、咲-Saki-、「物語」シリーズ、WORKING!!(1&3期)、日常、
・∀ガンダム、ケロロ軍曹、忘却の旋律、ローゼンメイデン、魔法少女まどか☆マギカ、アクセル・ワールド、中二病でも恋がしたい!、
・OVERMANキングゲイナー、喰霊 -零-、けいおん!、Phantom -Requiem for the Phantom-、フラクタル、

・・・この人もなんか凄まじいな。こうしてみると多分、"現代"的萌え要素を組み入れようとして、富野監督(∀、キングゲイナー)が特に起用したのは想像出来ますね。

長崎行男

・電波教師、
・モノノ怪、空中ブランコ、ガッチャマン クラウズ、GATE 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり、
・戦場のヴァルキュリア、アオハライド、終末のイゼッタ、

・・・クセのある作品と"お仕事"が入り混じってる感じ。

なかのとおる

・今日からマ王!、ツバサ・クロニクル、エレメントハンター、
・エル・カザド、スケアクロウマン、
・BUZZER BEATER、

・・・NHKBS2御用達(笑)。"民"でやってるのも結構独特。

早瀬博雪

・さくらももこ劇場コジコジ、ヒャッコ、
・西洋骨董洋菓子店 -アンティーク-

・・・さほどメジャーじゃない人かも知れませんが、コジコジとヒャッコは大好き。

平光琢也

・獣の奏者 エリン、
・義風堂々!! 兼続と慶次、
・GUNSLINGER GIRL、ウエルベールの物語 -Sisters of Wellber-、図書館戦争、

・・・「固い」感じの芝居を付ける人かな?

藤野貞義

・聖戦士ダンバイン、機動戦士Ζガンダム、
・機動戦士ガンダムΖΖ、重戦機エルガイム、機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争、クラッシャージョウ、機動戦士ガンダム 逆襲のシャア、機動戦士ガンダムF91、
・スレイヤーズ

、・・・富野とガールズヒーロー?

本田保則

・ONE OUTS -ワンナウツ-、
・マッハGoGoGo、ハクション大魔王、超時空要塞マクロス、ちびまる子ちゃん(第1期)(第2期)、逆境無頼カイジ、CLAYMORE、蒼天航路、
・BLACK LAGOON、秘密 -The Revelation-、魍魎の匣、ヘルメス-愛は風の如く、

・・・ハクション大魔王とBLACK LAGOONが同じ人とはね。(笑)

三間雅文

・はじめの一歩、こばと。、ちはやふる、黒子のバスケ、進撃!巨人中学校、
・蒼穹のファフナー、妄想代理人、創聖のアクエリオン、天保異聞 妖奇士、アリソンとリリア、謎の彼女X、コンクリート・レボルティオ-超人幻想-、
・鋼の錬金術師、Paradise Kiss、機動戦士ガンダム00、屍姫 赫、甲鉄城のカバネリ、

・・・こちらもかなり幅広く売れっ子ですが、基本的には少年漫画タイプの"勢い"のいい作品を得意にしているのかな?


[「監督」兼任タイプ]

余り多く例は知りませんが、監督自らがやるパターン。

佐藤順一

・ARIA The ANIMATION、
・うみものがたり -あなたがいてくれたコト-、
・たまゆら-hitotose-、あまんちゅ! 、

・・・ある一つの"雰囲気"を出す為に、どうしても自分で仕切りたいという感じですね。

水島努

・SHIROBAKO、
・げんしけん 二代目、監獄学園、迷家-マヨイガ-、

・・・最近の作品については、そうするようになったようですね。『おお振り』とかではまだ委任型。


とりあえず今回は以上です、何か思うところがあったでしょうか。(笑)
一回こうしてまとめておくと、次回からの"スタッフノート"でこの("音響監督"という)項目を有効活用し易いかなと思いまして、作ってみました。


テーマ:アニメ
ジャンル:アニメ・コミック
’16.7月期の地上波アニメ
2016年07月30日 (土) | 編集 |
です。
順番は放送開始順。


最後まで見る予定のもの

『NEW GAME!』 (Wiki)

原作 - 得能正太郎(芳文社「まんがタイムきららキャラット」連載)
監督 - 藤原佳幸
副監督 - 竹下良平
シリーズ構成 - 志茂文彦
音響監督 - 土屋雅紀

はっきり言って、"面白く"全然ない
なりそうでもない(笑)。ただ単に、「ゲーム業界」の話が見たいだけ。
でも逆に割り切って作られてる感がある、「ゲーム業界」の話を「漫画」の形態で描こうしているだけという"教育漫画"感があるので、特に期待も失望もせずに気楽に見られます。
監督は『GJ部』の人。なるほど。
構成は『フルメタルパニック』や『クラナド』の人。意外と豪華だな。
・・・なお一回めんどくさくて放り出した「音響監督」(つまりは声優の演技つけ)の項目を復活させましたが、とりあえず「監督」が兼ねてるパターンと兼ねてないパターンの区別だけ、やって行こうかなと思っています。それでその監督の、作品への姿勢が分かる気がするというか。
とりあえずこれは、兼ねてないパターン。ほとんどはそうですけどね。


『腐男子高校生活』 (Wiki)

原作 - みちのくアタミ
監督 - 所俊克
シリーズ構成・脚本 - 藤本冴香
音響監督 - 阿部信行

最近はすっかり(アニメについての)根気が無いので、"BL"ものも"美少年・イケメン"ものも、ほとんど自動的に(笑)パスしてるんですが、これは見てます。
なんか見易いんですよね。"本格"感が無くて、一方で整理された"メタ"感があって。逆に"BL好き"の方には、どうなんだろうという感もありますが。
まあこれは"BL"そのものではなくて、あくまで"BL好き"の、しかも"男子"を描いたという変化球なので、最初から「球威」は期待されてない、期待してはいけないものではないかと思いますが。
とにかくそういうものとして、きっちり笑えてます。(笑)
原作は漫画。監督はかの『銀英伝』にも関わっているらしいかなりキャリアのある人ですけど、脇専門というか目立った実績はないですね。短編だし、"ちょっと頼まれた"感じ?(笑)
構成も"アニメ@wiki"すら無い、無名の人。でも面白いです。


『この美術部には問題がある!』 (Wiki)

原作 - いみぎむる
監督 - 及川啓
シリーズ構成・脚本 - 荒川稔久
助監督 - 池端隆史
音響監督 - 本山哲

どうせならこっちをGJ部の人がやればいいのにという(笑)、安定のスチャラカ"部活"もの。
基本、好きですね、僕。
この作品はプラス、ヒロインの"恋愛"を、大きな幹として進んで行くよう。ただしスチャラカ。(笑)
原作は漫画。監督は『アウトブレイク・カンパニー』『俺の青春ラブコメ』の人ですが、どっちもちらっとしか見てない。
構成は『狼と香辛料』『エレメントハンター』『キングダム』『まおゆう』・・・ときりがない実績者ですが、上の『アウトブレイク・カンパニー』でもやってたようですね。
助監督なんて別にいいやと思いかけましたが、なんと『げんしけん』の人でした。他にも『ダフネ』『大正野球娘』等、立派な実績があって、その割には仕事の機会に恵まれてない気の毒な感じの人。
この職歴には問題がある?!(笑)


『ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミン』 (Wiki)

原作 - 宇野朴人(電撃文庫刊)
監督 - 市村徹夫
シリーズ構成 - ヤスカワショウゴ
音響監督 - 岩浪美和

"アニメ"として特に出来がいいとは思いませんが、内容は面白い。
戦術的駆け引きは見応えがありますし、「人間観」的にもなにがしか腹を括ったところを感じます。
・・・それを"アニメ"として今一つ洗練された形で表現出来ていない気がするのが残念ですが、原作(小説)はかなり面白そうですね。
監督は・・・これが初監督作品のようですね。構成は『テラフォーマーズ』の人。ちょうど今、"売り出し中"な感じ?


『ベルセルク』 (Wiki)

原作・総監修・オリジナルストーリー原案 - 三浦建太郎(スタジオ我画)
監督 - 板垣伸
シリーズ構成 - 深見真山下卓(協力)
音響監督 - 岩浪美和

1作目からだいぶ時間が経ってますが、"リメイク"とかではなくて普通に続きのようで、ほっとしました。
絵柄まーーーーったく変わってますが。(笑)
監督は『ベン・トー』に『てーきゅう』の人か。特にいい印象も悪い印象も無い。
じゃあ特徴的な絵は、他のスタッフの意気込みによるのかな?
構成の深見氏の方はどちらかというと小説の人。山下氏の方もそうですね。かなり独自な、"アニメ化"プロジェクトのよう。逆に監督は、"雇われ"的ニュアンスが強いのかな?
まあ、"ベルセルク"です(笑)。この時点でのカッツの強さがどれくらいかよく把握出来てないので、時々戸惑いつつ、見ています。


『斉木楠雄のψ難』 (Wiki)

原作 - 麻生周一
監督 - 桜井弘明
シリーズ構成 - 横手美智子
音響監督 - 明田川仁

原作は漫画。監督は・・・『GA』の人だ。懐かしい。
構成はまあ、横手さんです(笑)。大ベテランで腕は確かですが、"特徴"と言われても難しい人。
特に言うことはありませんが、とても面白いと思います。"ナンセンス"系ですが、空回りするようなところは全くなく、安心して見ていられる作品。


『バッテリー』 (Wiki)

原作 - あさのあつこ「バッテリーシリーズ」(角川文庫刊)
監督・脚本・音響監督 - 望月智充
キャラクター原案 - 志村貴子

"野球"の"バッテリー"の話なのに『バツ&テリー』



ではないし、「あさのあつこ」なのに「浅野温子」ではないし、色々とモヤモヤする作品。(笑)
始まったばかりですが、"女房役"が"女房"過ぎて、ほとんど一方的な感じで「バッテリー」の話としてはまだどうもバランスが悪い感じ。主人公(投手)が常に悪いというか。(笑)
監督はどちらかというと"脚本家"体質・兼務の多い人で、代表作は『ふたつのスピカ』『絶対少年』あたり?『絶対少年』は面白かった。基本、"地味"で"良質"系の人。
"音響監督"兼務というのは劇/芝居にこだわりがあるということで、そこらへんも脚本家体質ゆえなのかな?近作のほとんどで、兼務してますね。
現時点で"下らなく"ないのは確かですが、どれくらい"面白く"なるのかあるいは"野球"ものになるのかは、まだ未知数な感じ。とりあえず"母親"たちうぜえ(笑)。それが裏テーマかも。


今のところ見てるもの

『甘々と稲妻』 (Wiki)

原作 - 雨隠ギド
監督 - 岩崎太郎
シリーズ構成 - 広田光毅
音響監督 - たなかかずや

はっきり言って、全く"面白く"はない。でも好感は持てる。
好感は持てる。でも面白くはない・・・と、グルグル回りながらここまでのところ、毎週見てはいます。(笑)
どうにもぬるいんですよね、"子育て"も"料理"も、ネタとしてありきたりで。ただなんかいったんつけると、消すのも悪いような雰囲気が全編に漂ってるので(笑)、気が付くと最後まで見ています。
まあOP曲もED曲も好きなので、それを楽しみに多分、"最初"から"最後"まで見るのかなと、予測しています。(中抜き?キセル?)
原作は漫画。監督は『一週間フレンズ』の人。構成は・・・それなりに色々やってる人だけど、どれも見ていないです。強いて言えば、『テニスの王子様』シリーズの人。


『クオリディア・コード』 (Wiki)

原作 - Speakeasy(さがら総×橘公司×渡航)、マーベラス
監督 - かわむらけんいち
脚本 - Speakeasy(さがら総×橘公司×渡航)
音響監督 - えびなやすのり

"Speakeasy"とは、「同年代のライトノベル作家・さがら総、橘公司、渡航の3人からなるユニット」だそうです。詳細はパス。(笑)
監督は『そにアニ』の人ということですが、知らない。
設定もキャラクターもなかなか面白そうではあるんですが、意図的ではある"厨二"臭さに、この先どれくらい耐えられるかどのように処理してくれるのか、それ次第という感じですかね。
脚本は良さそうに思うんですけど、どちらかというと演出(監督)の方が、こなれてない感が強い。
「東京」と「千葉」と「神奈川」のライバル関係というのは、笑えていいですけどね。(笑)


『アクティヴレイド -機動強襲室第八係- 2nd』 (Wiki)

総監督 - 谷口悟朗
監督 - 秋田谷典昭
副監督 - 福島利規
チーフ・ディレクター - 三宅和男(第2期)
シリーズ構成 - 荒川稔久
音響監督 - 明田川仁

"ナウいパトレイバー"(笑)という感じで結構面白そうに思うんですが、問題は"2nd"なのに"1st"を見た記憶が全く無いことで、面白いだけにどうせなら1stから順番に見ようかなと、今回は切る可能性大。


今期は不作だなあと思ってたんだけど、それでこの数か。
世話無いな。(笑)


日本アニメの客観描写と主観描写 ~高畑勲による
2016年05月26日 (木) | 編集 |
BSスカパー

『民主主義の逆襲 高畑勲×アーサー・ビナード  「きもちいい!」と「むかつく!」のハザマで』

より。

"反・安倍、反・戦争法案"的な趣旨で企画されたイベントの一部として行われた対談で、対談自体ははっきり言って余り噛み合わないグタグタなものになっていたと思いますが、その中での高畑勲監督の発言にいくつか創作論的に面白いものがあったので、僕なりにまとめてみます。


全体としては、一種の日本文化論。
日本人の自己中心性、または自己中心的「主観」的描写への、親和性。
日本人は"天動説だ"、なんて言い方もしてましたね。
そしてそこから、「客観」的判断によるストップがかからずに、感覚だけで一気に一つの方向へ、具体的には"戦争"へもひた走る、ひた走ったと、そんな感じの論理展開でこの「反戦集会」の趣旨に乗っかって来るわけですけど、それに関してはいささか飛び過ぎ雑駁過ぎという印象も強いので、とりあえず無視。

ただ「客観」描写と「主観」描写と、高畑監督が表現するような問題、傾向自体は、確かに存在していると、僕も思います。

ディズニーなんかの方が客観性があると思うんですよ、表現に。
日本のは主観性をそこに持ち込んだから、十分な描写が出来なくても、人を動かすことが出来たんですよ。
日本のアニメって全然動かないのに、ディズニーのテレビアニメなんか全然流行らないんですよ。なかなか、日本では。
心情に食い込むんですよ、日本のは。それは主観的だからなんですよ。
動かなくたっていいんですよ。動くか動かないかによって、あるいはその人間がちゃんと描写出来てるかどうかは関係無いんですね。
それより、ダイレクトに訴えかけた方が。そうなっちゃうんですね。

ディズニーとの直接比較、あるいは言わんとしている日本のアニメの特徴を"動かない"ということに集約し過ぎると、例えば以前こちらで取り上げたこういう技術論で済んでしまう話にもなりかねないと思いますが・・・

当初からの懸念は、虫プロから送られてくるフィルムは動きの作画枚数が極端に少なかったことだ。
(中略)
作画枚数を少なく抑えるやり方、すなわちリミテッド・アニメーションの技法が、『鉄腕アトム』やその後に続く日本製アニメーション番組の基本になった理由は、制作予算を日本の放送局がたくさんは払っていないからだった。(中略)リミテッド・アニメーションにせざるを得ない事情のなか、作り手たちは新たな表現技法もいろいろ編み出していった。


・・・鉄腕アトムのアメリカでの放送に尽力した、アメリカ人プロデューサーの当時の感想。

ただその前段で、高畑監督はこんな例も挙げています。

ついでに言っちゃえば宮崎駿の作品っていうのは途中までは笑えたんだけど、ずっと後になると(中略)笑えなくなったんですね。
それはあのう、そうやって巻き込み型になっちゃったわけです。

笑えないというのは、笑いに必要な客観性が欠落しているということ。
"巻き込み型"というのは、「主観」描写の別の言い方です。観客に(客観的に)状況を俯瞰させるのではなく、主観的に、一人称の視線で"体験"させる一本槍のという。
結構な宮崎批判ですね(笑)。僕は高畑監督のも宮崎監督のも、どちらも余り熱心に見ていないので、具体的にどこらへんの(時期の)ことを言ってるのかは、分かりませんが。
言いたいのは、これは宮崎監督の後期またはある時期以降、つまりは十分に売れてからの話なので、まさか上の『鉄腕アトム』の話と同様な"予算"に強いられての仕方なくなんての話ではなく、純粋に表現技法的思想的な問題として、(高畑監督の言う)"主観"的描写が選ばれているのだ、はずだという、そういうことです。それを高畑監督は、問題にしていると。

技法の具体的な一例としては、こういうエピソードも。

アニメでですね、アメリカの下請けをした時に、日本の我々は、映画と同じように"なめ"というのをやったんですよ。
背中を向けて向こうに人物がいて、背中向けの人物に観客が寄り添って、その視線で見る主観性を持ってるんですね。
ところが向こうから来たディレクターはですね、背中なんか映してどうするんだマンガで、と言ったんですね。もっと舞台でその両方とも顔が見えるようにしなきゃおかしいって。全然わきまえてないわけですね、"主観的"な効果がいかなるものかということを、アメリカのディレクターは。

なるほどね。
ここでいう「映画」(と同じように)というのは、"実写"と言い換えた方が多分分かり易いと思います。それがつまり、後段の"マンガ"と対応しているわけですね。
"技法"論としては、少し曖昧になる気もしますけど。つまり高畑監督が日本"アニメ"の特徴として批判的に語っていた「主観」的描写は、実写の方では日本もアメリカも含めて普通に行われていて、"効果"を上げていて、それをアニメについて限定的な認識しか持っていないアメリカの当時のディレクターは理解していなかったという話ですから。貶してるかと思ったらここでは褒めてるという。
増してその演出をしたのは、宮崎監督ではなくて(笑)高畑監督自身なわけですから。どうなってるんだよという。

まあ実際はそこまで四角四面にとる必要は無くて、要は(アメリカより先に)アニメにおける「主観的」描写を開発したのはいいとしても、それに偏してしまったのがいけない、「客観」性がどこかへ行ってしまったのがいけないという、そういう話なわけでしょうけど。
ここではともかく、「主観的」描写の一例として(複数いる人物の一人の)"背中向けの人物に観客が寄り添って""その視線で見る"という表現が、一方の「客観的」描写の一例として(舞台で)"両方とも顔が見えるように"撮るという典型的手法が示されているという、そういうことです。
更に遡って付け足すとすれば、"動き"で全部説明する、描写するアメリカに対する、"動かない"絵に主観性を乗せて想像させる日本、ということでしょうか。元々は作画枚数の絶対的な違いという、物理的理由に恐らくは主な起源を持つ。
その意味の"技法"の開発自体には、日本という環境で仕事をしていた高畑監督自身も、当然関わっているわけでしょうけどね。

余談ですが高畑監督の見立てによると、アメリカでも『ジョーズ』('74)の登場あたりを契機に、全体的に主観描写の傾向の強い映画が増えているとのこと。ふむ。どうなんでしょうね。まあ"ニューシネマ"の個人主義が、"主観性"を引き寄せるのは分かる気はしますが。
あるいは別の視点で言うと、『ジョーズ』も含まれるスリラーorホラー系の"脅かし"系の映画が主観的である、"体験"型"巻き込み"型なのはある意味当然のことなわけで、アメリカ映画が全体的にそういう傾向のものが増えて来た、一方で日本は元々の主観表現の歴史もあって、ある時期以降あらゆるタイプのストーリーがそういう表現を取るようになったと、そういう話か。
それらが根本的に"悪趣味"だという批判が、(高畑監督の嫌いな言葉である)『「きもちいい!」と「むかつく!」のハザマで』という対談タイトルにこめられているわけですが、それについては次回以降に書きたいと思います。(続くらしい)

とにかく高畑監督が見るに、日本人・日本文化は「主観的」描写に親和性がある、

それほど日本は、そういう主観性に一遍のめりこむことになったら、ものすごい勢いでそれを習得するんですね。

だから危ない、その"勢い"でまた戦争になだれ込みそうだと、そういう企画趣旨。

それはまあ、繰り返しますが置いておく(笑)として、最後に面白いことを言ってました。

世界名作劇場日本を舞台に。

世界名作劇場というのはご存知の通り、

主に日本アニメーション(以下、日アニ社)が制作して『カルピスこども名作劇場』や『ハウス食品・世界名作劇場』といった名称で放送されているテレビアニメシリーズ(Wiki)

ハイジ、フランダースの犬、母をたずねて三千里、その他諸々。

で、前後からすると要するにあの当時の日本アニメには、きちっと「客観性」が生きていた、それを思い出す為に、またその後発展した日本アニメの力を示す為に、往時のような海外古典原作の力に頼らずに、日本を舞台にした「名作劇場」を作ってみたらいい、作ってみたいと、そういう話のようです。

ふうむ。この例示だと、一つ分かるような気はします。特に「客観」描写(またはバランスの取れた描写)というものの中身が。
というのも僕自身、あのシリーズはまあ人並みに好きで、しかし比べてそこから旅立って行ったほとんどは宮崎駿作品ですが、"ジブリ"の作品群はどうもピンと来ない部分があるので。中途半端な"名作劇場"ぶりがというか。あれが"客観的"でジブリが"主観的"というなら、分かり易くはあります。
まあそこまで単純ではないんでしょうけどね(笑)。それだと余りにも、日本アニメの発展拡大、オリジナル化を全否定してしまうわけですし。
とりあえずはだから、宮崎作品のどこらへんから"駄目に"なって行ったと思うのかというのを、高畑さんに改めて訊いてみないといけませんが。
コナンなのかカリオストロなのか、ナウシカなのかラピュタなのか、もののけなのか千尋なのか。


今日はここまで。


テーマ:アニメ
ジャンル:アニメ・コミック