続・"監督がゲームを作る"ということについて

「試論」は試論なので(笑)、書いてからまた色々と気が付いたり思い出したりしたことを、引き続き。



J初年度"オリジナル10"の風景

1993年。本格的にサッカーを"見る"経験としてはほぼJリーグが初めてだった('86W杯や天皇杯決勝等一部特別な試合を除く)僕の、出発点的風景。
その時各チーム(の攻撃)がどうしていたか、またはどのように僕に見えていたか。


トップ下or特定のゲームメーカーに頼っていたチーム

ジェフ市原(リトバルスキー)  監督永井良和
ヴェルディ川崎(ビスマルク[ラモス])  監督松木安太郎
横浜フリューゲルス(エドゥー)  監督加茂周
名古屋グランパスエイト(ジョルジーニョ)  監督平木隆三
ガンバ大阪([磯貝])  監督釜本邦茂

頼ってはいなかったけれどそれらしい選手はいたチーム

鹿島アントラーズ(ジーコ)  監督宮本征勝
横浜マリノス(木村和司)  監督清水秀彦

ゲームメーカーではなくセンターフォワードとウィング主体のチーム

清水エスパルス  監督エメルソン・レオン
浦和レッズ(?)  監督森孝慈

特定のゲームメーカー(選手)に頼らない組織攻撃のチーム

サンフレッチェ広島  監督スチュワート・バクスター


実情はまた別にして、上7つについては基本的には( )内に挙げたような"ゲームメーカー"、通常はトップ下に位置するそういう選手たちのパスワーク(特にスルーパス)が、各チームの攻撃を構成していると、そういうイメージで見ていたわけです。ていうかそれしか知らなかった(笑)。"サッカーと言えばマラドーナ"。
そこに加えてエメルソン・レオン監督率いる清水エスパルスは、背の高いセンターフォワード(トニーニョ、エドゥー)の両脇にドリブラー/ウィンガーが配置された3トップの形を取っていて、両ウィングの上げるクロスにセンターフォワードが合わせる、または後方から縦一本でセンターフォワードの頭に合わせる、これはこれで分かり易い一つの類型で、大きく言うとこの二つがサッカーの攻撃方法なのだろうと、そういう認識。
浦和の3-4-3は本来はまた違う(バルサ由来の)"思想"で形成されていたわけですが、当時はそんなことは分からないですしどのみち大して機能していなかったので(笑)、形だけから概ね清水の仲間なんだろうと、ぞんざいに理解していました。

唯一分からなかったのがバクスターの広島で、

Jリーグで初めてダブルボランチ(風間・森保)の4-4-2を採用し、(中略)DFラインを高く保ち(中略)中盤がコンパクトに(中略)攻守に整った組織的サッカー
(サンフレッチェ広島Wiki)


と今ではお馴染みの用語が散りばめられるようなスタイルを標榜していたわけですが、当時4-4-2と言えば"ダイヤモンド"であってダブルボランチのボックス型とかどう機能するのか全然イメージ出来なかったですし、当然"トップ下"はおらず二列目には盧廷潤のような非パサータイプの選手が配され、一応元日本代表のテクニシャン風間八宏(笑)がボランチにはいるわけですが、"中盤の底からゲームメイクする"なんて発想もほとんど無かったので、いったいどうやってるのかポカーンという感じでした。(笑)
長身FW高木琢也が前線にいるとは言え、清水ほど単純な放り込みをしているのではないらしいことは、さすがに分かりましたし。ここらへんから、"誰かが"やるという以外のサッカーの(攻撃の)仕方があるらしいということを、分からないながらも考え始めたわけですね。
ネットも無かったのでそんなに他人の意見を聴く機会は無かったですが、それでもだいたい当時の日本のサッカーファンなんて、この程度のものだったと思います。

鹿島のジーコとマリノスの木村和司は、基本的には年齢的な理由で、フルには出られなかったのだとは思いますが、多分それだけではないんですよね。
鹿島のカウンターサッカーがどういうメカニズムで行われていたのか当時の僕にはよく分からなかったですが、仮にジーコが出た時でもどちらかというとストライカーというか後に言う9.5番的な位置づけで出ていたように見えて、所謂"トップ下のゲームメイカー"ではなかったように思いますがどうだったんでしょう。
木村和司の方は"出た"時にはそういうプレーをしていたわけですが、ただチーム組織としてそれに頼っていたわけではない、いなくてもそれなりにやれて木村和司が出た時にはその基礎構造がむしろそれを"支える"ように機能しているように感じて、なんか違うな、大人だなと。かっこいいなと、漠然と思っていました。(笑)

広島だと余りに理解の外ですけどこの2チームはちょうどよく"上級者"で、"チーム"について、僕に色々と考えさせてくれました。後はレオンのサッカーも単純なようで機能美があるなあと、興味を持っていました。特にエドゥーがセンターに入った時は、エドゥー自身が割りと技巧派だというのもあって、面白かったですね。

こんな感じがまあ、とにかくスタートライン



Jリーグの"名"チームたち(一部"迷")

その後特に、攻撃の構成のされ方に関して、僕が興味を惹かれた印象に残った、Jリーグのチームたち。
新たな「類型」形成の試みというか下準備というか。


1990年代

1994ニカノールコーチ時代のベルマーレ平塚 (監督古前田充)

右名良橋左岩本テルの超攻撃的サイドバックの攻め上がりを特徴とする4-3-1-2で、しばしば両方同時に上がってしまうところを3ボランチのアンカーが下りて来て疑似3バックにして対応。粗いっちゃあ粗いんだけどみんな伸び伸びやっていて、さほど厚くない選手層である意味"効率よく"Jリーグを掻き回していました。
深くはないけど即効性。こういうのはまあ、センスですね。オジーとかとも似た。

1994-1996オフトジュビロ(第一次)

既に何度も書いている、厳格なポジショニング指示による"パスが回る"為の基本構造構築の地道なプロセス。成果が出て来て選手に自信が芽生えたところで、"厳格さ"への鬱憤爆発で追い出されたような印象(笑)。ちなみにドゥンガの得意技ロングパスは、チーム戦術には特に融合されずに単発に終始していたと思います。

1995第一次オジェックレッズ

ウーベ・バインのスルーパスからの福田正博の抜け出し。潔い一芸サッカーでしたが、初めてレッズに"形"らしきものが生まれた瞬間だったと思います。それまでがあんまりだっただけに(笑)、印象的なチーム。

1995ベンゲルグランパス

出ましたヨーロッパの風。「4枚CB的なDFライン」、(その代わりとしての)「岡山・平野両ウィングの"MF"での機能性」、「"セントラルMF"2枚による渋ゲームメイク」、「"10番"ストイコビッチのFW起用」(+小倉とのムービングストライカー2枚コンビ)。まとめておしゃれフラット4-4-2。
"ポジション"と"役割"の概念を根こそぎ革新してしまったというか、つまりは「全体の動き」からそれは決まるんだという、当たり前の話ではあるんですがそれこそがこの時点で、日本で理解されていなかったこと。

1996"三羽烏"フリューゲルス

サンパイオ・ジーニョ・エバイール。3列目2列目1列目、それぞれに配置されたブラジル代表クラスの選手たちによって形成された、分かり易い秩序というか分かり易いチーム作りというか。これはこれでありというか、一つの究極というか。監督?誰だっけ、ああオタシリオ。覚えてない。(笑)

1998レシャックフリューゲルス

右永井秀樹左三浦淳宏の両ウィングが暴れまくる3-4-3クライフバルサ流ドリームサッカー。のはずなんですけど・・・。酷かったですね、野放図で。"暴れ"っぷりが、自由というより下品に見えました(全体としてですけど)。これ以後しばらく、僕は"3トップ"やウィングプレーを、一切信用しなくなります。(笑)
大きく言えば、個人プレーをかな。"自由"なだけでは、天国には行けないんだと。

1998"中田"ベルマーレ (監督植木繁晴)

中田が長いスルーパスを通しまくるだけのサッカーですけど。ヴェルディは一切防げなくてひたすら殴られ続けて(笑)、忘れられないですよこのチームは。これくらい出来る選手だけが海外に行くものだと、ある時期までは思ってました。今はもう、比べると謎移籍だらけ。それでまた通用したりするから、時代は変わった。


2000年代

2001-2002N-BOXジュビロ (監督鈴木政一)

凄い、単独のWikiがある(笑)。対戦時に"N-BOX"であることを意識していたかというと別にしてなかったと思いますが、とにかく"どこにでも人がいるなあ"という印象でした。"振った"はずなのに振れてない、"止めた"はずなのに止まってない、その脇からまた人が出て来る。どうなってるんだろうという(白痴的感想)。

2002エンゲルス京都

天皇杯優勝チーム。右朴智星左松井大輔が抉りまくる3-4-3ウィングサッカーで、レシャックのチームとは違って随分きっちり機能していたように見えましたが、理由は分かりません。後の浦和でのエンゲルスを見ても。ただまあ、機能することもあるんだと、機能するとこうなるんだという、モデルチームではありました。

2002-2003清水ベガルタ

特に画期的なことはやってないと思いますけど、身の丈プレッシングサッカーと「岩本テル」「財前」の"ロマン"要素の使いこなし・融合の仕方が見事だったと思います。マリノス時代も含めて、人の気持ちの分かるいい監督だと思いますよ清水秀彦さんは。"粋人"というか。一部で評判の悪い解説も、僕は好きです。

2002-2004西野ガンバ"マグロン"時代

問題作その1。ただのマグロン放り込みサッカーかと思いきや、放り込んだ後の多人数殺到による"数的優位"をてこにした、西野流「攻撃」サッカー、あえて言えば"ポゼッション"サッカーのつもりでもあったと思います。効率は恐ろしく悪くて、パスサッカーの伝統の無いチームが"攻撃的"にやろうとすると大変だなあと、上から目線で見てました。(笑)

2004-2011西野ガンバ"パスサッカー"時代

問題作その2。ところがその後はご存知の通り、西野ガンバは"パスサッカー"の王道を歩む、担っていくことになるわけですが、なぜどのように出来るようになったのかが、外から見てるとよく分かりません。ガンバユースの新たな"伝統"がベースになったのは確かだとしても、他での仕事では一切パスサッカーの資質を見せない西野監督で、あそこまでのものが出来たのはなぜなのか。西野監督自身の貢献はどこにあるのか。今も謎。

2003-2004岡田マリノス

"攻撃"っていうかね。個人能力・人材の活かし方と、それに対する規律の与え方、それらを最終的に"チーム力"として結実させる力、やっぱり凄いと思いますよ。本人談によると、この時期はかなり細かくプレーの指示を出していて、それに飽きてスタイルを変えようとして、後に失敗したらしいですが。

2003松永ヴァンフォーレ

前任大木監督の"走れ走れ""ポゼッション"を引き継ぎながらも、それをヴェルディ時代の上司李国秀譲りの(?)端正なボックス4-4-2に成形し直し、かつ走りのピンポイント的な効率(特にサイトバックの攻め上がり)を目覚ましく向上させて見せたこのチームは大好きでした。小倉隆史の9.5番的な使い方も上手でしたね。

2006ギドレッズ

圧倒的な陣容もさることながら、それぞれの選手たちの3-4-3の配置へのハマりの絶妙さで、特別なことをしなくても無理なくいつでも、どんな形かで点が取れる感じがたまらなかったですね。"リトリート"の印象が強いと思いますが、'04年の就任以来ギドが志向していたのは実はプレス&ショートカウンターで、このチームも基本はそうだと思います。ただ強過ぎるのと攻撃的GK都築の離脱で、徐々に後ろに落ち着いた感じ。

2006-2007あたりの鳥栖(訂正)

2006年は松本育夫監督(岸野コーチ)、2007年は岸野監督(松本育夫GM)と主導権が分かり難いですが、一つの同じ流れのチームと見ていいでしょう。驚異的な運動量と追い越しプレー、かつ走り込むコースの的確さで、かなりヴェルディもアップアップさせられた記憶があります。そこに選手個々の技能も、上手くミックスされていました。「人もボールも動くサッカー:神風版」という感じ。純粋に褒めてます。(笑)

2007大木ヴァンフォーレ(クローズ)

基本的なスタイルは'02年の最初の就任時に確立していたと思いますが、やはりここは悪名高い(笑)"クローズ"時代を。まああんまり興味無いんですけどね僕この人。"走り"なのか"ポゼッション"なのか、そこらへんが曖昧に折衷されている感じで。代表の岡田監督は、走りで粉砕する意図が明確だったと思いますけど。

2008城福F東初年度

何となくそういう"日本的"こだわりポゼッションの流れで見られがちな城福監督だと思いますけど。本質的には四角四面の合理主義者というか、むしろ"中心"の無い人というか。初年度F東では、4-3-2-1クリスマスツリーから、1を2が、2を3が、更に4の両脇がと、順々に無理なく追い越して行く流麗な"ムービング"フットボールがよく仕込まれていて、対戦時ヴェルディは判断スピードで完全に上回られて往生しました。

2008ストイコビッチグランパス初年度

後には"劣化版ギドレッズ"みたいな現実的なチームでリーグ優勝にこぎ付けますが、監督デビューのこの年は、確かにベンゲル(名古屋時代の監督)に影響を受けたんだなと感じさせる端正で機能性の高い4-4-2パスサッカーを披露して、"ベンゲルに振られた"傷を抱える(?)その筋のファンからは早くも代表監督待望論などが持ち上がっていた記憶があります。いや、なんか一瞬ですけど、外人さんて違うなあと僕も感心しました。

2008シャムスカトリニータ

3-5-2メインの役割分担サッカーで守備の堅実さと攻撃における個人技能の活かし方のスムーズさで、あれよあれよと"地方クラブ"をナビスコ優勝まで導いてしまいました。何をやってるという感じでもないんですけど、随分サッカーを簡単にやる人だなあという印象。若き"達人"というか。(笑)

2009フィンケレッズ

マニアックな学者肌のパスサッカーの人だと思いますが、山田直輝・原口元気・高橋峻希・永田拓也といったユースから上がって来たばかりの選手たちの"筋目"の良さにも助けられて、およそクラブ文化に無かった繊細なパスサッカーを一年目にしてはかなりのレベルで実現していたと思います。最後は"文化"に屈した形でしたが、当時の育成との相性の良さを誰かが断固として守り貫かせていたらと、少し夢想します。


2010年代

2014鈴木淳監督のジェフ

およそパスサッカー向きとは言えない当時の人材を使って短期間で一から忍耐強く重厚なパスサッカーを構築して見せた仕事ぶりは、ひょっとすると"李""オフト"のそれに並び立つものではないかとも思いますが、何でそんなことをやっていたのかフロントの指示や支援はあったのか、また出来たと思ったら間もなく解任されて遺産もすぐに捨てられてしまったので歴史的意義も不明と、色々と謎と疑問に満ちたチームでした。(笑)

2014曺貴裁監督の湘南

現任監督は扱わない方針ですけど、何せチョウさんは長いので、昔話くらいはいいでしょう(笑)。"1点に抑えた"ことが自慢になるくらいJ2で圧倒的爆発的な強さを誇った2014年の湘南でしたが、オシム式ムービングとクロップ的切り返しの合成、かな?超簡単に言うと。チョウ。「ノータイム・フットボール」、とか。
この人も何というか、"簡単"にやるのが上手な人だと思いますね。サッカーを「簡単」に見せる人というか。

2015J3優勝時のレノファ山口 (監督上野展裕)

このチームも好きでね。一気呵成の攻め達磨ではあるんですけど、人数のかけ方が凄く効率的というか整理されている感じで、運動量は必要だし後ろが薄くなる瞬間はあるんですけど、"無理"してる感じがしないんですよね。財政的理由でJ2では散々な目に遭ってますけど、出来ればもっと高いレベル十分な人材で試して欲しいサッカー。出身選手たちが一人一人賢く見えるのも、"プログラム"の優秀さを感じさせます。


・・・他にオリヴェイラ、ペトロヴィッチ、風間八宏など気になる監督もいますが、"見て"感じたことよりも"読んで"感じたことが上回ってしまっているケースなので、責任が持てないのでパスしておきます。


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"監督がゲームを作る"ということについての試論

一度書きかけてうっちゃってたものですが、まあ何とかなるかなと思い直して書き上げてみました。
ご笑読(笑)下さい。


少し前になりますが、footballistaの浅野賀一編集長と川端暁彦氏のこの対談は、凄く面白かったです。

遠藤保仁やピルロの時代は終焉?「ボランチ=司令塔」はどこへ行く(footballista)

表題にある"ボランチ論"ということにとどまらず、所謂"ポジショナル・プレー"を筆頭とする「現代サッカー」の様々な問題を、日本の現状や歴史と上手く接合・着地させた議論になっていると思います。
僕自身も割りとそういう目的意識で(サッカーについて)物を書くことの多い人なので、刺激される部分が大きかったです。

だから書こうと思えばこれを肴に何本でも書けそうではあるんですが、今回はとりあえず一つのテーマに絞って、書いてみることにします。

該当箇所としては、ここらへん。

浅野「貴族と労働者もそうなんですが、もっと言えば労働者もAIによって働く場所を奪われているというか……今の欧州トップレベルのサッカーは職人の巧みな技や経験からくる判断よりも、プログラミングされたコードで動くサッカーみたいな感じです。ただし、一つひとつの駒はスーパーな特長、絶対的な武器を持っている」
川端「そうですね。貴族が倒されて労働者の時代が来たわけではなく、『中産階級の勃興』が起きているんですよね。ちゃんと教育を受けて頭脳労働できるんだけれど、同時にハードワーカーにもなれる。求められているのは、頭が良くて、なおかつ24時間戦える猛烈系というか(笑)」
浅野「単純なブルーカラーではなく、ブラックなホワイトカラーというか(笑)、ハードワークできる頭脳労働者ですね。だから本当の司令塔はプログラミングのコードを書く監督なんです。最近はその傾向が加速した気がします。


「貴族」と「労働者」というのは、"貴族"系ボランチと"労働者"系ボランチ。ビルロとガットゥーゾ。
ただその分類・択一すらも"古い"というのが、ここで言われていること。
「中産階級」という比喩は上手過ぎて笑いましたが(笑)、それはともかく。

"プログラミング"とか言われると、いかにも「最先端」≒「ペップ」、もう駄目、ギブアップという感じに人によってはなるかも知れませんが、まあ少し待って下さい。
上でも言われているように"加速"しているのは確かなんでしょうが、逆に言えばあくまで"加"速なわけで、それ以前にも無かった話ではないわけです。

それは「欧州」だけではなくて、ここ「日本」でも。


"ゲームメイク"をめぐる伝統的ジレンマ

要は"誰がゲームを作るのか"という問題ですが。
伝統的にはやはりそれは特定の技能系プレーヤーとその周辺に発生する自然的コンビネーションがほとんどを担い、そこに過度の集中の弊害が出て来るようなら補助的な構造を監督が準備し、あるいは最初から構造にはめ込むような形でゲームメイカーを配するように、チームを作ったりする。
定期的に「ゲームメイカーは不要」と唱える監督は出て来ますが、実際にはそうしたチームは十中八九攻め手の欠如に悩み、改めて"ゲームメイカー"を招来するかあるいはゲームメイカー以上の依存度で前線FWの個人能力に依存するか、たいていはそういう結末

という"限界"を突破するかに見えるのがつまり、昨今脚光を浴びている「ポジショナル」なチーム作りなわけでしょうが、とにかくこんな感じで、「ゲームメイカー」(選手)がゲームを作るのか「監督」がゲームを作るのかという二項自体は、例えばJリーグを主体にサッカーを見ている人たちの間でも、普通に共有されて来たものだと思います。
僕自身、「ゲームメーカーを置かないのなら監督が"ゲームメイク"するしかないわけですが」的な書き方は、具体的には思い出せませんが(探すのめんどくさい(笑))何度かこれまでにもした記憶があります。

・・・と、ごちゃごちゃぼんやり書いててもしょうがない気がするので、思い切って図式化してみましょう。それぞれの監督(チーム)における、ゲームメイクについての"選手"要素と"監督"要素の。
具体的には僕がある程度責任を持って書ける、"ヴェルディ"と"日本代表"という、二つのサンプルを使って。
異論反論は受け付けます、というか多分異論反論だらけだと思いますけど(笑)、とりあえずまとめて提示することに意義があるかなと。


(1)ヴェルディの例

上から下に、「構造」性が高まって行きます。


1.ほぼ100%選手にお任せ ・・・松木安太郎('93,'01)

'93年就任時には"オランダ"、'01年就任時には"スペイン"を口にして何やらやろうとしたことはあったんでしょうけど、結局はそうなってたと思います。具体的な依存対象としては、ラモスとか前園とか。

2."選手の組み合わせ"自体が"チーム" ・・・オズワルド・アルディレス('03,'04。天皇杯優勝チームは除く)

"1"に比べると機能性、監督の"貢献度"自体は相当高いですけど、要は選手への"依存"の仕方が複雑高度になっただけとも言えると思います(笑)。好きな監督ですけどね。

3.一応"形"が先行はしているけれどそこに選手を配置するところで仕事は終了 ・・・バドン('05)

3-4-3。という以上の、"中身"は無い感じでした。

4.特定選手の能力を前提とはしているがそこへの寄せ方は論理的。 ・・・エメルソン・レオン('96)

ご存知"マグロンシステム"ですけど、そういうものとして一級品でした。

5.選手の"動き"の具体的なレベルまでコントロールの意識されたチーム作り ・・・松田岳夫('09)

万事機能的でしたが、特に「井上平に点を取らせる」チームに仕上げたのには感動しました。この時以外、井上平は"点の取れる"選手にはなれなかったですからね、他チームでの時含めて。
まあ"ペップのスターリング"含めて、「ストライカー」を作れる監督は概ね成功している監督だと思います。

6."戦術"ありきのチーム作り(の成功) ・・・オズワルド・アルディレス('04年天皇杯優勝チーム)

"3バック"も"ハイプレス"も、事実上初めてこのチームがヴェルディでの成功例だと思います。それまでのアルディレスの(選手本位の)やり方の真逆を成功させたという意味でも、鮮烈でした。つまりはここで初めて、「選手」と「監督」の比重が逆転する。

7.フィールド全面に渡る整然とした選手の配置と動きの構築 ・・・ネルシーニョ('95)

選手の互換性と、特にサイドの選手を使った攻撃パターンの人為性という点で、"6"よりも構造性の次元が上かなと。

8."動き"自体ではなくて動きが生まれる"構造"そのものの構築 ・・・李国秀(総監督。'99,'00)

指示でも誘導でもなく、構造自体が選手の動きを決定し、それが同時に"ゲームメイク"にもなるという理想(像)。ゲームメイカータイプの選手自体は重用していたので、"7"との順位は逆の可能性もあるかも。


一応"5"に置いておきましたが、松田監督が何をしていたのかは、実は僕はよく分からないんですよね、期間が短かったのもあって。ちょっと"整理"と"工夫"が上手かっただけにも見えるし、もっと深い構造を作っていたようにも見える。その"中"を取ったというか。(笑)
"定義"はいかにも直感的ですけど、概ね"4"くらいから、「監督かゲームメイクをしている」と、言い得る要素が出て来るのかなと。
ただ"ポジショナル"云々と比較可能なのは、7,8のみでしょうね。

大雑把な指標としては、「選手の技能・アイデア頼み」「監督の具体的な指示や誘導に従う」「構造や一般原則が選手を動かす」という順番で、構造の深さというか"ポジショナル"的現代性が深まるのかなと。
ただし一般的に"監督のゲームメイク"として期待されているのは、むしろ二番目のイメージが中心ではないかとも思います。それで事足りるというか(笑)。余りにも攻撃"パターン"でしかないと、すぐ手詰まりにはなりますが。


・・・せっかくなので、その他の監督についてもざっと分類してみましょうか。

1.松木型 加藤久、エスピノーザ、'06ラモス
2.原オジー型 ロリ、高橋真、冨樫
3.バドン型 ニカノール、小見、三浦泰
4.レオン型 '991st"林システム"の時の李国秀、"07(フッキ・システム)ラモス、高木琢
5.松田岳型 川勝('10-'12)
6.オジー型改 柱谷哲(?)

そもそもが上の監督たち用の類型なので、少々強引ですが。
ロリはエジムンドを擁していい仕事をしたと思いますけど、やはり"依存"の色合いが強くて「レオン型」までは行けないなと。三浦泰は難しくて、見方によれば"6"かも知れない。高木監督は主に"レアンドロ"システムの時の評価。哲さんは"組織的"にやろうとはしてたんでしょうけど、結果ほとんど出来てなくて"1"の可能性すらあると思います。

ちなみにロティーナは現在進行中なので、ノーコメントとさせていただきます。
ただ少なくとも調子の悪い時には、「単なる"バドン"なのではないか」という疑いを抱かせられたということは、書き留めておきたいと思います(笑)。"ゲームメイク"、まで行けるんでしょうか今季は。


次、代表です。


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テーマ : サッカー日本代表
ジャンル : スポーツ

「原則」と「戦術」 ~コンテ、ロティーナ、リカルド・ロドリゲス、そしてペップ

サッカーのチーム/組織プレーにおける原則ないし原理と戦術の関係、及び区別。
主に「ポジショナル」の語で昨今語られている、理論的場をめぐって。

僕の語感だと「原理」に行きかけたんですけど、この方面のリーダーの一人結城康平(@yuukikouhei)氏


に合わせて、僕も「原則」で話を進めることにします。

・・・別に結城氏の威を借りなくても語れるは語れるんですけど(笑)、あった方が分かり易いので。


ポジショナルプレーは「原則」として様々な戦術的事象を理解する基礎となる。

(「ポジショナルプレー総論。現代サッカーを貫くプレー原則を読み解く」"VICTORY")


上のツイートは割りと走り書き的なものに僕がたまたま特に目を留めたものでしたが、11/24に書かれた総論的コラムにおいても、その問題意識が継続しているのが分かります。

戦術に意味を与える上位概念としての「原則」として、ポジショナルプレーは現代フットボールを理解する為の重要な鍵になる。
(同上)


ここはちょっと僕は「下位」に置いちゃうかなあ、どっちかというと。「基礎」なわけだし。
まあいいですけど。

では本題。


所謂「コンテ式」と、今季の東京V&徳島のサッカー

『’17ロティーナヴェルディの幻想的予想』('17.2.20)で書いたことのおさらい的内容ですが。

'17年のJ2シーズン開幕前、及びその開幕前に行われたいくつかのプレシーズンマッチをめぐって語られたこの 羊@GP_02A 氏らによる一連のツイート

 東京Vvs浦安 TM現地雑感&343でのボール前進と崩しの解説

によって、

・ロティーナ監督がヴェルディに"ポジショナル"なるプレー原理を持ち込んでいるらしい。
・それは今正にプレミアリーグを圧倒的強さで制しつつあるコンテチェルシーと同じものらしい。
・またどうやらロティーナ同様スペイン出身の徳島のリカルド・ロドリゲス監督も同じようなことをやっているらしい。(そう言えば既にプレシーズンマッチでの好調は聞こえていた)


という前評判が俄かに高まりました。

蓋を開けてみるとどうだったか。
結論的に言うと、蓋を"開ける"直前の僕の「コンテチェルシー」についてのこの直観に、ほぼ沿うような結果だったと思います手前味噌ですが。

コンテチェルシーの試合を改めて見て思ったのは、そうは言ってもやっぱり「イタリア」だよなということ。つまり単体としてのコンテチェルシー、その"先端"性の裏にあるあるいは"強さ"の地盤になっているのは、やはりイタリア伝統のカウンタースタイルであって、「3バック(3-4-3)ボゼッション」戦術は、その職人芸をより効率的にやる徹底的に洗練させる為の"方便"みたいな部分があるよなということ。
(中略)
要はコンテチェルシーは、あくまで"コンテ"のものであるということ。

(上記『’17ロティーナヴェルディの幻想的予想』)


ロティーナもリカルド・ロドリゲスも確かにスタートの時点では、3-4-3で低めの位置で構成したポジションの優位で相手を引き出して"罠"にはめ、理想的にはノーリスクで相手の逆を延々突き続ける"コンテ"的な手法を取っているように見えました。
特に奇しくもいきなりこの両者が激突した開幕戦で、リカルド・ロドリゲス監督率いる徳島が披露した完成度は予想を越えて素晴らしく、"ポジショナル"はともかくとして"イタリア"サッカー好きだった(笑)僕の羨望を誘ったものでした。

しかしその後の徳島/リカルド・ロドリゲスが、そういうイメージとはむしろ真逆の、多分に前のめりな攻撃サッカーの方向に"進化"して行ったのは周知の通り。
一方のロティーナも、基本性格としてはセーフティ志向、リカルド・ロドリゲスよりは"コンテ"に近いイメージは残しつつも、かなり早くから「それにとどまるわけにはいかない」というはっきりとした意思を見せて、(せっかく)安定していたバランスの崩れや自ら決めに行く為の人材の不足を危ぶまれながらも、意外なほど分かり易く"理想主義的"に「能動・攻撃こそが"良い"サッカーである」という姿勢でチーム作りを進めていたと思います。

それらの良し悪しは措くとして、言えるのは「ポジショナル」という同一の原則・原理に立脚しつつも、更に言えば今回の場合はむしろ珍しいくらいにかなりはっきりと"意識"しながら用いつつも、結果志向されるスタイル表現される戦術は、3人3様別々のものになっているということです。逆に言えば、「原則」が「戦術」を一義的に決定するわけではない、ここに少なくとも二つの、考えられなければならないサッカーの組織プレーの異なる次元が存在すると、そういうことです。
だからこそ結城氏も、特に注意喚起しているというか。

では何が決定しているのかと言えばそれはまあ、ケースバイケースというかパーソンバイパーソン(そんな言葉あるのか?)なわけですが。コンテについてはまあ、行きがかり上「イタリア」ということで片付けてしまいましたが、勿論そんな簡単じゃないと言えば簡単ではない。じゃあロティーナは「スペイン」なのかいという話になってしまいそうで(笑)、それも嘘ではないと思いますが勿論それだけではない。
個別の監督についての考察はそれぞれ縁があった時にまたやるとして、今回の話で面白いというか肝なのは、こういう「原則」と「戦術」の区別・分離のようなものは、実際にはあらゆる監督メソッドに含まれているものだと思いますが、たいていは区別されていなかったり事実上"同時"に表れていたりする。ただ今回は「原則」の方が異例なほど明確に言語化されているので、それによって(同じ原則に基づいた)「戦術」の違い、二つの"分離"が鮮やかに見えている、そういうことだと思います。


まとめると同じく「ポジショナル」プレーの原則に基づきながら、コンテはコンテなりに、ロティーナはロティーナなりに、リカルド・ロドリゲスはリカルド・ロドリゲスなりにそれぞれ異なる「戦術」を実現していると、実現せざるを得ないと、彼らの個性に従ってと、当たり前と言えば当たり前ですがそういう話です。
「原則」は重要ですが原則だけで戦術・スタイルは決定されないし、監督やサッカーを見るのも正しくないと。これもまあ言葉にしてしまうと随分当たり前ですが。

・・・そうですね、前に僕がハリルホジッチをめぐる(特に擁護・賞賛系の)「論」について、

例えば同じ「理」や「相対観」を前提としていても、どの程度"作戦"サッカーになるかはそれぞれの監督の個性によるわけですし、あるいはそれは「スタイル」構築型のサッカーと、別に矛盾しているわけでも共存不可能なわけでもないわけじゃないですか。
(『帰って来たハリルホジッチ(?)/ロシア最終予選ホームオーストラリア戦』)


とクレームをつけていたのも、そうした「区別」の問題に関わっているわけですね。
原則("「理」や「相対観」")は原則、戦術("作戦サッカー")は戦術であると。ある原則から引き出せるものには様々な可能性がある以上、あるたまたまの一つの戦術の必然性を誤認させるような説明の仕方(例えそれが成功したものであったとしても)は間違っているし、また原則に関する議論とその監督の仕事全体の評価は別にすべきであるし出来ると、そういうことをまあ、言っていたわけです。

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テーマ : Jリーグ
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ペップ・シティについての現在の心境

@szakekovci、またはsakekovic_14さんからの"私信"に答えて。

2016/17 マンチェスター・シティの振り返り, part2:ほぼ私信編 より

元は僕のこれね。

ペップと"常識"の狭間で ~16/17ペップ・シティの1年(1)ペップの選手起用
ペップと"常識"の狭間で ~16/17ペップ・シティの1年(2)ペップのチーム運営

もう随分前に書いたものな気がするんですけど、6月だからまだ4カ月ちょいなんですね。
どうも日本式に「年度」で変わってくれないと、時間の感覚が曖昧になります。(笑)

17/18のプレミアはまだ始まったばかりですし、2年目のペップ・シティについてに特に何か結論が出ているわけでもないんですが、4カ月前からの心境の変化も含めて、現時点で思っていることを書いて返信にしようかなと。
・・・ぶっちゃけ最後までさしたる結論が出ない予感もしているので、ひょっとするとこれが僕が今季のシティに言える全てになる可能性も。(笑)

では行きます。


昨季のペップ・シティについて

>就任当時のシティファン界隈、リアル知り合いにはいないのでTwitterで、私がフォローしている人とそのRTに限定した話なのでサンプル数10程度の話ですが、まあとにかく界隈の反応として男性は歓迎、女性は懐疑的、という傾向が強かったように思います。前者は強いシティ、革新的なシティが見られるぞという反応で、後者は「なぜペップがシティかわからない(納得できない)」という反応が多かった。

これはシーズン中に僕も感じました。
ペップ・シティが(悪い意味で)煮詰まった試合をしている時に、「ペップだか屁っプーだか知らないけど、アタシの可愛いシティ(の選手たち)に妙な真似しくさったら許さんどー、どう落とし前つけるんじゃわれ、いてまうどー」(意訳)という"ストレート"なリアクションを女性サポたちがするのを見て、強ええと思ったことが何回かありました。(笑)
僕の場合は"歴"的にもそこまでシティというクラブやそこの選手たちに愛情があるわけではないんですが、一方で半分女性脳というか理論知に懐疑的な傾向のある人でもありますし、これペップ単に上手くいってないんじゃないの?駒の問題と猶予して済むレベルなの?と疑いつつも余り口に出せずにいたので、女性陣の反応にもっと言ってもっと言ってと卑怯な応援の仕方をしてたりしましたが。(笑)


>ポジショナルプレイの実践(攻守両面で効くような配置を取るためのプレーの反復)とか、その基礎としての速いパス回しを行う技術とか、そういうものは確実に向上していて、目に見えやすい”施策”よりはそちらを遂行させることの方にペップの手腕は現れていたんじゃないかと思います。

あのですね、それは分かるし、そういう監督だとも思ってはいたんですけどね。
ただ結果として「施策」として表れている一つ一つが、余りにバルサ&バイエルン時代のセルフコピー的というか、"発見"的なものに感じられない、「原理原則」との間の内的必然性が感じられないものが多いように思えたんですよね。バルサ時代やバイエルンの一年目の印象と比べて。
だからこそ逆に、"施策"の不発にも文句をつけやすくなる、成功不成功だけで語りたくなる、そういう感じですかね。
用意された結論の中から選択している感じで、"過程"を見守るわくわく感が薄かった。


だからszakeさんは"part1"の方で、

>もっと問題なのは、グアルディオラ自体が競争力を失うことだ。
>年をとっても、グアルディオラは(少なくとも素人目には)斬新なプレーを開発するだろう。(中略)ただし、今のようにタイトルを獲り続けられるかはわからない。


とペップの"賞味期限切れ"を危惧しておられますが、僕はその前に(昨季)"現在"の問題としての、ペップの情熱の枯渇を心配&疑っているところがありました。それで新鮮な思考が出来ずに、"セルフコピー"に陥っているのではないかと。
こんなのもありましたしね。

グアルディオラ「監督としてのキャリアは終わりに近づいている」 - Goal.com


先取り的に言うと今季に関してはそういう印象は無いんですが、昨季は実際にそういうところがあって、言い方はあれですが一年"休養"することで、セルフコピーでタイトルを獲れない経験をすることで、再び脳が活性化し出したのではないか、そう勝手に思っていたりします。(笑)

・・・そうそう、思い出しましたが、僕がペップのシティ監督就任に関して一番事前にもやっとしていたのは、バイエルンとの間でインターバルが無さ過ぎるだろうということでした。双方のシーズンの途中で、既に決まっちゃってましたしね。
これは同時にマンUに来たモウリーニョにも言えることですが、来てもいいけど働き詰めはどうだろうと、二人とも少しリフレッシュの期間が必要なのではないかと、そういうのはありましたね。
今季はめでたく二人とも、"有給"明けで元気ですが。(笑)
まあ"モウリーニョがマンUの監督になる"のも、"グアルディオラがシティの監督になる"のも、だいぶ前からの予定調和的な路線というところがありましたし。そういう意味での新鮮味もね。


>ペップの人間性、興味あります?機械みたいじゃない?失礼な言い方ですけど。

これに関してはむしろ僕的には、ペップの"面白"ポイントでした。
ペップのサッカーの「人間味」の無さには少し退屈していましたけど、その"退屈"なサッカーをさせているペップの「人間味の無さ」は、逆にペップの天才性の一つの表れとして興味深く見ていました。

誰よりもペップ自身がその「当たり前」を生きていて、言わば"無私"の状態で選手に接するので、普通の意味でのエゴとエゴのぶつかり合い的な"反抗"や"摩擦"はほとんど起きない
(中略)
別に"切り捨てて"いるのではなくて、最初から"見えて"いるものが違うという。
そういう、"天才"。
(ペップの選手起用編より)


ここらへんですかね。
いや、ほんとにね。
かつてはファーガソンやモウリーニョにさんざんその"優等生"性をからかわれていたベンゲルが、すっかり"味のある"人に見えて来てしまったくらいで。(笑)
実にこう、ケンカする意欲を湧かさせないパーソナリティですよね。(笑)


>で、アンリ、ヤヤ、アグエロに見る、選手の扱い。
>「陳腐化」するのは確かでしょうね。本当に「ニュアンス」に興味なさそうだから。一方で、それがつまんないかと言われると、個人的にはそうは思わないかな。


この"陳腐化"というのも、必ずしも悪い意味で言っているわけではないんですよね。結構価値中立的。
そもそもニュアンス、ないし細々とした「工夫」が意味を持つ、必要だったり効力を持つのは、あるレベルまでというか一定のスケールで見た場合であって、レベルが超越的だったり量的に圧倒的な差があったりする場合には、少なくともその優先順位は大きく下がる。
それこそ「日本代表の戦術的"工夫"」が、それ自体として世界的に大勢に影響を与えられないように。

ペップのやり方が細部では"陳腐"に見える時があるのも、あくまで絶対クオリティ(or基本構造)による正面突破を主眼としているからで、それが出来るのならせこせこ(笑)"工夫"するよりも、それは確かに話が早い。必ずいつも出来るとは、さすがに限らないとしても。
・・・例えば昨季から一貫しての僕のシティでの御贔屓選手であるケヴィン・デブライネのプレーも、ある意味では「陳腐」なんですよね。"意外性"よりはむしろ万事「模範的」なプレーを身上としている選手で、それは普通の意味で"面白い"プレーではないんだけど、しかしそれを「想定外」のクオリティでやってのけることによって小賢しい"意外性"の必要性自体をまとめて吹き飛ばすような、そういうプレーをする選手。
細かいテクニック自体は十分以上にあるんですけど、"細かい"印象は全然受けないですね。

多分この二人(ペップとデブライネ)の天才性には少し似たところがあって、相性がいいというか幸運なまたは運命的な出会いというか。ペップが来る前に、ある意味たまたま獲ってあった選手ですからね。

昨季についてはこれくらいで。
次は今季について。

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ペップと"常識"の狭間で ~16/17ペップ・シティの1年(2)ペップのチーム運営

"(1)ペップの選手起用"編に続いて。
水曜に代表戦があることに気が付いてなくて慌てたのと、UCL決勝のレアルに毒気を抜かれて呆け気味ではありましたが(笑)、まあ何とか。


ペップ・シティの1年

 リーグ戦 3位 (UCLストレートin)
 UCL ベスト16で敗退
 FA杯 準決勝で敗退


以上が16/17シーズンのペップ・シティの、主な結果ですが。
こうした成績を残したペップの1年目を、「失敗だ!(クビだ!)」と、強く言うシティ・ファンはそんなにいないと思いますが、一方で「成功だ!」言いたくないシティ・ファンも、これはこれでかなり大量にいると思います。(笑)

一言で言うと、非常に評する言葉に窮する、結果及び内容。
僕自身もシーズン中は、かなり寡黙(?)な感じで過ごしていました。物理的にそもそもブログで書くのは今回が初めてですけど、ツイッターでも何か言おうとしてやっぱりやめたということを繰り返していましたし、何か言う時でも言いたいことの平均して3,4割くらいしか、言わないような感じが常でした。

ヴェルディでも代表でも、普段の僕はその監督がどんな実績を持っていようとも、それを"無視"とまでは言いませんがほぼ完全に"括り出し"た形で、今目に見えているものだけを信じてあけすけに言う人ですし、またその判定の仕方もかなり"見切りの早い"傾向のある人だと思うので、そこからすると随分と慎み深くなったものだなという感じですが。(笑)
それは別にペップの名に恐れをなしていた(笑)わけではなくて、実際のところ成績自体が、いいとも悪いとも言いづらいものだったというのと、もう一つはペップのチーム作り・運営の一つ一ついち場面いち場面に、他の監督に対するのと同じ"基準"では測り切れないものを感じていたと、そういうことです。

ちなみにペップが一年目のプレミア&シティで華々しい/圧倒的な成功を収めるイメージは最初から持っていなかったんですけど、それでも何か"隠し玉"があるのではないかもっと"奥"があるのではないかという期待は途中までは持っていて、それははっきり言えば、裏切られましたね。・・・むしろ「選手起用」編で言ったように、独特な単純さ、場合によっては"浅さ"が、ペップの(天才の)大きな特徴であったわけで。チーム作りにおいても。
とにかくそういう意味での"幻想"は、持っていないかと言えば、持っていました(笑)。ある時期までは。


ペップと"常識"の狭間で

話戻してペップのその独特の"測り切れ"なさと、それに対してこちらがコメントに窮していたということについて、もう少し。

(1)ペップ「革命」とシティ(ファン)

最初にバルサで始めた時は、その圧倒的なクオリティと斬新な合理性で「革命」の光芒に彩られていたペップ流ティキ・タカでしたが、続くバイエルンでは威力こそ十分ながら早くも"マンネリ"感がクラブの内外で漂い始め、思いの外あっさりした政権の終わりをもたらした印象でした。
そしてその後三顧の礼(?)でもってシティに迎え入れられるわけですが、そうしつつも"マンネリ"感、「要するに"あれ"をやるんだろうな」という諦めに似た感情は就任前から多くの人に共有されていたように思って、僕もさほど大きな「夢」を抱いていたわけではないというのは上で書いた通り。

見えていたのはとりあえずの近未来、「マンチェスター・シティ」という素材、選手でもって"あれ"をやるとどうなるんだろうという、若干無責任に近い単純な好奇心と、それが一通り消化されるまでの「時間」のイメージと。
ただその後は・・・特に無いというか、その時点で"マンネリ"を気にさせないくらいの圧倒的な強さがあればいいなという祈るような気持ちと、言ったってなんか色々とあるんでしょ?ペップという、やがて裏切られることになる(笑)幻想的期待があったのみというか。
まあどんな監督でもそんなに遠い先の見込みや期待などは求められないものではあるんですが、ペップの場合は「スタイル」が明確(白)な分、「閉塞」感情に強めにはっきり目に直面させられる面はありますね。

実際始まってみると「好奇心」「消化プロセス」"脳を開く"効果はペップ自身の想定をも恐らく越えたものがあって、大した内容でも大したメンバーでも(笑)ない中で、あれよあれよキャッキャウフフと、開幕から公式戦10連勝なんぞを達成してしまいました。シティ自体に自惚れることはほぼ無かったですが、プレミアやっぱ大したことないかなと思うところは無くは無くて、ひょっとしてこのままイケるかもと、思った時期が僕にもありました(笑)。キャッキャ。ウフフ。

間も無くしかし予定通り予想通り、"先"の空白への予感通り、「閉塞」の時期が訪れます。・・・訪れますというか、ぶっちゃけ"ハネムーン"の後は最後までずーっと、基本的には"閉塞"だったと思います。


(2)"飽きない""めげない" ~ペップのチーム運営

ただペップは・・・それを気にしていたのか。勿論攻守に不満は多々あったでしょうし、全ての試合には勝てない中、増して最終的に一つもタイトルを取れない、CLでも前任者の結果を下回るという状況は、大いに不本意ではあったでしょう。またその過程で3バックにしてみたり4バックに戻してみたり、3センターにしてみたりドイボラにしてみたり、勿論選手もあれこれ取り替えたり、最後まで試行・苦労はしていました。
しかしそれらは言わば通常の、"つきもの"の苦しみであって、見てる側が時に感じていた「やり方」そのものへの疲労感や閉塞感とは、次元の違うものであったように見えます。それについてはペップは一度も/特に、疑問や不安を抱いている様子は見えず、全ては"枠"の「中」での揺れの範囲に収まっていた。この言ってみれば(バルサ、バイエルンに続く)"三番煎じ"の作業に、ペップは特段何も"飽き"は感じていないように見えました。

「信念は揺らいでいない」?うーんどっちかというと、"当たり前"の方の臭いが強いですね。「選手起用」についても見られた。これが当たり前だから、やるべきことだからやっている、それだけ。
"ブラボの擁護"などの時にはさすがに(笑)少し「感情的」な様子も見られますが、それ以外は何かあってもメディアとの単に売り言葉に買い言葉のレベルで、積極的な"固執"や"意地を張っている"ようなニュアンスはほとんど感じられない。フィールド上でも、それはそう。

そしてその、見ようによっては考え無しの(笑)無敵の平常心が、必ずしも上手く行かないことも多かった今季のチームの、折々の混乱や落ち込みを最低限にとどめ、また通常(の監督に対して)なら発せられていたはずの僕(ら?)のダメ出しの、口を封じていた。(笑)

実際ペップの一つ一つの施策に"納得"していたわけではあまりなくて、色々やっていたけどぶっちゃけどれも特には"ハマ"っていなかったように思うんですよね。・・・シルバとデブライネの二枚をインサイドに並べる形くらいかな?僕がクリアなものを感じたのは。例の開幕当初の連勝を支えた。ただその後ペップがその形に、特別な注意を払っていた気配は無い。
まあ個別のことを言っててもキリが無いのでやめますが、とにかくどれもさほど持続的には上手く行かないまま変化だけは止まらず続いて行って、こういうことを繰り返していると、普通チームはどこかの時点で"変化"そのものに倦んで来て崩壊に向かうわけですけど、そういうことがペップのチームでは起きそうで起きない。見てる方も、あんまり上手く行かないなとかまた変えたのかとか思いつつも(笑)、でも決定的に駄目になったりはしないのが分かっているので、段々いちいちコメントする気力が無くなって来る。(笑)

ここらへんででもほんとに凄いなと思ったのはペップのチームのリカバリー力で、"ハマ"らない落ち着かないペップ・シティは定期的に相手構わず酷い試合をやらかして、いよいよここから落ちて行くのかなと何度も思わされるんですが、でもその都度何やかやと持ち直す。特に何か劇的な改善がなされるわけではないんだけど、むしろ直前の失敗試合が無かったかのように(笑)、実にタフに厚顔に、原状復帰をして来るんですよね。
上がらない、でも下がらない。
今年シティがタイトルを取れなかった突き抜けた強さを手に入れられなかったのは、ペップのせいかも知れない。少なくともコンテがチェルシーを"ハメ"たようには、ペップはシティをハメられなかった。
しかしその一方で最終的にプレミア3位になれたこと、CLストレートインという重大なタスクを結局達成出来たことについては、ペップの功績は大きいと思います。ペップ以外であの持続力を、チームが発揮出来たとは思えない。種を蒔いたのもペップなのかも知れないけど(笑)、それでも"収穫"の手際には感銘を受けたというか。


ペップは要するに"何"をしているのか

どうもおよそ、「常に新奇なアイデアに満ちた天才戦術家」的なイメージとはかけ離れたペップの"顔"、あるいは"手腕"について、語ることになっていますが。
では「タフで粘り強いマネージャーであることがペップの監督としての本領である」ということが言いたいのかというと、さすがにそんなことはなく。(結果的にそうである可能性は無くはないと思いますが(笑))
基本的には「選手起用」のところで言ったように、気にしない/頓着しないというのが、ペップの"タフさ"の本質だと思うので。しようと思ってしているマネージメントでは、必ずしもない。
ただ「無私」の人とは喧嘩がしづらいし(選手起用)、監督が全然気にしてないようなのを選手が気にしてもしょうがないので(チーム運営)、結果的にほぼ常に選手やチームの動揺が、最低限で抑えられているということ。

勿論その裏打ちとしては、ペップのカリスマやペップが提示する戦術や理論の魅惑力というものが、あるのでしょう。仮にペップのサッカーを好きだとも強いとも勿論絶対だとも思わなくても、それでも"ペップの要求に応える"ことには妙な「名誉」感があって、だからアグエロなんかも今のところは、キレずに前向きに、課題に取り組めているのだろうと思います。

ただ・・・思うのは、この人「革命」家ではないよねということ。確かに"常識には囚われない"んだけど、一方で例えば"新しさ"自体に特に興味を持っているようには見えない。だからここまで、"変わらない"で"揺るがない"でいられる。
では何に興味があるのかというと、むしろ"万古不変の正しさ"の方でしょう。それがたまたま、状況との関係で、「革命」的に映ることがあるだけで。バルセロナでのあの作業も、見方によっては、バルセロナの伝統に対する「温故知新」的な性格を持つものだったと思いますし。

あえて言えば、「宗教家」的なパーソナリティではないかなと。それも扇動家ではなく、内省的なタイプの。風貌的にも、"修道士"っぽいですしね。(笑)
とにかくペップは、新しいスタイルを作り出そうとしているというよりは、「正解」を求めている、または既に自分が知っていると思っている「正解」を、「真理」を、黙々と実践している、そういう感じかと。

比べて言えばリヌス・ミケルスは、なるほど革命家であって、"状況"を変える為の新しい手段を、直線的に、常識に囚われずに求めた、それがあの結果。
一方でそれを引き継いだクライフは、それをある意味では相対化して、他との対比における選択肢の一つとして「スタイル」をロマン化して、"他ではなくこれ"を選ぶよう、愛するよう、人々に求めた。
そしてペップは、それらをどう消化したのか、「出来上がった真理」として、手段や選択肢ではなく、最初から唯一の奉じるべき対象として感得して、現世に(?)もたらした。

「科学者」(ミケルス)「詩人」(クライフ)「宗教家」(ペップ)?よくある対比かも知れませんが。
ちなみに"ペップの選手起用のドライさ"についても、あれも宗教者特有の「生きている人間」への無関心、あくまで"本質"を"実存"に優先させる態度(逆ではなく)の表れであると、そう描写することは可能かと。(まああんまり比喩ばっかり増やしてもしょうがないんですけど)

ペップもバルサの時と今と、全く同じ気持ちということはないでしょうけどね。やりながら色んなものがこそげ落ちて行ったということはあるでしょうし、あるいは折に触れて"キャリアの終わり"を口にするように、単に以前ほどの熱意が無いのかも知れない(笑)。更にもう一つ嫌なことを言うなら、バイエルンの時と比べても、シティの既存戦力にペップを刺激して新しいアイデアを生み出させるだけのインパクトが、無かったのかも知れない。
ここらへんの「現世的」なことは、新シーズンに向けての編成を見て行けば、おおかた見えて来る気はしますが。


(まとめ)

とにかく、恐らく誰の目にも否定し難く"マンネリ"の臭いの濃厚だった16/17シティのペップ・サッカーでしたが、その"マンネリ"さに少なくとも当人には思い悩んでいる様子が見えずに、またマンネリなりの強さや、マンネリゆえに見えた"斬新"さ以外の監督ペップの意外な特徴があったと、そういう話です。

そしてその特にペップのマンネリへの異例な耐性の強さから、起きたことのチームへの影響の仕方がこれまでの経験則では読み切れずに、僕は口をつぐんだと(笑)。「ペップ」と「常識」との間で引き裂かれたと。
「ペップなら何とかしてくれる」「何か知らない凄い解決法や深謀遠慮があるのではないか」という当初の期待は割りと早々に消えてしまいましたが、それでもペップは"謎"の人であり、定期的に驚きを与えてくれる興味深い存在ではあり続けました。

以上が約1年間、"自分のチームの"監督としてジョゼップ・グアルディオラ氏を見ていて感じたこと、分かった気がすることですかね。来季は・・・どうなるんでしょう。あんまり変わらない気もするんですけど、それでもまた何か、驚きはあるのか。
いや、まあ、その前に勝ちますか(笑)。とりあえずどっちか下さい、発明か、勝利か。

正直ちょっと、退屈でしたよ?ペップ。最後に言うのもあれですけど。(笑)


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ペップと"常識"の狭間で ~16/17ペップ・シティの1年(1)ペップの選手起用

ペジェグリーニ時代のメンバーの面白さ等に惹かれて、マンチェスター・シティの試合は2,3年前から折に触れて見てはいたんですが、ペップ就任を契機に今季初めてフルに見る経験をしたので、ちょっと書いてみようかなと。


アンリとペップ

"ペップ"こと元バルセロナのレジェンド選手ジョゼップ・グアルディオラ(ペップWiki)が、引退後バルサB指導経験を経てトップの監督に就任した時は、正直あんまり期待感はありませんでした。
テクニシャンタイプの"レジェンド"選手が若くして監督に就任することに伴う、避け難い「名選手必ずしも名監督ならず」感、悪い予感もありましたし、また前任者のフランク・ライカールト自体が既に「成功した"名選手"監督」であり、かつ長らく低迷していたバルセロナを立て直した"改革者"でもあったわけで、なにぶんハードルは高いし、ペップが使いたそうな(笑)イメージはライカールトが使ったばかりで、"新鮮味"の"二番煎じ"みたいな変な状態で、まあなんか色々と大変だよなという感じ。"いつか"は監督やるんだろうけど、"今"じゃない方がいいんじゃないかなというか。

これから書くように、ペップはそんな細かいことを気にするようなタイプの人では結果的に全然なかったわけですが、とにかくそういう感じで、やる前からむしろ「失敗」に備えるような構えで、幾分冷ややかに見ていました。

そんなペップの「監督」としての力量に初めて僕が注目したのは、就任初年度、前政権から引き継いだ、大物な分限りなく"厄介者"に近い余剰戦力であったティエリ・アンリを、不動のセンターFWエトオの脇の左FW/ウィングとして、「何事もない」かのようにフィットさせて組み込んでしまったことでした。
「左利き」の「俊足ドリブラー」であるアンリを左ウィングとして使うというのは、一見すると理に適っているようでもありますが、しかしそれは勿論机上の議論で。アンリが元々はドリブラー、ウィンガーとして伸び悩んでいたところを"ストライカー"にモデルチェンジすることで一気にスーパープレイヤーに大開花した選手であること、またバルサに来た時点で既にキャリアの終盤に差しかかっていた"功成り名を遂げた"選手であって、エトウとポジション争いをするならともかく露骨に二番手以下でかつはっきり言えば空きポジションに便利遣い的にコンバートされることに唯々諾々と従うには、最早ハングリーでも柔軟でもいられない"出来上がった"選手であったことを考えると、常識的にはほぼ無理筋の起用であって、実際前年にはそれで失敗もしていたわけです。(アンリWiki)

それをあっさりと、ペップは成功させた。"無頓着"という印象を受けるくらいに。(この印象は正しいと後に判明)
アンリもさすがに"生き生き"というわけにはいかないですが、しかし確かに前向きに、それなりに元気に、1シーズン役割を全うしていました。(チームもリーガ制覇)
どんな魔法を使ったのかは分からなかったですが、とにかくさすがの説得力、意外な豪腕で、戦術以前の部分での監督としての非凡さを、まず感じさせられた出来事でした。

勿論その後はその"戦術"でも、シャビ・イニエスタを軸としたパスサッカーの異次元のクオリティでも、我々を、僕を(笑)、完璧に説得してくれたことは言うまでもありません。"天才"的な監督であることを、というか。


ヤヤとペップ

バルセロナでの栄光に満ちた4シーズンの後、続くバイエルンでもペップは、まずは大成功の部類と言っていい成績を上げるわけですが、この時期については余り興味が無くてほとんど見ていなかったので、割愛します。

とにかくこの二つの名門クラブでの成功の後、次の"名門"を目指すマンチェスター・シティに拝み倒されて、充電する暇もあらばこそ割りとヌルーっとした感じ(印象です(笑))でイングランドにやって来たペップでしたが。
そこでペップは、バルセロナ時代の"アンリ"問題の縮小版のようなものに、再びぶつかります。ご存知(?)ヤヤ・トゥレ問題です。
これについては昨今はすっかり、「代理人が余計なことを言ったからペップがへそを曲げた問題」として説明されるのが通例となりましたが、元はと言えばそもそもヤヤ・トゥレ自身のプレイスタイルなりコンディションなりの理由から、ペップが積極的に使おうとする素振りを見せなかった、それに対する代理人の牽制ないし寝技(笑)があの「ウチのヤヤ使わないで負けたら、それはベンチがアホやからということになるよね?どうですか皆さん!」(意訳)という発言であったわけで、結果的に言うとむしろ"代理人"が悪役として全ての問題を引き付けることによって、ヤヤ自身はチームに入り易くなった、バルサ時代からしっくり行ってなかったらしいペップに頭を下げ易くなった、そういう面が大いにあるような気がします。そこまで計算していたのなら代理人優秀過ぎますが、さすがに違うだろうと思いますが。(笑)

ともかく辛うじて「忘れられた存在」になることは免れて"チーム"の一員として再出発することになったヤヤ・トゥレでしたが、バルサでのペップとの一回目の邂逅の後、シティですっかり"王様"化してますます余白の大きくなったプレイスタイルのペップ戦術との適合性の問題、及びしかしそれでもいればいたで否応なく"王様"としての存在感をまき散らしてしまう扱いの難しさと、依然その起用法には悩ましいものがある・・・はずでした。(笑)

でも実際のペップのチーム作りを見ていると、どうもあんまり悩んでいる様子が無いんですよね。建前でなく本当に、ヤヤをいち選手としか見ていない感じ。「規律」「管理」としてあえてそういう態度を示す監督はよくいますけど、ペップの場合は余りにそれが自然体なので、ヤヤの方も身構えることも特に自己主張することもなく、具体的なプレイ上の困難はそれはそれとして、結果的に凄く普通に、時間と共にチームに馴染んで行った感じ。
アンリのところで言った"無頓着"という印象が、ここでもペップから伝わって来るものとして当てはまります。アンリが「左利き」の「俊足FW」でしかなかったように、ヤヤも「強さ・高さ〇 速さ× 上手さ◎ 体力△」のMFという、そのスペック通りにただ使っている感じ。細かいニュアンスとかは、あんまり気にしていない。

凄く"気にしていた"(笑)僕の内的葛藤と照らし合わせて言ってみると、まずヤヤがベンチにも入れてもらえなかった開幕直後の時期、順調に勝ち星を積み重ねながらもストーンズが期待外れなプレーを繰り返し、コラロフのコンバートはいいんだけどその場合逆に左サイドが弱くなっちゃうんだよなとあれこれチームの悩みの種であった(組み立ての出来る)CBの穴埋め要員として、体と足元はともかくあるヤヤを、何とか活用出来ないかということをつぶやいた記憶があります。自分でもあんまり現実的とは思っていなかったですけど、ただその時点ではそうでもしないとヤヤの居場所は全く無いように見えていたので、それくらいなら駄目もとでという、そういう話。

その後"代理人"をめぐるひと騒動が一応内々には決着し、じゃあそろそろということでペップがヤヤをプレミアの試合で送り出したのは、それまでシルバやデブライネが素晴らしいクオリティで務めていた、アンカーの前の二枚のインサイドハーフの位置。無茶だろうという大方の予想通りの緩慢なプレーでチームを混乱に陥れたヤヤでしたが、そのすぐ後の試合ではトータルではともかくとして最終的には、正に"王様"ヤヤにしか出来ないスーパーなプレーで2得点を挙げてチームの危機を救い、メディアの称賛も浴びました。

その不条理プレーにやっぱすげえなと専ら爆笑(笑)しつつも、ただそれでもこれからどう使うんだろう、"機能"しないまま存在感だけ増してしまったこの怪物を、どう使えばチームを壊さないで済むんだろうと、僕は悩んでいました。
一つの方法としてはまずは、上の"活躍"試合のようにスポット的にスーパーサブ的に使って、彼の"いいところ"だけを利用して行く方法。もう一つは、「組み立ての出来るCB」同様に足りていなかった前線の"高さ"を補う目的も兼ねて、いっそ(左)FWとしてでも使えばいいんじゃないのか、それならチームへの(悪)影響も中盤起用と比べて最低限で済むしと、だいたいこんな案。

実際にペップがやったことは・・・特に、無い
無いというのも変ですけど、取り立てての"工夫"はしなかったと思います。"技術が売りのMF"であるヤヤがプロで最もやっているポジション、中盤のやや下がり目、4-3-3のインサイドか、4-2-3-1の第2ボランチか、だいたいそこらへんで普通に先発要員として使い続けて、いつしか(アンリの時同様)特段スーパーではないけれど十分に使える駒として、フィットさせてしまいました。彼の短所に配慮した様子も、逆に長所を引き出そうとあえてした様子も、僕の見る限りではない。自分のチームの中のただの一人の選手として、要求を伝えて機会を与えただけ。ヤヤが適応に苦労して、見る者をハラハラさせていたそれなりに長い時期も含めて。


まとめてヤヤを、とにかく特別視しなかった。極端に言うと、"ヤヤ・トゥレ"としては見ていなかった。("アンリ"を"アンリ"として見なかったように)
それは単に「公平」というよりは、言い方はあれですが「無視」に近い感じで、正に「無頓着」、地球上でヤヤ・トゥレをこんな扱い出来るのは、多分ペップだけだと思いますね。使うにしろ使わないにしろ、どうしたって意識するでしょう、あんな特別特殊な選手。
そこからすると、例えばUCL決勝トーナメントモナコ戦の2ndレグで、何人かの論者が疑問を呈していた得点の必要な試合でヤヤ・トゥレを使わなかった理由も、ヤヤの何かを危ぶんだというよりは、"特別"な選手だと思っていなかった、そういう意味合いが強いのではないかなと思ったりしますが。(リアルタイムでは見てないので、漠然とですが)

シーズン終盤でのヤヤは、バルセロナ時代(ライカールト)にもやっていたアンカーのポジションに、ほぼ落ち着きます。
これ自体はまあ分かるというか、これならぎりぎり僕の"選択肢"にもあった(笑)というか。
ただその前段階でのもっと上がり目、インサイドあたりでの起用は繰り返しますが僕には考えられなくて、そこでのフィットがあった上での、最終ポジションですよねこれは。
別な言い方をすると、ヤヤの危うさも、攻撃面のスペシャリティも、どちらも適度なところで"収めた"上での、コンバートというか。そこそこ強くてそこそこ配れる。フェルナンジーニョ程のフィット感は無いけれど、フェルナンドの"棒"プレーよりはだいぶ上という位置。ライカールトの時に(当時の)ヤヤの強さに託されたチーム改革の期待や、ペジェグリーニがかけていた攻撃面での特別な期待は、そこには無い。ただそれなりに体も張れる34才の技巧派MFが、そこにいるだけというか。


ペップの選手起用の光と影

こうして「まあ出て行くんだろうなあ」という大方の予想を覆して、難物ヤヤ・トゥレを戦力化して見せたペップでしたが。
その"手腕"の程はともかくとして、"効果""意味"については、疑問が無いわけではないんですね、僕は。
端的に言って、それが嬉しかったか、今年のヤヤ・トゥレを見ていて楽しかったかというと、うーんという感じ。
手前味噌になりますが、例えレギュラーでなくても"スポット"起用で輝いたり、変則起用でもFWで新味を出したりしてくれた方が、サッカー的な"意義"はあったような気が、未だにしています。
・・・いや、だってどこかの国のJリーガーじゃあるまいし(おい)、別に1ペップに嫌われようが首切られようが、ヤヤ・トゥレは生活に困窮するわけでも前途が閉ざされるわけでもないわけじゃないですか。さっさと別のクラブに行ってまた王様やるか、少なくとも"ヤヤ・トゥレ"として扱ってくれるチームでプレーした方が、見てる方も幸せなはずですよね。そうするだろうと、みんなも思ってたろうし。

上のアンリも、"適応"こそはしましたけど"輝"いたり"新境地を開く"ところまではいかなくて、結局翌年以降再び下降ラインに入ってチームを去ることになりました。ヤヤ・トゥレもそうなる・・・とは別に思いませんけど、一方で"輝く"ともまた思えなくて、なんか凄いことは凄いけれど、若干機械的に機能する"罪"な手腕だなと、思わなくもないです。
ペッブだからこそ出来た、でも実は"出来ない"方が良かったんじゃないか?的な。

シティ的にはまあ、"助かった"部類なのかなとは思いますが。意外と中盤人がいるようでいなかったので、人数合わせには非常に助かった。ただそれ以上でもなかったので、「シルバ・デブライネ頼み」という状態は最初から最後まで変わらなくて、それが今季のシティの限界にもなっていました。(ギュンドアンが無事だったとしても・・・)
逆にヤヤが戦力化出来なかったら、具体的には分かりませんが新たな別の戦力がその要求に応えて、チームをもう一つ上に持って行けたかも知れない。最初から"本領発揮"に蓋をされたヤヤ・トゥレで、"お茶を濁す"のではなく。"濁"せてしまったのが、ある意味運の尽きというか。

こういうアンリやヤヤ・トゥレに向けられたペップの"収拾"力、悪く言えば「陳腐化」力みたいなものは同様にアグエロにも向けられていて、こちらは今のところは、前二人とは違うキャリアピークのアグエロの元気さもあって、そんなにつまらないことにはなっていない。"進化"と言えないことはないというか。
でもそれでも結構、ギリギリのラインだと思います。これ以上、アグエロの「特別」を「一般」の方に寄せて行ったらもたない、特にジェズスとの2トップ構想というのは、出来ないことはないだろうけれど、来季へ向けての"希望"よりは遥かに"不安"ないしは"不満"要素だと思いますね。はっきり言って、別に「見たく」ないし。(笑)

同じ"難度の高い強引な適応"でも、「銀河系」的な誇大妄想的快楽が無いんですよね、ペップのには。余りに「日常」のものとしてやってしまうので。今のところ確度は凄く高いんですけど、実は"プラスアルファ"も余り生んでいない。結局は構想に適した選手を、最初から連れて来るにしくはないという、当たり前な話にしか。

対してより積極的な構想である例の「MF的サイドバック」ですが、まずそれ以前に("守備職人"と考えられていた)フェルナンジーニョを、中盤の底、"ブスケツ"の位置で"足らせた"のは見事だと思いました。フェルナンジーニョ自身の潜在能力もさることながら、やはりペップの指導力フィット力あってのものだったでしょう、あれは。
ただそのフェルナンジーニョに、"ラーム"まで求めたのはどうだったのか・・・。元々の構想であったのは分かりますが、ようやく"ブスケツ"という新境地を開いたばかりのフェルナンジーニョに、結果として負担が大き過ぎたのではないかと僕は思います。どうもそれによってフェルナンジーニョが心身のコンディションを崩して、上手く行っていた中盤でのプレーまで不安定化して、またらしくない"ラフプレー退場"騒ぎまで起こした、そのように僕には見えました。それらが無ければ、優勝したとまでは言いませんが、もう少しチーム力は維持されて、長く優勝争い出来たのではないかと、そう思っているところがあります。

「フェルナンジーニョ」と「ブスケツ」の違和感、これについては持ち前のフィット力で埋めること、無視することに成功した。しかし続く「フェルナンジーニョ」と「ラーム」の違和感、こちらは埋め切れずに、言わば「フェルナンジーニョ」の個別性(の限界)に逆襲を食って失敗した、そんな印象。
"主要ポジション"(フェルナンジーニョ)と"補助的ポジション"(ヤヤ、アンリ)の違い・・・まで考え出すと収拾がつかなくなるので、とりあえずペップにも出来ることと出来ないことがあった、そういう例として出しておきたいと思います。(笑)


(まとめ)

要するにペップの選手起用の特徴、凄さは、凡人的"ニュアンス"への配慮をバッサリ切り捨てて、原理・原則や戦術的目的の一般的次元のほとんどそれのみで選手に対して、しかもそれを「強圧」ではなくてごくリラックスした「当たり前」として提示・説得出来るところにあると思います。
誰よりもペップ自身がその「当たり前」を生きていて、言わば"無私"の状態で選手に接するので、普通の意味でのエゴとエゴのぶつかり合い的な"反抗"や"摩擦"はほとんど起きない(イブラヒモビッチとの件は未研究なのでまたいつか(笑))、それがペップの独特のマネージング力、ペップなりの"豪腕"の正体かなと。
摩擦が無いゆえの薄味さ、浅さもたまにある、ということも書いてはおきましたが。

何ですかね、イメージとしては、ペップの"目"は生まれつきスカウターか何かになっていて、選手の「顔」ではなくてそのスペック、「数値」が、いきなり/直接見えるようになっているのではないかという、そういう感じ。(笑)
別に"切り捨てて"いるのではなくて、最初から"見えて"いるものが違うという。
そういう、"天才"。


好きとも嫌いとも言えないですけど、すげえなとはやっぱり思いますね、近くで見ていて。違うなという。
驚異の念に打たれる瞬間が、ちょいちょいあるというか。
次回「チーム」編で、そこらへんのことを更に。


テーマ : 欧州サッカー全般
ジャンル : スポーツ

鹿島とJリーグ、の2016年。/CWC決勝戦 レアルマドリード-鹿島アントラーズ

何だったんだろう、この試合。

FIFAクラブW杯 レアルマドリード 〇4-2● 鹿島アントラーズ (横浜国際)

冷静になって振り返ってみると、"いい試合"なのかどうか今一つ分からないところがある。(笑)


・勿論鹿島"快挙"に近い健闘は称えますし、試合途中からはかなり心臓バクバクしながら"応援"にも回ってましたけどね。
・ただそれはそれとして、若干なところもある試合だったかなと。

・簡単に言うと、「得点シーン」「それ以外」に、ちょっと遊離した印象のあった試合という。
・鹿島側から言うと、柴崎の二得点は勿論素晴らしかった、ニコリともしないのもかっこ良かった。(笑)
・"ボランチ"じゃないんだよなあという印象も、新たにはしましたが。
・"プレーメーカー"では。
・柴崎の1点目をアシストした土居のクロスも、少し意表を突いた角度・タイミングで良かった、良かったんだけれど・・・
それ以外は?という。
・序盤から鹿島は落ち着いて試合には入れていて、守備も中盤も、そんなに危ないところは無かった。
・ただいざ前線にボールが渡ってさあ攻撃だとなると、やはり一人一人の判断のスピードと思い切りは、このレベルの戦いに慣れたチームとの差は歴然で。
"個人能力"の差を感じるというよりも"能力"を出すまでにも試すまでにも行けない感じで、正直得点の予感は全然無かったです。
・土居もあのプレーは良かったけど、それまで数度"何も出来ない"プレーを披露していた印象で。(ただし若干鹿島の選手の区別が出来ていないので、同定には自信無し。(笑))
・だからこそ逆に"意外性"もあったというか(笑)、"駄目"だった後の"やり直し"のプレーが生きたというか。
・そこらへん、さすがに代表チーム、代表選手たちはもう少しやれるので、やはり日頃"Jリーグ"のレベルに合わせている限界は感じましたね。

・守備に関しても、"落ち着いてる"とは言いましたが。
・2点目ないし延長の3点目までの失点は、その割にあっけないというか勿体無い感じのもので。
・なんかこう、局面局面、場面場面への必要な注意力と"テンション"の供給が微妙に立ち遅れていた印象で。
・チーム"全体"としては集中していただけに、やはり日頃繰り広げている戦いのレベルの問題を、僕は感じてしまいました。
・詰めるべきところが詰められていないというか、詰め"慣れ"ていないというか。
・"慣れ"ちゃえば無意識に出来るようなことでも、"慣れ"てないとどうしても後手に回るんですよね。
・鹿島が悪いと言ってるのではなくて、むしろ「鹿島にして」そうという話。
・レアルはそりゃ上手かったですし、舐め切ってリラックスしているゆえに難しいことでも万事簡単にスムーズにやってのけていて、その意味の"相手の悪さ"は当然ありましたが。
・でも正直大した"レアル"ではなかった、例えば準決勝クラブアメリカの前半終了間際の先制点のような、「針の穴ですらない隙」をこじ開けてしまうような、"ご無体"も"神がかり"も、この試合では見せていない。
・あるいは過去浦和やガンバが欧州南米相手に食らったような、「"本気"になった一瞬」に一気に勝負を決められるお馴染みのシーンも、この試合では出現しなかったと思います。
・それに関しては、鹿島がよく凌いでいたというか、今回のレアルの"本気"は大したことなかったというか。
・"ジダン"はベンチにしかいないし(笑)。クリロナは所詮、美味しいとこ取り野郎だし。
・むしろベンゼマが怖かったかなあ。
・あとマルセロ(笑)。うるせえよ、頼むから死んでくれ。・・・と、"敵"として見るといつも思います、この選手。(笑)
・ああ嫌い(笑)。クリロナも嫌いだし、嫌いだ今回のレアル。(笑)

・と、若干クオリティなりコンディションなりに疑問のある欧州王者ではありましたが。
・それにしても後半の後半は、ほんとに"互角"というか、どっちに転んでもおかしくない時間帯が出現していて。
・オイオイというか、オラワクワクして来たぞというか。(笑)
・いやー。いいものを見ました。
奴らも人間なんですね。
・"自信"が揺らぐと、あんなもんか。
・だからこそ、"慣れ"は大事なんですよね。
・場合によってはほとんどそれが全てというか、前提というか。
・(現行の)"ACL"よりも、"Aプレミアリーグ"が必要かなあと、見ながら思ってましたが。
・Jのトップクラブの強化の為だけで言えば。"アジア"のままで出来ることとして。
・代表チームよりも、そういうカテゴリーによる効果は期待出来ると思います。中韓クラブの怖さはリアルですし。
・"トーナメントのドラマ"よりも、"リーグの「日常」"というか。
・まあちょっと思っただけですけど。
・...そうそう、一つ変な文句としては。
ファブリシオ出さないで欲しかったなあと。
・せっかくだから日本人だけでやって欲しかったし、多分やるべきだったとも思います。
・ファブリシオが出て来て、なんか微妙に、バランスが崩れたというかトーンに乱れが生じたというか。
・こんな半端な助っ人要らねえよというか。
・むしろ赤崎が出て来て持ち直した感じが。
・"差別"的なようですが、割りと本気です。サッカー的に。
・あと少ーし、民族主義的に。(笑)


・それはそれとして鹿島の今大会での「躍進」の理由を考えてみると。
・一つにはピーキングの問題、不調の2ndステージからCS、そしてCWCでも戦いながらチームの状態を上げて来て。
・若干"ガス欠"状態だった過去の出場チームとは、かなり様相が違っていたかなと。そういう意味では千載一遇で、なかなか無い"チャンス"だったかも。
・そしてその状態の良さを素直に活かせる、鹿島の「頑張る」「粘り強い」持ち味
・相手のレベルは上がっても、ある意味では普段と同じ戦い方が出来た。それで行けたというか。
・そういう意味では戦術的には、「日本の代表」として相応しいというか、向いてたのかもなと、浦和よりは。結果的に。
・ただし上で言ったような攻撃の"特に手が無い"感は、(今季の)鹿島の足りないところでもあって、それについては浦和なら何かもっと、"ぶつける"ものはあったろうなと思いますが。
・更にただし(笑)、CSでの浦和・・・というかペトロヴィッチのオタつきを見てしまうと、果たして"ぶつける"ところまで行けたのかなと、そういう不安は大いに感じますが。(笑)
・まあやはり、色々含めて、"鹿島ゆえ"の快挙的健闘ではあったと思います。
・...そうですね、これは全く、後付けの思い付きですが。(笑)
CSも、悪くないかも知れませんね。単に興行的にではなく、サッカー的にも。
・何が言いたいかというと、「長期リーグでの強さ」だけでなく、「一発勝負の強さ」も、両方測れるという意味で。
・正に「CS"にも"勝ってこそ真の王者」と、かなり胸を張って言えないことはない・・・かも知れない。(笑)
"CWCでの鹿島"と、"CSでの浦和"を、対置してしまうとね。
・ちなみに"CSでの鹿島"には、それほどの感銘は受けなかったです。浦和の方の自滅感が強過ぎて。
行かないで!CS!(笑)

・いや、僕は元々実はCSには、そんなに反対ではないんですよ。"2ステージ制"に反対なだけで。
・下らない2ステージ制の"勝者"を決めるCSには、反対というか。
・代わりに何がいいかと言えば、それはずーっと、カンファレンス制なんですけどね。"セ・パ"でもいいですけど。
・"それぞれ"を"1ステージ"で決めた後の"CS"なら、何ももやもやもするところは無いという、そういう話。
・それでも「日本シリーズ7試合」と比べた「CS・H&A」の説得力には、疑問は残りますが。
・ただ上の「一発勝負の強さも大事」という視点を入れれば、そこもかなりマシにはなるだろうという、自分的納得。
嫌いなんだよねえ、H&A。"アウェー得点2倍"とか入っちゃうと、尚更。
・そんな"打算"は男らしくなくて嫌(笑)。男は黙って、1試合で決めろ、殺せ。
・または勿論、誤魔化しの効かない長期戦で。
・2試合とか中途半端。
・まあ実現可能性は・・・ですけど。
川淵二世でも出て来ないと、望み薄。
・まあ"望"んでるのは僕ですけど。(笑)

・昌子は普通に、もっと代表で使うべきじゃないでしょうか。
・仮に能力が同程度だとしても、吉田森重の"同世代"コンビよりは、世代差をつけて縦のチームの流れを作るべきだと思いますし。
・"元気者"と"世話役"というのが、やはりCBコンビとしては一番ポピュラーというか、成功例が多いというか。
・「中澤闘莉王」くらいの"絶対"性があれば別ですけど。(あれも一応"世代差"はあるけど、どっちも"若手"じゃないから(笑))
・曽ケ端はようやくキャリアの"ハイライト"を作れたかなと。(笑)
・若い時から、随分期待されてた選手ですけど。
西はダテに海外行きたいとゴネまくっただけのことはあるなという、勝負度胸。Jリーグでの時よりも、いいプレーしてたように見えました。
・鈴木優磨はクリロナに好かれた?(笑)

ま、ご苦労様でした。
今年最後に楽しませてくれて、ありがとうございました。

アンタのことじゃないよ!?クリロナ!(笑)


テーマ : FIFAクラブワールドカップ
ジャンル : スポーツ

サッカーあれこれ(日本)

特に何の目玉も無いんですけど、てっきり今週(昨日)はイブニングが出るもんだと思って、その冒頭用に溜めといた行き場を失ったネタの放出。(笑)
悲しいんですよ・・・・出ると思ってた漫画誌が出ないと、気付いた時は(笑)。その傷心を。


カズ表彰へ!フットサル連盟、新しく規定を作る (報知)

カズ日本フットサル連盟から表彰を受けることが1日、分かった。
当地などで開幕したW杯視察のためタイ入りした同連盟の小倉純二会長(74)=日本サッカー協会名誉会長=が、今季終了後に日本代表FP三浦知良(45)=横浜C=を表彰する意向を示した。「当然、表彰の話題になる。それがカズに対する評価というもの。はっきりした表彰規定がないから、新しく規定を作るような形もあり得ますね」と話した。
(中略)
小倉会長は「Fリーグ特別表彰だって満場一致で決まったんだ。だから今回だって間違いなく満場一致で決まりますよ」と期待を込めた。

セルジオ的に、今更カズの”特別扱い”に「苦言」を呈するなんて野暮はしませんけどね。
あれは何と言うか、当たり前過ぎて何の批判力も無いというか。みんな分かってやっとるっつうの。
ただ何でそんな”表彰”したいんだろうと(笑)。逆にカズが恩着せてるみたいじゃないかという。
ニュアンスとしては何か、人気の無い首相/政府が活躍したスポーツマンにすり寄って、国民に何がしかアピールする的なあのパターンとか思い出しちゃいますが。
何でもいいから、小倉会長が存在をアピールしたいのかなという。
いっそでも作った方が、まだしも永続性があっていいかなという。沢村賞じゃないですが。
まさかカズが、この先10年フットサルでプレイするわけでもないんでしょうから。
全くカズ向けに表彰だけするって、場当たり過ぎないか。しかも二回も。クドいって。


古巣セルティックが、横浜M・俊輔にオファー (日刊)

J1横浜Mの元日本代表MF中村俊輔(34)が、古巣のスコットランドプレミアリーグ・セルティックから獲得のオファーを受けていることが分かった。代理人のロベルト佃氏が、1日付イタリア移籍情報サイト「カルチョメルカート」で明かした。
佃氏は「セルティックは彼に大きな愛情を持っていて、スコットランドでの引退を望んでいる」と、2005~09年に在籍した名門が現役引退の花道を用意していることを説明した。(中略)ただ、佃氏は「故郷である横浜Mと契約を更新すると思う」としており、海外再挑戦の可能性は低いようだ。

実現性は薄いようですが、これは純粋に、いい話ですね。
まあどこかのローカルクラブではなくて(ナカタペルージャクラスならともかく)、今後も優勝を義務付けられているはずのセルティックに、随分余裕があるなという感じもしますが(笑)。一応戦力として、計算も立ってるのか。
実際は体的に精神的に、もう俊輔はキツいでしょうけどね、外に行くのは。元々キツいと言えば、キツかった人ですし。
まあ中田さんがあんなになっちゃったので、「海外移籍」世代の”日本での里帰り引退”の、一つのモデルケースになるというのも、これからの俊輔の仕事と言えば言える気もします。・・・・奥寺さんじゃ、ちょっと遠過ぎるし。(笑)
別に必ず帰って来る必要も無いんでしょうけど、ブラジル人が回遊魚のように(笑)故郷に死にに行く感じは、悪くないなといつも思っているもので。今後の”輸出大国”としての、お手本というわけでもないですが。
ヒデはねえ、やっぱ帰って来たくなかったんですよねえ、一言で言って。それで旅に。


20回続いた「ナビスコ杯」をギネス申請 (日刊)

第20回の節目となったナビスコ杯。
Jリーグによるとプロサッカーのカップ戦で同じスポンサー名を冠した大会が20回も続いているのは世界的にも例がなく、ギネスブックに申請したという。

まあギネスブックも、そんなに面白い”記録”ばかり載ってるわけではないようですけど。
なんか余りにどうでもいいような気がします。だから?というか。(笑)
じゃあ味の素スタジアムは、同一スポンサーのネーミングライツの継続記録でも目指してもらいますか。割りとイケそうな気がしません?(笑)、よく続いているというか。どっかの親会社でもないのに。


鹿島・興梠獲り!先発減少も能力評価…浦和 (報知)

浦和が元日本代表FW興梠慎三(26)=鹿島=獲得に乗り出した。3日、鹿島にオファーが届いたことが判明した。

へえ。まあ”2シャドウ”向きの選手では、あるかも知れません。
ダヴィも獲るらしいし、逆に寿人とかはさすがに優勝寸前の広島からは、獲れる当てが無いのかなという。

鹿島との契約が今季いっぱいで切れるため獲得には移籍金がかからないとあり、東京も獲得に乗り出しているという。

で、その場合は、誰がレンタルに出されるんですか?河野
なんかF東って、誰も今どんな選手がいるか全員は把握してないのではないかという、”迷宮”感。補強地獄というか。(笑)
とりあえず獲ってから考える。タンスの肥やし。


ザック監督 苦言付きで宇佐美を代表選出

1年5カ月ぶりに、FW宇佐美貴史(20=ホッフェンハイム)を招集したが「2年前から大きく成長していない」と、一刀両断した。W杯本番で鍵を握るであろう若手ホープの出現に期待を込めて、厳しいダメ出しを行った。
(中断)
「成長している姿を見せてほしい。その証しがあればクラブで出られる。宇佐美はまだ出られているが、大津、宮市はクラブで出ていない。原口も昨年よりも出られていない。飛躍的に成長している選手が見当たらない。もっと要求したい。成長してもらいたい」

なんか言葉として面白くて。
”期限付き移籍”に続く新制度、”苦言付き移籍”。(笑)
さしずめウチの今年の小林祐希クンなんてのは、大いに”苦言”付きの移籍ですよね。
出すことは出すけどさあという。ブツクサ。ガミガミ。
過去だと大久保(現神戸)の、日本と海外の行ったり来たりとか。
宇佐美については、ウィング/MFというより、”ストライカー”的な方向で伸びて行くしかないんじゃないかと思います。そういう形でなら、短所より長所の方が、出易いというか。


ペトロ監督、ザックに反論「文句言うなら原口を指導に来て」…浦和 (報知)

ザックさん、批判するなら見に来てね。浦和のミハイロ・ペトロヴィッチ監督(55)が6日、日本代表のアルベルト・ザッケローニ監督(59)にFW原口元気(21)の直接指導を要請した。
(中略)
「直接聞いていないので彼の意図は想像つかない。ただ、レッズの監督の指導が足りないようにもとれる」とチクリ。さらに「そう言うなら(ザック監督が)指導に来てほしい」と自らが預かる若き才能への責任からか、“口撃”という形で反論した。

指導が”足り”てるかどうかはともかくとして、今季原口が精彩を欠いているのは、余りに明らかに、ペトロヴィッチの戦術との相性ですよね。
ちょっと自助努力の範囲を越えてるというか。ポジションはまらな過ぎるというか。

浦和原口にペトロ監督も“愛”の苦言 (日刊)

ペトロビッチ監督は6日、今日7日の川崎F戦(等々力)を控えた会見で「練習の元気のプレーを見たか? 私は彼を起用したいと思っているが、彼は試合に出る気が無いプレーをしているとしか思えない。サッカーで生きるなら、もっと吸収しないと」と、斬り捨てた。

一年色々やって来て/みて、もう努力の方向も見えないくらい、さまよっているのではないかと。
ペトロビッチ(日刊表記(笑))はペトロビッチで、結果は十分に出してるわけで、となると答えは簡単、”移籍”の一点じゃないですか。
期限付きでも、場合によっては苦言が付いても(笑)いいから。
これで忠誠心とか愛情とか優先するようでは、逆に駄目ですよ原口は。不真面目というか。
まあ出すだろうとは思いますけどね。様々な獲得情報と合わせても。
とにかく出して欲しい。カールスルーエだって、いいレベル。(永井雄一郎ね(笑))

まあもっと普通にブンデスで借りたいところはありそうですけど、微妙に”すばしっこい日本人プレーヤー”の典型からはずれてるのが、気にはなりますか。もっと堂々たる”スピード””突破力”なので。
逆にオランダで、同系の中で鍛えてもらうか。


はい、放出終了。(笑)


Foot! × クラッキ 徹底生討論! これが日本サッカーの生きる道 [感想]

Foot! × クラッキ 徹底生討論! これが日本サッカーの生きる道

少し時間が経ってしまいましたが。記憶を掘り起こしながら。


パネラーの印象

羽生英之(東京ヴェルディ1969代表取締役社長) ・・・・ザ・”事務局長”(笑)。いかにも。

天野春果(川崎Fサッカー事業部プロモーション部部長) ・・・・事件は現場で起きてるんだ!

後藤健生(サッカージャーナリスト) ・・・・いつも思うけど、喋る方が書くよりも、数段面白い。

金子達仁(サッカージャーナリスト) ・・・・口を開くたびに冷風が巻き起こって、少し気の毒になった。

北條 聡(サッカーマガジン編集長) ・・・・特に印象なし。顔が少し後藤健生似。

小澤一郎(サッカージャーナリスト) ・・・・批判力はあるが、キャラ不足。名前からして”壊し屋”?(笑)

宇都宮徹壱(写真家・サッカージャーナリスト) ・・・・この人も喋りの方が、性格のアクが出て面白かった。

乾 眞寛(福岡大学サッカー部監督) ・・・・奇人変人じゃない李国秀?(笑)

柱谷幸一(元日本代表・元浦和レッズゼネラルマネージャー) ・・・・ごく普通の無定見のサッカー人。

鈴木良平(ドイツサッカー協会公認コーチ) ・・・・ドイツ親父。

マリーニョ(サッカー解説者) ・・・・ブラジル親父。要するにこの二人は、同類

元川悦子(サッカージャーナリスト) ・・・・もっと貫録のあるタイプのおばさんかと思ってました。


トーク

うーん、ググってみたけど、1部2部それぞれ4テーマ、全8テーマの一覧を載っけているサイトが無い。
覚えている限りでは

第1部 ・秋春制・?・0円移籍・観客動員
第2部 ・ザックジャパン・育成・中継・メディア


こんな感じ。もう一つ何だっけ。

その中で、個人的に引っかかりがあった内容についていくつか。


”スター”について(「観客動員」他)

何人かの人が「スター不在」ということを”問題”として挙げていて、それに対してフロンタの天野氏が「(特に金銭面を考えると)問題提起として現実的ではない」と軽くキレて(笑)いましたが。
僕自身も、突出した”スター”の不在が主要な問題だとは思いませんし、例えばJリーグでデル・ピエロを、殊更見たいとも思いません。またマリーニョが繰り返し”有望選手の海外流出”を大問題だと嘆いているのにも、余り賛同は出来ません。
単に”見たい”選手ということで言うのなら、今のところ引っ切り無しに出て来る才能のある若手選手たちがいれば十分ですし、そういう意味では現在の”循環”は、かなり好ましい部類かと。
実際の動員としても、別に清武や香川がそのままいても/いなくても、ほとんど影響は無かったと思いますし、デル・ピエロが来ればそれは一時的には関連カードでは増えるでしょうが、それはそれだけのことなのは明らかだろうと思います。

ただ近い問題で多少”問題”かなと思っているのは、特定の誰かということではなく各チームの要所要所に満遍なく出来ればいて欲しい、”成熟”した”プロフェッショナル”な安定感と高級感を与える特別な選手の不在で、つまりこれは”年金リーグ”~バブルの残滓時代のJが経済的に余裕のあった時代との比較で、結局は優秀な外国人選手の質と量(特に量)という問題に、還元されるでしょうか。
まあ日本人でも、例えば何だかんだ俊輔がボールをもった時の”高級”感みたいなのは独特のもので、やはり落ち着いて見ていられるというか、プロの試合を見ている感じにはなるというか。そういう意味では現代表でも上手い選手は沢山いても、本当にそういう役目を果たせるのは実際は本田一人だと思うので、この文脈でもやはり人数的には、”海外流出”がそんなに大きな問題にはなっていないと思います。

日本人も上手くはなっているんですけど、多分に少年/青年的な上手さ(笑)で、国際的な市場価値の問題とは別に、少なくともJリーグにおける差別化という観点からは、やはり「外国人」の存在感というのはなかなか代用出来ない部分があると思います。
まとめると、「スター」は別に要らない。ただ「プロ」「外国人」はもっと欲しい。仮に「スター」を呼ぶとしたら、それは一点豪華ではなくてある程度各チーム満遍なくそういう選手を呼べるような状態でなければ、余り意味があるとは思えない。かえって貧乏くさくなる。(笑)

あとそうした感覚的な次元とは別に、リアルに結構問題かなと思っているのは、J初期には当たり前/必須であった、「DFラインに1人はいた外国人CB」という存在がいつの間にか消えてしまったことで、色々とレベルが上がったようでそこらへんについては実は余り進歩していない、DFラインのドタバタ感やクソみたいなミスによる失点というのは、むしろ10数年前より増えている印象すら僕はあります。
結局は彼らが備えていたディフェンダーとしての個人戦術に未だに日本人がキャッチアップ出来ていないということで、それは代表のCB陣を見ても明らかだと思いますが。まだまだ学ぶことはあって、まだまだ外国人CBは必要かなと、本来は。あえて付け足せばボランチも。


・育成は上手く行っているか

まあいくつか問題はあるにしても、大筋上手く”行っている”というのがスタジオの大勢で、それに異存は僕も無いんですが。
ただ見ながらふと思い出していたことは、実はアトランタ/シドニーくらいまでの方が、人材のバランス/バリエーションという意味では、穴が無かったよなということ。・・・・少なくとも素材レベルでは。

ストッパータイプとスイーパータイプ、潰しタイプとコントロールタイプ(のボランチ)、パサー/ゲームメイカータイプとドリブラー/1.5列目タイプ。
この中では最後のタイプが比較的薄くてその分司令塔タイプが分厚かったのは周知の通りですが、アテネ以降は逆にそのタイプが大増殖して、厚かった司令塔タイプやそれに準ずるコントローラーボランチタイプが払底しているというのもまた周知の通り。後はCB、両タイプとも。器用な選手は増えたけど、専門性のあるタイプが減った。

で、僕が言いたいのは日本の育成に穴がある/偏りがあるというよりも、それも含めて、育成の”整備”の結果だよなということ。
・・・・つまり、ぎりぎりシドニー(世代の子供の頃)くらいまでは、「バランス良く育成していた」というよりも、相対的な「自然状態」で、それによって勝手にバランスが取れていたのではないかなと。(笑)
自然ゆえに野蛮・未開ではあったけど、不”自然”な穴は生まれなかった。

これはこれだけの話です。ただの感慨です。(笑)


・サッカー中継は進歩したか

VTR出演の金子勝彦翁が、意外なほど激烈な調子で「実況は凄く進歩しているけど、解説者の不勉強が目に余る」と言っていたのは賛成は賛成ですが、まあ昔も駄目な解説者は普通にいてそんなに本質的には変わってないかなとも(笑)。強いて言えば、時代的に”元スター”の解説者が増えたので、そういう意味で軽さが露骨に見えるケースは増えているかも。「俺が喋りに来てやってるんだ」という態度の解説者が多いと、翁もご立腹でしたが。
実況が進歩しているのは同意で、そこからもう一歩踏み込んで、不勉強な解説者を追い込むことまで恐れなくなってくれると、聴いている方としてはスカッとするんですが(笑)。現状むしろ「介護」に回って、助けて/隠してしまっている状態ですから。
”議論”する必要は無いけれど、論理的に答えになってない時は、もう一歩問い詰めるべき。多分鈍感過ぎて、それ自体に気付いてない解説者も、少なからずいると思いますし。逆に親切というもの。(笑)

もう一つ金子翁は、「(スロー再生などの)スイッチングのタイミングが悪過ぎる」と、あるいはもう一人の(笑)”金子”氏は「(スイッチャーに)もっと色々と好奇心を持って欲しい」と言っていましたが。
僕の観点から言うと、そうした個別の問題は問題として、例えばプレミアの中継と日本のそれを比べた場合、”流れ”が無いよな、映像を作っている(単に”スイッチャー”というよりも)「監督」の一つの意識の流れみたいなものが見えないよなと、いうのは感じます。
無くても別に見れますけどね(笑)。ただあると楽しい、「監督」的な一つの意識の流れに乗って行けると、より入り込めるというか、それにより発生する一種の”詩情”のようなものを感じることが出来るというか。

まあこれは、スポーツ中継に限らずドラマなどでも感じる差なので、結構根が深いというか、映像作りにおける”ディレクション”の置かれた位置の違いというか、意識の違いというか。
実際のところどういう役割分担でやっているのか、分からないですが。サッカー中継にディレクター/監督はいるのかな。


後なんかあったっけ。
そうそう、北條編集長だったかな、「W杯の”優勝”は、ほとんど(”初”は全て)が自国人監督によって成し遂げられている」という話は、言われてみればとちょっと思いました。
だから日本人監督がいいというよりも、監督を自国人に任せられるくらいに、その国のサッカーが成熟しているor実力上位だということだろうと思いますが。あんまり変なナショナリズム的な口実を、協会のおじさんたちに与えてもマズいので、出来ればこの”データ”は内密にしておいた方がいいと思います。(笑)
データと解釈は別というか。(笑)

まあまあ面白かったと思います。
段取りは本家”朝生”と比べても、今いちでしたが。
変な安いキャバ穣みたいな女性アシスタントとか要らねえ。せめてアフターゲームショー系のコでも、使ってくれ。


天皇杯決勝 他

第91回天皇杯決勝 京都 ●2-4○ FC東京(国立)

申し訳無いけど、正直よく見る(た)J2の試合
甘い京都に、ぬるいFC。
それに負けたJ1各チームはどうなのよというのは、またおくとしても。

ゼロックスもFC東京なわけでしょ?
なんか新鮮味が無いな。"J1"の有難味が。(笑)
というわけで、カテゴリー分け撤廃を、あくまでまた推したくなった、新年でありました。
現実には、下の"カテゴリー"への危機元年なわけですが。
くだばれJ1。

石川直のシュートって、なんか入る気全然しなくなっちゃいましたね。
セザーじゃなくて、ルーカスが出るようになって、FC東京の試合を見なくなったんだなあと、変なことに改めて気付いてしまったり。
落ちる前より安定はしたけどレベルアップとかは特にしていないと思うわけで、結局ポポビッチ次第かなあと、今年のFC東京は。"蓄積"がどうこうというよりも。普通に新チームというか。
逆に最近のJ1のていたらくからすると、"勝てない"とも言えないわけですけど。下手するとガンバ鹿島と、二つまとめて"強豪"の座から滑り落ちそうな勢いですし。

はあ。
どうもオフ気分だけ覚まされて、でもお祭り気分は味わえなくて、いきなりサッカー(つうかJリーグ)へのモチベーションが落ちてしまいました。今年もまたこれを、見なきゃいけないのかという。
まあ見ないという手はあるんですけどね、実際。
ACLは、楽しみにしています。応援も。
"日本代表"には、常に忠実な僕です。(笑)



その他。


ドニが八百長を告白…組織的な関与を否定 (スポニチ)

「八百長を知った上で賭けた」と告白。一方で「個人的にやったことで、(犯罪)組織には属していない。クラブは何も知らない」と組織的な関与は否定した。


逆に"個人的"にやれるというのは、いかに行くところに行けば「当たり前」のことなのかという、感じはしますが。
動機はどうなってるんでしょうね。金に困ってやったのか、それとも「当たり前」にあるものだから、俺もいっちょ小遣い稼ぎしようかという、感じだったのか。

伊代表GKブフォンら賭博に関与か (サンスポ)

セリエA・ユベントスのイタリア代表GKブフォン(33)、ACミランの元同代表MFガットゥーゾ(33)、昨季で現役引退した同DFカンナバロ氏(38)の3人にサッカー賭博関与の疑いが浮上したと、28日付伊紙ガゼッタ・デロ・スポルトが報じた。

八百長問題で逮捕されたセリエD・ラベンナの元GKコーチ、サントニ氏が捜査官に「ブフォンは毎月10万~20万ユーロ(約1030万~2060万円)を賭けていた。3人は完全に病気だった」などと供述したという。


続々と恐ろしい名前が。
これを見ると、上記ドニの動機も、後者の方かなという感じですが。
まあ多分、賭けの"文化"自体は、どうしようもなくあるんでしょう。
問題はそれが、八百長に"発展"してしまったことで・・・・でもその"発展"も、付き物として外せないものなんだろうなという。

ザッケローニは、いい時に"避難"して来たねという。(笑)
まあ全く知らないということは、ないでしょうし。
実際イタリアを離れる理由としては、あったんだろうなというのは、さほど無理のない推測かと。


“大物”ユングベリら加入で結果も…芽生えなかった競争心 (スポニチ)

夏になって清水は突然、方向転換した。7月にオランダ人MFカルフィン・ヨンアピン(25)、8月に元スウェーデン代表MFフレドリック・ユングベリ(34)を獲得。Jリーグでは久々の大物の加入に国内外で注目度が高まった。

4月の決算発表で5年ぶり赤字を報告。さらに東日本大震災の影響もあって、今季は観客動員が伸び悩んだ。そんな事情もあり、今季は若手の台頭を期待し我慢のシーズンにするはずだったが、早川巌会長(67)は「ゴトビ監督に申し訳ないと思い、守備と攻撃の補強をした」と昨年の主力がごっそり抜けたチームを指揮することになったアフシン・ゴトビ監督(47)の要望を受け入れた。


僕もなんやかや言っていた、清水の迷走(?)についての、やけに詳しいスポニチの特集記事。(の一つ)
実際分かり難かったですからね、去年の清水は。

確かシーズン前の"改革"に関しては、「社長」の名前で行われていたと記憶していますが、ここでは「会長」がメインになってますね。そこらへんからして既に、変わったのか?
"若手の台頭を期待し"・・・・。そうだったかな。

まあよそのことはほっとけでもいいんですが、どこかで誰かがおかしな金の使い方をしていると、それだけでどうも放っておけない、今日この頃です。(笑)
ゴトビ監督もよく分からないんですよね。割りといい監督だと思うし嫌いではないんですが、例えば"流動的"なサッカーの人なのかそれとも"固定"的な人なのか、育成型なのか勝たせるタイプなのか、どうにも正体が。


・・・・これだけで終わると、正月早々不景気に過ぎるので、最後にこんなんでもご覧下さい。
"スポーツ"繋がりということで。(笑)

空手美女だらけの2012年カレンダー

いやいやこれは。
ハリウッドデビューも近いかもという。


賀正。


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