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期待外れで期待通りで期待以上?/東京V-大分(’17)、東京V-水戸(’17)
2017年03月13日 (月) | 編集 |
J2第2節 東京V ○1-0● 大分 (味スタ)
J2第3節 東京V ○4-0● 水戸 (味スタ)

時代は今スペイン!?


"期待外れ"の部分。
・戦術的尖鋭性
初見の大きな違和感と、それに対する"世界"的見地からのモデル解説による心の準備、または煽りがあり。
・以来毎試合見ているコンテチェルシーのえげつない効率性と、開幕で当たったリカロド徳島の、上記"解説"をまんまなぞったような正に「モデル」的ないきなりの完成度
・加えて言うならば、中身は違えど"スペイン(系)"仲間であるエスナイデルジェフの、ともかくも鮮やかで明快な戦術的輪郭。
・それに対してのロティーナ監督の、伝えられるところの「危なくなったら蹴れ」(という意味の)という"妥協"性を疑われる発言があり、あるいは水戸戦解説のこちらも実は"ポゼッション"教祖の広くは一人である三浦俊也氏も。
「ヴェルディは後ろで回すことにはこだわらず、比較的重心が前にかかっている」という趣旨の、僕自身の観察とも合致するコメント。
・"こだわらない"とは言っても他チームの標準から見れば、そもそものポゼッションの伝統もあって"回"してはいるわけですから。
・これはつまり三浦俊也氏も、もっと徹底的に回して来ることを、本来の採用している戦術の"特徴"からは「予想」ないし「期待」していたということだと思いますが。
・とにかく一言で言って"中庸"的な印象で、僕が"敵対心"(笑)・警戒心と共にある意味では「期待」していた、戦術的尖鋭性や良くも悪くもゾクゾクするような"違和感"は、ロティーナのチームからは感じ取ることは出来ない、求めてはいけないようで。
・それは例えば、一時J1を席巻した森保サンフのあれはあれで"ポゼッションカウンター"だった(と思う)それなどと比較しても。
・何というか、目だったバランスの偏りの無い、"普通"のサッカーという印象がやはり。
・それで弱ければ、"中途半端"というような批判の対象ともなる性格なわけでしょうが。
・幸い今のところは、"吉"という方に出ているようで。
・初戦開幕戦には、相手関係もあってそういう"顔"も見え隠れしていたわけですが・・・

"期待通り"の部分。
・上で書いた、そして"外れ"た(笑)「期待」というのは。
・要は実際に作ったチームを今年"初見"してのちに、発生したものだったわけですが。
・では去年就任が決定し、いくつか過去の仕事についての情報・評判を伝え聞いた、その段階で僕が「期待」していたものが何かというと。
・守備的結構、何でもいいからきちっとした秩序あるチームを作ってくれということと。
・もう一つは、これはクラブだろうが代表だろうが、あらゆる監督に対して望むことですが。
・とにかく自分の出来ること得意なことを、思い切って徹底的にやってくれと。
・時代の流行やらそのチームの歴史やら注文主(笑)の意向やら、うっすら気にしなければいけない初期条件はあるだろうけど。
始まってしまえばそれはある監督とある選手たちの、人間対人間の"真剣勝負"なので、借りて来た猫では役に立たない、仮にどれだけ限定された条件だったり結果"注文"に合っていなかったりしたとしても。
・互いが"持っているもの"をぶつけ合うしかない、新しいものが生まれるとしても出発点はそこだと、それでこそ他ならぬ「その監督」を呼んだ意味もあるのだと。
・それが常に僕の主張で望みで、"何"が出て来るかは分からないけれど、それが必然性のあるものなら全て受け入れる、そういう意味で"戦術"的好みはあるようで無い
・とにかくちゃんとぶつけてくれぶつかってくれと。
・監督が持っているものと選手が持っているものを。
・...つい熱くなってしまいましたが(笑)、それが特に、「ヴェルディ」や「日本代表」のような、今すぐ強くなる勝つといっても自ずと&割りとすぐに"天井"が見えてしまうチームを長年応援して来てたどり着いた境地というか、そういう感じ。(笑)
・だから、例の"初見"(&その後の解説)で、ロティーナが「借りて来た猫」を持ち出して来ているように疑われた時は、非常に反発・警戒したわけですが。
・どうもそういう感じではないようで。
・見ていないので想像でしかないですが、それこそコンテが「イタリア」という地盤にしっかり根を据えて"新戦術"を行なっているように見えたように。
・ロティーナも基本的に自分がそれまでにした仕事の延長線上で、変な野心にとらわれずに"平常心"で、仕事をしているように、この3戦目までは感じます。
・"尖鋭的"でないという意味においても、「堅実」という意味においても。
・"1戦目"に問題があったという印象は変わらないんですが、その時見えた"妥協"が、"野心"や"尖鋭"からの予定外で不本意な「撤退」「逃走」であったなら、僕が危惧したようにその弱気が感染したチームは、"崩壊""分解"の方向に向かったろうと思います。
・実際そういう芽は無くは無くて、例えば1戦目徳島戦で「小まめに下りて来てボールを触ってチームの潤滑油になった」と評価する人の多かった梶川ですが。
・僕はあれは監督の指示に沿ったものではないのではないか、"反乱"に近いものなのではないかと、「初見」でも見せていた梶川のイラつきの印象からも思っていたんですが。
・そのせいかどうか2戦目からは先発を外されて、そこにそこまで気は利かないが踏ん張りは利くアランが入ることで、結果チームは安定した。
・梶川も後半の"変化"要員として、改めて位置を与えられた。
・ここらへんの手際を見ていると"妥協"は"妥協"でもまとめてある程度予定通りの妥協で、ハンドリングに大きなブレは無くて。
・そういう曖昧さを最初から含みこんだ形で、ロティーナのチーム作りは行われているという印象。
・自分についてもチームについても、無理のない範囲で、柔軟に。
・ヴェルディの現存するGKの能力に失望するプロセスはあったろうと想像しますが(笑)、それはそれとしてGKの選択・妥協についても、「GKを巻き込んだ最終ラインでのポゼッション」についても。
・さほど「動揺」した気配は見せずに、粛々と「妥協」をしている感じ。
・それはつまり元々そういう"態度"で仕事に向かっているからであろうし、同時に"柔軟"とは言っても自分の得意とする守備を中心としたやり方のラインは全く外してはいないからであろうし。
・"初見"で見せた「戦術」「ポゼッション」は、一種のデモンストレーションというか、指標として打ち込んだクサビ、極点だったのかなと、そこから"予定通り"に妥協して行く、そういう仕事の進め方なのかなと。
・現在の状況を「肯定」的に見る立場からは、そうなります。
・とにかくまあ、そういうロティーナの"自分"(を失わない)性と戦術そのものも含めた結果もたらされている安定性は、実は「期待通り」でもあるという話。
気が付いてみれば。(笑)

"期待以上"の部分。
・退場者発生という敵失含みとはいえ3試合目にして4-0という試合が実現したことについては、ほとんどの人にとってとりあえず「期待以上」の出来事だったろうと思いますが。(笑)
・最もロティーナに肯定的だったタイプの人ですら、「攻撃については当分(ひょっとすると半永久的に)我慢」と、覚悟していたことと思います。
・それについてロティーナ自身が「予定通り」だったかというと・・・違う気がするんですが。(笑)
・過去の実績から見ても。直近の試合結果・内容から見ても。
・やっているのは上で言ったように、戦術の基本ラインに、可能な限りに手綱は締めつつなるべく無理なくヴェルディの選手を当てはめて行くことで。
・結果何が出て来るかについては、そんなに具体的にイメージしていないというか妄想していないというか。
・落ちて来た"果実"を食うだけというか。
・別に「4-0」のチームを作ろうとしているわけではないというか。(笑)
・むしろより徹底的に"後方"に重心を置いた「戦術」派の諸監督の方が、『仕掛けた罠に際限なく敵が嵌って行く』という形での"圧勝"を、イメージしていると思います。
・そんな酷いことは、多分ロティーナは考えてはいない(笑)。積極的には。
・では何が起きているかと言えば、簡単に言えば、ヴェルディの既存選手たちとの化学反応。
・凄く簡単ですが。(笑)
・前線についてはまだまだ偶然の要素が強いように思いますが、「永田」「内田」「潮音」を軸とした後ろから中盤までについては、かなり上手くハマりつつある印象。
・といってそんなに"きっちり"ハマっているわけでもないんですよね。
・例えばぎりぎり前の試合までは、"全部"やっていた感のあった潮音ですが。
・水戸戦の途中からは試合的な余裕もあって、結構"遊び"も加わり始めて、つまり「永田」と「内田」だけである程度チームが作れるので、「潮音」を見せつつあえて"使わない"というような呼吸が、3人ないしは少なくとも永田と内田の間には発生しつつあるように見えました。
・前節大分戦の潮音のプレーは広く評価されたようで結構は結構なんですが、去年から潮音をキモく"愛好"していた僕の立場からすると。
・ちょっと頑張り過ぎで"苦しい"部分も散見されていたので、水戸戦で見え始めたそういう遊びのある"呼吸"は歓迎という感じ。
・やはりフラフラしてこその潮音というか、必ずしも"触ってナンボ"の選手ではないというか、"触らない"事も含めて最小限のプレーで最大限の効果を生み出すところに潮音の妙味はあると思うので。
・そういうコンビネーションが確立してかつそれがチーム戦術の中で機能してくれれば、今年も『井上潮音』を楽しむことが出来そうだなと、そんな期待を抱かせた試合でした。
内田についてはある意味分かり易く、早い時期からその万能性と戦術理解力がチームに欠かせないものとして評価は確立していましたが。
永田の"フィード"が本当にポジティヴに働いたのは、多分水戸戦が初めてじゃないですかね。
・永田が変わったというよりも、チームの安定感が増したことによって永田が働けるようになったという、感じですが。
・そしてその永田のフィード力とキープ力が、更にチームに安心感を付け加えるという正のフィードバックが、何やら"試合中に"目の前で起きていたような印象。
・そんなことも出来るんだ、と、チームメイトが確認したというか。
・「永田」と「内田」と、それぞれ出すロングフィードのタイミングと質が微妙に違うので。
・なんかえらい多彩なゲームメイクが展開されていたというか、敵さん的が絞れずに困るだろうなと、そういう感じ。
・"示し合わせている"わけではないと思うんですけどね。
・内田は割りと出しそうなタイミングで出すきっちり系、永田は間隙を狙って出す意外性系?それにより"長さ"の違いも含めて。
・ただし「永田→前線に飛び出した右WB高木三男」のラインは、あれは完全にチームとして仕組まれたプレーでしょうね。
・三男のWB起用については、故障者続出による消去法として受け入れつつも、"天性のストライカー"の使い方としては勿体無いと、多くの人が思っていたと思います。
・ただ水戸戦での再三の上記コンビネーションプレー(の成功)を見せられると、ひょっとして"ストライカー"の部分も含みこんでの、消去法にとどまらない最初から狙っての起用なのかなと、そう高揚感と共に考えたくはなりますね。
・余り(監督に)期待するのも危険ではありますが。全部予定通りなんてことはそう簡単には。(笑)
・ともかく復帰した安西がWBではなくシャドウ的に使われたのを見ても、その"ライン"が今やチームの重要な戦術的選択肢として考えられているらしいのは、確認出来ると思います。
・そうそういつも上手くはハマらないでしょうけど、ゲームコントロールが効いている状況では、結構武器になるかも。
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テーマ:Jリーグ
ジャンル:スポーツ
不鮮明な船出: 徳島-東京V(’17)
2017年02月27日 (月) | 編集 |
徳島さんに、サッカーを教わった試合となりました。

J2第1節 東京V ●0-1○ 徳島 (鳴門大塚)

単純にウチの上位互換でしたね。(笑)


・プレシーズンで好調を伝えられていた"スペイン三羽烏"の内の一つ徳島でしたが。
・その通りの、更にはそれ以上の完成度で驚かされました
・ウチがショボかったのは確かなんですが、それはそれとして来日一年目の新監督の開幕初戦としては、ちょっと異常なレベルだったと思います。
・後半の、ウチのプレスを軽くいなして後ろへ後ろへラグビーのように(笑)パスを回して、悠々とボールを逆サイドに持って行ったシーンとか、笑っちゃいましたね。
それそれ、それよ、ウチがやりたいのも。多分。
・そのシーンに限らず、とにかく慌てない、つっかけられたらどのように遅らせて、どのようにかわして、そこからどのように展開させて行くのか、"ケーススタディ"が既にして完璧に近く叩き込まれていた感じ。
・"ケーススタディ"なのか、それとももっと進んで"原理"そのものなのか、そこまではちょっとよく分かりませんが。
・とにかくウチがやろうとしている(とされている)ことのお手本を、ものの見事に示してくれた感じ。
・攻撃はある程度パターン化されていましたし、カルリーニョス個人の能力に負うところも大きいように見えていたので。
・もっと強いところ(というのも情けないですが)とやったらどうなのか、どの程度の完成度なのか、それもまあまだよく分かりませんが。
・それはただ、僕が心配して差し上げる筋合いのものではないので措いておくとして。(笑)
・とにかく後方ポゼッションとハイプレスのバランスなども含めて、なるほどねえと、冗談でなく勉強になった試合。

・対してウチは、未熟、未完成と、言ってしまえばそれは簡単な話なんですが。
・開幕戦ということを考えれば悲観することは無いと、常識的にはそれでいいんでしょうが。
・ただ同じく「来日一年目の新監督の開幕初戦」という条件で、ヨーイドンでどうしてここまでの差がつくのが、それについては多少考えてみる必要はあるかなと。価値はというか。
・まず「仕方のない」要素としては選手の能力の差値段の差、特にカルリーニョスとヴァシリェヴィッチのような、新監督の戦術を理解して軸として働ける外国人選手が既にいる、この点には差があると思います。
・ただそれ以外の日本人選手の動きにもあからさまな差があり、かつ一方能力的にはそこまで差のある選手ばかりではないはずなので、それだけで済ますわけにも勿論いかない。
・その場合論理的に考えられるのは、「戦術(プログラム)の浸透度の差」「監督の能力orプログラムのクオリティの差」の二つなわけですが。
・なお前者は後者が原因の場合がままあるので、その場合この二つを分ける意味は余り無くなると、事務的な但し書きをとりあえずつけておいてと。

・まず"浸透度"の差ですが、これはまあ、見たまんまというか、"現象"の言い換えであってそれでもって「原因」と言うのは間違いではないけれど、改めての意味は無いですね。特にこれだけあからさまな差があると。
・次に"能力"の差は、それはあるのかも知れないしこの試合で決着を付ければそれはリカルド・ロドリゲスの勝ちなわけでしょうが、勿論今急いで言うことではない。
・更に"クオリティ"の差については、いずれロティーナヴェルディがそれなりに形になった後で比べないと、違いも優劣も見定めようがない。
・というわけで無い無い尽くしで終わりそうですが、では何を気にしているのかというと・・・

・あのですね、僕がいきなりネガティヴコメントを盛大に発したTM第一戦相模原戦、約一か月前に行われたその試合に比べても、どうもこの徳島戦からは伝わって来るものが無い、何がやりたいかよく分からない、そういう印象を受ける部分があるんですよ。
・未完成は未完成でいいんだけど、進んでるのか?まさか後退してるんじゃないよね?ということ。
・つまり相模原戦では、クドい程の慎重で徹底した後方での"セーフティファースト"なパス回し、ポゼッションへのこだわりが見られて、それが僕をいらだたせたわけですが。
・逆に言えばいらだつ明確な対象があった、"敵意"を抱ける"敵"が存在した。
・ところがこの試合では、そうしたもの、チームの"中身"や"芯"のようなものが時間を経て明確化するどころか逆にぼやけていて、喜怒哀楽(笑)いずれにしろ、僕の感情を刺激する程のものが特に無かった。
・むしろ僕としては、「さあ今日も僕を大いにいらだたせてくれ、受けて立つよ」というくらいの"期待"感でもって、この開幕戦に臨んだんですが。
・何この普通のチーム。
・一応それらしいことをやってはいるんだけど、およそ性根が据わってない、気が入っていない。
・形をなぞってるだけで、単に"未熟"というより"本気"度が感じられない。
・確かに徳島のプレスは激しかった、でもそれは"いなす"ポゼッションのむしろ見せ場じゃないの?好餌じゃないの?
・待ってましたってなもんじゃないの?実際徳島はそうしてたじゃない。
・結果通用しなかったとか、技術不足で取られちゃったとか、そういう"失敗"はまあ、あるでしょう、付き物でしょう。
・でもなんか、最初から覚悟が見えなかったというか心の準備が感じられなかったというか、普通に驚いてた、びびってた。
・どういうこと?
・ひょっとしてもうやめたの?完全にとまではいかなくても、その後の一か月の挫折なり経験なりを鑑みて、より常識的なバランスに寄せることにしたの?
・関連して少し気になったのは、ロティーナのモットーが「セーフティファースト」であるとの中継での紹介、それはいいというか、うん知ってたというか、その時点ではそんな感じだったんですが。
・ただその後のレポを交えた放送席での説明では、それは「危なくなったら無理せず蹴ろう」という話だとそうまとめられていた。
・うーん、ちょっと待って。普通の"ポゼッション"のチームなら、あるいは去年までのヴェルディならそれはそれで分かる話なんだけど。
・今年のチームの場合はそれは"調整"や"妥協"ではなくて、根幹の話だよね。そもそもというか。
・つまり、「危なくなったら蹴る」のではなくて、「危なくなったら危なくなくなるまで後ろで回す」というのが、今年の"基本戦術"のはずだよね。
・しつこいけど徳島はそうやってたよね。
・"蹴る"「セーフティファースト」は、「セーフティファースト」違いだよね。それがモットーとか、あり得ないよね?
・まああくまで徳島の地元放送局のまとめなので、どこまでロティーナの意図を直接汲んでるのかは不明なわけですが。
・レポートを信じる限り、「蹴れ」と言ってるのは事実らしいので。
・うーん?もうやめちゃったの?と、考えざるを得ないところがあるわけですが。
・でも後ろに重心を置いた、チームの"形"自体は一応は残ってるわけで。
・ううむという。
・"割り切り"と"徹底"が肝の特殊戦術を、早くもこの時点で手加減してるとしたら、それ意味あるのかなと。
・完成する可能性あるのかなと。
・そんな半端なことだから、選手もそういう態度なんじゃないのかな。
・"浸透度が低い"ということについても、低いから自信なげだというよりやり方への確信と決意がハナから欠けた状態でやってるから浸透していないという、そういうことではないのかなという。

・という、「疑惑」の目で、更に話を進めるとどうなるかですが。
リカルド・ロドリゲスロティーナ、この両"一年目"監督の差は、"覚悟"の差であると。そもそも監督自身の。
・という説。
・つまりリカルド・ロドリゲスは、本気でこの戦術をいいと思っていて理解して、やろうと思ってやっている。その熱意と"腑"に落ちた理解が選手にも伝わって、こんなにも短期間で完成度が高まった。
・対してロティーナは、元々はただのよくいる"守備的サッカー"の監督でしかないのに、最近の流行りに色目を使ってたまたま"セーフティ"という共通点があるのにかこつけて、表面的な理解でやらせてみてるけど元々大した覚悟も無いからすぐ日和って、段々何やってるか分からない状態になりつつある、"完成"どころの騒ぎじゃなくなりつつある。
・...という、いっとう最初からの疑惑にも寄せた、超ネガティヴな推測。
・まあ一試合で酷だとは思うし普通はいくら僕でもここまでは言わないはずですけど。
・それだけ徳島との差が衝撃的だったというか、"本質"的なものに見えてしまったというか。
・何というか、「世界観」がありましたよね、徳島のサッカーには。明確な戦術があるチームならではの。
・精度とか完成度とかいう以前に、こういう風にサッカーをするんだ、だからここではこうでないといけないんだという、そういう"落とし込まれた""共有"されたイメージ、それゆえの特にテンポの安定感
・ヴェルディにおいて李国秀が未だにしつこく郷愁の対象になるのも、そういう「世界観」の強さがあったからで。
・勝った負けた、正しい間違ってる以前に。
・で、多分ポジショナルなポゼッションサッカーはやり方が固定的な分、"世界観"を構築し易いし、逆に"世界観"の強さが無いとああいう"前"や"動き"への本能を抑え込んだような、あえて言えば「不自然」なサッカーをやらせ切るのは難しいんですよね。
・そういう意味でも、現時点でロティーナヴェルディに見える気がする意志薄弱、世界観の不鮮明には、疑問と不安が多いです。
・"気がする"だけならいいんですけど。

・まあよりによって徳島が相手でさえなかったら、ここまで悲観的なことを書く試合ではなかったとは思います。
・いいところは余り無かったけど、"安定"感はそれなりにあったと言えないことは無かった気がしますし。
・それでも褒めはしなかったでしょうけど。特に個々の選手の特徴の活きてなさ加減は、意識して"戦術"を信じようとしないとなかなか耐え難いレベルですし、現状。
"不穏な沈黙"という感じになったと思います(笑)。今日は逆に、そのことが主題にはならなかったですが。
・さあてね。さあてね。


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ジャンル:スポーツ
[参考]上田滋夢「オランダの憂鬱」 (’02年『季刊サッカー批評』issue13より)
2017年02月21日 (火) | 編集 |



昨日の記事に対する反応を見ている内に、特に"ポゼッションの行き詰まり"云々に関する辺りが意外に伝わってないらしいことに気付いたので、こんなのもあげときます。

"'02年"ということから想像がつくだろうと思いますが、そもそもこの文章は僕が'99-'00年の李ヴェルディを理解する(文章を書く)為に参考にしたもので、その時も掲げたものをもう一回というのも照れ臭いなというのと(笑)、2002年当時は新鮮な内容であったけれど15年後の今なら多かれ少なかれ常識的な内容になっていて、別に書く必要も無いのかなと思って割愛してしまいました。
まあ李・オフト両監督共に"あれ"以来Jで指揮を取ったりはしていないので、僕の認識もほとんど変わっていないわけで、同じことの繰り返しにはなるんですが。"カウンター"というのが、新味ですかね、今回の。

では以下、中心的な内容を書き出してみます。
小見出しは原文通りです。


かつてトータル/ローテーションフットボールで一世を風靡し、サッカー戦術の最前線を走り続けて来たオランダサッカーが近年苦しんでいる('02コリアジャパンは予選敗退)というまとめ&煽りに続き。

"ポゼッション・フットボール"

オランダ式ポゼッションの特徴。

基本的にはプレースメント(場所取り)が確立されているため、パスの際には初めからサポート・プレイヤーがいることとなり、ボール・ポゼッションが容易となる。
反面、プレースメントが確立されているが故、既にスペースが埋まっている事となり、プレイヤーがフリーランをする必要が少なくなる。
オランダ以外の「ポゼッション・フットボール」の原理は、空いているスペースに味方プレイヤーが入り、そのプレイヤーの動きによって作られたスペースに、また他のプレイヤーが入るというように、プレイヤーのモビリティー(流動性/活動性)が主である。明らかにボールが中心のオランダとは発想が違う。

ここではフリーランをする"必要が"なくなる(走って行くべき先に最初から人を配置するから)という書き方になっていますが、実際の李時代には、"フリーランが不足している"と、専ら批判される要素になっていましたね。(湯浅健二氏を筆頭に)
"スペース"ではなくて"ボール"、つまり足元で繋ぐんだというのは、近年のバルサを見れぱよく分かると思います。これをもって「サッカーは足元できちんと繋いでやるものだ。スペースへ出すなんて馬鹿げてる」と極論する(&中田ヒデ批判をする)金田喜稔さんは、いくら何でもどうかと思いますが。
ともかく李ヴェルディがやっていたのも基本的にこれだろうと、当時僕は当たりを付けたわけです。実際に李総監督が"オランダ"を直接口にしたことは、無かったと思いますが。


"リズムとタイミング"

オランダの"行き詰まり"の原因。

現在のオランダの「ポゼッション・フットボール」に関していうならば、全く崩壊はしていない。ただし、別の観点からの問題点が生じたのである。
それは「リズム」と「タイミング」が一定になってしまったことである。ポゼッションを行えば行うほど、パスのタイミング、そしてプレーのリズムは一定になってくる。また、そうでなければ「ポゼッション」は行えない。対戦相手は一様に、段々とオランダの「パスのタイミング」と「プレーのリズム」に慣れてくる。どんなに対戦相手との能力差があっても、相手の「リズム」と「タイミング」さえ掴んでいればインターセプト、1対1等に対応可能になってくる。一定のリズムで攻撃するが故、そのことがオランダの停滞原因となった。

まとめて言うと、"確実"ではあるけれど(確実であるゆえに)攻撃のリズムとタイミングがいつも同じになり、またあらかじめプレースメントした人と人の間の足元パスの交換の繰り返しで、ダイナミックで意外性のある動きや流動的な動きが無くなるので行き詰まる、技術戦術的には高度でかつ狙い自体は"失敗"していないのに、実際の結果は付いて来ない、ないし労力とリターンとの分が悪いと、それがオランダ発スペイン経由"ポゼッション"の陥りがちな状態であると、あるいはあったと、そういう話です。
"失敗"はしていないからやめられない、変えられないんですよね。それがまた、じりじりさせるところで。(笑)
今日も"あれ"かという。(笑)

それを「確実」性の部分は活かしつつ、「行き詰ま」りがちなところは素っ飛ばして簡略に、あるいはダイナミックにやるというのが、言うところの"コンテ"式かという。
・・・細かいことを言わなければ、"森保式"も同類な感じはしますけどね。直接「予想」の参考にすべきは、こっちかもという。


蛇足っぽいですが、こちらも書いておくか。

攻撃においては自らの完璧なポイントでのパスやクロスが多くなり、最終的にはほんの僅かなタイミングを求めての攻撃となり、時間が経てば経つほどピンポイントな攻撃に固執するようになってしまう。

この糞詰まりをずらして解いて躍動感を与えるのが、クライフフリット、あるいはバルセロナでのリバウドのような特別な選手の存在であると、筆者は言います。
それが李ヴェルディにはいなかった、予算的に望めなかったし、ロティーナヴェルディでもどうかなという、それが昨日言った"破壊者"の問題ですね。
それが必要になるかどうかは、まだ分からないですけどね。破壊が必要な"完璧"がそもそも構築出来るか(笑)という問題もありますし、勿論(カウンター)戦術で予め問題を回避出来る可能性も無いわけではない。

どうなりますかねえ。ねえ。(笑)


以上です。
全文を読みたければ、"1円"なんで買ってみたらいいと思います(笑)。改めて見たら、「東京ヴェルディ危機一髪」なんて記事も載ってますし。(笑)


テーマ:Jリーグ
ジャンル:スポーツ
’17ロティーナヴェルディの幻想的予想
2017年02月20日 (月) | 編集 |
TMは一番最初の相模原戦だけ見ました。
事情通諸氏の解説は読みました。
 東京Vvs浦安 TM現地雑感&343でのボール前進と崩しの解説
 コンテ率いるチェルシー躍進の秘密 戦術の最先端が詰まった3バックとは?
それを承けて、その後のチェルシーの数試合は、普段より注意して見ました。

その結果の現在の予想。


1.コンテチェルシーに"似(てい)る"のか。

似ると言えば似るでしょうが、そこまでは似ないんじゃないかなと。クオリティ的に"似せられない"という可能性は、おくとして。(笑)
上の戦術的解説の"普遍性"の部分を念頭に置きながらコンテチェルシーの試合を改めて見て思ったのは、そうは言ってもやっぱり「イタリア」だよなということ。つまり単体としてのコンテチェルシー、その"先端"性の裏にあるあるいは"強さ"の地盤になっているのは、やはりイタリア伝統のカウンタースタイルであって、「3バック(3-4-3)ボゼッション」戦術は、その職人芸をより効率的にやる徹底的に洗練させる為の"方便"みたいな部分があるよなということ。
"殺人鬼"(イタリアサッカー)に"凶器"(現代戦術)というか、テロリストに高性能爆薬というか(笑)。およそえげつない代物であって、プレミア各クラブにはいい迷惑というか、ヨーロッパへようこそというか。(笑)

要はコンテチェルシーは、あくまで"コンテ"のものであるということ。コンテチェルシーの「形相」(戦術)に対する「質料」(伝統)の部分というか。
そういう観点で見た時に、「ヴェルディ」という"質料"、あるいは「スペイン人」(ロティーナ)という担い手が、どれだけ"似た"ものを生み出すかということに関しては、少なからぬ疑問があるということ。仮にある程度"成功"したとしても、全然違うものになる可能性があるということ。
まあ当たり前っちゃ当たり前なんですけど、それだけコンテチェルシーの"イタリア"感は、無視出来ない性格として僕には感じられたということです。"馴染み"の感覚というか。(笑)


2.非イタリア人による"ポゼッション"(の例) ~李国秀とハンス・オフト

"スペイン"については、よく分かんないですけどね。"ペップバルサ"という、誰もが知っている例くらいしか。
後で推論はしますが。

ただより責任を持って言える身近な例としては、"ヴェルディ"('99~'00)の李国秀、"Jリーグ"(磐田'94~'96&浦和'02~'03)のハンス・オフトというのが、参考になる例として挙げられるかなと。
つまり「徹底的に意識的なポゼッション」、及び(その基盤となる)「ポジショナル」なアプローチ(末尾)の、"先駆者"なのか"流れ星"なのかよく分かりませんが(笑)、とにかくそういう目立つ存在、僕にとって印象に残る記憶。

"国籍"にこだわると、李国秀日本人(厳密には在日韓国人)、ハンス・オフトオランダ人なわけですが。
言いたいのはつまり、同じ「厳格なポジショニング」に基づいた「ポゼッション」至上のスタイル、"ボールを失わない"ことと"プレーから不確実性を徹底的に排除する"ことを目指す指向性を持っていても、李・オフト両監督のサッカーに(コンテチェルシーのような)"カウンター"のニュアンス・意識は薄い、むしろ"超攻撃的"な"パスサッカー""アクションサッカー"が、その看板になっているということ。
実際には後でも述べるように、両監督の勝率が高かったのは"カウンター"の時だと思いますが、少なくとも目指していたもの「完成」の方向性としてはそうかと。

まあそもそもがオランダ起源の"ポゼッション"サッカーは、ヨハン・クライフという奇人の個性も加わって、"理想は90分ボールを持ったまま相手陣地のみでプレーを展開して攻め続ける""ボールを失わなければ攻められることは無い"という、「超攻撃的」発想、ニュアンスを伴って歴史して来たもののようですから、少なくともあの時点では李・オフト両監督のサッカーがそういう性格のものになるのは自然だった、あるいはその為にこそ"ポゼッション"は指向されたと、それは理解出来ると思います。
そしてその"手法"の一部が別の思想・文化の元に現代の必要性と文脈に従って再構成された、あるいはコンテの場合は特に"イタリア"と出会ったのが、ここのところ"解説"されているものなのだろうと、そう僕は理解しているのですがどうでしょう。

とにかく"ポジショナル"な"ポゼッション"サッカーも、担い手や文脈によって色々な現れをする可能性があると、いちJリーグの例で見てもという、そういう話です。その新たな"例"に、今ヴェルディがなろうとしているのかどうなのかという。


3."ポジショナル"(な"ポゼッション"サッカー)の憂鬱

さてJ史上に残るポジショナルなポゼッションサッカーを指向した李ヴェルディとオフトの特にジュビロ時代には共通した悩みがあって、それはボールはキープ出来るしパスは確実に繋がるようになってある程度まではボールは運べるんだけど、一方で"ある程度"から先がにっちもさっちも行かない、かけた手間に見合った攻撃力や得点力からは、遠いところでチームが立ち往生する。
それまでが"確実"な分、普通のチームの"攻めあぐみ"感のレベルを遥かに越えた独特な深刻な手詰まり感に見舞われて、毎試合見ているサポからするとこのまま100年やっても点が入らないのではないか的な気分にちょいちょい襲われたりする(ヴェルディ)。このチームが「攻撃的」だなんて、とても信じられないというかもう忘れたみたいな気持ちになる。(僕?)
あるいはまあまあ強いんだけど、果たしてその為に使っている神経に本当に意味はあるのか、何か凄く無駄なことをしているのではないかという不満が溜まる。(ジュビロ。と名波?笑)

これらはたまたまではなくて、厳格に決められたポジショニングや手順から、即応的に外れることの許されないスタイルの持つ構造的な問題、裏/表であり、そうしたプレーを実行している内に実行者たる選手たちの精神に発生する、特有の問題だろうと思いますが。
とりあえず必ずと言っていいほど見られる現象としては、"確実"に進むことによって逆に生じた自縄自縛を解く為に、攻撃の最終段階でその"確実"性を破壊する大きな力が必要となる傾向で、"組織"を突き詰めた故に"個人"がより必要となるという皮肉なわけですが、ここらへんはまあ、ファンハール政権時を中心とするある時期以降のオランダ代表(の当たり外れ)を見ればよく分かることだと思います。"破壊"出来(る選手がい)れば強い、出来なければ弱い。

李ヴェルディの場合は特に、低予算ゆえに"破壊"担当個人の人材には恵まれず、ドツボにはまって抜けられなくなったわけですが。('17ヴェルディにもその危険が?)


4."カウンター"という抜け道

ところがそんな李・オフト両苦労性監督のチームにも、爽快な攻撃力を発揮した時期があって、李ヴェルディの場合は就任直後、恐らくはまだチームが未整備な故にボランチ林健太郎のロングスルーパス一本にほとんど攻撃を頼っていた時期('99年1stステージ)、オフトの場合はご存知、エメルソン・田中達也・岡野らの、当時リーグ屈指のスピードFWたちを抱えていた事情に後押しされての、レッズ時代の一時期です。前者はあと少しでステージ優勝に手が届きそうな2位、後者はナビスコ優勝を成し遂げました。
彼らのキャリアトータルで見ればこれらの時期の、要は"カウンター"スタイルは不本意なものだったかも知れませんが、一方で彼らの"攻撃"面に付きまとう上記の「問題」の"解消"・・・というより"予防"策として、あるいは"確実なポゼッション"がもたらす(攻撃ではなく)守備の安定性を最大限に生かす方法として、実は「カウンター」というのは最適解であった可能性があると思います。

それを実現したのがコンテ/ロティーナスタイルだ・・・というには、両者は時間的にも空間的にも離れ過ぎていますが(笑)、ただ論理的には繋がらないことはないというか、あれから約10年経って"アクション"サッカーへの熱情が薄れた時に、埋もれていた論理的可能性が発掘されて完成させられた、そんな印象は無くは無いです。なるほどなとは思いました。
なんか"卑怯"な感じはしますけどね(笑)。余りにも仕込み十分の強者のカウンターというか、"鶏"しか裂かない"牛刀"というか(笑)。コンテチェルシーを見てても、実に悪どいというか、それはないだろうという感想はどうしても沸きます。(笑)
モウリーニョやカペッロの「卑怯」とは、また一味違うというか一段上というか。(笑)

それはそれとして、結局"スペイン人"たるロティーナ(の現在)を、どう考えたらいいのか。来日前には「手堅いリアクションの人で、攻撃面に特段のアイデアやスタイルは無い」という定評しか聞かなかった人なわけですが。
だからこそ僕はその"ポゼッション"へのこだわりをまず目撃して、「本国で叶わなかった夢を辺境で見ようとしているのか?」と、その意図と心根を危ぶんだわけで。

今だったらむしろ、「コンテ」と同様の"リアクション""カウンター"の人だからこその"ポゼッション"、こそ再発見されたポゼッションの利用価値、最終ライン&GKでのボール回し/キープへのこだわりと、解釈し直せるかも知れませんが。
まあほんとのところは分かりません。ロティーナがコンテを"見て"やっているのかそれとも逆にコンテにヒントを与えただろう、バルサ/スペイン流のボールキープ術、その教養をロティーナも元々有していたのか。あるいはこれらの両極の間のどこらへんにいるのか。

繰り返しますが来日前の評判には、"ポゼッション"のかけらも無かった(笑)のでね。ほとんどイバンコーチの入れ知恵だという可能性も含めて、謎は多いですが。


5.そして'17ヴェルディ

いくつか考えられる要素があると思います。羅列すると、

・元々ポゼッションの「文化」はあるので、そこについては(同趣旨らしい)千葉や徳島よりは向いていそう。
・一方でカウンターの文化には欠けるので、特にマインド的について行けない、徹せない可能性もある。
・またGKを中心に揃えられる人材の質が予算的に限度があるので、そこで崩壊する可能性がある。
・更に"カウンター"メインとはいえ"ポジショナルポゼッション"(?)ではあるわけで、再び「破壊者」の質が問題になるかも知れない。
・"カウンター"メインであることはそれを緩和するかも知れないが、一方で"カウンター"ならではの問われる個力の質もまたあって、そこには不安が残る。

サポも含めたより広範な視点で言うと、

・守備は堅くなりそうだが、カウンターメインのスタイルにサポのマジョリティの反応はどうか。
・似たようだが別の問題として、"ポジショナルポゼッション"特有の閉塞感・宙づり感が発生した時に、ヴェルディでもジュビロでも小規模にはレッズでも生まれた特有の反感が、再び生まれる可能性は高いと思う。
・まとめて多分、"強く"ないとかなり苦痛なサッカーになると思うが、一方で"強く"なる為にはかなり高い人材の質が要求されるサッカーでもある。(それこそコンテチェルシーのように)
・まあどこらへんで線を引くかという問題ではあって、「組織性」や「狙い」そのものを楽しめるそれで満足出来るのならば、とりあえず御の字またはポジティブではあるだろうと思うんですが。


・・・以上が理論的可能性と、過去の経験から導き出した、諸条件。
つまりロティーナの手腕自体は未知数というか、勘定に入れていない。(笑)
いずれロティーナゆえに上手く行くことも、ロティーナゆえに上手く行かないこともあるだろうとは思いますが。

"反感"はね、あると思いますよ。どうしても"ジリジリ"したサッカーになりがちなんですよね、このアプローチは。
だからこそ、"本能の人"豪腕犬飼社長は、好成績にも関わらずあっさりとオフトをぶった切ったんだろう切れたんだろうと、僕は思ってるところがありますが。

こんなところです。勝てるのか勝てばいいのか勝っても駄目なのか。
個人的には、「カウンター」は好きなんです、むしろ。ただ「ポジショナル」苦手なんです、"チェンジ"したいんです"流動"したいんです(笑)。そこが問題。
"スペイン"色が出た方が、むしろ危険な感じがしますね。"コンテ"の完コピに近い方が、より安全というか。勝負的にも空気的にも。


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TM相模原戦雑感
2017年01月25日 (水) | 編集 |
平日の午前中、多少の不都合はありましたが(笑)、好奇心に負けて行って来てしまいました。
行って良かった・・・のかな?(笑)

メンバーとかはメモしてないので、よそを見て下さい。(と言ってる間に公式上がった。)
試合としては、0-1で負け。
3-4-3で前後半ほぼ総とっかえで、今出られる選手はあらかた出た感じでしょうか。

そんなに変わった起用は無くて、ガンバから新加入の(本職ボランチのはずの)内田がストッパーで(前半)、中野がCFで出た(後半)のが、少しおっと思ったくらいでしょうか。前後半両方出たのが内田と潮音のようなので(潮音は後半再度投入?)、とりあえずこの二人が軸なのかもしれません。


さて感想ですが。
思ってたより遥かに、クソポゼッションでしょうかね。("クソ"自体は別に悪い意味ではないです。程度のことを言っているまで)
とにかくボールが前に進まなくて、かつ進む気配も無い
寒かったのもあって、正直前半5分で帰りたくなりました。(早い)

パッと見て誰もが気が付くだろうことは、「バックパス」の圧倒的な多さ。
または選択肢としての、優先順位の高さ。
これは潮音でも同じなので、かつそういうプレーに対する監督の反応を見てても、明らかにチームの方針としてやっているんでしょうね。
勿論"バックパスをする"のが方針ではなくて、「バックパスをしてでもポゼッションを優先する」、あるいはパスワークの形を重視するということでしょう。バルサで有名になった考え方ではありますが。


それがいいかどうか、これから上手く行くかどうかは、現時点ではさすがに何とも言えません。
ただ見てて感じたのは、「ヴェルディの既存戦力に合わせる」よりも、「自分のやり方に選手を合わせる・はめ込む」ニュアンスがとても強いということです。去年からの人の動きを見ている時点で感じていたことでもありますが、やはり今季の編成に関して監督の意向が強く入っているということは無さそうですね。・・・強くというか、積極的にというか。

色々とそれなりに編成頑張ったけど、今のところ本質的な影響は無い(笑)というか、どういう編成でもこれやったろうなという感じ。
強いて言えば"サイドバックが足りない"という編成の特徴と、3バック採用に因果関係がある可能性はあるかも知れませんが、多分関係無いという方に一票入れます。(笑)

当然ながら元々知りもしないわけですし、日本の二部リーグの下位クラブの選手の"能力""特徴"なんて、ハナから当てにはしていないというか、当初の計画には入っていないというか。現地でてきとうに対処しようと、そういう感じなんじゃないでしょうか。


それ自体は分かるとして、少し僕が引っかかっているというか懸念しているのは。
なぜ、"ポゼッション"なんだろうかということ。
「守備的」なサッカーで実績を挙げた、リアリストの戦略家なのではというぼんやりした予想に反して、来日していきなりサッカーやボール回しの"基本"についての「教育家」的な面がやたら練習で出ているらしいことは、"意外"ではありましたがスペインと日本のレベル差を考えると仕方ないのかなと、一応納得はしていました。
監督の"タイプ"を越えるくらいの「差」があって、まずはそれを埋めるしかないのだろうと。

ただやろうとしている(ように見える)戦術自体が、こうも来日前の実績・評判や、予想やある意味の"期待"を裏切って来ると、どうも一つの疑いが僕の中に首をもたげて来ました。
それは・・・単に日本舐めてるんじゃないの?ということです。
本国では、自分よりもっと上手い人(監督)が沢山いるんで手を出せなかった"華麗な"サッカー、"理想"のサッカーに、都落ちしたのをいい機会として、何でもありがたがるだろう田舎の人(ロティーナの認識(笑))を使っていっちょやってみようと、自分を神と崇める従順な土人たちを使役して、絶海の孤島に自分の王国を作ろうとしているのではないかという、そういう疑いです。

・・・そこまでは言えなくても(笑)、ある種の"油断"はあるんじゃないか、そういう感じは強めにしています。
"間違った"サッカーをとは言わないけど、大して得意でないサッカー、"ロティーナ"である意味が余り無いサッカーを。
ま、根拠という程のものはないですが。いつものように。(笑)
そうであるにしてもそうでないにしても、「生みの苦しみ」の最中である、言い換えれば「何かをやっている」最中であること自体は、ちゃんと感じましたし。

どうなるかは分かりません。
ただ"第一印象"としては、相当程度に"悪"目だったことは、ここにメモしておきます。


前半はほんとににっちもさっちも行かなかったですが、後半の方が、"良かった"かどうかはともかく"動き"自体はあったかなと思います。それは一つには、CFがドウグラスから中野に替わったのが大きかったかなと。
中野がいいというよりも、ドウグラスがモサいということですけど。CF/1トップとしては。それは去年から。
先発で使うと、どうも重いですよねこの人は。スーパーサブでいいように思いますが。

潮音はベンチからもチームメイトからも盛んに声がかかっていて、"中心"として当てにされていることは伝わって来ましたが、プレーとしては自分の感覚と監督の指示との間で揺れ動いていて、余り出来がいいとは言えませんでした。最初の方はまだ潮音らしいところがあったんですけど、時間と共に、"指示"との葛藤が蓄積して行った感じ。
それでも数少ない決定的なプレーは、潮音絡みがほとんどでしたね。ただ最終的に潮音が活きるチームになるかは、結構疑問にこの日は感じました。

前半潮音の一列前でプレーしていた梶川も、回らないチームを何とか回そうと努力していましたが、そういう"気配り"以外ではおよそ持ち味を出せる状況ではなくて可哀そうでした。監督が自分のやろうとしていることを言うほど分かっていないと、こういうサッカー知能の高い選手(潮音と梶川)がそれゆえに苦悩を背負うようなチームになりがちなわけですけど、まあさすがにそうなると断言はしません。まだ。(笑)

むしろ後半二列目に入ったアランのてきとうな動きの方が、"攪乱""流動性"としては利いていたように思いますが、いずれそれはそんなにレベルの高い話ではないですね。
後はなんだろうなあ、割りと3バックの両側、ストッパーの攻撃参加を、重視しているような印象は受けましたね。具体的には特に、後半の林昇吾ですが。


いきなりネガティヴですみません。(笑)
まあ当たっても外れても、その時感じたことはその通りに書いておかないと、後々ろくな資料にもならないので。
見当違いだったら笑ってやって下さい。

以上、新年一発目の、ヴェルディネタでした。
相模原の安永監督は、声が大きくて面白かったです。選手との遠慮ない感じの会話も笑えました。(笑)


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