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森保ジャパンの後始末
2022年12月29日 (木) | 編集 |
from footballista
自分なりのまとめは既に済ましてありますが、その後web版フットボリスタのまとめ読みをしていたら、既出記事の中に関係浅からぬっぽい記述が結構あったので、紹介/フォローしておこうかなと。
年の瀬大掃除的に。(笑)

いずれも有料記事なので引用は最小限にとどめるよう努力しますが、最初に参照記事一覧を。

【対談】五百蔵容×竹内達也(前編):似て非なる森保ジャパンとハリルジャパン
(足立真俊 2022.01.26)
【対談】五百蔵容×竹内達也(後編):すれ違う森保ジャパンと欧州サッカー
(足立真俊 2022.01.27)
本来の姿を現したコスタリカ。対する日本は、ドイツ戦と“本質的には”変わらなかった
(山口遼 2022.11.29)
リスク度外視のプレッシングはどこへ?日本に撤退を強いたクロアチアの無頓着さ
(らいかーると 2022.12.08)
日本代表のロールモデルはクロアチア?ドイツとスペインから学んだ「強固なゲームモデル」の表と裏
(川端暁彦 2022.12.16)

ではいきます。


仕組まれたカオス?

まずは前回出していなかった論点から。

上のまとめ記事のコメント欄で、僕はこんなことをコメント者に答えています。

ただあれなんですよね、効率が悪い、やたら走り回っている(個々の走力に依存している)ゆえのカオスが、結果的に爆発力に繋がっていた可能性も否定出来ないので、整備したら"強く"なるとも実際は限らないんですけどね(笑)。そこまで含めて計算していると感じられたらもっと評価はポジティブになると思いますが、当面はある種の怪我の功名含みである(中略)というのが、4年間の過程の観察含めてのここでの評価ですね。

意図の度合いはともかく、乱雑さも結果的に強さの一部であった可能性が高いという見立て。

そこら辺に関して、大会約10か月前('22.1.26)に語られた竹内達也氏の観察。

竹内「そもそも森保ジャパンは、例えばポジショナルプレーのように攻守のバランスを最優先したスタイルを目指していないと僕は考えていますね。西野ジャパンでコーチを務めた森保監督は、ベルギーに真っ向勝負で挑んで力負けしたロシアW杯ベスト16を経験していて、強度の違いに敗因を見出しているように思います。だからむしろ、サッカーの不確定要素を生かして速く正確な攻めで一瞬の隙を突き、格上を倒してベスト16の壁を越える狙いがあるのかもしれません。そのリスクを補完できる流動性、弾力性、液状性を高めるために、自由度を高く調整しているのではないかと」

竹内「柴崎の隣でプレーしていた遠藤にサウジアラビア戦後、話を聞きましたが当事者である選手もミスマッチが起きていること自体は理解しているんですよね。では、なぜピッチ上で解決できないのか。その理由を問うと『ミスマッチは利点もある』という答えがいつも返ってくるんです。だから選手も攻守のバランスを取るのではなく、そのズレを活用していく意識を持っているのは間違いないですね」

(【対談】五百蔵容×竹内達也(前編):似て非なる森保ジャパンとハリルジャパン)

面白い。漠然としたカオスというより、あえてシステム的なミスマッチを放置して、そのずれを利用して攻撃することをこの時点で既に考えていたように見えると。しかもそれは監督の頭の中だけの話ではなく、選手の間でも共有/意識されていたらしいという。
上のコメント欄では僕は森保監督の構造作りの能力のそもそもの低さとジャパンズウェイ的"委任戦術"の即興体質が孕まざるを得なかったカオスが、"怪我の功名"的に攻撃の瞬間風速を生んでいたのではという視点をメインに語っていますが、僕が思うよりはだいぶ仕組まれたものだったのかも知れませんね。
あえでずれで敵を誘い込んで逆を取るという、広義の擬似カウンター的な雰囲気もありますが。
問題はその"ずれ"がどういう性格のものかで、"ベルギー"云々というのはつまりまともに(ずれなく)マッチアップしたら"力負け"するので合わせない、合わせないことによって生ずるメリットを利用することの方を考えるというこれ自体は明らかに"戦略"な訳ですけど、全ての相手がベルギー(クラス)な訳ではないし4年間もそんなことばっかりやってられない(笑)と思うし、勿論いつもやってれば見抜かれるもするでしょうし、やはり基本戦略/看板戦術として積極的に掲げていたというよりも(それこそ"接近・展開・連続"的に)チーム構造的に致し方なく生じて"しまう"ずれの事後的な有効利用、そのメリットも含めての全体の損益のマネジメントと、そういうものだったのかなとは。・・・"本番用の奇策"としてはありだとは思いますけど、それをアジアでサウジ相手に練習していたのだというのは、ちょっとふてぶてし過ぎる想定で余り僕は信じられません(笑)。やはりどこが相手でも基本ずれちゃうんでしょう、森保ジャパンは。


森保ジャパンの構造性とバランス

ではその"ずれ"の元でもある森保ジャパンの構造性やバランスはどういうものとして見ることが出来るのか。

森保ジャパンの非"欧州"性と"欧州"性

竹内氏の"ずれを利用している"という話を起点として。

五百蔵「サッカーはイタリアで『丈が短い毛布』にたとえられるように、『あちらを立てればこちらが立たず』が様々な局面や場所で起こるので、そうしたミスマッチを森保監督は利用しようとしているのかもしれません。でも欧州では両立を目指す方向に進んでいて、例えば以前は(中略)攻撃を有利にするには守備で不利にならざるを得ませんでしたが、グアルディオラ監督のポジショナルプレーが浸透した。攻撃的に振る舞ってもチーム全体で配置を整えているので攻守のバランスが崩れにくくなり、その振れ幅は一定になったんです。」
(【対談】五百蔵容×竹内達也(前編):似て非なる森保ジャパンとハリルジャパン)

五百蔵「Jリーグではリードされている時に守備的なポジションの選手を削って、攻撃的なポジションの選手を増やしてオープンな展開に持ち込み、一発逆転を狙うような交代策も少なくないですけど、森保監督は絶対にしないですよね。だから批判を浴びている側面もありますが、考え方としては欧州の監督に近いなと。ヨーロッパでは、もはやバランスを維持するのはどんな状況でも必要という認識になっていると思います。サッカーで勝つ確率を一番上げる方法は、相手はバランスを崩しても自分たちはバランスを崩さない状況をいかに長時間担保できるかにあるという考え方で、ペップ・グアルディオラ監督のポジショナルプレーが強いのはそれを一番やれているからです。試合を静的にできるチームが勝つゲームになりつつある。」
(【対談】五百蔵容×竹内達也(後編):すれ違う森保ジャパンと欧州サッカー)

"グアルディオラ""ポジショナルプレー"という同じ論拠・論法を引き合いに出して、同日に行われたろう対談の(前編)では森保ジャパンの非欧州性を言い、(後編)では欧州性を言う五百蔵氏。(笑)
どっちも本当なんでしょうけどね。語り口が似過ぎててネタみたいになってて少し笑えます。(笑)
簡単に言えば、基本構造は非欧州的だけど、その運用やゲームプランに関しては欧州的な面もあるという話か。

そしてこれ自体もやはり10か月前の時点の分析な訳ですが、本番の森保ジャパンはどうだったのか。同じだったのか変わったのか。


カタールでの森保ジャパン

「本来の姿を現したコスタリカ。対する日本は、ドイツ戦と“本質的には”変わらなかった」(山口遼)

この試合の展開だけで考えれば、日本にとってもコスタリカにとっても「このゲームプランで勝てる」と思って臨んだ試合だったのだろう。もともと得意な戦術で戦えるコスタリカはもちろんだが、日本にとっても選べる戦術、プランの中ではドイツに勝ったのとほとんど同じ展開を生み出すことができるからだ。すなわち、クローズドに守られた相手に対してボールを前進させることも、プレッシングでボールを取り上げることも難しい日本が必勝を期するには、勝利が必須のため必ずどこかで攻勢に出てくるコスタリカの動きを待ち、オープンな展開の中で先にゴールを奪ってしまう以外に選択肢がなかったと言える。

 つまり、ドイツに対するあの劇的な勝利と、コスタリカに対する停滞感あふれる敗戦は、本質的にはほとんど変わらない構造を持っている。不確実性が高いがスペースが生まれる展開で足下の技術とスピード、運動量に優れる日本人選手の良さを活かす、そういう“サイコロ”を2回振ったに過ぎない。1回目は我われにとって良い目が出たが、2回目の今回は残念ながら悪い目が出て、相手に先にゴールが決まってしまった。

攻勢に転ずる際には『“サイコロ”を振った』という山口氏。では日本は本番では五百蔵氏の言う後者の"欧州"的な方の側面は捨ててしまったのか。
確かに(4バックから3バックへの)一気のシステムチェンジで攻勢に出ていたのは確かですが、攻勢モード"内"だけで見れば基本的に人を変えていた更新していただけで、"バランス"は崩れて/崩していなかったようにも見える(あれをバランスと呼べればですけど)。むしろリスクの取り方を注意深く限定していたとも。・・・"一気呵成"ではあったけど、"一か八か"にはあんまり見えなかったかなという僕にはドイツ戦は。"リスク"用のスペースで"リスク"をかけていただけで。コスタリカ戦の終盤のほんとにどうなるか分からないような感じとは異質に見えたというか。
そもそものゲームプランに関しては、どうなんですかね。"オープン"になる時間帯を待って"いなかった"からこそ、相手に誘われてしまった面が強かったからこそ、ふわっとしてしまったようにも僕には見えましたが。どこまでが"プラン"だったのか。先制されてしまってからは少なくとも、モードチェンジしたのは確かでしょうが。

一方で"成功"したドイツ戦/スペイン戦にも共通する森保ジャパンの構え方(3バック)について。

「日本代表のロールモデルはクロアチア?ドイツとスペインから学んだ「強固なゲームモデル」の表と裏」(バル・フットボリスタ 浅野×川端対談)

川端「やってきたのは予想の範囲内ですが、やり方は予想の範囲外でした(笑)。スペインみたいなチームに対する防衛手段としての3バック(5バック)はあるだろうと思っていたんですが、森保監督は攻勢の布陣としても運用してきたので。まさか後ろ同数を受け入れ、前から狩りに行く手段としての3バックを見せるとは!」

浅野「俺もやるとしたら専守防衛の5バックと言っていて、川端さんは後ろを固めながら、前田や浅野、三笘といったスピードのある選手たちを生かして刺すやり方を想定していましたよね。ドイツ戦やスペイン戦での森保監督の選択は前からハメて行く[3-4-3]でした(笑)」

つまりこの"攻勢"用システム自体は、攻守の配分に思い切って偏りを作ったもので、そういう意味では五百蔵氏の言う"欧州性"からは外れているものなのかもしれない。ただし予めワンセットで用意されたもので、逐次投入でスクランブル化させて博打を打った("Jリーグ的"に)のとは少し違う訳ですが。


森保監督の"構造"観

話戻してそもそもの構造問題。
森保監督のサッカー観に一定の欧州性は認めつつも、

五百蔵「ただ、森保監督は欧州と比べると仕組みでサッカーをしていない。」

五百蔵「ポジションバランスを意識するというテーゼはありながらも、それはゲームモデルレベルで落とし込まれてはいないし、落とし込んでもいないです。試合の中でバランスを崩すような局面が出てきても、それは竹内さんのおっしゃっているように『ズレる部分を自分たちに有利に用いる』姿勢も含め許容する。バランス崩してヤバいところは、選手のロングスプリントで頑張って補完する。」

という五百蔵氏。(【対談】五百蔵容×竹内達也(後編):すれ違う森保ジャパンと欧州サッカー)
走力が構造(代わり)になっているというのは、僕も言ったことですね。

ここら辺に関しても、竹内さんの視点が面白い。

竹内「森保監督自身はベトナム戦後に、『特にヨーロッパのマンマークで責任をはっきりとさせながら組織的に戦っていくところは参考にさせていただいている』という言い方をしていたんですよね。おそらくシステムのかみ合わせが『人対人』という形で浮かび上がっているという文脈からだと思うんですけど、選手には『人についとけよ』と言わなければ伝わらないので、『マンマーク』という言葉で抜き出して表現している。そこは森保監督らしいですよね」

同上。"ヨーロッパ"を見る際にも、森保監督には既に"人""個人"の方が濃く見えているのかも知れないという。
であるならば森保ジャパンは、"個人"と"組織"で"個人"を取っている訳ではなく、あれはあれで"組織"的なつもりなのかも知れない。『まとめ』で僕は、「"個人"と"作戦"だけで構成されていて真ん中が無い」「(その)真ん中の構造部分の詰めを思い切って諦めてそれでもトータルで"イケる"だろうと計算して勝負に臨んだ(そして勝った)森保監督のクソ度胸は凄い」という意味のことを書きましたが、それは過小評価にして過大評価だったのかも知れない(笑)。森保監督的には、もっと普通にやったつもりなのかもしれない。


その他

森保監督の"奇人"性

竹内「森保監督は僕たち報道陣にも挨拶を欠かさないくらいマメですからね。そこまでやるかというくらいです。選手にもコミュニケーションを頻繁に取っていて、練習でもよく森保監督が歩み寄って選手を選びながら一対一で話している姿を見かけます。そのため『お気に入りの選手ばかりを……』と誤解されている部分がありますが、決して打ち解けているわけではなさそうなんです。実際に笑っているのは森保監督だけで、選手は真剣そうに話を聞いているという光景もよく見られます。おそらく戦術的な指示をその場でしたり、『クラブでのプレーを見ているぞ』ということを伝えたりと、課題を与えている可能性が高いです。実際に選手の口からも恩師というような位置づけで『森保監督のために』という言葉が出てきたことはなく、求められている課題に焦点が行っていることが多いです」
(【対談】五百蔵容×竹内達也(前編):似て非なる森保ジャパンとハリルジャパン)

"実際に笑っているのは森保監督だけ"。(笑)
なんか浮かぶ。(笑)
当たりは柔らかいんですけどね。なんかね。怖いよねこの人。
"極端な合理主義者""ラップトップ監督の類ともある意味共通する、サッカー外思考の持ち主"と僕は評してみてましたが。浅野川端対談でも、その"クレイジーメンタル"については話題に上ってますね。


決勝トーナメントの勝ち方

リスクを考えれば、クロアチア戦で日本の取った作戦(プレッシングを控えてクロアチアのロングボールには撤退守備や同様のロングボールで対応する[要約アト])を否定することはできないだろう。しかし、今大会の日本はそれを度外視したことで波乱を巻き起こしてきたのも忘れてはいけない。グループリーグをある意味では決勝トーナメントのように戦ってきた姿勢を、本当のラウンド16でも貫き通すことが今後は必要になってくるのかもしれない。

(リスク度外視のプレッシングはどこへ?日本に撤退を強いたクロアチアの無頓着さ[らいかーると])

ほぼ最後の部分だけ。らいかーさんが同じようなこと("グループリーグのような戦いを決勝トーナメントになると出来ていないのが「ベスト16の壁」の正体"?)言ってらあという。(笑)
具体的にあのクロアチアにどう戦えば良かったのかは難しいところはありますが、でもなんかそう言いたくなる部分はありますよね、ここまでの4回のベスト16戦を見ていると。
どうなんですかね、仮にドイツなりスペインなりと"決勝トーナメントで"(初めて)当たっていたら、今回やったような戦いを出来たんでしょうか。


これくらいにしておきますか。
特に「五百蔵竹内対談」は本当に情報量が多くて、書きたいことはまだまだ沢山あるんですが、全文引用みたいになりかねないので頑張って控えました。(笑)
未読で興味がある人は会費を払ってどうぞ。(&是非)
とにかく、まだ分かりませんが森保体制継続ということならば、今回出たような問題意識を差し当っての注目点として、また4年間の苦行(それは確定なんかい)に耐えて行くことにします。(笑)

では皆さん良いお年を。


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'22W杯カタール森保ジャパンまとめ
2022年12月09日 (金) | 編集 |

グループリーグ
vs ドイツ代表 〇2-1 [得点者 : 堂安、浅野]
vs コスタリカ代表 ●0-1
vs スペイン代表 〇2-1 [得点者 : 堂安、田中碧]

決勝トーナメント
vs クロアチア戦 ●1-1(PK 1-3) [得点者 : 前田大]


"ベスト16の壁"の前に散る?!

・評価の難しいチームでした。
・グループリーグでドイツ、スペイン相手に成し遂げた二度のジャイアントキリングは快挙なのか進歩なのか。(あるいはどのようにそうなのか)
・その間に比較的あっさり落としたように見えた、"快挙"を台無しにしかねなかったコスタリカ戦はどうなのか。
・そして2002年、2010年、2018年に続いてまたもベスト16で、&2010年同様のPK戦で敗れ去った最終結果をどう考えるのか。

・まず問いたいのは、日本代表に存在するのは「ベスト16」の壁なのかということ。
・そうではなくて、「決勝トーナメント」の壁なのではないかというのが、結論的に言えば僕の意見。
・何を言っているかというと、まず6大会で4度もベスト16に進出している訳ですから、日本代表に「W杯ベスト16」相当の力があるのは、それはもう間違いないと言える筈で。
・しかしその一方で、FIFAランキングの信頼性を低目に見積もったとしても、2002年~2022年の間の日本代表がコンスタントに"世界16位"以内の実力を持っていたと、思える人はそんなに多くはないのではないかと思います。ランキング的にもそうですし(一応最高は2011年4月の"13位"らしいです)、その間の各国代表との対戦の体感的にも。
・だから"8"か"16"かと言う数字がそこまでビビッドに関係があるとは僕は思わないんですよね。勿論"世界8位以内"の実力を持ったことがあるとは、"16位以内"に比べてもより強めに(笑)思ったことが無いのは確かですが。
・しかしこうも毎回測ったように16で敗れ去る理由としては。日本以外の各国どうしの対戦結果を見ても、そんなにサッカーというのは厳格な結果の出る競技ではない(笑)。16に6回中4回なれるチームなら1度くらいは8になれても、全然おかしくはない筈。ここまで露骨に"壁"を感じる義理は、本来は。
・では何がこの結果/状態を生んでいるかと言えば、それは対戦状況の違いで、「グループリーグ」で同時に数か国の状況を見ながら自力他力入り混じったごちゃごちゃした状態の中で、相対的弱者の日本が一戦必勝の(得意の)捨て身の集中力で食い付けば、案外いい結果は出るし今回のようにドイツやスペインに勝ってグループリーグを勝ち抜けることもままある、あり得る。
・しかし敵が一国に絞られて&目の前の一戦でとにかく結果を出さねばとなった時に、その睨み合いに、それぞれにグループリーグを勝ち抜いて来た同格以上の相手とのそれに耐え得る実力は、グループリーグでは発揮出来た突破力を再演する力は無いと、そういうことなのではないかなと。
・つまり、例えばもし何らかの理由で大会のレギュレーションが変わって、「グループリーグの結果ベスト"8"までが決まる」という状況が存在すれば、4度の"ベスト16"チームにも改まっての"ベスト16の壁"は存在せずに、案外すんなりと"ベスト8"に残れてしまったりしたのではないかなという、空想。
・象徴的に言えば、パラグアイ(2010)にもクロアチア(2022)にも、ベルギー(2018)にだって、"グループリーグの中の1戦"なら比較的すんなり勝ててもおかしくはなかったのではないかという。殊更"壁"を感じることも無く。
・その場合でもしかし、「決勝トーナメント」の一回戦では、そこはこれまでと同様にあえなく敗れ去るだろうと思いますが。
・まあ本当に"ベスト8までが決まるグループリーグ"を日本が勝ち残れるかは勿論やってみないと分からないですが(笑)、言いたいのはつまり、今のところ(W杯の)日本代表が持つに至っているのは、「グループリーグは勝ち抜き得る」「決勝トーナメントでは勝てない」という実力だという事。
・"16"か"8"かは、そこまで厳密な問題ではないだろうと。

・それはそれとして、試しに具体的にどのチームならベスト8に進める可能性があった(高かった)かなと過去のチームを思い返してみると。
・結局一番高かったのは、最初の2002年のトルシエのチームだったのではないかなと今更ながら、個人的には。
・相手のトルコも力強くはありましたがまあまあ粗いチームでしたし、"実績""歴史"的にもそんなに当時の日本に先行していた訳ではなかったですし。グループリーグ最初の2戦で早々に突破を決めて余力を残して3戦目チュニジア戦も控えメンバーでクレバーに消化していたあのチームなら、大別すれば守備的とは言いつつも後の2010年や今回のチームのようになりふり構わず弱者の戦いをしていた訳ではない、構造的な余裕の比較的大きかったトルシエのチームなら。
・トルシエ本人が「決勝トーナメントはおまけ」と位置付けて、出場機会の少なかったメンバー中心の思い出スタメンを組んだりしなければ、あの時のトルコくらいには90分で勝っても全然おかしくなかった気がします。
・仕方ない、お楽しみは次回以降に残そうと、当時は考える余裕もあったんですけどね、まさかその後こんなに苦労するとは。(笑)
・見るからに精根尽きて、時間の経過を成す術なく見つめるしかない感じでPK戦にまで至った2010年&2022年のチームは置いておいて。(比較すれば90分/120分に関しては今回の方が2010年よりましだったとは思いますが)
・唯一"攻撃的"(少なくともニュートラル)という自認の元にグループリーグを突破し、ベスト16戦でもいったんはベルギー相手に2点のリードを奪った2018年の西野ジャパンはどうかというと。
・勝機が"見えた"時間帯があったのは確かですが、終わってみればまあそうですよねという結果で、"トルシエジャパンの対トルコ敗退"と比べても、納得感仕方無い感はあったかなと。何とかなったのではないか感は薄いというか。
・ちなみにほとんど同じ試合経過&結末になった2010年と2022年の比較を再度すると。
・1点は先行した訳ですし、上で言ったように90or120分の期待感という意味では、2022年の勝ちだろうと思います。
・しかしPK戦に関しては、2010年に比べても勝機が薄かった、負けるべくして負けた、偶然・不運以上の敗北感が残った、言ってみれば"後退"したように感じました。
・そんなことになった理由としては・・・というのが次の話。


カタールの森保ジャパンはどういうチームだったか

・ここまでの煮え切らない口調から予想は出来るでしょうが。
・僕は今回の森保監督の日本代表、ドイツとスペインを破り、過去最高タイのベスト16という結果を残したチームに、さほどポジティブな印象は受けていません。
・同じ"ジャイアントキリング"でも、いい加減古い話ですが(笑)'96アトランタ五輪でのブラジル戦の勝利のような達成感や感激は、今大会のドイツ戦スペイン戦にはありませんでしたし、同じ割り切った"弱者型"のチームでも、2010年岡田ジャパンのようなやるべきことをリアリスティックにやり切った/詰め切った質実剛健の美は今回のチームには感じませんでしたし。
"百姓一揆"...とか言っている人がどこかにいましたが(笑)、あんまりだろと思いつつも笑ってしまうというか変に納得してしまう部分も否めなかった。(笑)
・美しくはないよなあ、いかなる意味でも。
・森保監督及び当事者(の内の少なくとも"満足"寄りの何割かの人)にとっては、不公平な話だとは思います。
・ありていに言えば幸運でしかない1点を守り切って勝ったアトランタブラジル戦に対して、今回のドイツ戦スペイン戦の得点は、少なくとも確率論レベルではだいぶ再現性のあるものだと思いますし、岡田ジャパンとの実績ベースの比較でも、同じグループリーグ突破でも対戦相手のレベルは明らかに今回の方が上ですし、決勝トーナメントでも1点は取っている(&更に取れそうでなくもなかった)訳ですし。
・これ以上どうしろと、何が不満だと、言う権利はあると思います。
・ただ"不満"な点は割とはっきりしていて、簡単に言えば細部が粗い、雑だということですね。
・アトランタブラジル戦のチームの、実に粘り強い、弱いなりに隙の無い守備や戦いや、2010年岡田ジャパンの、闘莉王中澤や阿部や遠藤や本田を筆頭とする荒くれ3トップや、当時の日本の今と比べても豊富とは言えないなけなしのトップ人材を、唯一に近い合理性で配置し組み合わせたチームの完成感、詰め切った感に比べると。
・個人ベース、スタミナ&根性(笑)ベースでの頑張りには疑いは無いものの、全体として"人事を尽くしていた"感は僕には乏しく見えました。
・すばしっこく走り回る小器用な同タイプ同レベル人材がとりあえず大量にいる日本独特の選手層と、折り良く採用された交代枠5人制を活かし切った、物量と確率論的アウトプットに成否を委ねたチームマネジメントで期待通りに"良い偶然"を引き寄せてはみたものの、どの試合でもどの時間帯でも、攻勢でも守勢でも保持時でも非保持時でも、ほとんど安定感や計算感予測可能感を感じることが出来ずに、まあこれだけ頑張ってるんだから走り回ってるんだから、何らか何とかなるんだろうという、余りにも漠然とした"必然""天命"しか感じることが僕は出来ませんでした。
・だからその成果にも、"達成感"が余り。良い方の偶然という以上の。
・そしてその大雑把さ、"詰めてない"加減が一つ現われたのが、最後のPK戦かなと、感覚的には。
・勿論PK戦の勝ち負けを"批判"してもしょうがなくはあるんですけど、"確率論"的にしか統計的にしか戦って来なかったチームが、そういう"一定の幅"の中の平均化ではなく、目の前の待ったなしの"機会"に対してチーム力の積み重ねを背景とした集約した覚悟の据え方を、出来なかったのがあの誤解を恐れず言えば正直情けなくもあったPK戦での振る舞いとして表れてしまったのかなと。
・そしてその点においては、同じPK負けでも2010年のチームにすら見劣りしてしまったなと、そういう感想です。
・"勝負"する準備が出来ていなかった。
・理由付けはともかく、「強く蹴れなかった」という悔いを森保監督も語っていましたが。

・ただそういう僕の感じる、簡単に言えば"完成度の低さ"。現象としての。
・それは"たまたま"今回のチームがそれに至らなかったとか森保監督のチーム作りが"失敗"したとは僕は思っていなくて。
・そもそもそういうチームであって森保監督の狙いは基本的に実現していると、そう思っています。
・そもそもの計画の中に、僕が言うようなタイプの"完成度"は含まれていなかったのだろうと。
・不要だと判断していたのか単に出来ないことはやらないと割り切っていたのか。
・ドイツ戦スペイン戦それぞれの後の感想として、こんなことを僕は言ってましたが。


・途中は途中で色々あったようには思いますが、結果としてカタールの森保ジャパンがどういう設計図のチームだったかを簡単に言うと。
個々の選手の能力+作戦/ゲームプランで、そのは特に何も無し、または走力と運動量の総計が統計的にもたらしてくれるだろう恵みに任せると、そういうシンプルなチームだった気がします。
・勿論そうは言っても何らか選手は配置する訳ですし、特に相手とのマッチアップについてはそれなりに考えていたようには見えますが、ただ基本的な攻守を効率化する/より楽に安全にプレーする為の構造作りは、本当に最低限だったように思います。
・そこはもう、頑張れと、走れと、それで何とかなるだろうと、または何とかしてくれと。
・結果まあまあ何とかはなった(笑)訳ですけど。少なくともドイツ戦とスペイン戦については。(むしろ力関係が曖昧で割り切り難いコスタリカ戦の方に、構造の脆弱さの難は出ていた気がします)
・昔「接近・展開・連続」時の岡田監督は、「それぞれが相手より1kmずつ多く走れば全体で10kmのアドバンテージが生まれる」的なことを言っていましたが。(笑)
・ただあれもそれによって相手に"優る"部分を作る為の方策であって、基本構造自体を運動量で賄おうとはしていなかった筈。(少なくとも森保ジャパン程は)
・そういう意味で、僕の知るオフトジャパン以降の日本代表でここまで一切の美意識的なものに拘泥せずに割り切ったチームは初めてだったと思いますし、一方でことストラクチャーということに関しては世界にキャッチアップするどころか過去の"日本代表"に比べても見劣りがして(比較出来るのはジーコジャパンくらいか)、それが上で言ったような"感激しない""達成感が無い""いかなる意味でも美しくはない"という僕の無慈悲な感想にも繋がっている訳ですね。
・そしてにもかかわらずの"成果"を可能にしたのが、身体能力・運動能力を中心とする現日本代表選手たちの全般的なレベルアップであり、加えての交代枠5人制への変更・定着であり。
・更にもし今大会の戦いが成功でかつ概ね森保監督の計画通りであったと想定するならば、美やら効率やらとは別の次元で、それらの要素を"当て込んで"いけるやろうと判断した、森保監督の見立ての確かさだったということになるだろうと思います。
・釈然としないところはありますが。(笑)
・ただここまでのチーム作りの過程を見ていてもストラクチャー勝負ではどのみち相手になりそうもなかった訳ですし、出来ること必要なことを選り分けて選択してやらせ切って、本番で概ね合格点の上下幅の範囲に収まるだろう結果を出したことについては、仕事をしたと評価はせざるを得ないだろうと思います。
・確かに選手の能力頼みの部分は大きかったと思いますが、"頼み"方自体は失敗していない訳で。ジーコやザッケローニと比較しても。
・釈然とはしないですけど、やっぱり(笑)。これが望んだ"進歩"の姿なのかと言われると、おもてたんとちゃうなあとは思いますけど。
・結果のみを評価対象とするというならば、ベスト8まで行ってこそという見方もあるだろうとも思いますし。
・ただまあ、戦前の予想からすればね、僕自身(笑)のも含めて。
・よくもまあやったもんだなとは思いますね。


森保ジャパンとハリルジャパン
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森保ジャパンの近況
2021年10月13日 (水) | 編集 |
近況というか遠況というか。・・・中況?(いずれにしろそんな言葉は無い)

カタールW杯アジア最終予選 日本代表 ●0-1〇 サウジアラビア代表(King Abdullah Sports City)
カタールW杯アジア最終予選 日本代表 〇2-1● オーストラリア代表(埼玉スタジアム2002)

勝ち抜けるかどうかも、あんまり今は気にしていない感じ。一つのチームの何か観察結果。



「鎌田」という罠/毒

2018年の立ち上げ以来一貫して、「大迫に当てて落としたボールに"堂安・南野・中島翔"を筆頭とするちびっ子ドリブラーたちがわらわらと殺到する」メソッドで攻撃を構成して来た森保ジャパン。
そこに2019年から加わり、特に2020年以降は完全に主力スタメンの座を獲得したのが、比較的サイズがあり(184cm)、スピードではなくテクニックとキープ力を武器とする異質なタイプの二列目選手鎌田大地でした。

それなりの威力は定期的に見せるもののちびっ子バンザイアタックの一本調子に行き詰まりが否めなかった森保ジャパンにとって、鎌田の台頭は一つの希望であり、森保監督もエース南野の定位置をずらしてまで、かなり意図的にトップ下鎌田を活用して行こうという意思をある時期以降は見せていた/固めていたように見えます。
しかしその効果は意外な方向に、期待と違う方向に働いたと、そう僕は感じました。

まず一つは、それが"ヴァリエーション"や"柔軟性"に繋がらなかったこと。
唯一無二のポストマン大迫への依存と同タイプ二列目ローテーションの固定が森保ジャパンの"行き詰まり"だったわけですが、そこに鎌田は何をもたらしたか。最初は割とCF的起用も多かったので、「大迫の代役」的な役回りも含めての前線のヴァリエーションの一つになるのかと思ってたんですが、鎌田が加わっても大迫自体は相変わらず唯一無二のままで、鎌田は二列目/トップ下に固定。それも本当に固定で、"同タイプローテーション"の代わりに鎌田が固定されただけで、同タイプが他にいない分むしろ"固定"度が酷くなった、あるいはポストマン「大迫」に加えてトップ下「鎌田」という、"固定"ポイントが増えただけという、そんな事態になっていたように思います。

機能性自体も微妙で、能力は高い選手ですからそれなりに活躍はする訳ですが、それが例えば"堂安・南野・中島翔"的な前代の定番に匹敵するものなのか越えるものなのか、"新たな固定"に値するものなのか、相手関係もありますがどうもそういう場面はまだ目撃出来ていないように思います。"ヴァリエーション"としてならともかく。それこそ序列の下げられた格好の南野とかは、そこらへんどう感じているのか。
むしろ単に攻撃のスピード・直接的迫力が落ちた、なけなしの武器を失った、そう見える部分も無きにしも非ず。

逆にではなぜ森保監督が大迫-鎌田セット/ラインに執心するのかなと考えてみると、それは一つには安心感のようなものがあるのではないか。大迫一つだったキープポイントや起点が、鎌田と合わせて二つになった。それをプラスと考えているのかも。僕には余りプラスには見えてないんですけど。
ある意味ではそれは大迫への依存の"分散"のつもりなのかなと思うわけですけど、どちらかというと僕には、対象が誰であれ"依存"という思考/傾向自体の強化・固定(また出て来た(笑))に見えてしまいます。

実際それが鎌田起用の有用性の妨げにもなっていると思っていて、つまり大迫のポストがなぜ必須だったかと言えば、二列目がちびっ子ドリブラー軍団だったからな訳ですよね。だからそこが鎌田になったのならば、トップが大迫でなければならない必然性は薄れる筈。逆に大迫仕様のチームで使いどころの難しかった古橋なり浅野なりといった、こちらは日本にも人材豊富な"スピードストライカー"たちのトップでの起用し易さが大いに増えている筈。南野だって、そこで使ってもいい。それで大迫を途中から使えたりすれば、ねえ?
こんなことは誰でもすぐ思い付く筈ですけど、大迫依存のチームの延長線でしかチームを見ていない森保監督には死角になっているらしく、一向にそういう起用を試す様子が無い。必ず大迫と鎌田は一緒で、代える時も鎌田が先か二人一緒。

それ(大迫ありきのチーム)がそもそもの構想で動かせないというならそれはそれで仕方ないですが、その場合でも鎌田は固定せずに(新たな固定ポイントにはせずに)ヴァリエーションの一つとして例えば途中投入と半々くらいな感じで使った方が、"加えた"意義としては大きくなるように思います。余程の問答無用の最大値を、大迫-鎌田セットが示しているのでなければ。

このように鎌田の起用・固定の直接的効果にも僕は疑問が多いわけですけど、ある意味それよりも大きい/根本的かなと思うのは、先程"なけなしの武器"という言い方をしましたが、狭くても一本調子でも、むしろある意味一本調子ゆえに獲得出来ていたチームとしての求心性や集中力が、大迫-鎌田固定以降はがた落ちになっているように見えるんですよね。だからアジアですら醜態をさらす。単純にチームのまとまりやテンションが落ちている。

ということと関連して、次の話題。


"森保ウェイ"の自縄自縛

森保監督が代表監督として今回採用している/心がけている方法論、そしてその背後にあるらしい"ジャパンズウェイ"の大きな指標として、「選手の自主性の尊重」のようなものがあるというのは、最近一つの定説として固まっているようです。

・・・一例。

長期的にはその影響はあるでしょうし、短期的にはやはり鎌田台頭以降ですが、森保監督のプレゼンスが余りに薄過ぎる、引き過ぎているように僕は感じています。
"方針"を通り越して、単に"遠慮"している、どれくらい自分が能動的にチームにコミットしていいのか、もう分からなくなっている感じ。
なまじ「協会」の方針だけに、尚更自分なりの線引きが難しい。かつて反町監督がやりつけないポゼッション・サッカーを北京でやらざるを得なかったように、特に日本人監督にはなかなかここらへんは逆らい難い問題としてあるんだろうと思いますね。まじ中間管理職というか。

だから鎌田なのかも知れないし、"鎌田"をきっかけにそこらへんが一気に噴出したのかも知れない。どっちでしょう。
つまり鎌田というのは、簡単に言えば「司令塔」なわけですよね。フィールド上のプチ監督、監督代行。それまでも森保ジャパンには現人(あらひと)戦術大迫やよろず帳尻合わせ屋柴崎という特別な選手はいましたが、"トップ下の司令塔"鎌田の分かり易さはまた格別で。一気に監督の仕事が曖昧に。
あるいは「大迫・鎌田・柴崎」"3人"が揃ってしまったことで、隠れていた本質が変に本格化してしまったというか。(笑)

まあ3人でやらせるならやらせるで、方法論としては別にないことではないというか、昔からそういうチームは沢山あったというか。
"エバイール、ジーニョ、サンパイオ"に任せれば、それなりに強いチーム機能的なチームを作ることは、出来たわけで計算出来るわけで。(笑)
ただ「森保ジャパン」は別にはっきりそういうチームな訳でもない。森保監督は森保監督なりに、モダンなチームトータルなフットボールを、やろうとしていてそういう前提・体裁で、チームも動いている筈。つまり基本的には監督主導の。そこになし崩しに部分的に極端なマンオリエンテッドが絡んで来るので、誰がどう指揮するのか責任を取るのか、何とも分かり難い中途半端な状態に、"堂安・南野・中島"時代に比べても、なっているように見えます。

ただただ緩い。曖昧な選手の能力の合算。締め方や締めていいのかが、監督も分からなくなっている。方針的にも実態的にも。
そんなチーム。

・・・というのが、サウジ戦までの僕の認識でした。


オーストラリア戦

直接的にはサウジ戦の柴崎の、決勝点に繋がる分かり易い失態が契機なのかなと思いますが。
それまで遠藤・柴崎中心のドイスボランチでほぼ固定されていた(セントラル)MFの構成が変わって、遠藤と若手二人のセントラルによる3センターに、それにつれて全体のフォーメーションも4-3-3に変更。

結果風は通って選手の動きはそれなりに活発に、更に言えばスムーズになったようには感じられました。
"スムーズ"というのが結構ミソで、上であえて今時"フォーメーション"という言い方をしましたが、4-3-3という、現在トップレベルのサッカーで最もポピュラーな形をとったことによって、個々の選手の動きのイメージの共有は思いの外と言っていいくらい上手く流れるようになっていたかなと。
(フォーメーション表記なんて)「電話番号」だと馬鹿にするむきもあるようですが(笑)、いやいやどうして市外局番の一つでも分かれば少なくともどこらへんにかけているのかは分かるわけで、そうそう馬鹿にしたものではないというか。(笑)
低レベルな話ではありますが、混乱するよりはマシ。

まあドイスボランチから3センター(4-3-3)への変更というのは一般にはそこまで簡単な事ではなくて、それで混乱するJチームを見る事も近年まで少なくないわけですけど、さすがそこらへんは海外組中心の代表チームというところは、あったかも。
その"共通理解"の価値を重く見るならば、これが「和式」から「洋式」への小さいが大きな一歩になる・・・可能性もあったりはしないのかな。知りませんが。(笑)

まあ目先が変わっただけと言えばそうでしょうし、いよいよ追い詰められた森保ジャパンに残された変化の可能性はこれくらいしか無かっただけなのかも知れませんけどね。(昔3-4-3もやりましたけど・・・でしたよね)
ただ人材選択の変動含めで、僕が上二つの項目でまとめたようなどん詰まりを抜け出す可能性は少し感じました。それでどこまで行けるとかはこの際無しで。とにかく変な"固定"を見せられるのは、これ以上たまらないので。


以上日本サッカーの大戦略とも大戦術とも余り関係のない、"1チーム"としての森保ジャパンの、特にチーム作りの流れ的な視点からの雑感でした。


森保U-24東京五輪まとめ
2021年08月07日 (土) | 編集 |
グループステージ
日本U-24 ○1-0● 南アフリカU-24 (東京スタジアム)
日本U-24 ○2-1● メキシコU-24 (埼玉スタジアム2002)
日本U-24 ○4-0● フランスU-24 (横浜国際総合競技場)

決勝トーナメント
日本U-24 ○0-0(4PK2)● ニュージーランドU-24 (茨城カシマスタジアム)
日本U-24 ●0-1〇 スペインU-24 (埼玉スタジアム2002)

3位決定戦
日本U-24 ●1-3〇 メキシコU-24 (埼玉スタジアム2002)


総評
・壮行試合あたりでも感じてはいましたが、"横内"ジャパン(笑)はともかくとして、"森保"ジャパンとしての割と片手間な感じの強化の過程を思い返すと、結構きっちり仕上げて来たまとめて来たなと感じさせるチームではあったと思います。
・さすが連覇を含む3回のJ1優勝に広島を導いた監督だけのことはあるなと。ちゃんと「目標」には合わせて来る「締切」には間に合わせて来るなと。
・やっぱりどのカテゴリーだろうとどのレベルだろうと、"勝たせる"監督は"勝たせる"監督なんですよね。目標や日程やレギュレーションに、いかにきっちりチームの資源を集中してフィットさせて来るか、そのこと自体に"戦術"のいかんはあんまり関係ない
・恐らく今後サッカーがどのように変わっても、やるのが人間である限り"種"としてのヒトに大きな変化が無い限り(笑)、ここらへんの問題、"手腕"の次元は存在し続けるんだろうと思います。
・"永久に作業途中"な感じのまま勝ちまくるのは、ペップくらいのもので。(笑)
・そのペップですら、"合わせられない"弱さは折に触れて多くの人の目に現れてはいるわけで。

・というわけで恐らくは僕も含む多くの人の予想以上の奮闘を見せた我らが五輪代表チームですが、3決で負けて4位という結果だけでなく、内容的にもロンドンの関塚ジャパンと、よく似ているというか似たり寄ったりというか。ある意味で。結果的に。
・そのように見えてしまいます。
・ちょうどきっちり限界値というか。こういうタイプのチームの。
・どういうタイプでどういう内容なのかというと。
・集中した"一芸"を携えて大会にいい入りをして、勢いのまま勝ち上がるが、ピークは最初で徐々にガス欠&ネタ切れを起こして後は終わりまでひたすら尻すぼみという、そういう印象。
・もうちょっと具体的に言うと"一芸"というのはロンドンチームの場合は、永井謙佑の爆速鬼神プレスからのショートカウンター、東京チームの場合は主に林が踏ん張って作ったスペースを使って久保・堂安ら2列目の超絶技巧連鎖で崩す形。
・他にも色々あるように、楽な試合や楽な相手の時は見えなくもないわけですが、消耗して来たり相手が厳しく対応してきたりすると、要するにそれしかないというのが浮き彫りになりますね。
・ひたすらそれで何とかする、一種の"パワープレー"。
・ちなみに今回は最後の最後にようやく三苫と上田が本領を発揮して"決勝トーナメント以降無得点"の究極の尻すぼみだけは逃れたわけですが、あれはひょっとしたら"あったかもしれない"第二の陣だったかも。
・ただ全体的にはNZ戦・スペイン戦の沈黙/凪感が示すように、"尻すぼみ"感は否めなかったと思います。
・観念的&理念的に言うと、爆速ショートカウンターにしろ超絶技巧コンボにしろ、要は"無秩序"を生み出す混沌に乗じるのが「和式」アタックの基本な訳ですが。
・短期間に繰り返しやってると相手が慣れるのと同時に自分たちも慣れる、"無秩序"なりに「型」として可視化されて来てしまうところがあって、段々瞬発力が無くなって来るんですよね。
・エネルギー源としての「混沌」との連絡が細くなるというか。
・芸が痩せるというか。(笑)
・(一発屋の悲しさというか)
・とにかくどんなチームも消耗して行くのは同じなんですが、日本の場合は特に、万事フレッシュな大会当初がピークで、後は落ちるだけというかメッキが剝がれるに任せるだけみたいな感じが強くて、ロンドン・東京と2回それを見ると、若干悲しくなるというかやはり限界は感じざるを得ないというか。
・それが"失敗"例ではなくて相対的にはむしろ"成功"したチームの話だというのが、何とも。
・まあ実績(とそこから来る余裕)の無い国なんてそんなものかも知れませんが、たまには尻上がりとかやりながらの変化とか発展とか、見てみたいもの。
・せめてその"最初の勢い"の落ちるところが、メダル圏内優勝争いまで届いていれば、贅沢も言わないんですけど。
・でも正直本当に希望・予感の無い、決勝トーナメントだったと思います。切れないように粘ってるだけというか(それも最後に切れたか)。"4位"という結果が全く立派じゃないとは、言いませんけど。


和式・ポゼッション・ゲームモデル
・おお、なんか立派なタイトルだな。
・いや、そんな大した話ではないんですけど勿論、僕がするからには。
・今回の森保U-24チームが披露した和式超絶技巧コンボサッカー(攻撃)は恐らく和式の歴史(笑)の中でも最上クラスのものであり、また全体のバランスとしても同じ監督で同じサッカーを基本的にやっているフル代表よりも、むしろ隙無くデザインされたものではないかと思うわけですが。
・だからこそ運や勢いに恵まれつつも、グループリーグ3連勝なんてことも出来た。
・ただむしろ出来がいいからこそ、フル代表のような分かり易い粗が見えづらいからこそ逆に、和式が和式である限界や不満みたいなものを、僕は強く感じてしまったんてすよね。
・修正ではなく根本に目が向いたというか。
・それは一言で言えば、これはつまり(僕の)"和式"の定義そのものでもあるわけですけど、スペースの均等で連続的な使い方が出来てないということ。
・中やら外やら、狭い所やら広い所やら、このチームもそれなりに振り幅を持ってスペースを使おうとはしていますし、その中で主に久保・堂安らの個人戦術やセンスでもって使える"スペース"を見つけ出すことも少なからず出来てはいたわけですけど、いかんせん結局場当たりというか不連続というか、点は点でしかないというか。
・仮に狭いのが得意ならば狭く使ってもそれはいいと思うんですけど、ただその"狭さ"が"広さ"とのor他のスケールとの有機的な関係の中で、均等で連続的なスペース把握の中で選ばれている決められている、そういう感覚が無い。
・普段見ているシティなりユーロなり、あるいは永井ヴェルディとの比較においても。
・...気が付くと随分慣れちゃってますけどね僕も洋式に(笑)。最早皮膚感覚として。
・とにかく連続的ではなくて、要はそれぞれの癖というか主観的な身体感覚メインで狭さ広さが決められているので、技術やセンスで結果有効なプレー自体は出来ていても、やはり効率が悪いというか精力の無駄遣いというか、力ずくというか、そういうプレーが多い。
・そのことが相手のレベルや警戒が高まった時に、自身の疲労以上に障害になっていたように僕には見えました。疲労はむしろ、"無駄遣い"が実を結ばないことが繰り返されることによって、蓄積する感じ。それくらいには日本の選手はタフ。
・勿体ないなあと、あるいは同じ技術やセンスを、より客観的で連続的で、その分個人の負担やある意味責任の軽い/最小化された状態で使わせてやりたいなあと、使っているのを見たいなあと、苦戦している時は勿論優勢な試合でも、思いながら見ていました。
・狭過ぎるのも広過ぎるのも、負担には決まってますから。自ずと決まる必要十分な狭さと必要十分な広さで。ヨーロッパの選手のように。
・勿論"森保ジャパン"としては、かなり最適化されたプレーではあったんでしょうけどね。出来ることはやっていたというか。

・まとめて言えば、要は"ポジショナルプレー"ということにはなるんでしようけどね。
・そこに集約するのが簡単というか。基礎教養としての。
・それは一応それとして、一方で気になるのは、これはなでしこを見ていてもそうなんですが、基本ボール回せないよなあということ、あるいは気が付くと有力選手のほとんどがドリブラータイプだよなあということ。
・つまりですね、ぶっちゃけ今日本人は、あるいは"日本代表"は、素でパスサッカーとか出来るのかなポゼッションとか出来るのかなということ。
・勿論あらかじめ"ポジショナルプレー"的なシステマティックな機構を作っておけば、ほとんどどの国でもどのチームでも、それなりに有効なポゼッションサッカーパスサッカーが出来るということは、世界のサッカーを見ていれば今は問答無用に分かるわけですけど。
・そういう特別な"仕掛け"無しにということ。
・それこそ「洋式」を拒絶して、「和式」にこだわるならば。
昔は出来たわけですよね。割と最近までは、間違いなく。
・そもそも"ポジショナルプレー"なんてものが一般教養化したのはつい最近なわけで、その前から人類(笑)は延々サッカーをやっていたわけで。その中に"パスサッカー"派"ポゼッション"(という言葉かはともかく)派も、必ず一定数いたわけで。
・また"日本"に限った話で言うならば、例の"暗黙のゲームモデル"のような形で、特段の打ち合わせや訓練が無くても"何となく"出来てしまうパスサッカーらしきものの"伝統"というか手癖のようなものも、認識されていたわけですし。
・ただ、それは「今」どうなっているのかというのが僕の疑問。
・"ポジショナルプレー"という形での整然とした"パスサッカー"を散々見てしまった後で、以前と同じような気持ちで同じような情熱で、感覚とセンスの"パスサッカー"が今更出来るのかということ。贅沢は言わない、以前と同じ水準でいいですけど。
・あるいは2018年西野ジャパンは、確かに"暗黙のゲームモデル"に基づいた即席のポゼッションサッカーで、それなりのクオリティを実現してグループリーグを突破してあわやベルギーも破るかというところまで行って見せたわけですけど、同じことを2022年に、別に西野さんじゃなくてもいいですけど(笑)誰か日本人監督にやれと言ったら出来るのかということ。
・監督がというか、選手がでしょうけど。
・結構疑問なんですよね僕は。
・洋式和式の選択以前に、「和式」の中身が変わっているのではないか部分的に空洞化しているのではないかと。
・"暗黙のゲームモデル"は、最早暗黙のまま消えつつあるのではないかと。(笑)

・はっきり言えないのは一つにはもう忘れてるかもしれませんが(笑)、「森保ジャパン」自体は「西野ジャパン」を引き継いだというよりも、その前の「ハリルジャパン」の後継、あえて言えばハリルジャパンの日本化(?)として出発したチームだということ。(と僕は認識している)
・だからそもそもポゼッションは最初から目指していない前提としていなので、直接の参考にはし難いということ。
・だからやってみないと分からんというところはあるわけですけど。
・どうなんでしょうね。
・そろそろ"ポジショナルプレー"ありきの時代しか知らないプロ選手も育って来ているだろうこの時代、あるいは基本"ダイレクト"志向の森保ジャパンが「和式」の代表例として語られざるを得ないこの時代において、日本の「普通」はどこにあるのかなという。
・どのみち時代によって常に変わるものではあるわけでしょうけど。
・集中的にスター司令塔が輩出したシドニー世代の"黄金"期が過ぎた後、早くも次のアテネ世代で既にパサータイプの人材不足は言われていたわけですし。
・そこから大きな変化はないまま時が過ぎ、ゲームメーク/パスワークの集団化・システム化としての"ポジショナルプレー"の嵐のような洗礼の時代を経て。
・別にシステム化がいけないわけではないし、その時その時強くなりそうな方法を追いかけるのは当然のことではあるわけですけど。
・ただかっての"画期"「プレッシング」と比べても、導入のハードルがまだまだ高い、明らかに大仕事な「ポジショナルプレー」が、余りに必須になるのはちょっと怖いよなというか居心地が悪い感じはあるわけですよね。
・「ポジショナルプレー」が無いとまともにパスが回せませんということだとすると、それはなんかどうだろうというのはあります。
・そもそも"ポジショナルプレー"自体も全く新しいプレーを発明したわけではなくて、習慣的散発的な先人の知恵の、爆発的に効率的ではあるけれど要は"総まとめ"でしかないわけでね。
・でも現実的には、難しいんじゃないかなあと、感じるところはあります。
・あるレベル以上のサッカーで。まあ単純に日本でもちょっと気の利いたチームは軒並み導入しているという現実も既にありますし。
サッカーとは"ポジショナルプレー"のことではないわけてなんですけどね。筈なんですけど。
・少なくともしばらくは、この状況に追随するしかないのかなという。
・いつかはもっと、「特定」的なものではなくなる筈なので、それまで静観というか。


結論的にはだから、もう黙って「洋式」やるしかないんじゃないの?という話にはなるかもしれません。(笑)
だって「和式」が実在しないのかもしれないわけで。(と僕は考えてるわけで(笑))
それが最初の項目の、"一芸"的なチームの限界を突破させることに、少なくともその固まり切った構造を壊すことに、なりそうでもありますし。
それで瞬発力が落ちる可能性はあると思いますけど。実際あるだろうと。
それでもまあ、やってみるしかないんじゃないかなという。

そんなことを思いながら、だらだら見ていました。(笑)
選手監督関係各位にあたっては、ともかくご苦労様でした。


テーマ:サッカー五輪代表
ジャンル:スポーツ
’21.3月の森保ジャパン(広義)
2021年03月31日 (水) | 編集 |
久しぶりですねえ、代表
試合も久しぶりですけど、僕が書くのは更に久しぶり。
相変わらずそんなに書きたいことは無いんですけど、2カテゴリー4試合もあれば、さすがに少しはページ(?)も埋められる。


フル代表

国際親善試合 日本代表 〇3-0● 韓国代表 (日産スタジアム)

・ここ2,3年僕が見ているのは主に永井ヴェルディペップシティで、毀誉褒貶はそれぞれ(笑)あれど、なんだかんだ洗脳されてるなと思った試合でした。
・あれ?4-1-2-3でポジショナルプレーしてないぞ?サッカーってこういうんだったっけ。(笑)
・4-2-3-1でトップに当てて押し上げる。レオン・ヴェルディの昔以来、大きくは僕の好きなサッカーの筈なのに、違和感半端ない。(笑)
・評価基準が上手く取れない。
・出来は実際、近年の中ではいい方だったんだろうと思います。やり方は特には変わらなくても、「中島南野堂安」お決まり3人衆から解放された風通しの良さもあって。
・激しさせせこましさ(笑)は同じでも、何か"強迫観念"とそこからの突っ込み過ぎは、だいぶほぐれているようには見えましたね。
・韓国代表の出来の悪さは差し引いても。
・ただ"4-1-2-3でポジショナルプレー"サッカーとの直接の比較はしないまでも、このチームの最大のポイント、最大の"強迫観念"は、"ポストプレー"とそれとほぼ同義の"大迫"への依存だと思うので。
・せっかく色々と"水入り"で頭も冷えて、かつ大迫のはかばかしくない近況も考え合わせると。
"それ以外"の形を今の内に本気で探って行って欲しかったなと、そういう物足りなさはありますか。
・そうなって初めてチームが"変わった"というか、未来が見える気がするというか。
"大迫"が「オプション」化した時に。
・結局次のモンゴル戦でも、基本形は岩盤でしたしね。
・後は・・・ちょっと分かり難い話かも知れないですけど。
・やはり"ピーク"を前提として、作られているチームなんだよなとは。
・つまり「スタンダート」や「ニュートラル」がまずあって、それが"激しく"動くのではなく。
・"激しい"動きや"トップスピード"ありきで、成り立っているサッカーという。
・そこらへんが上記2チームに限らず、近年目にするサッカーの標準からすると、やはり少し古いというか、感情に偏している感じはしますね。
・危なっかしい。脆い。(脆そう)
・"ストーミング"と総称されているようなサッカー群でも、やはりもっと「構造」が先にあって、激しさ速さは"味付け""運用"のレベルの問題として処理されているように見えるわけで。
・まあ無い袖は振れないのかも知れないですけど。


カタール2022アジア2次予選 日本代表 〇14-0● モンゴル代表 (フクダ電子アリーナ)

・...という前提付きではありますが。
・チーム状態としては、さすがにいいといっていいんだろうとは思いますね。
・14点はさすがに伊達じゃない。(笑)
・風間解説が言うように、バリエーションもほぼ申し分なかったと思いますし。
・"本番"で通用しそう感で言っても、ザックジャパンの"華麗"in アジアの時よりは、上に感じますし。
・満更ただの弱い者いじめではないというか。
・まあそこまで大きな差でもないですけど。体感。
・ただ元々一応、より"現実的"なサッカーではありますし。
・一方ででは立ち上げ当初の、"ウルグアイ蹂躙"時より、ブレイクスルーの予感が増しているのかというと・・・
・ううむ。
・より複雑にはなったし備えの厚みも少し増した感じはしますけど、だから勝てるというものでも。
・つまり"ベスト8"以上に挑戦という意味でね。
・正直屁のツッパリというか、誤差の範囲というか、そういう感じ。
・初期スタイルをより合理的に運営出来ていたら、どちらかというとあちらの方が可能性はあったような気も。
・まあ色々経てこうなってるので、言ってもしょうがないんですけど。
・頑張って下さいという感じです。先はまだ結構ありますし。

・守田はやっぱりいい選手ですね。
・今のチームだと、守田と畠中が、僕の好みの選手。
・古橋もおめでとう。



五輪代表

国際親善試合 日本U-24代表 ●0-1〇 アルゼンチンU-24代表 (東京スタジアム)

"U-24"って何だよというのは、とりあえずありますか。(笑)
・東京五輪やるべき/やるべきでない問題は置いておくとしても、元々"U-23"の大会を一歳ずらして行うというのは、なんか変な感じ。
・もう一年延期したら、"U-25"にでもなるのか。(笑)
・そりゃもう"大人"だろう。人によってはセカンドキャリアを考え始める歳だぞ。
・「サッカー」競技の特殊事情と、「新型コロナ」の特殊事情が重なった結果ではあるわけですけどね。
・規則通りなら、改めて"現在"U-23の選手で行うという、考え方もあるはず。
・元々各4年期の最終年の選手などには、目に見えて不利な制度だったわけですし。
・具体的には"1976"年生まれ、"1980"年生まれ、"1984"年生まれ・・・(以下同様)の選手たち。
・成長期の4年は長い。
・とにかくますます、ヨーロッパとかは選手出したくないだろうなあという。
・南米でもさすがにそういう話は出ているみたいですし。

・試合は何というか、日本代表の出来が特に悪かったというよりも。
・両者の"ものさし"の違いが、盛大にかみ合わなかった試合だったなと。
・具体的には、向こうのものさしの大きさに、終始巻き込まれて終わってしまったというか。
・日本のものさしの小ささが。ローカルさが。
・頑張らなかったのではなく、"頑張る"タイミング、隙間を見出せなかった。
・「がん」・・・くらいのところ(笑)で既にピークを迎えている相手のプレーにぶつかってしまって、力を加えるポイントが見出せない。ただただ"対応"に追われる感じ。
・特にフル代表のところで言ったように、(広い意味の)日本代表のサッカーは、"ピーク"や"トップ"であってナンボなので。
・ちょっと辛かったですね。


国際親善試合 日本U-24代表 〇3-0● アルゼンチンU-24代表 (北九州スタジアム)

・...と、思ってはいたわけですけど。
・いざその"ものさし"に慣れた時に、ここまで形勢を盛り返せるとは、予想していませんでした意外でした。
・やっぱ上手い選手揃ってますねえ、それは確か。
・伊達に「三苫」がいる世代ではないというか。
・まあ別にこの試合で三苫が活躍したわけではないですけど(笑)、代表としてね。
・三苫のようないきなりな"活躍"選手を、輩出出来る世代という。
・ベースが高いのと、"上手さ"の質が実戦的なのと。
・そういう意味では、世界との差は縮まっている世代なんだろうなと。
・喋っている"言葉"がより近いというか。ガラパゴス度が低いというか。
・特別天才が揃ってるとかいうことではなくね。
・活躍"し易い"選手が揃っている世代、またば時代。
・一試合でアルゼンチンに適応したのも凄いですし。
・後はやっぱり、「横内」監督と「森保」監督は、同志とはいえ別物だなと。別の人間なので当然ですが。
・国内で見る機会が多いのは、どうしても森保監督直轄のチームになりがちなわけですけど。
・"ブラジルを蹂躙した"云々というのは、やっぱり「横内」カラーあってのものなのかという。
・...ていうか何となくですけど、実はフル代表こそ「横内」化が進んでいたりしないのかなと。
・今回のチームの微妙な変化は、そういうことなのではないかなと。
・多分に当てずっぽうですけど。

久保建英は、どうなんでしょうねえ。
・上手いのは間違いないとしても、サイズも考えると結局端的な"スピード"不足が、今度とも問題になるような気もします。
・スペインの各監督も、そこらへんが当てはめづらくて苦労しているのではないかという。
・切れそうで切れない。テクニックと間合いでと言っても、限度はあるというか急場には間に合わないこともままあるというか。
・スピードの無いウィングねえ。
・ならばトップ下?(そんなポジションがあれば)、いっそストライカー?
・なかなか際どいところに来ている感はありますけどね。
・大成するのかどうか。
・インサイド?・・・うーん、出来るイメージがあんまり無いな。結局小回り利かない感じだし。
・むしろスピードよりも、"強さ"が身についてというパターンの方が、現実感はある気がしますか。
・時々確かに、はっとさせるゲームヴィジョンは見せるんですけどね。
・この試合もそうでしたが。(でも前の試合は駄目)
・それがいつ出るのか、どのようにコンスタントに具体化されるのか。
・僕には結局まだよく見えない。


いいところ悪いところ色々、久しぶりに割りと"見れた"「代表」の試合4つではあったんではないでしょうか。
"久しぶり"で新鮮というのも含めて。(笑)


代表だー代表だー代表だー
2020年10月10日 (土) | 編集 |
ところで"代表"ってなんだっけ?

国際親善試合 日本代表 △0-0△ カメルーン代表(オランダ/スタディオン・ハルヘンワールト)

すっかり見方を忘れている。(笑)


・最後の試合は去年の年末ですか。なるほど。
・マジに"新型コロナからの復活!"というのが、今回の試合の一番の感慨ですね。
・"宣伝"通りというか。
"史上初のオール海外組!"というのがもう一つの売り文句ではある訳ですが、そちらの方はそう言えばそうかという感じ。
・一昔前は結構大いなる夢であり"未来"であり、現存のメンバーかき集めて組んでみる夢想なども折に触れてやっていたものでしたが。
・細貝萌がレギュラーCBででも控えがいない!みたいな無理やり布陣。(笑)
・こんなん勝てるか!という。
・それもある時点からは、さほど無理のない構想に。
各ポジション各リーグに、見事に日本人選手が行き渡るようになりました。
・GKについては権田の"貢献"が大きいですけどね。
・それに続く選手にはちと不安。

・それはそれとしてこの長い空白期間に「日本代表」カテゴリーの不在を感じる、残念に思う瞬間があったかというと、はっきり言って無い
・限りなくゼロ
・五輪代表については「東京五輪延期問題」絡みで思い出す機会は定期的にあったわけですが、その都度もうこの際だから無しで良くない?という感想がどうしても。
・一方でその世代の選手たちは未だに意識はし続けているみたいなので、ならば可哀想だからやろうかという、このルートを2,3回たどった記憶。(笑)
・でもそもそも謎のカテゴリーですしね。IOCのたっての願いで継続しているらしい割りには本番の登録選手はいびつなくらいに少ないし、日程はタイトだし、実はあんまり客入らないし。何やねんという感じ。
・他にやりたい競技はいくらでもあるんだろうから、譲るよという。
・でも女子はやりたいのか。そこは相談。(笑)
・まあ要は"プロ"が確立している競技には不要な枠ということですよね、基本的には。
・サッカー界的に言えば10年位前までなら"そこら辺の年代の年代別世界大会"自体はあっても良かったと思いますが、その後更に選手の早熟化が進んで今ならU-20くらいで止めておくのが妥当でしょうし。それ以上は要らない
・...話逸れました。

・無差別年代の「日本代表」の価値の低下に関しては、いっときよく言われた「クラブ・サッカーの優越/本来性」くらいなら、ナショナリズム込みで「いやいや代表は代表で魅力があるんだよ」とまだ言うことが出来たと思いますが。
・僕自身、「代表」からサッカーに入った人ですし。
・より深刻(?)なのは近年の世界的な"戦術"の高度化普遍化の方かなと。
・"選手"より"戦術"への関心の方が、サッカー自体の比重が、完全に上回った。
・つまり古典的オールスター的な"ベストの選手をかき集めてチームを組む"ロマンが、かなり見る影もなく薄れた。
・集めてもだから何やねんという。それでどうするかの方が本題だろうがという。
・(日本における)「海外組」という視点で言うと、それなりに揃っては来たけど"11人"(チーム)組むにはちと辛いあたりが、いいバランスないしギリギリのバランスだったかなと。
・彼らが"助っ人"として意識できるバランスが。
"当たり前"になっちゃうとどうも。
・またそうして集めてみても、それだけでは期待した程日本の相対的地位が変わらないという事が、実地で見えてしまったというのもあり。
・かつて"夢"見ていたほどには。
・まあ海外に行くこと自体、簡単になったというのもありますが。そこまでスーパーじゃなくても活躍出来るリーグ/チームはどこかでは見つかるという状況。
・それでも「国内組」とは明らかに差があるというのが、むしろ「国内組」「Jリーグ」自体の問題として、別に意識されるところではあると思いますが。
・とにかくそういう選手のレベルの標準化全体的向上によって、誰を選ぶかはそんなに問題ではなくなった。
・一定レベル以上は必要だし、そうして標準化された秩序をぶち壊すようなスーパーな選手には各国今でも存在価値はあるわけですが、それ以外は正直ほとんど誰でもいい。
・招集ごとに誰かが抜けても、それがその前の大会で結構活躍した選手であってもそう言えばそんな選手もいたねという感じ。別にいいけどという。
・ちなみに引退はしてないよね?(酷い(笑))

・かく言う僕はその"希薄化した海外組にも見劣りするJリーグ"の、更に2部のチームのサッカーを日々専ら見ている人なわけですけど。
・感覚的には特段ローカルでもない感じ。
・まあ永井秀樹監督がかなり"グローバル"志向だというのも、あるとは思いますが。
・その永井監督の"グローバル"をそこまで熱烈支持しているわけでもなければ現実に永井ヴェルディがそこまで強いわけでも近い将来の1部昇格を確信出来る状況なわけでもないにもかかわらず。
・こうしてふらっと代表の"オールスター"チームのサッカーを見ると、なんか気楽なもんだな別の競技みたいだな的な感想を抱かないではなく。
・選手個々について/誰を使うかなんてことについて考えることが、"サッカー"の中での比重において、思っていた以上に低下しているなという。
・まあ別に代表と比べなくても、ヴェルディだけ見ていても、そうした変化は感じてはいたんですけどね。
・どこらへんからでしょうね、ロティーナの途中からかその次のホワイトからか、少なくとも永井監督になってからは完全にそう。
・何が変わったかというと、「俺の考えるベスト11」みたいな妄想が、全く面白くなくなってしまった。
・一応組んではみても、だからどうしたという感じにしかならない。(勿論発表はしない(笑))
・結局実際に監督が組んでいるのと似たようなものになるか、あるいは「そもそもそんなのケースバイケースでしょ」という真顔の正論が、誰も聞いていないのに出て来てしまったりする。
つまらない人間になりました。(笑)
・それだけだから、"戦術"について考えることが、限りなく"サッカー"について考えることとイコールになってしまったということで。
・更に言うならば。
・元々「俺ベスト11」を作る典型的なモチベーションとしては、時の監督の構想や細工によりいささか混乱を来しているチームに対して、選手の能力・特性ベースで堅実な戦闘力を測ってみたらどうなるだろうというそういう頭の整理心の整理というものがあったわけですが。
・ここまで"戦術"優位になると、そもそもの「選手の能力・特性」自体が、「戦術」との関係性を離れてはよく分からなくなるんですよね。
・万古の昔からサッカーは一人でやるものではないので(笑)、いずれ"チーム"との関係性で選手個人の能力も測っていたと言えばそれはそうなんですが。
・そういう一般論のレベルを遥かに越えて。
特定の"戦術"のフィルターを通してしか選手の姿が見えなくなって、"ベース"を上手く作れなくなる、だからせっかく作っても一向に頭も心も整理出来ない。
・まあ"永井監督の選手"は特に"永井監督の選手"だというのもありますけど。
・でもたまに見る代表選手についても、そんなに事情は変わらない。やはりその選手たちが日々接している今時のなんちゃら戦術やリーグ/チームの傾向と離れて、上手く能力が測れない。(ことが多い)
・だから「俺の」チームが「俺の」チームという感じがしない(笑)。つまらない。

・まあその"戦術優位"化や"普遍"化の更にに、それをより個体的個人的に理解することによるもう一階梯上の"ベスト"という視点もあるんだろうとは思いますけどね。
・だから僕の"ベスト"がぼんやりしているのも、そもそも僕の頭がぼんやりしているせい(笑)だからではあるんでしょうが。
・残念ながら僕のおじいちゃん脳は、ここから先は概ねぼんやりしたままだろうということは予想されるので。いや、残念。
・それでも時間が経てば、また見えて来る新しい視野とかはあるんでしょうけどね、所詮後追い。
・あーあ。

・勿論代表サッカーでも、選手を"集め"た上で更にクラブ・サッカー並みの戦術化を施すことは不可能ではないでしょうし、やっている国も常にいくつかずつはあるわけですが。
・そして別にクラブ・サッカーに無い発明をして見せなければ代表サッカーに価値が無いなんてことはないわけでしょうが。
・ただ実際にここ2大会くらいのシビア化したW杯を見ていた感想としては、緊張感があるというより貧乏臭い(笑)、クラブ・サッカー並みというよりクラブ・サッカーもどきという感じで、何なんだろうこれは、この"日常"感はという、そういう感想が主でした。
・これならいっそ要らないような気がするという。正直どこが優勝したかも思い出すのに苦労したりするし。(それはもう少し前からかも)
・今後も"これから"上がって行こう、W杯に出場しよう常連国化しようというレベルの国や本当にトップオブトップを争う国以外にとっては、何やかや色々ある、勝ったり負けたりするだけのカテゴリーになるような感じはしますね。
・...とか言ってて思い出したけど、そもそもカタール大会からは出場枠自体が大幅拡大するんでしたっけ、それだとなけなしの"上がって行く"国のモチベーションさえも曖昧に。
・日本国内的にはそれでも、"集金マシーン"としての存在価値自体は、皮肉でなく確実にある訳ですけどね。それによる"サッカー界"全体への貢献が。
・だから別に無くすべきということではないんですが。
・何でも無くなると寂しいし。(笑)
・また若年層大会に関しては、確実に選手の育成に貢献しているでしょうしね。
・その頂点としての五輪サッカーも、"選手の質がダイレクトに物を言う"ギリギリのレベルの大会として、案外特有の(力比べの)面白みはあったりするのかも知れない。
・だから選手の登録数を他大会並みに緩和してくれれば、もっと本気出さないでもないかも。
・今だと枠を争う競争がシビアを越えて不条理に感じる。漏れる選手の質&量が巨大過ぎる。
・そこは本当に考えて欲しいなあ。

我らの代表サッカーが帰って来た!(なぜその結論?)
次はサッカーの内容の話をする?(しなそう)



結局書けませんでした・・・

国際親善試合 日本代表 〇1-0● コートジボワール代表(オランダ/スタディオン・ハルヘンワールト)

記録だけ。


2019年10月-12月の森保ジャパンメモ ~代表どうでしょう(?)
2019年12月19日 (木) | 編集 |
まだ28日にU-22のジャマイカ戦とやらが残っているそうですが、さすがに押し詰まり過ぎているのでここらで一回締め。


10/10 2次予選モンゴル代表戦 〇6-0 (得点者 : 南野、吉田麻、長友、永井謙、遠藤航、鎌田)
10/15 2次予選タジキスタン代表戦 〇3-0 (得点者 : 南野、南野、浅野)

11/14 2次予選キルギス代表戦 〇2-0 (得点者 : 南野、原口)
(11/17 キリンチャレンジカップ2019U-22コロンビア代表戦 ●0-2)
11/19 キリンチャレンジカップ2019ベネズエラ代表戦 ●1-4 (得点者 : 山口蛍)

12/10 E-1中国代表戦 〇2-1 (得点者 : 鈴木武蔵、三浦弦)
12/14 E-1香港代表戦 〇5-0 (得点者 : 菅、田川 、小川航、小川航、小川航)
12/18 E-1韓国代表戦 ●0-1
(12/28 キリンチャレンジカップ2019U-22ジャマイカ代表戦 〇9-0)


・締めっていうか。
・いやあ、どうしたもんでしょうね(笑)、代表
「森保ジャパン」をということではなくて、「サッカー日本代表」というコンテンツをということですが。

・前に僕は"代表監督"の仕事について、「"4年後"という締め切りに間に合わせる義務はあるが、"4年間"楽しませる義務は無い」という意味の事を、基本的には同情的に(笑)言いましたが。
・とはいえこうも延々どうでもいい試合を、ある種"予定通り"に見せられると。
・やっぱり考えてしまうところはありますね。
・つまりその具体的中身や好みはともかくとして、何らかの意味で「日本最高水準のサッカー」を見せるという、期待感というか幻想というか、はったりは必要なのではないかという。
・やっぱり。(笑)
・結果その意図自体は失敗するかもしれないしそもそも幻想ではあるのかも知れないですけど、そのカテゴリー自体が避け難く持つ"定義"に近い性格として。
・...まあ『恋愛』みたいなものでね(笑)。十中八九幻想だし十中八九裏切られて終わるんだけど、でも出発点では幻想的期待が、"超越"的なものが得られるというイメージが、どうしても必要という。
"結婚"生活のとある4年間に必ずしも幻想は要らないかもしれないけど、"恋愛"中の4年には必要というか。
・後付けですが、「結婚」=サポートクラブ、「恋愛」=ナショナルチームと、一応そう当てはめてみると、話はまとまりますか。(笑)

・勿論「代表チーム」の第一の定義は、その国籍の選手のみが集まって国を代表して他国の代表と戦うそのこと自体にあるわけですが。
・そして今でも何%かの人は、それだけで結構満足出来るんだと思います。
・例えばE-1香港戦の解説をしていた闘莉王さん(笑)は、その前の女子と男子の小川航基とで続けてハットトリック選手が出て来たことにほくほくして、「今日はサッカーが好きな人にはたまらない日ですね」と、かなり本気のモードでコメントしていましたが、例えばああいうタイプ。
・まあ健全ちゃあ健全なんですけど。
・共感はちょっと難しかったです、僕は。
・やはりどうしても、相手関係や内容は考えてしまいますね。
・「日本代表」や「代表戦」という名前だけでは、なかなか厳しい。
・それが例えばヴェルディの試合とかになると、結果だけで"ほくほく"出来る人の%は、ぐっと、かなり増えるわけですけど。2019年でも。
・それがつまり、カテゴリーの違い。

・その「結果」への依存の話としてやはりどうしても気になるのは。
・日本代表が置かれている環境の問題で。それぞれお馴染みの話ではありますが。
・そもそも滅多に強い相手、結果が出る事自体に精神的高揚を得られるような相手と出来ないという"アジアのレベル"の問題。
・それから日程の問題。
・まあ僕はヨーロッパ人ではないので実際には想像で言っているんですが、「欧州選手権」という、それ自体十分に権威があり"結果"に価値や高揚を見出せる大会が、しかもほぼW杯への4年の中間年にきちっとあるという環境の整ったヨーロッパ。
・それに対して「アジアカップ」自体におよそ権威も魅力もここまでのところ存在せず、しかもそれがW杯明けすぐのようなおざなりな日程で置かれているアジア。
・つまり何が言いたいかというと、それぞれの国それぞれの時期に様々な事情はあれど、ヨーロッパの場合、(2年程の)"目先の結果"を追うだけでも、とりあえず代表チームというコンテンツは格好がつき易いわけですよ。構造的に。
・それなりの相手とそれなりの時期に戦える、黙っていても。それを目標にするだけで、とりあえずはいける。
・対してアジアの場合、大陸選手権がレベル的にも日程的にもゴミである以上、本当に「4年間」を、W杯からW杯までの間を、自力で充実させないといけない。格好がつかない。(笑)
・だから尚更、構造的にはヨーロッパの代表以上に、「内容」が問題となってしまうわけです。
・それ自体は誰が監督でも同じだし、どんな監督でも多分苦しい。
・せめてW杯予選くらいはきちんとイベント化してもらいたいものなわけですが、何でか2022年の大会の予選を2019年にやらされてるし。(笑)
・きついすよね、実際気持ちの持って行き方は、相手が弱いとは言え。

・という感じでふとオフト以降の代表チームの"日程"を振り返ってみると。
・まずオフトはそもそも割りと間際の就任だったので、緩む暇も無くそういう意味では問題は無かった。
・続く4年間については、これはなんだかんだ川淵会長の勘の良さな気がしないでもないですが、「4年間」を見越してファルカンや加茂の"お試し"期間を設けて、計画ではそこにオフトも再度加わる予定だったらしいですが、とにかくその後改めて"本採用"した監督とラストの恐らく2年強くらいを過ごす予定だったようで。
・実際にもファルカン→加茂→岡田と予定通りと予定外と含めて(笑)上手くリレーされて、プロセス自体に退屈や弛緩の要素はほとんど無かったと思います。
・次のトルシエは4年間フルにはやったものの、大成功した"統一"チームを年代別チームの活躍を前半の焦点に上手く充てられた回せたことで、これも大きな問題は無かった。
・初めて"4年間の退屈"が目に見えて問題になったのはだからジーコ時代で、内容的にも森保ジャパンの"先輩"みたいなところがあるかと思いますが。(笑)
・まあアジアカップの"劇的勝利"(という消耗戦)がなかなか印象的だったのと、元々4-4-2信者だっただけに(本番では戻りましたが)3-5-2への変更のインパクトが結構あったので、苦しみつつ(どちらかというと我々が(笑))も何とか時間を潰して完走。
・続くオシムは「"内容"で退屈させない4年間」を与えられた、今のところ唯一の可能性のあった監督かなと思いますが、健康上の理由で岡田監督に途中交代、まあいずれにしても"4年間"としては盛り沢山でした。
・次のザックは・・・どう見たらいいんでしょうね。かなり早々に"やることが無くなって"いたようには思いますが、監督と選手の独特の関係によって、試合内容自体にその都度大きな毀誉褒貶があったので、それを追っている内になんだかんだ過ぎてしまった感じ。
・本田"監督"のおかげというか。(笑)
・直近は勿論、アギーレのスキャンダル、ハリルホジッチの大手術とその予後不良、西野監督の応急手当の予想外の"成功"と、(メロ)ドラマに満ちた4年間でした。
・そして現森保ジャパン。
・統一チームということで本来なら"トルシエジャパン"の成功例を踏まえたかったところですが、どうもそうはならずに今のところは"ジーコジャパンの再来"の道を、どちらかというと辿っているように見えます。
・...ということを問題にしたいわけでは今回は別に無いんですが、ただむしろ"五輪"用チームの方が、"統一"されてしまったことによって歴代チームほどのヴィヴィッドな注目を浴びづらい感じになっているように思えて、意外なデメリットというかデメリットしかまだ出ていないというか。
・実際はほとんど森保監督が指揮していない(&システムも違う)ので「統一」はされていないんだけど、「一緒くた」にはされているという。(笑)

・じゃあどうするのかという話ですが。
・分かり易いところではやはり、アジアカップをW杯の中間年にやってくれと、言いたくはなりますよね、言いたくは。
・ただなったところでどうなるのかと言われると、それも微妙。
・"目標"としてユーロ並みの便宜が生まれるのか。目に見えて。
・ちなみに南米は概ね"W杯翌年"のアジアカップ型、アフリカはそもそも2年に1度なんて参考外。
・そしてそういうイレギュラー(ユーロとの比較で)な方式にも関わらず、W杯とはまた別の"情熱"が、それぞれの地域では注がれているっぽい。
・対してアジアの場合は、そもそも"アジア王者"自体に魅力が無い。「あの程度の奴らには負けたくない」という、ネガティブな情熱しかないというか。(笑)
・それでもまあ、中間年にやってくれれば、強化の目安には一応なるかな。
・監督査定の目安にはなるし、同時に監督にとっての時間的余裕にもなる。(2年ならば)
・一方で五輪との重なりが生じて、それが欧州各国の五輪への関心の低さの一因でもあるんでしょうが、日本もまあ、もういいんじゃない?という感じはしますけどね、五輪は。気合入れるのは東京を最後に。
・今回"トルシエ方式の再現"がどうやら無理だという事が判明してしまったことによって、五輪チームがフル代表の強化にどの程度繋がりを持てるかは、今後も多分、ランダムというか運任せというか、そういう感じになるでしょうし。(つまりトルシエ以降の五輪チームが皆そうだったように)
・単純に、若い方は五輪に行って、年取った(笑)方はアジアカップに行くという、分かり易い風景にはなりますか。

・でまあ、それは"アジア"の問題ですが、日本としては、協会としてはどうすべきなのか。
・結局はだから、"自衛"するしかない、アジアカップの日程が半端なままでも、そして多分整えられてもそんなに大差ない可能性が高いのだから、"4年間"の間のもたせ方を自力で考えるしかないだろうと思います。
・僕自身は、チームなんて(残り)2年あれば余裕で作れるはずだから、最初の2年はお試しで十分、若手かJリーガーメインでいいんじゃないかということを以前言ったと思いますが。
・そういう、場合によっては物議を醸すかもしれない(暗黙の"ベストメンバー"規定?)極端なやり方を別にすれば、協会として出来るのは・・・
・川淵"監督お試し"方式は、当時の川淵氏の剛腕とプロデュースセンスがあってのことだと思いますから、なかなか難しいところはあるかも。
・当時でさえ、「随分傲慢というか横着な態度だな」と思ってはいましたし。(笑)
・ただ当時その対象となっていたオフトにしろファルカンにしろ加茂にしろ、監督として国際的実績がそれほどあったわけではないので、"試用期間"扱いし易かったというところはあると思います。
・そして状況は違いますが今後どれくらいの実績者を日本代表監督なんぞに呼べるのかに、少なからぬ疑問・不安が現在囁かれているわけで。
・だったらいっそ、最初から"試用でいい"レベルの人材でやってみるという考えは無くはない。
・ないけれど・・・まあストレートには無理でしょうね。そもそも"試用"はいいとして、それでいったん契約切った監督をやっぱりあんたが良かったとまた呼び戻すという段取りが、どうにも非現実的。(当時の川淵氏には見込みがあったのだろうか)
・現実的には一人一人の契約期間を短くして、上手く行ったら延長駄目なら次の人という、そういう感じになりますかね。それくらいならまあ。
・今のは小細工と言えば小細工みたいな話ですけど、それこそアジアカップがきっちり中間年にあるのなら、「二年契約」というのはむしろ"常態"になり得ますけどね。契約条件としても出し易いし。
・とにかくもう、"ユーロ"のような目ぼしい区切りが無いままに、4年間という広大な"スペース"を一人の監督にとにかく埋めてと委ねるのは、基本的にどんな監督でもきついと思いますし、見ている方もきつい。高い確率で「とにかく代えて」という気分になること請け合いで、通常の"監督の当たり外れ"の振れ幅では吸収出来ないレベルの話だと思います。
・むしろ暢気に「当たり外れ」を楽しめるような状況が欲しいと(笑)、そんな風に思う今日この頃。

・で、それはそれとして、あんまり言いたくないんですが・・・
・やっぱり多分、「戦術」的というか、「実験」的というか、欧州トップモードを追いかける系の監督の方が、いいはいいでしょうね。
・それが強いとか日本人に合ってるとかそういうことではなくて(笑)、"間がもつ"という一点において。
・何らか"夢のサッカー"である必要が、コンテンツの性格として必要。
・"恋愛"なので。(笑)
・大雑把でいいんですよ。あるいは多少上っ面でも(笑)。どのみち何が正解かなんて分かるはずがないし、こうしている間にもヨーロッパは勝手に変わって行くんでしょうし。
・そして勿論、駄目なら代えればいいんだし。(結局そこら辺の融通性かなあ)
・最後に「まとめる」のは、「間に合わせる」のは、多分もう出来る国になっている。岡田でも西野でも、勿論森保でも。
・それまではだから、遊びましょうという(笑)。"恋"でもしましょうという。その中で、運命の相手に会えるかも知れないし。(笑)
・会えないなら会えないで、もう代表に"本気"で夢を見る時代はほとんどの人にとっては終わっているはずですから、それはそれで。
・本気ではない、でも夢の"におい"くらいは欲しいという、そういうお年頃。(笑)
・その為には"まとめる"だけの構想のチームでは、ちょっと。少なくとも4年間は。

・以上"森保ジャパン"の良し悪しとか"田嶋体制"がどうだとかいう次元からは少し離れて、「サッカー日本代表」というコンテンツの持続可能性という観点から、ここのところ考えている、考えざるを得ないことでした。
・まあ"戦術"とかも、要は「最初の二年くらいはお試し、実験」ということが習慣付けば、更に言えば「国民的合意」になって行けば、自ずとある程度定まることだと思いますが。
・あえて"ヨーロッパ"とかと指定しなくても。あるいは"会長"が替わっても。(笑)


ただただ現状。/パラグアイ戦 & アジア2次予選ミャンマー戦 メモ
2019年09月11日 (水) | 編集 |
キリンチャレンジカップ2019 日本代表 〇2-0● パラグアイ代表 (カシマ)

GK 権田
DF 酒井、冨安、吉田、長友
MF 橋本、柴崎、堂安、中島
FW 南野、大迫

交代選手・・・植田、原口、久保建、安西、永井、板倉

カタールW杯アジア2次予選 日本代表 〇2-0● ミャンマー代表 (ヤンゴンThuwunna Stadium)

GK 権田
DF 酒井、冨安、吉田、長友
MF 橋本、柴崎、堂安(→66'伊東)、中島(→81'久保建)
FW 南野(→77'鈴木武蔵)、大迫


"無風"というかある意味無抵抗な相手に、2戦続けて同じ(ベスト)スタメンで「基本形」を示した2試合。
・その基本形はやはり、大迫+ワンダー3+柴崎の"人"の資質にほとんど全面的に依拠したものであり、また相手・状況関係無く、あくまでワンダー3が"中"に入って行く攻撃をいかに出すかという、そういう焦点で出来上がっているものでありました。
・「最終的に"人"である」「最終的に"中"である」ということ自体は、どのレベルのどの時代のサッカーでも起こり得ることなので、それ自体は駄目とは一概に言えない。少なくとも言語的には。(笑)
・ただそれにしてもやはり余りに一本槍であり裏も表も無い薄い構えであり、相手が強かろうが弱かろうが常に"全力"で"決死"の勝負を挑む、挑まざるを得ない「基本形」というのは、いかにも不安な感じはします。
・「基本形」と「最終形」の区別が無いというか、必殺技はあるけれど必殺技以外の技が無いというか。
・別な言い方をすると、最終的に"人"であったとしても出来ればそれはある程度まで"組織"に乗っかって楽の出来るものであるべきであるし(注・風間理論等は除く)、最終的に"中"であるとしても、出来ればそれは何らか"外"が入り口やコントラストとしてあるべきであると思いますが、そういう前振りが無い。
・...なんて議論はほぼほぼ10年前の議論のはずで、今更力説するようなものではないわけですが。
"モダンサッカー"事始めというか。(笑)
・ただ現実に、その議論がまだ十分に有効であるような状態に、目の前のチームはあるように見える。

・日本リーグ時代に出発点を持ちJリーグで活躍した森保監督と、僕のようなJリーグ開幕と共に本格的なサッカー観戦を始めた世代のファンとの見るサッカーの"経験"は、多分ほとんど同じはずだと思うわけですが。
・だから加茂監督やトルシエのサッカーに目を開かされ、(予選までの)ザックのサッカーの整然優雅を堪能して、あれくらいが最低限というかスタートラインであるべきだと、多分森保監督も個人としては思っていると思うんですよね。
・オシムは特殊でハリルは時期尚早だったから、別にしても。
・しかし現実には、それよりだいぶ後ろに"スタートライン"が置かれてしまっている感じ。
・ただ別にそれは森保監督が考えがあってそうしているわけではなくて、単にそうなっているんだと思います。要はトルシエやザックの"ライン"を実現する能力・引き出しが、単純に無い。
・それは個人というより世代的に。
・少し前の世代ではありますが、岡田監督がそうであったように、勿論西野監督も。
・森保監督の世代ならもう少し何とかなるのかなとも思いましたが、まだ駄目らしい。"評論"くらいなら、いっぱし出来ても。
・岡田監督もオシムの引き継ぎ→接近展開連続を経て、南ア本番スタイルではそれなりに「組織的」に出来ていたようにも見えるわけですが、あれは要するに「守備」であり「守備的」であったからなわけで。
・つまりある世代までの標準的な日本人監督にとって、「組織的」というのはほぼイコール「守備的」ということなのであり、攻撃に関してはひらめきと自由としか言いようが無いのであり、あるいは"攻守一貫した"チーム作りなどもまだ無理。
・逆に言えば「守備的」にやればそれなりに「組織的」に見えるチームも作れるわけで、サンフでの森保監督がそれなりに見えたのも、そういう理由。
・とにかくまあ、出来ないことは出来ないのであり、出来ることをやっているだけなんだと思います。
・別にポリシーではない。

「和式」という言葉が妙にヒット(?)してしまったおかげで、和式なりジャパンウェイなりについて、割りと善意でその内実や本意を探ったり推論したりする人は最近ちょいちょいいて、僕もたまにはそういうことを言ったりもするわけですけど。(笑)
・はっきり言えば、別に何も無いと思います。意図的なものは。
・「計画」や、増してや「陰謀」は。
・田嶋会長なり現協会なりが何にせよそれほど具体的なことを考えているとは思わないですし、考えていたとしてもそれが森保監督を拘束しているとは思わない。
全ての「責任」ひっくるめて(笑)、要するに森保監督が一人で背負っているチームだろうと思います。
・拘束があるとすれば、「スポンサーの為になるべくベストメンバー/有名選手を毎回揃える」、くらいかなと。(あればですけど)
・まあとにかく、"現状"なんですよ。ただの。

・しかしこうして見ると、就任が'94年ですから25年前ですけど、加茂監督の規格外ぶりは今更目立つなと。
・あくまで"あの時点"でのですが。
・今のところ、トップ代表レベルを指揮した日本人監督で外国人監督と比較し得るのは、加茂さんだけではないかと。
・北京の反町さんが忖度抜きで"本気"でやったら、分からなかったと思いますけど。
・岡田監督の"視点"は常に概ねいい線行ってると思いますけどね、技量の程はちょっと。(笑)
・いい編集だけどライターとしては一流とは言えない的な。
・反町さんとの比較で言えば、一切の"忖度"吹っ飛ばしてやり切れるのが、加茂監督の異質なところだったかなと。日本人だけど全然和式じゃない
・はっきり言って、対話は成立し難い人だと思いますが、解説を聞いても。
・余談でした。


テーマ:サッカー日本代表
ジャンル:スポーツ
森保ジャパン南米選手権2019 雑感
2019年06月25日 (火) | 編集 |
南米選手権2019Gステージ第1節 日本代表 ●0-4〇 チリ代表(Estadio Morumbi)

GK 大迫
DF 原輝、植田、冨安、杉岡
MF 中山、柴崎、前田大('66三好)、久保建、中島('66安部)
FW 上田('79岡崎)


南米選手権2019Gステージ第2節 日本代表 △2-2△ ウルグアイ代表(Arena do Gremio)

GK 川島
DF 岩田('87立田)、植田、冨安、杉岡
MF 板倉、柴崎、三好('83久保建)、安部('67上田)、中島
FW 岡崎


南米選手権2019Gステージ第3節 日本代表 △1-1△ エクアドル代表(Estadio Mineirao)

GK 川島
DF 岩田、植田、冨安、杉岡
MF 板倉('88前田大)、柴崎、三好('82安部)、久保建、中島
FW 岡崎('66上田)


20年前(1999年トルシエジャパン)との比較

ペルーに●2-3、パラグアイに●0-4、ボリビアに△1-1
・からの。
チリに●0-4、ウルグアイに△2-2、エクアドルに△1-1
・最後エクアドルに勝っておくと、より"進歩"を分かり易く表現出来たかも知れませんね。
・20年前は、主に惨敗したパラグアイ戦の印象でしょうが、とにかく"沼"感が凄くて。
・フランスから迎えた新監督フィリップ・トルシエのもと、ヨーロッパ的に綺麗にやろうとする日本のサッカーが、こちらの完成度の問題もあって通じないというか"相手にされない"、サッカーにならない。
場違い感&生かじりの恥ずかしさ感が半端なくて、頑張ろうという気にもならずに何でもいいから早く帰りたい、野良犬に噛まれたと思って忘れようという(笑)、そんな気にさせられた大会でした。
・南米で南米のチームに勝つのは難しいという、一般的格言の確認とも共に。
・それに比べると今回の"アウェー感"は、同じく惨敗したチリ戦を含めても全然大したことが無くて、なんか普通のサッカーの大会だなという感じで、やる前はかなりびびってましたがほっとしたというか、ある意味がっかりしたというか。(笑)
・チリ戦は純粋にこちら(の守備)がまずかったわけですし、それもしかもむしろ"ヨーロッパ"的にまずかったので、大会のせいにするわけにはいかない。(笑)
・その後20年間のグローバル化で、"南米沼"自体が浅くなっていた可能性はありますが、基本的にはやはり日本が成長した、国際大会慣れした"20年"分の年の功を積んだと、そういうことでいいんだと思います。
・20年前も"チルドレン"化し切れていない半端なメンバーではありましたが、そうはいっても前年にワールドカップを戦ったトップ選手たちによる編成ではあったわけですし、今回の各国に批判されるような"B代表"的メンバーで、特段の対策もせずに別にそれまでと比べて出来がいいわけでもないような状態で、2戦目以降は普通に勝ち負け出来たわけで。
・むしろこんなんで勝ち負けしていいのかなという、いつも通りの森保ジャパンの、スチャラカな(笑)戦い。
・勿論個別に見るべきものはありましたが、やはり何というか、随分偉くなったもんだなという。

・何がと言われても、具体的にはよく分からないんですけどね。経験、年月としか。(笑)
・逆に言うと、経験と年月でしか埋まらないものが、それなりに埋まってたのだなあという。
・それ以外の埋めるべきものは、まだまだあるんでしょうけど。(笑)
・それで翻って思うのは、今更トルシエジャパンで。
・あのそれなりに輝かしい"可能性"も見えたチームが、作り立てのコパアメリカはともかくとしてもその後実績を積み重ねた果てのサンドニで惨敗して。
・いったんガチガチ5バックに総撤退した後の徐々に調整しての、最終的には中田ヒデの"強さ"を最大限に生かした要はイタリア的3-4-1-2に限りなく近い形での、本番型最終形。
・トルシエの"調整"自体は的確・誠実ではあったと思いますが、アンダー代表や'00アジア大会で見せた可能性からするといかにも陳腐というかがっかりな感じはあったわけで。
・あれはどう考えたらいいんだろう、日本が国際大会で「攻撃的に」行くなどというのは所詮身の程知らずなのか、あるいは中田ヒデ的"強さ"が全員にマストなのかそうでないと互角には戦えないのか(そんなメンバーは多分揃えられない)と、当時は受け入れたくない結論と葛藤したものでしたが。(笑)
・その後の各"代表"チームたちの事績はあえてすっ飛ばして(笑)、トルシエジャパンオンリーで考えてみた時に。
・やはりチーム選手共に"経験"が足りなかった、諸々"無形"の力が足りなかった。持っている技能技術を試合で機能させる、戦術的に実現させる、その為の基盤や背景に足りないものがあった、そういう実感が今回の試合を見ていて改めて感じられた。
・何が言いたいかというと、もし20年前にそういうものが今のレベルであったならば、悪天候重馬場に苦戦はしただろうけれど"サンドニ"であそこまで打ち砕かれずには済んだ気がする、コパアメリカでももうちょっと普通に戦えただろうし、本番にもアンダー代表やアジアカップに近い形で臨めたのではないか同じ選手たちであってもと、死んだ子の歳を数えてしまったというそういう話です。(笑)
・"コパアメリカ"という、共通の体験を透かして見ることによって。
・まあ単純に中田ヒデを中心にしてしまうと、ああいう(イタリア的な)チームになってしまうというのはありましたけどね、ヒデ自身の特性によって。
・シドニー五輪でも、既にヒデ抜きの予選のチームとは、別チームでしたし。
・最後の可能性は、本番前に少し試した俊輔をシャドーに配した3-4-2-1の形とかでしたかね、決勝トーナメントのトルコ戦でなぜか突然実現した。(既に俊輔はいませんでしたが)
・まあトルシエにとって、"おまけ"の試合だったからでしょうけど。
・でもほんと、時代は変わりましたよ。
・それだけの話です。(笑)


個別に

・今回ある意味一番評価を上げたのは柴崎ではないかと思いますが、なぜ良かったのか、あんまり分からない。(笑)
・別に中山や板倉といったバートナーが、"堅実なプレーで助けてくれた"わけではないですし。
・むしろ頼りにならないパートナーの分も、守備も含めて奮闘してチームへの関与を深めたというのが、有力な理由かなと。
・これまでのやや浮ついた"司令塔"プレーではなく。
・あと勿論コンディション。
・ただこの選手はとにかく、高校時代、鹿島時代、ハリルまでの代表時代、"テネリフェの宝石"時代、そして森保ジャパンと、毎度見るたびに印象が変わるので。
・結論としては、"当てにしない"というのが一番いいように、僕には思えてしまうんですが。(笑)
・器用なような不器用なような、変な選手。
・チームごとに色んな顔を見せるという意味では器用なんですが、その都度"それ以外"のプレーが出来なくなってしまうことやそもそも毎回適応性が高いわけではないという意味では、むしろ不器用な選手にも思える。
・ほんと変な選手ですよね。そういう意味では天才なのかも知れない。天才"的"というか。"型"というか。
・多分近くで見るとより説得力があって、西野監督も森保監督も"全面的に信頼"してしまうのかも知れないですけど。
・この大会くらいのプレーをもう少し継続的に見せてくれないと、なかなか僕の評価は変わらない感じ。(笑)
岩田というのは正直代表に選ばれて初めて知ったんですけど、面白い選手ですね。
・"頑張ってる"感じはそんなにしないんですけど、ポジショニングとタイミングで、常にさらりと「先手」を取ってる感じのプレー。
・考えてるのか勘なのか、それも今回だけではよく分からなかったんですけど。
・とにかくもう少し見たい選手。

・一方で評価を落としたらしいのが、我らが卒業生中島翔哉選手。
・守備をしない、ポジショニングが滅茶苦茶、要するにバカ?という感じの結構散々な言われようですが(笑)、昔から見ていた人にとっては、むしろようやく評価が落ち着くところに落ち着いて来た感じではないかと思います。
・今までが高過ぎた。
・要はその"強引"さ"勝手"さをどう見るかという話で、いっときの俊輔を押しのけた頃の本田圭佑とかもそうですが、隙あらば"日本サッカー"を馬鹿にしたいタイプの人や年代の人の"幻想"的期待を刺激する、「日本人らしくなさ」を持っているということで、でもそれがどこまで長所なのかどうかは、そんなに無防備には言えないはず。
・本田が"真ん中に寄って行って"しまうのだって、実はかつて「海外サッカー」ファンが期待した"強引"さの一つの現れだと思いますしね。
本田を持ち上げて落として、宇佐美を持ち上げて落として、そして今度は中島の番と、基本的にはそれだけの話に見えます。勝手にやって下さいという。次のネタは誰ですか?
・基本日本で見えていた欠点は海外に行ったからと言って、そう簡単に解消されるものではないと思います。
・中島は良くて乾が駄目だったというのも、よく分からない話ですしね。親ハリルホジッチ(中島)と反ハリルホジッチ(乾)と、それだけの違いではないかという気も(笑)。(そう見なされていたという話ですが)
・柴崎以上に、当てにはせずにどう"使う"かという選手に、なるんですかねこれからは。問題はそれでモチベーションが維持出来るタイプの選手なのかというところですが。中島自身が、自分への「幻想的期待」感を必要とするようにも見えますし。
・まあいい選手、"凄い"ところのある選手には違いないですけどね。
・その中島も含めた一つの"時代"の終わりとしては、久保建は勿論三好のプレーは、かなり印象的でした。
・久しぶりに見ましたが、やはり"ドリーミー"に上手い選手ですね。"ドリーム"感(笑)では堂安より上。
・中島・南野・堂安セットへの"固執"が長らく問題となって来ましたが、凄く自然ないい形で今回それが「ほぐれた」感じで、それは本当に収穫だったと思います。
・"人"ありきの森保ジャパンですし。
・なんだかんだいい選手がまだまだいますね日本は。金持ち金持ち。
・上田については言わないでも分かるでしょうから(笑)ノーコメントとして、前田大についてはトップで使うという選択肢は無かったのかなという心残りが少しあります。"スピード"の活かし方として。
・アンダー代表ではやってたのでね。伊東と同じ扱いで、いいのかなと。伊東に比べても、中盤で使うほど器用じゃあるまいというのもありますし。
・むしろこの前の「永井謙」に近いイメージ。そういう面白み
・まあ使われただけマシでしょうけど、不出場の選手からすると。(笑)
・正直皓太を今回のやり方でボランチで使うのは、実際無理っぽい気はしましたけど。
安部も面白い選手ですね、若いですけど妙な落ち着き妙な強さは、先輩の柴崎を少し思わせるところがありますが、あんまり変なところは似ないで欲しい。(笑)

・まとめて"B代表"としては、十分な収穫がありましたし、また"森保ジャパン"としてもA代表よりはアンダー代表に近い風通しの良さがあって、むしろこっちが本来の森保監督なのかなという。
・ただチリ代表戦で見せてしまった、急ごしらえということを割り引いても国際大会に堪えられない感じの守備の乱雑感は、やはり忘れてはいけない感じはしました。"メンバー"以上に、なんか申し訳ない感がありましたね、あの試合の直後は。
・それは忘れないようにしたい。
・直前の大会での「3バック」もやりかけですし、この"収穫"をもって今後の展望がどうとは、なかなか言えない感じは変わってないと思います。
・あくまでこれから次第という、結局何も言ってないような結論しか。(笑)
・面白かったですけどね、結構。
・エクアドルは勿論ウルグアイにも、実際勝った可能性はあると思いますし。
・また参加したくないことはない。B代表でもいいらしいですし。(笑)


テーマ:サッカー日本代表
ジャンル:スポーツ
見えた森保式?(仮)/森保ジャパン(A) エルサルバドル戦
2019年06月11日 (火) | 編集 |
「燃料着火?」という予定のタイトルから変更して。(笑)

キリンチャレンジ杯2019 日本代表 〇2-0● エルサルバドル代表(宮城スタジアム)

まあ実際火自体はちょぼちょぼついていたと思います。投下された"3バック"という燃料に。(という内容の予定だった)

GK シュミット・ダニエル
DF 冨安、昌子、畠中(→59'山中)
MF 橋本拳、小林祐希(→80'柴崎)、伊東(→59'室屋)、原口(→67'中島)
   堂安、南野(→67'久保建)
FW 永井謙(→59'大迫)

・スタメン、具体的には伊東・原口という、ウイングバックの人選を見た時は、少しうん?と思ってしまいました。
・色んな選手を代わる代わる使うのがこのシリーズの方針だというのは理解しつつも、3-4-2-1のオルタナティブとしての価値づけを重んじる(ようと試みる)なら、前の試合の酒井・長友と同様に室屋・山中というより"本職""専門職"性の強いオーソドックスな人選でもってまずは戦う。
・つまりは"システム"自体のテストという意味合いをはっきりさせた方がいいのではないかと、そう思ったからです。
・更に言うと例の"3人"が猛威を振るっていた4-4-2のチームでは今一つ機能の仕方がはっきりしなかった伊東が、このシステムだとどうなのか("3人"の機能性に疑問もある一方で)、それをまずはシャドーの方で見てみたかった、そういう気持ちもあり、この日のやや極端なサイドの人選には疑問がありました。
・やってもいいけど順番的になのかなという。
・それに対して放送席情報によると、トリニダード・トバゴ戦はサイドが少し下がり過ぎた、積極性に欠けた、それに対する手当としてのサイドの人選だというのがとりあえずの解答。
・それ自体は筋道としては分かりますが、やはり"最終手段"をいきなり使っちゃってるような感じはありますね。下がり過ぎたのなら上がらせればいいんじゃないのという。それが出来ないのなら、今後も"サイドバック"タイプはこのポジションでは使えないことになってしまう。
・実際後半室屋・山中を入れた時には4バックに直しているので、早くもそれが"結論"なのかも知れませんが。
・"人材"として、国際水準の"サイドバック"と、"伊東・原口"タイプのどちらが日本に豊富か、これは意外と難しいところな気がして、だから"伊東・原口"でいいのなら必ずしも選択肢が狭まることにはならない可能性はあると思いますが。
・ただそれだと試合中の"可変"システムとしての融通性はどうなるのか、更には"4バック"チームとの人材的互換性はどうなるのかいちいち別な選考をするのかと、そういう疑問はありますね。
・余りにも3バックに特化したチーム作りになるというか、ひと昔前(4バックが主流化する前)の3-5-2とかのイメージに近いというか。

・一方で堂安・南野というシャドーの人選には、一定の分かる感はありましたか。
「中島は明らかに合わない」「堂安はまだ許容範囲」「南野にはベストではないけれど可能性はある」という、前回の僕の評価をある種なぞるような選択というか。
・是非一回試しておくべき組み合わせというか。
・実際南野のプレーに"可能性"は感じました。
・"シャドー"としての前への迫力はそこまでではないですが、中島に比べればシャドーとしてのシステム的齟齬は無いリズムやポジショニングでプレーしつつ、4バックの時にやっていた"トップ下"的な繋ぎのプレーを、兼任的にこなすような感じ。
・その中で自分なりのシュートのタイミングを、図るというか調整するというか。
・それ自体には展望は見えた気がしました。
・一応"持ち味"は出ていたというか。上手くすると4バックの時より得点チャンスは増えるかもなと。(南野個人の)
・まあ"2シャドー"というよりも、一般的4-4-2における"2列目"の組み合わせ(堂安との)を、1トップの下のより横に狭いスペースでやっていたような感じ。
・またしても"属人"感は凄く強い、南野以外だとこういうプレーにはならない感じがしますけど、サイドで問題にした「4バックチームとの人材の共有」という意味では、こちらは平和か。
・中島を入れる時には4バックにしてましたし、何かもう色々割り切り済みというか、一つの完成形をいきなり示そうとしていたような感覚もありましたね、これはサイドの人選問題も含めてですが。
・トリニダード・トバゴ戦との間に、もう1,2試合挟まってるような感じというか。
・頭の中でないし練習の中で、色々シミュレーションをして可能性の取捨選択は済んでるのかなと。
・我々に裸の"テスト"は見せてくれないというか。(笑)
・4バックの時のワンダー3の「完成」もいきなりでしたし、割りとそういう監督なのかもしれませんね。
・おっとりしているようで聡いというか。
・ただプロセスが可視的でないこともあって、やはり「システム」と「人」との区別がつきにくいというか、最初から癒着的という部分はどうしてもあるように思います。
・恐らく頭の中ではシステムそのものを考えるプロセスも、例えば"室屋・山中"(あるいはサイドバックタイプ)での運用みたいなものも、一回は考えているんだろうと思うんですが。
・結果的にははっきり試される機会の無いまま、1ステップ飛ばした形でいきなり結論が来ている。
・それで僕らはともかくとしてチームが、選手が、納得している監督の考えやイメージを理解出来ているのなら構わないんですけど。
・ただワンダー3をめぐるその後のあれこれを見ていると、やはり一つの結論というか完成形だけが突出して、それ以外は無みたいな連続性の無さは、発生しているようには見えましたね。
・仕上がりの早さというのは試合数の限られる代表監督としては、長所である可能性は論理的にはあるわけですけど。
・一方で長い強化期間や選手の選択肢の(クラブに比べた)多さやまた一方での召集の不自由さなどを考えると、もう少し緩く構えた方が、構造としては強靭な気がしますね。
・ワンダー3チームのある種の"寿命"を思い起こすに、この企画もじきに終わってまた別の企画を遠からず考えなければいけなくなるような気がするというか。
・"完成"させ過ぎる弊害というか、選手の選択肢の多さが必ずしもチームの奥行きになっていない勿体なさというか。
・「誰が出ても同じ」なんて綺麗ごとはそうそう実際には成立しないにしても、それにしてもわざわざ追い詰められているような感覚はあるというか。

・まあ今回の3-4-2-1のチームが、現実としてワンダー3のチームのような目覚ましい完成度や威力を示しているわけでは(まだ)ないわけですけど。
・そういう意味では"先"はあるというか、「完成形」にならない可能性はまだ十分にありますが、チーム作りのプロセスとしては基本的に同じなのかなと、そんな気がしたという話です。
"森保式"が見えた気がしたというか。(笑)
・...僕もちょっと飛ばし気味かな?(笑)、改めて整理すると、森保監督なりに筋道立ててチーム作りのプロセスは考えているし、システムと人もいったんは別々に考えてはいるんだけれど、それらのステップを飛ばし気味にしか可視的に示さないので、結果的にいきなり結論があるように見える、システムと人も最初から癒着して存在しているように見えるということ。
・問題は"見える"だけならいいんですけど、やはり他人の思考を理解する(させる)にはある程度以上の親切な説明が必要となるので、結局は実際にやるチームや選手も"結論"だけを受け取ることになっている、プロセスの内在化が不十分である、そういうことになっていないか。
・更に言うと森保監督自身も、自分の出した"結論"に縛られていないか、そういう疑問が、ワンダー3のチームを見た経験からはわきます。
・...自分の考えたことでも、"書き留めて"おかないと意外と忘れるんですよね(笑)。何でそういう結論になったんだっけかなあという。
・森保監督の普段の言動からすると、最初から属人的な人だとはどうも思えないんでね。何が結果としてそうさせるのかなという。
・例えばどんなに理論志向の監督でも、あるクラブチームを一年間二年間率いれば、限られた人材の中で最終的に採り得るやり方使える選手は自ずと決まって来てしまいますよね。
・ああいう追い込まれ方を、もっと緩く構えられるはずの代表チームで、わざわざ自分でしているような感じがする。プロセスを急ぐことによって。
・ここらへんは例えば、オフトや加茂やトルシエやオシムのチーム作りとの比較で言っているんですけど。もっと"透明"で緩いやり方を、彼等はしていたように思えます。
・ザックは諸般の事情で割りと最初から属人的というか癒着感がありましたし、ハリルホジッチはハリルホジッチで結構プロセスが飛ぶというか、集まるたびに違うことをやっていた印象がありましたけど。(それについてはオシムも少し)
・ジーコは勿論属人ですけど、ではジーコと森保監督は同じなのかという。結果は似てますけど。(笑)
・まああれですね、アンダーチームの時はもっとゆったりしていたというか、"ラボ"感があった気がするので、やはりトップ代表のプレッシャーは違うのかなという感想は、前回に続いてありますけどね。
・上で挙げた監督の例も、要は昔の監督はゆったりしていたけど最近の監督は拙速的だねという話に読めなくはないので、時代を追うごとに圧が強くなっている要求されるサイクルが早くなっているなんてことは、あるのかも知れない。
・...こんなことを書く予定ではなかったんですけど、書いている内に思いついてしまった(笑)、"森保ジャパンの真実"。
・どうなんでしょうね。

・その他細目。
・"起用"自体は若干唐突に感じた伊東の右サイドですけど、予想・危惧していたよりは随分と伸び伸びと広いスペースで走力を活かしていて、相手関係はありますけどありなのかなと。
・単純に練習で手応えがあった、酒井・室屋より良かったから伊東を使ったと、そういう面はあるのかも。
・"1トップ"永井に関しては、そんなにはっきりした狙いのある使い方には感じませんでしたが、チーム戦術というよりも前の"3人"のコンビネーションとしては、まずまず可能性は見えたかなと。
・そこらへんは逆に、"トップ下"的性格を持ったシャドーとしての南野の存在が、利いていたかなと、どこまで意図的なのかは不明ですが。
・実際曖昧なところはありつつも、「大迫ありき」の行き詰まり感からは、ある種の解放感はあった気がします。逆に永井の負傷で大迫が入って来た時は、失礼ながら今更感というか、その芸もう飽きたよ今は見たくないみたいな気持ちも、よぎらなくはなかったですし。(笑)
・やはり永井の風を通す力というのは独特なので、今後も何らか活かして行きたいなとは思いましたね。もう30なのかあというのはありますが。(笑)
・ていうか前も言いましたが大迫がそこまで替えの利かない選手なら、逆に大迫のいない前提でチームを作って大迫は切り札的に使うという構成はありだと思います。
・アンダーチームでは、一応"ポストプレーヤーを置かない"チームというのも意図的に作ってそれなりに成功していましたし。
・勿論広島では「佐藤寿人」でやっていたわけですし。(ただこれについてはそもそも"広島式"なのかという疑問はある)
・まあ川又とか鈴木武蔵とか、それなりの"代役"プレーをする選手も出ては来ていますから、今から諦める必要はないかもしれませんが。
・とりあえずその為には、3-4-2-1は4-4-2よりは誤魔化しは利かせやすいだろうなと。"1トップの選択"を、"前3人の組み合わせ"にすり替え(?)られるという、そういう可能性。
・久保(建)はさすがのプレーではありましたけど、ただ今まで見た中では一番テンパってもいた気がして(笑)、久保でも緊張することあるんだあという感じ。(笑)
・出来れば単純な"スピードアップ"だけではなくて、もっと何かリズムを"ずらす"感じとかも欲しかったかなと、それでこそ天才クンというか。(笑)
・まあこれから。

・より根本的に言うと、現状の3-4-2-1に見える可能性としては、一応4-4-2(の悪い時)よりはビルドアップの安定感は出て来るかもなと。
・余りにも1トップ頼み、余りにもボランチの"司令塔"プレー一発な4-4-2に比べて。
・ただそれは4-4-2がそういう形に"なって"しまっただけというところもあるし、一方で3-4-2-1の方は少なくともまた固定していない、いい意味で曖昧でニュートラルにプレー出来ているからという、それだけな感じもしなくはない。
・理想としては、「速攻」型の4-4-2と「遅攻」型の3-4-2-1の使い分けなんでしょうが、現状あんまりそういう展望は見えなくて、せいぜい"含みの無い"速攻の4-4-2と、"多少含みのある"速攻の3-4-2-1くらいの違い感。(笑)
・それも狙ってのことなのかどうか。
・ワンダー3の破壊力という4-4-2の特徴がはっきりしている分、3-4-2-1を主力にしていざという時4-4-2みたいな使い分けが、見え易いと言えば見え易いかなと。
・別な言い方をすると、「後半中島投入」パターン。
・まあ4-4-2はもう"やることがない"(しつこい(笑))でしょうから、しばらく3-4-2-1を実地に鍛えて行くのが、当面の問題としてはいい気がしますけどね。
・ぶっちゃけまだどういう特徴があるのかどういうメリットがあるのか、はっきりしないですしね。
・この2試合での"良化"は、あくまでこのシステムのチームとしての総合的な良化という話であって、4-4-2との比較や森保ジャパンという「計画」全体の中でどうという、ヴィジョン的なレベルのものではないように思います。
・とりあえずはもう一回大迫を先発で使ってみて、それで何が起きるのか、かな?
・実ははまらないという可能性も、なくはない気がしているんですが。
・はまったらはまったなりに、はまらなければはまらないなりに、また今後を考える。

とりあえず良くはなっていますしいくつか可能性は見えなくはないと思いますが、やはり何というか、あんまりすっきりした感じにはなりませんね。少なくとも"海外""戦術"方面のサッカーファンが満足しそうな感じには。(笑)
"積み上げ"や"改善"や"選択肢"というよりも、作り直し感が強いというか。また別の話が始まったというか。
余り期待せずでも絶望もせず(笑)、しばらくは見守っていきたいと思います。


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