2008年05月16日 (金) | 編集 |
フジテレビ739にて。
”日本サッカーの父”が語る「日本化」?
メンバーも発表されたことですし、少しは代表気分を盛り上げよう・・・・というわけでもないですけど(笑)。久々&今更のネタ。
”接近”
電灯の周りに群がるハエ・・・・。褒められてる、んですよね?(笑)
まあ悪意があるわけはありませんが、日本人の特有のすばしっこさや細かい技術に辟易する、ゲルマン人(笑)の偽らざる実感、違和感が良く表現されていると思います。
ここでクラマーが言及しているのは、直接的には後に東京五輪を経てメキシコで銅メタルを獲るあのチームの母体となった選手たちですが、とにかくこのように昔から変わらぬ”特徴”はあったという話。
グローバルとローカル
これは面白い。
テンポを落とさなければいけない、つまりは本場(ヨーロッパ)のチームと同じようにプレーしなくてはならないと言う、”先進的”で”良心的”な日本人コーチ(竹腰)のグローバリズム。
それに対してそのままでいいんだ、例えローカルでも自分たちの特徴を活かし切ればいいんだ、下手に本場を見習ったりしたら勝てないぞと言う外国人コーチ・クラマー。
クラマーに当たる外国人コーチ、または十分な権威を持ってそれを主張してくれる人は見当たりませんが、対立構図としては今でもありますね。(片方は消えそうですが・笑)
付け加えるとすれば、常に「やって見せる」ことによって説得力を発揮していたというクラマーにすれば、ほら現に今お前らは、その”本場”の自分を切り切り舞いさせただろうがと、そう言いたかったのではないかと想像しますが。
結局のところ、『接近』という観点からは、あのメキシコのチームはどうだったんでしょうね。
どのような形で完成されたのか。
竹腰とクラマーの「論争」の帰結はどうなったのか。この番組の中でも、また僕が今まで見たメキシコについて書かれたものの中でも、これという言及は見当たらないんですが。
(補足)クラマーとオシム
クラマーが(メキシコ五輪の時に率いていた)監督としての故・長沼健氏を、大変評価している箇所があります。収録は死去以前です。
これ以上の具体的な話は無いんですが、この発言にはちょっと驚きました。
この驚きには3つのポイントがあって、
1.長沼がともかくも特筆に足る優れた監督だったらしきこと。
2.クラマーがオシムをある意味あまり評価していないらしいこと。
3.長沼を持ち上げる為に、わざわざオシムを引っ張り出してクサすという、大人げないことをしていること。(またそれがそのまま放送されていること?)
はっきり言って大人げないですし(笑)、オシムには聞かせたくないなとも思いますが、そんなことをする動機を想像すると、非常に興味深くはあります。
それはまずは”父”としての贔屓・思い入れ、日本には優れたところ(優れた人材)が沢山ある、やたら外国ものをありがたがって卑屈になってくれるな、オシムがナンボのもんじゃいというそういう心情・自負(他負?)があるでしょう。・・・・ひょっとしたら、(クラマーからすれば)ポッと出のオシムに『日本化』なんてしゃらくさいことを言われてしまった、そういう腹立ちもあるかも知れません。
と同時によりサッカー的な問題、オシムより遥かに長く日本サッカーを間近で見続けて来た者として、オシムが代表でやっていた仕事に、何かはっきりした違和感・・・・わざわざ名前を上げてクサすほどのそれがあるのかもなと。その方向は違うよと。
番組中でオシムの何がいけないかと語る場面が別にあるわけではないので分かりませんが、やはり上の「クラマー×竹腰論争」と何か関係のあることなのかなと、想像せずにはいられません。
・・・・僕自身はそういう理論的戦術的問題は問題として、日本人ならぬヨーロッパ人である(南米人でもない)クラマーの口から、”大”オシムの名がこのようなネガティヴな形で出て来たことそのものに、単純な新鮮さというか、普段見えないサッカーのリアリティの一つの断面というか、そうしたものが垣間見えた気がして面白かったですが。
日本人云々を別にしても、クラマーにはオシムがどう見えているのか、是非とも詳しく聞いてみたいなあ。
まあ最も単純に言うと、「外国」ったって「本場」ったって、「ヨーロッパ」ったって色々あるという、当たり前の話ですけどね。
ただどうしても極東の我々としては、「いい/美しいサッカー」とか「攻撃的」か「組織的」かそうでないかとか、そういう決まり切った構図の中でしか、なかなかオシムクラスの人を話題に出来る機会が無いので。
ともかく色々と興味深かったので、見てない人は再放送の際は是非。
”日本サッカーの父”が語る「日本化」?
メンバーも発表されたことですし、少しは代表気分を盛り上げよう・・・・というわけでもないですけど(笑)。久々&今更のネタ。
”接近”
「もう45年も前、そう、もう40年以上も前の話です。(中略)
日本チームは、ボールに触るところと、ボールの周りの小さな激戦に関しては、大変才能がありました。
当時私が一緒に試合をしていた時、私たちは4対4でプレーしました。
私はボールに全く触ることが出来ませんでした。
彼らは電灯の周りに群がるハエのように、素早く動きました。」
電灯の周りに群がるハエ・・・・。褒められてる、んですよね?(笑)
まあ悪意があるわけはありませんが、日本人の特有のすばしっこさや細かい技術に辟易する、ゲルマン人(笑)の偽らざる実感、違和感が良く表現されていると思います。
ここでクラマーが言及しているのは、直接的には後に東京五輪を経てメキシコで銅メタルを獲るあのチームの母体となった選手たちですが、とにかくこのように昔から変わらぬ”特徴”はあったという話。
グローバルとローカル
「よく論争になりました。
竹腰と私がプレーしました。彼は私たちはテンポを落とさなくてはならない、と言いました。
もし私たちがテンポを落とせば、ヨーロッパのチームには勝てない、と私は言いました。」
これは面白い。
テンポを落とさなければいけない、つまりは本場(ヨーロッパ)のチームと同じようにプレーしなくてはならないと言う、”先進的”で”良心的”な日本人コーチ(竹腰)のグローバリズム。
それに対してそのままでいいんだ、例えローカルでも自分たちの特徴を活かし切ればいいんだ、下手に本場を見習ったりしたら勝てないぞと言う外国人コーチ・クラマー。
クラマーに当たる外国人コーチ、または十分な権威を持ってそれを主張してくれる人は見当たりませんが、対立構図としては今でもありますね。(片方は消えそうですが・笑)
付け加えるとすれば、常に「やって見せる」ことによって説得力を発揮していたというクラマーにすれば、ほら現に今お前らは、その”本場”の自分を切り切り舞いさせただろうがと、そう言いたかったのではないかと想像しますが。
「高い水準のテンポを保ったままで、テクニックもそれと同じ水準に引き上げることです。
彼らはいいテクニックを持っていました。彼らはボールの周りで、巧みなプレーをしました
しかし、彼らがこの巧みさを、11人対11人の(プレーの中で発揮するには、積むべき経験が沢山ありました)」
結局のところ、『接近』という観点からは、あのメキシコのチームはどうだったんでしょうね。
どのような形で完成されたのか。
竹腰とクラマーの「論争」の帰結はどうなったのか。この番組の中でも、また僕が今まで見たメキシコについて書かれたものの中でも、これという言及は見当たらないんですが。
(補足)クラマーとオシム
クラマーが(メキシコ五輪の時に率いていた)監督としての故・長沼健氏を、大変評価している箇所があります。収録は死去以前です。
オシムよりも、長沼の方が、よっぽどいい監督でしたよ。
(中略)
長沼は頭が良く、その上勘も働きました。
賢い男です。本当に、賢い男でした。
これ以上の具体的な話は無いんですが、この発言にはちょっと驚きました。
この驚きには3つのポイントがあって、
1.長沼がともかくも特筆に足る優れた監督だったらしきこと。
2.クラマーがオシムをある意味あまり評価していないらしいこと。
3.長沼を持ち上げる為に、わざわざオシムを引っ張り出してクサすという、大人げないことをしていること。(またそれがそのまま放送されていること?)
はっきり言って大人げないですし(笑)、オシムには聞かせたくないなとも思いますが、そんなことをする動機を想像すると、非常に興味深くはあります。
それはまずは”父”としての贔屓・思い入れ、日本には優れたところ(優れた人材)が沢山ある、やたら外国ものをありがたがって卑屈になってくれるな、オシムがナンボのもんじゃいというそういう心情・自負(他負?)があるでしょう。・・・・ひょっとしたら、(クラマーからすれば)ポッと出のオシムに『日本化』なんてしゃらくさいことを言われてしまった、そういう腹立ちもあるかも知れません。
と同時によりサッカー的な問題、オシムより遥かに長く日本サッカーを間近で見続けて来た者として、オシムが代表でやっていた仕事に、何かはっきりした違和感・・・・わざわざ名前を上げてクサすほどのそれがあるのかもなと。その方向は違うよと。
番組中でオシムの何がいけないかと語る場面が別にあるわけではないので分かりませんが、やはり上の「クラマー×竹腰論争」と何か関係のあることなのかなと、想像せずにはいられません。
・・・・僕自身はそういう理論的戦術的問題は問題として、日本人ならぬヨーロッパ人である(南米人でもない)クラマーの口から、”大”オシムの名がこのようなネガティヴな形で出て来たことそのものに、単純な新鮮さというか、普段見えないサッカーのリアリティの一つの断面というか、そうしたものが垣間見えた気がして面白かったですが。
日本人云々を別にしても、クラマーにはオシムがどう見えているのか、是非とも詳しく聞いてみたいなあ。
まあ最も単純に言うと、「外国」ったって「本場」ったって、「ヨーロッパ」ったって色々あるという、当たり前の話ですけどね。
ただどうしても極東の我々としては、「いい/美しいサッカー」とか「攻撃的」か「組織的」かそうでないかとか、そういう決まり切った構図の中でしか、なかなかオシムクラスの人を話題に出来る機会が無いので。
ともかく色々と興味深かったので、見てない人は再放送の際は是非。
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