ヴェルディ、代表、アイドル、漫画、アニメ、他
’17.12月のブログ拍手
2018年01月01日 (月) | 編集 |
あけましておめでとうございます。

それからセレッソ大阪さん、天皇杯優勝おめでとうございます。
"勝つ"監督は勝つんですね。

それにしてもJ1は知らない選手が多くて、今年は山田直輝復帰の浦和あたりをウォッチして、少し"ミッシングリンク"を埋めに行かなければいけないなと思っています。
僕は"チーム"ベースなので、注目チームが無いとほんとに見ないんですよね。見ないと言うか、見ても入って来ないというか。


1位 平本引退に寄せて (12/11) 12

2位 「原則」と「戦術」 ~コンテ、ロティーナ、リカルド・ロドリゲス、そしてペップ (12/6) 11

3位 森保ジャパン船出 (12/18) 
3位 「芸術新潮」'17.9月号 アニメ特集 (12/20) 

5位 17/18V・プレミア女子2ndレグ(+1)雑感 (+エロ) (12/13) 
5位 読書日記(’17.12.26) ~それぞれのお国事情 (12/26) 

7位 『宝石の国』他 ’17.10月期地上波アニメ最終感想 (12/30) 


なんかこう、"いつの間にか"伸びてる感じのエントリーが多かったですね。
「更新したから見る」というより「思い出したように見る」ブログという位置づけになってるんでしょうか。
・・・"所長さん"を簡素化したのも、一応関係してるのかな?ひょっとして。"とりあえず覗く"モチベーションを、下げてしまったか。(笑)
アクセス数自体は特に変わってないんですけどね。元々少ないというのもありますけど。(笑)


平本引退
へえ。あれが。腐ってもヴェルディブログということか。
ああいう「記念」エントリーに限ってヴェルサポが見てくれるのか、それとも見てる人は大して変わらないけど押してくれる人が増えるのか。どっちなんでしょうね。
ツイッターもフォロー自体は随分されてる感じなんですけど、ただどのチームのサポに比べても、ヴェルサポからの反応はいつも薄いのでね(笑)。どういう存在なんだろうな自分はと、たまに不思議に思います。
ヴェルサポは昔気質なので"義理"フォローの慣習が強いのかとか、結構真面目に(笑)考えてますが。

そして2位の、12月一番のバズり(笑)エントリー。

こちらも割りと、特徴的な反応と言えば特徴的な感じ。
つまりツイッター上の反応に比べてこっちでの反応はかなり鈍かった(最終的には2ケタ行きましたが)というのと、もう一つ一応"グアルディオラ"エントリーでもあるけどシティサポにはそんなにヒットしなかった感じが。(これまでの"グアルディオラ"エントリーに比べて)
ある程度は理由は分かって、それはこの記事が、凄く「外向け」の記事になっているからだろうと。だから通りかがりの人には読み易いだろうけど、いつも見ている人には物足りない内容だったのではないかと。別にそうしたわけではないんですけど、今回は少し材料が揃い過ぎてしまったので、それを"並べる"だけで長さ的に一杯になってしまって、その"材料"をもとにした僕ならではの(笑)逸脱というか入り込みを、やる余地がなくなってしまったんですよね。逆にそれをやらないのが、"読み易い"文章なんでしょうけど。(笑)

森保ジャパン
試合を見た人がそんなに沢山いたとは思えないので、"井上潮音の処遇"についての僕の楽観的な予測が、単純に読んでいて気持ち良かったのかなとか(笑)。見ていなくても。
めでたく今月の試合にも、呼ばれましたね。テレ朝チャンネル2、ちゃんと契約してあります。(笑)


「芸術新潮」アニメ特集は、いつの間に伸びてましたねそれこそ。初動全然だったんですけど。
これに関しては、検索で飛んで来た一見さんの票とかも入ってるのかなと想像しますが、最近アクセス解析がほとんど機能してないので、しかとは分かりません。あれも古いツールですからね。
「宝石の国」他は、逆に初動が良くてびっくりしました。
やっぱり宝石の国の主役の演技、インパクトありましたよね共感してくれますよねと、それについては、素直に受け取っておきます。(笑)
「読書日記」も、割りと興味を引ける内容ではないかとそこそこ自信があったので、良かったです。

V・プレミア女子2ndレグ雑感は・・・。エロですよね、エロでしょ?(笑)
荒谷栞ですか。やっぱり荒谷栞ですか。
田原愛里という可能性もあるけど、やっぱり荒谷栞ですよね。女はじゃないですもんね、ですもんね。
ちなみにその後見てみた高校(共栄学園)時代の荒谷さんが、マジに最高でした。
漫画みたいに一人でクルクルクルクル決めまくって、でも可憐で、健気で。そりゃ人気出るわ。

荒谷栞 共栄学園

2017年春高 金蘭会対共栄学園 1セット目
https://www.youtube.com/watch?v=SXgiadHqfjU
2017年春高 金蘭会対共栄学園 2セット目
https://www.youtube.com/watch?v=BG30dlQtGVU&t=1s

やあ可愛い。勢い余ってフジテレビONEも契約して、今年の春高(女子)もチェックしてみることにしてしまいました(笑)。バレー女子可愛いなあ、独特だな。


というわけで、色々とめでたい正月を過ごしています。
今年もよろしく。


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テーマ:ブログ日記
ジャンル:ブログ
テレ朝新海誠特集(と、『君の名は。』)
2018年01月03日 (水) | 編集 |
『雲のむこう、約束の場所』('04)
『秒速5センチメートル』('07)
『星を追う子ども』('11)
『言の葉の庭』('13)

の、『君の名は。』('16)に至る4作品(新海誠Wiki)を一挙放送。
深夜とはいえ正月とはいえ、大胆な企画でした。
そして内容も。




・いやあ、驚きました。
・こんなに凄い人だったとは。

・本格SFの『雲のむこう、約束の場所』。『君の名は。』を直接的に連想させる"すれ違いラブストーリー"の機能性を徹底的に追求した『秒速5センチメートル』。"ジブリ"スタイルのファンタジー文明論の『星を追う子ども』。逆に"実写"的なクールな映像美で構成されたシティ派(?)の小品『言の葉の庭』
・浅く言えば"何でも出来る"人であるし、もう少し深く言えば、"アニメを知り尽くした"人だなと。
・本当に恐ろしく知り尽くしていて、宮崎駿を筆頭とする過去の先達たちのスタイルやアビリティを、悠々と呑み込んでいて自在に使える感じ。
・それは単に"器用"とかいうレベルではなく、どれをやらしても結局誰よりも上手い、発明者本人よりも上手くやれる感じ。
・だから始まった数分では「はいはいこのパターンね」と若干引きながら見始めることが多いんですが、終わった時にはぐうの音も出なくなっている。(笑)
・一番"引いた"のは本人も「ジブリを意識した」と明言している(Wiki)『星を追う子ども』ですが・・・
・いや、その、何というか、これ宮崎駿じゃないよ、だってあの人こんなに論理的に強靭な作品作れないじゃない。(笑)
・いつも最初だけ勢いが良くて最後何言ってるかよく分からない感じになるのが"駿節"で(笑)、そういう余計な「癖」や「限界」は見習わずに、いいところだけ見習ってそのスタイルが本来たどり着くべきポイントまでちゃんと作品を導いている。
・ぐう。(出た)
・それだけちゃんと分析出来てるということでしょうけどね。
・"憧れ"や"真似"ではなく。

・なら「批評」的な人なのかというと、そうともあんまり思わない。
・というか「アニメ」をどう考えているのか、今一つよく分からない。
・好きなのか嫌いなのか、興味があるのか無いのか。極端に言えば。
・「批評」的な人というのは、"肯定"を結論としようが"否定"を結論としようが、結局"そのジャンル"そのものに焦点を当てていてこだわっていて、そのジャンルにおける"スタイル"問題をああでもないこうでもないと、やるわけですけど。
・そういう執着はこの人には感じられないし、「スタイル」の取り扱いも本当に余裕綽々で、「批評」的な厳しさは逆に無い。
・一つ一つについては鋭いですけど、それは何というか外科医的な即物的な鋭さで、批評的な自意識とは違う。人に見せる為にやっているわけではないというか。自分の"鋭さ"を。
・押井守とかは、"鋭い"と言ってもらいたくて仕方が無い感じが少し引くわけですけど。
・まああえて付言するとすれば、この後の『君の名は。』との比較というスケールで見れば、これら4作品は一種の「習作」だというそういう性格はあって。
・だから気楽に作っていると、そういう面は無くは無いとは思いますが。
・それぞれ劇場公開されて、ヒットも評価も十分にされてはいるわけですけどね。(笑)
・あくまで比較の問題ですけど。
・だから新海誠に新海誠なりの執着や弱点が見えて来るのは、これからなのかも知れない。
・その時にもう一回、過去の監督たちとの比較をすべきなのかも知れない。
・公平性の観点からすれば。(笑)
・まああんまり必要だと思ってないんですけど、現時点で。(笑)
・これはやはり、本物の「新世代」だという、感慨は強い。

・そして『君の名は。』ですが。
・こうした過去作品との関係を、どう考えるべきなのか。(デビュー作『ほしのこえ』('02)も、全部かどうかは定かではありませんがテレビで見たことは見ました)
・上で言ったように"すれ違いラブストーリー"のダイナミズムとしては完全に『秒速5センチメートル』が下敷きになっていますし、あの印象的な「大穴」(クレーター痕)のイメージも、『星を追う子ども』で既に一回出て来ています。
・細々とした人間関係のパターンや「田舎」の風景やそこからの都会への視点など、『君の名は。』を構成している要素のほとんどは過去(の自作品)に繰り返し出て来た、お馴染みのイメージで出来上がっています。
・だから初めて「製作委員会」方式で作られた恐らくは商業的な意味での"勝負作"で、それまでの手法を総結集した持てるものを全部ぶち込んで作った"集大成"と、流れとしては整理したいところではあるんですが。
・うーん、どうなんだろう。そう言うには少し物足りない感じ。ぶっちゃけ一番つまらないし。(笑)
・僕自身全くの後知恵ですが(笑)、"新海誠"を判断するに、『君の名は。』が相応しい作品には思えないというか。
・まあ「外向け」の作品だから、というのはあるんでしょうけど。
・それにしても物足りない。
・やはりどちらかというと"パッチワーク"の方に近いか、あるいは単に"集大成"の「失敗」か。(笑)
・そういう意味でもやはり、"メジャー作家"としての新海誠の評価は、これからのものなのかも知れない。

・だから例の江川達也のあれに代表される『君の名は。』についてのありがちなネガティブな評価も、あの作品単体についてはそんなにゆえの無いものではないと、新海誠の凄さが分かった上でも思うは思います。

「これは売れるなと思いましたけど、プロから見ると全然面白くないんですよ。作家性が薄くて、売れる要素ばっかりぶちこんでるちょっと軽い作品」。(孫引き失礼。)


・これテキストだと「売れ線だからいけない」とかなり浅薄な感じに見えるところがありますが、実際に喋ってるのを見た記憶だとそこまで単純ではなくて、売れ線「でしかない」からいけない、要素を「ぶちこ」んでいるだけだからいけないという、そういう本意の発言には見えました。
内容ではなく手法の問題というか。要素がいけないのではなくて使い方がいけないという。
・繰り返しますがこの作品単体としてはそういう感想は無理はないと思いますし、僕自身もその時点では似た印象を持ちました。
・何だこの"薄さ"は、分かってやっているようではあるけれど、この人の「作家性」はどこにあるんだろうと。
・"ポップス"には"ポップス"の作家性というものはあり得るんだけど、それにしてもこの素材の使い方の無頓着さ、オリジナリティや個人性への無関心さはどういうことだろうと。

・過去作を見た上での結論として言うと、本質的にはこれは的外れな疑問だと思います。だったというか。
・ただししつこいですが(笑)、無理は無いと思いますが。あの作品の評価としては、"正しい"可能性がある。
・それはそれとしてどう"的外れ"かというと・・・これは「ポップス」ではないんですよね。むしろ"サンプリング"ミュージックや"ヒップホップ"に近い。
・同じくポップではあるけれど、「歌謡曲」ではなくて「フリッパーズ・ギター」とかの方にむしろ近い"手法"感の作品・作家なんですね。
・フリッパーズ・ギターを聴いて、「これパッチワークじゃないかオリジナルじゃないじゃないか」と"批判"するのは、とんだ間抜けなわけで(笑)。いや、それ仕様だから。
・『君の名は。』の"オリジナル"感の薄さや過去のアニメ・映画のパターンの転用の無頓着さは正にそういう性格のものであるし、そこまであからさまにやらなくても、過去の新海作品一つ一つで取り扱われている各手法についての、"オリジナル"意識はそういうものだと思います。
"オリジナル"であることに作品の価値の比重はそもそも置かれていないし、"陳腐"とされる手法を用いることにも全然迷いは無い。
・代表的にはほとんどの作品で多用される主人公のモノローグですね。余りの使い古し感に最初必ず「げっ」となるんですけど(笑)、その内"モノローグ"が醸し出すと通常期待される"抒情"に作り手が特に執着していないことが分かって、じきに気にならなくなる。
・ただ"フリッパーズ・ギター"的なものの場合は、そういう"オリジナル"にこだわらないサンプリング的な「処理」そのものが見せ物となっていて、それがつまり上で言った「批評的」ということなわけですけど。
・既に言ったように、新海誠はそういう人には見えない。
・こだわらないのは単にこだわらないのであって、こだわらないことにもこだわっていないというか。(笑)
・じゃあ何なのかというのはまだ分からなくて、ひょっとしたら本人も分かってないのかも知れない。(笑)
・その「混乱」が、『君の名は。』にも表れているということなのかも。
・こうして並べてみると、改めて俺はなんなんだろうという。
・今後『君の名は。』で駆け上がった"集大成""総合"のステージで戦い続けるのか、それともまた"個別"のレベルに"下りる"のか。
・"下りた"方が、クオリティの鉄板保証されるとは思いますが。いくらでも「名作」を量産出来そうというか。
・それだけ凄い人なのは現時点でも確かですけど、後はご本人がどう考えているのか。

・というわけで手法的な"決着"はついていないところはありますが、それにしてもこの「オリジナル」や「差別化」の強迫観念からの解放感は、本当に『新世代』感はあります。僕の世代では無理です。(笑)
・器用な人物知りな人は過去にも沢山いましたけど、そういう人がたいていジャンルに「埋もれて」しまうのに対して、この人の場合は本当に「超越」しているというか、悠々と距離を取っているというか。
・...もう一つだけ言っておこうかな。
・このように"こだわらない"新海誠さんではありますが、その一方で"恋愛"への信頼感は独特のものがあるように見えて、それが昨今大流行りの「青春」系ストーリーの文脈にばっちり合致して、それが大ヒットの要因にもなったし、一方で売れ線クソ野郎の誤解(笑)も招くことになっていると思います。
・あれはねえ、僕も勘違いしているところがありましたが、好きでやってるんですよねこの人、"媚び"てるわけではなくて。
"本気"でやってるというか。
・個人的なものなのか世代的なものなのか、「恋愛」の瞬発力だけは信じてるし逆にそれしか信じていないというか、そこらへんの感じは面白いです。
・"面白い"というかまあ、ミニマムには説得されるというか。
・"求め"は必ずしもしないですけど。おじさんですし。(笑)
・深い問題なのか浅い問題なのか、まだ判断の付かないところがありますが。

以上、こんなバタバタと書いていい内容では多分なかった気がしますが(笑)、とりあえず今夜の地上波放送に合わせて。
僕が見るかというと・・・まあ、見ないでしょうね(笑)。今回は。
もう少し寝かせたい。


テーマ:アニメ・感想
ジャンル:アニメ・コミック
"推し"とはなんだろう ~乃木坂46を例に
2018年01月05日 (金) | 編集 |
推しとは何か、ということを、別に僕が定義する立場にはないんですが。

言いたいのはつまり、アイドルに特に興味が無いほとんどの人が思っているであろう、"推し"って一体何だ、"ファン"じゃいけないのか、あるいは"好き"(恋愛感情)とは違うのか、こういうタイプの素朴な疑問に、僕なりに答えてみようかなということ。(笑)


具体的には、このほど、約半年以上かかってようやく(笑)追っかけ視聴が完了した乃木坂46の代表的冠バラエティ、『乃木坂って、どこ?』全180話、『乃木坂工事中』136話、加えて3期生対策の『NOGIBINGO!』最近2シーズン22話の視聴経験という実績(?)を基に、巨大グループ"乃木坂46"全体の中での(自分の)"推し"の位置を指し示すことで、それをなしたいという、そういう企画です。

まあ単に好きだと言うのもあるんですけど、こういう一覧みたいなのを作るのが。(笑)


では早速一覧を。
赤字が1期、青字が2期、紫字が3期、無彩色が卒業済みのメンバーです。(乃木坂46Wiki)(エケペディア)
ちなみに"卒業済み"の正式メンバーは、今のところ全て1期です。なお「研究生」止まりメンバー(2期相当)は、省いてあります。

推し

齋藤飛鳥寺田蘭世久保史緒里

"天才"認定

生田絵梨花和田まあや堀未央奈(高山一実)

大好き

斎藤ちはる西野七瀬、畠中清羅、(高山一実)

好き

衛藤美彩若月佑美新内眞衣与田祐希、橋本奈々未

割りと好き

川後陽菜斉藤優里、[中元日芽香]、星野みなみ松村沙友理北野日奈子大園桃子、伊藤寧々

好きなところもある

秋元真夏生駒里奈桜井玲香能條愛未相楽伊織佐々木琴子鈴木絢音伊藤理々杏岩本蓮加(黒石さん)

好きでも嫌いでもない

川村真洋中田花奈伊藤かりん梅澤美波阪口珠美、市來玲奈、(白石さん)

やや苦手

井上小百合樋口日奈山﨑怜奈渡辺みり愛向井葉月山下美月、伊藤万理華、岩瀬佑美子、永島聖羅、宮澤成良、大和里菜

特に印象が無い

伊藤純奈佐藤楓中村麗乃吉田綾乃クリスティー、深川麻衣

覚えていない

安藤美雲、柏幸奈、山本穂乃香、吉本彩華


卒業発表済みだけれど時期未定な中元日芽香さんを入れると、現メンバー45人。
卒業済みメンバーを加えると総勢59人。あ、"交換留学生"松井玲奈さんはカウント外で。

高山一実さんは"天才"というより純粋に"変人"なのではないかという疑いがあって、それにつれて凄く好きな時となんか引いちゃう時とが混在しているので、浮いた扱いに。(笑)
(黒石さん)と(白石さん)は勿論、同一人物としてカウント。フュージョンしてくれたらもっと好きになると思います。(笑)

他、僕の個別の好き嫌いとかは、聞きたい人もいるかもしれないですけど今回はパスで。多いし。(笑)


さて"企画"として注目すべきは、まず「大好き」の上に更に6人ないし7人いるという、不思議なピラミッド。
僕自身の語感でも、普通なら「大好き」が最上ランクで、例えば海外ドラマのランキングでも、そうなっています。(笑)
もう一つ基準を下げると、「好き」の上には更に10人"好き"と告白されて喜んでいたら、ひどい梯子外しですね(笑)。ベスト10外かよという。"好き"なのに。(笑)

この「好き」以上の15人は確実に、「割りと好き」の8人でも、出会い方によっては通常言うところの"ファン"になっていた可能性が高い。
だから乃木坂総勢59人の内、最低でも15/59の25%の4分の1、広く取ると23/59の39%、約4割のコの、僕は"ファン"だということになります。

この状態で"ファン"だという言明に、どれだけの意味があるでしょうか。(笑)
だから別の概念が必要で、その代表が「推し」なのだろうと、基本的にはそういう話です。


ここまで見て来ると分かるように、これはつまり、AKB48に始まる"大人数"グループ、それを主流とするアイドルグループブームの中で、生まれて来た要請された、概念なんだろうということですね。
直接的には勿論、"総選挙"においてCDを買って「投票」するという、ズバリその行為に付随する概念・形容なわけでしょうが、そういうシステムの無い例えば乃木坂46においても、感覚的には共通するというか理解が出来るというか。

あのコもいいこのコもいい、ファンになる価値のあるコは少なからずいる、ただその中であえて自分が"推す"のはこのコだという、そういうこと。"特別"だと感じるのは。

これらは一本釣り的な"愛"というよりもあくまで「比較」の中での感覚であるし、その比較を可能にする、あるいは残酷にも可能となる、大人数のアイドルの同時的"陳列"の中でこそ発生する概念。
そこが従来の単体やせいぜい4,5人でパッケージされた"アイドル"とは、違うところ。

"比較"される方としては誤魔化しが効かずにしんどいという面はあるでしょうし、"棚"から選ぶという行為に不快さを感じる人もいるでしょうが、一方で選ぶ側には選ぶ過程で、"ストーカー"的思い込みとはむしろ真逆のある種の"客観性"、もっと言えば"社会性"のようなものが自ずと発生している部分があって、「選んだ」果ての心境はある意味淡々としているというか、感情として特有の"純化"されたものがあるというか。
だから"CDを買って投票する"タイプの「推し」についても、他人がいぶかる程本人たちは狂っているわけでも(笑)騙されているわけでもなくて、かなり"悟った"意識状態で、概ねそういう行為を行っているのだろうと、想像はするわけです。
中には狂っている人も"見返り"を求めている人も、いるでしょうけどね。


以上が大人数グループピラミッドの、特徴というか効用というか。
意外と悪くない趣味だろうと思います。結構社会性の高い経験というか。精神的な成熟をうながす(笑)面があるというか。伝統的な"一本釣り"アイドル熱より。

納得されたでしょうか。(笑)


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テーマ:乃木坂46
ジャンル:アイドル・芸能
"頂"(いただき)の高さとは ~春高バレーをヒントに(その1)
2018年01月09日 (火) | 編集 |
春高バレー(全日本バレーボール高等学校選手権大会)というものを初めて見ました。(フジテレビONE)
"春"と言っても、1月ですけどね。3年生にとっては最後の大会なので、そういう意味でも、"冬"っぽくはありますが(笑)。サッカーは確か、"冬の選手権"て言いますよね。

結果は大阪代表の、金蘭会高校が優勝。

文句なしでした。同格のチームは他に2,3ありましたが、一番伸び伸びとバラエティに富んだバレーをした、魅力的なチームだったと思います。
僕が特にお気に入りだったのは、2年生の"5番"曽我啓菜選手ですね。

曽我啓菜

身長は170cmそこそこですが最高到達点はVリーガーも含めた日本人トップクラスになる驚異のジャンプ力、身体能力で、ほとんど『ハイキュー』の"変人速攻"的な超速ブロードの威力もさることながら、ジャンプした時の空中姿勢が実に無理なく美しいんですね、一瞬"止まっている"感じがするくらい。「超速」なのに「止まっている」という、この真のフィジカルエリートならではの矛盾。フィギュアスケートかよと思いました。
性格もやんちゃな感じで、ルックスも「シュッとしたおサルさん」みたいな感じで可愛いです(笑)。プレーのイメージにぴったりというか(笑)。金蘭会はなぜかみんなそんな感じでしたけど。

純粋な意味でのルックスとしては、鹿児島南の神ノ田(かみのだ)奈緒選手が、僕のイチ"推し"でしたかね。

神ノ田奈緒

実業団てタイプじゃないから大学行くのかな?既にして"女子大生"的な風格のある、しっかりした美人さんでしたけど。関東の大学にでも来てくれたら見に行きたい。他にも即モデルデビュー出来そうな長身美少女とか沢山いたんですけど、いずれ画像が確保出来たら、まとめて紹介したいと思っています。(笑)


それはそれとして。いやあ、面白かったです。
サッカー/バレー、プロ/アマ(大人/学生)問わず、ここ数年で観た日本人によるチームスポーツ(球技)の試合・大会の中で、一番だったかも。
特に金蘭会(大阪)、東九州龍谷(大分)、下北沢成徳(東京)、誠英(山口)によるベスト4、準決勝以降の試合はどれも凄まじくて、あらゆる種類の涙が出てしまいました(笑)。(ベストバウトは金蘭・成徳の準決勝)

なんか色んな"扉"が開いてしまってまだ収拾し切れていない感じですが、思ったこと気付いたことを、書いて行きたいと思います。


1."スケジュール"の問題

見てみて驚きましたが、スケジュールが凄いんですねこの大会。(公式)

1月4日(木) 1回戦(20試合)
1月5日(金) 2回戦(16試合)
1月6日(土) 3回戦 & 準々決勝(12試合)
1月7日(日) 準決勝(2試合)
1月8日(月・祝) 決勝(1試合)


計51試合を5日間で一気にやってしまう、勝ち進んだチームは最大5連戦、競技が違うとは言えサッカーでは考えられない。
別局でやった2回戦の半分以外は全部見ましたけど、ぶっちゃけ見る方も大変でした(笑)。3日目まではろくに睡眠も取れない。"バレーファン"なのに1/6に再開したVプレミアリーグはまだ1試合も見れてない状態で、何とかならなかったのかこの日程という感じはしますが。
ちなみに準々決勝までは2セット先取、準決勝以降がようやく見慣れた3セット先取という方式で、最初の3日間はとにかく猛烈な勢いで試合が消化されます。試合のテンポも全体的に早くて、決勝は地上波フジで生放送しましたが、CM中に5,6点普通に入っちゃうので、諦めてCSの録画放送の方に回りました。(笑)

その中での一つの"山"が3日目で、一部シード校もありますが1回戦2回戦3回戦と連戦を勝ち抜いて来たチームが、その3回戦の後の同日に準々決勝をやらないといけないんですね。
これはしんどい。見てる方も(笑)しんどい。
上の神ノ田選手の鹿児島南も3回戦にまで進出していて、勿論応援はしていたんですが、しかし勝ったとしてその後もう一回準々決勝を戦うことを考えると、正直もういいんじゃないか、神ノ田ちゃん目の下に隈出来てるぞという感じで、負けた時は少しほっとしてしまいました。

こういうスケジュールから言えること、もたらされることは、最初から優勝するつもりのチームじゃないと、優勝出来ないということかなと。一つ一つ勝ち抜いて、"結果的に"優勝するなんてことは、まず難しいだろうと思います。
最初から5日間のトータルを、"3日目"の連戦をも視野に入れたフィジカル、メンタル、更にはタクティカルなコンディショニングをしてある総合力の高いチームじゃないと、どうしても力尽きる、先細りになる。(鹿児島南がそうだったように)

こう書くと既存強豪校有利じゃないかここも格差社会かみたいな話になるかも知れませんが(笑)、実際の印象は、そういうものではありませんでした。
一つの言い方ですがCランク、Bランク、Aランクと各校の実力が積み上がって、既に十分に立派なAランクチーム(鹿児島南はBとAの間くらい?)の、その更に上に文字通り"スペシャル"なSランク高校、ベスト4+αが存在しているという感じで、実に分厚く、かつ健康的な"ピラミッド"という印象でした。
Aランク以下のチームの"健闘"にも、Sランク高校の"面目"にも、等しく敬意を捧げられる。

こういう重層性があるから、別に"手を抜いていた"わけでもないんでしょうが、Sランク高校たちが大会の後半になるとそれまで使っていなかった"ギア"をもう一段階入れて来るから、準決勝ないし準々決勝の一部以降に、それまでずっと大会を見て来た僕をもぎょっとさせるような「神試合」が出現するわけです。
ただの"拮抗"とも、(Jリーグお得意の?(笑))低レベル混戦の"ドラマ"とも違う。

過酷は過酷でしょうけど、なかなかよく出来た"負荷"だなと。結果的には。
まあVリーグと日程重ねちゃうのは、やっぱり問題があると思いますけど。サッカーとラグビーと(高校選手権の)決勝同日というのもなあ、もったいない。


2."エース"の憂鬱
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テーマ:バレーボール
ジャンル:スポーツ
今号のイブニング(’18.1.9) & 今週のモーニング(’18.1.11)
2018年01月11日 (木) | 編集 |
eve180109


1月期アニメ。

『ラーメン大好き小泉さん』
『グランクレスト戦記』
『刀使ノ乙女』
『刻刻』
『からかい上手の高木さん』
『弱虫ペダル GLORY LINE』
『オーバーロードⅡ』
『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』


が、見事(?)一週勝ち抜きに成功しました。(笑)
あと『りゅうおうのおしごと』は、「かんそうせん」の方を目当てに(笑)見る可能性があります。



『少女ファイト』

"黒曜谷"のモデルが金蘭会だとかいうツイートを見て色めき立ちましたが(笑)、とりあえず作者がそう言ってるわけではないようです。(笑)
確かに名前は似てますね。それを言ったら、"金糸雀"も似てますけど。(笑)
ちなみにその場合、"練"と比較されるのは小柄な万能エース、3年生の林琴奈選手でしょうね。

『創世のタイガ』

まだよく分からないけど今回の"作戦"が、現代人ならではの「知性」を証明するエピソードになるのかな?

『罪の声』

まだ事件の追及は続いてたんだ。
というか、えらい具体的かつ剣呑な内容なので、これはさすがに色々とソースがあるんだろうなという感じですね。

『リウーを待ちながら』

色々と意外な展開。
こんなに早く"収束"に向かうのも、彼の"終息"も。
それにしても二人の"愛"の描き方が遠回しで、何とも言えずクセのある作者さんだなという感じです。(笑)
逆に実際にこんな感じに自分のもやられる人なのではという感じがしますが。

『めしにしましょう』

一応確認しますけど、青梅川さんてなんですよね。(笑)
ここから恋に落ちたりは。(笑)
中の人は男ということですけど。

『妻恋』

うん、"臭ったら"駄目ですね。
体に悪い以前に、が受け付けなくなりますね、僕のセンサー優秀。
そういう意味では、「酸っぱい」もの好きの人って、生き物としてちょっとおかしいような気もします(笑)。"辛い"(からい)ものは、一応「苦痛」が前提だから確信犯だとしても。
ああ、でも妊婦は酸っぱいものが好きなのか。あれどういう理由だったっけ。



mor180111



『八百森のエリー』

グレープフルーツに砂糖をかけるのは実家では常識でしたが、あれは品種的に甘くないのが理由だったんですかね。
上↑で言ったように僕は基本的に酸っぱいものが好きじゃないので、実家以外でわざわざグレープフルーツを食べたことが無いので最近のが甘いのかどうか分かりません。(笑)

『ハコヅメ』

うーん、"描ける"のは分かったとしても、別に"人情"話が読みたいわけではないんですけどね。
"笑い"の方優先で、お願いしたいです。

『ハーン』

"勢力図"はエキゾチックで楽しいですけどね。
ただ義経が強いは強いとしても、大陸の人たちより際立って強いというのなら、その根拠的なものは提示してもらいたいなという感じです。"知略"ならばその内容自体が説得性の根拠になりますけど、ただ鞍馬剣法が強いというのでは、馬鹿馬鹿しい

『VSアゲイン』

"プロスポーツ"の根拠(ないしスポーツの金銭的な根拠)については、考え始めるとひたすら鬱になります。(笑)

『カバチ』

あれ?意外な展開。扶養義務は逃れられるのか。
ここから相続の権利を強く主張するタイプにはあの奥さんは見えなかったですが、でも何かしら揉めるは揉めるんでしょうね。
とりあえずまあ、法律家には相談しておくべきだなあとは、思いました。(笑)
特に家族関係のような、"常識"の圧力が強い案件では。


テーマ:漫画の感想
ジャンル:本・雑誌
ヴェルディの入・退団まとめ17/18
2018年01月12日 (金) | 編集 |
今日が"始動日"ということなので。
開幕まで、まだこれから何かあるかも知れませんが。


退団

GK 内藤圭佑、(ポープ・ウィリアム)、太田岳志[期限付き]
DF (大木暁)、高木純平安西幸輝安在和樹
MF 中後雅喜高木善朗、(中野雅臣[期限付き延長])
FW 平本一樹高木大輔[期限付き]

入団

GK 上福元直人
DF 李栄直若狭大志奈良輪雄太[期限付き]、比嘉祐介
MF 森俊介[期限付き]、高井和馬佐藤優平
FW 郡大夢[復帰]、林陵平菅嶋弘希[復帰]

継続

GK 武田博行[完全移籍]、柴崎貴広
DF 井林章平智広畠中槙之輔永田充
MF 梶川諒太澤井直人林昇吾井上潮音渡辺皓太内田達也[完全移籍]、田村直也二川孝広[期限付き延長]、橋本英郎
FW カルロス・マルティネスドウグラス・ヴィエイラアラン・ピニェイロ


昨季の時点で既にいなかった( )内の選手を除くと、9人退団11人入団
"大量退団、大量入団"の印象が無いのは、退団選手の顔ぶれがいかにも妥当なのと、入団選手の顔ぶれが何とも渋い感じなのと。(笑)

焦点となっていたダブルアンザイはどっちか残るかなと思っていたら両方見事にいなくなって、逆にどっちかないし両方いなくなるだろうと思われていたドウグラス、アランは、何と両方残るという、意外な結果に。
一方でカルマルもしっかり(笑)残っているし、なぜか二川まで残っているし、ついでに菅嶋もてっきり水戸にでも行くのかと思っていたら戻って来ちゃったし、むしろ"残り"過ぎかなというか引っ越しした割には持ち物前の部屋の時とほとんど変わらないなみたいな少しモニョモニョした感じに(笑)。もう少し"変わる"予定の覚悟だったというか。

責める筋合いのことではないですが、駄目もと含めて引き留め工作頑張ったら、予定外に上手く行っちゃってあれーみたいな?(笑)
ていうか出て行くんじゃなかったら、改めてアランの去年終盤の気の抜けたプレーは何だったのよと。契約も済んだところで、改めて説教部屋に来なさいという。(笑)
一番のヒットは、勿論内田の完全移籍ですね。
新加入選手たちについては、いっぱいいるし、それぞれの活躍いかんによってまた風景が変わって来るだろうという感じ。今の時点では何とも。


その他主だった選手出入りについて。

まず退団。

ポープ・・・フロンタに完全移籍。新井章太に続く、ヴェルディで戦力にならなかった選手のの個人昇格。いったいどっちの見る目がおかしいのか(笑)。出来ればヴェルディで見てみたかった"ホープ"でしたが、まあ頑張って。

高木純平・・・引退。万能性をいかにも"重宝"されそうで、結局誰にも(失礼)重宝されなかったですね。その役目は田村が果たしたというか。

安西・・・鹿島に移籍。低迷時にも"逸材"を主張し続けて来た身としては、無事"送り出し"てある種肩の荷が下りた感もありますが。ただここまで「攻撃的」な評価で出て行くとは予想していなかったので、聞くところの本人の未だある「サイドバックへのこだわり」含めて、さてどうなるかというところではあります。

安在・・・鳥栖に移籍。こちらは好調時にもそこまで大した選手ではないと控え目に評価し続けて来た(笑)選手ではありますが、"レフティ"の希少性を含めて考えると、買われて行ってもまあ不思議ではないです。後半パッとしなかったので多少意外でしたが。頑張って。

中後・・・引退。高木純とは違って誰からも重宝されたけれど、決定的には活躍出来なかった選手、かな。"収支"が常に微妙というか。ロングパスを"出せる"だけではなく、"楽々と出せる"という点で、明らかに際立った才能はありましたが、結局は才能だけでやっていた選手という、カテゴリーになってしまうかも。

高木次男・三男・・・それぞれ新潟、山口へ。"長男"も含めて考えると、この三兄弟の大物感とその裏腹の「ハマらなさ」は、どういうことかという感じはしますが。次男にだけは少し厳しい評価になってしまうかも知れませんが、結局サッカーが下手というか、「野球選手が運動神経だけでサッカーをやっている」感と、まとめられないことはないかなと。(笑)
恐るべきは高木豊のDNAという一方で、ヴェルディの育成は何をやっていたのかという、そういう言いがかりもつけられないことはない。その"異質"さが大物感でもあったわけですがここまではどうも。


ここから入団選手。

上福元・・・38試合出場ということは大分のバリバリの正GKというヒット補強のはずですけど、ごめんなさい、特に記憶にありません。急所のポジションですし、額面通りヒットしますように。

若狭・比嘉・・・ダブルアンザイ離脱を想定して遮二無二後ろの選手を集めてみた感。近場から。(笑)
マスコット比嘉はともかく若狭とかまじ良さが分からなかったので、ロティーナの下で化けたりしたら千葉方面の人たちも喜んでくれるとは思います。

佐藤優平・・・あの長髪のテクニシャンか。そしてMALIAの元ダン。なんか凄く、"ふた昔前のヴェルディユース"感(笑)。チャラ男成分。まあ頑張って。次男の代わり、かなあどちらかと言うと。

林陵平・・・帰還。在籍時は体格の割りに線が細いのが疑問な感じでしたが、近況は"点だけ取る"感が余り評判が良くない模様。まあカルマルの対抗馬としてなら妥当か。その対象がドゥグアランとかになった場合、一気に苦しくなっているはず、チームが。

菅嶋・・・関塚体制下のジェフでは、去年のウチで言えば内田達也と渡辺皓太を足して二で割ったような"万能コーディネーター"として、現代表ボランチの長澤と並んで欠かせない戦力になっていましたが、そのことが恐ろしくヴェルディサポに認知されていない悲しい選手。今季も最初は逆境ぽいですが、ロティーナなら見出してくれるはずと思いつつでも足元が微妙なんだよな&その点で澤井との兼ね合いがどうなんだろうと心配もありますが、間違いなくいい選手だと思います。どこで使われるかという、問題はありますが。
ジェフでも登録は"FW"のままだったのね、ふーん。なんか"ほっとかれ"属性の選手。(笑)


仮想フォーメーションとかは、開幕前にでもまたやりましょう。(笑)
とりあえず全然駄目ということもない編成には、なった気がします。去年より"上"かどうかはまだ微妙ですが。誰かのブレイク次第というか。(去年で言えばアランや安西のような)


テーマ:Jリーグ
ジャンル:スポーツ
齋藤飛鳥さん(’18)
2018年01月16日 (火) | 編集 |




うーむ、相変わらずフォトジェニックじゃないなあ。(独り言)

というわけで(?)、僕の乃木坂46における推しNo.1の、齋藤飛鳥さんです。

だいぶ前からカリスマは確立している人でもありますし、さあ"紹介"するぞというテンションでもあんまりないので、「考察」メインで行きましょうかね。(笑)


齋藤飛鳥は"小顔"なのか

齋藤飛鳥と言えば小顔。小顔と言えば齋藤飛鳥。
特にバラエティ番組でさしたる個性が打ち出せず精彩を欠いていた初期(結構長い"初期"だと思いますが(笑))においては、ほとんどこれしか言われないようなところもありましたが。

ただ僕は・・・齋藤飛鳥が"小顔"だと、思ったことは無いんですよね。(笑)


そりゃまあ、物理的には小さいんでしょう。他のコとの相対的には。
でもどんなに強調されても、そう言われればそうかなくらいの印象しか、僕には湧かない。

原因としては一つには、小さいのは「顔」だけではないということ。全体的に小作りで華奢であって、バランス的に顔の小ささが突出したりはしていない。常に顔の大小を気にしている同性・女の子がそれを羨むのは分かるとしても、男性or観客の目線の問題としてそれを言われても、どうもピンと来ない。
もう一つはこれは個人的な好みかも知れませんが、かなり丸顔なのでシャープな印象を余り受けず、その小ささ・細さにインパクト・異様さ・そこから来る倒錯的な魅力みたいなものは感じられずに、ただ物理的に小さいという感じに。


齋藤飛鳥の"完成度"

上で言ったのは「顔」の小ささについての説明ですが、実はこれは「齋藤飛鳥」自身・全体について僕が感じることと、ほぼほぼ重なってもいます。

あれだけの「美少女」であり、身長は低いと言うほどではない(158cm)ですが申し分なく細身・華奢であり、しかも乃木坂加入時13歳の"最年少"メンバーという条件が揃いながら、僕はこのコに"ロリ"的要素を感じたことは一回も無いんですよね。
物理的には細い、生理的には幼い、でもそのことが何か特有の記号性や倒錯的感情・興味を惹起することは、無い。

それよりもむしろ、「完成度」の高さ、頼りないなりに幼いなりに、しかし一方で「完成」もしている"バランス"は取れている、そういう印象の方が強い、アンバランスなもの特有のザワザワさせる煽情感みたいなものとは無縁の、そういうタイプの存在に見えました、最初から。


齋藤飛鳥はいつ「齋藤飛鳥」になったのか

身体的特徴としては、これはある程度理解・同意のし易い話だろうと思いますが、では精神的な問題としてはどうか。
上で「さしたる個性が打ち出せず精彩を欠いていた初期」という話をしたように、タレント・アイドルとしての齋藤飛鳥さんが、最初から「完成度」が高かったということは、それは無いわけですよね。天才・堀未央奈ならともかく。(笑)

初期はほんとに、見返してびっくりするほど未熟です。
"キャラが固まっていない"のはほとんどのコがそうでしょうが、根本的な部分で自信が無いですし、弱気ですし、それをさらけ出す逆接的な強さすらなくて人真似やかぶれない猫をかぶるばかりで、正直ルックス以外ほぼ取り柄が無い。(参考)
既に盤石孤高の独自の地位を確立後にファンになった身としては見て驚きましたし、全然主要メンバーでもない、それどころか2ndシングルで早速選抜落ちまでして(Wiki)更に驚きましたが、ただありていに言ってしょうがないよねという、俺でも外すわという感じでした。(笑)

そこからどう成長するんだろう、いつ「齋藤飛鳥」になるんだろうと楽しみに、興味深く『乃木どこ』を見ていたんですが・・・。
なかなかならないんですね、これが。(笑)

以下は一つの目安としての、それぞれのシングルの"選抜"(言わば一軍)メンバーにおける齋藤さんの位置。


1 選抜 '12.2.22発売(以下略)
2 落選 '12.5.2
3 落選 '12.8.22
4 選抜 '12.12.19
5 落選 '13.3.13
6 落選 '13.7.3
7 選抜 '13.11.27
8 落選 '14.4.2
9 落選 '14.7.9
10 落選 '14.10.8

11 選抜 '15.3.18
12 選抜 '15.7.22
13 福神 '15.10.28
14 福神 '16.3.23
15 センター '16.7.27
16 福神 ''16.11.9
17 福神 '17.3.22
18 福神 '17.8.9
19 センター '17.10.11


4枚目で選抜復帰した時は、ここから快進撃が始まるのかと思いましたが、始まらないー。
7枚目で再度復帰した時は、さすがにそろそろ来るんだろうと思ったんですが、来ないーーっ。(笑)
アンゴラ村長かてなもんで。(数年後には分からなくなるネタ)

そうしてついに一度も選抜入りの無かった2014年を経て、ようやく2015年から選抜定着を果たし、その後は人気も上昇し、キャラも確立して、僕らの知っている「齋藤飛鳥」がこの世に現れることになるわけですが・・・


ただ実はこのプロセスには少し解せないところもあって、そもそもなぜ2015年に定着を果たしたのかが、『乃木どこ』を見ている範囲内だとよく分からないんですよね。本人も11枚目での「復帰」時には、喜ぶというよりかなり意外そうな反応をしていましたし。

前提として乃木坂46の「選抜」基準としては、「有名主要メンバー」+「ローテーションでチャンスを与えられる地味目のメンバー」+「乃木どこ(等)で活躍・目立ったメンバー」といった配合が通例で。だから番組も4年目に入った2015年の時点になると、"意外性"も含めてかなり予測のつく選択にはなっていて、抜擢されたメンバーについては、「いい加減このコにもチャンスが無いとかわいそうだからね」or「最近面白いからねこのコ」というどちらかの納得感が得られるようなものになっています。
でもこの時の齋藤飛鳥さんについては、ん?という感じでした。
"チャンス"はその前の数ローテで既にもらっていましたし(そして逃した)、相変わらず番組でも地味な存在で、特に活躍した印象も無い。勿論初期ほどおどおどはしていませんが、その分"脇役"を受け入れているようなところもあって、「もう選ばれないことに慣れていた」というコメントもこの時は発せられていました。


・・・唯一に近い"ヒット"がこのハロウィンコスプレ(#56,'12.10.29)

齋藤飛鳥ハロウィン

で、本人もその自覚があったのでしょう、翌年の同様の企画でのコスプレが満足のいくハマり方をしなかったことを、その次の年までグチっていたりしました。(笑)
とにかくそういう、"年一"程度の目立ち方しか出来ないメンバーだったわけです、その時点('14年のハロウィン)では。

ではなぜ'15年になって急に推されるようになったかというと・・・それは恐らく、グループ外での活動でしょうね。
具体的には、'15.1月の『CUTiE』専属モデル抜擢と、そこからの"モデル"としての展開。(齋藤飛鳥Wiki)
それによって格ないし知名度が上がったのを反映したか、あるいは推す"理由"を運営が見つけたか。
推したいと思ってはいたと思うんですよ、これはほとんど、グループ結成以来。
やはり白石麻衣さんと並んで、齋藤さんの"美人"度というのは特別なものがあるので。
ただ外向的で何でもそれなりにこなす白石さんに対して、齋藤さんはいかにもグズグズなことが多くて、推すに推せない。他のコへの公平性の手前。
なんか批判しているようですが、"乃木坂ファン"としての正直な気持ちです。この二人は特別扱いされていると思います。それぞれレベルは違いますが。そうさせる空気を持っているとは、言えますけど。

とにかくそういうやや"ゴリ推し"感もある三回目の選抜復帰でしたが、その後はじりじりとパフォーマンスが安定して行って、ようやく「齋藤飛鳥」になって行きます。
15枚目『裸足でSummer』でのセンター抜擢の時点ではまだ本人そのことに怯え切っている状態で、僕も心配(笑)しましたが、結果的には凄く良かったですし。やっぱりあれが一つ区切りでしたかね。その少し前から、(ドS?)キャラ自体は、出るようになっていましたが。

とにかく"活躍・台頭"して"定着"するのではなくて、"定着"することによって"活躍"が始まった、乃木坂の中でも異例のパターンだったと、僕は思います。


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テーマ:乃木坂46
ジャンル:アイドル・芸能
今週のモーニング(’18.1.18)
2018年01月18日 (木) | 編集 |
mor180118


1月期アニメ2週目。

『ラーメン大好き小泉さん』
『グランクレスト戦記』
『刀使ノ乙女』
『刻刻』
『からかい上手の高木さん』
『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』


全て2週目も勝ち抜き。

『デスマーチからはじまる異世界狂想曲』『ミイラの飼い方』

他に『銀魂』『弱虫ペダル』『オーバーロード』『斉木楠雄』と続編ものも見ていますが、面倒なので今後はいちいち書きません。


『グラゼニ』

意外と選手どうしは直接年俸の話はしないと、前にスカパーの番組で山崎武司か誰かが言ってましたね。
今回も"スマホ"で調べてましたけど。(笑)
別にいいと思うんですけどね、情報収集は必要ですし。

『ハーン』

結局"強さ"の理由の説明は無しか。

『ガカバッカ』

いや、あの富士山背景いいと思いますけどね。(笑)
意外と"神背景"として話題になるのでは?(笑)
とりあえず『へうげもの』ならば、褒められたはず。(笑)

『ハコヅメ』

大好評、なのか。(笑)
割りと方針自体は、実は迷ってる感じもするんですけどね。
笑いも描ける、泣かせも描ける。
でも"描ける"から描いているというだけで、要するに何を描くかは定まっていない感じ。
手持ちエピソードが無くなってからが、本番かもなとか。

『VSアゲイン』

"クラブ"だからいいとか"ファンサービス"が大事とか、そういうJリーグ的な綺麗ごとには、あんまり流れて欲しくない気がしますが。
むしろJリーグを"照射"出来るような、内容を希望。
選手に握手とかさせたくないな基本的にと、僕は思っちゃうんですけどね。
実業団は、"プロ"じゃない、企業運動部だけど、でも"入場料"は取っているという、微妙なラインなんですよね。観客が増えても選手の年俸が上がるわけでは基本的には無いんだけど、でも定期興行で"客"を無視するわけにもいかない。現状はほぼ、選手の自主性任せみたいですけどね。

『八百森のエリー』

エリーは変人ではあるけれど、特段女にウブいわけではないはずですよね。つれないだけで。(笑)

『終末トリコロール』

あのう、めっちゃ面白いんですけど。
劇中漫画と本筋と、両方面白いというのは凄いですね。どんな新人だよという感じ。
よくある"非モテ"話かと思ったら、全然"陰"(いん)に流れなかったし。
さっさと連載して欲しいですね、これじゃなくても。

『カバチ』

小姑はともかくじいちゃんばあちゃん気の毒過ぎるので、何とか穏便に済ませてもらいたいところですがさて。(笑)


テーマ:漫画の感想
ジャンル:本・雑誌
AFC U-23選手権2018 まとめ
2018年01月20日 (土) | 編集 |
まずはグループリーグ。

AFC U-23選手権中国2018 日本U-21 〇1-0● パレスチナU-23 (Jiangyin Sports Center)
AFC U-23選手権中国2018 日本U-21 〇1-0● タイU-23 (Jiangyin Sports Center)
AFC U-23選手権中国2018 日本U-21 〇3-1● 北朝鮮U-23 (Jiangyin Sports Center)


潮音は1,2戦に先発フル出場
3-4-2-1のドイスボランチで、パートナーは年末のM-150に引き続いて湘南神谷
・ただすこーし、様子は違ったかなと。

・まずチーム全体ですが。
・"試運転としてはまずまずこんなもん"に見えたM-150に比べて、余り進歩していないというか下手すると退化している可能性も。
・やってることは、特に変わっていないはず。
・最終ラインから組み立ててゆっくり持ち上がって、ゴール前では加速させた複数人のコンビネーションで一気にゴールを狙う、そのイメージは一通りは共有されていると思います。
・"イメージ"というか、"アウトライン"というか。
・ただ共有されているのは本当にそこだけで、細かいところ・・・というかその「最初」と「最後」"間"をどうするのかというのが、どうも今のところ見えないし、選手も"どうするんだろう"と思いながらやっている感じ。
・そういう意味ではM-150も同じだったんですが、あの時はとりあえずアウトラインが「共有」されている安心感・安定感の方が勝っていて、その分気楽に集中して、ゴール前のコンビネーションも発動出来ていた気がします。
・粗いところがあるのも、まだ最初だからと余りみな気にしていなかったでしょうし。
・ただ年も明けてこうやってそれなりに試合も重ねていくと、段々"粗さ"も気になって来るというかあれ?全然進捗無くね?という感じで、どんどん閉塞感が強まって、むしろますます点が取れる感じが無くなって来たというか、最初とりあえずあった自信すら失われて来たというか。
・そういう意味で、"退化"しているようにも見えるという、そういう話です。

・繰り返しますが「共有」はされているしそれなりの秩序感はあるし、上手く行かなくても行かなくても(笑)、スタイルを維持し続けているのはある意味では凄いような気もしないではないです。
・"崩壊"も"自分たちのサッカー"化もせずに。(笑)
・ただそれも際どいところには来ていて、「細部は粗いけどね」とスルー出来ていたものが、段々その"細部"の綻びにいちいち慌てるところが出て来て、こうなるとちょっと、状況は変わって来るというか見方は変わって来るというか。
・要は上で言った"間"をどう埋めるのか、ということなんですけどね。
・"埋め"方についての監督の「計画」が、よく分からなくてみんな不安になってるというか。
・どうなんでしょうかね。
・簡単に言うと、「コンビネーションの構築」で埋めるのか、「属人」的技能で埋めるのか。
・森保サンフの初期を知らないので、かつてどうしてたのかは分からないんですけど。
・放送席情報だとM-150の時から繰り返し聞こえて来るのは、「一人一人が判断しろ」ということと「それぞれの持ち味をチームに活かして欲しい」の2点。
・それと試合ごとに違うことをやっている感じが全くない、スタメンすら(消化試合の3戦目以外)ほぼ固定で交代も前の"変数"部分のみという不動の姿勢からすると。
・基本的にはやはり、"待ち"の姿勢でやってる感じは凄くしますね。
・固定メンバーの奮起と化学反応待ちというか。
・つまり後者、「属人」要素重視。

・その場合今回の大会でどうも気になるのは、ありがたくも固定してもらっている、潮音と神谷のドイスボランチの機能性。
・M-150では"潮音が後方でバランスを取って神谷が攻め上がる"というのが基本的な形で、それはそれで賛否はあったんですけど。
・この大会ではそこらへんがアバウト、ないしどちらかというと神谷の方が後方でバランスを取る形が多くて、これが全然良くない
・ぶっちゃけ神谷はそこまで判断やバランスのいい選手には見えなくて、神谷を残して前に行くのは凄く不安ですし(笑)、実際チームのリズム感も悪くなってるように思います、M-150よりむしろ。
・"ボランチ"が出来るとは言っても、基本的には稲本/ギュンドアン系の、攻め上がってナンボのなんちゃってボランチだと思います、神谷は。後ろに置いておいても余りいいことは無い。
・"キャプテン"マークをつけさせているということは森保監督はそう考えていない、本当に"軸"となる"ボランチ"だと考えている可能性が高いわけですが、だとするとこの先の大きな不安要素かなと。
・"系"とは言っても稲本やギュンドアン程の、体の強さがあるわけでもないですしね。

・別に潮音にわざわざ地味な仕事をやらせたいわけではないですけど、少なくとも"二人"の組み合わせとしては、M-150の時の方がまだ良かったと思います。
・この後のウズベク戦で、終盤潮音の代わりに入った伊藤洋輝の攻め上がりが、惨敗の中僅かながらチームを動かしてみせましたが。
・でもあれ、最初から神谷がやれば良かったんだと思うんですけどね。比較対象は潮音じゃない。(笑)
・とにかく属人的にやるのなら尚更、誰を選択してどう組み合わせるのかというのは、生命線になって来るので。
・一回ちょっと、神谷の使い方は考えてもらいたいなと。"重用"するかどうかも含めて。



続いて決勝トーナメント。

AFC U-23選手権中国2018 日本U-21 ●0-4〇 ウズベキスタンU-23 (Jiangyin Sports Center)


・潮音は再び先発出場し、68分までプレー。
・相手は強いは強かったと思います。
・M-150でも同様のメンバーと当たっているはずですが、他のチームと合わせても、初めて「U-23」、少し年上であることを意識させられた相手というか。
・ただこちらが弱っていた、"アウトライン"による"漠然とした自信"が、いよいよ崩れて来ている時に最後の一押しをされた、そんな印象も強い試合でした。
・まあそれにしても駄目でしたね。
・攻撃が上手く行かないのはチーム結成以来ですけど、誤魔化し誤魔化し一応"安定"していた守備のあらも、一気に剥き出しにされてしまいました。
・一回当たったことで、向こうは勘どころを分かっていた、それで"誤魔化し"が利かなかったと、そういう印象の場面も多く見られる試合ではありました。
・キープで誤魔化しにかかる、その「前」と「後」を狙われていたというか。
・攻めはともかく"守れる"というのが、このチームこのやり方の命綱というか免罪符(?)だったと思うので。
・色々洗い直しというか、要求水準の引き上げというか、とにかく監督さんはこれから忙しくなりそう。

・まあ何というか、"重心低めで攻撃一気"という、日本がやりたいことをもっと上手くやられた感じで、そういう意味では結構屈辱的でしたかね。
・向こうの方が、組織力でも遥かに上だったというか。
・年上相手に"屈辱"というのも、逆にそもそも思い上がっていた可能性もありますが。(笑)
・とにかくアジアにしてはまともな相手で、そういう意味では"納得"しました(笑)。たまたまやられたわけではないというか。
・何となく"ミシャ式"そのものを見切られていた気配も無くは無いんですけど・・・
・あんまりそこらへんは僕は専門家ではないですし、そもそも今回のチームが"出来て"いたのかという疑問もあるので。(笑)
・そこまではちょっと、保留で。

"3-4-2-1"サッカー全般の問題として言うと。
・後ろから組み立てるのはいいとしても、そこからトップに当ててこぼれ球を2シャドウが拾うという、最も基本的なはずのパターンが、ほとんどチームの狙いとして見られないのはどうかなとは思いました。
・別に一番の優先順位にする必要は無いんですけど。
・あとそもそもの問題として、M-150では併用していた4バックを、今回全く使わなかったのはなぜなのか。
・"なぜなのか"というか、まあ答え自体は分かってるんですけど。
・改めて基本システムとして、"3-4-2-1"を据え直したということでしょう。
・ただそれによって、最低限通っていた"風"が通らなくなった、"森保3-4-2-1"のイメージの中に選手が閉じ込められてしまった、そういう印象は少しあります。
・M-150でどちらが良かったとはっきりしたことは言えませんが、ただアジア相手に3バックは必要無いというか、無駄に後ろが重くなるだけだから4バックでもいいんじゃないかなという感触は、多分選手も含めて多くの人が感じたことだったと思うので。
・今回改めて意識付け(明言?)されて、やっぱ3バックかあ、あれをやるのかあと、少し精神的に落ちた、落ち着き過ぎた状態で大会に入ったのではないか、そんな印象を受けました。
・まあ前提に想像が多過ぎますけど。(笑)
・3-4-2-1でのプレーに、目に見えて上手く行っていた部分が何かあれば、後は監督の方針ということでいいんですけどね。
・そうでもないだけに、更に言えばなまじ4バックにも手を出したりしただけに、何かモヤモヤした感じ。
・もう一回そこらへんはニュートラルに戻して、改めて決め直した方がいいんじゃないかと、この大会の結果・内容を踏まえては思います。
・最終的に3-4-2-1でも、それは別にいいんですけど。プロセスに納得感は、多分もっと必要。


・最後に潮音のプレーですが。
・さすがというところはあちこちにあり、また沈滞する攻撃を、個人的な工夫で活性化しようと、努力している場面は少なからず見られました。
・"大活躍"とは言えませんが、評価している人も結構いるようですし、監督には勿論信頼されていて、最低限の与えられた仕事は、多分やり遂げたんだと思います。
・逆に潮音がいなければ、もっとボロボロになっていたとも思いますし。
・ただどうなんでしょうね、終始ハマらない感じはやっぱりありましたかね。
・今の形のまま続けても、潮音とチームの、"輝かしい"状態が出現するイメージが無いというか。
・やはり置き所ないしはボランチの組み合わせをもう少し考えてもらうか何かしないと、"こなす"だけで"活きる"感じはあんまりないというか、そういう状態だとやはり体の線の細さも、"ハンデ"と見えてしまう場面が多くなるというか。
・まあ去年のヴェルディでも、特に後半は決して"ハマって"いたとは言えない状態だったわけで、個人としても多分過渡期にはあるんだと思いますが。
・とにかく僕は一定の評価は与えられると思いますが、評価しない人がいても不思議ではない、そういうプレーだったと思います。
・潮音個人をというよりも、このチームをこれから強くする上での、潮音の存在の必要性必須性という意味でね。
・繰り返しますがチームをチームたらしめる為の最低限の繋ぎの仕事は、出来る限りやっていたと思いますし、今回のチーム(状態)で潮音がやった以上の仕事をするのは、かなり困難だと思います。
・子飼いの森島司選手あたりも含めて、"パサー"タイプの選手は今回全くと言っていい程機能していないので、潮音のプレーに物足りないところはあったとしても、チームの構造の方の問題が遥かに大きいということは、言わないといけないと思います。
・ただまあ、"輝かしく"はなかった。(笑)
・今後も含めて結局どう使ったらいいんだろうなと、僕も悩んでしまうような、そういうところはあるプレーでした。
・とりあえず今季のヴェルディでのプレーを見ながら、また考えたい感じですが。


テーマ:サッカー日本代表
ジャンル:スポーツ
今月のモーニング2(’18.1月) & 今号のイブニング(’18.1.23)
2018年01月23日 (火) | 編集 |
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『AUTOMATON』

"ディストピア"の設定自体はかなりありきたりな感じがしますが、対する「解決策」が意外性があるというか素朴過ぎて面白いというか。
・・・ただし単純に馬鹿馬鹿しい幼稚である疑念も捨て切れません(笑)。まあこれから。

『ゴールデンゴールド』

"福の神"自体は比較的あっさり認めたお母さんですが、まだまだ信用できないというか、結局"味方"には必ずしもなってくれない感じですね。
「会社経営の本質」についての割り切りも、なんか怖い。
あそこはまずは、もっと"共感"すべきところですよね(笑)。ああいう親だと子供は多分辛い。"間違って"はいませんが。

『エルフ湯』

のんびり連載なので記憶が曖昧ですが、こんなハードなキャラでしたっけ、エルフさん。
まあここんとこソフト過ぎたので、どちらかというとこれくらいの方が、僕は好きですが。

『1122』

昔はかっこよかったんですね、美月さん。
"不倫"は責められ過ぎるとそんな綺麗ごと言うなよと思いますし、例えば今回の小室哲哉(引退)関連報道のように、本人たちの自由なんだから責めるな(小室さんはしてないらしいですが)とあんまり言われ過ぎると、いや、でも"不倫"だろうというか、そもそもが「社会的」な"罪"なんだから、一定の公共性はあるだろうと反論したくなります。
"恋愛"は自由ですけど"不倫"は自由ではないですよね、現行の社会慣習(と民法?)では。その前提を外すのは、どうかと思います。その上でやるかやらないかは、別問題としても。
いっそ「姦通罪」復活させれば、すっきりするはしますよね(笑)。まあ現行法でも損害賠償権はあるわけですから、広義の「罪」は罪なんですけど。

『デゾルドル』

"フランスオールスター"を揃えて、オルレアン解放なんて行きがけの駄賃、このままイギリスまで進軍しそうな勢いですが。(笑)
不思議な展開。

『狭い世界のアイデンティティー』

この作品の中で言えば、意外と"普通"の業界批判。(笑)
無駄パーティー廃止論。

『作庭師の一族』

なんかこう、文体が安定しないというか、"二人"それぞれにやっている感じの作品。
多分過去の漫画文体のつぎはぎというか、"引力"から脱し切れてないまま描いているからですね。るろ剣とかを思い出しますが。



eve180123



『金田一37歳の事件簿』

実は読むのは初めてです。
堂本とともさかのドラマしか見たこと無い。
こんな"シティーハンター"的なずっこけスタイルなの?(笑)
さすがに古く感じます。

『罪の声』

ますます余りにも「迫真」に「核心」に迫る展開。
とてもフィクションとは思えない。

『めしにしましょう』

自ら"手"を動かして創作する苦しみは、パソコン時代に入っても今のところ変わらないようですね。(笑)
その内には、「思ったことを実現する」機械は出て来るでしょうけど、その時何が失われるのか、失われないのか。
動画ジャンルは比較的スムーズだろうと思いますが、静画は・・・。

『創世のタイガ』

"殺されないように殺す"こと自体は、そんなに僕は抵抗ない気がするんですよね。
むしろ経済的な"殺し合い"のような、そこまで分かり易く直接的に生存がかかっていないものの方が、僕は抵抗あります。
あと殺すことを「かわいそうだ」とは思うでしょうが、「罪」の意識というのは特に無いかな僕は。
僕なりの"宗教性"はあるけど、それはどちらかというと「どう生きるか」の方に関わるもの。消極的道徳(~をしてはいけない)ではなくて、積極的道徳の方というか。

『ムギのころ』

餓死・凍死(や虐待死)よりは、「カラスに食われる」方が、なんか抵抗ないです僕は。
人工環境における餓死・凍死は、何とも言えない、"無駄"感"手落ち"感。
交通事故は・・・カラスよりは嫌かな。でも餓死よりは受け入れられる。

『リウーを待ちながら』

なんかバタバタした話でしたが、何とも言えない魅力のある人ですね。
また読みたい。

『学生島耕作』

いつもながら、"イヤなやつ"の受け止め方が淡々とし過ぎてるだろうという。(笑)
また助けるのかなあ。
大学の"優"ってガリ勉すればそんなに取れるもんなんでしょうか。もっと別の能力が必要な気がしますが。
学部によってはそうなのかな。

『妻恋』

分かる。(笑)
僕もたまにスマホを立てかけて見る時は、塩入れの瓶を使っています。(笑)
"脚"くらいつけられないものですかね、写真立て的なやつ。


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「高校」バレーの「プロ」性
2018年01月25日 (木) | 編集 |
春高バレーをヒントに(その2)

春高2018

(その1)はこちら

前回の終わりに"育成"について書くと予告しましたが、それはまた次回になりそうです。


春高 > Vリーグ?

とにかく面白かった春高。
それは単に、"青春"だからということではなく。
純粋にバレーの試合として、今まで見て来た(と言っても僕の場合ここ数年というレベルですけど)ものとは異質の、時には何ランクか上とも思える、面白さを感じました。
つまりは"Vリーグ"より上ということですけどね。
勿論個人レベルではさすがにVリーグの方が強い弱いで言えば強い、平均レベルは上なわけでしょうけど、ただそれと「試合」としての充実度、「チーム」としての完成度凝縮度は、また少し違う問題なので。
はっきり言って僕が見た範囲では、春高と比べるとVリーグの試合はスカスカだし、Vリーグの各チームはバラバラに感じます。元々感じてはいましたが(笑)それをある程度"日本人""日本"の問題として諦めていたところが、春高を見ておやそうでもないぞ?やれば出来るじゃないか日本人どうしによるバレーの試合でも、こんな面白いものになるんじゃないかと、目を覚まさせられた感じです。

具体的に例えばどこらへんにVリーグとの違いがあるかというと、一つには劣勢のチームの試合中の"修正"の確実さ、このまま一方的かなあと思って見ていても、次のセットでは確実に何か変えて盛り返して来る、必ずしもトップクラスのチームじゃなくても。そこに現れている「試合」への取り組みの真剣さと、修正を可能にするそもそものそれぞれのチームの完成度、"脈絡"の堅固さ。
比べると何となく勝ってダラダラ負けることの多いように見える、Vリーグとは違う。

もう一つおやっと思ったのは、所謂"二段トス"、サーブやスパイクで崩されて無理やり上げた、苦しい状態のトスに対する、スパイカーの強打率フルスイング率の高さ。Vリーグならまず軟打に逃げるか返すだけになりそうなボールでも、高校生は出来る限り全力で決めに来る。そしてそれらは必ずしも一発では決まらなくても、少なくとも一か八かのギャンブルや無様な失敗には終わらずに、流れの中での一つのプレーとして、ほとんどの場合はちゃんと成立している。"当たり前"のプレーとして機能している。
あれ?やれば結構出来るものなの?なのにVリーガーはやらないだけなの?と、ちょっと"納得"の基準が変わって来そうな感じでした。

一つにはこれは、敵ブロッカーの単純な高さの違いというものは多分あって、流れの中ではそんなに優秀でないMBでも、物理的な高さがあれば苦しい状態から限られたコースに打って来るスパイクに対しては、立派な"壁"になれるわけです。代表的には、久光の岩坂選手とかがそのタイプですが。それに関しては、選手の身長に関しては、さすがに高校に比べてVリーグの方が、確実にそういう選手は各チームいる。
ただそれだけでもないだろうと僕は思っていて、では何かというと要するに"真剣味"の違い、一本一本、その一打に懸ける気持ち、チームの勝利の為に最後の血の一滴まで絞り出す準備が整っている度合いが高校生の方が圧倒的に上なので、"失敗"を恐れる気持ちよりも苦しくても可能性を求めて決めに行く気持ちの方が勝つ、そういう風に僕には見えました。


"最高峰"の輝き

こうしたチームの凝縮感や、選手の勇気や真剣味がどこから生まれて来るかと言えば、それは春高ないし高校バレーという"舞台"自体にあるのだと僕は思います。
そこにあるのは何か(例えば"プロ")に至るただの「過程」ではないし、ただの高校生の大会、「年代別」の大会ではない。そういう相対観の中に、春高や高校バレーは存在していない。

そうではなくて高校バレーは高校バレーで一つの独立した世界でありその中の"最高峰"であり、完全燃焼するに足る、そこでの勝利に本気のプライドを抱いてしかるべき目標であるのだと思います。
そういう意味で彼女たちは、年齢とは別にその世界では「一人前」であり「成熟」していて、変な言い方をすると"プロ"なんですよね。・・・いや、真面目に、「これはゼニの取れる試合だ」と、僕は思いました。現行のVリーグより遥かに。目の前のものが何らか"最高"のものだと信じられるから、少なくとも"玄人"がベストを発揮していると感じられるから、客は納得して金を払うわけで。
Vリーグは勿論ですけど、Jリーグにも現在その納得感があるか、僕は大いに疑問ですが。

勿論いったんVリーグに入り直せば、そこでは彼女たちはやはり"子供"なわけですけど、それはまた別の話違う「世界」の話。

ここらへんで参考になるかと思うのは、これまでインタビューを読んで来たたいていは全日本にも選ばれているクラスの女子バレーボール選手の多くが、最終目標や遠大な計画の下に競技を続けて来たのではなくて、ふとしたきっかけで始めてみる→たまたま認められたりたまたま誘われたのでその上でも続けてみる→特に続けるつもりも無かったけどまた誘われたので続けてみる→気が付くと全日本に選ばれて五輪にも出たりしたみたいな、至って行き当たりばったりな(笑)選手生活を送っていることです。

一言で言えば「プロ」の無い競技の悲しさなわけでしょうが、とにかくこういう若干刹那的になりがちな宿命の競技において、また実際実業団や大学バレーの世間的存在感が薄い中で、春高を筆頭とする高校バレーは分かり易い目標であり、一つの"集大成"であり、最高レベルではないにしても「最高峰」なわけですよね。
まずそこまでたどり着く。そっから先はまた別問題。そんなピリオド感が、存在していなくはない。
分かり易く言えば、「Vリーガー」になることを夢見てバレーを始めるバレー少女はほとんどいないでしょうけど、「春高バレー」に憧れてバレーを始めるバレー少女なら、普通にいるだろうというそういう話。(笑)

とにかくだから、高校バレーは「過程」でも「子供」でもないから、そこに向けて全てが集約して行く一つの「最高」の舞台であるから、大人同様の"プロ"同様の、ゼニの取れる成熟したプレー・試合が、そこで成立するんだと思います。
・・・余談になりますが、アメリカで大学スポーツがプロ並みに売り上げを上げる立派な興行になっているというのも、春高バレーを見ていると何となく想像は出来る気がしましたね。あちらは大学ですが、やりようによっては所謂"アマチュア"スポーツ"学生"スポーツも、プロ並みの風格を備えることはあるんだろうなと。
逆に言うと「プロ」がプロであるのは年齢や経済的法律的仕様によるとは限らなくて、僕がJリーグの試合に余り"プロ"を感じられないのも、何かそれなりの理由はあるんだろうと、勝手に"納得"してしまいましたが。(Vリーグは一応"プロ"ではないので、また別の話に(笑))

「子供」と切り捨てられない立派な競技的成熟を備えつつ、しかも同時に年齢相応の純粋さや無心さ、"青春の輝き"も注がれている、一粒で二度美味しい(笑)高校バレー。
いやほんと、ゼニ取れると思います。


「高校」という単位

高校バレーの競技的充実の理由の一つには、「高校」という母体そのものの性格もあると思います。
基本的には選手の帰属感、忠誠心の濃密さがVリーグとは段違いということですが、特に「教員が担当する」という関係上、"監督"の在任年数の長さとヌシ度、そこから来る求心力戦術的徹底度が、何かVリーグとは別次元という感じ。
そういう事情はどの学校スポーツでも多かれ少なかれ見られることでしょうが、春高を見た限りでは、サッカーよりも更に、バレーの監督の"終身"感は強い感じ。流動性が低いとも言えますが。
"雇われ"度で言えば、(高校)野球 >>>>>>>>> サッカー >>> バレー くらいの印象ですかね。

それはそれで弊害はあるでしょうし、だいだい僕は(サッカーでは)どちらかというとすぐ監督を替えたがるタイプなわけですが(笑)、ただ"ベンゲルの長期政権"になら文句は言いやすくても、"アレックス・ファーガソン"くらい突き抜けちゃうと、もう何も言えないというか「そういうもの」だとして考えるしかなくなるじゃないですか。(笑)
そういう凄みです、バレーのは。"アレックス・ファーガソン"が、あっちにもこっちにもいるというか。

そして多分、それはバレーボールという競技の特性にあっているんですよね。狭いコートに6人しかいなくて、そんなに華麗な戦術があるわけでも多様性があるわけでもなくて、むしろいかにある方向性プレー原理を徹底させるか骨身に染みさせるか、理論的にという以上に職人的に研ぎ澄ますか、そちらの方に成否の比重が大きくかかる。サッカーに比べてね。求められる"正確性"も、サッカーより厳密だと思いますし。
だから長期政権があっている、監督がその部に"根を下ろしている"ことの効用は弊害より大きくて、例え古臭くても徒弟的でも、選手たちがある意味盲目的にそれに従う、信じてやり切ることから発生する力が、理論的選択や柔軟性よりもしばしば比重が大きい。

逆にそれが、多分Vリーグに圧倒的に足りないところ。Vリーグの試合が"スカスカ"で、Vリーグのチームが"バラバラ"に見えてしまうところ。例えばサッカーなら意外と成り立つレベルであっても、バレー基準だと到底足らない感じになる。
高校の監督に比べれば"腰掛け""通りすがり"の、しかもサッカーと比べても必ずしも能力や実績で選ばれているわけでもない監督では、どんな戦術も方向性も、ろくに徹底出来ない。増して選手は高校生のように純真ではないし(笑)、高校のように期限が切られているわけでも逆に("プロ"として)10年20年などという長いキャリアを見据えて自分の生活の為にやっているわけでもない。結局そのつもりはなくても、"ダラダラ"やっているような感じにはなってしまう、高校バレーと比べて。

まあ高校生が誰もかれも監督に心酔しているはずは無いですし、繰り返しますが当然"弊害"や"悪い例"も、あちこちにあるのはあるんでしょうけどね。
ただ一方で、仮に監督の個人的資質という要素を差し引いたとしても、今度は名門校のブランド・伝統への憧れやそうでなくても共に青春を過ごす仲間に対する忠誠心という形で、少なくとも"3年間"という限定の中でなら、やはりVリーグとはレベルの違う集中した帰属意識というものが高校生バレーボーラーを衝き動かしているのは想像に難くなく、それが独特なプレー密度の高さを、また担保するわけですね。

そうして積み重ねられた、名門校を頂点とする、堅固で分厚い"ピラミッド"という。(前回)


「高校」という単位 part2

ここからはほぼほぼ妄想ですが。

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今週のモーニング(’18.1.25)
2018年01月27日 (土) | 編集 |
mor180125


1月期アニメ3週目。

『ラーメン大好き小泉さん』
『グランクレスト戦記』
『刀使ノ乙女』
『刻刻』
『からかい上手の高木さん』
『デスマーチからはじまる異世界狂想曲』
『ミイラの飼い方』


は、継続。

『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』

のみ脱落。


『ドラゴン桜2』

"もう絵は描かない"宣言が話題になりましたが、正直この人の絵だと、最初から魂は入ってない感じなので、どっちでもいいですよね。(笑)
もっと普通の漫画家がやれば、インパクトあるでしょうが。
ゴルゴのさいとうたかをさんの"ハリウッド的分業"の主張も、そもそもの作品の見た目が最初からそんな感じというか、そういうものとして読んでいるので、これも「それぞれのやり方」の範囲で収まっている感じ。
「漫画」という名前で一つにくくること自体に、無理があるというか。
むしろ早くAI漫画が読みたいなあ。(笑)

『会長島耕作』

何でしょうねこのエピソード。物語的に何か意味があるんでしょうか。
ただサメトリビアを披露したかっただけという、印象。(笑)

『グラスポ』

元寮長が今は野球部の監督をやっているというのに、変にびっくりしてしまいました。
野球も出来る人だったのか・・・。まあそうか。(笑)

『ハコヅメ』

何か今回は、単純に警官あるあるを披露しただけという、こちらも印象。
"刑事"が交通ルール分からないというのは、面白かったですけど(笑)。やっぱ忘れるんだ。(笑)
まあ弁護士だって、扱わない分野の法律は覚えてないみたいですからね。

『ハーン』

うーん。
やっぱりこう、目に見える"血沸き肉躍る"に、走り過ぎている感じがしますね。
チンギスハーン=義経説というのは要するに「伝奇」なわけですから、世界観やバックボーンをそれらしく作ることの方に、第一の"興奮"があるべきだと思います。
暴れたいだけなら野球でもプロレスでも、好きにやればいいんですよ、この前の作品のように。
どうも何か、素材と作家のミスマッチにしか今のところ見えません。
逆に普通の"歴史"ものなら、まだ何とかなったと思いますけど。

『きのう何食べた』

たまの一人ご飯の解放感に、わざわざ自炊しますかね、普段やらない人が。(笑)
そもそも内食が好きなんじゃなくて、"筧さんが作ってくれたご飯"が、この人は好きなんだと思います。
むしろほっとけば派手好きの浪費家タイプに、普段の行動からは見えますが。正に"女子"というか。(笑)

『八百森のエリー』

何にせよエリーがハイスペック過ぎてたまに腹立つ。(笑)
しかも本人全くそれを意識していない、だからこそ本物のハイスペック。

『VS.アゲイン』

引き続き、"ファンサービス"や"地域密着"がどう描かれるのか、興味深い。
多分「クラブ化」までのスケールのストーリーは、考えてないんじゃないかと思いますけどね。"ネリモフーズ"ありきの作品というか。(笑)
「客が増えても給料は増えない」のはその通り。でも「俺たちにファンなんていない」と言い切るのは、プロアマ問わず曲がりなりにもトップレベルの"スポーツ選手"として、情けない物言いだと思います。別にプロだからファンになるわけではないですからね、プレーや技能そのものに、人は魅せられるわけだから。

『特品ビーム課長』

多分面白いんだけど、よく分かんない内に終わってしまった。(笑)
もう一本読ませて。(笑)

『飼育少女』

変な生き物に入れ込む女の子って、「百合」と同様の要は"男"を除外した世界を形成している感ありますね。
まあいいんですけど。(笑)

『カバチ』

てっきり600万の2/3400万で貸し金を回収して終わるという話かと思いましたが、まだ何かあるのか。


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はじめてのバレーボール(補) ~サーブレシーブ、外国人枠、ファン気質
2018年01月29日 (月) | 編集 |
Vリーグは昨日でレギュラーラウンド終了。次のプレーオフまで、少しだけお休み。
こちらは春高バレーシリーズの続き・・・とも思ったんですけど、なんかひと息つきたくて、バレーはバレーでもこっちのシリーズ。


結局サーブレシーブの上手い下手とは何なのか

シリーズ第一回からの宿題ですが。
小柄で俊敏な日本人は、スパイクレシーブ(ディグ)に関しては、大柄な欧米選手に比べて平均的に上手いと定評がある。
しかし一方でサーブレシーブ(レセプション)については、劣っているわけではないけれど特に優れているわけでもない、求めている精度が他国より少し厳しいのもあって、現代表でも国際試合で計算出来るのは、昨年の段階では新鍋理沙選手と内瀬戸真実選手のWSでは結局二人だけという、やや苦しい状況でした。

簡単に言うと、俊敏性と反応だけでは、レセプションは出来ないと、そういうことが言えるわけですが。
では何なのか。

一つのヒントとしては、レシーブの専門職である特殊ポジションのリベロの選手を除いた、近年の代表的なレセプションの名手二人木村沙織選手と新鍋理沙選手の二人が、揃って「バレーで一番好きなプレーはレセプション」と、インタビューで答えていることにあるかなと。(ちょっとソースは失念)
パワーと上背にやや欠け元々比較的守備的な選手だった新鍋選手はまだしも、185cmと日本人最高クラスの高身長のバリバリの攻撃選手で、若い時はむしろサーブの狙い目にされて苦しんでいたこともあるらしい木村選手まで最終的にそういう境地に至ったのは、なかなか興味深いことだと思います。

ここから推測出来るのは、誰にでも出来るわけではない難度の高いプレーであるレセプションは、一方で特有の魅力のあるプレーであり、レセプションの上手い選手は単にレセプションが"出来る"のではなくて、むしろ積極的に"好きな"くらいの選手だということです。(そしてそれが稀少だと)

ではレセプションの"快楽"とは何か。
ここからはほぼ純粋に想像ですが。
それは相手が勢い込んで打ち込んで来るサーブをふわりと受け止めて"殺す"快感、とっさの反応であるディグとは違って入念に配慮したポジショニングで"待ち構えて""嵌める"快感、更に言えば自分は"力"を使わずに相手(サーバー)にだけ力を使わせてかつそれを"無駄にさせる"快感。(笑)

まとめて言うと、"ドS"の快感、底意地の悪さの勝利。(笑)
ああ、と思う人は思うかも知れません。新鍋選手、Sですよね、意地悪ですよね(笑)。木村選手、ああ見えてSですよね。ちびのリベロの選手の届かないところにハイタッチの手を出すとか、よくやってましたよね(笑)。いつもにこにこはしてますが、あれは愛想がいいというより他人の事は気にしてないというタイプですね。
それ以前に、"受け"の快楽でもあるかも知れません。
Sが受けというのはよく分からないかも知れませんけど、受け、つまり一歩引いた状況で全体を俯瞰してコントロールする、掌中に収める、そういう快楽です。それがSの気質に合うわけです。相手の力を利用する、自分はなるべく汗を搔かない、そういうイメージも重要です。
その快楽に慣れちゃうと、必死こいて「攻撃」に行くとか、かったるくてやってられないというところはあるわけです。サッカーほどではないにしても、バレーの攻撃も成功することより失敗することの方が、ずっと多いわけで。そんなのSのプライドが許しません。(笑)
というわけで守備的な新鍋選手だけでなく、大エースの木村選手すらも、慣れてしまえばレセプションの方が楽しくなるわけです、気質に合うわけです(笑)。目覚めたわけです。(笑)

内瀬戸選手の性格はよく知らないですし、みんながみんなそこまで分かり易くそういう類型に当てはまるとは限りませんが、他にも代表にはそこまで縁が無かったですが、同年代の代表的なレセプションの名手、NECの近江あかり選手なんかも、独特の癖のある超強気な性格で知られていましたよね。だから何かしらそういう傾向はあるんだろうと思います。

技術的にはやはり、"ふっと力を抜く"というのが出来るか出来ないかが大きな分かれ目で、その為に"S"である必要は必ずしもないのかも知れませんが(笑)、ただ他人に気を遣ってばかりの真面目な選手にも、逆にただ大雑把な選手にもそれが難しいことなのは、何となく想像出来ると思います。
現役のレセプションアタッカー候補で言えば、石井優希選手は技術的には結構出来るように見えますが、プライドの高さと自信の無さが同居する神経質な性格で、"出来る"時と出来ない時が、心理状態でかなり出て来てしまう感じ。もう一人古賀選手は、ふわふわしているようでかなり融通の利かないところのある頑固な性格で、"一生懸命"上げるばっかりで余り力が抜けないので、だいぶ慣れては来ましたがまだまだ固い感じで、試合後は随分腕が疲れてしまうみたいですね。

役に立つかどうか分かりませんが(笑)他の競技の例で言えば、野球の中の「二遊間が守れる選手」、そういうタイプの"守備の達人"が、多分バレーのレセプション名人と共通するものがあるのではないかと思ったりします。(笑)
サードならバ〇でも守れるけど(笑)、セカンドとショートはね。ある種の飄々と受け流すような技術・感覚が無いと。そういう複雑微妙さが。
こんなところです。(笑)
まああんまり昔のことは分からないので、最近の例からの想像・推測ですが、満更的外れではないのではないかと、自分では思っています。

木村沙織新鍋理沙2近江あかり

左から木村沙織、新鍋理沙、近江あかりの、日本が誇るドSレセプター三傑。(笑)


Vリーグに外国人は必要か。

こちらは新しいトピックス。
別に外国人選手を排斥しろと言っているのではなく(笑)、現行の「各チーム一人」という制度下における外国人選手の影響についてという話。来季からの新・Vリーグでは、そこにアジア枠が加わるということですが、中国のトップクラスでも来ない限りそれで大きく状況が変わるとは想像し難いので、変わらないという前提で話します。

簡単に言うと、一人だけ入れるくらいなら、日本人だけでやった方が、試合自体は面白くなる可能性が高いのではないかというのが、現時点での僕の見込み。
それは先だっての春高バレーの面白さであり、ラスト2戦で大砲カルカセスを思い切って外してみた時の上尾の、いきなりいいチームになったような妙な機能性であり、また昨季の爽やかな好チームが、"世界の"ミハイロビッチを入れたことにより見る影も無いク〇チームに成り果てた今季のJTの姿であり。

それでJTは現在2位につけている(昨季は最終的に4位)わけですから、"弱くなった"とは言いません。ただ魅力が無くなったつまんなくなったということ。ついでに「全日本の強化」にどちらがいいかという話は、いったん置いておいて下さい。あくまでリーグとしての魅力試合の面白みという観点から、話しています。
勿論面白い面白くないは人それぞれなので全くそう思わない人はそれでいいんですが、ある程度以上同意してくれる人向けに上記のような"現象"の理由を考えてみると、簡単に言えば「同質性」が高くなるということでしょうね。それによって戦術的な統一性徹底性が確保し易くなって、"いいチーム"感が出易くなるし、試合の展開もスムーズできちんとした"綾"が出易いものになる。だからそういう試合をいい試合と感じる人には、少なくとも面白くなる。

これだけだといかにも縮み志向というか、ただの低レベル均衡みたいに聞こえるところがあるかと思いますが、問題はバレーボールという競技の特殊性で。
シリーズ第三回でも"階級制"というアイデアに触れてみたように、日本バレーは欧米等の世界の競争相手と比べると、極端な体格的パワー的劣勢に置かれているわけです。スポーツの常識で言えば、本来戦うべきではないような(笑)。(だから"階級制")
だから外国人を排するというのは"低レベル均衡"というより"正常化"に近い性格を持つものであり、試合が面白くなる競技性が向上するのは、ある意味当たり前なんですよね。

そしてそのことは、"外国人"そのものの性格にも、関係して来ます。つまり助っ人として呼ばれる外国人選手が、日本人選手を上回るのは、"いい選手"であることよりも何よりもまず"デカくて強い"という単純な理由が大きいのであり、勿論見習うべき点のある選手も少なからずいるでしょうが、本質的にはそうです。
だから例えばサッカーにおいてJリーグが、リーグのレベルからするとオーバースペック的な大物外国人を呼んだとして、そこで戦力均衡は確かに破壊されますがしかし同時にその選手のプレー自体の素晴らしさや味方を活かす能力などにより、サッカーとしての魅力が増すことも十分に期待出来るわけです。(そりゃメッシとか呼んではそれはやり過ぎでしょうけど(笑))

しかしバレーの場合は、"個人技の足し算"性がサッカーより強いというのもあって、大物外国人を呼んでも単にデカくて強い女が小さくて弱い女をいじめてるだけみたいな事態に、なりがちなんですよね。なかなかそこに、バレー的な"豊かさ"は生まれない。・・・少なくとも一人では。
これが同レベルで複数いれば、そちらが新たな"基準"となって日本人だけでは生まれ難い新たなバレーボールの次元が浮上して来たりすることもあるでしょうが、一人では単に、「小人の国のカリバー」です。ただただチームバランスゲームバランスが歪むだけです。
別な言い方をすると一人だけいてもそれに合わせて"レベルが上がる"ということはまずないので、だったらいっそ日本人だけで、ゲーム性の内的な充実を目指すことに専念した方が、面白いリーグになる可能性は高いのではないかということです。

久光のアキンラデウォは凄い選手だし、トヨタ車体のネリマンはいい選手だけど、見てて楽しくは別にないんですよね。唖然としたりドン引きしたりするだけで(笑)。サッカーのスーパー助っ人たちのようには。
余りにも前提条件が違い過ぎて。
そりゃ熊は強いけどそれは熊だからでしょ。マス・オーヤマの強さと比べても仕方が無い。(笑)
まあミハイロビッチはともかく、ネリマンに"熊"は少し失礼かも知れないですけど。(笑)

「全日本の強化」については、普通二つの意見があります。「レベルの高い外国人とやることで訓練出来る」という意見と、「日本人選手のブレー機会が確保されることによって育成が進む」という意見です。
僕は原理的には特にどっちとも思いませんが、ただ上で言ったように"外国人が一人だけいても駄目だ"という意味で現状前者には否定的なので、消極的に後者かな。特に若手の出場機会は確実に増えるでしょうし、日本人だけになることによる戦術性の向上によるバレー脳の鍛錬効果も、期待出来ないことはないかと可能性としては思います。ならば試合としては面白いだろう国産リーグに、現状では一票。

ちなみに今季唯一国産チームで臨んで苦戦しているNECですが、"唯一"であることによって国産であるパワー的不利の影響が余りに大きくなってしまっているので、一チームだけで効果を判定するのは難しいですし、例えばカルカセス不在時の上尾との国産対決で苦戦したように、外国人抜きならNECが強いとも、単純には思いません。やはりまず基準を揃えるところから、始めないと。
まあNECについては、ファイナル6敗退後(笑)に、まとめて書く予定です。するでしょう?敗退。


続・バレーファンのファン気質問題 ~"党派性"という病

前回「バレーファンはサッカーファンに比べても限度を越えて口汚くて狭量で引く」という話をしましたが、その理由としては主に(男性ファンが)"異性"選手を応援することにより生まれるエロス的な愛憎の濃さというものを、挙げておきました。

それはそれでだいたいそんなところだろうと今でも思ってはいるんですが、一方で"狭量さ"の描写として少し足りないなとその後思うところがあって、それは一言で言うと「党派性」の強さ、単に個々人がいがみ合っているのではなくて。
代表的な例は、例えば5ちゃんの久光スレ。今季結局全勝で悠々とレギュラーラウンドを首位通過して、さぞかし皆さん上機嫌だろうと思いきや、まるで降格チームか何かのような殺伐とした雰囲気で、特に「新鍋」派と「石井優希」派が、日夜血で血を洗う争いを繰り広げていて笑います。
傍から見ればどっちもそれぞれいい選手だろうとしか言いようが無いわけですが、とにかくあちらを立てればこちらが立たず、必ずどれかの"派"に属して相手を撃滅するまで戦わないと気が済まないようです。

「新鍋」派はまあそれでも独立自尊なところがあるのでまだいいんですが、「石井優希」派はめんどくさくて、定期的にNECの古賀紗理那選手も巻き込んでこちらでも"どちらが上か"闘争をおっ始めます。「古賀紗理那」派というのは普段は特にいないと思うんですが、ただしそういう時には決まって擁護派が登場して、よせばいいのにまともにやり合って結局"古賀紗理那を認めることは石井優希を認めないことである"タイプのおかしな論にはまって行きます。

こういうのはバレーの世界の一つ伝統のようで、いち世代前には「江畑幸子」と「迫田さおり」という二人の名アタッカーをめぐって、"エバサコ論争"と呼ばれる超粘着質な叩き合いを、今でもたまに繰り広げています。他には全日本セッター宮下遥選手をめぐっても、似たような壮絶な言い合いが定期的に起こります。
いずれも内容はほとんどテンプレなんですけど、もうなんか全然僕には笑えないプロレスです。

"オタ"と"アンチ"という言い方はどの分野でも慣用的には使われますが、バレーの場合は文字通り"オタ"か"アンチ"かに、あらゆる事象について全ての人が分類されないといけないような、そんな雰囲気です。

これらは主には選手個人個人について繰り広げられることが多いですが、他にチームや監督についても、やはり特有の湿度の高い愛憎が、表現されることが多いです。軸となるのはやはり"巨人軍"的な憎まれ役の久光製薬で、それ自体はどこの分野でもあることでしょうが、それにしても"A"というチームが好きな人は漏れなく"B"と"C"は嫌いみたいな構図・物言いがあちこちで律義に聞かれて、かなりうんざりします。現全日本監督中田久美氏をめぐっても、好きな人は決め打ち的に賞賛し、嫌いな人はひたすら馬鹿にするの二極みたいな風景が、やはり目に飛び込んで来ます。
当ブログにコメントを寄せてくれた人にもナチュラルな感じにそういう人がいましたから、もうほんと"ファン気質"というか、"習慣"なんでしょうね。

僕自身の気質としては、人それぞれ意見があるのは当たり前だし、何なら悪口雑言にも質のいいものならそれ自体として言語的快楽を認めなくも無いんですが(笑)、一方で「党派」的な物言いは、徹底的に受け付けないんですよね。分かり易く言うと、僕の意見に真っ向反対して来るしかし特に党派的でない人と、僕に献身的に味方してくれるしかし党派臭を漂わせている人がいたら、僕は後者を出禁にして前者と仲良くします。そういう人です。
とにかく嫌なんですよ。党派を選ぶよう迫られるのも嫌ですし、増して勝手に僕を党派的にくくられたりしたら、冗談半分でも基本ブチ切れます。関係性によっては執行猶予はつけますけど。

"悪口雑言"との比較で言うと、それは要するに、"表現"の段階でのノイズでしかないわけですが、「党派」的な人は、そう振る舞う習慣のついている人は、"認知"の段階で既に歪んでいる、党派的に単純化しているので、議論の根っこが腐ってしまうんですよね。だから時間の無駄なので、出禁にするわけです。(笑)
ほんと困るんですよね。本来ほとんどチームの好き嫌いとか無い人なのに、誰かに党派的に好きを表明されると、その影響でついその対象が嫌いになりそうになるので。ハリルホジッチ熱烈支持派とかもほんと迷惑なので、黙って分析だけしてて欲しい、変に感情を出さないで欲しいと、これは余談ですが。(笑)

以上、ぼやくだけぼやいて、特に解決策とかがあるわけでもあるはずもないんですが。(笑)
少ないチーム数と薄い選手層の中で、何でそんな選り好みばっかりしてるんだろうと外野的には思わざるを得ないんですが、"少ない"からこそ、そうなのかも知れないですね。よく分かりませんが。


今回はこれくらいです。
なるべくぎりぎりまで、「はじめて」「外野」という立場を貫きたいですね。その方が楽しい。(笑)
当事者になっちゃうと、それこそ"党派"性なんかも。


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読書日記(’18.1.31) ~スペイン、カタルーニャ、グアルディオラ
2018年01月31日 (水) | 編集 |
まあまあ集まったので、スペイン特集。
ヴェルディとマンチェスター・シティという形で、最近やたらと僕に絡んで来る。(笑)





『スペインの歴史を知るための50章』立石博高・内村俊太編

前回は、中世以来のカタルーニャの独立志向が、非イベリア性、ローマ及び西欧志向という基礎を持っているらしいという話をしましたが。

p.326

言うなれば、11世紀頃の時点で、共通の過去と理念をある程度は共有していたイベリア半島の諸国家が、時代を経るにしたがって各々固有の道筋を選択していったことを暦の利用状況が示唆している。


何の話かというと、スペイン中央政府(カスティーリャ)がヨーロッパで制定された新しい暦(グレゴリオ暦)を導入して国家的統一性の強化を図ろうとしたところ、それまで曲がりなりにもまとまっていた"スペイン"がそれに対するリアクションで分裂して、かえって統一性が緩んでしまったという、そういう話。
僕が特に注目したのは、「共通の過去と理念をある程度は共有していた」の部分。古来分裂し続けて来たものが近代になって一応「スペイン」としてまとまって、それがまた最近危機に瀕しているみたいな一本道的な歴史をイメージしていたんですが、そうではなくていくつかピークがあるというか、まとまる/ほどけるみたいなプロセスを繰り返して来たんだなという。

p.335

19世紀末にヨーロッパがナショナリズムの時代に入った時に、スペインでは、国家の一体性を不可欠の前提とするスペイン・ナショナリズムへの対抗として、地域ナショナリズムが誕生し、両者の対立構図は現在まで続いている。


これもまたスペイン「統一」"挫折"の歴史。
"ナショナリズムの時代"(参考)に日本を含む各国が中央集権的国民国家形成へと動く中で、同じように影響を受けたは受けたスペインの場合は、カタルーニャを筆頭とする"各国"がそれぞれにネイション意識を高めた為、かえって地域化が進んだという、笑い話のような真面目な話。
日本も「江戸幕府」ではなくて「豊臣政権」くらいの緩い統一を前提とした時代にナショナル化が進んだとしたら、そういう可能性もあったのかも知れないですね。各藩それぞれが"国"化するという。やっぱり前提としての「統一」のイメージがあるか無いかでは、大きく違うと思うんですよね。フランスも要は"ナポレオン"(の強力な指導)によって、国民国家を形成して行くわけですし。
まあ天皇もいたし、スペインのようには多言語でもなかったので、根本的に違うと言えば、違うのかも知れないですけど。とりあえず明治政府が"頑張った"ということは、善悪別にして言えるとは思いますね。

その後結局スペインは、20世紀の「フランコ独裁」という特殊な一時期を除いては、他の西側各国並みの強力な中央集権国家は形成しないまま現在に至るわけですが。
通して読んで逆に持つ疑問としては、「スペインはどうして分裂しているのか」ではなくて、むしろ「なぜスペインは"スペイン"という統一性を一応は持っているのか」という方の疑問。
それについてこの本では主題的には取り上げられてはいませんが、それでも拾い上げてみるとまずは

1.「西ゴート王国」という"統一政権"の始原的イメージ

というものが挙げられます。
西ゴート王国とは、415年 - 711年にかけて

現在のフランス南部からイベリア半島にあたる地域を支配したゲルマン系王国(Wiki)


であり、それがともかくもイベリア半島に統一的な王権を確立したこと、またキリスト教国家であったそれが後にイスラムのウマイヤ朝に滅ぼされ、それに対する"レコンキスタ"の過程で郷愁的に美化されたことによって、それ自体非ラテンの征服王朝であったにも関わらず神話的な共通イメージとして定着したと、そういうことです。"かつてスペイン(イベリア)は一つであった"と。

もう一つは、それこそこの本にはあえては書いてありませんが、要は

2.イベリア半島の僻地性

ということだろうなと。
大陸ヨーロッパと海に囲い込まれた「半島」という地理的な隔離性によって、好むと好まざるとに関わらず域内の緩い統一性共通性は意識せざるを得ず、またヨーロッパの方からは近代に至るまで常に異郷視・野蛮視を受け続けていた為、対抗上も団結せざるを得ない部分はある。仲は悪くても。(笑)
そういう言わば"消極的なアイデンティティ"としての「スペイン」は常に存在していて、ただそれゆえそれ以上には、なかなか高まらなかった。これがまあ、僕の目に映った"スペイン史"ですが。

面白かったですね。もっと色んな国の歴史を、改めて見たくなりました。
とりあえず次はイギリスか、フランスか。
「世界史」より「各国史」の方が、どうも面白い気がします。






『グアルディオラ・メソッド―勝利に導くための61の法則』ミケル・アンジェル・ビオラン

図書館にあったので読んでみました。期待したような戦術的な本ではなかったですが、"文化論"的にはまあまあ面白かったです。
作者はカタルーニャ人で、カタルーニャ人として、"カタルーニャ人"ペップやスペインを、語っています。

p.18

生粋のカタルーニャ人が持っていたコスモポリタニズム(世界は一つの共同体だという考え)は、スポーツのジャンルにおいてもタレント性とコミットメントの融合を可能にした。


これ以上は特には書いてませんが、やっぱりカタルーニャ人は、「コスモポリタン」なんですね。
僻地イベリア半島に閉じ込められながら、だからこそ逆に、切に「世界」を思う
スペイン/国を介在させずに。
後半部分が具体的に何についての話なのかはちょっと忘れてしまいましたが、ここらへん全体として筆者が言おうとしているのは、「スペイン」や「バルセロナ」の"成功"として今日語られていることの多くは、実際には「バルセロナ」単体や「グアルディオラ」個人に負うところの大きい性格のもので、「スペイン」のと言ってしまうのは問題がある、特にペップの飽くなき先進性やある種のグローバリズムは、優れてカタルーニャ的なものであって"スペイン"ではないと、そういうことのようです。
まあ"スペイン"と"カタルーニャ"の手柄争いについて口を出す立場には僕はないですが(笑)、ただ"バルサ"があくまで"バルサ"であること、そしてペップの個人的天才が余りに突出していて、「典型」として扱うのは無理があることは、ある程度は誰でも感じるところだろうと思います。
「スペイン」の中での「カタルーニャ」の突出と、更にその中での「ペップ」の突出と、二段構えの構造。


そしてそういう筆者による、"スペイン"評。

p.85

スペインでは自分たちの力やポテンシャルを信じない。(中略)
簡単に説明するとまったく何にも賭けをしない国。それがスペインだ。


スペインは「情熱的でない」ところに、特徴のある国だという。(笑)
かなり挑発的な感じはしますが、ただし見た感じ所謂"情熱の国"スペインという国際的定評を、意識しての記述には見えないんですよね。だから国内的には、実は通じ易い話なのかもしれない。定番の自虐ネタというか。またここでは必ずしも、"カタルーニャ人"として"スペイン"を叩いているようにも、見えません。
まあ日本人が明治維新を誇るように、逆にスペイン人はついに近代的集権国家を築けなかったことを、その自己変革力の無さを、恥じているのかも知れない。
スペイン文化全般も、基本的には暗いですよね。"フラメンコ"とか"闘牛"とか(笑)、明るい"情熱"というよりも暗い"情念"というタイプの文化。魅力的は魅力的ですが、"妖しい"魅力の方。
明るく建設的な"情熱"というよりも、虚無と無力感の淵から立ち上がる"狂気"に近いんですかね、スペインのそれは。ハンター×ハンターでも、「強化系」には分類されないタイプの"熱"かもしれない。(笑)

p.130

スペインはチームワークによって自分たちの能力を活性化させるのが困難な文化だ。集団意識が希薄で、誰の目にも明らかなリーダーシップに乏しい


これはまあ、"バルサ化"して欧州と世界を席巻する以前のスペイン代表を覚えているサッカーファンなら、割りとすんなり納得出来る評価ではないかと思います。
あの時は「国内事情で代表チームに対する忠誠心が乏しい」のが理由と、概ね理解されていたと思いますが、この筆者によるとそれは代表チームに限ったことではなく、"スペイン人による集団"に共通に見られる体質だと、いうことのよう。
そしてそれを改革した克服させたのが、個人の「タレント性」(↑)を集団への深い「コミットメント」(↑)に導いたのが、カタルーニャとバルサの("コスモポリタン"な?)文化だと。
まあ起源や手柄(笑)の問題はともかくとして、とにかく"集団"が苦手だったスペインが、今日では組織プレーの一つの手本として各国から研究されるようになるに至ったわけですから、仮に元が苦手であるなら尚更学びたい、日本人に何かしら伝授してもらいたいものではありますね。「自己変革」のプロセスの再現というか。
いつ見ても"鉄の掟"で動いているイタリアとか、逆に学べるのかなと思うところもありますし。

p.87

"ペップ"グアルディオラが新たに導入したことの多くは、彼がイタリアでプレーしていた時代に学んだことである。


ペップの"非スペイン"性の、ちょっと次元の違う(笑)補足。
脱スペインしてユニバーサルに学んだからこそ、ペップはあるんだと。まあ、それはそうかもしれない。(笑)
ただ正直ペップのバルサを出てからの放浪については、少し冷ややかに見ていたところがあって、いちいち本当に学び切っているのには驚きましたね。"プレイヤー"としては結局は(スペイン)ドメスティックな選手だったと思うので、どうも効果を危ぶんでしまったんですが。


さて最後にこの本のタイトルですが。
グアルディオラのメソッドとは何か。「無い」というのが実はこの本の答え。
そうではなくて、"グアルディオラ"そのものが"メソッド"であるという。言い換えればその人格が。

参考として挙げられているのが、心理療法における「クライエントセンタード」という考え方、手法。

この療法の基本的な考えは、「来談者の話をよく傾聴し、来談者自身がどのように感じ、どのように生きつつあるかに真剣に取り組んでいきさえすれば、別にカウンセラーの賢明さや知識を振り回したり、押しつけたりしなくても来談者自らが気づき、成長していくことができる」ということです。
人間は、成長・自律・独立等に向かう「実現傾向」を持つと考えます。カウンセラーは、自らの体験・意識・表現が一致していること、来談者に無条件の肯定的な関心を持つこと、共感的に理解することを大事にします。
(「来談者中心療法・カウンセリング」日本臨床心理士会のサイト)


ペップの指導もこの考え方に立っているというのが、この人の解説。
「カウンセラーの賢明さや知識」というのが、所謂"メソッド"にあたる部分。ある特定のそれを押しつけるのではなく、ペップがペップとしてチームや選手に向き合う/立ち会うことによって、対象が自ら気付き、"実現傾向"を現していくのに任せるのが、ペップの方法だと。
程度問題は分かりませんが、実際にペップがこの理論を学んで参考にしているのは、確かなようですね、この本によると。それにしても具体的な監督業をイメージすると、さすがに綺麗事な印象は否めませんが。

ただ僕自身も、「ペップには戦術が無い」ということは言いました。
それはつまり、原則は提供するけれど「こうしろ」とは言わない(のではないか)ということ。"絵"に向けて集約させることも無い。その原則を踏まえた上で、でも具体的には"クライエントセンタード"に、個々の選手やチームがその内側から「実現」させて行くものに任せている、それを管理・微調整するのがペップの仕事(の仕方)なのではないか、と、今回の話と合わせるとまとめられないことはないかなと。
もっと言うと、ペップの「願い」は確かに個々の"発露"そのものであって、「組織」というのはあくまでそれを助けるもの、決して"完璧な組織"を作るようなタイプの監督的エゴをモチベーションとはしていない、それは本当に思います。
100%フリーで出来るなら、本当にやらせるんじゃないでしょうか。そういう意味では、「教育者」なんでしょうね本質は。「カウンセラー」でもいいですけど。(笑)


こんなところです。
結構な量になりましたね。(笑)
もう一冊読んだんですが、それはまた今度に。


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