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BBC『自由意志 思考を決定するもの』より (2)「責任」能力と「自由」の意味
2020年06月03日 (水) | 編集 |
全文書き起こし(1)より。

少し間が空きましたが、後編。


3.自由意志と「責任」

結局意志をコントロール出来ないなら、自分の責任は取れないのですから。
(中略)
外的な制約や内的な制約が、脳の活動に関わっていることを見ました。それで自由な選択が出来なくなっているのです。
(中略)
罰を与えるために、人々は自由意志の存在を正当化するわけです。しかし私はそれには反対です。不運な人をひどい扱いしている、それは彼らが不運だからだということになってしまうわけです。

前回述べたような「決定論」的世界観に従うならば、誰がいつどんな犯罪を犯すかはビッグバンの時点で決まっている避けられない運命であるし、そうではなくても誰かの「意識的選択」が既に無意識レベルで決定されている事を実行しているだけであるならば(リベット実験)、無意識そのものをどうこうすることはその人には出来ない(それを無意識という)のであるから、誰かの違法行為に責任を問うたり"罰"を与える事に正当性は無いのではないかという主張。

一応筋は通っているようですが、少なからず身も蓋も無い話な気も。これで「納得」してくれる人はそうそういないだろう(笑)というか。
多分まあこれは、「自由意志はあるのか無いのか」という、宇宙的根本的問いから来る話というよりも、日常的観察から出発しての「意志はどの程度自由なのか」というそういう日頃の問題意識を、"宇宙"を仄めかして若干ブラフ的に(笑)も言ってみたというそういう話ではないのかと。
別な言い方をするとここで問題にされているのは、「無意識はどのように意識を縛っているのか」という方の"自由意志"問題で、ビッグバンと決定論(運命)の問題では直接的にはないということ。物理学ではなくて心理学・生理学・社会学等のレベルの方の問題というか。前回「無意識」の自由意志問題と「運命」の自由意志問題は、一応分けて論じるべきだと言っていた事の、一例というか。

ここで具体的に挙げられているものとしては、「経済的要因(100ポンドが生死を分けるレベルの貧困)」「バックグラウンドとか環境・育ち」「権威による命令下であるかどうか」「知識や教育のチャンス剥奪による脳の発達不足」など。
要はお馴染み(という言い方はあれかも知れませんが)の「犯行に至る事情」の問題を、その"背景"が形成する無意識/脳の「意識」的選択への縛りを、リベット実験的な自由意志(の不在)問題として強化した主張というか。"事情"を考えているのは同じですが、それの個人の「選択」への影響を、より決定論的に捉え直す。

道徳責任というのには、段階があると思うんです。どうしてそう考えるかというと、その抑制にも段階があるからですね。どれくらいの抑制が出来るかということと道徳的責任というものは、比例していくと思うんです。
これはとても面白いんですよね。オランダの刑法のシステムですけれども、5つの段階があるとしています。黒か白かではないんですね。どんなレベルにいるかで、罰も変わって来るというんです。

「抑制」というまとめ方は、流れからするとオランダのまとめに従ったという事ですかね。前段までの内容から推測すると、恐らくは「抑制の利きやすい脳/衝動的になり易い脳」の(区別)ような生理学的知見があって、そうした脳の形成に"生育環境"や"教育機会"(の有無)が大きく関わっていると、大方そんなようなタイプの話だろうと思いますが。
いずれにしても、道徳的「責任」能力を"5段階"に分ける

オランダ刑法

というオランダのやり方は、確かに"面白い"と思います。普通に笑ってしまいました(笑)。なんちゅう理屈っぽい。オランダ人らしい(笑)。しかもそれが実際の刑法システムとして、採用されているらしいところが凄いなと。5段階(笑)、細かい。実験室か。

イギリスの刑事システムは黒か白かですよね。心神耗弱ということが認められますけれども、かなりハードルが高いです。そして年齢で制限があります。制約はありますけれども、こちらになるかこちらになるか、ぱっと変わってしまうわけですよね。これはおかしな考え方だと思います。

と、筆者(話者?)は言うわけですけど。実はそんなに本質的な違いは無いようにも、僕は思いますが。
確かに"心神耗弱"(喪失)かそうでないかという"二択"が目立つ形になってはいますが、そもそもイギリスに限らずほとんどの国の現代の刑法システムは、"犯意"に応じて罪の重さに段階を設けているわけですよね。
代表的には例えば、同じ最終的に誰かの死の原因を作ってしまったとしても、計画的な殺人(謀殺)→殺意はあったが事前に計画はしていなかった殺人(故殺)→暴行or傷害致死等→過失致死→事故みたいな段階分け(参考:"殺人罪"Wiki)。勿論先の方からつまり殺"意"の明確な順に、刑罰も重いわけですね。

だから殺人ないし誰かの死亡という結果に至る「選択」についての、意志性・意識性、意志の自由性とそれに基づく道徳的責任に関しては、少なからぬ幅があってかつその幅を区別することに意味があるという考え自体は、少なくとも法制度としてはほぼ確立しているし、またその背景にあるそれぞれの社会の通念的にも、意識されていることは余り無いでしょうが概ね受け入れられているはずと言っていいと思います。(オランダに限らず)
意識はされていないので死刑なり特定の煽情的な事件をめぐって、前提を共有しない不毛な"激論"が繰り広げられているのを見る事はままありますし、勿論犯意なんて関係ない結果死んだんだから全部死刑だ目には目をだという主張をする人も一定数はいます。
ただまあ、様々な理由で概ね現代の人類社会は、そういう"幅"で意志能力を捉えるという前提で成り立っているとは言えると思います。

近年とみに評判が悪い気がする、上でも出て来た"心神耗弱/喪失"を理由とする責任能力の一部ないし全面的免除というシステムなども、こういった基本的な"幅"の(極端ではあるけれど)"一端"として位置付けておけば、そこまで感情的な議論になることも無いはずとは思いますが。純粋に偶発的な不幸な事故も保険金殺人も、全部同じ罰でいいというなら、心神喪失だろうと何だろうと関係なく、フルマークの責任能力を認めればいいわけですけど。そんな人はそうそういないのではないかと、"厳罰"好きなタイプの人でも。

・・・と、いうような話は「相対性理論」や「量子力学」や「リベット実験」を持ち出さないと言えないのかというとそんなことは別に無い(笑)と思うので、全体としては少し違和感というか、少なくともたった25分のドキュメンタリーに無理してねじ込む話ではないように思いますが、言いたいことは分かる気がするというか確かにオランダの例は面白かった(笑)というか。

罰を与えるために、人々は自由意志の存在を正当化するわけです。

繰り返しになりますが、結局このいら付きでしょうね。自由意志があるからあるとしているのではなくて、罰を与えたい欲求の"都合"で、無理にでも責任能力を認定しているだろうという。



4.自由意志の「可能」性

(1)「自由」な思考

「自由意志」の存在について、純科学的にはかなり悲観的なヴィジョンを提出しているこの論考(ドキュメンタリー番組)ですが、それに対する"救済"的な箇所二つ。

我々は人間ですから、とっても賢いんです。ですからそうしたこと[注:自由意志]を考えることは出来ます。
我々の意思決定の多くは、この想像のヴァーチャル・リアリティの中で行われているんです。一日の半分は、色々なことを想像して過ごします。(中略)我々の想像のヴァーチャル・リアリティの中で、自由意志は動いているわけです。
リベット実験のようにそれほど選択するということではなく、大きな影響を持つ決定を行っているわけです。

想像するのは自由である。
そして想像の中だけでなされた「決定」に従って行動することが人にはままあるから、その時その人は「自由」意志を持っていると言える。

自由意志というのは知的な決定をする能力というのであれば、それには問題はありません。そうだとすれば、多くの自由意志があると言えるでしょう。

同様に、身体反応の反映や曖昧な無意識的思考ではなし得ない、高度に知的で抽象的な思考をしている時は、その人は自由意志を持ってる。

・・・のだそうですが。
そうなのか?そういう話なのか?それだけの話なのか?

例えばそれが心理・生理学的なレベルの"反・自由意志"論、パブロフの条件付け理論あたりに始まる人間は単なる刺激に対する反応マシーンであってそこに"心"も"人格"も"意識"も増して"自由意志"なんて結構なものは存在しないのだという現代の標準的な"科学"主義的人間観(相当大雑把ですが)に対してなら、こうした議論は反論になる可能性がありますし実際それに類することは方々で行われていると思います。
ただそれが"ビッグバンから始まる決定論的な因果の連なり"や、"過去も現在も未来も既に実現している確定したものだ"というブロック宇宙論的時空観のような"物理学"的な反・自由意志論を相手にした時に、上の程度の話で証明事足れりとしていいのかには大いに疑問があります。もし"決まっている"のならば、それは我々が頭の中で考えることまで含めて、どんなにそれが純知的な内容だろうと決まっているのではないか、なぜならそれが「運命」というものだからだという。

ここでもやはり、僕が最初から問題にしている"二種類"の自由意志論を区別しないで論じる弊害が出ている気はするわけですが。
つまり上で"救"われている「自由意志」は、あくまで心理・生理的レベルで攻撃を受けているマイナーな方の自由意志でしかないという。

・・・まあ多分、ここらへんが関係しているんだと思いますけどね。

決定論者の根本的な過ちは、因果関係特に脳の因果関係が十分だと考えている事なんです。脳の因果関係が基準で制限されるものだとしたら、この因果関係は十分なものではなく、足りるかどうかという問題だと思います。

こうした音のパターンが、脳の活動のパターンを決めます。そして指でトントンとするわけですけども、みんな同じリズムではありません。そして指でトントンとタップしない人もいます。ですからこのエネルギーのパターンが、予想が出来るとは限らないんです。エネルギーのパターンは、必ずしも物理の法則に従いません。

ビッグバンから始まる因果の連なりは確かに届いているのかもしれないが、それは言わば「入力」としてであってそこから何が「出力」されるかは人間の脳や行動の複雑性からするとかなりランダムがあるという。増してその「入力」の直接的影響から離れたところで勝手に行われる「想像」や「知的決定」については、ほとんど"自由"と言ってもいいのであると。

「運命」「運命」と、あんまり僕は言い過ぎたのかもしれません。ビッグバンは「帰結」するだけで、「結果」を先回りして決定するというものではないのかもしれない。("決定論"でも)
ただしそれでも「ブロック宇宙」論の方は、容易に突破出来ない"敵"として、依然存在しているように見えますけどね。(笑)


(2)自由であっても。そうでなくても。

確かに危険はありますよね、人間の存在は無意味に感じてしまう、私たちがどういう人生を選ぼうと、結局同じだと思ってしまうわけです、自分たちの道を決めることが出来ないわけですから。ただ実際私たちは未来を見ることは出来ませんよね、ですから私たちが自由意志を持っているという幻想を持つことが出来る、それで十分なんです、現実的な意味では。私たちは自分で選んでいるわけですからね。
将来がそうなってみて、後ろを振り返ってああこうなることは決まっていたんだと思うことがあっても、自由意志で選択しているのだという気持ちが駄目になることは無いわけですよ。自由意志というのは、私自身にとって今の現実であればいいのです。

基本的に「自由意志」はあるのか無いのか、あるとすればどの程度どのようにあるのかをめぐってこの論考は繰り広げられているわけですが。
しかしその全てをある意味すっ飛ばした、無くてもいいのだ、あるいはあっても無くても結局同じなのだという、予め用意された"超・結論"的な箇所。全体の総括とかではなくて、"Part1"の最後の方に、さらっとちゃっかり入ってますが。

幻想を持てれば十分だ。気持ちが駄目になることは無い。
何を言ってるのかと思うかもしれませんが、僕はこれ結構分かる気がします。
何かを"する"ことが、それについて望み通りの"結果"を出すことが人生の目的だ生きる事だと思っている人にとっては、結果が既に決まっている世界で生きることは無意味だという事になるかもしれません。
・・・ただしそういう人にとっては、望み通りの結果が"出ない"ことも失敗であり無意味な人生なんでしょうから、最初から7割5分くらい外れの確率があるわけで、大変な人生ですよね。
どういう計算かって?"決まっている"確率が決まっている決まっていないの二つに一つで5割、残り5割の"決まってない"確率を引き当てたとしても、その世界で思い通りの結果が出ない確率がまた出る出ないの二つに一つでここでも5割。5割+5割の5割で2.5割で合わせて7.5割。雑な計算。(笑)

まあそれは半分冗談にしても、実際には人生とは生きるということは、何かをすることそのものではなくて、何かをしたりしなかったり別の事をしたり、それについて当初の予定通りの結果が出たり出なかったりする、その過程で自分が考えたり感じたりあれこれするその(内的)"経験"の方ではないかと思うんですがどうでしょう、思いませんか?(笑)
思わないならしょうがない(おい)んですけど、とにかくそういう前提に立つと実際に必要となるのは瞬間瞬間の個々の選択について感じられるミクロな「自由」の感覚であって、マクロはある意味どうでもいいんですよ。特定の結果が必要なのではなくて、何らかの過程で何らかの経験が出来ればいいわけですから。ミクロな自由感が"無い"のはまずいですけどね、一挙一動常に誰かの指示を意識させられていたり、逆にゾンビにでもされて意識が無かったりすると。プロセスへの参加感が無いと、ろくな感興もわきませんから、それだと正に"虚しい"人生になってしまいます。とにかく「選ぶ」瞬間("今の現実")に自由の感覚が伴っていれば、それで足りる。十分に意義のある人生と言える。

そんなようなことを、この人は言っているんだと思います。この人の言う、自由意志の"現実的"意味とは、そういうこと。

勿論道徳的な危険はありますよね、マクロの決定論の認識には。本人が無気力になるくらいならまだしも、どうせ決まっているんだから、何やっても誰殺してもいいという事にもなりかねない。だから社会通念としてそう簡単に決定論が受け入れられることは、無いとは思いますが。
一方で頭の隅に決定論の可能性を置いておけば、各々が目の前の結果にそれほど執着しなくなって、もっと平和な世界になるかもしれない(笑)。仏教的悟りや老荘的境地を地で行く社会というか。・・・でもユダヤ・キリスト教も"運命論"だよな、でも全く平和になる気配が無いけど、どうしたことか。

真面目な話に戻して、例え最悪ミクロの自由、自由意志の"幻想"があればいいと割り切っていたとしても、マクロの不自由・決定論の可能性を意識するのは愉快なことではないですよね。それを意識していない時にしか、ミクロの自由も楽しめないでしょう。やはり出来る事ならば、未来は決まっていない方がいいと、僕も思います。・・・多分。(笑)
多分というのはつまり、人類が「自由意志」を駆使してこれから紡ぎ出しそうな未来に希望が持てなければ、危うさの方を遥かに強く感じてしまうなら、いっそ未来は決まっていた方が、安心ないしは少なくとも諦めは付きやすいかも知れないという事で(笑)。そっちは良く転がればラッキーくらいに諦めておいて、改めて個人としてはミクロな自由に専念するという。(笑)


まとめ、というわけでもないですが、この項の二つの話とこれまでの話を合わせると、例えばこういうヴィジョンが見えて来たり。
概ね決定論的に振る舞おうとするらしいビッグバン由来の「入力」から距離を取ったところで展開される、"想像"や"抽象的思考"の領域にのみ人間の自由の余地は現状見込めて、逆にそこにこそ「人生」の実(じつ)もあるという。
"具体"的な「行為」「行動」の世界、つまりは(宇宙とよりダイレクトに繋がっている)身体によって担われる人生の方は、その分ビッグバンの悪戯の操り人形性が強いので、"自由意志"という観点からは余り価値が高くないというが分の悪い投資というか。"虚"(きょ)の人生というか。
・・・優れてオタク好みのヴィジョンではあるかも知れません(笑)。見方によっては宗教者的とも。
つまり「本体」はヴァーチャル。(時代はパーシャル)

まあさっきの話からすると"操"られていても自由の幻想があればいいんだということではあるんですが、それはそれとして、なるべくなら"操"られていないことを見込みながら生きてはいたいもので。その為の"領域"の限定。
その"領域"が、「人間」という現象の総体の何%くらいを占めているのか、それは分からないですけどね。何%の自由があるのか。あるいは今後それは、拡張し得るのか。


以上でだいたい、この短い中に奇妙に意欲的な内容の込められたBBCのドキュメンタリー番組の解説は、出来たように思います。
結局そもそもの「リベット実験」というものをどう評価したらいいのかどの程度の話なのかというのが実はよく分かっていなかったりするので、それについてはまあその内読んでみて改めてと、思ってはいますが。


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テーマ:哲学/倫理学
ジャンル:学問・文化・芸術
今月の月刊少年マガジン & good!アフタヌーン & ヤンマガサード(’20.6月)
2020年06月06日 (土) | 編集 |
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『さよなら私のクラマー』

ペップ以降、何となく"ポジショナル"の肩を持つ機会も多い僕ですが、本来は「混乱をもたらす者」、"ストーミング"側の人のはずなんですよね。秩序ある混乱、ないし"秩序を見出せるぎりぎりの混乱"みたいなものが好きというか。
なぜか今"ストーミング"と呼ばれているもの、特にリバプールのサッカーが好きになれなくて、逆サイドにいることが多いですが。ペップとは逆に、クロップ個人が苦手なのでは感。
何にせよ、分かり易い「立場」の表明だったと思います。

『フェルマーの料理』

"厨房の動きの数学的解析"凄いなあ。
マジで量子力学(がある時ある場所に電子がいる確率を計算するやり方)みたいだなあ。(笑)
"ノスタルジー"の解決の仕方、そしてその背景として「文化人類学」が出て来るのもなるほどなと思いました。この人の学識は割りとマジというか、少し僕と共通するものがあるかも。
まとめてこの漫画のいいところは、「僕ちゃんは何でも知っています」式に"数学"(科学)が出て来るのではなくて、「数学」的思考の「人類社会」での位置というのをちゃんと視野に収めながら描いているところだと思いますね。

『虚構推理』

「死」と「性欲」の関係って、確かに"疲れマラ"みたいな現象ではそうだとは思うんですけど、実際のところ人間の性行動のどれくらいに影響しているのか、正直僕もまだよく分かりません。
"根底"の一部には少なくともあると思うんですが、そもそもどれくらいが"根底"由来なのか。
「妖怪スネコスリ」って、単にネコのことですよね多分。(笑)

『かくしごと』

基本切ない話ではあるんですけど、多分一番面白いのはアシスタントやアホ編集の"心無い"一言や対応とかのナンセンスの方で、そこらへんがアニメ化の難しさだったのかなと。
"作者一流のバランス感覚"だけで描かれているというか。

『ましろのおと』

津軽三味線独特のものでもあるんでしょうが、「"静寂"からの"一音"」の感動をちゃんと描けているのがいいですよね、この作品は。毎度ゾクッとする。



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『おとなりに銀河』

第二話も素晴らしい
"絆"を求める不器用で誠実な(王女の)努力と、それと"セット"である「漫画」への愛と感謝と。
何というか、色々含めて最高の意味での"ファンタジー"という感じ。
人にやさしく。
"モデル"となっているのは、「宇宙人」とかいうよりも普通に「外国人」の漫画ファンだと思いますけどね。

『図書館の大魔術師』

"図書館司書"とか"書店員"とかは、面白そうで面白くない、安いフェティシズムに"溺れ"てるだけの作品が多いように思いますが、これは何か凄くダイナミックというか、知的に一本芯が通っている感じ。
どういう世界なのかまだよく分かっていませんが、一人一人の言い分がかなりそれぞれで、だから全貌がつかめないという事でもあるんですがとりあえず面白い。

『うちの師匠はしっぽがない』

"落語""江戸情緒"ものも僕はあんまり好きじゃないんですけど、この作品は"しっぽ"設定が凄く利いていていいと思います。
むしろ"怪談"由来の、濃密な情緒なのかなとか。



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『亜人(デミ)ちゃんは語りたい』

実に正統的な"差別反対"漫画ですな。専らいい意味で。

『東独にいた』

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色々言ってるけど"資本主義"の名の下に行われている経済活動の大部分は、要するに「下らぬ過当競争」だという、"過去の東独"という逆方向の大所高所(+"貴族")からだからこそ言わせられる断言。
この作品全体としては、実際の"過去の東独"というよりはその設定を使った思考実験的ストーリーのように見えますが。
読んでいると実際思考が"洗われ"るような感覚にしばしばなる、刺激的な作品だと思います。

『新しいマッチングアプリを考えてみよう。』

下らないけど割りと好き。(笑)
には本当は"資格"(資質)が必要という部分は少なからずあると思いますが、トータル的にはまだ今の血縁システムが合理的かなと。

『異世界からの企業進出!?~元社畜が異世界転職して成り上がる!勇者が攻略できない迷宮を作り上げろ~』

いつ読んでもなんか楽しい。
あといきなり読むと設定が全然分からないと思うので、この長い長いサブタイトルは"正しい"と思います。(笑)

『踊るリスポーン』

リスボーン20_06a
リスボーン20_06b

ここらへんの"動揺"する幽丸姉さん好き。
あと名前知らないけどナルシスボーイとの競演も良い。二人の"非常識"が一瞬で常識に変わって、それぞれが引き立つ感じ。

『マガイモノ』

マガイモノ20_06

アホな会話とアホな。(笑)


『性別X』

いろいろ勉強にはなりましたが、

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性行為の役割分担に所謂"普通の"カップルの平均を大きく越えた頑なさがあるように見えて、それだと何か逆に"変態性欲"感が強くなる気もしますね。"得意不得意"の範囲じゃないの?

『はたらくすすむ』

色々と居たたまれない。(笑)
多分一回はこういうタイプの勘違いはするんでしょうね、風俗客は。

『魔女と野獣』

相変わらずめちゃめちゃかっこいい。
ただ作品タイトルは失敗だと思います。印象に残らない。

『ゆるさば。』

見事なエンディング。
読んだのは途中からでも、色々と回収・解消し切って終わった完成度の高いストーリーなのが想像出来ます。
「母親」の物語であってまたそれぞれの「再生」の物語であるわけでしょうが、そうした題材にありがちな暑苦しさというかまとめ過ぎの押しつけがましさが感じられず、あくまで"ゆる"さが貫かれているのがいいなと。(笑)
あと最後の最後にようやく"ビキニ"にツッコミが入った(笑)。読み始めてからは。(笑)


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ツイッターに書き難いこと(’20.6.10)
2020年06月10日 (水) | 編集 |
サッカーの試合も含む今正に見ている番組の実況的感想とか、多くはツイッターで流れて来るweb記事や他の人のブログ記事の紹介的感想とか、あるいは即時性以外何の内容も無い(笑)、体調が悪いとか天気がいいとか、そういうのはまあ自然に書けるんですけど。
ただそれ以外のorそれらの中間の、結構言いたいことはあるんだけど特に世間の何きっかけでもなくてこいついきなり何言ってんの?となりそうなものや、短くまとめるとかえって意味が分からなくなりそうなものとかを、書こうと思ってやめて書こうと思ってやめて、その内忘れちゃうみたいなことを陰で勝手に繰り返しているので(笑)、もう諦めてブログで書くことにしようかなと。

今までも忘却を繰り返しているので、思い付いた時に書いてたらどのくらいの量になるのか、自分でもよく分からないんですけどね。週一まとめか、隔週か。あんまり多いようだと、やっぱりツイッターで書け!という感じになりそうですが。



「クズ」とはどういう人たちか ~「しくじり先生」より

・放送形態を変えながら、何やかやと6年以上続いているテレ朝の人気番組『しくじり先生 俺みたいになるな!!』(公式Wiki)
・僕も最初期を除いてほぼ毎回欠かさず見ていますが、基本何らか「"成功した人"の過去の失敗談」が語られる事の多いプロクラムの中で、ネタ不足もあるのでしょう、最近割りと増えて来た感があるのが別に成功したわけでもない芸人のほとんどただただ"しくじっ"てるだけのクズエピソードが、申し訳程度の反省と共に披露されるパターンで、実は僕これ割りと好きなんですよね。(笑)
・今年だと
  反省の仕方がわからず逆切れした津田篤宏先生(ダイアン)['20.4.6]
  空気階段 家庭を顧みないクズ男のもぐら先生['20.3.16]
  嫌なことから逃げまくって何も無くなっちゃった三瓶先生['20.2.3]
 あたり。
・それ以前に遡ると
  借金界のキングクズ スパローズ大和先生['19.5.20]
  すぐ人を怒らせてしまう日本代表 丸山桂里奈先生['17.9.10]
  #13 杉村太蔵先生['15.1.8]
 あたり。
・今年になって増えてるのは確かでしたが、全体の中では意外と多くなかった。印象が強烈なだけか。
・太蔵&桂里奈の"怪物"二人を、他と一緒にしていいのかという問題もありますし。(笑)

・性格破綻、ギャンブル、逃避癖、借金とそれぞれのジャンルにおいて、タイトルに含まれることもあり、収録中も遠慮なく出演者から"クズ""ダメ"呼ばわりされるこれらの人たち。
・共通しているのはその突き抜けた"正直"さで、空気読まずに突き進む太蔵&桂里奈的な"強者"の正直もあれば、三瓶の逃避癖のようにただただ自己破壊的で非生産的なものもあり、あるいはその中間でもぐらのギャンブルや大和の借金のように駄目は百も承知で自己弁護はしないんだけど、一方でそういう自分の欲望を"否定"する気も頑としてないという「心中」型とでも呼ぶべきようなものや、パターンは色々。
・ダイアン津田は、"強者"型と"三瓶"型(弱者型)が混じったような、不思議な類型か。
・とにかく彼らの身も蓋も無い"正直"さは僕を大いに笑わせてくれるわけですが、しょうがねえなあとつぶやきつつもその時僕は彼らは馬鹿にしているわけでは全然ないんですよね。
・三瓶、津田ですら、尊敬までは出来ないけれど(笑)軽蔑しているわけではない。
・もっと嫌いな奴もっと尊敬出来ない奴は、それこそここで「成功者」として演台に上がっているタイプの人の中にもいくらでもいる。
・それは結局彼らが"正直"であるからでありますが、正直だから偉いとかいうモラル的なことというよりも、彼らの発露する「正直」の中に自らの欲望生理への忠実の中に、否定しようのない「正しさ」を感じる瞬間がしばしばあるから。
・「正しい」と感じたらその種類はともかくそれには向き合わないといけないので、軽蔑して済ますことは出来ない。"モラル"と言うならそっちの方。
・実際自虐や放言の間にたまに挟まれる彼らの「だって~じゃないですか」式の"分析"は、ほとんど例外なくドキッとする程正しく感じられる。
・それらはあくまで"エピソード"(挿話)であって、その種の"正しさ"や冷静さが、彼らの人生の"中心"として機能することはまず無いようなのだけれど。(笑)

・そうしたある意味での"鋭い洞察力"や、ある種の、褒めていいのかよく分からないですが(笑)自分の身も蓋も無い欲望生理と"心中"する「強さ」を持った彼らのようなタイプの人が、なぜ世間的には『クズ』と言われるような人格・人生を形成してしまうのかですが。
・一言で言えば、「早過ぎる」、からかなと。早熟・促成、早過ぎる"正しさ"。
・どういうことかというと、彼らが身をもって実行しているような"箍"(たが)の外れ方、規範の緩み方、自分の理想化や幻想的期待を放棄して、生理や"本音"に身を委ねて生きるというような行動は、実は僕ら平均人の多くもやっているんですよね・・・ただし専ら年を取ってから。
・ええええそうですよ、おっさんですよ、汚いですよ、恥知らずですよ?悪いですか?だっておっさんだものという。(笑)
・勿論おばさんも同じですけど、"おっさん"が「男」濃度を高めるニュアンスがあるのに対して、おばさんの場合は「女を捨てた」と言われる場合が多いのが、非対称なところ。
・それはまあいいんですけど、一方でではなぜ加齢と共にそういう現象が起きやすいかというと、一つには「成熟」という社会上の概念が、そうした非理想主義的非純粋主義的振る舞いを良しとしているとしている、"奥行き"や"深遠"や"厚み"として肯定している部分があるからでしょうね。
・それ以前にもっと個人的に、理想や純粋や建前が"破れ"続ける各々の人生行路の中で、否応なくそれ以外のアプローチの必要性を感じさせられる経験があって、そこにある種の「渡りに船」として、"成熟"のような概念が存在しているのでそれで渡っちゃうという、そういう感じか。(笑)
・とにかくそうして僕らも多かれ少なかれ"クズ"化する、"クズ"である自分(の部分)に正直になって行く、内面的な経験としても、社会的に許容された位置付けとしても。
・ただ違うのは普通の人の場合、それ以前に、"クズ"ではなかった"クズ"の比重高く生きていなかった前半生が存在することで。
・それは少年少女的潔癖としても勿論そうだし、青年・壮年期においても、"何者"かになる為に"何者"かに見てもらう為に、なにがしかの理想を掲げ、幻想的期待を自分に寄せ、それをプレゼンテーションし、建前や外聞にも配慮しながら人生を構成して行くわけです。
・それらの大部分は実現しなかったり無内容だったり虚偽だったり、虚偽であることを意識すらしていたりするわけですが、とにかく常に、"何か"はある。何かと共に生きている。
・「何かに熱中している人が好き」「夢に向かって生きている人が好き」と、女の子たちも言うしね。(笑)
・そして夢破れようが虚偽だろうか、何らかそういう精神の働きや経験の領域との、「対照」で"クズ"の領域も存在する。
・僕らの"クズ"も彼らの"クズ"も、基本的な内容は変わらないはず。(だから苦笑しつつも共感が出来る)
・違うのは・・・タイミング。その発露の。開花(?)の。
・人生後半か、早々か。(笑)
・それによって生まれる"隠し味"と"主力"という、機能のありようの違い。
・同じ内容なのに彼らの腐されようは気の毒だとか、人格構成が立体的でないといけないと誰が決めたんだとか、そもそも僕ら普通人が偽善者なだけなのではないかとか、様々疑問も浮かぶわけですが。
・一方ででは"正直"な彼らは"正常"なのかというと必ずしもそうも思えないところがあって。
・やはり何がしかの"奇形"性、たとえそれ自体に真実性があっても余りにも早く狭く"固まり"過ぎるという、控えめに言って"早熟"の害というものはあるようには思います。
・更に言うと彼らが"正直過ぎるクズ"に甘んじる、自己弁護の能力を持たないことには恐らく理由があって、普通の人が持つようなそもそもの「理想」や「幻想」を抱く能力抱かせる素質というものが、具体的な思想内容以前に欠けているところはあるのではないかなと。
・誰だって自己弁護はしたいわけで、その為に必要な能力は生きていれば普通に磨かれるはずで。
・だから逆に、"欠けている"からこそ"正直"でいられるという、因果の方向はあるんでしょうけどね。
・それでも彼らの「正直」を基本的には僕は支持しますし、しばしば感動を覚えるのも嘘ではないですけど。
・でも自分の"偽善"も、そこまで責める気はない(笑)。これはこれで、やはり"ノーマル"かつ有益な部分は多くあると思ってますが。

・結論は何でしょうね。「人生は"正しさ"だけで構成されているわけではない」、とか?
・もしくは、「正しさだけでは"間がもたない"」(笑)。80-100年間の構成上。
・だからもし人間の寿命が20年とかだったら、彼らの生き方こそが正しいのかもしれない。
・その場合はむしろ、"動物"に近付く感じはしますが。
・ん?でも動物にもそれなりにライフサイクル(によるパーソナリティの変化)はあるよな。やっぱり彼らは何かおかしいのか。
・まあこれくらいで。
・それなりに予想はしていましたが、それにしてもずいぶん長い"ツイート"になった。(笑)
・これを140字で書けないかというと、書けないことはないんですが。

アト@atosann 6月10日
『#しくじり先生』に出て来る"クズ"系芸人先生たちを見てて思うのは、彼らは要するに普通の人なら人生後半の"成熟"として気付くような自分の"本当"の欲望"本当"の姿に、不幸にして人生早期に気付いてしまってそこから動けなくなってしまった人達なのではないかという事。不都合な"正しさ"。


・こんな感じ。どっちがいいでしょうね。(笑)
・意味は通ると思うけど、いきなりツイッターでこれ読まされてもなという感じはするんですが。(笑)



複数ネタが基本のつもりのコーナーなんですが、いきなり随分書いてしまったので今回はあと一つだけ。


ポップ音楽におけるジェネレーション・ギャップ

・"毎年"少しずつという感じなんですが、(音楽を最も能動的に聴いていた)大学時代に好きだった/熱中していたバンドが、スマホでヘッドフォン聴き用の google play music のリストから、一つまた一つと姿を消していきます。
・去年まではまだ聴けたけど、今年はもう厳しいかなという感じで。(部屋でながら聴きくらいなら問題ないですが)
・寂しいな、あんなに好きだったのに、というのと同時に、自分自身の趣味でもそうなんだから、他人の世代の違う人の趣味・感性なんかとは、理解・対話が成立する方が奇跡的だと思ってた方がいいよなと改めて。
・実際ネット上でそれなりに年の離れていると思しき(まあ10歳前後以上?)"友人"たちと交流したりツイートを眺めていて、他の事なら多少年が離れていても分かり合えるところも多いな、知己だなと感じる人でも、ひとたび(世代の)ポップミュージックについての話になると、え?そうなん?まあ君たちにとってはそうなんかも知れんねと突然距離を感じたり"年上"マウントを取りたくなったりする自分を発見して、苦笑いすることがままあります。(笑)
・僕の他の大きな趣味ジャンル、サッカーとか海外ドラマとか漫画とかのどれと比べても、(ポップ)音楽におけるジェネレーションギャップの越え難さは際立っているように感じますね。

・その理由として考えられるのは、一つは音楽というのが非常にフィジカルなメディアであって、気持ちいい/気持ちよくない、リズム的にノれる/ノれないというようなことがストレートに出てしまって、「理解」や「対話」ではそう簡単に乗り越えられないこと。
・もう一つはその逆のような話ですが、特にポップミュージックは非常に"ファッショナブル"なジャンルなので、各バンドなりミュージシャンなりの名声が、音楽メディアを筆頭とする"世評"のしばしば偶発的な宣伝や流行やプロパガンダや都市伝説(?)に左右される部分が大きくて、それなりのレベルの知性や感性を持っている人でもそのバイアスや刻印付けから逃れるのがかなり難しいということがあるんだと思います。
・別な言い方をすると、"世代"の刻印から。
・二つまとめての補完としては、基本的にはやはり"若者"のものであるポップミュージックは、それぞれの"若者"時代の生理や特権的経験に、大きく縛られてしまうと。
・僕が「大学時代」の音楽が聴けなくなるのにも、見ていると二つのパターンがありますね。
・リズムやテンションに生理的密着感が無くなる場合と、かつて「革命的」とか言われて少なからずその気になっていたり(笑)したものが、改めて聴くと何なのこれ?と、年月を経て洗脳が解けてしまうというパターン。(笑)

・対してサッカーの場合では、~ジャパンから見ているとか~政権からのファンとか、物理的に試合を見ている見ていないのギャップは実は小さくないはずですが、その割にそれはそれとして、年上の書き手の書く物も余程"今時の若いモンは"的書き方でもしない限り(笑)、後発読者は丁寧に受け止めて読んでくれるという伝統があるように思います。
・恐らくは勝つ/勝たないという分かり易く公平指標が、存在していることが大きいと思いますが。
・良い/悪いとかではなく。(笑)
・あるいは漫画については以前ちらっとつぶやいた

ように、こちらは逆に"先発"読者が後発作者の作品をリアルタイムでウェルカムで楽しめているという意味で、純然たる文化差以上の"ギャップ"はほとんど存在していないと、言えるのではないかと思っています。
・恐らく逆に"古い"と感じるような文体や絵柄についての感じ方も、新旧読者に大して差は無いように見えますが。細かいギャップを探し出せば、切りは無いとしても。
・次に海外ドラマ・・・はちょっと後述する事情でややこしいところがあるんですが、代わりに「映画」という例で見てみると。
"過去の名作について語る"という習慣が妙に盛んな(笑)独特の風土もあって、世代間の連絡はすこぶる円満なように見えます。
共通の遺産を持つ一つのファミリーというか。
・実際に各々が見る作品の範囲は限られていたとしても、古いから駄目だとか世代が違うから敵対心を持ち合うとか、そういうことはほとんど無いように見えます。
・ていうかぶっちゃけ「スタイル的な革新」という程のものは主流ではほとんど起きないジャンルなので、そもそも「世代」で見るようなものでもないんですよね、「思い出」という意味以外では。(笑)
・せいぜい特殊撮影技術の進歩くらいでしょうか、"時代"の緊張感が存在しているのは。


という流れで次は「後述」部分について書こうかと思ったんですが・・・やめます。また今度。(笑)
一応"音楽"の話ではあるんですけどね、別の"ツイート"なので。(笑)


テーマ:テレビ朝日
ジャンル:テレビ・ラジオ
今週のモーニング(’20.6.11)&週刊少年マガジン(’20.6.3&10) &今号のイブニング(’20.6.9)
2020年06月13日 (土) | 編集 |
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『グラゼニ ~パ・リーグ編~』

"球速では到底測れないストレートの球威"というと、僕が思い出すのは「一級の素質を持った新人投手の初年度の出始め」とかですかね。
水野とか、桑田とか。(例によって例が古い)
感動的なまでの勢いがあった。要は"無心"の力。こちらの日常意識の隙間に入り込む。
それで大成するとは、全く限らないんですけどね。(笑)

『ハコヅメ ~交番女子の逆襲~』

この作品が凄いのか警察特有なのか、"人材の多様性""適材適所"の細かさは、何か普通のビジネス物より二回り位上な気がします。
・・・公務員だから首は切れない前提だから?(笑)、とか。

『リエゾン ―こどものこころ診療所―』

いかにも手こずりそうな案件でしたが、いやにあっさり解決しましたね。
やっぱりちょっと、技術的には不安定。(編集にも問題あり?)
つまりむしろ前回が描き過ぎた振り過ぎたということで。

『相談役 島耕作』

最初から株主総会でいいような気もしますが、そういうことではないんでしょうか。
どのみち負けた方は"上訴"するんでしょうから。

『ミツナリズム』

悪い奴ではなさそうですね、「脱税」側も。

『カバチ!!! –カバチタレ!3–』

結局公序良俗違反なのか。
まあこれも微妙な規定だと思いますけどね、「違法」なら「違法」ではっきりしてくれないと、逆に法が道徳にだらだら侵食して来る感じも。
違法ならそもそも契約自体が防げるはずですし。("法定利率"のように)
・・・まあでも新しい例に大して"後で"認定して破棄できるという、メリットもあるのか。そういう救済の余地。



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『グラゼニ ~夏之介の青春~』

ヤンググラゼニ

"選ぶ"というところがみそかなと。(笑)
このご時世で臆面もなく(笑)野球を選ぶナチュラルで強靭な現実主義と保守性に、嫉妬も含んだ反感・脅威を感じるというか。
それをこの作者が言うとは思いませんでしたが。

『ふたりソロキャンプ』

さすがに毎回毎回、なんか飯とおっぱいがあったなあというだけの作品になって来ている気が。
内容?はて。

『少女ファイト』

ヨリはプレイヤーとしては受容力高そうだけど、人としてはどうなんだろう、どう描いているつもりなんだろう。
"想像力が無い"ゆえの楽観的な"オープン"さに見えて、だから他人が"出来ない"事が理解できなくてハブられたという、そういうプロセスに見えましたが。
摩耶と対極、そうなのかなあ。単純によく分からない。

『狩猟のユメカ』

ますます複雑。
ますます分からない。(笑)
当分我慢か。(どちらかというといい意味で)

『リーガルエッグ』

なるほど、検事の起訴不起訴の判断が、被告の更生可能性を積極的に左右するケースがあることは分かりました。
ただこうした判断が全体の標準からしてどういう位置にあるのかが、やはり見えない。
要は主人公はどの程度、変わり者なのか。

『代原バード ピピ』

今までほどは面白くなかった気が。
"代原"慣れし過ぎ?(笑)



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『ヒットマン』

(6/3)
相変わらず普段と打って変わって?手応えのある、「問題解決」回。
"オッサンばかりだから作画の気が乗らない"という言い分はともかく。(笑)
シーンとして元々"オッサン"に精彩が無いのだとしたら、原作の責任ですけどね。

(6/10)
恐らく「漫画」が好きな外国人こそが、最も的確かつ鋭い"日本"批評が出来るのではないかなと。
その資格があるというか。
アニメでは甘い。(笑)

『カノジョも彼女』

(6/3)

kanokano200603_1
kanokano200603_2b


ここら辺が好き。(笑)
愛は地球を救わないかもしれないけど素直は地球を救う。(多分)

(6/10)

kanokano200610

いいこと言ってるようだけどでも"二人"なんだよな。(笑)

『それでも歩は寄せてくる』

(6/10)

ayumi200610

次最終回でもいいくらいの、注文通りの名シーン。
詰み王手?(笑)


テーマ:漫画の感想
ジャンル:アニメ・コミック
僕の好きな女流プロ雀士たち Part2
2020年06月17日 (水) | 編集 |
"Part1"相当回はこちら2年半前ですね。
その時紹介したのは、高宮まりプロ、岡田紗佳プロ、東城りおプロ、松岡千晶プロ、菅原千瑛(ひろえ)プロ、小笠原奈央プロ、二階堂瑠美プロ、和久津晶(あきら)プロ、いずれも当時の知識の限定性から、全て「日本プロ麻雀連盟」という最大団体の所属プロたちでした。・・・今読むと修正したい箇所も少なからずありますが(笑)、切りが無いので我慢。
その後更に更に女流対局は見まくっているので、他団体含めての追加リストを新たに作成したく。
"癒し"という意味では最大の趣味になりつつあるので、死ぬまで見続けたら・・・Part30とかまで行くかも。(笑)

では以下団体別に。(競技麻雀Wiki)



[最高位戦日本プロ麻雀協会] より (Wiki)

実力派系

茅森早香プロ

茅森早香茅森早香2

早くから頭角を現してもう古株の部類に入りますが、最近一番好きかも。改めてというか。
後述する二階堂亜樹と並んで「天才」と呼ばれることの多い人ですが、どのように天才かというと・・・落合博満かな。いや何となく。(笑)
緩められる限界ぎりぎりまでゆったりと構えて、三次元的な幅のあるボール(局面)の捉え方で無理なくしかし確実に、全方向長短自在に打ち返す。一見どこにも力が入っていないようだけど、"曲げる"時は結構強引に人為的に、状況を"曲げる"事も出来る。
その怠惰ぎりぎり(笑)に淡々と奔放な"俺流"パーソナリティも、「天才」感「落合」感を醸し出しています。女流雀士多しと言えども、不機嫌な時に"不機嫌です"という顔でコメント対応するのは、この人と岡田紗佳くらいじゃないですかね(笑)。質問が気に食わないと、普通に「で?」とか言いかねない勢いです。(中田ヒデ)
ルックス的にも間違いなく美人(むしろ正統派の)なんですが、特に若い頃は自分が美人であることやそもそも女であることを気にしているのかいないのかという感じで、それで少し僕の"アンテナ"に引っかかるのが遅れました(笑)。女子力的なものが低いという言い方も出来る可能性がありますが、むしろ「美人」であること「天才」であることに、いい意味で(笑)あぐらをかいているズボラな感じが、逆に魅力的。放送で「天才」と紹介されても、最早めんどくさそうにはい天才ですと平気で紹介を受けます。(笑)
実際には言うほど勝ちまくっているわけでもないと思うんですが、勝つ時の天才ぶり、あれよあれよとこちらの思考が追い付かないような目まぐるしい手牌の回転の果てに、あっさりと実は最短距離で"正解"にたどり着くような感じは、やはりそう言いたくなる人の気持ちは分かります。
ファンです。付き合いたくは全くないですけど(笑)。死ぬまで理解出来なさそう。

瑞原明奈プロ

瑞原明奈

Mリーグで初めて知りました。爽やかかつ可憐な、ボーイッシュかつ女性的という感じの人。
現在"トッププロ"の一つの目安であるMリーグに選ばれているくらいですから雀力は高いんでしょうが、まだ2,3試合しか見てないのでそっちの方はよく分かりません。女流どうしで一回見ると、より特徴は分かると思うんですが。(Mリーグは混成)

陰性美女系

中野ありさプロ

中野ありさ1中野ありさ2

ド新人ながらメジャーな放送対局、去年の夕刊フジ杯を勝ち切った時の、つぶらな瞳のお人形さん的なルックスを、極度の緊張に歪めて苦悶しながら打つ様に多くの男子が色々と(?)鷲掴みにされたろうプチアイドル雀士。(笑)
意外なハスキーボイスもチャームポイントですが、普段の彼女は特に陰も無い、普通のイマドキのコのようですね。

足木優プロ

足木優1

写真はにっこり笑ってますが、この若干古めというか昭和感(?)のある美貌自体が、覇と個性を競い合う競技プロの世界に入ると自然に哀愁を醸し出して、そこが好きです。(笑)
勝ってても負けてても。

陽性美女系

与那城葵プロ

与那城葵

実は性格には少しネガティブなところがあってそこも可愛いんですが、割りとがっちりした感じの体格とくっきりはっきりした顔と、素直で嫌みの無い性格が陽性の存在感をいつも感じさせる人。

塚田美紀プロ

塚田美紀

小柄という以上に"子供"感のある体型で、麻雀の技術的にもちょいちょい稚拙さをまだ感じさせますが、余り気にせず何かと(笑)ぐいぐい来る感じが笑えるコ。
多分自分の事を、相当"可愛い"と思っているはず。
いや、いいんじゃないですかね、別に。(笑)



[日本プロ麻雀協会] より (Wiki)

実力派系

水口美香プロ

水口美香1

真っ黒髪の似合う地味目のルックスで雀風も"守備型"と言われることが多いですが、ずっと見ていると秘めた負けん気(ルックス面も含めて)とそれゆえに時々変に"行き"過ぎてしまうことのある打ち筋に、段々愛を感じて来るするめ女子。(おい)
攻撃時の鳴き仕掛けの多用が目立つ特徴ではあるんですが、やはり受けた時の我慢強さ、特に一回失敗した後のリカバリーのしぶとさが、一番のリスペクトポイントですかね。

佐月麻理子プロ

佐月麻理子

美人なのかそうでないのか割りと微妙な造型(失礼)だと思いますし。元ヤンorロック系っぽい押し出しなのに喋るとふわふわ不思議ちゃん系というキャラ付けも結構戸惑いますが(笑)、打ってる時のそんなに"上手い"感じではないけれど潔い進退でなんだかんだと好成績を挙げて来る姿は、素直に好感が持てて、応援したくなります。そういう時は"微妙"(だから失礼)な造型も、「野生動物」的なかわいらしさ美しさに。(笑)

キャバ嬢系

都美(とみ)プロ

都美1

元々美人は美人なんでしょうけど"素材"感より"デコレート"感が強くて、かつ(美人に生んでくれたことを)「両親に感謝する」とまで言い切られると[某確か"てんパイクイーン"]、「そこまでかあ?」というお節介な感想をついつい抱いてしまいますが。(笑)
逆にでも"人間の愛を無心に確信している猫(犬)"のようなほっこりする無心な可愛らしさもあって、なんだかんだ好きです。まあ美人ですし。(多分)

夏月美勇

夏月美勇

足木さんと同カテゴリーのトラディショナル系。ただしケバめ寄り。
でも性格すっごく良さそうなんですよね。なぜか対局中の姿に"母性"を感じたり。(笑)

個性派系

たじまなみプロ

たじまなみ

Abemaプレミアムで見られる女流プロアイドルグループ"More"センター争奪麻雀バトル(2016)とやらでしか見たことのない人ですが、なかなか印象は強烈でした。
非常に純度・完成度の高い"二次元"系のルックスと、ネット麻雀育ちというのがうなずけるドライ&独特の押し引きの打ち筋で、しかも結果優勝してしまったので。一方で好んで麻雀番組のADもこなすという、意外に地道な麻雀愛。(笑)
いいキャラだと思うんですけどね、他の番組で見ないですね。

秋瀬ちさとプロ

秋瀬ちさと

写真じゃ伝わらないだろうなあと思うんですけど、実は岡田紗佳に負けないくらいのナイスバディを隠しているのではないかと思っている人(笑)。身長もありますしね、ガイジン体型というか。
自発的に水着姿を披露する女流プロも少なくない中で、本業はOLだという秋瀬さんはそこらへんに制約があるのか、なかなかそういう画像が出て来ません。残念です。(笑)
放送対局自体には結構登場する、まあまあ実力派の部類かと。



[日本プロ麻雀連盟] より (追加分) (Wiki)

大久保朋美プロ、古川彩乃プロ。

大久保朋美古川彩乃

愛嬌のあるセクシー系二人。
溌剌糸とお姉さん系?(笑)



[実況・解説枠]

"プレーヤー"としてよりも裏方、"トーク"に魅力のある選手たち。ルックスより知性というか。(笑)


日向藍子プロ (最高位戦日本プロ麻雀協会)

日向藍子日向藍子2

いい表情するでしょ?(笑)。ほんと馬鹿みたいにいいコです。
かなり長いこと素朴で真面目なその分少し退屈なコという印象しか無かったんですが、AbemaのRTD Girl's Fight(の1)で実況をやっているのを聴いて、印象が一変しました。何て機転の利く、内面そしてそこからの言葉の豊かなコなんだろうと。相手の振りに対して、ナチュラルに期待を上回る返しがどんどん飛び出すんですよね。必ずしも"噛み合って"るわけではなくて、所謂"上手い"ことを言っているわけではないんですけど、人並み外れた獰猛な性善説で(笑)、予想外の溌剌とした返しが返って来るので聴いててわくわくします。(笑)
普通に如才ない返しも出来るので、麻雀実況の枠を越えて今すぐでも色々な番組のMCやアシスタントが出来そうに思います。
所謂"知的"とは少し違いますが、言語能力は本当に高いと思います。そして本当に、ご両親に愛されて育ったんだろうなという感じの性善性。(笑)
個人的に"女"として見られるかというと、少し難しいですけどね(笑)。「とてつもなく懐っこい犬」みたいな感じ。(笑)
雀力も懐の深い受けからの思い切りのいい攻撃でじりじりと成績を上げて、いつの間にやらMリーガーに。正直スタイル的にはただの"カウンターサッカー"みたいには見えるというか、攻撃の方にさほどの個性は無い気がしますけど、ともかく戦えてるのは凄いですね。凄い成長というか。

松嶋桃プロ (日本プロ麻雀協会)

松嶋桃

京大法学部卒という半端ない学歴で、プレーヤーとしても見たことはありますが特にこれといった印象は無し。ルックスも美人と言えば美人なんでしょうけど引っかかるものは無かったんですが、実況は良いですね。真面目モードの時は、多少クドいですが初心者視聴者に丁寧なポイントを押さえまくった質問を解説者に投げかけて優秀、でも面白いのはそれと変わらない口調でおじさん解説者を転がしにかかる時(笑)。代表的には上の土田浩翔プロとかですけど。終始とにかくアナウンサー口調(笑)を崩さないまま、甘えたりあやしたりシビアに突っ込んだり自由自在で、ああこの人ほんとに頭いいんだなとそこで初めて思いました。
・・・ちなみに元々麻雀実況は専門性が極端に高いので、"プロ"の肩書を持つ人が起用されることが多いんですが(無名でも)、Abemaは更にそこに女性プロを積極的に投入して、格段に番組の聴き易さやメジャー感を上げることに成功していると思います。(Mリーグ等)

二階堂亜樹プロ (日本プロ麻雀連盟)

二階堂亜樹

こちらは「解説」の方。
上で言ったようにプレーヤーとしても"天才""美人""パイオニア"として不動の地位を築いている人なんですが、個人的にあんまり打ち方は好きではないんですよね。茅森プロとよく似た柔軟な麻雀の捕まえ方をしつつも(だからこの二人が"天才"と)、その後が違うというか若干理が勝ち過ぎていて味が薄い。本人も自嘲的にそのことに触れることがよくありますが。
ところが解説で喋っているのを聴くと、現実の打ち筋が与える印象より遥かに繊細な感性と広がりのある思考を亜樹さんが持っていることが分かるので、尚更惜しいというか「二階堂亜樹」の麻雀は本当にあれでいいのかという疑問を、改めて感じさせられたりします。
まあもう20年選手ですから、変えられるものならとっくに変えてるでしょうけどね。何か理由があって、今のスタイルになっている・ならざるを得ないんでしょうけど。
とにかく、「解説」は魅力的です。プレーよりも(笑)。個人的には。対局者の名前に"二階堂亜樹"の名前があってもそうなのかと思うだけですが、"解説"者のところにあるとわくわくします。(笑)


今回は以上です。
何が"以上"だという感じですけど。(笑)
念の為に言っておくと、基本ルックスチョイスで雀力はその後の話です("実況・解説"枠はまた別ですが)。その基準では入って来なかった名手たちのファンの方、ごめんなさい。(笑)


テーマ:麻雀
ジャンル:ギャンブル
今週のモーニング(’20.6.18)&週刊少年マガジン(’20.6.17) &今月のマガジンエッジ&月刊ヤンマガ(’20.6月)
2020年06月20日 (土) | 編集 |
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『ハコヅメ ~交番女子の逆襲~』

へええ、災害対応で詰めるのか。
なんか本来の職務じゃないというか、何でもかんでもやらせ過ぎという気はしますけどね。自衛隊ならまだ"感謝"されていいですけど。(笑)
部署としては消防っぽいですけど、多分そっちの方が慢性的に勤務過多で、でも災害専門部隊を常勤で置くのはお金がかかり過ぎそうだし。難しい。
それこそ予備役とか。それがつまりは町の"消防団"か。

『ドラゴン桜2』

お金の教育は大事だろうけど、あくまで"日常""知識"としてさらっと教えないと、逆方向へのバイアスが過剰にかかる気はするんですよね。道徳的抑制を緩めたら無道徳になってしまってはまずいわけですし。積極的反道徳というか。

『カバチ!!! –カバチタレ!3–』

法律家なんだからまず問題なのは合法かそうでないかだし、"違法"というなら住吉が田村を蹴る方が違法な気がするし(笑)、なんか色々と行動原理がガバガバな感じ。



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『カノジョも彼女』

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のろけてるけど、あくまで"2人"は2人。(笑)

『ヒットマン』

編集者は安全地帯にいる。
まあその通りですね。それを今回は"外国人"の視点で、新たな角度で取り上げる感じなのか。(そこまてではない可能性も)



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『キノの旅 the Beautiful World』

あれ?今まで動いていた人が"キノ"ではないという意識が特に無かった。(笑)
映像化漫画化され過ぎて、ビジュアルの認知が無いんですよね。(笑)

『左手のための二重奏』

エモい展開。
割りと"バトル"系な感じになるのかな、主人公元々不良だし。(笑)

『童貞絶滅列島』

馬鹿馬鹿しいけど悪ふざけではない感が、不思議な作品。

『くにはちぶ』

あんまりただの"陰謀"の話にはしてほしくないんですけど、ともかく意外に話が動いて来た感じ。まだ"展開"部というか。



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『渡くんの××が崩壊寸前』

ストーリーあんまり把握してないけど、やっぱり面白そうだなこれ。
2巻から買ってみるか。(1巻は読んだ)


・・・あと特に今回感想は無いですけど、『攻殻機動隊 THE HUMAN ALGORITHM』『ひとりぼっちで恋をしてみた』も読んでいます。(と断らないと、馴染みのない雑誌の場合分からないでしょうから(笑))


テーマ:漫画の感想
ジャンル:アニメ・コミック
今月のモーニング2&少年マガジンR(’20.6月) &今号のイブニング(’20.6.23)&ヤンマガ(’20.6.22)
2020年06月23日 (火) | 編集 |
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『天地創造デザイン部』

「ラクダ」という余りにもメジャーな生き物についての話だったので、一見さん用の特別編かなと思ったんですが特にそういう表記は無し。

『ゴールデンゴールド』

どーーーーすんのよ。この二人何とかしてあげて。(アホな感想(笑))

『ひとりでしにたい』

マネー教育の次は、葬儀教育があってもいいかなと。基礎知識として。
正直池上特番とかで初めて知る知識が多すぎる。(笑)

『ブラックガルド』

ほんと上手ですね作者、こういうの。"掘り出す"愛というか。
結局"同情"≒"愛情"なんですよね。
綺麗に言うと、「相手に何かをしてあげられる」という思いが、人を燃え上がらせる。

『お部屋は見ての汚楽しみ』

"刑事"という設定が面白かったですね。
なぜそうなのかが少し謎ですが。普通の職場の先輩後輩でいいはずなので。

『狭い世界のアイデンティティー』

特に"打ち切り"という感じではないですが、なかなかに唐突な終わり方。
作者が"投げ"ちゃったような。(笑)



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『雨の日も神様と相撲を』

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一般論的な「作戦」だけでは「対策」は完結しない。
これに限らず、"戦い"についての結構広範緻密な示唆に富んだ漫画ですよね何気に。

それはそれとして、お嬢様のこじれ切ったツンデレ可愛い(笑)。(+主人公の絶妙なおとぼけ。ただし嘘は一言も言っていない(笑))



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『ふたりソロキャンプ』

"人間模様"という以上の結構根源的な主人公の"人格"論("恋愛"論)になってますけど、どう着地するのかというのと"キャンプ"とどの程度関係があるのかというのと。

『創世のタイガ』

これによると、元々「格闘技」の人のようですね。+サバイバル。
その"得意"を援用してチャレンジした、「歴史」「SF」がこれ。
僕の勝手な印象ですが(笑)、それ以上のものではないと、ケンコバはこの作品をみなしているよう。

『グラゼニ ~夏之介の青春~』

スカウトはまず"監督"を見る。なるほど。
「育成」の優秀さによって成長が予測出来るから、プロ入り時点での。(多分)

『リーガルエッグ』

ふーん、別に全員が検事希望でもないのか。
最初の設定をよく呑み込めてなかったかな?
それとも彼女がイレギュラー?

『狩猟のユメカ』

設定が徐々に明らかになってますます面白そうだけど、相変わらずよく分からない。(笑)
テーマ(設定の意味)も、ヒロインの行動規範も。
いつ分かるんだろう。(笑)



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『私の少年』(高野ひと深)

なんか突然出て来たヤンマガでは異色の面白そうな作品ですが、不定期連載のようですね。
次はまた一か月後。
女性誌モー2アフタがお似合いの内容。

http://webaction.jp/watashinoshonen/
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%81%E3%81%AE%E5%B0%91%E5%B9%B4

「『月刊アクション』(双葉社)にて連載が開始され、2016年2月号から2018年2月号まで掲載された。その後、『週刊ヤングマガジン』(講談社)に移籍し、2018年26号から月に1回のペースで掲載されている」

月一 → 充電 → 月一 → 充電みたいな感じなんですかね。とにかく僕は初めて読みました。


テーマ:漫画の感想
ジャンル:アニメ・コミック
我が家のネット端末フォーメーション
2020年06月24日 (水) | 編集 |
深い意味は無いので、余り(いや全く)気にしないで下さい。(笑)
色々な行きがかりで無駄に7台も揃ってしまった我が家のインターネット接続端末(住人は僕一人)が、何やかやと試行錯誤している内にかなり満足いく形での分業・フル活用する体制の構築に成功した気がするので、書き留めておきたくなってしまって。
まさか7台同時運用することになるとは、自分でも驚き。


(1)戦力

まずそもそもの"端末"のラインアップですが。

 1.Windows10ノートA(完全体)
 2.Windows10ノートB(光学ドライブ破損)
 3.Windows8.1ノート(キーボード、光学ドライブ破損)
 4.Windows7ネットブック
 5.10インチタブレット
 6.8インチタブレット
 7.スマホ

の、合計7台。
・・・てっきり"スマート家電"とか含まれてると思ったでしょ?(笑)。オッケーグーグルとか。甘いな。(笑)
そういうの抜きで7台もあるから、"分業"にがあるんですよ。(笑)


(2)遍歴

ついでに何でこんな重複だらけの持ち方になってしまったかの"歴史"を語ってみると。

・8.1ノート、キーボード壊れる。
・10ノートBを買う。
・10ノートBの光学ドライブが壊れるが、8.1の方のは健在だったので、分業してやり過ごす。
・8.1ノートの光学ドライブも壊れる。
・10ノートAを買う。

・7ネットブックは、いつだったか家電量販店で回線契約した時におまけでついて来たものなので、全体の流れとは特に関係ない。
・スマホはスマホ。

・電子書籍用にお試しで8インチタブレットを買う。
・電子書籍&タブレット自体は気に入ったが、漫画を読むにはもう一回り大きい方がいいと分かったので、10インチタブレットを買い足す。

という流れです。(笑)


(3)フォーメーション

さてではこのように"溜まって"しまったネット端末を、どのようにフル活用するかというと。

「7ネットブック」・・・音楽再生用

さすがに性能が低くて通常のネット経由の作業ではほとんど使えない。ただ(Spotifyとかじゃなくて)ハードディスクに入れた音楽を再生するだけなら問題は無く、かつその場合の音質は実際のところどの端末でもほとんど変わらないように思うので、逆に機体の小ささが空きスペースちょい置きとかには有利なくらいで、前向きに"音楽プレーヤー"として活用。

「8.1ノート」・・・(大型テレビに繋げての)動画視聴用

まずキーボードが壊れているので、当然ながら文字入力を伴う作業には向かず(一応スクリーンキーボードで出来なくはない)、そうでない作業の担当に。かつこれはそもそもキーボードも光学ドライブも壊れた古いノートを何で未練たらしく持っているかの理由なんですが、実は基本性能的には未だに歴代ナンバー1なので、DAZNやMリーグの生中継やネットフリックスのような特に負荷の大きいストリーミングでの信頼性も一番なんですよね。そういう意味でも、前向き(笑)に動画プレーヤーに指名。
更に細かいことを言うと、文字入力はともかく音楽再生もこれに兼ねさせればいいじゃないかと思うかもしれませんが、上に書いたように動画視聴用に大型テレビにHDMIケーブルで繋ぎっぱにしてあってテレビもつけないと音が出ないので、やはり分けるのが望ましい。

「10ノートA」と「10ノートB」

文字入力を伴う作業を主に担う2台。どちらがどちらでも、それ自体はいいんですけど。
簡単に言うと
・ベッドで半身起こして座った姿勢で使う用
・作業机で立った姿勢で使う用
という使い分けです。
何言ってるか分からないでしょうけど(笑)、実は長らく家でのPC作業は、全て"ベッドで""半身起こして座った姿勢で"やってたんですよね。ベッドの上に、食事兼用のテーブルを置いて。
それが今年に入ってからくらいからやたらが疲れ易くなってしまって、すぐに腰痛までは行かないけれど長時間座った姿勢でいるのは危険になってしまった。
それで立った姿勢で作業できるスペースを家の中で新たに作って最初は全てのPC作業をそこに引っ越そうかと思ったんですが、それはそれで長時間だと今度は足が疲れるし(腰痛の恐怖とは比べられるレベルの問題ではないですが)、何よりちょっと思いついて検索したりtwitterに書き込む(笑)程度の作業をしにいちいちベッドから出るのもかったるい。そういうのはやはり今まで通りベッドで怠惰に行いたいので、まあ端末も余ってるし両方に置いておくことにしたというわけ。長時間作業の時は、"腰"と"足"を代わる代わる休ませることも出来るし。
尚「動画」や「音楽」をそれぞれに兼用させることも可能は可能なんですが、言っても主力の2台なので、他で出来ることは他の端末でやって、なるべく主力の使用時間は減らそうと、そういう感じです。

「10インチタブレット」

電子書籍専用。

「スマホ」

通話専用。
実際にはコミュニケーションのほとんどをメールでやる人なので、電話をかける時かかかって来る予定がある時以外は、家ではスマホの電源は切ってあります。(外出時は"携帯"ネット端末として、普通に常時電源を入れてありますが)
勿論メール(その他ネット作業)をスマホでしてもいいんですが、そこは(7台中(笑))唯一の貴重な「電話」端末なので、それ以外の機能用には温存して、なるべく長く頑張ってくれよというそういう態勢。

「8インチタブレット」

その代わりを専ら務めるのが、10インチタブレットの購入により"電子書籍"用途では不要になってしまった8インチタブレット。
勿論8インチタブレットで出来ることは家の他のどのPCでも、勿論10インチタブレットでも出来るわけですが、そこは「立ち」姿勢「座り」姿勢に次ぐ第3のインターネットライフ姿勢「寝」姿勢用に(笑)、正にスマホが元々そうであるように8インチの小ささを活かしたスマホの代用品として、活躍してくれます。


・・・こんな感じです。どうでもいいようなことですが、楽しいです。それぞれに自分なりには納得のいくポジションを与えられたのが、嬉しいですね。"戦力補強"はアガるけど、既存戦力の"発掘"や"再生"には、それとは別種の、見方によってはより深い満足感が存在する気がします。(笑)
それにしてもケチ臭いように見えるかも知れませんが、これでもちゃんと"捨て"てもいるんですよ、捨てるものは。覚えている限りでも、Windows10のノートを他に二つ、より致命的な故障で廃棄しています。でも使える限りは、使いたい。もったいないというより、"可哀想"になっちゃうんですよね、僕。(笑)

最低限「Win10ノート」(一つ)「スマホ」「10インチタブレット」の三つがあれば、暮らすことは出来るんですけど、それとこの"7台"フォーメーションのどちらが快適かと言えば、間違いなく7台の方。"気遣い"はしているけれど別に無理して使っているわけではない。さすがに電源は落とせるものは、なるべく落としてはいますけど。

それでは皆さんも、楽しいインターネットライフを(笑)。(またはステイホームを)


テーマ:パソコン
ジャンル:コンピュータ
今週のモーニング(’20.6.25)&少年マガジン(’20.6.24) &今月のアフタヌーン(’20.6月)
2020年06月26日 (金) | 編集 |
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余り体調が芳しくはないんだけど明日の試合日までにはあげなきゃと、意地で書いているこの懐かしい感じ。(笑)


『GIANT KILLING』

細かいことだけど、不満分子が監督の陰口を言う時は、まず間違いなく("達海"と)呼び捨てにしてると思います。「さん」なんか付けずに。何なら「あのヤロウ」とかいうのが、むしろ自然かと。
男同士だし、大人同士だし。
そこが引っかかりました。

『ハコヅメ ~交番女子の逆襲~』

hakozume200625

ここらへんは、かなり女子的な心理に思えます。
は意外と"アイドル"に対してすらも上から目線というか、最低対等というか、無意識に。

『ドラゴン桜2』

水平思考で見ろ。
割りと耳が痛い。(笑)
前提としての"差別"については十分に気を付けているつもりですけど、結論としての"優劣"は割りとつけたがる人なんで。(笑)
権威主義を含んだ"秩序"を求める傾向というか。意外(?)に。

『相談役 島耕作』

敵方の方の工作に対する大株主の微妙な反応は、妙にリアルに感じました。
聖人でも無私でもないけど、悪人でも馬鹿でもない。見苦しいものは見苦しいと感じる感受性はある。

『ミツナリズム』

このところどうもストーリーテリングが説明的で、余りのれません。
秀吉陣営"内部"でのものほど、三成のキャラが活きていないというか確立していないというか。

『カバチ!!! –カバチタレ!3–』

住吉さんの割りと一方的なモラリズムは、最終的には"批判"の対象として描かれているんですかね。
前回も僕はあえて(何気ない)"暴力"を問題にしましたが。

『飼ってない猫』

いつもながら良い。



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『ダーウィン事変』

生物学的なリアリズムというかアンチヒューマニズムというか、比較的最近ありがち(例えば『狩猟のユメか』)ではあるけれどそれだけ確かに興味深いテーマの新連載。
どういう新味があるのかどういう個性があるのかは、これから。

『こんな季節に死にたいあたしの』

これ読み切りでいいの?!という感じの、かなり衝撃的かつ見事な出来栄えの作品。
「自分の不幸」を"みんな"の不幸の中に埋もれさせたくないという、奇妙ではあるけれど切実でもある自己愛の問題と、逆に大きな不幸が小さな(個人的日常的)不幸を実際救うかもしれないという、"現実"的可能性と。
相当深いところまで一気に無造作に到達した感じの作品。逆に大丈夫か?この人という。自分の才能にいつか殺されないか?という。

『おおきく振りかぶって』

女子マネの意外と(笑)ハードでアダルトな素顔。
女の子って大人。

『メダリスト』

なかなかおいそれと感想を述べられない感じ。
いい意味で。
もうちょっと枠組み"(≒ある意味の"限界")が見えてからでないと。的に当てる自信が無い。

『波よ聞いてくれ』

「もう来ない」というマキエにちゃんと"納得"したのに、翻しやがった。(笑)
知ったかぶりしたみたいでこっちが恥ずかしいじゃねえか。(笑)

『プ~ねこ』

お人好しじゃないやい。
"譲って"はいるけど"我慢"している感じは微塵もない。
猫の魔法。(笑)

『ああっ就活の女神さまっ』

なんか「RE業」自体に言いたいことが沢山ありそうな気配の作者さん。(笑)
本題とはまた別に。

『フラジャイル』

ええ、弁護士もググるの?
それで行けるんじゃないかと思ったことはあるけど、いやいやそれは素人考えだと自戒してたのに。(笑)
まあ特殊な案件以外は、そんなに広範な法律知識は実際要らなそうではありますけどね。ググって分かる程度で。
むしろ「法律的思考」が出来るかどうかの方が大事というか。

『友達として大好き』

(エロ)おふざけ要素が落ち着いてみると、むしろ怖いくらいに"素敵"な作品。
それこそ僕のコメントで汚したくない。

『イサック』

こちらも"傭兵の戦場リアリズム"の物語から"聖女"の物語に引き返せない一歩を踏み出した感じですか、その行きつく果ては?
見守ります。

『マージナル・オペレーション』

"マージナル・オペレーション"という言葉が初登場な気がするんですけど、違いますかね。



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『カノジョも彼女』

kanokano200624_1
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くっ、作者調子に乗りやがって。
もっとやれ。(笑)
ほとんど4コマみたいな切れ味ですね、最近。

『ヒットマン』

なるほど"フランス"市場である話がまず先に来たか。

hitman200624

日本漫画≒プレミアリーグ
これはほんとそうですよね。それくらい壮絶なクオリティを日本の漫画は持っていると思いますが、それがちゃんと認知・リスペクトされる日は来るのか。(来なそう)

『それでも歩は寄せてくる』

"恥ずかしい"はいいとしても、SNSでも結局「身内」とか反応してなかったという"残念"感の方はいいんですかね。(笑)


テーマ:漫画の感想
ジャンル:アニメ・コミック
ともかく肯定的に見てみるテスト/東京V-町田(’20)
2020年06月28日 (日) | 編集 |
まあ別に無理して肯定しているわけではないんですけどね。基本素直な感想です。(笑)

J2第2節 東京V △1-1△ 町田(味スタ)


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・今季(再開明け)の基本方針
・書くことがあっても無くても(笑)、とにかく毎試合、一試合一試合ごとに書く。
・無い時はほんとに"二行"みたいなことになるかもしれないですけど(笑)、それはそういうものとしてご勘弁を。
・正直が大事。
・まあどちらかというと、ブログ自体の位置づけの再考の方からの、方針変更です。
・暇だと色々考える。

・さて試合。
・"中断期間にゆっくり頭の整理が出来た"という選手コメントは嘘ではないらしく、クソ丁寧に繋ぎ倒すまだるっこしさは同じでも、割りとお世辞でなく、「端正」と言っていいくらいの落ち着いた印象を与えるゲーム進行にはなっていましたね。
・勝てないとか点取れないとか、これまでの不信感とかそもそも見飽きた(笑)とかいうインサイダー、"サポ"ならではの感慨は当然あるでしょうが。
・例えば仮に初めてJ2リーグを見る外国人サッカーファンの視点みたいなものを想像してみたとすれば。
・期待せず見たアジアの2部リーグでいきなりこんなチームを見せられたら、何だこれはと、"感動"まではしないまでも少なくとも"おかしみ"(笑)くらいは最低限感じてくれるのではないか、そういう意味で次も見たいと酔狂半分のファンくらいにはなってくれるのではないか、そんな感じはしないでもないです。
"客観"的に。
・どれくらいの値が付けられるかはともかく、"商品"としては成立している完成度には感じました。
・試作品以前のものを棚に並べるなよという、以前感じたような不快感に近い不満は少なくとも。

・そうしてそれなりに"成立"している永井サッカーを見て感じたのは。
・なるほど、どうやら本当にこれが"永井サッカー"であって目指すものであってやりたいものなのだなという納得感。
・強迫観念とか背伸びとか、誤解とか浅慮とかではなく。
・そのスタイルの有効性とか将来性とか、(ヴェルディが置かれている状況に対する)妥当性とかはとりあえず別にして。
・また結果的にそれを実行する能力・資質を永井監督が持たないというような意味での、"背伸び"の可能性も別にして。
・ともかく"個人""人間"永井秀樹としての、このサッカーへの向かい方には、特段の濁りも歪みも無いらしいと、「素直」にやっているらしいと、そういうこと。
・結果出来上がるサッカーが、仮にどれだけ奇妙に見えたとしても。(あくまで仮に)

・心から好きでやっているという、それだけではなく。
・もっと言えば、これが少なくとも今"監督"永井秀樹にとっての、「サッカー」なのだなと。
・"こういう"サッカーというよりも、"これ"がサッカー。サッカー≒これ、というレベルの根付き。
・例えば仮に"将棋みたい"という印象をこのサッカーが人に与えるとして(与えると思います。"ポジショナル"系サッカー全体の中でも割りと特に)、それは"サッカー"が"将棋"のように行われているというよりも。
・むしろ"将棋"が"サッカー"という形で実現している、そう言った方がいい位の"イデア"の強さであり、優先順位なのではないか。
・逆に"将棋"的でない"サッカー"にはやる価値が無い(笑)、そこまで極論したくなるくらいの、天然化した信念を感じます。
・なぜそうなのかはよく分からないですけどね。本当に(中学生時代以来)"35年"かけて熟成した、その結果なのか。

・と、若干"奇異"感を強調した書き方になってしまったかもしれませんが、ともかく(奇異ではあっても)"不自然"ではない、少なくとも永井監督個人の精神状態としては、ということが確認出来たので。
・僕的にはだいぶ落ち着いたというか、諦めがついた感じかなと。(笑)
・分かりました、これで行きましょう、これを見ましょうという。
・何度も言っていることですが、元々僕はスタイルの選択にはあまり興味が無い、スタイルで勝負が決まるのはよっぽどのトップ・オブ・トップ、それこそシティvsリバプールのようなレベルだけだろうと思っている人なので。(あるいはたまたま実現した高度に同レベルの洗練度のチームどうしの対戦)
・一方でこれまでの永井ヴェルディが上手く行かなかった理由に関しては、スタイルが悪い・・・のではなく、"スタイル"と監督の内的関係に曖昧さなり不自然さなり、とにかく結びつきの希薄さがあって、それがディテールの弱さを生んでいるのではないかと疑っていた部分があって。
・それがこの日の試合を見る限りではそうでもないのかなと思わせてくれる部分が大きかったので、それならまあ、見守る価値はあるだろうと、そういう心境になったという事で。
・それで勝てれば幸せなことだし、勝てなくてもまあ、結果をリスペクトすることは出来そう。(それが"応援"出来る必要最低の条件)

・もう一つこの試合おおと思わされたのは。
・これは多くの人にとってそうであろう、井上潮音の"躍動"
・長らく贔屓の選手ではありましたが、正直チーム以上に期待はしていなかった。(笑)

・・・中断期間中に出た、潮音をフリーマン(≒"偽9番")で使うというトライについての報道に対する反応。
・結局この試合は概ね"ドイスボランチの一角"的な古馴染みのポジションで起用されたわけですが。
・いつ以来だろうというゲームメーカーとしての自在な機能性に加えて、それまでも確かに練習はしていたドライブやミドルシュートが、覿面に力強く実用的になっていてびっくり。
・もう腹括って"パス職人"として生きるしかないのではないか、"フリーマン"起用もむしろういうプレーにポジションでダイナミズムを補完するという、そういう方向でイメージしていたんですが。
・あれあれという。これなら改めて買ってくれるところもあるかな?という。(笑)
・そして面白かったというか不思議だったのは、その"機能"の仕方
・上で問題にした"組織プレー"との相性の難を、潮音がストレートに克服したようには見えなかったんですが、一方でロティーナ以前やロティーナ末期のような、"戦術潮音"の丸投げによる「自由」で躍動したという、そういうのとも違う感じ。
・綺麗に中間というか、幸せな妥協というか。「融合」と評価し切るには、実態がまだ不明なところが多いですが。
・とにかく意外でしたね、ロティーナでもホワイトでも駄目だったことが、永井政権下で実現するとは。
林陵平カンスイルの扱いを見ても、永井監督がそういう細かい調整や"異物"の取り込みを熱心にやるタイプ出来るタイプには見えないだけに。
・定義としては潮音はそこまで"異物"ではないでしょうけど、実態としては似たようなものだったと思います、これまでは。
あちらを立てればこちらが立たない、純粋な衝突関係。
・単純に人の足し引きで考えてみると・・・吉武コーチ効果?
・単純過ぎるかも知れませんが(笑)、それくらい期待していなかった(笑)。永井監督にも潮音にも。
・ドライブやミドルシュートに関しては、練習の成果と共に、やはり"本体"の司令塔プレーが上手く行っている事での、繋がりのスムーズさが決め手なのかなと。
・ドリブルもし"なけれ"ばシュートも撃"たなけれ"ばという、受け身のプレー選択ではなくて、より内側からのイメージでプレーが出来ている。
・とにかく井上潮音が躍動するチームなら、見たくないわけはないので。
・今後も期待します・・・3割くらいは。(笑)
・低い?でも失意の歴史が長くて(笑)。今はまだ、警戒7期待3くらい。
・徐々にその比率が、逆転してくれると。(笑)

・吉武効果、なのかなあ、結局。
・最も簡単な理解としては。
・永井監督の観念に実体を与えるには、共にその観念を育んだ師匠の具体的存在が、人格が、結局必要だったという。
・潮音の"不思議"が無かったら、別にここまで考えはしなかったですけどね、単純に中断で落とし込む時間が出来たからだろうと。
・まあ誰の手柄でもいいんですけど。(笑)
・次も見る価値を感じる試合を、お願いします。勝てれば尚いい。(負け慣れ過ぎ)


テーマ:Jリーグ
ジャンル:スポーツ