東京V等サッカー、漫画、アニメ、アイドル 他
’03.10月&11月&12月のみどりのろうごく
2023年04月28日 (金) | 編集 |
10月

今日のレアル(2003年10月02日)

面白いのはペレス会長の言う”ジダンヌ”、高給取りのスーパースターたち以外のレアルの言わばポルトの選手と個人的には大差ない選手たちまでもが、前者とおんなじようなプレー態度でプレーするんですよね。それは舐めてるとかいう情緒的かつ悪い意味ではなくて、要は裁量権およびそれに伴う責任が極大だということですが。

つまり個々の技量の差とは別に「レアルマドリーの選手のプレーの仕方」というものがあるので、この試合でも頭数が減ってマークがきつくなってジダンヌたちが足掻く中、チームを救ったのはエルゲラソラリといった選手の予想外に大胆なプレーだったわけで。
態度だけは立派にスーパースターですからね、ポルトの選手も面食らったことでしょう。元々それぞれに好選手ではあるんですが、そこから予想される範囲を越えた大きくて深いプレーを当然のような顔でするので、慣れないとピントのずれたマニュアルで対応するような格好になる。

今回もレアルの話でスタート。そんなに書いてたか。ちなみに題材はCLのポルト戦ということ。
"ジダンヌ"というのは記憶違いで、実際は「ジダネス」。レアルのペレス会長がチームの編成を、ジダンを代表とする国際的スーパースター("ジダネス")と、パボンに象徴される下部組織出身の若くて安い選手("パボネス")の二層に単純化すると宣言していた、その話。
実際にはそうは行かなくて、ここで活躍を称えられている「エルゲラ」や「ソラリ」というのは、そのどちらでもない中堅/中間的選手な訳ですけど。
そういう選手たちが、ある種のレアル的文化に沿って"スーパースター然"とプレーすることの思わぬ効果という話。


と、いうようなことを踏まえつつ(2003年10月04日)

一言で言って成長期は終了したと認定。言い換えるとオジーのチーム作りは基本的に終わり教えられることは全部教えた、ベースは今以上にアップすることはない。
え、もう?と思うかもしれないけど、一般にそれぞれの監督の教えられるものの幅、奥行きというのは意外に限られているもののように思う。少なくともある特定のチームを素材とした限りにおいては。勿論監督としては何かあるぞまだ何かあるぞとほのめかし続けて求心力をキープしなければならないが。
・・・・そういえばトルシエの教科書は3000ページあるんだっけ(笑)。あれで?

信じてたんですけどね、"3000ページ"(笑)。期待してたというか。
それぞれの監督が個性・個体性で(まだ)勝負していた時代は、特にこういうことが言えたと思いますね。この前提で、ネタが尽きた監督はさっさと交代すべき論をよく僕は主張してたものでしたが。
今はマニュアルがそこら中に溢れているので、"個性"よりもそれらの使いこなしで監督たちは競っている部分が大きいと思いますが。含めて&最終的に個性でないことはないんですけど、ただ優先順位としてはまずは普遍性一般性。

とにかくこれからは今持っているものを基準に、より細かく具体的な状況に合わせて対応、調整を繰り返す作業がメインになるはず。言わば戦略モード期

自分たちのサッカーと相手に合わせたサッカーの択一ではなくて、時期で分けてたのか。

僕としては立ち上がり方の意志統一が図りやすいこと、”オジーヴェルディ”のアイデンティティを大事にしていざという時にまた最高の状態が再現されることを期待してフラット/プレス型の再確認の方を望むが。ただその場合の不安はボマの常時出場がある程度条件になってしまうこと。当て所がないと早く攻める形が作れないから。

"預け"どころは桜井の方だという話を先月分まででは強調していましたが、ダイレクトプレー的な"当て"どころとしては、依然エムボマは重要ではあったようですね。


ちぇっ、つまんねえの(2003年10月09日)

トルシエで思い出したけどここんところのジーコの永田だの加地だの茂庭だのといった選考は、勿論例によって思い付きだとかJのリサーチが行き当たりばったりだとかいうのもあるんだろうけど(笑)、それ以上にトルシエ的なピンポイントのチョイスをやり出したなあという感が強い。

つまりJでの実績だとかレギュラーだとかいうのは要するに「べき」論のきれいごとでしかないので、その監督のチーム作りのイメージが明確であればあるほど「こういう選手が欲しい」というドライブが先に立って飛び級だろうが勇み足だろうがやらずにはいられないので、それはある意味でジーコの成長ということで好意的に見ることは出来ると思う。
ただそれは言い換えれば代表監督という重責を担う前に、一人の監督としての自己形成が十分に済んでなかったということであるので。やはりまあ、何だかなと。

カタログスペックと実績メインで選んでいた"並べて"いたジーコが、より自分の感覚的必要に従ったピンポイントの選手チョイスをするようになったという話。ようやく本物の"監督"らしく、なって来たというか。
日本代表を素人監督の練習台に使うなという、話でもあります。(笑)


戦術/戦略論の締め(前)(2003年10月16日)

Variety Footballseriさんの2つのコラム「チーム戦略上の左サイド攻撃とレフティーの関係に関する考察」,「現代サッカーにおけるモビリティーとスペースの関係」での戦術/戦略という言葉の使い方が、僕がサッカーにおいて考えているものとほぼ一致しているようなので紹介しておきます。
例えばもう一人のGAITIさんのを読むとこれはまた少し違うんですよね。もっと戦略寄りに戦術という言葉が使われている。ことほどかように言葉の統一は難しい。

"Variety Football"というのは今日の"戦術"の時代をかなり先取っていた、伝説的な考察サイト。
そしてその筆者の1人"GAITIさん"というのが、現在のフットボリスタ編集長の浅野賀一さんな訳ですね。
僕と用語法が合っていたのは、そうでない方の(笑)"seriさん"のようですが。
より"戦略寄り"につまりここの文脈で言えば"相手への対応"的なニュアンス強めに、既に「戦術」という言葉を当時から使っていたGAITIさんが現在のサッカー論壇のゴッドファーザー的な役割を果たしているのは、今振り返ると成程ではあります。
なおこの前後何回にも分けて「戦術」と「戦略」という言葉の使い分けについて僕は論じているんですが、正直ややこしいだけで余り面白くないので、お勧めしません。(笑)


祝・首位(2003年10月20日)

・・・・というムードに水を差すようでナンですが、今季限りでこのサイトにひと区切りつけます。時期とか規模とか、具体的なことはまだ決めてません。2nd終了の11月一杯なのか、分かりやすく今年一杯なのか。閉鎖なのか、休業なのか。

何もこれから盛り上がろうというこのタイミングにというような話ですが、別に天の邪鬼を気取っているわけではなくてこのコーナーを立ち上げた9月頭の時点で既に決めていたことだったのです。突然の精力的な更新(笑)には”最後のご奉公”みたいな意味あいもあったということでして。

こんなにはっきり閉鎖宣言してたのか。まあ何回かしてたような記憶はあるんですが。(笑)
それでどうなって今日まで続くようになったのか、全然覚えてないので僕も顛末が楽しみです。(笑)

で、理由ですが、何とも簡単というか身も蓋もないというか、要はサッカーに興味がなくなった・・・・というより生活の中でのサッカーに対する関心の優先順位が著しく下がってしまったということです。それとサイト運営の物理的精神的負担との兼ね合いがちょっともう限界というか、自分を偽らないと続けていけないというか。

基本的にこの状態は今も変わってないんですけど、「仕事みたいになっちゃってる」というのが当時の悩みなら、その「仕事」の意味や需要の程度に悩んでいるのが近年ですかね。「仕事」なのはもうとっくに受け入れた。(笑)


柏戦(1)(2003年10月22日)

固定点を思考の中心に置くというのは頭の整理には役に立つので、力的に劣勢のチームや諸事情で混乱しているチームにとりあえず安定感をもたらす為に「しっかり」や「じっくり」が戦略的/戦術的(笑)に導入されるのはよく見られる。
ただし安定しているだけでは、あるいは安定にかまけているとむしろ点が入らないというのが(現代の)サッカーなので、世界中のほとんどの強豪たらんとするチームは何らかの形で流動性を上手く組み込むように、変な固定点で流れを堰きとめないように努力している。

「固定」に頼らずに流動性とちゃんと向き合ってるのが強いチームだと、ある種「常識」のように書いていますが、(ポジショナルプレー以降の)現在だと、整然とした「固定」を前提として、そこにいかに流動を組み込むか、もしくは組み込まずに強くするかというのが、強いチームの主なテーマになっていますかね。



11月

勝ち過ぎでんがなレッズさん(2003年11月04日)

しかし中嶋っていつ見ても急所を突いたいい動きをするのにどうしてもシュートだけ入らない。言葉の上だけだと例の先輩と同じだけど(笑)、中身はだいぶ違う。もうちょっと力の抜き方を覚えてきたらという感じですが、案外その頃には普通の選手になっちゃってたりするんで若い選手の育て方は難しい。
あんまりチーム事情で大きな期待をかけるのもね。ウチにも飯尾一慶という微妙な前例がいますが。

"中嶋"というのは誤記で「中島裕希」、鹿島出身で仙台山形を経て現在も町田でプレーしているFWですね。出て来た時は"ストライカー"としてのセンスに、何か日本人離れしたものを感じていた・・・んだけど思ったように点が取れていないという事態について書いています。へえ。(笑)
飯尾一慶云々というのはヴェルディでは李政権で10代で抜擢されて以降、"ストライカー"という期待メインでしばらく見られていたのが、どうもそんな感じではない、むしろ守備や繋ぎに本分のある世話焼き系の選手なのではないか?というのが分かりかけたバレかけていた時期の話ですかね。期待の方向を間違えると本人が大変という。そもそも怪我体質でもあるし、期待し過ぎた面もあったろうという。


ここは浦和サイトか(2003年11月05日)

つまり前に僕はヴェルディについて「勝ち負けそのものよりも成長のプロセス自体に興味がある」という意味のことを書きましたが、別に負けても降格したり存続の危機に晒されたりしない日本代表チームについてはもっとそうで、勝ちゃいいってものでは全くないと思っています。
あくまで狭い意味での日本人がその人種的民族的限界を引き受けた上で、いかに創意工夫奮闘努力自己啓発奇想天外四捨五入・・・・とにかく色々やって列強と伍していく、その過程で大げさに言えば自分たちを見つめ直していく為の一種の条件を統制された実験場として意義付けているので、前提を変えてしまうような変数の導入は喜べないのです。

日系だとか日本で生まれ育ったとかいうならもう諦めます。いずれ移民が増えて国の形自体が変わって、”狭い意味での日本人”という言い方が本当に意味を成さなくなったら何をか言わんやですし。(バスク選抜みたいなのでも作るか。)

浦和の怪物FWエメルソンに日本帰化話が持ち上がったことに刺激されて書いた、僕の"帰化"選手観。今も基本的に変わってないかなあ。代表の目的は勝利ではなく実験。
まあ現実には、これだけ非黄色人種系帰化or混血選手が増えて来ても、容易に大勢に影響を与えることは無いようですけどね。
本当にゲームチェンジャーになったのは、今のところ闘莉王だけでしょう。"中澤・闘莉王"コンビ抜きで、"最終ラインで耐える"2010年南ア岡田ジャパンの戦いは無理だったと思います。それも今では"黄色い"日本人だけで出来ますし。


一応見たので何か言う(2003年11月13日)

アジアユース時の今野大悟成岡の黄金のトライアングルを中心とした既に十分な水準に達しているある意味出来上がっていたチーム。そこから主に大悟に冷や飯を食わせつつ、さんざん人を入れ換えて色々試行錯誤した挙句、結局特に進歩も変化もしていない感じ。

あえて言えば当時は今イチ分かり難かった菊池直哉の恐るべき万能のゲームアイ/ゲームコントロール能力が、メンバーが変わるほどに疑いようもなく存在感を強めて来たこと。それも単に僕の目が節穴だったからかもしれないけど。
なんかね、形容の難しい選手。「司令塔」という言葉では足りない、むしろ「ゴッドファーザー」とか言いたい(笑)。深いんだよね、ゲーム関与が。いなくてもいる。調子のいい時の林健太郎とかもこんな感じか。ラモスも勿論。

こういうのって例えばヒデは持ってるけど俊輔は持ってない。シンジも怪しい。同年代での比較で言えばあんなに巧いのに小林大悟がどうしても信頼性で一歩も二歩も譲ってしまう理由だと思う。

2002年アジアユース(つまりアジア予選)後に大熊監督がチームを引き継いでワールドユースに向かおうとしているチームの"惨状"(の始まり)について書いた文章。
前年チームの今野小林大悟のボランチコンビの上にトップ下成岡を戴いたトライアングルは機能的で美しかった。そしてリベロに入った菊池直哉。未だに結構忘れられない"天才"感の印象の残る選手ですね。"未成年淫行"の不祥事で挫折しなかったら、どんな選手になっていたのかな。まあどのみち生まれたのが少し早過ぎた感もある、高級なユーティリティープレーヤーでしたが。
俊輔はまあ、中田への気後れもあったんでしょう、本当にいい選手になるのはもう少し先だったと思います。まだまだ上手いだけの選手の範疇。大きく言えばね。


いい試合でした(2003年11月23日)

いや、何ていうかね、初めてFC東京とちゃんとサッカーをやったような気がするんですよね。これまではどっちが勝つにしろ一方的だったり噛み合わなかったり、何か同じスポーツをやってる感じが全然しなかったので。
スタイルの違いが歴然としてることに変わりは無いんですが、今回は凄く相手の顔がよく見えて、やや乱戦気味ながらも自然に高まるテンションの中で互いの持ち味を引き出しあって、サッカーらしいサッカーが出来ていたように思います。

これほんとそうだったんですよね。ある時期までのFC東京との試合には、異様と言いたいような緊張感があった。それは"ダービー"とかいったお座なりな物語性ではなく、サッカー自体の質・思想の余りの違いによる、"文化戦争"的なもの。異種格闘技というか。まあルール自体は同じなので、どちらかだけが関節技を使うなんてことはなく(笑)、空手とキックみたいな違いですが。(いやでももっとだな)

今回うまく噛み合ったのは両者のリーグ内での位置付けやコンディションが本当に接近していたということと同時に、ある種の歴史的サイクルの同調のようなものを感じました。古豪と新興という大枠は大枠として、ロリ→オジーのヴェルディと原のFCが積み重ねたそれぞれに見るべきもののある”歴史”はだいたい同じくらいのもので、ようやく同じリーグで切磋琢磨する相手としての互いの顔を正面から見る自然な心の準備が出来ている、そういうタイミングでの対戦だったのではないかなと。

成程ね。ヴェルディの東京移転による一区切りによって、古豪と新興との間にある種の"同期生"性が生まれたと。


柏戦(2)(2003年11月24日)

あの躊躇なくかつ容赦なく、こちらの予想の常に先を行く鋭いクサビのパスで縦へ縦へと迫るスリリングなパスサッカーの慣れの果てがこれですか?

しつこくオジーヴェルディ回顧。
そうだったそうだった。全員の足元に止める能力の高さによって実現していた、短いクサビを次々に打って、あれよあれよと縦に進行/侵攻して行く鮮烈苛烈な"パスサッカー"。最初はね。


なるほど(2003年11月27日)

P.S.
すみません、僕が前半戦の試合評でハユマを褒めるのを忘れたばっかりにこんなことに・・・・。いやあ全く、久しぶりに彼特有の”間合いの天才”とプレー選択の納得性の高さを満喫させてもらいました。やっぱ好きだなあ。行かないで、お願い。

"こんな"というのは移籍というか、レンタル元のマリノスへの帰還ですね。
チーム構成の都合でその(↑)素晴らしいチームに加われていなかった右SB田中隼磨が、直前の試合でようやく前年に発揮していたような能力を披露した・・・ものの時既に遅しというそういう流れだったらしい。
同時代だったら内田篤人より余裕で能力上だった気がするんですけどね。好きだったなあ。


話変わって(2003年11月30日)

まあ逆説的に個々の日本人選手の世界大会慣れを実感して嬉しくないこともなかったですが。

酷い状態のままワールドユースの初戦でイングランドに勝ってしまったらしい大熊ユース代表の話。
まだ海外移籍の一般化は進んでいないものの、シドニー世代('77年以降生まれ)以後の年代別代表の充実もあり、"世界大会慣れ"みたいなものはこの頃から生まれて来てはいたかも。


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テーマ:Jリーグ
ジャンル:スポーツ
’23.4月期の地上波アニメ
2023年04月26日 (水) | 編集 |
1月期のような異世界転生ブームこそ去りましたが(笑)、今期もかなり大漁
なお理由は分かりませんが、最近はすっかり副監督/助監督のクレジットがあるのが当たり前になって情報価値が低くなったので、今回からは省略します。


新作(原作知らない)

新作中の僕が原作を読んでない部門。(逆に言うと読んだことがあるのも沢山あった)

山田くんとlv999の恋をする (Wiki)

原作 - ましろ
監督 - 浅香守生
シリーズ構成 - 中西やすひろ

原作は漫画。初連載作品だそうですが、とてもそうは思えない研ぎ澄まされた人物描写で、才能なのか早熟の世代なのか。
監督は『カードキャプターさくら』シリーズ、『ギャラクシーエンジェル』シリーズ、そして『ちはやふる』シリーズの人。最後のは"シリーズ"とは違うか(笑)。あと『俺物語!!』とかもやってます。ちはやふると俺物語という並びからは、少女漫画ベースではあるけれど骨格の太い描写を得意としている人という印象になりそうですが。
この作品にもそういう印象はありますが、原作そのものに由来するのか監督と共同のものなのか。
構成は『かぐや様は告らせたい』シリーズの人。他に『カッコウの許嫁』などもあり、何となくですが業界で"次"を期待されている人のような印象のあるラインアップ。
ヒロインの自虐っぷりもそうですが、"山田くん"のクール男子っぷりが何かパターンを越えた断固としたものが感じられて、そんなにユニークとも言えないだろうストーリーですが見応えがあります。一発一発が重い(笑)。ヒロインの非常識などに"怒った"時の山田くんが、正し過ぎて怖い(笑)。今後の二人の仲の進展の中で、そこら辺の持ち味が壊れないといいなと思いながら見ています。"


神無き世界のカミサマ活動 (Wiki)

原作・シリーズ構成 - 朱白あおい
監督 - 稲葉友紀

原作は漫画ですが、原作漫画家がシリーズ構成もやっているのではなくて、脚本家が"原作者"として関わった漫画のアニメ化作品の構成を、本業の脚本家として本人がやっているという形のよう。過去のシリーズ構成歴としては、『ようこそ実力至上主義の教室へ』『刀使ノ巫女 刻みし一閃の燈火 萌芽編』など。
監督はこれが初監督作品。
1話の暑苦しくて悪趣味な"新興宗教"描写を見た時はこれは駄目かと思いましたが、存外知的で見かけと違ったクールな本質を持った作品に思います。"神無き世界"において現代の新興宗教テクニックを駆使して無双でもさせれば、珍種なからも普通に異世界転生チート主人公ものに出来そうですが、結構挫折させているところが逆に面白いと思います。恐らくその過程を通して、「新興宗教」「宗教教団」そのものについての考察のし直しみたいなものをやろうとしているんじゃないかと思いますが、結構なテーマで作者の志の由来が不思議です。個人的に何かあったのかな。とにかく面白いと思います。


事情を知らない転校生がグイグイくる。 (Wiki)

原作 - 川村拓
監督 - 影山楙倫
シリーズ構成 -
ヤスカワショウゴ
ほしかわたかふみ

原作は漫画。これが最初のヒット作なのかな?
監督は『ひまわりっ!』て何だ?あああのスーパー少女忍者の話か。他に『DYNAMIC CHORD』とありますが、僕は知りません。
構成はなぜか二人いて、前者はおお『テラフォーマーズ』の人か、あれどうなった?他『ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミン』『アンゴルモア 元寇合戦記』と、たまたまかも知れませんが"歴史もの"っぽいものが得意だったり?今期の『江戸前エルフ』もやってるし。後者はシリーズ構成は初めての人。
ある根暗少女(小学生)に対するそこまで過激ではないですが常習的ではあるいじめ・ハブを、"事情を知らない"天真爛漫転校生が破天荒なポジティブ解釈でガンガン引っくり返して、誰とも喧嘩せずに少女を救い、恐らくはこれからクラスごといじめグループごと取り込んで行くんだろう、感動のおとぎ話。(笑)
いや、おとぎ話なんですけどね。感動しますよね。人間愛ですよね。マジに毎回泣きそうになります。ついでに女の子の口説き方のお手本にも、地味になっている気がします。あんなの惚れないコいないでしょ。(笑)
いやあ、素晴らしい。いじめる側の"悪意"の濃淡も、ちゃんと描き分けているところがまた並じゃないなと思わされます。


デッドマウント・デスプレイ (Wiki)

原作 - 成田良悟藤本新太
監督・シリーズ構成 - 小野学

"逆"異世界転生もの。強いのは(元)異世界人の方。本人は"平穏"を求めているだけというところは、1月期の『最強陰陽師』と似たパターン。
原作は漫画で、原作者(成田)は『デュラララ!!』の人。なるほど。
構成も兼ねる監督は、『咲-Saki-』シリーズや『ソードアート・オンライン アリシゼーション』の人。ただ構成をやるのは今回が初めてのようですね。原作者の協力がかなり入ってそうですが。
最強クラスではあるけれど怨霊のエネルギーを動力源として必要とするという、主人公の戦闘スタイルの発展と、人命尊重はしないけれど子供や弱い者苛めは許さない(?)倫理観の現世との絡み合いの、どちらが主体となって行くんだろうなあという感じ。半グレ的犯罪組織集団の描き方は、『デュラララ!!』との共通感も少しあってそこも面白そうかも。


新作(原作知ってる)

天国大魔境 (Wiki)

原作 - 石黒正数(『それでも町は廻っている』)
監督 - 森大貴
シリーズ構成 - 深見真

原作はアフタヌーン連載の漫画ですが、僕は多分、最初の数話を読んだっきり読んでないやつ。世界観的に特にユニークなものが見いだせなかったのと、"おねえちゃん"の中身が男という設定がなんかめんどくせえなあ最近の流行りのやつか?みたいに反応してしまったんですが、まさか"あんな"事情が隠されていたとはどうもすみません。(笑)
と、反省しながら見てはいますが依然特にピンとは来ていません。アニメだから見れてますが漫画ならやっぱり読むのやめてそう。その内(僕にも)面白くなるんでしょうか。
監督はこれが初監督作。
構成は『ゆるゆり』2016年版『ベルセルク』等の人。


マイホームヒーロー (Wiki)

原作 - 山川直輝、朝基まさし
監督 - 亀井隆
シリーズ構成・脚本 - 喜安浩平

原作はヤンマガ連載中の漫画。原作者(山川)は他に『100万の命の上に俺は立っている』も。
こちらはヤンマガを読み始めた時に、途中の1,2話だけちらっと読んで結局読まなかったやつだろうなと。でも今回最初から見たら、えらい面白いです。これも反省案件かも知れませんが(笑)、なかなか一定以上話の進んだ連載途中から入るのは難しいところがありますよ、余程文体が好みとかでない限り。
一般市民である主人公(とその奥さん)が、突然巻き込まれた暴力犯罪の世界で必死の論理的思考で状況を打開して行くのが、ある種ミステリーかゲーム小説的な面白さがありますね。似たような状況に追い込まれた時に、俺にこれが出来るか!と改めて自分に問うてみたり。(結論・出来ない)
最新話では主人公が必ずしも"普通"の人ではないのではないかという疑問が暴力犯罪者側から出されたりしていましたが、出来れば特別な背景とかはなく、やはり「普通」の人の頑張りの話として、進んで行ってくれたらいいなという希望。
監督は初監督、
構成は声優や実写作品の脚本家でもある人で、アニメだと『風が強く吹いている』。(箱根駅伝もの)


マッシュル-MASHLE- (Wiki)

原作 - 甲本一
監督 - 田中智也
シリーズ構成 - 黒田洋介

原作はジャンプ連載の漫画。僕はジャンプ読者ではないんですが、以前例の『アクタージュ』原作者の逮捕の時に、慌てて単行本を買い集めると共に単行本未掲載の分のジャンプをまとめ買いして、その時にちょうど連載が始まっていたのがこの作品で、結果当時一番のお気に入り作品になっていました。それ以来の再会。
絵柄も含めて『ワンパンマン』の連想は強めにありますが、"腕力で魔法を代用する"という設定が面白いのとそれこそワンパンマン的な圧倒的な腕力/暴力の快感で、見せますよね読ませますよね。タイプ的に瞬間芸的なところもあると思うので、これからどのように面白さを持続させて行くのか、注目という感じ。
監督は『ヴィジュアルプリズン』『Engage Kiss』の人、と言っても記憶には無いですが。
構成はご存知の人で、代表作は『ハチミツとクローバー』『おおきく振りかぶって』『機動戦士ガンダム00』等。最近では今期もやっている『BIRDIE WING -Golf Girls' Story-』の、オリジナル脚本も担当していますね。


江戸前エルフ (Wiki)

原作 - 樋口彰彦
監督 - 安齋剛文
シリーズ構成 - ヤスカワショウゴ

原作はマガジンエッジ連載の漫画。へえ、男の人なんだ、名前からすると。ちょっと意外。
エッジ読者の僕も当然存在は知っているんですが、読んではいないし読んだ記憶も特に無いです。(一回は読んだ筈ですが)
アニメとしては、まず絵に無関心な僕でも気付かざるを得ないくらいの(笑)、背景の緻密さがまず目を引きますね。ぶっちゃけほんわか日常ファンタジーにこんな背景要るかな?という疑問は無くはないんですが、まあ目の保養になるのは確か(笑)。監督は『プラオレ!~PRIDE OF ORANGE~』『ひとりぼっちの○○生活』『GO!GO!575』の人とありますが、この中に作画的に際立った作品がありますか?無ければ今回参加した別のスタッフの貢献かも。"ストーリー"との不似合いさからすると、その可能性が高そうな予感。
一方で物語世界としては凄く安定感があって、"日常"ファンタジーでも全然退屈しないし、結構度が過ぎてるようにも見えるご神体"エルフ"の幼児性も、うざくならない範囲で上手く処理してあると思います。個人的には、小清水亜美さんの演技が滅茶苦茶上手いと思いますね。幼児的ではあるけれど単に甘えてるというのではなくて、断固たる気性や元々の性格によるのだというリアリティが、凄く良く出ていると思います(だからうざくならないんでしょう)。ファンタジー的人物の、太い実在感というか。
ルルーシュの"紅月カレン"の人か、へえ。後は狼と香辛料の"ホロ"に、咲-Saki-の"原村和"その他もろもろ。売れっ子なのは分かりましたが、特徴まではまだよく。(笑)
構成の人は既出。
いや、正直かなり気に入っていて、ストーリーというより"世界観"ものなので、これに関しては(途中参加でも)反省案件かなという感じですが、掴み所がないとも言えるので見逃すこともあり得るかなとも。漫画読むのって体力使うんでね。"読まない"理由を探している所もある。その点アニメは楽。


おとなりに銀河 (Wiki)

原作 - 雨隠ギド(『甘々と稲妻』)
監督 - 木村隆一
シリーズ構成 - 市川十億衛門

good!アフタヌーンの、連載開始当初から僕が熱烈に好きだった漫画のアニメ化。
世界観が壊れる心配とかは不思議にしてなかったんですが、一方で見る必要あるかなという感じで見始めましたが、やっぱり面白いですね。現在はすっかりラブラブな二人の、特に五色さんの最初の方のクールな感じは、こんなだったかなと改めて新鮮でしたし、深"島"の令嬢五色さんが"世界への窓"として愛する漫画を媒介に、一つ一つ人間の世界を知って行くプロセスは、もう一度見てもたまらなく面白いです。まあ「漫画」への愛は、やはり「漫画」で見た方がダイレクトに感じられるかな、アニメだと若干世間話みたいに見える部分もあるなとは思いますが。
監督はどこかで見た名前だなと思ったら、監督"交代"騒動が話題になった『けものフレンズ2』の人か。プレッシャーの中、いい作品でしたあれも。他に『アイカツ!』シリーズと、『もののがたり』?また意外な。
構成は『進化の実~知らないうちに勝ち組人生~』シリーズの人。え?という感じですが。まあ色々やるんでしょう(笑)。原作を壊さなければ、それでいいです。


以上。
続きもの2ndシーズンものについては、余りに沢山あるのでリンクだけ貼っておきます。
もう腰が限界。(笑)



続編&スピンオフ

くまクマ熊ベアーぱーんち! (Wiki)
魔法使いの嫁 S2 (Wiki)
BIRDIE WING -Golf Girls' Story- (Wiki)
王様ランキング 勇気の宝箱 (Wiki)
終末のワルキューレ (Wiki)
トニカクカワイイ S2 (Wiki)

とりあえずS1の最後はドロドロだった気がする『魔法使いの嫁』の、"学園"ものとしての新展開というか再生(?)ぶりを、面白いなあと思いながら見ています。


’03.8月&9月のみどりのろうごく (2ndステージ開幕しばらく)
2023年04月21日 (金) | 編集 |
8月

マドリー来日

1点取られるまではFCを応援してたけど・・・・(2003年08月05日)

ベッカムがボランチに下がってレアルが落ち着いてからは、途端にFCの技術的粗さが目立って得点の臭いが全くしなくなったので、それならそれで虐殺ショーでも見せてくれと願う羽目に(でも中途半端)

1stステージと2ndステージとの間の、中断期間というかプレシーズンというか。
"FC"東京とレアルのお祭り試合の話。
【回想録】日本でのレアル・マドリー激闘史――Jリーグ勢との5試合(2003~2005)[サカダイ]によると、フィーゴトップ下ベッカム右サイドのダイヤ(?)4-4-2でスタートして、途中からベッカムがボランチに下がってボックス4-4-2に変更したというそういう流れのよう。
ジダンは欠場、マケレレはまだいる。

しかしFCの応援は素敵でした。やっぱり攻撃性というのはしかるべき相手に向けられてこそさまになるものだよなと痛感した次第。

僕は今も昔も応援に特に興味があるタイプではないですけど、対レアルだと状況に嵌まって妙に感動したという話。"大敵"だというのと、やはり"代表戦"に準じるものがあったんでしょうね。冒頭で僕自身も"応援"で入ったと書いていますが、要は「日本人が列強外国人に対してどのように挑むか」というテーマ性の方が、応援対象クラブかどうかの方より優先したという話。
一方で国内チーム、日本人どうしでそこまでピュアな対抗意識を持つことは僕は難しいので、余程タイトルがかかったビッグゲーム(のお祭り気分)とかでもないと、なかなか煽り合いに感情移入することは難しい。日産/マリノスだけは、さすがに例外でしたけど。(過去形なのが寂しい)
・・・そう言えば「もっと真面目に対抗意識を持ってくれ」と、F東サポの友達に"説教"された記憶が(笑)。難しいことを言う。好きになる努力は出来ても嫌いになる努力は。人として。(笑)


ヴェルディ

ところで2nd展望(2003年08月16日)

一言。優勝を目指しましょう。

ほお。

既に専門誌上では変に前評判が高くなっていて痛し痒しですが、時期尚早だという意見はもっともだし現実に出来るか出来ないかと言われれば出来ないだろうと僕も思います。
ただ今の(レギュラー)メンバーを見渡してみると基本的には完成された選手ばかりで、そうそう悠長に伸びしろを期待してもいられない。いい若手も控えているし、かつてのニカノールの無理矢理オールスターチームによるなんちゃって優勝争いの時ほど後がないわけではないにしても、割合待ったなしで勝負時は迫っていると思います。

そういう意味か。
"この"チームの優勝タイミングとしては、今しかないと。多少無理でも。
まあ"ステージ優勝"なので、目標としての現実性も多めなので言えたことではあったでしょうね。
「ニカノールの無理矢理オールスターチーム」というのは、1998年、読売新聞撤退直前のヴェルディ川崎が、既に財政難は隠し切れない中前年の緊縮路線から一転しての最後の"賭け"だったんでしょう、高木琢也や"風の子"エウレルや"1億円CB"エンリケといった大物選手をかき集めて作ったチームで、雇われたニカノールもベルマーレやレイソルで見せていた成功手法よりもそのメンバーを何とか破綻せずに組み合わせることに忙殺され、それでも1stステージでは優勝を争うところまでは頑張りましたがそれを逃すと一気に無理の反動が来て崩壊、ニカノールも途中解任の憂き目に遭ったというそういうチーム。(そして讀賣には撤退の最終的な名分が)

そもそもサッカーのチームの良い状態の持続性というのは悲しいくらい儚いものなので、やれる時にやっておかないと駄目なのです。ましてやウチのようなメンバー構成の場合は。
ここで何か一つ結果を出しておけばしばらくは持つニカノールの時はそれが出来なかった)ので、その間にもう少し長期的な枠組を固めることも出来ますし。

チームのピークの儚さというのは、もうほんとに何というか、儚いものですね。(繰り返してるだけ)
「ここで何か一つ結果を出しておけばしばらくは持つ」
成程ね、そういう問題意識か。メンバー的に将来性が無いのも前回の最後に言ったようにある種"たまたま"揃った狂い咲きチームなのも承知はしているけれど、それはそれでここできっちり咲いておくことがチームの中長期的生存の役にも立つと。立たせてくれと。
移籍引き抜きが当たり前になった現在と違って、この頃のJリーグだとどのチームもある程度の継続性は当たり前に期待出来ていたので、だからこそあえての、"その場限り"チームへの思いがつづられています。


Fマリ戦(2003年08月20日)

それにしても元エスパの向島建解説。当時のアルディレスのサッカーの特徴はと聞かれて「攻撃は割りと自由、個々の創造性に任せる。でもまず簡単にトップに当てるという約束事は決まっている。中盤の選手はどんどん中に入っていって開けたスペースをサイドの選手が使う」。まんまじゃん。

草創期エスパルスの小兵ウィング向島さんによる、貴重(?)な証言。
エスパルスでも"トップに当てる"サッカーしてたっけ。"創設"監督のレオンは確かにやってましたが。オリバなどのドリブラーに自由を与えていた方の印象しかない。


鹿島戦(2003年08月25日)

ボマがいないのは確かに辛かったけど、少なくとも組み立ての段階で特にボマに依存していた記憶はないんですけどね。負けないで良かった。

これも前回言った、「ボールの預け所はむしろ桜井の方で、エムボマは純然たるストライカー/飛び道具化している」という状態が、そこまで続いていた模様。


海外サッカー

サッカー、エッチ論争「蹴りつかず」(2003年08月26日)

ちなみにベルギー紙の調査によれば、同国でプレーする281人の選手のうち「試合前日、よくセックスする」と答えた選手は65%。うち3%は「試合当日もする」と答えた。」(夕刊フジ特電)

試合前のセックスはプレーにプラスかマイナスかという"科学的"調査の結果、マイナスだという結論が(科学者からは)出たという報道についての記事。(笑)
当日やってるやついるんだ!と驚いてましたが、今見ると3%なのでそれくらいならまあいるかという感じ。(笑)


・・・・というのが準備原稿でしたが(2003年08月30日)

我が家にリーガエスパニョーラはやって来ないらしい。わうわう
お前か?お前のせいなのか?おベッカム。この万年鼻詰まり声のサクソンの小倅が。許さんぞ。
(中略)
あーあ、仕方ない。本腰入れてアルゼンチンリーグでも見るか。一番似てるのここだし。倉敷さんはいないけど、金田土居コンビもなかなかだし。

シーズン開幕のそのタイミングで、リーガの放送権がJskyスポーツ(スカパー)からWOWOWに移った"強奪"された衝撃の記録。
当時はオンデマンドは勿論のこと、スカパー経由でWOWOWを見ることも出来なかったので、かなりの大ごとでしたね。スカパーの時はベーシックなサッカーセット見られて、とても安かったですし。
"金田"は金田喜稔さん、"土居"は多分土居壮さんで、この二人の解説実況コンビによるアルゼンチンリーグの中継も、リーガに次ぐ楽しみとして当時のJskyスポーツでよく見ていました。スペイン系のサッカーが好きだったんですね。一方でブラジル/ポルトガルはあんまり。なんか"重"くて。



9月

清水戦にまつわるエトセトラ(2003年09月05日)

もう一つはステージ単位の話で、つまり過去のJの例を見ると15試合の短期決戦で推進力となるのは客観的なクオリティよりもそのチームの内部的なブレイクスルーが生み出す勢い、緊迫感であって、だから例えば李さん就任直後のウチなんかもあの戦力、あの得点力で危うく優勝しそうになった。

(外形的な体裁ではなくて)内部的なブレイクスルー。こういう議論好きですね今も昔も。(笑)
まあ実際そう思っている、そう"見える"からですけど。
強いチームはなぜ強いのか、勝てる/勝ち切れるチームは何が違うのか、どういう時に、チーム作りの努力はタイトル獲得レベルまで届くのか。
戦術もクオリティも大事だけれど、それだけではそれ自体では、そこまではいかない(ように見える)という、経験論運命論。

その点で(去年の同じ時期のロリ/エジのチームと比べても)早くもフレッシュさが無くなって下手すると緩やかな下り坂に差し掛かりつつあるようにも見えるウチの状態は、1試合単位のクオリティという観点から見える以上にまずいのではないか。底力がつくもうしばらくまでの間は勢いの方に頑張ってもらわないと。

底力がつくもうしばらくまでの間は勢いの方に頑張ってもらわないと。
(笑)。
ここらへんはもう、チーム関係者への要望ではないですね(笑)。運不運も含めた周辺状況が、チームにとっていいように働くようにという"祈り"。
ただ実際そうしたものに恵まれないと、なかなか大きな結果は出ないように、これも経験的には思えて仕方がないという。

ただ一つ言えるのは”ヴェルディ”という名前にはやはり他の普通のJチームには無い特殊な魔力、場合によっては呪詛の力があって、優勝できないまでも上位争いで自尊心をキープできる状況にチームが無いと中位を通り越してあっという間に下位争いのレベルまでテンションが落ちてしまう。中位の力だから中位でコツコツというのは、少なくともリアルタイムのモチベーションとしてはなかなか難しい。
優勝か降格か、上位常駐か下位低迷か。それがヴェルディ

最近のヴェルディには、もう当てはまらないですかね。
もっと謙虚に分を弁えて、「中位の力だから中位でコツコツ」は出来る。一方で"自尊心"に基づく"勝者のメンタリティ"的なものとも縁遠くなって、まあ普通のチーム?
・・・ただし特別に"技術"的なサッカーをしようとした時に、"何か"が目覚める感じはありますね、「栄光」を知らない世代でも(代わりに下部組織が温床?)。目覚めて解放されて伸び伸びやる部分と、放埓になって締まらなくなる部分と、同時に出ちゃいますが。まあプラスマイナストントンで、最終成績にはあんまり関係無い感じですけど。


ブレイクスルーとスローダウン(前)(2003年09月10日)

成長パターン話その1。
(中略)
鹿島戦及びそれに続く清水戦で、僕はヴェルディの攻撃に一時のスピード感、勢いが無くなったことを嘆いた。
しかし個別の原因論はとっぱらって1つのパターン認識としてこれは当たり前のことでもあるので、つまりその”一時のスピード感、勢い”というのは正に「チームの内部的なブレイクスルー」によって生み出されたものであるからだ。
具体的にはそのいい流れが始まる前の混乱していた状態とのコントラスト、抜け出してくる過程で生じる昂揚感、暗闇から見えた共通の希望の光へ向けたある種無心な意志統一、こういったものが「客観的なクオリティ」を越えて敵をひるませ、観客に鮮烈な印象を与える。
(中略)
それがどれだけ持続出来るかは準備にどれだけの厚みがあったかや、その過程でどれだけ具体的な結果がついてきて勇気を補充してくれたかによるが、いずれにしても早晩そんな時期が終わってしまうのは避けられない。

「内部的なブレイクスルー」の効果・役割と限界・寿命。


ブレイクスルーとスローダウン(後)(2003年09月16日)

こうした半ば必然的な失速の後何が起こるか。当たり前だが一度崩れる、言い方を変えると前編で述べたような力強く美しいスペシャルな状態を日常的に実現するのが難しくなる。

ここからは「スローダウン」後の話。

話戻してスペシャルというのはつまりトップ、それもトップ中のトップフォームということであるが、そもそもあるチームの強さをトップフォームのみで測るのは長期的には危ういことであろう。むしろオーディナリーなフォーム、あるいは「底力」という言い方があるくらいだからボトムで測った方が見誤る危険は少ないかもしれない。
それは1つは単純で、オーディナリー以下の状態で実戦に臨むケースの方が多いのであるから、その時に一定以上の強さを発揮出来なかったらいくらトップフォームが強くても勝ち点の獲得が間に合わないからである。

チーム状態の「トップ」「オーディナリー」「ボトム」
今に至るも僕の関心は、サッカーの"トップ"や"先端"よりも、"オーディナリー"や"普通"がどのように形成されているのか、そちらの方にあるという傾向はあると思います。
単純にどうなっているのか知りたい、真に理論的な"課題"は"謎"はそっちだというのと("エコロジカル"なんかもまあ一つのそっちサイドの例)、そちらに基準を置いて、チームの行く末や方針の是非を考える方が実効性があるように思えるというのと。

もう1つは理想的な状態というのは本質的に自己中心的なものであり、行った行ったで押し切れればいいがそうならなかった時の状況や相手の変化への対応という点では脆い、もしくは融通が利かない部分があるからだ。そういう意味ではオーディナリー/ボトムな状態の方がより冷静でタフな戦いが出来、結果的に多くの実利を獲得出来る可能性がある。
ただこれは難しい面があって、対応・対策にかまけているだけではいつまでたっても突き抜けられないでしまいに緊張が切れてジリ貧というパターンも多々見られる。(中略)やはりまずは多少自己中心的でも自分のスタイル、ペースを確立して押し切ることを考えるべきであろう。

牽牛星さんとの議論でも話題にした、対策かスタイルか問題。
"スタイル"が「自己中心的」だという問題意識はちゃんとある訳ですけどね。だからこそ"理想的な"状態/スタイルではなく、より日常的一般的な状態の方に軸足を置いてその身軽さを利しての柔軟な対応を身に付けるのが、"勝てる"(タイトルに届く)チームを作る為には必要だと。
ただどちらが優先かと言えば圧倒的に"スタイル"だと"自分たちのサッカー"だと、対策優位では大したチームにはならん、ここらへんの常識(という前提で語っている)ないし比重は、今とは少し違うところ。でも本当に"常識"はこっちだったんですよね、少なくとも日本国内の論調は。"対策"監督では勝てないと、経験的にはかなりの自信を持って言えた。


代表/海外日本人選手/海外サッカー

それはそうとセネガル戦(2003年09月11日)

これは身体能力だけじゃなくて技術的・戦術的に上回る相手とやった時いつも感じることですが、日本はもっと意思のはっきりしたプレーをしなくてはいけない。大きなプレーはもっと大きく、細かいプレーはもっと徹底的に細かく。なんとなく、とかこれでいけるんちゃうかなみたいなプレーの数を減らさなくてはいけない。

同じようなことでさっき「流れの中で展望が立てられない」と言いましたが、ならば流れが始まる前、もっと早く、もっと遠い間合いから展望を描いておけばいいわけです。作業の裾野が大きくなるので、これは自動的に一種の凝縮された圧力の強さとして意思の明確さにも繋がります。走り出したら止まらないぜ 土曜の夜の天使さ というわけで(?)、気がついたら局面の敵のプレッシャーも「今忙しいんだ、どけ」とあっさり弾き飛ばせるかもしれない。
・・・・いや、まじめに意志統一のはっきりしたチームの強さというのは1つにはこれだと思うんですよ。目先の作業をああでもないこうでもないとやっているのと、その先の到達目標へのプロセスとしてサクサクやっているのとでは、見かけは同じプレーでもスピード感とそこから来る迫力が全然違う

もっと大きくはっきりプレーしろ。卑近なプロセスの連なりではなく、遠目の目的に対する手段として、一つ一つのプレーを位置づけろ実行しろ。
今に至るまで言われ続ける、「和式」批判


補足セネガル(2003年09月12日)

キーワードは「個人」「海外進出」「自由」。(中略)
つまり確かに海外、あるいはよりレベルの高いリーグでプレーすることによって日本人選手の能力が伸びることは今までも、これからも、普通にあるでしょう。でも具体的にそこで何をすることによってその選手は伸びているのか。
個人練習?ノン。むしろそういう時間は制限されるので技術的に落ちてしまう危険をヒデなどは感じているという話(イタリアの例)。
ではジーコよろしく向こうの監督は選手に大きな自主性を与えてくれるので、それで個々の判断力が鍛えられて伸びるのか。言うまでもなくノー。事態はその逆。日本でのような特別扱いや理解を奪われて持ち味を発揮出来ずに苦しむというのが日本人選手のまず見せる姿。
ただ”監督との軋轢”みたいなものは1つの側面・構図でしかなくて、要は色々な監督、色々なサッカー、色々な戦術やタスクを経験し適応して行く過程で総合力を上げ、「持ち味」をブラッシュアップして位置付けし直してそれの効果的な発揮の仕方を学んで行くというのが、基本的な「海外進出によって成長する」プロセスであるように思います。
ジーコが日本人選手に植え付けたがっている時々の試合状況への自発的な対応というのもそういったものの中で、あるいはそれを基盤として行われるものであって、選手に自由を与えることはそれに逆行するとまでは言わないけど特に有効な方法として一般に認められているとは思えない。
つまりあえて図式的に言えば、「組織との関連においてこそ個人は成長する」わけ。少なくとももうほとんど絶対能力は伸びる余地がない、フル代表に選ばれるような年代の選手に関しては。

少し長いですが、
1.海外で日本人選手が成長するとしたら、それは海外チーム/監督の組織/規律への適応を通してだ。
2.所謂"自主的な判断力"も、「自由」を通してではなく「規律」との対応の繰り返しによって得られるものであって、ジーコの方法は完全に間違いとは言わないが限定的な効果しか望めないものである。
という主張。
2.に関してはカタール森保ジャパンの例だと、"ジーコ"式が有効だったという形に、今のところはなっている感じですけどね。(笑)
どうなんでしょうね。

・・・以上、まとめて「和式」問題 in 2003


マケレレ自体は要らないかもしれない(2003年09月17日)

ベッカムは要るか要らないかと言われれ(レレ?)ばこれも要らないけど、ベッカム自身は出来ることを精一杯やっていると思う。プレー自体は別に不快じゃない。特にロベカルが上がりっ放しの時はちょうどマンUでのギグスとのに似た互いに活かしあう両翼の関係が出来ていて、結構脅威を与える存在になれる。

ロベカルのギグス化
なるほど。
右のベッカムに左のギグス(ロペカル)。勝手知ったるポジション。(関係)


ヴェルディ&Jリーグ

季節はめぐる?(2003年09月18日)

余談だけど実は本当に有効なメディア&オーディエンス向けのテクニックというのは、一つ一つの巧妙な論破(ああ言えば上佑?)ではなくて積極的に問題を絞りこんだシンプルなメッセージを出して問題構造自体を自分のペースで作り上げてしまうことなのだと思う。オジーとか上手いよねそういうの。レオンも。李さんは意外と下手。人が良過ぎる。

サッカー監督(の会見テクニック)とポピュリズム。(え?)
必要なのは「論破」(議論)ではなく「メッセージ」。
李さんていかにも"ズバッと"言ってるようで実はそうでもないというか、言ったつもりでもズバッと"届"かないというか。人柄のせいなのかテクニックのせいなのか。
そしていざ本当にズバッと言うと(審判についてとか(笑))、リーグから注意の対象になってしまったりする。(笑)
まあ政治家ではないですね、論客ではあっても。評論家というか。


おやおや?(2003年09月21日)

1.セットプレー問題の解決。

いや、別に解決はしてないのかもしれないけど。
ただ僕は気が付かなかったんですが、前の神戸戦で誰もが思っていたラモンのヘナヘナキックに業を煮やしたエムボマがFKを強引に蹴ってしまってひと悶着というシーンがあったそうなんですが、この試合でも自分で獲ったPKをさっさと蹴ろうとするボマに「ちょっと待ったー」しかけたラモンをみんなで取り押さえるというシーンがありました。
別にPKくらい誰が蹴ってもいいとは思うんですが、選手たちが結果を出せていないラモンから自主的に特権を剥奪して、それで結果(PK成功)さえ良ければラモンもそれ以上ごねるでもなく、その後もFKやCKを大人しくアツと分けあって何やらそれはそれで落ちついてる感じがアダルトだなあと。つわもの揃いの大人のチームだなあとそういう印象を受けました。・・・・これかい?これが欲しいのかい?ジーコ。

そんなことが。
まあラモンはいかにも人がいい感じではあったけど、エムボマもエムボマで決して傍若無人なタイプではなかったので、よっぽど腹に据えかねたんでしょうね。(笑)
それでも再度ラモンがプレースキッカー(PKですが)をやろうとしたのは、監督にはそう言われていたということかな?


再び海外サッカーと日本人

ううむ。(2003年09月24日)

題して”登り坂下り坂理論”
なぜ日本人(FW)はゴール前で緊張してしまうのか。それはゴールというものを登り坂の頂点としてイメージしているから。

お馴染み"日本人FWの決定力"論。

つまり”ビルドアップ”というくらいで、途中までは確かにサッカーの攻撃というものは1つ1つ積み上げて登っていくものなんですよ。そして上に行けば行くほど要求される精度は細かくなって(一つ一つのパス、プレーのレンジが狭くなって)、難易度は高くなっていく。そしてゴール前となればそれは究極となって、あ、駄目だオカアチャン、緊張で漏れそう。何か気が遠くなって来た、コメンナサイ・・・・。これがだいたいの日本人選手の姿。

ただそれはそれとして点を取れる選手、チーム、国、状態においては、ゴール前は緊張/圧迫のエリアではなくて、むしろ解放/弛緩のエリアとしてイメージされているように思うんです。
「坂」の話に立ちかえると、ゴールへ向けての登り坂は実はペナルティの手前くらいで終わっていて、そこからゴールまでは逆にそれまで登って来た位置エネルギーを利用して一気に下って行く、むしろやれやれこれで楽が出来るというそういう過程でありうるのではないかというそういう話。

ゴール/シュートを最終"課題""難題"と捉えて縮こまる日本人FWと、課題(登り坂)を終えた後の"解放""爆発"(下り坂の疾走?)と捉えてリラックスする外国人FWという対比。
今僕があえてこの対比/比喩を使うかというと使わない気もしますけど、ただゴール前で必要なのは「集中」や「責任感」よりも「気楽」「呑気」場合によっては「無責任」なのではないかと、ハーランドを筆頭とするトップ選手たちを日々見ている最近でも、感じることではありますね。ゴールはそんな頑張って取るようなものではない、むしろ頑張ると取れない。(笑)
まあ技術的身体的ベースあっての問題ではありますが。


UEFA杯でもいい。逞しく育て。(2003年09月25日)

to バルサ。・・・・ただし優勝するように。

レアルの大風呂敷を楽しみつつ、バルサも"応援"はしていた。

何というか、アイデンティティの不明瞭さというのが今のバルサの特徴、ポイントだと思うのだけど。具体的に言うとドリームチームなのか、ただの強いチームの一つなのか。当分の間どちらの自意識で戦って行くのか。

ちょうど今のチャビのバルサも、割と似たような位置づけ/ジレンマの元にはありますね。
お金も無いし、カリスマ的リーダーもいないし。でも名前はある。
ただ目指すものとしては結局、"スペシャル"チームでしか多分あり得なくて(それでどんなに失敗しても)、この時の僕も基本的に同じ結論。

とりあえずメンバーを見渡してみる。地元スペインからルイス・エンリケ、シャビ、プジョール、第2の地元オランダからはクライフェルト、オフェルマウス、コクー、ファン・ブロンクホルスト、EU外からサビオラ(アルゼンチン)、ロナウジーニョ(ブラジル)、ルストゥ(トルコ)、マルケス(メキシコ)。有名どころ、目玉的選手を並べるとこんな感じ。これにまだ無名だがレギュラー格のビクトール・バルデス(スペイン)、クアレスマ(ポルトガル)などが加わる。
全然悪いメンバーではない。来日の予定があるそうだが、ガイジンなら何でもありがたがる日本の民放のスポーツアナなら「凄いメンバーですね、正に世界選抜!!」と煽ることも不可能ではないだろう。ただ白いチームと比べちゃうと・・・・普通。ね?

懐かしい。ちゃんと見てたんだなあ、俺。
クアレスマとか、へなちょこなんだけどなんか好きだった。
むしろクリロナよりも。(勝てると思ってた訳ではないですけど(笑))


ブログの歴史

取り急ぎガンバ戦(2003年09月27日)

急ぎついでにラテラルの箇条書き手抜きヴァージョンをパクってみたり。

ここが"箇条書き"スタイルのスタートか!
慣れてないのでまだ読み難くて、自分でも読み返すのが苦痛だったので引用はしませんが。(笑)
ラテラルは当時懇意にしていた浦和系ブログ。tkqさんと知り合った(直接対話はまだしていない)のもここを通じて。


なんか9月頑張ってますね。(笑)
"コラム"一杯。
まだhtmlらしいんですけど。


テーマ:Jリーグ
ジャンル:スポーツ
’03.6月&7月のみどりのろうごく (オジー途中就任~1stステージ終了まで)
2023年04月19日 (水) | 編集 |
"週サイクル"から離れる宣言はしたものの、既に溜め込み済の「今"週"の所長さん」用の画像はせっかくだから使いたいので、"書きかけ"シリーズの中で一番手っ取り早く更新頻度を稼げるものと言えばということでとりあえずこれを再開します。まあ需要自体は底々堅いシリーズのようですし。


6月

レアルマドリー

ワッ、決まったか。(2003年06月20日)

ベッカム個人の問題としては面白いんじゃないですかね。興味あります。マンU、プレミアでは要求される脳の機能が限定されている感じがするので、新しく負荷をかけることによってどのように才能が開発されるのか。
ただレアルとしてはどうなんでしょう、一線を越えてしまった感じもするんですが。(中略)去年でぎりぎりのバランスで、しかもそこからそれを支えていたマケレレと調整していたデル・ボスケが流出の方向と聞きますから。

Jの1stステージの中断期間だったらしく、最初はフィーゴ、ジダン、ロナウドに続く、"銀河系"第4の男としてのベッカムのレアル入団の話。
ベッカム獲得と入れ替わりにマケレレを放出してたのか、凄いな(笑)。自殺志願としか思えない。(でも死なないレアル)

ベッカム個人に話を戻すとそれにしてもちょっとステップを飛ばし過ぎという危惧はあります。小さい方から
1.マンUを出る。
2.イングランドを出る。
3.真ん中にポジションを移す。
4.それも天下のレアルといういきなりのトップレベルで。
5.フィーゴとの共存云々を筆頭とする誰にとっても難しい綱渡り的なチームバランスの中でのプレー

・・・・こんな感じで難関が山積し過ぎ。

いや、ほんと、今でも全く同じこと思いますけどね。"ファーガソン組のクロス職人"という固定的役割から、一気に解き放たれ過ぎだろうと。
それと入団当時はどうも、"トップ下"で使うというのが割と強めの前提の話として、聴こえていたようですね。ベッカムトップ下で、フィーゴ右、ジダン左、アンカーグティあたりのダイヤモンド?または4-1-3-2?いずれファイヤーには違いないですけど。
細かい経過は覚えてませんが、最終的に2列目はジダン左フィーゴ右の前年型で落ち着いて、ベッカムはその後ろでドイスボランチの一角として支える/調整する役割を黙々と結構上手にこなすことになって、随分と意外な結末でした。


ヴェルディ

書きたいことは沢山あるんだけど(2003年06月24日)

2.今更だけど富山選抜との練習試合では3-5-2らしいこと。

やはりそこから始めたか。何だかんだそれぞれの監督が実際に使いこなせるフォーメーションというのは割りと幅があるようで無いと思うので、とりあえずはいいんじゃないでしょうかね。ただいかにも中断前までの流れは完全無視、ないしは単に知らないという雰囲気ではありますが。
ロペまん中とかやまたくトップ下とかは・・・・今のところはまあ何とも。

そしてオジーことオズワルド・アルディレス監督就任。開幕時のロリ監督の解任、を承けてのレアンドロ代行体制、を更に承けての。
清水でもマリノスでも3-5-2を基本として(成功して)いただけに、やはりヴェルディでも、という話。3バックの真ん中にヴェルディの歴代ブラジル人CBの中でも一番に近く武骨なロペスを、トップ下にこれも"武骨"さが特徴の山田卓也を配して、驚きを呼んでいた模様。
なお"中断前までの流れ"というのは、4バック3ボランチで守って攻撃はラモン、桜井、エムボマの3人にお任せでそれなりに上手く行っていた、レアンドロ代行方式のこと。


日本代表(オフトジャパン)

おんもしれえ~(2003年06月28日)

P.S.
井原によると堀池のあだ名は「スッポンタクミ」だったんだそうな。イメージないなあ。”エレガント”派じゃなかったっけ。顔だけですか?

'93ドーハ最終予選、初戦サウジアラビア代表戦の振り返り放送を見ての感想記事から。
解説は元"アジアの壁"井原正巳氏。
堀池の"スッポン"はまじで意外過ぎます。そんなプレーあったっけ。本人(堀池巧氏。念の為)もドーハで都並の負傷で勝矢が左に回ったことに対して、"器用な自分が左に回って勝矢はそのまま右の方が良いと思っていた"的なことをおっしゃってたように思いますが。"スッポン勝矢"ならば、イメージ的には。(笑)
関係無いですけどあの時江尻篤彦現当方強化部長も、左の代役候補として代表に呼ばれてましたね。本職はMFで、スピードとセンスはあったけど守備は紙の如くで、それもあって勝矢左という苦し紛れが発動したのでした。
その反省を活かして(?)ヴェルディでは堅実路線を推し進める江尻氏。(笑)


ヴェルディ

ヴェルディは(2003年06月30日)

練習では4バックだそうで。あとやまたく2列目はマジなようで。ふむふむ。

ふむふむ。
いや、特にコメントは無いですけど。チーム立ち上げ途中の臨場感が伝わって来て、なんか楽しいです。(笑)



7月

オジーヴェルディ

やばいなあ(2003年07月02日)

ナビスコ浦和戦。
スタートのフォーメーションは事前情報通り中盤フラット気味の4-4-2。その良し悪しは置くして、こうなると3-5-2で戦ったFマリとのプレシーズンに行かなかったのがちょっと悔やまれる。何がどうしてこうなってるのか、脈絡がさっぱり分からない。

富山選抜の後に、マリノスともプレシーズンをやったらしいですね。
"1stステージの中断期"なので、"プレ"というのは若干違う気がしますが。とにかくそこではまだ3-5-2だったらしい。

さて実際に1試合見た印象としてはヴェルディの歴史の中で言えば李さんのチームに良く似た、バランスと約束事重視の形はきっちりしているけど流動性はあまり無い、勝てなかったり点が入らなかったりするといかにもジリジリしそうな慎重なスタイル。ちょっと意外、かな。清水でもマリノスでも、もっと個々の選手の特徴をそのまま生かしてシンプルでオーソドックスな役割分担でやる人という印象だったから、アルディレスは。全体の形から決めて来るとは思わなかった。よっぽど駄目だったのかな3-5-2が。

これはまた意外な第一印象。オジーの本領とはむしろ真逆の、ポジション重視の堅いサッカーに対して僕がよく言っていたタイプのコメント。その事を意識しながら書いてはいるようですけど。

まあ分からないですけどね。「慎重過ぎる」というハーフタイムコメントからすると、まだ選手たちが約束事をこなすのに精一杯な段階なのかもしれない。基本的にバランスはうまく取れてたと思いますが、それだけってところも。

その次の記事では"過剰反応気味"だったと反省しているので、やはりどちらかというと試運転期の一時的な状態ないしはそれ以前の(李以後の)松木・小見・ロリ・レアンドロ期との対比で、(静態的)秩序感を強めに感じていたということのようですね。


1st再開初戦セレッソ大阪戦 その1(2003年07月07日)

具体的にここまでのヴェルディのやり方を見ると基本形は確かにフラットで、特に守備時は意識して4人がラインを揃えて対応するようにしているように見える。だから一見押しこまれてズルズル下がっているような時でもちゃんとが2枚あって最終ラインが裸になる危険が小さい。なるほどこりゃ便利だわいというのが初めてまじまじと見た素朴な感想。

それなりの秩序感はあった小見・ロリ期でも、そういう"ライン"や"ゾーン"的な感覚はほぼ皆無だったと思うので、それだけにシンプルな約束事でも秩序感が強かったというのはあるでしょうね。

攻撃に関してはおおむね選手に自由にやらせてる感じ。自然フラットからちょっとラインをずらせばボックスになるので、そんなように見えることも多い。フラットラインを活用した派生的な攻撃パターンを煮詰めて行くと言うより、スタートライン(とその背後)はきっちり決めて後は流れで、各々相談して、個人の裁量でという感じ。

別の記事では「守備時フラット攻撃時ダイヤモンド」という専門誌記者の評も紹介していますが、まあ概ねそういう感じでしょうか。


セレッソ戦 その2(2003年07月08日)

目に見えて今までと違うのは「まずプレスから始まる」というのがはっきりしていること。別に組織的に囲いこんだりはしていないが前から順番にきちんきちんとチャレンジしていって、それにあわせて無理なく中盤のラインも作れている。で、そこで落ち着いてからまた攻撃も始められる。
ありきたりと言えばありきたりだが取りあえずチームに一本芯を通すのにはやはり有効な方法で、まあ結局積み上げるより逆算していく方が簡単だと言うことか。ヴェルディの場合は今までが今までだけにカルチャーショックというか心理的覚醒みたいな効果も出ているようで、なかなかいい緊張感である。

そうだったっけか。
"オジーヴェルディ"と"プレス"と言えば、その翌年の天皇杯制覇に繋がったハイプレスサッカーの印象が強烈過ぎて、この時期のそれは全然記憶にありません。"逆算"とまで言ってるので"ハイプレスからのショートカウンター"をイメージしますが、それはさすがにこの時期に関しては言い過ぎで、(逆算性も)嘘ではないんでしょうけどあくまでそれまでとの対比で言っていると、そう考えた方が良さそう。
"囲いこ"まないで"前から順番にきちんきちんとチャレンジ"するプレス。("ゾーン"ではなく)"マンプレス"というやつかな?当時は概念の存在自体知らなかったですが。スペイン系のサッカーでよく使われるという話ですから、アルゼンチン人のオジーならあり得る話?(それとも単に一人一人が真面目に"フォアチェック"をしているだけ?)


日本代表関連

見直したこと3(2003年07月11日)

前に書いたフジテレビ739の「日本代表黄金伝説で」’96年アジアユースの総集編を見た。生年で言えば’77&’78年の世代、つまりワールドユース準優勝の一つ前の年代でこのチームも本大会でベスト8には進んでいるのだが、思いの外凡戦続きでちょっとがっくり。
それはともかくそのスタジオゲストで柳沢が呼ばれていたのだが、これがなかなか良かった。生意気盛りで意気軒昂だったのだろう、あの顔で(笑)結構毒舌と言うか青島アナが無理矢理日本びいき/熱血志向でまとめようまとめようとするのを片っ端から当事者コメントでぶち壊していって気持ちが良かった。
(中略)
まあせいぜいサンプで頑張りや、ヤナギ。

当時サンプドリアに移籍直前の柳沢敦(26)についての話ですが、"生意気盛り"という年齢ではないのでスタジオゲストに呼ばれている"柳沢"は何歳なんだろう。(笑)
'96アジアユースについての回顧番組に出場選手の柳沢が呼ばれて喋って、その更に再放送を僕が見ているという状況。最短'96年だと19歳ですけど、そんな若造スタジオゲストで喋らせるかな。"生意気盛り"ではあるかもしれないですが。(笑)
まあ特に女性関係には派手な部分も多い柳沢氏ですから、必ずしもプレー程優等生ではなくて喋らせると結構毒舌なのかもしれないですね、記憶には無いですが。(笑)


再びオジーヴェルディ

ふう。(2003年07月18日)

J柏戦とナビ磐田戦。今更感想でもないので2試合を通じて見えて来た今後の観戦に向けての僕なりのチェックポイントをまとめてみる。

1.フォーメーションの表記の問題

とにかく劇的なフォーメーションチェンジをチームとしてしているわけじゃないのに、これだけ短期間に様々な表記のされ方をされるのも珍しい。字面としては4-4-2に違いはないのだがその中盤の「4」の中身が各誌各記者微妙に違う。羅列すると(1)完全フラット(2)フラットからコバ一人下がり気味(3)ラモンも下がってスクエア(4-2-2-2)(4)ラモン頂点コバボトムのダイヤモンド。差し当たってこんなところか。

初めての生観戦を経て僕のまとめだけど、(中略)
実際にはコバ一人がはっきり下がり目になっている時間帯が明らかに多いし(MFラインのスイーパー?)、「前半は守備に専念しろ」とラモンが言われていたというセレッソ戦、またお馴染みとなった終盤のハユマ投入時は普通にドイスボランチのスクエアと見た方が自然な気もする。

面白いので諸説を羅列しましたが、特に結論は。
とにかく小林慶行が下がり目だという部分だけは、決まり事のよう。
ちなみにその他は右に山田卓也左に平野孝真ん中にラモンというのが基本メンバー。


続き。(2003年07月19日)

2.守備の仕方

まずプレスから始まるという約束事がはっきりしているように見えるという意味のことを前に書いたが、その後の観察を元に言いかえると「始まりだけはプレスである」というちょっと違ったニュアンスのものになりそうだ。つまり確かに前からは追い込む、でもそこを抜けられた後は全くと言っていいほど仕掛けるディフェンスはせず、中盤の選手たちはボール保持者に一定の距離を保ってジリジリ下がってボール奪取の機会を窺う。ラインは違うがちょうど初期のトルシエフラット3のように。

「始まりだけはプレスである」
なるほど(笑)。やはり"プレッシングサッカー"ではさすがにないと。
逆にじゃあ2004年バージョンはどうだったんですかね、かいくぐられての逆襲に苦しんでいた印象は全然無いんですけど。美化してるのかな。それとももうひと手間加えてたのか。

3.”タメ”の問題

よくプレミアは攻守の切り替えが激しくてスピーディーでダイナミックなリーグであるという。僕にはそれは単に「一本調子で退屈」と映ってしまうのだが、それはともかくそうしたプレミアの特徴の大きな原因として挙げられるのがフラットな中盤の宿命である。
(中略)
現象としてはオジー・ヴェルディにも似たような傾向が見られる。とにかく速い、かつテンポが一定。田沼の濁りの話ではないがある程度は慣れの問題なのだろうとは思うが、攻め合いとなったジュビロ戦などはカップヌードルのCMの原始人の戦争でも見てるようで、個々のテクニカルなレベルの高さにもかかわらず途中で思いっきり飽きてしまった。

"カップヌードルのCMの原始人の戦争"。これのことか。(笑)



正確には"戦争"ではなく"狩り"のようですね。(笑)
とにかくワーワーせわしなく行ったり来たりしているということ。

単純にタメるタイプの選手を中盤から前に配していないというのも大きいだろう。せめてポスト役のエムボマくらいそういうプレーをしても良さそうなものだが、技術的な高さからは意外なようだが事実上そういう引き出しはエムボマは持っていない。

エムボマはポストプレーの名手ではあるけれどほとんどダイレクト専門でタメない。
ラモンも名司令塔ではあるけれどタメない。
どちらもオジー以前からいる選手ですから、オジーはそれに合わせた形ではある筈。
ならばフラットな中盤というそもそもの選択も、それを前提としたものだったのかな?


仙台戦&名古屋戦合評(2003年07月29日)

・桜井は落ち着いたか?
一つには僕の見方が変わったというのもあると思う。つまり前回は”ポストプレーヤー&ゲームメーカー”エムボマを軸に、そのパートナーとしての桜井の適性を疑問視していたわけだが、その一方で僕は桜井がいなかったナビ磐田戦のエムボマについても、タメるプレーの少なさにチーム構成上の物足りなさを表明していた。
実はこの2つの問題を一気に解決する方法があって、それはむしろ桜井をボールの落ち着きどころ、前線の司令塔と考えて、エムボマは専らストライカー、気楽に使われる側の選手として考えるということ。で、実際それほど明確な決まり事があるとは思わないが、だいたいそのような関係で落ち着いているようにも見える。ここんところのエムボマが派手で遊び心満載の、飛び道具性全開の得点を連発しているのもこうしたチーム内の位置付けの問題と無関係ではないのではないか。

世に出した李さんの手を離れてから、どんどんタメる方向で"一人で全部やる"方向に進化/変化して行ったゆえに、オジーの"タメ"ないハイスピードパスサッカーへの適応に苦しんでいた桜井と、"タメない"ポストプレーヤーエムボマの、回り回っての組み合わせの妙。

・ヴェルディは変わったか?
変わったといえば変わったが、変わってないといえば全然変わっていない。
つまり勿論慢性的な機能不全は解消されているが、それは不調時に決まって言挙げされていた「スペース」「フリーラン」「サイド攻撃」等々、まとめて言うと自己否定的教科書的なヨーロッパ化の方向性とは違うということ。持ち味が中央突破であり、柳沢など一部の例外を除いて第1の選択肢が足元であるのは実は何も変わっていないと思うのだ。

では何が変わったのかというとその足元パスの強さ、速さ、狙い目の厳しさである。いやほんと、見ててたまに冷や冷やする、少し手加減してやれよというような容赦無く強く速いパスが足元にボンボン出て、またそれをウチの選手たちは簡単に処理しやがる。

南米/ブラジル/ヴェルディ的なこねくり各駅停車サッカーからは脱したが、それは"ヨーロッパ化"ということではなく、むしろ南米式の進化・改善によるもので、やっているサッカーの構造的には実はそんなに変わっていないという認識。
ちなみに"柳沢"と言っているのは右サイドバックの柳沢ですね。彼だけはスペースへの走り込みに特徴を見せていて、そういう選手を一人置くのも多分狙いで、それもあって前年大活躍した田中隼磨は出番を失ったんでしょうね。

「中間の人」アルディレス(アルゼンチンは南米と欧州の中間であり、またオジー自身はアルゼンチンとイングランドの中間)ならではというと単純化し過ぎかもしれないが、まあとにかく今のところは特に注文をつけることはない。
(中略)
いや、ホントね、こんな裕福でもないチームに色々な行きがかりでこんなに優れた選手が一度に集まるというのはそう滅多にあることだとは思えないから、せいぜいいい夢を見せて欲しいものですよ。勝ちまくっていい軌道に乗せてまたビッグなクラブに、なれないかなあ。

時にせわしないとか、タメが無いことへの戸惑いも口にしつつも、結論的には絶賛。
ほんと夢のサッカーでした。
小林慶行も平野も山卓も(左SBの)アツだって、総合的にはこの時期のプレーが生涯ベストだったように僕は思います。アツや平野というのは東京移転以来繰り返された目的の曖昧な無駄豪華補強のある種"遺産""在庫"的な選手なんですけど(エムボマとラモンもそうと言えばそう)、全部ひっくるめてまるで狙って編成したような"パズル"を一瞬で完成させたオジーのセンスを、今でも僕は愛してやみません。


・・・ビッグクラブ。まだ希望を持ってたんですね。(笑)
ちなみに実際には7月の1か月しかオジーでやってないので、1stステージの順位自体は10位。そんな低かったか。

ここで再び、2ndステージまでの中断期に入ります。


テーマ:Jリーグ
ジャンル:スポーツ
今週のモーニング(’23.4.13) & シリーズ終了のお知らせ(?)
2023年04月15日 (土) | 編集 |
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アニメ2(&一部3)週目は

新作

マッシュル-MASHLE-
江戸前エルフ
おとなりに銀河
事情を知らない転校生がグイグイくる。
デッドマウント・デスプレイ


続編

BIRDIE WING -Golf Girls' Story-
王様ランキング 勇気の宝箱
終末のワルキューレⅡ


追加。
『山田くんとlv999の恋をする』『くまクマ熊ベアーぱーんち!』『魔法使いの嫁 S2』『天国大魔境』『マイホームヒーロー』『神無き世界のカミサマ活動』も全て継続



『8月31日のロングサマー』

いやあ。上手いなこれ。(この人)

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「見たいよそれは」からの「・・・うん あんまり強めに言われると怖いんだけど」の流れ最高
間が良過ぎて例えばアニメ化された時に、ちゃんと再現出来るのか心配なくらい。(笑)
『カノジョも彼女』とか、全然だったから。
"赤羽根くん"もいいなあ。

『ひらばのひと』

主人公、ちゃんと反省してくれました。(笑)
あの先輩が"いい奴"っぽく終わりそうなのは、あんまり気に入りませんが。
むしろどうせなら、思いっ切りいい奴ないし"深謀遠慮"があったようにして欲しい。
"実は"悪い奴じゃないみたいなのは要らない。それだとむしろ"いじめ"の肯定になる。

『テレワァク与太話』

下らないというか、どうでもいい最終回。
飛ばし飛ばして読んでしまいました。
結局リア充が爆発してるだけの話でした。(用法が多分おかしい笑)
強者の戯れというか。



wym230410



菊地姫奈太りましたね。
"大人になった"というよりも、これは・・・(笑)
むしろ更に2,3年後の方が、良くなってるかも。


『サツドウ』

相変わらず真面目なんだか不真面目なんだかよく分からないですけど、ひっくるめて楽しいお得漫画という感じ。
ナチュラルに不真面目で、一方堅固に真面目なのかなあという。
作風でもあり、基本ストーリーでもあり、どちらも悠々。

『カイジ』

ババア普通にうぜえというのと、警官の怖さというか、一人一人決して馬鹿ではないという感じが、妙にリアルでした。
そう簡単に"観察"は逃れられないというか。
福本さん身に覚えが?という。(笑)



・・・という訳で、『イブニング』が無くなったあおりもあって、今週は特に取り上げる作品の少ない週でしたが。
それをいい機会に、という訳でもないんですが。

遡ること2007年からかれこれ気が付くと16年(!)も続けて来たこの『今週の/今月の』シリーズは、一応今回で最後のつもりです。
理由としては、まず僕自身は電子版の「コミックDAYS」を導入して一気に色んな雑誌に目が届くようになったことを楽しんでいましたが、色々観察していると結局(このブログを読んでいる)ほとんどの人は多分変わらず紙版の読者で、読んでるものも変わらなくて、即ち中心は圧倒的にモーニングで、その他は代表的にはアフタヌーンすらも読んでいる人はごく少ないんだろうなという印象。
一方で僕は見ての通り最近はモーニングにすらも好きな作品は年々少なくなって、それに次ぐだろう人気誌のヤンマガ・少年マガジンの週刊勢はもっと酷くて、関心の中心はアフタヌーンを筆頭とする月刊勢の方で。
そのギャップを感じながら、仕方なく"モーニング"を軸に更新を続けて来ましたが、こうしてたまたま出来てしまった「月刊」勢の無い週を目の当たりにすると、何やってるんだろうな感は。

それでも書くのに大した手間のかかるシリーズではないのでだらだら続けてもいいんですけど、それとは別にブログの"週"サイクルの更新自体をやめたいなという気持ちもあって。そちらの方はまあ、純粋に僕が悪いんですけど、年齢的に気力体力が低下し一方で趣味だけは無駄に増えて、いい加減、あまり得意ではない"選択と集中"の必要をさすがに感じるようになって。ブログで言えば書きたいことや書きかけた(笑)ことは結構あるけれど、「一週」のサイクルで考えてしまうと&週後半がこのシリーズで固定されてしまうと、週前半の2日間くらいしか実際に他のことを書くのに使える時間が無くなって(実時間というより頭の切り替えや体のリズムの問題が大きい)。それでも気力体力が充実していればがっと集中してまとまったことを書けなくも無かったんですけど、そこらへんがどうも最近は。
そもそも"ヴェルディの試合"と"モーニング"という2つの軸がありきの"週"サイクルだった訳で、前者は勝手に(笑)書かなくなって、後者も需給のギャップを大きく感じるようになったのでは、続ける/維持する必要が無いよなという。昔は"ブログを書き続けるリズム/習慣"の維持の為に、"モーニング"記事も必要なのだということを言っていたと思いますが、その"リズム"に乗っかりながら別のまとまったことを書くことが、最近は難しくなってしまったというそういう話。
だから今後は特にスケジュール的縛り/規格は設けずに、書きたいことが出来たら/書けたら更新するという、そういうタイプのブログに(徐々にかな?)移行する予定。"モーニング"系記事の方はどうしようかなあ、別に読まなくなる訳ではないので、何らか書きたくはあるんですが。ツイッターで細かく放出する、面白い新連載が出て来たら書く、週が駄目ならにするとか、色々パターンは考えられますがまだ決めてません。
最大の問題は正に"週"サイクルで回していた「所長さん」をどうするかかも知れませんが(笑)、さすがにそれは僕の自己満足と情欲だけの問題でしょうから、勝手に何とかします、考えます。ツイッターの背景画像とかがもう少し自由にいじれると、解決しそうなんですけどね。めっちゃ不自由ですよね、規格を合わせるのがいちいち大変。何とかしてよイーロン。

と、いうつもりですが、どうなるでしょうか。何せ長年の習慣が強力なので、回り回って元に戻る可能性も。
その時は笑ってやって下さい。(笑)


テーマ:漫画の感想
ジャンル:アニメ・コミック
追いかけて来るリベット実験 ~備忘録と予告
2023年04月13日 (木) | 編集 |
何だろうこのエントリーは。
いずれ/来月以降、本腰入れて書く予定のものへの僕の関心の、経過報告的な。
そんなん要るかよという感じですが(笑)、何度も書こうと思って準備だけして忘れてる内に、まるで忘れさせないようにとでも言うように関連する話題が目に入って来るんだよねという、そこらへんを書き留めておきたかった。捨て置くには、微妙に話題が豊富過ぎるというのもあって。

そういう"備忘録"と、最終的にどんなことを書けたらいいなと思っているかについての若干の予告的決意表明


まずは時系列。

1.BBCドキュメンタリー『自由意志 思考を決定するもの』 (2020.4.4初放送) を見る
2.ベンジャミン・リベット『マインド・タイム 脳と意識の時間』 を読む [2020.11月末]
3.アニメ『範馬刃牙』2022.3月MX放送回(11or12話) を見る
 ・「意識は無意識より0.5秒遅れてやってる」(その0.5秒の間は"意識"が無いので無防備理論)
 ・トール・ノーレットランダーシュ(『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』)の紹介
4.トール・ノーレットランダーシュ『ユーザーイリュージョン』(序&第一部) を読む [2022.5月]
5.「受動意識仮説が語る驚異の無意識ネットワーク!!/MUTube」[2022.8.23] の、エンタメーテレ『超ムーの世界R』での紹介を見る
6.前野隆司『脳はなぜ「心」を作ったのか「私」の謎を解く受動意識仮説』 を読む [2022年後半]
7.ノーレットランダーシュ『ユーザーイリュージョン』第二部以降 を読み始める [2023.1月]

・・・BBCで始まったものが、『範馬刃牙』とか『ムーの世界』とか。(笑)
俺の立ち回り先どこにでも出て来るなと。そんなに研究させたいかと。(笑)

以下各々についてざっと。


1.BBCドキュメンタリー『自由意志 思考を決定するもの』 (2020.4.4初放送) を見る

BBCワールドニュース『自由意志 思考を決定するもの』(書き起こし) [2020.4.22]

(リベット実験)
'80年代初めにベンジャミン・リベット氏は、脳の意思決定のメカニズムを理解する為の実験を行いました。
回っている点を好きな時にクリックすればいいのです。その時に私の脳の活動がモニターされています。そしてこの選択をする時に脳の活動が高まります。
それでボタンをクリックすると思ってしまいますけども、実際にはその前に準備電位と呼ばれる段階がありました。1秒早く、クリックをするという決定をしているのです。

20200422182147c87

それが何百回と繰り返されました。その実験には、どんな意味があるんでしょうか。

自由意志というのは、心が体をコントロールしていると思うわけです。つまり心が自分の好きな決定をして、命令を体に送っているとみなされるわけですけども、リベット実験を考えると、この意識した意思というのは、その前の脳の活動によって決まっているということが分かるわけです。心と体の因果関係という考え方に、異議を唱えるんです。

読解&考察(1) [2020.5.1]
読解&考察(2) [2020.6.3]

・・・これが出発点。

"心"(意識)がクリックするという決定をする(決定を意識する)に、"体"(脳)は既にそのクリック/決定のプロセスを始めている。"心"の決定を"体"が実行しているのではない、むしろである。意識は無意識が既に行っていた決定を追認しているだけなのに、自分がその決定を行ったかのように思っている、という実験。
なおここではその"準備"(電位)の始まりを"1秒"前としていますが、リベット自身の実験も含めてこの数値は結構微妙に変動しています。概ね0.5秒前後とされているのが普通で、ここの"1秒"というのはかなり長めの表現で、番組がなぜそれを採用したのかは正直分かりません。
番組自体は、このリベットの実験を冒頭に起きつつ、その後かなり色々な観点から「自由意志は存在するのか」(意識は何かを決定出来るのか)という問題について取り上げています。


2.ベンジャミン・リベット『マインド・タイム 脳と意識の時間』 を読む [2020.11月末]



後でも述べるように、1.のBBCの議論自体は僕が元々持っていた意識/無意識観と大きなずれがあった訳ではなかったんですが、ともかく読んでみようということでリベットの主著を読んでみました。
大雑把に言うと、実験・研究の"詳細"が書かれている本です。そこまで"一般向け"でもなくて、そういう意味での分かり難さ、色々書いてあるけど結局何が要点なのかなと戸惑う時もある本でした。
結論的には大きくまとめると、2つのことが書いてある本かなと。

(1)"意識"と"無意識"の違いは、感覚入力の持続時間の差

意識および無意識の精神機能の最も重要な違いというのは、前者にはアウェアネスがあり、後者にはそれがないというところにあります。
感覚信号のアウェアネスを「生み出す」には脳にはある程度の時間(約○・五秒間)が必要である一方、無意識の機能が現れるにはより少ない時間(一○○ミリ秒前後)でよいことを、私たちはこれまでに発見しています。(p.117)

タイムーオン(持続時間)の必要条件は、どの時点においても意識経験を制限する「フィルター機能」の機能を果たすことができます。一秒間につき何千回も脳に到達する感覚入力のうち、意識的なアウェアネスを生み出すことができるものはほとんどないことは明らかです。(p.134)

BBCの言い方だと、単に無意識(の決定)が先にあって意識が後にあるという話に見えますが、リベットが実際に言っているのは脳に伝わる感覚入力の内、一定時間"持続"したもの(入力され続けたもの)だけが意識/アウェアネスを生み出し、それ以下の持続時間のものは"無意識"にとどまるということ、そしてその為の具体的な必要時間が「0.5秒」(BBCだと「1秒」)だということですね。
つまり0.5秒(1秒)"遅れる"という言い方は、本質的ではない。その0.5秒のおかげで、そもそも意識は存在出来ている訳で。
ちなみに"フィルター"機能とは何かというと、意識の発生が条件付きであるむしろおかげで、"一秒間につき何千回"もの感覚入力の大部分を我々がいちいち意識することなく、"正気"を保って日常生活を送ることが出来るという、そういう話です。

(2)無意識の決定を変更出来る可能性

アウェアネスが生じるために必要な皮質での大幅な遅延という私たちの発見からすれば、アウェアネスが意識的に現れる前に、他の入力によって経験内容が変更されるのに必要な生理的時間は十分にあるということになったのです。(p.83)

提示されたイメージの主観的な内容の変化に影響を与えるには、刺激の後に一定の時間が必要となります。
感覚イメージをただちに意識できるとすると、意識的なイメージを無意識に変容できる機会はなくなります。
意識を伴う感覚アウェアネスが現れるまでの時間間隔の間に、脳のパターンがイメージを検出し、意識経験が現れる前に内容を修正する活動が生じることによって、反応することができるのです。(p.141)

ほぼ同じ内容ですが、分かり難いと思うので、両方引いておきます。
何を言っているかというと、無意識が事態を決定してからそれが意識に昇るまでに0.5秒"も"あるのだから、それを利用してその決定内容を修正したり(別の箇所の表現では)拒絶したりすることは可能だという話。言ってみればこの「隙間」に、"自由意志"なり"良心"なりが存在出来るという主張。
ここらへんが読んでてしばらくの間戸惑っていたところで、BBCの番組では(&一般的な認識では)「"自由意志"という思想の処刑人」として登場していたリベットとその実験ですが、この本の最終的な主張はむしろその擁護・救済に当てられているんですよね。科学者としての真正の主張なのか、ある種の"罪の意識"が言わせているのか、今いちよく分からない感じの読後感でしたが。
これについては、後の箇所で日本人学者前野隆司氏のコメントも紹介します。
ともかくそういう本です。


3.アニメ『範馬刃牙』2022.3月MX放送回(11or12話) を見る

バキアニメ3期の11話だったか12話だったか忘れましたが、"Mr.アンチェイン"ことオリバと対峙したバキは、リベット実験を出発点とした"トール・ノーレットランダーシュ"の理論を引いて、「意識は無意識より0.5秒遅れて発生するのだから、その0.5秒の間に攻撃すれば"意識の無い"相手は防御出来ない」という説に基づいた攻撃をオリバに仕掛けます。(結局それでは勝てなかった訳ですけど)
バキにリベット実験らしき理論(名前は直接は出ていない)が出て来たのにも驚きましたし(笑)、またその解釈の独特さにも驚かされました。あれ?そういう話だったかなあと。(笑)
結論的に言えば、これは間違いだと思うんですけどね、板垣先生の。

以下は原作版(70話)からのその個所の抜粋。(サイト主に感謝)

「人が行動(うご)くとき――――」
「脳が「動け」と命ずる0.5秒前に信号が発せられる」

「つまり――――」
「信号を発してから意識するまでのほんのわずか――――」
「0.5秒間は無意識というワケだ」
「0.5秒間はやりたい放題というワケだ」

ちなみに説明しているのはオリバ。
そしてそれに対するネット民の反論。(「バキの0.5秒云々って勘違いしてるよな」)

1 :このスレは古いので、もうすぐ消えます。:16/03/10(木)12:00:41 ID:393727032

バキの0.5秒云々って勘違いしてるよな
行動した0.5秒後にようやく脳が行為を意識するって事で
行動自体は本人の意思から始まる訳じゃない

3 :名無しさん:16/03/10(木)12:04:10 ID:393727413

反応や行動自体は意識する前にしてる
意識は脳が情報を受け取って作られる後付け

以下結構この問題が"常識"に晒された時に発生する典型的で興味深い議論が展開されていますが、とにかくこれはネット民の方が明らかに正しいと思います。板垣先生のは何ですかね、脳(の命令)=意識としちゃってるということですかね。それで"無意識"の間は、まるで脳が働いてないみたいな理解になっている。

baki70

この引用のコマだと、「行動の決意」(意識)「脳の信号」(無意識)との区別はちゃんとついているように見えるので、何でそういう結論になっちゃったのか。恐らくは後に先生も間違いに気づいたんでしょう(笑)、上のスレによるとこれは"忘れられた設定"になっているようですね。(笑)
とにかくでも、僕がトール・ノーレットランダーシュの名を初めて聞いたのはこのバキアニメなので、そういう意味では感謝感謝。(笑)


4.トール・ノーレットランダーシュ『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』(序&第一部) を読む [2022.5月]



という訳で図書館で借りて読んでみたんですけど、序~第一部の120ページを。
ただどうもピンと来なくて。言っていることはひと通り分かるしそれなりに興味深いんですけど、この問題全体の中の何を話しているのかが、その時点ではどうもよく分からなくて、やや漫然と読んでました。挙句読了しないまま、返却期限で一回返却の憂き目に。(笑)
結論的に言うと、少し"科学的"過ぎるんですよね、第一部は、序で著者も若干危惧していたように。あらかじめある程度の科学史的研究史的知識が無いと、細か過ぎて要するに何の話をしているのかが、ぴんと来ない。
間を置いて第二部以降を読んだ経験から言うと、何なら最初は読まなくていいと思います一般読者は、第一部は。"何の話"をしているのかが二部以降で分かってからだと、一部で言われていたことの意味もなるほどなとなるんですけど。


5.受動意識仮説が語る驚異の無意識ネットワーク!!/MUTube&特集紹介」[2022.8.23] の、エンタメーテレ『超ムーの世界R』での紹介を見る

そんな感じでまた一回離れかけたところで、飛び込んで来たのがこれ。
CSの人気長寿オカルト&陰謀論番組『超ムーの世界R』で、レギュラー出演者で定期的に少し毛色の違うハード(め)サイエンスネタをぷっこんでくる雑誌「ムー」の現編集長三上丈晴氏が、その少し前にYouTubeと本誌で紹介したらしいネタをここでも、余程気に入ってるんでしょう、転用の割には高いテンションで(笑)語っていました。
内容的には上のリンクページ内のYouTube(25分)とほぼ同じだった気がするので確認したい人はそちらを見て頂きたいですが、リベット実験を導入に使いつつ、その系統の一連の研究を「受動意識仮説」としてまとめた日本の脳生理学者前野隆司氏の研究・主張を、専ら紹介した内容。「0.5秒」の中身を意識発生そのものにかかる時間(0.35秒)と発生後の実際の行為の為の筋肉反応にかかる時間(0.2秒)に分割してあるのが、新味と言えば新味でしょうか。(余談ですが、後者の"0.2秒"の方に着目すれば、"3"の板垣的解釈も何とか修正して成立しないことも無いかもなとぼんやり(笑))
とにかく"また出て来たよ"という再会の喜び(?)と、日本人研究者の存在を知った回でした。(#いくつの回だったかは忘れちゃったんですけど、youtubeの方があるからいいかと)


6.前野隆司『脳はなぜ「心」を作ったのか「私」の謎を解く受動意識仮説』 を読む [2022年後半]



慶応の、何学者なんだろう、Wikiも紹介に困っているようですがとにかく脳/意識問題の専門家ではあるらしい人の初著書。(2004年)
ちなみに多分名前は全くの初見ではなくて、去年末に書いた『メモ : "マインドフルネス" (とワーキングメモリー)』参考記事の一つの中でもちらっと名前が出ているんですよね。そっちが先だったかなあどうだったかなあという、割とぎりぎりのタイミング。とにかくそういう意味でも、僕の関心の周辺にいる人ではあるんだろうなとは。
内容はリベットに始まる意識の非主体性、前野氏はそれを「受動」性と言いますが、とにかく'80年代に始まるそうしたタイプの研究の2004年段階でのまとめと独自解釈。特にその非主体的・受動的な"意識"が、逆にではなぜ存在しているのかどのように生まれたのか。("脳はなぜ「心」を作ったのか")
その具体的内容については、今回はちょっと割愛させて下さい。それなりに納得した部分もありますが、ノーレットランダーシュの方をちゃんと読んでから、コメントしたい感じ。全体として、"科学者"として自分の専門性の範囲で語っている部分は面白かったし同意できる部分も多かったんですが、それを離れて言わば"哲学者"や"思想家"として、専門外の思考を展開している部分には、正直あんまり感心しなかったんですよね。普通のおじさんだなあというか。良くも悪くも科学者でしかないというか。(なので僕自身が代わりに"位置づけ"をちゃんと出来ないと、賛否が言いづらい)

取りあえず今回は、それ以外の部分でたまたまメモってある面白かった部分を引用しておきます。

p.88

ただ、私と意見が違うのは、リベットとノーレットランダーシュは、「意識」が最終的な拒否権を持つと考える点だ。さまざまな錯覚でだまされている意識も、最後に行動を起こすことを「やめる!」と決める権利だけは持っていて、それこそが「意識」の主体的な役割であり行いうるタスクなのだという。一方、私は、あとで述べるように、「意識」には拒否権すらないのだと考えている。

リベットの所で書いた、意識の"裁量権"の話。最終的に前野氏に賛成するかは別にして、僕が読んでいて感じた戸惑いをちゃんと問題にしてくれている人がいて、ともかく安心しました(笑)。リベットはこのことを他の主要な研究・主張と、割と淡々と並列的に、さも当然のことのように書いているので、あれ?戸惑ってる俺がおかしいのかなリベット実験の自然延長で理解すべきことなのかなと、結構困ってたので。
その件についてノーレットランダーシュがリベットと同意見だというのは、僕がこれまで読んだ範囲ではちょっと分からなかったですね。いずれ報告します。

p.108-109

川人は、『脳の計算理論』の最終章で(中略)「意識とは無意識下で生じている非常に膨大かつ並列に行われている計算を、非常に単純化されたうその並列演算(脳の他の部位のモデル)で近似すること」ではないか、と述べている。まさにその通りだと私は思う。

面白い。が、明らかにこんな通り魔的に紹介する内容ではない。(笑)
所詮(無意識下の"真の思考"の)近似なので、「論理」だろうが「アナロジー」(類比)だろうが大差無いというか、論理自体が既にアナロジーであるというか。全ての思考はアナロジーであると、確かユングが言ってましたがどういう意味だったかなあれは。
リベットの"持続時間"論からすれば、ある種"たまたま"0.5秒以上入力され(て意識上に浮上し)た刺激と刺激の間を飛び石的に結んで作られた雑なマップ、それが意識だということになりますか。(どれくらい"たまたま"なのかが多分次に問題になると思いますが)

・・・"川人"というのは脳科学者の川人光男氏。



8300円もするのか。
ちょっと考えさせて欲しい。(笑)
とりあえず市内の図書館には無いらしい。国会図書館でも行くか。


7.トール・ノーレットランダーシュ『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』第二部以降 を読み始める [2023.1月]

前野氏の本を読んで、納得"いかない"部分も含めて改めて思考が刺激されたので、やはり読んでおかないといけないだろなと、再び図書館でゲット。
今回は前回の続きの第二部から読み始めましたが・・・。やばい。面白いこれ。めっちゃストライクゾーンやんけ。
これは明らかに返却期限を気にしながらまいて読むような本ではないなと、結局買ってしまって借りた方はさっさと図書館に返しました。
ストライク"ゾーン"だというのは、まずは"研究史"的記述・視野の豊かな僕好みの本だというのと、もう一つはそのことにも大きく起因しますが、様々に引かれる登場する科学者たちの研究や発言を見ている内に、"リベット"的なものの「直観」化が可能なのではないかそしてそれは正に自分の求めるものなのではないか、そういうことに思い至ったということ。

どういうことかというと。
各分野で日々新理論や新思想が社会に送り出されて来て、それらは多かれ少なかれそれぞれに実証性や論理性を備えていたりする訳ですけど、ならばそれでもって社会が/一般の人々がそれらを積極的に受け入れるかというとそんなことはなくて、やはり新しいものを受け入れるにはそれなりの動機や受け入れても大丈夫だという安心感(慣れも含む)が必要な訳です。"受け入れた後の世界"についての、ヴィジョンというか。
近々&僕の周辺で言えば、例えばサッカーにおける"エコロジカル・アプローチ"。いかに属人性を減らすか普遍性再現性を高めるかに腐心していたと言っていい欧州を中心とするサッカー界の長らくの潮流に対して、ある種属人性そのものの、その組み合わせによる見方によっては"その場限り"のチーム作りの方法論/方向性が、ローカルならともかく"最高峰"の"最先端"のレベルにまで至る有効性の問題として、次の"潮流"として提案されたことに対して、事例も含めて一応の有効性は認めつつも、多くのサッカー愛好者は戸惑いを見せたと思います。言いたいことは分かる(論理的にも実証的にも)、ただそれがサッカー界の"主流"になっている未来が世界が、どうにもイメージ出来ない。"受け入れた後の世界"が。僕自身も戸惑いを覚えて、手掛かりや具体的な運用の"風景"を探ってみたりした(『"エコロジカル"メモ』)訳ですが。
あるいは最近何かと話題の性的多様性・少数者の問題なんかも、原理的にどうというよりもそのいささか極端にも見える多様性の先にどんな社会があるのかどんな日常が待っているのか、そのことに対する不安は、これは基本(受け入れ)賛成の立場の人にだってあって、少なからず大きな阻害要因になる/なっているだろうと思います。

・・・なんか妙に"例示"に力が入って話があらぬ方向に行きそうになりますが、言いたいのはだから、繰り返しになりますがある理論や思想の受容は最終的にはそれを受け入れた後の"世界"や"生活"の想像可能性、直観化の可否にかかっているというところがあって、増して"意識"や"自由意志"が幻想である世界なんて「不安」そのものな訳で(笑)、そこらへんの問題が実際どう処理されているかを、それを提唱している様々な論者の姿や言葉を通して結構いい感じに描写出来そうなイメージが『ユーザーイリュージョン』の第二部以降を読んでいる内に湧いて来たので、それをやってみたいと、そういうことです。他ならぬ僕自身の不安や疑問も、片付けながら。(基本的には受け入れている人ですが)
来月以降にね(笑)。まだ最後まで読めてもいないので。買っちゃっていつでも読めるとなると、つい後回しになっちゃって。"期限"の近いもの(ありていに言えばほぼ海外ドラマのサブスク)から、優先的に時間を使ってしまって。

その前に出来ればもう一つ、ある種の理論的「補助線」的な内容についての記事を、書けたら書きたいと思っていますが。これは最短来週。(笑)


今週のモーニング(’23.4.6) & 今月のgood!アフタヌーン(’23.4月) 他
2023年04月07日 (金) | 編集 |
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アニメ1週目。

面白かったのは
山田くんとlv999の恋をする
引き続き面白そうなのは
くまクマ熊ベアーぱーんち!
魔法使いの嫁 S2
分からないけど有名作なので一応見てみるのは
天国大魔境
マイホームヒーロー
ひょっとしたら面白いかもしれないのは
神無き世界のカミサマ活動


『社外取締役 島耕作』

おばちゃんとことん丸め込むのかと思ったらあっさり切った剣持。大丈夫か?(笑)
そしていち銀行員だった割に最初から権謀術数レベルが高過ぎる気も。

『昭和のグラゼニ』

ジョンソン懐かしい。
ただただ駄目外人だった記憶しかないですが。
僕がある程度意図的に見始めたのは、長嶋2年目からだったかな。どのみち親父がテレビはつけてるので、曖昧ですけど。

『8月31日のロングサマー』

「森進一かよ」にクスッ&キュン。
その後割とずっとキュン
やるなあ

『テレワァク与太話』

え、もう終わるの?
多分予定通りですよね、打ち切りとかではなくて。
じゃあほんとに焦らして遊ぶだけの話だったのか。
与太話過ぎるやろ。(笑)

『ひらばのひと』

潰すって、"邪魔する"という意味なのか。(主人公)
"芸で勝つ"とかではなくて。
ううむ。



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『サツドウ』

青田にはいきなり実地技を教えてるのか。何か考えがあってなのか特に育成に理念は無いのか。
このまま勝っちゃう、のかなあ、どうかなあ。
とにかく面白いです。最近結構楽しみです。気楽に読めるし。(笑)

『カイジ』

ババア編早く終わって欲しい。ただただ不快



『ドラハチ』

こちらもとても楽しみ。ぎすぎすしてて、"気楽"には読めないですけど。(笑)
ただ主人公に"応援"の必要が無さそうなので、そういう意味では"気楽"。(笑)
なるほど、"開幕投手"と組むことによって、"開幕捕手"を取るのか。
そんなに「投手と捕手の相性」って、大事なんだ。
主人公の挨拶の声だけは元気なのは、計算なのか普通に元気なのか。
そして"思わず啖呵を切る"衝動的な部分は、後でどうストーリーを左右するのか。



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『恋をしたのに世界は滅びる気配もない』

新連載。
流行りなのか?"図書館"もの。
とりあえずなかなかいいと思います。
本探しのディテールも面白かった。
ただ「官能小説」の部分はただの意外性、せいぜい"隠し味"で済ませて欲しくて、あんまりそっちには行って欲しくない。

『TACHIDEN 立川電機工業(株)男子ソフトボール部』

ソフトボール女子可愛い。男子も可愛い。
妙に幸せな回でした。(笑)

『おとなりに銀河』

なんかそれまでの話の"続き"を無理やり描いている感じで、そもそもこの作品を描こうと思った"衝動"は遥か彼方というか、つまりは描きたくて描いている感じが無いんですよね。
やはりアニメ化が仇になっているのではないかと思うんですが。
哀しい。



『将棋の渡辺くん』

突然の"作者"登場に笑いました。(笑)
おお、休め休め。
でも月刊で休みとなると"1か月"の休みなので、そう言われると休み過ぎな気も。(笑)
結果的に休載になることはあっても、さあこれから1か月の休みですよというのは。小学生の夏休みか。(笑)


テーマ:漫画の感想
ジャンル:アニメ・コミック
今週のモーニング(’23.3.30) & 今月のBELOVE(’23.4月) 他
2023年04月01日 (土) | 編集 |
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『8月31日のロングサマー』

新連載。
ええ?甘酸っぱい青春もの?と引きかけましたが、なかなか趣向は凝ってるようで。
・・・いや、"エンドレス・サマー"自体もお馴染みのものではあるんですが、その使い方というか使う感覚が、抜けが良くてなかなか期待を抱かせます。"ときめき"要素も別に要らないっちゃ要らないんですけど(笑)、入れ方は上手。

『昭和のグラゼニ』

やっと出た荒川批判。
そう、"王貞治しか成功してない人"というのが、むしろ一般的な認識かと。
逆にこんな褒めてる/評価しているのを初めて見て、逆に新鮮でした。

『平和の国の島崎へ』

そろそろまとまった過去編が欲しい感じ。
"情報"未満の断片的なほのめかしも、限界では?
もしかして最後まで引っ張る趣向?



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『1日外出録ハンチョウ』

ぶっちゃけこの人の"うんちく""こだわり"(今回ならバスケ)って、ほとんどは急ごしらえの学習性のものに見えて、本当に好きなのはどれなんだろうなというところはあります。
それで毎回そこそこ"成立"させるのは、大したものだとは思いますけど。
"喫茶店"とかは、本物ぽかったですかね。余りにどうでもいいので逆に。(笑)

『サツドウ』

赤森だけならいつでも殺せる?マジか。
それが本当か勘違いかによって、だいぶ世界観は変わる気がしますが。
ちなみにそれを言っていた女諜報員が、青田の妹の変わり果てた姿なのかと実は思ってたんですが、青田とは初対面のようなので違いましたね。(笑)
輪姦されて、"復讐の鬼"として立ち直ったのかと。それで暴力稼業に。



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『ハコニワノイエ』

ヒロインの"知識"以外での対応出来なさは相変わらずというか多分ずっとこのままなんだろうと思いますが、トラブル頻出の中、逆にその変わらなさが救いに感じて来ました。(笑)
頑張れ人間AI(笑)。めげずに一つ一つ検証だ学習だ。

『たちつて東大』

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なんか笑った。
娘と友達感覚というか、まだまだ「個人」の感覚が抜けない、若い母親ならではの感受性/物言いというか。
実際どういう気持ちでいるんでしょうね、世の母親たちは。"ヤンママ"とかはまた別にして。いつから"大人"になるのか。
で、結局、"興味"についての娘の需要の洞察は合ってたのか合ってなかったのか。(笑)
単純によその母親と比較しての、感想を言ってたようにも見えたんですが。

『サレ妻シタ夫の恋人たち』

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いいですね、「傾聴」の姿勢。
ここでこういうワードが出て来るということは、作者が決してこの作品のヒロインのように視野狭窄の猪突猛進タイプではないことを証明している気がしますが。(まあ当たり前ですが(笑))
ひと通り全部分かった上で、あえてああいう人物像を描いている。だからこその"怖さ"
その後の「答えは既に相談者の中にあるから被相談者は感情に寄り添えば良い」というのも立派な模範解答ではある筈ですが、それで収まらないのがこのヒロインの凄さ面白さ(笑)。対応自体が間違いだという描写ではないと思います。相手がその更に上を行っただけで。
それで結局尾行を手伝うことにしたのも、面白い選択ですね。どうせ止まらないから止めても無駄とはいえ。
やっぱどんどん面白いなこれ。


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