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’23.10月期の地上波アニメ [追加分]
2023年12月27日 (水) | 編集 |
前回(11/9)ひと通り挙げてから、更に無視できない作品が二つ出て来てしまったので、今期の最後に追加分とついでにその他目立った作品についてのコメントを。


薬屋のひとりごと (Wiki)

原作 - 日向夏
監督・シリーズ構成 - 長沼範裕
副監督 - 筆坂明規
音響監督 - はたしょう二


10/21とやや遅めに始まったせいでしょうか、"1話を見て切った"、のではなく、そもそも見ていなかった作品。
番組欄で名前を見た記憶はかすかにあるので、似たようなコンセプト("薬屋""薬師"や"後宮"それぞれ)のファンタジー系作品と、混同していた可能性も。(笑)
これも架空の中国風宮廷を舞台にしているという意味ではファンタジーですが、魔法も転生も出て来ない、内容的にはリアルな"歴史"ものの方に近いですね。
原作は小説。「小説家になろう」出身の所謂"なろう系"ではある訳ですが、そういうタイプの人というよりもたまたまそこを窓口にしたというか、たまたまそういうものがある時代に生まれただけの、無印の"小説"家という感じですがこの作品を見る限りでは。(これがデビュー作で、しかしその後も10年間活躍し続けている他の作品は知らないので自信は無いですが)
監督・構成を兼ねている長沼さんは・・・おお、『魔法使いの嫁』(1st)の人じゃないか。どうりで。レベルが違う。この前も「むしろこの時代の日本の"ドラマ"の代表作」とその内容の本格感を絶賛していた"嫁"ですが。共通する何か"地に足の着いた"感というか、無駄にぎゃあぎゃあ騒がず、ひたひたと地力と内実で迫って来る感のある作風ですよね。監督の作風なのか、作品"選択"の時点での違いなのか、まあ両方ではあるんでしょうが。・・・改めて調べてみると両作音響監督も同じ人(はたしょう二)なので、その影響もありそうというか、そもそもそういう作品としての大きな意図でもって人材を集めて、作られていそう。なお"脚本"家としては他に『鬼灯の冷徹』しかクレジットが無いので、基本的には"演出"家の人のよう。>長沼氏
副監督はまだ監督歴は無い人で、副監督としては他に『徒然チルドレン』。

さて作品。

12月初頭、存在に気付いて慌ててWOWOWオンデマンドで一気見キャッチアップ後の第一声。
ご存知のように僕は中国ドラマのヘヴィユーザー(参考)で、そちらの所謂後宮もの宮廷ものも飽きる程(本当に飽きる程ある(笑))見ている訳ですが、それを踏まえてこの作品の印象をまとめると、

「後宮ものを筆頭とする中国歴史フィクションをよく知っている人が、そこに日本の女性漫画の感性とラノベ世代のタイム感と効率主義を持ち込んで作った作品」

というもの。
"薬学"(科学・化学)を大きく軸にするのは近年の日本のラノベやアニメの一つの流行りでもありますが、実は中国史劇の方でも女医や女性検視官などが大人気だったりしますし、後宮の女どうしのの哀切(しばしば陰湿)な"ドラマ"含めて、直接的な内容的に驚くようなもの新鮮なものは、実はほぼ無かったりします。作者もそこらへんは、むしろ"パターン"と割り切って書いている部分が大きいのではないかなと。
そしてその"割り切った"後の描き方というか向ける視線や距離感が、いかにも日本人(つまり"女性漫画"や"なろう系ラノベ"を教養として持つ)的でそこが面白いし同じく日本人である(笑)僕のツボにも入り易い。特に主人公猫猫の、一応境遇から来たものでもある極端に醒めたというか現実や運命に対して淡々とした感じ、自嘲的なユーモアや世界に期待しないゆえに曇りなく研ぎ澄まされている知性などは、日本の現代の女性漫画の登場人物の多く(及び背後の作者)に感じられるもので、中国フィクションでは余り発達していない独自の感覚だと思います。・・・中国人はとにかく主張すること喧嘩することが大好きですしね。(笑)
と同時にその主人公の問題解決能力ゆえではあるんですが、後宮の陰湿な人間関係からの基本的には陰惨な展開が、上のツイート(ポスト)にもあるように毎度意外なスピード感でコンパクトに立ち上がっては収束する感じは、やはりラノベ的とは言えるのではないかなと。構造の提示も簡潔ですし。だるいことに耐えられない世代というか(笑)。正直いくら何でも簡単過ぎるように感じる時もありますけどね。確かに中国(&韓国)もののしつこさにはうんざりしている僕ではありますが、さすがにもう少し粘らないとドラマとしての重みが足りな目かなと。もう少しだけ中国に寄せて?というか。(笑)
最終的にはだから、その"簡潔"の方の快楽が、メインな作品かも知れません僕にとっては、ドラマの感情的な"重み"や"味わい"というよりも。的確堅実には展開されている後宮(陰惨)ドラマの、しかしその本来の重みを切り裂く猫猫の批評力の快楽というか。
・・・ちなみに実は中国の方でも、"簡単"化の試みは現代のこのジャンルでも随所で展開されてはいるんですよね。どちらかというとシンプルな"善良"化"淡白"化という方向で、この作品のような"鋭い"タイプのものではありませんが。(日本でそれを可能にしているのが、だから(中国には無い)漫画の存在かなということですが)


地球外少年少女 (Wiki)

原作・監督・脚本 - 磯光雄
音響監督 - 清水洋史


こちらは記事を書いた11/9の後にNHKで始まったので、不可抗力的なスルー作品。(笑)
2007年の伝説的なオリジナルSFテレビアニメ『電脳コイル』の同じく原作・監督・脚本者の磯光雄氏による、その間色々あったんでしょうけどとにかく15年ぶりの新作。『電脳コイル』はMHK教育での30分×全26話でしたが、こちらはNetflixでの全6話とだいぶコンパクトになっています。
前作は一応近未来(2020年代)設定ながらむしろノスタルジック寄りの昭和的風景違和感無く(インパクトはある(笑))重ねられる、当時まだその言葉も知られていなかった拡張現実(AR)の表現に仰天魅惑され、また主要登場人物である小学生の男女たちが、しかし子供なりにリアルにシリアスに展開するドラマの説得力にも大いに唸らされた、日本の(テレビ)アニメの歴史の中でも異様とも言える程突出した作品でした。
比べて今作はどうかというと。
まず「AIやインターネットが普及した2045年の宇宙空間」(Wiki)が舞台ということで、AR表現は当然より多彩になり、その機知やしゃれっ気にはははと笑わされる場面なども無くは無かったですが、正直あんまりインパクトは感じませんでした。その理由は多分簡単で、舞台が2045年の宇宙ステーションの、当然の如く最初からデジタルテクノロジーが全面化した世界ということで、前作の"昭和の日常性"との間にあったような「コントラスト」の面白みが存在しないということ。それはたまたまの部分もあるでしょうが、単に"テクノロジー"やあるいは(いちから全て作り上げる)"VR/仮想現実"ではなく、"拡張"現実を表現する妙味としては、案外本質的なものなのではないかなとも。ギャップこそが味というか。だから問題は表現されるテクノロジーや表現するアニメの技術の(15年間の進歩の)絶対レベルではない訳ですよね。要は技術が進んだんだねという以上の感想が無かったという。
ここらへん、逆に『電脳コイル』での"ギャップ"がどこまで意図的なものなのか、一方の主題でもあったように見える都市伝説的な和風の異空間/異次元性を描くこととの、副次的な複合効果だったのかなという疑問も多少抱きました。何も無ければもっとストレートに"SF""未来"の人なのかなという。この作品のように。
そしてもう一つの"ドラマ"としての部分なんですが・・・。うーん、どうなんでしょう。正直普通というか、平凡に感じました。子供がわちゃわちゃしてるだけというか。(例えば)前作のような"児童文学"的な暗い魅力のような、こちらがちょっと緊張して真剣に見たくなるようなものは。特に"インフルエンサー"(ユーチューバー?)の女の子のキャラがただただ鬱陶しい&類型的に感じて("厨二病"とうやもちょっと)、見るのやめようかなと何回か思いました。6話しかないんで見ましたけど、"26話"だったら怪しかった。
あくまでちなみにですが、音響監督は違いますね。今作が清水洋史氏で、前作は百瀬慶一氏。
作品歴としては、前者は『ユーリ!!! on ICE』『啄木鳥探偵處』『すばらしきこのせかい』が僕が見た筈の作品ですが、『ユーリ!!! on ICE』しか記憶には無い。
後者は音楽プロデューサー出身という変わった経歴ですが、こちらは・・・駄目だ(笑)『電脳コイル』しか知らないというか、地上波以外(WOWOWやNHKBS等)でよく仕事をしている人のようですね。映画だと『スチームボーイ』とかも。(見てないけど)
まあ音響監督の作品歴を見てもほとんど何も分からないというのは学習済みなんですけど(笑)、一方でこの前見た進撃最終話のアテレコのドキュメンタリー番組では、音響監督が声優に付けている注文がその声優の直前の演技を見ながら正に僕が感じていたことばかりだったりしたので、やはり何らか音響監督のセンスと結果出来上がる"芝居"の好みとは関係ある(ことが少なくない)筈なんだよなあと、また未練が(笑)。何が欠けてて相関関係が見いだせないんだろう。ぶつぶつ。
とにかく二作の芝居を付けた人は違うと、その事実だけ念の為メモっておきます。
内容・ストーリーの方の話をすると。
"AIの知能リミッター"という話は面白かったですね。
理論的には僕は知りませんが、今後AIを益々人間社会に取り込んで行く上で、現実的に出て来る可能性なのかも知れません。
その"リミッター"が外れて行くにつれての知能上昇の描写も、"6話"にしては頑張っていたような気はします。別に書いている人が限界AI並みの知能の持ち主ではない訳で(笑)、なかなか端的には難しいだろうと思いますが。どちらかというと人間が既に行った哲学的思索などを参考に、"高知能"がしそうな思考を設置してみたという、そういう印象でしたが。
"宇宙人"(とうやたち)から見た"地球人"というテーマは、まあ伝統的というか、それこそガンダムの時代あたりから繰り返し出て来るモチーフですね。地球を食い潰す前に(ゆりかごから)離れろという。その問題意識に対する非常手段としての、地球人類強制削減計画というのも、これもまあ割とある発想。人類の何が悪いとか社会制度がどうとかひと通り考えてみた後に、結局"規模"の問題なのではないのか多過ぎるのが根本の問題なのではないかというのは、少なからぬ人が到達する結論なのではないでしょうか。環境破壊が悪いのではなくて(それはむしろ"生きる"ことそのものなので)、環境破壊をし過ぎる、そのスケールが"大き過ぎる"のが問題なのだ、だからスケールを縮小すればいいし、むしろそれしかないと。それが出来ないからああでもないこうでもないと今もやってる訳ですけど、それでどうにかなるの?という疑問は、過激派ならずとも一度は考えない方がむしろ迂闊に過ぎると思います。(作品内的にも結局予想外の形でですが、人口削減自体は実現してますよね。それだけ磯さんがこの考えを間違ってないと考えているということだと思いますが)
で、それを"限界AI"の結論として出させたのが、この作品の新味と言えば新味なのかな?新たな"説得力"源というか。(もしその結論が本当に出たら。これから出るかも知れないですけど)
"AI"絡みで言えば、「"人"という単位でしか考えていなかった(新)セブンが、"人"という単位も思考の範囲に取り入れるようになった」という流れは色々と示唆的というか面白くなりそうな感じはしましたが、残念ながら余りそこら辺を追求する暇は無かったようで。

まあやはり6話しかないのでね、僕の言う"ドラマ"としての物足りなさも、じっくり描写する余裕が『コイル』のようには無かったという理由も、あるかとは思いますが。
そこら辺の判断は次作への持ち越し課題・・・ではあるんですが果たして"次作"はあるのかあるとしていつなのか。15年はちょっと空き過ぎ(笑)ですね。5年後なら評価も変わったかもしれないし内容自体もまた違うものになったろうと思いますし。Netflixの助けが無いと作れなかった・・・という可能性も、実際ありそうだから怖いですけど。



その他。

既に紹介したものの中では、『ラグナクリムゾン』(の作者の才能)にはかなり痺れてるんですが、まだ続くようなのでそれは終わった時に。
『16bitセンセーション ANOTHER LAYER』も、萌えアニメみたいな見てくれで(笑)、テーマ的にも展開的にも、予想外にハードで面白かったですね。
『MFゴースト』"見るドラッグ"(笑)ぶり。単純な楽しさで言えば一番は実はこれかなという。遊園地の乗り物みたいなアニメ(笑)というか。VRともまた違う、(2D中心の)"アニメーション"の快楽

そして意外なお気に入りが、『攻略うぉんてっど! ~異世界救います!?』
「純中国人作品なのに日本人が作ったようにしか見えない」と驚きを語ってましたが、最後まで見てもそうというか、それ以上というか。
"日本の二次元文化大好き"、"それの体得者"の部分は、最終回の壮大"スーパーマリオ風ゲーム"攻略シークエンスを見れば、誰もが納得でしょう。特にゲーム好きじゃない僕でも、なんか泣きそうになりました(笑)。愛してくれてありがとうというか。出来れば仲良くしたいよねという。
そして全体としては、一見そういう"二次元"表現物のパターンの寄せ集め&優秀な再編集的作品に見せかけて、実際にはそれらを押しのけて出て来る/それらの向こうに更に存在する作者"個人"のイマジネーションの強力さ堅固さが、強く感じられる作品でもありました。作者が自分で自分をどう考えているかは国籍の違いもあってよく分かりませんが、あくまで「作家」だと思いますこの人は。パロディストでもアレンジャーでもない。オリジネーター体質というか。そういう意味でも、次作に更に期待。
・・・"引用・再編集"タイプの作品というなら、むしろ『薬屋のひとりごと』の方がそうだと思いますね。実際そういう構造ですが、すんなりそう。それ以上の野心は、作者も持っていなさそうというか。そこに自分のセンスがまぶせれば、それで満足そう。


以上、結果かなり充実していた感じの、2023年10月期の地上波アニメでした。


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