2008年06月20日 (金) | 編集 |
![]() | 電脳コイル (1) 通常版 (2007/09/25) 折笠富美子.桑島法子.矢島晶子 商品詳細を見る |
先週教育テレビでの再放送を見終わった、”神”アニメの感想。
あれやこれや張り切って書こうと思ってたんですが、文化庁芸術祭アニメ部門での選評(優秀賞受賞)がとても行き届いているので、ちょっとシュン(笑)。俺の出る幕がねえ。
ディティールが理解できなくても、子どもたちの暮らす世界の緊張、対立、欲望は理解できる。よくできたジュブナイルであることが、本作を“観やすい作品”にしている。
よくよく考えれば、スタッフのアプローチはまさにその部分にあったのだろう。本作は「いつかの未来」を言っているのではなく、我々の暮らす「現在世界の孤独や絆」を描いている。この種の物語を構想していたのは、本作のスタッフだけではあるまい。「やられた」と思った同業者は多いだろう。
以下ある意味この選評と照らし合わせるような感じで、気付いたポイントを挙げてみます。
『コイル』の電脳世界
作品タイトルにもあるように、この作品の基本モチーフ/背景は「電脳」、または「電脳」が当たり前にある世界です。
Wikiによると「『電脳メガネ』と呼ばれる眼鏡型のコンピュータが全世界に普及して11年」たった「202X年」ということですが、そうだったかなという感じで(笑)、所謂”近未来”感や”時代”感は希薄。むしろそれ以外は今より少し古め、まだ高度経済成長期か?という感じの風景。
「電脳」と言えば最も一般日本人(視聴者)的に馴染みがあるのは士郎正宗原作のアニメ『攻殻機動隊』の世界でしょうが、この作品で「電脳」そのものに特に説明がなされずにサクサク具体的な内容に進められて行くのも、「あれだよ?分かってるよね?」と何となくそこらへんは、視聴者との身内意識を前提にしている感じも。
さて『攻殻』においては簡単に言えば、個々人が脳の一部を外科的に電脳化して常時ネットワークに接続していることによって実現していた電脳世界/社会ですが、この作品では上にあるような”メガネ”型コンピータをかけることによって、個人は電脳の世界に入ります。
感じとしては今のケータイに近くて、人によっては頑として使わず、また子供がケータイ(ネット)によるコミュニケーションの世界に入り浸ることに、大人は眉をしかめていたりするそういう風景。
そこでメガネを通じた様々な作業や遊びややり取りや、そしてトラブルが巻き起こって行くわけですが・・・・正直言って未だによく呑み込めないところが沢山あります(笑)。選評でわざわざ触れられているように、「ディティールが理解できな」いことは多分結構当たり前にあるのではないかと思います。
難しい/細かいからという部分と、独創的ゆえという部分と、どちらの比重(理由)が大きいのか、そもそも詳しくない僕にはよく分かりませんが。ただ「電脳」を扱いながら、『攻殻』的イメージの束縛が全くと言っていいほど感じられないのは、凄いなと思いました。こんなやり方があったのかと。同種の他の作品と比べて。
「電脳」と「魔法」の対等合併
『攻殻』と『コイル』の違いは、システム的なことにはとどまりません。
というかこっちが本筋だと僕は思うのですが、士郎『攻殻』の「電脳」やそれに基づく「近未来社会」の描写は、作者の資質やそもそものパイオニア的な歴史的立場もあって、言ってみれば学者的探求者的な、かなり正面からの”リアリティ”の追求、つまり電脳とはこういうもので、電脳が普及した社会はこういう風になるのではないかという、そうしたニュアンスがメインになっていると思います。ハードSF的というか。
しかし『コイル』の場合はその十分に練られた完成度の高い世界構成にも関わらず、そうした本気度はあまり感じられません。真剣だけれどマジではないというか。
その代わりに主体となっているのは、電脳を”使っ”て何が出来るかどうするかという部分。電脳とはとか、電脳が何をもたらすかではなく。
その”使い”方の代表例として、主人公である子供たちが電脳空間で、詳細は省きますがあるいは子供どうしで、あるいは公共機関の派遣する電脳世界のメンテナンスシステムと、あるいは”異世界”からの謎の生物と戦うわけですが、その際の表現がとても楽しくて、額から(ウルトラセブンの)”エメリウム光線”風のビームを出したり、陰陽師よろしく”お札”を貼り付けたり”使い魔”を駆使したり、ウォールを召喚してガードしたり。
要するに、「魔法」が使えるわけですね。
これら全て基本的には電脳空間内の出来事で、それぞれの表現は言わばアイコンみたいなもので現実そのものではないわけですが、それ自体思わず引き込まれてしまうような、リアリティと独創性のある周到な「電脳」設定を用意して、それによって、ファンタジー/アニメ世界伝統普遍永遠の、「魔法」の夢を見事に実現している。してくれている。
こんなことが本当にあるかも、とまでは思いませんが(笑)、「魔法は魔法」として飲み込み慣れていたお約束の次元に、思わぬ行き届いた”サービス”のプレゼント。
ここらへんに関しては、どっちがメインなのかは判然としていないと思います。電脳があって魔法があるのか、魔法の為に電脳を利用しているのか。
『攻殻』(やハードSF系)ならば「電脳」のリアリティの追求が主で、仮にそれに「魔法」的ニュアンスがあったとしてもそれはシャレの範疇でしょうし、あるいは数多ある魔法ファンタジー系ストーリーなら、「魔法」に一定のリアリティを持たせる為に電脳的意匠を利用したという、そういう話になるんでしょうが。
新しい風景のなかにも懐かしさが潜んでいると気づいたことがこの作品をつくる発端だったように思います。もともと今回の『電脳コイル』は立派な作品にするつもりはあまりなく、単純に楽しめる作品になったらいいなと思いながら制作しました。
これは原作・脚本・監督の磯光雄さんの受賞コメントですが、要するにそういうことなんでしょう。
電脳とそれが可能にする表現って、ある意味魔法みたいだなあ(”新しい風景のなかにも懐かしさが潜んでいる”)という気付きと、何かを”追求”するというよりも、もっと素朴に作品世界の内部的充実を図る(”単純に楽しめる作品になったらいいな”)という姿勢が、こういう余り見ない感じのプレンドの、豊かなディテールを生んだ。
・・・・でもまあ、”やった”感はあるでしょうね、エヘヘこういう「魔法」どうよという。
ただし作中人物たち的には、あくまでこれは電脳であって、純科学的現実的な”技術”で、”ツール”で、そこにあるものを必要に駆られて使っているだけというそういう描写になっていて、そこらへんが絶妙。視聴者には「魔法」だということは明らかでも。
ある意味メタな構造なわけですが、さりとてそれを特に狙っている感じでもなく淡々と流していて、そのフワフワした感じが僕は面白かったですが、”小学校を舞台にしたNHKアニメ”の本来的視聴者である子供はどう感じるんだろう、据わりが悪かったりしないんだろうかと、そういう疑問は少しあります。(笑)
つづきます。
![]() | 電脳コイル (2) 通常版 (2007/10/26) 折笠富美子.桑島法子.矢島晶子 商品詳細を見る |
この記事へのコメント
早速みてみようと思います。
関係ないですが、最近涼宮ハルヒをDVDでみました。長門さんに惚れました
関係ないですが、最近涼宮ハルヒをDVDでみました。長門さんに惚れました
2008/06/20(Fri) 23:47 | URL | 次郎 #3xs9owas[ 編集]
なんだかんだで見てたのですか。
ちなみに言えば、監督は女の子版ゲゲゲの鬼太郎を作りたいとか、リアリティのある、現実に地に足についた魔女っ子ものを作りたいと言ってたと思います。ですから、ガジェットに対する執着はなかったと思いますが、ガジェットを考えるのもお好きみたいでした。
なお、構想6年みたいでした。
蛇足ですが、私の感想と言えば、観るだけで傑作と分かるアニメをありがとうという感じです。語る言葉もないというか、言葉で言い尽くせないというか。
そうそう、不良外人、残念でした。スポニチしか取り上げてない時点で怪しいなと思ったんですが。
ちなみに言えば、監督は女の子版ゲゲゲの鬼太郎を作りたいとか、リアリティのある、現実に地に足についた魔女っ子ものを作りたいと言ってたと思います。ですから、ガジェットに対する執着はなかったと思いますが、ガジェットを考えるのもお好きみたいでした。
なお、構想6年みたいでした。
蛇足ですが、私の感想と言えば、観るだけで傑作と分かるアニメをありがとうという感じです。語る言葉もないというか、言葉で言い尽くせないというか。
そうそう、不良外人、残念でした。スポニチしか取り上げてない時点で怪しいなと思ったんですが。
2008/06/21(Sat) 00:00 | URL | わたなべ #VoowaZXs[ 編集]
>次郎さん
これはもう、100%推薦というか、見ないと勿体ないというレベルの作品なので、是非。歴史にも”残る”でしょうし。(笑)
僕はようやくシャナの1stを見たところで、次はらきすたかなという感じです。
>わたなべさん
かえすがえすもご紹介ありがとうございました。色々とかなりツボでした。
>>女の子版ゲゲゲの鬼太郎
>>現実に地に足についた魔女っ子もの
いちいちなるほどという感じです。重心としてはあえて”SF”だと思って見た方が、ファンタジー要素が多重構造的に映えるように思うんですけどね。
残念?というのは移籍してもらった方がせいせいするという意味ですか?(笑)
なんかどうでもよくなりつつありますが、こうなったら”不良”たちの懲りない鉄面皮ぶりに期待するかというのが、後半に向けての期待と言えば期待です。(または日本人選手の怒り)
これはもう、100%推薦というか、見ないと勿体ないというレベルの作品なので、是非。歴史にも”残る”でしょうし。(笑)
僕はようやくシャナの1stを見たところで、次はらきすたかなという感じです。
>わたなべさん
かえすがえすもご紹介ありがとうございました。色々とかなりツボでした。
>>女の子版ゲゲゲの鬼太郎
>>現実に地に足についた魔女っ子もの
いちいちなるほどという感じです。重心としてはあえて”SF”だと思って見た方が、ファンタジー要素が多重構造的に映えるように思うんですけどね。
残念?というのは移籍してもらった方がせいせいするという意味ですか?(笑)
なんかどうでもよくなりつつありますが、こうなったら”不良”たちの懲りない鉄面皮ぶりに期待するかというのが、後半に向けての期待と言えば期待です。(または日本人選手の怒り)
実は らきすた はDVD借りたんですがはじめの5分くらいで、つまらん。と思って見るのやめちゃったんです。今にして思うと食わず嫌いだったかもしれないので見たら感想書いて下さい。
電脳コイルは押えましたがまだ見ていないです。これからです
電脳コイルは押えましたがまだ見ていないです。これからです
2008/06/24(Tue) 21:10 | URL | 次郎 #3xs9owas[ 編集]
いつになるか分からないので、気長に待ってて下さい。>らきすた
電脳コイル、3巻まで見ました。面白いです。よく出来てますね〜
アニメも、キャラの個性(個人技)が売りのタイプとストーリー(チームプレイ)が売りのタイプがあるんじゃないでしょうか。ディテイルはどちらの場合も底上げ要素になるので置いといて。
(DVDなどが売れるという観点から見た)商業的には、前者の方が有利なのではないかと思います。前者の方が何度も見かえしたくなるし、キャラクターグッズも買いたくなるので。
電脳コイルは典型的な後者ではないでしょうか。あと、僕はこれトトロの世界に見えました。
アニメも、キャラの個性(個人技)が売りのタイプとストーリー(チームプレイ)が売りのタイプがあるんじゃないでしょうか。ディテイルはどちらの場合も底上げ要素になるので置いといて。
(DVDなどが売れるという観点から見た)商業的には、前者の方が有利なのではないかと思います。前者の方が何度も見かえしたくなるし、キャラクターグッズも買いたくなるので。
電脳コイルは典型的な後者ではないでしょうか。あと、僕はこれトトロの世界に見えました。
2008/07/01(Tue) 10:49 | URL | 次郎 #3xs9owas[ 編集]
付け加えるならば、キャラとストーリーの間に「アンサンブル」または「シーン」(ダイアローグ)とかも入れておきましょうか。
「個人」と「チーム」の間に、「コンビネーション」や「グループ」を置くという感じで。(笑)
『コイル』のキャラは、類型の研ぎ澄まされたものという感じで、典型のスムーズさでたゆたっている内に、気が付くと思わぬ深いものを見せられているというか。
まあここらへんは、「手法」というより端的に作り手の力・才能だと思います。ちょっとモノが違う感じがしますこの人は。意識せず志が高いというか。
”トトロ”っぽさというのは、ある意味ではこの作品を「売る」為の、または企画を通す為の(笑)、分かり易いアングルではあるでしょうね。
・・・・色々アクシデントで感想遅れてますが、近々に書きます。(笑)
「個人」と「チーム」の間に、「コンビネーション」や「グループ」を置くという感じで。(笑)
『コイル』のキャラは、類型の研ぎ澄まされたものという感じで、典型のスムーズさでたゆたっている内に、気が付くと思わぬ深いものを見せられているというか。
まあここらへんは、「手法」というより端的に作り手の力・才能だと思います。ちょっとモノが違う感じがしますこの人は。意識せず志が高いというか。
”トトロ”っぽさというのは、ある意味ではこの作品を「売る」為の、または企画を通す為の(笑)、分かり易いアングルではあるでしょうね。
・・・・色々アクシデントで感想遅れてますが、近々に書きます。(笑)
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