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今号のイブニング(’08.11.25)&プチ監督論
2008年11月25日 (火) | 編集 |
eve081125

オフィシャル

言い分の正当性はともかく、まあいいかげん監督叩きは飽きたというか、余りにも監督に多くを負わせる、一人の監督の当たり外れに全てがかかるようなサッカーの(Jリーグの?)構造に、たまに萎えるということを、前にも言ったような気がしますが。
だから選手・・・・でもなくて、フロント・・・・は勿論大事なんですがそういうことでもなくて、現場の役割分担というか職務形態、あるいは「監督」の概念を、もうちょっと柔軟に出来ないかなということを最近よく考えます。

例えばどんな優れた政治家にも官僚組織は必要ですし、そもそも政治家と役人は違いますし。
例えば映像エンターテイメントにおける「監督」は、あくまで監督であって、脚本家でも撮影監督その他諸々ではないわけですし。
勿論場合によって人によっては、完全独裁でもいいですし、「監督・脚本」(その他)兼ねればいいけど、最高責任者なんだから全部やるのが/出来るのが当たり前というのは、余りに無意識過ぎないか。

じゃあ具体的にサッカーでどうすんのかというのは、はっきりしないんですけど。
例えばマンUなんかは監督・サーアレックス、脚本・時のコーチみたいな体制で長らくやってるという話で(名古屋も?)、これはこれで一つの有力な典型ではあると思いますが、さりとてどれかの形を一般化してしまうというのも不自由な気がするし。最高責任者はあくまで最高責任者であってよくて、監督の人格が良くも悪くもチームの”人格”を決定するという構造も、変わりようがないとは思いますが。

まあ最低限、「脚本家」に相当する職業概念の確立くらいはあってもいいかなあとは思います。ホンは書けなくてもヴィジョンやセンスは持ってる「監督」は、サッカー界にも結構いると思いますし(逆もまたしかり)。「当然監督が全部やる」という前提さえ取り払われれば、助力も求めやすいでしょうし。
ちなみに『試合中の選手交代』というのには、”監督”が持つべきサッカー観やチーム観と、”脚本家”が持つべき(脚本の)構造やメカニズムの理解と、両者が同時にかかって来るので、どっちがやるのかというのは難しい。”勝負勘”は、どちらにより多く依存する?最終的には、最高責任者がやるしかないわけでしょうが。

単独のエントリーにするほど考えが煮詰まってないので、この場を借りてちょっと書いてみました。(笑)
まあ実態は様々なんでしょうけど、前提としてね。
では本題。(?)


『オールラウンダー廻』

『EDEN』て・・・・マンガノゲンバで紹介していた覚えはあるんですが、Wiki見ても内容が思い出せない。
その遠藤浩輝という人による、新連載。
いかにも典型的な格闘技漫画っぽい設定、絵柄で、どういう人なのかという手がかりが、一回目からは全く。(笑)
「仕返し」の下らなさというのは、勝ち負け以前に、誰か特定の他人との関係や反応に人生の多くを委ねてしまうこと自体のより根本的な”負け”性と、それから”勝ち負け”や”損得”というそもそもの観念そのものの、虚構性というか人工性というか。だから真に”自分”に自信やプライドがある人は、しないわけですけど。
とはいえムカつくのは確かなので(笑)、その「虚構性」や「人工性」に相応しく、いたずら程度にやるのはありかと。マジレスは禁止。(笑)

『とろける鉄工所』

人ごととは言え、いやーなシチュエーションだな。ムズムズするというか寒々しいというか。
仮に「成功」したとしても、”あの旅行でくっついたのか”的な見透かされる感じが、後あとまで屈辱として残りそう・・・・なんてことを気にしてる僕は、見栄っぱりですかそうですか。
どんなに”素朴”に見えたとしても、たいていの美(少)女は自分の値段は知ってるというか、高く売る構えは生来身に付けているというか。逆にそういうのがいっさい無いコというのも、性格がいいというより危ないというか、ピントがずれてると言った方がいいような場合が多いような気がしますが。
まあパパっ子のさと子ちゃんは、いずれ結構しっかりしているというか、保守的現実的だろうと思いますよ。改革精神すら、保守的な形で表れるタイプ。話ずれたか。

『おせん』

ぐお、美味そうだなさすがに。カラーのせいもあって。鰹茶漬け。
それで思い出しましたが、アメリカのコミック(ファン)が日本より遥かに絵にこだわるのは、単純にカラー印刷が普通だという事情が大きいということで。まあ言われてみれば当たり前か。逆に日本は(以下略)
本体の鰹節の話ですが・・・・。まあ何というか、大儲けしたい人は大儲けしたい人なりに、そうじゃない人はそうじゃない人なりに経済活動の出来る、そういう社会がいいですよね。その為にはやはり、深慮ある規制が必要なのかなあ。難しい。もっとこう、ちょい大きめの理論的な枠が見つかるといいんですけど。ううむ。

『喰いタン』

え、ツナ缶の油って捨てるの?ほぼ毎日食ってますが、全然気にして無かった。
まあいいか、それで10年以上理想体重はキープ出来てるし。
基本食事は横着なので、子供の頃は隙あらばサバ缶(と米)でご飯を済ませようとして、母親に怒られてました。今作ってるから!
めんどいよう。待つのも、折り入って食事するのも。今は野菜も取る分、成長しました。(笑)

『少女ファイト』

うーん、「ああしてあげれば良かった」という自分の振る舞い全体or本質についての後悔は分かりますが、”最後に会った時”なんてのは基本どうでもいいと思います。”死に目”も含めてね。たまたまですよ。”和解”だの”誤解”だのもね。ただの自己満足というか、”絵”的な観点からの予定調和というか。厳しいですか?
でも死ぬ当人からすればそれどころじゃないわけで。
大好きだったおじいちゃんは、生前ほとんど話はしなかったですし、おじいちゃんも正に「かわいい孫だから」という理由で死の床には一切呼んでくれなかったですけど、それで特に何の後悔も不満もありません。だいたい呼んでどうする?繰り返しますが”絵”でしかないでしょう、そんなの。死ぬ間際になってまで、まだ他人や世間の目線がメインなんて、虚しい。
良くも悪くも、「本心」なんて伝わってるものですからね。解こうとして解ける「誤解」なんて、元々大したもんじゃないし。

いいっすね、犬神キャプテンのプレーの描写。”ゲームメーカー”というのは本当に特別な仕事なんですよね、問答無用というか。何が上手いかにが上手いという問題では。だから柴崎にも、遡っては小林大悟にも、レベルは違いますが中村憲剛にも、僕は一切甘いことを言う気にはなれない。正直にしか書けないというか。
”成長”?出来るやつは最初から出来るんだよ。出来ないやつは出来ない。

『勇午』

おお、”金桂一”の韓国人顔絶妙。やっぱ上手いなあ、この人。
こういう目的のある上手さはいいですね。絵が目的化してるのは嫌ですけど。

『警視正椎名啓介』

警察学校の男子浴場は、あんなかわいらしくないというか、もっと濃密にむさ苦しいと思います。(笑)
テ、テストステロン圧が・・・・

『ZOOKEEPER』

なんか普通の理由だったな、苺。(笑)
と思ったら、あらあ、なんだこのラストは。
上で”死に目”なんかどうでもいいと言いましたけど、動物は基本、必ず向こうがこちらの目を見ている状態で別れるので、最後の”目”、最後の”表情”は、嫌でも焼き付いて離れません。
人に比べていかにも死期を知っていそうですし、言ってくれたらもう何分かでも、遊んであげたのにと。それでキリがつくわけでもないんですけどね。


冬ですねえ。


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