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今週のモーニング(’08.12.11)
2008年12月13日 (土) | 編集 |
mor081211

オフィシャル

今から寝ちゃうとまず間違いなくランド登り損ねるので、時間調整兼ねて頑張って書いちゃおう。 既に眠いけど。
何するんでしょうね、知らないけど。祭りだ祭りだ。(笑)
明日レポでも出来たらしたいです。

入れ替え戦は正直組み合わせが地味過ぎて、例年ほどは燃えません。
ここはやっぱり緑の名門をですな。”仇役”としてでもいいけど。
ディエゴ残るって本当?この時期は2chが楽しいですね。(笑)


『社長島耕作』

インサイダー取引は、やりたくなるのは当然ですよね。
まあやってんでしょうね、バレてないだけで。

『GIANT KILLING』

サカつくの最初にユニフォーム決めしてて気が付いたんですが、僕が一番”自分の”チームのユニの色として抵抗があるのは、青/水色系統みたいです。理由はよく分かりません。普段は別に嫌いな色じゃないし。
だからフロンタとガンバはACL(CWC)出ても応援してあげません(笑)。・・・・はっ、日本代表!?
緑がいいっすよ緑が。次点が黄色系。緑からの変化で言えば。僕は。
「若いチームは調子に乗ると手がつけられない」という類の決まり文句は、多分日本では野球由来の感覚で、実はサッカーではそんなに当てはまらないような気がします。若い「選手」単位なら言えると思いますけど。
サッカーチームの”若さ”は、年齢よりもむしろ戦術/監督の喚起力か、もしくはその年のメンバー構成のフレッシュさによるのではないかと。ただ若いだけでは拠り所が無くて、”調子”にすら乗れないと思います。

『OL進化論』

”ほのぼの”してるようで、実はこのお母さんの息子いじりは、やり過ぎの域に踏み込んでるところがあると思います。>「丸焼き知らず」
過干渉も支配も隠密の近親相姦も、”悪意”や”意識”の丸で目立たないレベルで既に始まってるんですよね。
” これくらい”と思う基準が実はずれている。「家族」「親子」の関係については、存外伝統的なもの、それこそ「家制度」とかの方が合理性・正当性があったと、最近とみに思うようになっています。冷たいくらいの距離が大事。感情より義務というか。もしくは逆に、ラテン的なベタベタの動物的繋がりか。

『東京怪童』

ハシの”本音病”は、やっぱりちょっとおかしい気がします。
まず「思った事」が脳の抑制抜きで出て来ると言っても、普通の人の”隠れた思考”は、あんなにはっきりとは文章にはなっていないはずで、結局は形式的システム的にはあれは”表の思考”なのではないかと言うのが一つ。・・・・だから単に「抑制」が無いという以上に、攻撃性のようなものが駆り立てられているのではないかと。
それから少なくともこの症例では、”悪口”という以上に異様に鋭いor的確な洞察力がいちいち示されていると思うんですが、それが普遍的に見られる特徴であるのなら、これも即ち、認識の回路自体が既に違っているのではないかという、そんな感じがします。一例としては、アスペルガー/高機能自閉症の人の独特の認識力・感受性とかね。難しいこと駆け足ですいません。(笑)

『神の雫』

また母親だ。(笑)
だからさあ、男の子にとっては本来的に”敵”なんですよ、それが普通。
むしろこの人くらいはっきりしてると、いいかも知れない・・・・と言った後でそうかあ?とも思う。(笑)

『シマシマ』

だから母(以下略)。
この母親の場合、核家族的な個人主義的なエゴイズムと、伝統的な”呑み込む”支配力と、それぞれの悪いところを兼備している極悪なパターンですね。ただし、いっぱいいますけどそういう人。
好きな女の子が「母親」なんて化け物に変わるのを見たくないから、僕は結婚しない。・・・・ということにしておきます。(笑)

『ひまわりっ』

エビちゃんケバい。嫌なケバさですね。本気度が高いというか。
田舎ならネタでも、東京だとマジになるのか?

『悲しみについて僕が知っている・・・・』

「女の子が男の子に望むこと」。言いたいことは分かりますが、それをこの設定で表現する必然性が見当たらないというか、はっきり言って分かり難いというか。
それと、「何かしてもらいたいわけじゃない」と言いつつ、してもらいたいと言ってるじゃないか、「毎日会って」「話しかけて」と(笑)。大層な負担だぞ?
繰り返しますが中心的な言いたいことは分かる気がするんですよ。でもそれを掴み切っていないというか、絞り切っていないというか。

『誰も寝てはならぬ』

ギョーザおかずに飯は食えんすね、僕は。シューマイの方がまだ。
ていうか一般に中華は白米に向かない気がします。かけたり混ぜたりすればまた別ですが。
油の感じが合わないのかなあ。ああ、さばの焼いたの食いたい(笑)。日本人じゃ。

『35歳のハローワーク』

教えたり教わったりというのには、ノウハウや教授内容が目の前の現実の”言葉”に閉じ込められている状態を許容する、または疑わないという資質が必要となるんですよね。僕も苦手です。特に教わるのは。常に言葉の”向こう”や”外”を見てしまうので。



では行って来ます。


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