ヴェルディ、代表、二次元、女子バレー 他
平本のプレイスタイルの変遷(メモ)
2009年04月04日 (土) | 編集 |
良くも悪くも”多彩”ですし(笑)、色々と話題になることも多いので、ここらで僕の記憶・認識をまとめておこうかと。たまに自分でも忘れるし。(笑)
記憶違い(や抜け)があったら、訂正して下さい。(Wiki)


・ユース/プロデビュー前(注:伝聞)

上がったら戻って来ない、超攻撃的左サイドバック
当時CBをやっていた戸川健太(現・横浜FC)を過労死させそうになったとかならなかったとか。
そのトラウマで、戸川はあんなパニック体質になった(?)(笑)

・’99/’00李総監督体制下

ユース所属のまま、4-2-2-2の左サイドハーフとしてプロデビュー。
まだいかにも細身でしたが、スピードとパワーとヨミウリ育ちらしい細かい足技を兼ね備えたピカピカの有望選手で、当時の僕の将来像としては、「日本一の左WBになれよ」というもの。
ただしサイドバック出身でありながら、桜井や小林慶行すら(右)サイドバックで試していた李総監督が前目でしか使わなかったのは、やはり守備面では最初から見切られていたのではないかと想像。(笑)

基本的には、パス中心のチーム構成の中でサイドからドリブルでアクセントを付ける役として当初は起用されていましたが、やがてトップ下FWの、もっと中寄りのポジションで使われるようになりました。
ただ見たところ、中央からの広い視野や前方のスペースをかえって持て余しているように見えて、さっさと左に戻してくれないかなと、個人的には強く思っていました。特にFWとしてのスペース/ポジションの勘の悪さはほとんど絶望的で、せっかく”スピード溢れるドリブラー”なのに、カウンターアタックの役には全く立っていませんでした(それからすれば、随分マシになりましたよ(笑))。比べればトップ下の方は、慣れればひょっとしてと感じさせるものはまだあったと思いますが。一応パスも出せますし。

いずれにしても、むしろ”狭いスペース”で、あるいは視野/役割を限定させてやることで、かえって活きる選手かなと、そういう認識。

・’00-’01西村ユース代表

親友飯尾一慶が佐藤寿人(当時市原、現広島)と”チビチビ2トップ”で長くレギュラー扱いだった一方で、平本の方はたまにしか呼ばれていませんでした。ポジションとしては、左ウィングバック
戦術理解で駒野などの後塵を拝していた格好ですが、僕の見るに対外国人で、恐らくは早熟でもあったのだろう、平本の当たりの強さは大きなアドバンテージであり、贔屓目でなく、もっと使えばいいのにと思っていました。守備面でもむしろよく持ち堪えていていましたし。ここらへんで”WB”として一つ形を作っておければなあと、少し西村監督を恨みたいところもあります。


・’01~’02.4月松木&小見体制下

正直、ほとんど記憶にありません。
ポジション的には既に”FW”として認知はされていたはずですが。
だからこそ、というか、とにかく箸にも棒にもかからなくて、それで記憶が無いんだと思います。(笑)

・’02.4~’03.5月ロリ体制下

当初は引き続き、ある意味大いに恵まれていた素質を持て余していて、見込みないからさっさと売ってしまえと思っていた/公言していた記憶もありますが、正確には分かりませんがある時点でロリが「ポストプレー」を仕込み始めて、それが不器用ながら何とかものになったことで、初めて戦略的に価値のある/計算できる選手になりました。・・・・そうですね、今だったらレアンドロにはとにかく右からクロスを上げさせろと、そう主張するようなそんな感じです。それでようやく”チームの一員”になれると。上手いのは分かってる。上手いのは。

やっていたことはとにかく来たボールをほぼ真後ろに落として、そこから急速反転してリターンを前向きに受けて突撃と、要するにそれだけみたいなところはありましたが、突進力そのものは一級品なのと、今も昔も言ったってろくな”ポストプレイヤー”なんて日本にはいないということもあって、冗談抜きでこれならいずれ代表の座もと、これは多少の贔屓目含みですが(笑)、それなりにイメージ出来るそういうプレーでした。
実際にアテネチームの候補には、何回か上がったことがありますね。

・オジー体制下
:03年(5月から)
ハイパーポストマンエムボマの加入&本格稼働で、なんちゃってポストマンのお役は御免。(笑)
いや、実際にはそもそもオジーは最初から、むしろ裏狙いのストライカー的な、そういう使い方を志向していたように思います。そういう素質は全く無いと思いますし、ここで”ポストプレー”が曖昧に放り出されてしまったことは、平本という選手に「芯」が作られる上で痛手だったように僕は思いますが、しかし代わりにそのポストにとどまらないエムボマの”万能FW”ぶりを間近に見ることで、生来の「色々出来るけど何だかよく分からん選手」ぶりがそのまま”ミニエムボマ”として、実用レベルに到達したことは事実。この”兄弟”のカラミはなかなか魅力的でした。やっぱポテンシャル高いんだなあと、改めて。
:04年
前半は前年の延長のプレーでしたが、チーム事態の低迷を打破する為にオジーが”プレッシング”スタイルを導入すると、その先兵として超久しぶりにヴェルディで体調の良かった(笑)盟友飯尾と2トップを組んで、チェイシングにスペースメイキングに、あるいは売り出し中だったユース仲間の左WB相馬崇人と目まぐるしくパス交換しての左サイドの攻略にと、溌剌と走り回り、明けて’05元旦の天皇杯制覇に大きく貢献しました。
:05年(7月まで)
問題のシーズン。
久しぶりのタイトルウィナーとして迎えた期待のシーズン、チームはブラジルから大物ストライカーワシントンを獲得、更なる飛躍を目指したわけですが。
ワシントンの決定力や総合的能力は個人としては破格に近いものがありましたが、スピード的にもプレイスタイル的にも、前年成功したプレッシングスタイルの継続には大きな足枷となり、代わりのスタイルも確立出来ずに最終的にチームが初のJ2降格という結末を迎えてしまったことは、周知の事実。
その中で平本はどうだったかと言うと、個人的には努力賞というか、前年覚えた”労働者”タイプのプレーを駆使して、何とかワシントンをカバーしよう、ワシントンとチーム(の、特にプレッシングスタイル)の繋ぎ手となろうと、恐らくは平本なりの高い公共心で、奮闘していたように思います。しかしそれは報われず、また得点だけはそれなりに稼ぐワシントンの陰に隠れて評価もされず、徐々に埋没というか、燃え尽きに近い状態に陥っていたように見えました。唯一記憶に残るような輝き方をしたのは、とっかえひっかえ繰り出される(笑)オジーの”マジック”の一つとして、ほとんどぶっつけで4-3-1-2のトップ下として使われた時の、意外なほどの器用さでしょうか。よく繋ぎ、参加し、バランスもそれなりに取り、当たり前ですが李さんの下で同ポジションで使われた時とは比べ物にならない、成熟したプレーでした。

・バドン体制下(’05.8-12)

バドンお気に入りの3-4-3システムの右FW(ウィング?)として主に起用され、軽くポストなどもこなしつつユーティリティにプレー。それ自体は、まずまずだったと思います。
まあシステムそのものも”まずまず”という程度の機能&結果で、能力を確認したというくらいの意義しか無かったように思いますが。


・’06J2ラモス体制下

チーム戦術自体が定まらない中、まあ何と言うか、とにかく(笑)”FW”としてプレー。
一応この時に挙げたシーズン15得点は自己最高に当たりますが、試合数が多いなり、DFのレベルが低いなりという以上の印象はありません。前3年間ほどの緊張感や充実感は見られなかったですし、やや怪我がちでもありました。”器用貧乏”以上、”万能FW”未満、みたいな感じでしょうか。

・’07年

聞くところによるオフの不摂生でコンディションが整わず、2年目を迎えて大型補強で本気で昇格を狙うラモス体制下で徐々に出番を失い、シーズン途中の5月にJ1横浜FCにレンタル移籍。
そこでは1トップないしはカズあたりと組んだ変則2トップの、とにかく当時横浜FCに欠けていたらしい”ポストマン”役としてプレー、それなりの強さはあるし、受けてからの捌きの幅などもロリに仕込まれていた時代よりは遙かに広がっているし、悪くないなあと。ただ結局ここでもコンディションには不安を抱えたままで、最後の方はほぼ欠場が目立つようになり、チームの不成績もあって単に”駄目だった”というのが、一般的な認知でしょう。

・’08J1柱谷体制下~現在

鬼軍曹柱谷新監督の厳しい監視/疑惑の視線の下、1に節制2に節制という感じでシーズンインし、キャンプでの”地球を蹴った”(地面ね)不運な怪我もあり、途中まではほとんど出場機会を得られませんでした。
ようやく「戦力」になったのは、出戻った(エースストライカー)フッキが結局ポルトガルに出て行ってしまった後で、前年からの基本システムである4-5-1のキーポジションである1トップとしてともかくも献身的にポストプレーをこなし、背に腹は代えられない前線の人材難もあり(笑)、ようやく最低限の信頼を獲得。
その後は再び飯尾と”黄金”コンビを組んでの、息の合った1,2プレーや’04年を彷彿とさせるけれん味の無いプレッシングなどで復調を思わせた瞬間もありましたが、肝心の終盤の残留戦線では全く精彩を欠き、体のキレ・覇気ともに感じさせない見るからに”駄目”なプレーで、業病である「決定力不足」ばかりがまともにクローズアップされる事態に。

これについては無理なor急激な肉体改造の反動だとか、もっと単純に、若い時からの不摂生も併せた年齢的な衰え(今年で28)だとか諸説ありますが、とにかく今年に入っても明らかに体のキレは余り良くありませんし、自信を失っているようでもあります。(シーズン前のイベントでは、自分はFWの素質が無いようだからDFに(再)転向した方がいいのではないかと、冗談とも本気ともつかない言葉を漏らしていたという話)
また個人的には特に、”衰え”とまで言えるかどうかは分かりませんが、一つ一つの身のこなしに柔軟性が感じられないのがショックです。それは水戸戦でトップ下的に使われた時に、強く感じましたが。

高木監督にとっては、未だに本来はCFとしてのファーストチョイスではあるんでしょうけどね。
今更ですが”早熟”の疑いもありますし、どこらへんを今の水準としていいのか、予断を許しません。


・・・・ええ、これと言って”まとめ”があるわけではないです。一応、現役選手ですし。(笑)
(特に)若いor新しいサポに、とりあえずこの複雑な選手の履歴を語っておきたかったということで。
いずれ近い将来”取説”にもなる可能性・・・・(いや何でも)
まあ今となってはFW以外で使うのは逆に怖いけど、本来FWじゃなかったよなという気持ちは、普段は忘れてるけどベースにはあるかなとそんな感じ?

僕個人の”歴史”としては、結構早い時期に一回見捨てて(笑)、その後そこからの成長ぶりをそれなりに感動しながら見守って、今もって別に好きな選手でも今更覚醒を期待しているわけでもないですが、基礎能力については十分に見せてもらっているので、去年もそうですが現在の選手層ではそう思い切り良く構想外にするわけにも行かない、せめてピーク時の8割5分の動きでもしてくれれば万々歳だという、そんな感じでしょうか。

さてこれを明日の試合後、どのような気持ちで読むことになるのか。(笑)


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