2006年09月28日 (木) | 編集 |
![]() | 少女ファイト 1 (1) 日本橋 ヨヲコ (2006/07/21) 講談社 この商品の詳細を見る |
しかしまあ次から次へと。この世界は。驚かされるような人が。
別に手広く読んでいるわけでもないのに。石を投げれば天才に当たる?
隔週刊イブニングで隔号連載中(ややこしい)のバーレーボール漫画。要は月刊か。(笑)
ヒロインの高校入学時点で既にかなりテンション上がってたんですが、書くタイミング逃してました。と言っても見たところまだ展開的には序の口。ちゃんとケリつくんだろうかと少し心配。
最初は何だろうこの自虐的に暗いタッチは、絵は。どこに行きたいんだろうこの人はとか訝しく思ってましたが、のっけから立ち往生していた話が転がり出すにつれて、段々に本意が見えて来ました。
暗いのは基本的にデフォのようですね。別に悲観しているわけでも自虐しているわけでもない。「自虐自体がデフォ」という臭いも少しありますが。(笑)
要は「深い」から「暗い」という単純な話で。・・・・といっても特段価値判断ではなくて、井戸であれ、無意識であれ、光の届きにくい深いところを覗こうとすると暗いでしょ?というそういうことですが。最大の”デフォ”はその深いところを覗こうとする作者の姿勢か。
で、今回”覗か”れているのが何かというと、1つは勿論バレーボールですね。『少女ファイト』は極上のバレーボール漫画・・・・に、なるべくある漫画である。
僕自身はバレーボールには特別の興味も知識もないんですが、だからこそ逆にそれを感じます。つまり何だかよく分からないけど、バレーボールって凄く奥の深い、凄く面白いスポーツらしいという手応えが素人の僕にもビシビシ伝わって来る。特に「レシーブ」や「トス」という、俗には脇役視されるようなタイプのプレーにこめられたスキルやファンタジー、プレーのディテールが、震えるようなカッコ良さで伝わって来る。
実際はそれらは嘘なのかもしれません。カッコいいのは、面白いのは、「日本橋ヨヲコのバレー」なのかもしれません、僕には分かりませんが。多少大げさというか、超人球団的なタッチも感じなくはありませんし。どこが高校生だよ?コレというか。(笑)
まあでも、だからこそ”バレーボール漫画”として成功しているのは間違いないでしょう。少なくともここに一人、バレーボール自体への見る目が変わりつつある読者が一人いるわけですから。引き合いに出して悪いですが、例えば『キャプテン翼』を読んで、サッカー自体の面白さや凄さを予感したことは僕は一度もありませんでした。
そしてもう1つこの作品には大きな柱があって、それはジャンルにかかわらず、才能というものそのものへの興味ですね。直接的には勿論バレーボールの才能であり、後は副主人公格の整骨院の跡取り息子のマッサー/トレーナーとしての”才能”というのが今のところ作中に出て来たものですが、そうした具体例の向こうに、才能やそれを持って生まれた人間たち(の内面)への果てしなく”深い”(↑)興味を感じる。
作品自体の世界観の中心に既に才能というものの絶対性、非情さ、容赦のなさ、あるいは崇高さのようなものが前提として置かれていて、それらと日々直面して暮らしている恐らくは現実にもそうなのであろう、学生スポーツのスポーツエリートたちの我々とは一線を画した生活感が一方のテーマとして存在している。
かなりエリート主義的で殺伐とした世界で、それが冒頭述べた”暗さ”の一因でもあるのでしょうが、それが放置されているのはお高くとまっているのではなくて、作者の探求心の性急さや純度の高さによるのだと思います。
僕は未読の日本橋さんの前作『G戦場ヘブンズドア』なんかも正に”才能”や”創作”という特別なものや特別なプロセスを、特別な情熱と特別な細かさで追った作品みたいですし、そういう人なんでしょう。
かなり異様ですがすっげえ面白いです。これからも好きにやって行くとこまで行って下さい。
・・・・ただしキャラはこれ以上濃くすると本当に『アストロ』か『リンかけ』になってしまいそうなので、気を付けた方がいいと思います(笑)。スポーツものだけに。
『G戦』も読もうっと。
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