東京緑、代表、アイドル、二次元、女子バレ
最後のつぶやき ['09.12.31]
2009年12月31日 (木) | 編集 |
別に死ぬわけではありません(笑)。今年拾ったものは今年の内に放出しようという、それだけの話。


ネット

(参考)"Twitter"へのロング&ワインディングロード(?)

システムがよく理解出来なくてネタ元が示せないんですが、未完成(「予定だった何か」)らしいから許してくれるでしょう。(笑)
いくつか単純に知らないのもありますね。
とりあえず僕ですから、プログ(文化圏)を中心に考えてと。
「テキストサイト」と「ミニブログ」は、"マニアック"度の評価としてはこんなもんかと思いますが、"殺伐"度は逆の気も。結構真剣でしたからね、テキストサイトは、エリート性が高かったというか。だから僕も、「ブログ」の時代になるまではなかなか本格的に書き始める気にならなかったというのも。
・・・・単純にそのまんま、「はてなダイアリー」に横滑りしている感じもするんですが。遡って母集団を共有しているところは、はっきりあるでしょうし。

ヴェルディ村だとどうしてもアメブロに押されまくりですが(笑)、fc2ブログはやはり双壁的にメジャーな存在なんだと、確認出来て安心。クオリティ的には抜けてると思うけどなあ。
その座に直前まで座りそうだったライブドアブログですが、現在どのような特徴で存在しているのかは、よく分かりません。ふーん、"殺伐"なんだ。ちなみに僕が所長さんブログとして使ってるのは、単に画像使用の容量が無料でも極大だからです。
yahoo!ブログが、あえて名前が挙げられるような特別な存在感があるとは知りませんでした。個人的にはとにかく見難い、使い難そうに感じるブログで、そういう意味では印象に残ってますが。

2chは何と言うか、長寿ですよね。
軽薄の代表のようですが、実は流行り廃りが無くて堅固。基本がシンプルだからでしょうけど。
目的的には似ているWikipediaの位置と「質問系サイト」の対照的な位置は、意外なようで絶妙だと思います。・・・・ああ、でも「質問系サイト」はもっと"仲良し"寄りじゃないかなあ。


[イタリア]書籍は売れるが、図書館利用者減少 予算も半減 (livedoorニュース)

ネットの次は、"紙"の世界の話。

出版点数で日本の約8割に及ぶイタリアだが、図書館利用者が減り続け、国の予算も過去5年でほぼ半減した。「図書館の衰退は文化が売り物のイタリアにとり大きな痛手」と関係者は嘆いている。
(中略)
昨年来の不況で、自動車や家電、衣類の売り上げが落ち込むのに対し、美術館や観劇と並び書籍の売り上げも伸びる傾向にあり、ローマの書店は常ににぎわっている
(中略)
国立統計局の調査では、人口6000万のイタリアで年に1冊以上読む人は約2400万人だが、月1冊以上となると320万人に減る。ブックフェアの盛況ぶりから、「読書人口が増えている」(レプブリカ紙)という見方もあるが、図書館は衰退している。
(中略)
イタリアの08年の書籍出版点数は約6万6000で、人口が約2倍の日本と比べ、1人当たりの出版点数は7割ほど多い。ただし全体の書籍の8割方が500部以上売れず、1冊の平均発行部数は3500部ほど。「多種少売」。少数の本好きが乱読する傾向にある


よく分かんねえな。最後のパラグラフが、答えなんでしょうか。
とりあえず売れてるなら何よりじゃないかという、気もするんですけど。日本の状況だと。極端に言えば、図書館が要らなくなるくらいに。

"図書館"と"書店"の、扱い内容(の違い)にもよるでしょうね。
図書館員の経験もある、作家の篠田節子さんは、日本の図書館が普通に書店で売っているエンタメ系の、しかも文庫だのノベルズだのを扱い過ぎる、「図書館は貸本屋じゃねえんだよ!!」(そういう口調なんです(笑))とお怒りでしたが、「普及」「きっかけ」と「営業妨害」と、どちらの面が現状大きいのかは、確かに難しいところ。実際僕は多分、図書館で借りられなければエンタメ系小説の読書量は10分の1くらいになりそうですが、一方でほぼ買わないで済ましてもいるので、少なくても買ってくれた方がマシなのか。
一方ででは「資料」的な本や「古典」を読もうとすると、そこらの図書館ではほとんど役に立たないというのは、確かにあります。ここは貸本屋か!古本屋にも負けてるぞ。

イタリアの例で想像すると、多分言われてるのは、本を買うという"文化"、「所有」の対象としての本という感覚が広く活きている(日本に比べて)という状況を、背景とした話だと思うんですよね。
「読む」のと「買う」のとは、微妙に違うんでね。"文化"というには余りにチンケな話で申し訳ないですが(笑)、何回か言ってますが僕が本を買わない、買わなくなった最大の理由は、「部屋が狭くて置く場所が無い」ということだったりしますし。その為に引っ越すほどのあれも。

・・・・いやあ、でもさあ。CDは買おうよ!元々そんなに聴かなねえべ、買う必要無いというか。本はきりがないんだよ。
実際には、多数の必要がある音楽好きの人はまだ買う習慣が残っていて、そうじゃない人が僅かの出費もケチってる状況じゃないかと想像もするんですが。
僕自身は、狂ったように聴いていた時期はレンタルで済ませて、たまにしか仕入れない今は結構買うみたいな、そんな感じですけどね。

最後は本の話じゃなくなりましたが。アニメDVDを買う層なんかは、むしろ所有欲というか、買う「文化」で買ってるんだろうと思いますけどね。ソフト産業に幸あれ!(笑)


武田邦彦(中部大学):陽気な日本人

ボーヴァワルはオーストラリア、インドネシア、タイ、そして中国と旅行をした後、日本にやってきた。そして、「日本はこの旅行全体を通じ、もっとも美しい国だった」と書き記している。
そしてその理由として、それは美術品が美しいとか、風景が綺麗だということではなく、民衆の陽気さ、活気、軽妙さだと言う。


なぜ、日本人は陽気で幸福だったのか?
それは、「国」と「歴史」があったからだと私は思う。
ヨーロッパは陸続きだったから「国」はなかった。国のようなものがあったとしたら、それは「民族単位」ではなく、「領主単位」だった。つまり、同じ民族の人たちが国を作るのではなく、ある領主が治めている地方が一つの国だった。だから国はとてもまとまりが無く、領主が没落したら、「国が変わる」のが常だった。
中国も同じで、国という概念自体が無かった。このあたりは歴史学の権威、岡田英之先生が繰り返し述べておられる。
そしてアメリカは歴史を持たない国だった。その国の人はそれぞれが個人であるように見えて、実はその国の歴史をしょっている。歴史の背景のもとでものを考え、そして行動する。
だから、ヨーロッパと中国は似ていて、日本は中国と近いのに全く違う。アメリカは歴史がないから個人そのものがその存在である。


人間はなぜ陽気になれるのだろうか? その第一は「自信」である。日本人はみんな親切で、困ったときには助けてくれるという自信、日本の国土に住んでいれば、四季折々、山紫水明、豊かで凍死もしなければ焼け死にもしないという安心感、そして、他国から残虐な人が日本に入ってこないという力である。
そのような社会には、格差がない。差別もいらない。毎日、楽しんで人生を送ればよいのである。
たまには優れた人がでるから、その人をみんなで応援すれば良い。
だれもが優秀である必要もなく、また優秀な人も傲慢にならなければ何の問題も無い。
それが日本と日本人だった。


全部賛成というわけではないですけど。でもいくつか重要な直観を含んでいる、文章だと思います。
例えば「文化的愛国主義」とか、僕の日頃の論と重ね合わせて言えば、適切な自己中心性を持て、ということですかね。世間知らず結構、情報弱者結構。ある意味ではね。

文字通り過ぎる客観主義は、負けの思想です。勝つのは誘導の上手い、一握りの詐欺師だけというか。
ある哲学者(すいません、忘れました)は言いました、近代(&科学)の最大の失敗は、「人間を世界の中心から追い出してしまった」ことだと。地動説クソ食らえと。(笑)
要は何らかの形で、基準を自分の中に持つことですね。宇宙の"中心"に置くというか。またそこから生じる、責任感やら品格やらいうものもあるし。

勿論僕は、方法的に主観主義を駆使しているというつもりではあるんですが、単に本気な瞬間も、少なからずあります。(笑)
考えてもしょうがないことは考えない。よいお年を。


スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック