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America’s Next Top Model :シーズン1
2006年11月12日 (日) | 編集 |
americasnexttopmodel

もう再放送始めるのか。今晩22:00〜ch722FOXチャンネル にて
予想以上に面白かったので、視聴環境があって、きれいな女の子やオーディション番組が好きな人は是非。

全米のテレビ界を大いなる悪評と共に(笑)席捲しているいわゆる”リアリティ・ショー”の一つですが、日本版も作られた元祖『サバイバー』を別にすれば、他の「アイドル」やら「テンプテーション〜」は僕にはキモいやら白々しいやらでついていけません。
日本人としてはここは素直にモー娘/ASAYANの伝統に立って、王道”オーディション番組”とだけ考えておくべきだと思います。以下極力ネタバレ抜きで紹介。


構成としては特に捻りはなく、番組タイトル通り、素人(微妙な人もいますが)を集めてそこから”America’s Next Top Model”を探そうというもの。予備面接でふるい落とされた10人からスタートし、毎回モデル業の実地修行も兼ねた課題を与えてそれの成果・取り組みを審査して一人ずつ落として行って、最後の一人まで選んで行きます。

この番組の良いところ、成功しているところとしては、
1.オーディションのシリアス度が高くて”リアリティ”のあるところ。
2.キャスティングのセンスの良さ。
が挙げられると思います。

特に2は秀逸で、女の子のレベルもさることながらそのヴァラエティの豊かさ、ほとんど社会学者か人類学者が選んだんじゃないかというくらい、見事なまでにアメリカに在住するあらゆるタイプ/民族/社会階層/思想信条のサンプルが集められていて壮観です。・・・・いや、でも相当眼のある人がやっていると思います。見てて響くものがあります。

勿論これだけのヴァラエティが可能なのはアメリカならではのことで、正に”合衆国””人種の坩堝””多民族国家”の名に恥じないなと実感。「対立」のスケール、「ディスコミュニケーション」の深さが半端じゃないんですよね。

特に日本人の目にインパクトがあると思うのは、”ネオコン”じゃないですが”南部の保守的なブロテスタント”というパーソナリティが、政治化する以前の純粋な状態で実地に見れるところ。あの女だあの女。(吐きそう)
いやあ、凄いですよ、思考停止の仕方が。どう見ても最高にエゴイスティックで最高に嫌な奴なんですが、本人は自分が道徳的で清潔で慈悲深い、みんなが見習うべき人間だということを毛ほども疑っていないという。


シナリオにどこまで作為が加わっているかは謎ですが、回が進むにつれてこのコンサバ/リベラルという対立軸が鮮明になって行って、ベスト4時にはきれいにコンサバ2リベラル2という人選になっていたのには感銘を受けました。
またこの”リベラル”2人がいい感じなんですよね。それぞれもいいし、2人でいる時の女の友情の感じも洒落てるし。仲間に入れて欲しい。(笑)

(パリロケの回のフランス語練習風景)
 リベラルA「Aのオッパイは素敵。」
 リベラルB「(復唱)Aのオッパイは素敵。」
 リベラルA「Bのマ○コはクサい。」
 リベラルB「(平然と)Bのマ○コはクサい。

こんな会話を始終当たり前にやってくれるので、もう、なんか。(笑)
楽しい。こうじゃないと。人間の会話ってのは。

審査員の”ベストショット”の選び方などには日米の(?)美意識の違いなども感じましたが、審査基準自体は十分に公平で多面的で、プロだなと納得させられるものでした。順調にシリーズ化されているようで、恐らくは回を重ねるごとに避け難く”仕込み度”は増して行くことが予想されますが、それを差し引いても今後がかなり楽しみです。

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