東京緑、代表、アイドル、二次元、女子バレ
G大阪-名古屋、鹿島-浦和
2010年03月08日 (月) | 編集 |
都合によりやっぱり書きます。順番は見た順です。
今年は"J2ライブセット"で通そうかと思っているので、ただで見れる(笑)J1の試合は、極力見て行こうかなと。かえって観戦数増えるかもね。では。



ピクシー監督復活?!

J1第1節 G大阪 ●1-2○ 名古屋(万博)

まあ、普通にトップリーグの強豪どうしらしいエンターテイメントは、ある試合でした。


名古屋についてはついこの前の天皇杯準決勝の時は、「小さめの局面のパスワークからインサイドアウトに作って行くようなイメージが余り無い」ので、"流行りのバルサ風4-1-2-3"は無理があるんじゃないか、「シンプルにワイドにフィールドを使うゲームメイク」という、ピクシーのチームの良さが消えてしまうんじゃないかと疑問を呈しましたが、どうも杞憂に終わりそうというか、もしくは完全に的外れ(笑)だったかという感じ。

この試合の名古屋が見せたのは、ケネディが真ん中にいることがいかにも自然な(笑)よりトラディショナルな"3トップ"の、サイドを徹底的に効率的に抉って中で勝負するそういうサッカーで、「シャビ・イニエスタ」的なインサイド(のゲームメーク)に焦点を当てたものでは全然なかったようで。
実際にインサイドを務めた小川とマギヌンと、ウィングの片割れ金崎の3人は、言ってみればその3つのポジションの誰がどこをやっても務まるようなそういう顔ぶれだと思いますが、その中で若い新加入の金崎がより自由度の高いウィングを務めて、一方でよりチームで年季のある小川とマギヌンが堅実にインサイドを務めたところに、今のやり方の重点と言うかニュアンスが表れているような気がしないでもないですが、考え過ぎかも知れません。
・・・・つまりタイプ的にはもし金崎がインサイドを十分なクオリティで務められれば、「シャビ・イニエスタ」的なものに近付ける可能性も少しはあるわけで、そういう狙い含みで獲ったのではないかとも、思っていたものですから。

実際には金崎は、ウィングの"自由"を思い切り謳歌して、持てるスキルをかなり前向きにチームの中で活かすことに成功していたわけで、これだけ見ると単純にその為に獲ったようにも見えるわけですが、しかしじゃあ小川やマギヌン、特に小川が本来的にインサイドの選手かと言えばとてもそうは思えないわけで、つまりこの日の布陣が最初から理想形としてイメージされていたと考えるのもそれはそれで無理があると思います。
更に細かいことを言えば、天皇杯準決勝の玉田のスターティングポジションは"右"のFWで、それに対してこの日は"左"、左利きのドリブラーである玉田がこのどちらに入るかは、多分に布陣のニュアンスを左右すると考えられるわけで、つまりは同じ「3トップ」「4-3-3」という大枠の中ですが、ビクシーの構想が一直線にこの日の形に向けて進んだわけではないのではないかと、それこそバルサ的なそれに憧れや色気を見せつつの、名古屋の現実での落とし所としてこの試合のチームがあるのではないかと、そう一応僕は考えていますがどうか。

ともあれ結果的に出来上がったものを端的に表現すると、要はオリジナルピクシー名古屋が持っていた「ワイドでシンプルなゲームメイクと効率的なサイドアタック」という持ち味の別ヴァージョン、より前向きに言えばケネディや玉田・金崎の特徴を分かり易く活かしたパワーアップ型と、そう言っていいのではないかと。
・・・・本当に"アップ"してるのかどうかは、実はまだよく分からないんですけどね。確かに3トップを中心とした攻撃には迫力を感じる瞬間があった、しかし少なくとも初年度のピクシー名古屋の一番"怖"かったところは、むしろ中盤の広角なボールの動かし方の捉え難さ、視線を切られる厄介さの方にあったように思うので。これくらいでは、まだいいとこどっちを取るかというレベルではないかと。

まあ実際には、その初年度の持ち味が慣れられた、あるいはチームとしての緊張感を失った行き詰まりから、こういう変更をしたわけでしょうから、今はただただ、新しいやり方のプラッシュアップに務めているだけでしょうが。

ガンバについては・・・・特にありません(笑)。平井眠れないだろうなあとか、それくらいです。



"大人"と"子供"というよりも、"玄人"と"素人"の試合。

J1 第1節 鹿島 ○2-0● 浦和(カシマ)

冷静に見れば浦和にもいいところがあったんでしょうが、あんまり見る気になれません。


まあ何といいますか、フィンケをサッカー的に支持している浦和サポは、岡田ジャパンも同じように支持するべきだと思います。
そういうチーム、そういうサッカー。

どっちも広い意味での「接近・展開・連続」で似てる、あるいはもっと端的に、ショートパスでの打開へのこだわりと過激な運動量(に依存した守備)主義という特徴が似ているという話は去年から何回もしていましたが、何かもっとより本質的に、「サッカー」とその"常識"や"道理"への態度がそっくりだなと、否定できない不快感を伴って思うようになりました。

「独創的」なんじゃなくて「素人」なだけだと、岡田監督についてはほとんどの人が認めるでしょうが、フィンケについてももうあんまり(岡田監督と)区別する必要を僕は感じなくなりました。・・・・出来ますよ?区別は。やろうと思えば。例えばパスによる意図的な崩しの組織化については、少なくとも差がありますし。
でも根本の部分で常識や道理を軽視している、岡田監督の場合は自分だけ"抜け道"を通ろうとしていて、フィンケの場合は自分だけが(汚れた世界に対して?)良心的だと、自分の教義を世界と代替しようとしているという、そういう違いはありますが。

良くも悪くも現実感覚の発達した人であるブッフバルトが、なぜフィンケ(の浦和監督就任)についてあれほど感情的に否定的だったのか、今はよく分かる気がします。決して頭越しに話を進められて、メンツを潰されたというだけではなかった。単に嫌いなんでしょう(笑)。不快というか。サッカー人として肌に合わないというか。それが自分の築いたチームの後任に来るという、その抵抗感。
かの祖母井氏はオシムと並べて、フィンケを「一緒に仕事をしたい人」と挙げていたそうですが、表面的な特徴だけ見て何か勘違いしてるんじゃないかと思います。オシムに失礼というか。

オシムも確かに独創的なパスサッカーの人ではありますが、それは道理を極めた達人が論理的帰結を純化した贅沢な冒険であって、素人やアウトサイダーの怖いもの知らずの噛み付きではないわけです。
人間的にはどうだか知りませんよ?オシムにも狂気や夢想的な部分は多分にあって、それがオシムの仕事のモチベーションの一部を形成しているだろうとは確かに思いますが、しかしそれ以前にオシムは"玄人"であって"サッカーの人"であって、変なやり方で一発逆転、サッカーに復讐する負い目や必然性はないはずです。

まあね、同じ持ち味を、岡田監督にしろフィンケにしろ、もっと好意的に見ていた時期、あるいは見るアングルは僕も持っているわけで、あんまり偉そうなことは言えませんが。とにかく今は、一言で言ってうんざりしています。彼らのサッカーの張りぼてぶりに。
人間的な動揺や"日本人"としてのある程度仕方の無い条件のある岡田監督の方が、まだしも同情・共感する気持ちは残っていますが。いつ見ても何の変化も起伏も感じられない、自分用の論理を疑う感受性も無いように見えるフィンケに対する不快感は、ちょっともう僕は限界です。この年明け初戦の"継続"感には、ノックアウトされました(笑)。ある意味凄い。頑張って下さい。

少しだけ普通のチーム批評を試みてみると、この1試合だけ見ても、どうにもチーム編成が機械的というか、机上の計算だけで本当の意味で"効果"がイメージされていないというか。そういう精神活動の領域が無いというか。
後半の交代策の無理矢理ぶりには各所で批判がなされていますが、それ以前に柏木の使い方、チーム内の位置づけ方なんかも、どうもピンと来ない。柏木自体はなかなか立派なもので、ひょっとしたら本当にレッズを立て直して牽引するかも知れない(今のテンションが続けば)可能性を感じなくはないプレーぶりだったと思いますが、この日の位置づけ(3枚の攻撃的MFの1枚、ポンテの外側)だと、積み重ねた歴史を考えれば結局"ポンテのチーム"の飛び道具系パーツの一つ、要は去年の梅崎や原口の代わりでしかなり得なくて、何か非常に勿体ないなという感じがします。
"ゲームメイカー"という、梅崎や原口にはない柏木の特徴が、ほとんど活かされていない。

確かに山田直輝はどこに置かれても、ポンテと共存しながらいきなりゲームメイカーとしても機能しましたが、あれは生え抜きでもある山田直輝の、特殊で破格な連携力の賜物の特殊な事例なので。せっかく柏木を使うなら、開幕からあれほど好調なら、むしろ「柏木のチーム」にすべきだと思いますけどね。必要ならポンテも外して。
それでこそチームの刷新の大いなる可能性が・・・・とは言っても、実際にはフィンケは"刷新"の必要を別に感じていない、単に個々のパーツの性能アップだけが問題だと考えているんでしょうから、意味の無い意見でしょうが。"チーム力"も、あるいは試合中の"攻撃力"も、機械的な組み合わせと足し算で事足りると。

一言で言って「感情」とそこから来る想像力みたいなものが、欠落しているんですよね、フィンケのチーム作りには。そりゃトゥーリオとは断固として合わないわ(笑)。トゥーリオの言い分の一つ一つが正しいかどうかは知りませんが、何はともあれどんな理由を付けてでも、出て行ったんじゃないかなと。(笑)


と、いうわけで、とても仮初めにも「浦和ファン」という立場から書くのは不可能な心境なので、当座避難・脱走することにしました。
よその試合について書いて"他サポ"が気分を害するのは仕方ないけれど、応援前提の"身内"に喧嘩売る気はない。そこらへんのニュアンスを、汲み取っていただけると。
書いてる人は同じですけど。(笑)

いやあしかし、前半の"ロボット"ぶりは酷かった。見てはいけないものを見たような気持ちになった。そりゃ鹿島は強いけどさあ。去年と比べても、これから差が縮まる過程にはとても見えなかった。
こんな浦和にも、やはり(長らく苦手とする)FC東京は勝てないのか。次戦、ある意味凄く注目。
正直、勝敗の予想自体はつきません。どっちもあり得る。(当たり前か(笑))


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コメント
この記事へのコメント
いつも更新お疲れ様です。

実は自分は携帯で赤の陋屋をずっと見ていたので今日までここの存在を知らずに
見ていました。つまり管理人さんが実はヴェルディ(?)ファンなことにかなり度肝を抜かれました(笑)

でも今季も管理人さんの浦和についてのよいレポートが見れるので結果オーライということで。

試合内容についてですけど、個人的には柏木のゲームメイカーらしい要素はそれなりに感じました、前半終わりあたりから鹿島のプレスに困った後ろの連中のボール回しに加わって安全地帯に運ぶところとか、本当はもっとゴールに近い位置でもっとすごいことができる選手なんでしょうけど。この試合を見る限りでは柏木はすでに十分このサッカーの中心になっているなと思いました。負担も大きいですけど。

あとポンテはだいたい右サイドを主にプレーしていたように見えました、宇賀神がものすごく可能性を感じるプレーだったので、ポンテが左サイドで彼をいかすためを作ったりパスを出したりできれば左サイドは面白くなるんじゃないかなと期待しています。
そしてなんだかんだボールを持ったら違いを見せてくれる選手なのでボール回しの中心は柏木に任せてチャンスメイクに徹してほしいなと。

交代策についてですけど、鹿島が疲れてプレスを止めたので押し込めると思っての原口投入だったのでしょう、
でも入った途端にマルキーニョス達が復活しちゃうんだから鹿島というチームの意思統一と決断力には脱帽です、Jでそんなの反則じゃないかとオリベイラに言ってやりたい(笑)
なので個人的には原口投入というフィンケの交代策自体には文句はあまりありません。はなからそういう能力に期待しているわけでもないですし、鹿島が上手かったなと、でも高崎をベンチに入れなかったことについては不満を感じてます、終盤に高さに頼らざるをえない展開になることは十分想定できたはずだろうと。
堤が居ないのも謎ですが。

管理人さんのフィンケ考察が正しければ浦和はまたもや色んなものを失う気がして恐ろしいです。正直自分もフィンケを見限りつつありますが・・・、山田直輝が戻って来るまでは意地でも見限りつつあり続けたいと願ってます(笑)

申し訳ありませんかなり長くなりましたが期待と不安の大きさの表れだと思ってください(笑)
ちなみにコメントするのはこれが始めてだったりします。
2010/03/08(Mon) 14:15 | URL  | もどりっち #/oCNv11s[ 編集]
はじめまして
うわあ、あれを携帯で見ている人がほんとにいるんですね。減るもんじゃないんで一応QRコードとか掲示しつつ、自分では見たこともないというか、何の配慮もしていないので、遡って恐縮してしまいます。

実は僕も柏木の物理的な位置については、恐らくは直前の取材に基づいてるのであろうNHKによるスターティングの表示を、一種の「意思」として真に受けてみている(基本的にそうすることにしています。明らかにフォーメーションから違う場合とかは別ですが)だけで、最終的にああいう書き方になったのは、柏木の機能の仕方からの総体的な印象論です。

その機能ですが、確かに柏木自体は本文にもあるようによくやっていて、「中心」だと言って言えなくはないと思います。ただそれは結果論というか、柏木が"頑張った"というだけに思えて、ポンテの存在の巨大さを考えた時に、監督として十分に思いやられている、誘導している、意思が示されているようには見えなかった。・・・・実際そういう意思は特に無いんでしょうから、それ自体は単なるやり方の選択の問題でしょうが。それへの異議はまた別として、この試合の状況の認識の問題としてはそういうことです。

交代策については僕は基本的に余りコメントしないタイプなんですけど、批判されているのは「誰を入れたか」というより「誰が外れた/移動したか」(それによって交代後の布陣がどうなったか)でしょうね。"攻撃的交代"後に特にボランチあたりのバランス・運動量が悲惨なことになるというのは去年からお馴染みの風景で、この試合は更に最終ラインへの悪影響まで大きく出たので、まあ言われるだろうなという。

すっかりやめる気で(笑)高崎の状況の把握に自信が無かったので黙ってましたが、ああ、怪我ではないんですね。ならば・・・・いや、やめましょう、さすがに復帰後の高崎を1分も見ていないので。水戸でのプレーでファンに近い感情を持っているので、相変わらずの成り行き的エジミウソンアンタッチャブルな構成に不満を感じているのは事実ですが、それはもう少し見てからで。
柏木については「見た」ので、ポンテとの関係・優先順位に、文句をつけたわけですね。

直輝については今は潰れる恐怖の方が大きくて、あんまり期待したくありません。ある意味戦術にぴったりなだけに、出されたらやってしまうでしょうから。あれだけの宝が、フィンケと心中は勘弁という感じです。

コメントをもらって、少し、冷静になったかも知れません。(笑)
2010/03/08(Mon) 17:18 | URL  | アト #/HoiMy2E[ 編集]
ここまで辛口の批評になってるとは思わなかったw。
今後良くなっていく希望は持ち続けようと自分自身に言い聞かせてたんですが、管理人さんの開幕戦の浦和観?を読んで今後に不安を感じてしまった。
何年も前から欠かさずブログを読ませてもらってここの論評をすごく信頼してただけにショック・・・。
でも今シーズンも浦和の記事を一応続けてくれるということなのでまた毎週見に来ようと思ってます。
「実はフィンケすばらしい、私が間違ってた」なんて記事が読めるときが来るといいなあw
2010/03/08(Mon) 23:56 | URL  | 某浦和サポ #mQop/nM.[ 編集]
浦和の今後?
>もどりっちさん
>管理人さんのフィンケ考察が正しければ浦和はまたもや色んなものを失う気がして恐ろしいです

答え忘れてました。
去年の最後のエントリーにも書きましたが、実は浦和は既にフィンケから、それなりに定着しつつあるパス文化のようなものを得ているようにも見えて、例えば昨季一杯でフィンケが去ったとしても、それだけでも十分にプラスというか遺産のようなものはあったと、公平に見て言えると思います。
あれをもって「再建」が成ったとはとても言えないでしょうが、一方で「再建」が必須な荒廃した状態に既にあったのも確かなわけで、困難な事業が不幸にしてやはり成功はしなかったというだけで、"失った"とまで言うのはフィンケに酷かと。
今年については、一年更に横這い(以下)だとさすがに「時間」を失った感はあるでしょうが、もし僕の"考察"と関係のある形で失うものがあるとすれば、非王道的なサッカーをそれ自体を言い訳にしながら負け続けることによる虚無感とかモラルハザードとか、そんなところですかね。それが数年続けば、例に出して悪いですが、現在の磐田的な"元王者"に成り下がる可能性はあるかも。(我が緑は遠過ぎて適例と言えません(笑))

>某浦和サポさん
>「実はフィンケすばらしい、私が間違ってた」なんて記事が読めるときが来る

どちらかというと、「フィンケはフィンケなりにやっている、しかし私の気持ちは変わらない」という記事の方が、"読めるときが来る"公算は高いと思います。(笑)
基本的に今回の記事は僕の(フィンケに対する)気持ちを書いているだけで、浦和の成績予想としては、せいぜい「鹿島との差は縮まらないだろう」くらいの話しかしてませんね。だからFC東京とも、勝つか負けるか分からない。(笑)
もどりっちさんへのレスと関連付ければ、"フィンケのサッカー"に浦和イレブンが緊張感を保ち続けられれば、去年くらいの成績を上げる可能性はそれなりにあると思います。
上がり目については・・・・確かに疑問を持ってますかね。仮に内容が横這いだったとして、慣れによるプラスと倦怠感のマイナスのどちらが大きいか、それに関して、"自然"には出来ないフィンケのサッカーの特殊さが、負担になるだろうなという、まとめるとそういう話でしょうか。
2010/03/09(Tue) 07:36 | URL  | アト #/HoiMy2E[ 編集]
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