2005年06月23日 (木) | 編集 |
![]() | 大地と海の歌 ハンブル・パイ (1993/08/25) ユニバーサルインターナショナル この商品の詳細を見る |
距離感の奇跡。またはさらば青春の光。
詳細は省きますが、ソウルフルなロックンロールのスティーブ・マリオットとリリカルなフォーク・ロックのピーター・フランプトンという、異なった背景を持った2人を2枚看板として’69年にイギリスで結成された Humble Pie の3枚目のアルバムにして実質的なデビュー・アルバム。参考
集合離散が激しくまた個々人の技量や思想への着目の比重が大きかった往年のブリティッシュ・ロック界では、このテのコラボ的実験的ニュアンスで結成されたバンドは無数にあったよう。まあロックがまだジャズと地続きであった古き良き時代の風景というか。
定番的な評価としては「2人の持ち味が代わる代わる出て来るクオリティは高いがまとまりの無いアルバム」ということになるようですが、そうした批評を知らずにポコンと聴いた僕にはむしろ共通性の方、”ソウル”や”フォーク”といった素材への取り組み方、距離の取り方の純朴さの方が胸に迫って来て、違和感を感じるどころではありませんでした。
ロックが「白人ミュージシャンのブルーズを中心とする黒人音楽への憧れ(と自分たちなりの消化・換骨奪胎)から生まれた」というのはかなり通用性の高い公式的な定義ですが、マリオットにとっての”ソウル”というのも正にそういうもので、このアルバムでのマリオットリードによる楽曲に渦巻く憧れ、一体化の想いと言うのは聴いていて息苦しいほど。
客観的には既に十分過ぎるほどの技量を持ちながらも、『永遠に届かないゴールを目指して祈りを捧げ続ける求道者』の如き切ないイメージが浮かび上がってきます。
一方でイギリス/アイルランド系の人々が言わばデフォルトで持つ、フォーク/トラッド的な音楽の素養というのは多分本人たちにも測り難いほどに根底的なもので。ロック時代になってからもいくつもそうしたものを売りにしたスタイルが脚光を浴びますが(次回参照)、僕はむしろそれほど意図的でなくあるいは片手間にそうした要素が取り上げられた時の様になり方・自然な味に感動を覚えることが多いのです。
このアルバムでピーターがやっているのも言ってみればそうした範疇の何てことのない言えば何てことのないもので、それがマリオットとの対照でやけにすんなりしみじみと来たりするわけです。
ハンブル・パイ自体は結局この2つの要素が上手く融合はせず、’72年のピーター・フランプトン脱退を機にマリオットのソウル路線で固められ、すっかり自信がついたマリオットによる堂々たるどす黒い、ソウルフルでヘヴィなハードロックンロールで一時代を築きます。
またピーターの方はソロとして持ち前のリリカルなフォーク・ロックが内在させていたポップさの対象化・抽出に成功し、世界的な大ヒットアルバムもものにします。
つまり二人とも立派な大人になった・・・・わけですが、当然ながらこのアルバムが持っていたナイーヴな、僕のような根っからの評論野郎をも一瞬無防備にさせるような味は失われているわけです。マリオットにとっての”永遠の憧れ”という無限の距離感も、ピーターにとっての「距離が無い」という距離感、幸福な原初的融合はそれぞれ現実の適正な距離感として落ち着かされてしまった。
二度と戻らない日々。仕方の無いことですが少し寂しい。
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