2005年07月05日 (火) | 編集 |
![]() | バスケット・オブ・ライト(紙ジャケット仕様) ペンタングル (2005/12/21) BMG JAPAN この商品の詳細を見る |
どうも間が空きました。引き続きサブテーマは『ロックとは何ぞや?!』です。
元ネタ&その1
命題2 ”ロックは不良の音楽である”
定説というより「俗信」に近いですが(笑)。でも切っても切り離せないイメージですよね。
さてこの命題は正か誤か。答え、正ではあるが相当の確率で常に誤解が混じっている正である。
どういうことかと言うと”不良”には違いないけどその”不良”はいわゆる「ヤンキー」とかそっちの方の、粗暴系肉体系のそういう不良ではないということです。むしろ頭デッカチ系浮世離れ系のそういう意味での不良、イメージ的に言うと「ヤンキー」ではなく「文学青年」「芸術青年」。右ではなく左、真逆ですね。
これはロックを既に良く知っている人からすれば自明のことでしょうが、そうでない人や世の親御さん(?)の間では根深く存在している誤解です。・・・・まあヤンキーだろうが芸術青年だろうが、子を心配する親の立場からはどちらも「道を踏み外している」には違いないでしょうけど(笑)。
それはともかくそうした頭デッカチ系の、公平に言って当時の意識の高いイギリスの若者たちが、それゆえの黒人音楽の原始的・根源的な力への憧れ/敬意から始めた”ロック”という「作業」ですが、一部の呑気なor自意識少なめの連中を除いて結局は一体化の不可能性→換骨奪胎→白化・知性化→独立というようなルートを大筋辿るわけです。
じゃなかったら今でも欧米の大衆音楽はブラック/ダンスと白人ポップスに2分されたままだったでしょう。更に言えばそこに知的で個性意識の高い(白人の)若者の表現の場は無かったでしょう。
ロックと同様のそうした作業を自らの過去に対して行ったペンタングル(ら当時のフォーク・リバイバルをになったある種のバンド)の場合も、一方で「一体化」の可能性については同人種ということでスムーズさを感じさせつつも、逆にそれゆえの知性化/意識化の動き、手管を駆使して距離を取ろうもしくは支配下に置こうというような自我主義的な姿勢は強く見られます。メロディ・ラインはほとんどの場合借り物・伝統そのままなので、演奏やアレンジ、プロデューシングのとんがり方とのコントラストやバランスが凄く面白いです。
最初からクオリティは高かったですがいかにも「実験」臭が露わな部分があった1st,2ndを経ての、’69年発表のこの3枚目「バスケット・オブ・ライト」は、そういう意味での最高傑作です。とにかく多彩で恐らくは「決定版」という意識・自信が強くあったのでしょう、全体を通して予定調和的な完成感、円環的な時間感が支配していて、気恥ずかしい比喩ですがそれでも”万華鏡”という言葉がつい浮かびます。夢の音楽です。
要素としてはフォーク/トラッドをダイナミック化、メジャー化するための大きな柱としてジャズのアンサンブルを据え、それにポップス、教会音楽、シタール等のインド楽器などを次々導入してきらびやかに飾り立て、でも最終的には極上のフォークとしての味でちゃんとまとめる。憎い、憎過ぎる。
ていうか聴きようによっては結構知走った厭味な音楽だと思います。「ヤンキー」は受け付けないでしょう(笑)。
その最たるものは最終曲「House Carpenter」で、かなり有名らしいトラッドソングを原曲とし、リード楽器としてシタールを大フィーチュアーしながら最終的にこの疾走感は・・・・ハード・ロック?ハイウェイ・スター?
”ねじ伏せた”という感じです。食ってやったというか。同じインド楽器を導入しながらも、基本的にはお行儀良くインド音楽の元のイメージに忠実だった同時代のビートルズ以下のロック・バンドたちと比べても遥かに大胆で暴力的で、”ロック”を感じさせます。多分音楽的教養が段違いで、それで最初からインド音楽そのものに対する憧れや遠慮が無いから出来たんだと思いますが。機会があったら一度。
前後しますがその1で紹介した次作では、ある意味もっと余裕綽々に超・典型的なトラッド・ソングの涙ものの味わいの中に内在する形で、その解釈力・アレンジ力を発揮して来るわけですが(ただしエレキやプログレ的大曲にも挑戦しています)。ペンタングルに興味を持ってくれた方は是非ともこの2枚をセットで聴くことをお勧めします。順番はどちらが先でもそれぞれに。
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要素としてはフォーク/トラッドをダイナミック化、メジャー化するための大きな柱としてジャズのアンサンブルを据え、それにポップス、教会音楽、シタール等のインド楽器などを次々導入してきらびやかに飾り立て、でも最終的には極上のフォークとしての味でちゃんとまとめる。憎い、憎過ぎる。
ていうか聴きようによっては結構知走った厭味な音楽だと思います。「ヤンキー」は受け付けないでしょう(笑)。
その最たるものは最終曲「House Carpenter」で、かなり有名らしいトラッドソングを原曲とし、リード楽器としてシタールを大フィーチュアーしながら最終的にこの疾走感は・・・・ハード・ロック?ハイウェイ・スター?
”ねじ伏せた”という感じです。食ってやったというか。同じインド楽器を導入しながらも、基本的にはお行儀良くインド音楽の元のイメージに忠実だった同時代のビートルズ以下のロック・バンドたちと比べても遥かに大胆で暴力的で、”ロック”を感じさせます。多分音楽的教養が段違いで、それで最初からインド音楽そのものに対する憧れや遠慮が無いから出来たんだと思いますが。機会があったら一度。
前後しますがその1で紹介した次作では、ある意味もっと余裕綽々に超・典型的なトラッド・ソングの涙ものの味わいの中に内在する形で、その解釈力・アレンジ力を発揮して来るわけですが(ただしエレキやプログレ的大曲にも挑戦しています)。ペンタングルに興味を持ってくれた方は是非ともこの2枚をセットで聴くことをお勧めします。順番はどちらが先でもそれぞれに。
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