2006年06月08日 (木) | 編集 |
引き続き海本が(与えた影響が)スペシャルだという話。つまり「これなのかあんたの言う”気持ち”というのは」の部分ですが。
思うにこれは単に頑張れとか気持ちを前面に出せということではないのだと思います。言いかえるとチームを機能させる為の手段(の一つ)としての”気持ち”ではない、”組織”か”技術”か”気持ち”かという並列的な要素としての”気持ち”ではない。
では何かというとチームの前提条件、基本設定上の変数としての”気持ち”、より正確には”熱い気持ち”。・・・・分かりませんね。(笑)
つまり、どんな監督であれ戦術であれ、想定している基本的なチームのテンションやムードというものがあるわけです。意識的無意識的に。多くの場合は「運動量」がその中身ですが、必ずしもイコールというわけではない。
ある戦術/スタイルが機能している状態をイメージする時、自ずとそれに相応しい基本テンションというものがあってそれがチームカラーや現有戦力と大きくずれていたりすると安定して機能させるのが難しいし、あるいは監督の柄と一致しなさ過ぎると指導に説得力がなくなる。
で、どんなチームでも妙にテンションが高まることはありますがそれを前提とするのは確実性に問題があるので、たいていは程々のレベルを基準にチームを組んで、言ってみればチームのボトムを確保しようとする。特別な日ではなくても粛々と責務を実行するだけで、ある程度のクオリティが保証されるように心を配る。
ところがどうもラモスはその基準とするテンションがかなり高いのではないかと思うんですね。高くて初めて機能するようなチームの組み方をしている。あるいは高ければ半自動的に解決可能なレベルの穴や関係性までいちいちケアしない。
僕も含めてたいていの人は上記の程々のテンションでも機能するようにまず作って、そこにプラスアルファとして気持ちを加えてパワーアップする、人形に魂が入るというような感じでサッカーのチーム作りをイメージしていると思うんですが、ラモスは最初からスペシャル状態しか見ていなくてそれが叶わなければ駄目なのは当たり前だくらいの感覚でいる。それは本当にラモスからすれば当たり前であって、僕が言うように(↑)”変数”だとは思っていない。それが伝わり難かった。
思うにこれは単に頑張れとか気持ちを前面に出せということではないのだと思います。言いかえるとチームを機能させる為の手段(の一つ)としての”気持ち”ではない、”組織”か”技術”か”気持ち”かという並列的な要素としての”気持ち”ではない。
では何かというとチームの前提条件、基本設定上の変数としての”気持ち”、より正確には”熱い気持ち”。・・・・分かりませんね。(笑)
つまり、どんな監督であれ戦術であれ、想定している基本的なチームのテンションやムードというものがあるわけです。意識的無意識的に。多くの場合は「運動量」がその中身ですが、必ずしもイコールというわけではない。
ある戦術/スタイルが機能している状態をイメージする時、自ずとそれに相応しい基本テンションというものがあってそれがチームカラーや現有戦力と大きくずれていたりすると安定して機能させるのが難しいし、あるいは監督の柄と一致しなさ過ぎると指導に説得力がなくなる。
で、どんなチームでも妙にテンションが高まることはありますがそれを前提とするのは確実性に問題があるので、たいていは程々のレベルを基準にチームを組んで、言ってみればチームのボトムを確保しようとする。特別な日ではなくても粛々と責務を実行するだけで、ある程度のクオリティが保証されるように心を配る。
ところがどうもラモスはその基準とするテンションがかなり高いのではないかと思うんですね。高くて初めて機能するようなチームの組み方をしている。あるいは高ければ半自動的に解決可能なレベルの穴や関係性までいちいちケアしない。
僕も含めてたいていの人は上記の程々のテンションでも機能するようにまず作って、そこにプラスアルファとして気持ちを加えてパワーアップする、人形に魂が入るというような感じでサッカーのチーム作りをイメージしていると思うんですが、ラモスは最初からスペシャル状態しか見ていなくてそれが叶わなければ駄目なのは当たり前だくらいの感覚でいる。それは本当にラモスからすれば当たり前であって、僕が言うように(↑)”変数”だとは思っていない。それが伝わり難かった。
・・・・あ、いい比喩を思い付いたので挿入しておきましょう。つまりラモスは一生ラブラブじゃなきゃ夫婦じゃないと思っている、言っているわけです。(笑)
いやいや腐れ縁もまた夫婦の味だよとか友達みたいな夫婦というのも人生のパートナーとしてはむしろ相応しいんじゃないかとか、そういう選択肢・変数の幅というのは認めていない。ラブラブじゃなければ壊れればいい、それが当然だとそう思っているわけです。これで分かりますかね?(笑)
話戻してだから”気持ち”を見せろというのはプラスアルファを出すのでも手段でもなくて、前提なのです。前提外して約束事も糞もないのです。
そしてそれがラモスにとって自明の前提であればあるほど選手には伝わり難くて、片や説明したと思っている、片や十分聞いたよ耳タコだと思っている。やらせてみると分かっていない。なぜ?という。
そしてそれが分かる唯一の手段が手本を見せることで、しかしもう現役ではないので理解している/感覚的に分かっている/元々資質に通じるものがある選手に代わりをやってもらうしかないのですが、今までは事実上それが大野一人しかいなかった。そこに・・・・という繋がり。
そうそう、前から言おうと思って忘れていたことですが、デジマールという選手がいますね。あんなポンコツなぜ使い続けるんだという批判が多かったですが、多分彼はそうした「体現」出来る選手の有力な候補だったんだと思います。バジーリオが技術的にラモスの”分身”であるというのとは違う意味でラモスに近い選手。心理的にというか。
あの地の果てまでついていくマンマークや殺人スライデイングのような不細工な熱さは、そういう性格のものと考えるべきかと。色々と駄目過ぎてさすがに切られそうですけど。
ともかく海本という新たな”憑り代”を得て、いよいよラモスの意思がフィールドに実現する時が来た・・・・ような気もしないではないです(笑)。いかにも不透明感は否めないですが、なんか早速海本傷んでいるようですし。
でもまあ、この試合の前半に見せてくれた「予感」だけで、この先結局グズグズだったとしてもとりあえずは許しちゃおうかなとそんな感じです。何かあるのがちゃんと感じられれば、実現しなくてもそんなに腹は立たない人ですので僕。
J2第20節 東京V○2−0●仙台(国立)
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