東京緑、代表、アイドル、二次元、女子バレ
よしながふみ対談集『あのひととここだけのおしゃべり』
2014年04月28日 (月) | 編集 |
漫画評論系レポ第二弾。
特に繋がりは無いですが。

全体テーマは・・・・「少女漫画」「BL」かな。
『大奥』『きのう何食べた?』のよしながふみさんホステスによる、女性作家対談集。


よしながふみ対談集 あのひととここだけのおしゃべりよしながふみ対談集 あのひととここだけのおしゃべり
(2007/10/04)
よしなが ふみ
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やまだないと&福田里香編

"少女漫画におけるタバコ"

福田 キャラに吸わせるとほんとのほんとのことは態度でも言葉でも言いたくないんだ、っていう強烈なテレがあるっていう意味になるんだよね。(中略)
福田 キャラがタバコを吸うっていうことは食べ物を食べなくてすむっていうことなのよ。そうすると腹の底が見えないんだよね。
(中略)
よしなが これだけ日本人の喫煙率が下がったのに、あいかわらず少女マンガの中ではタバコ吸うんですよねえ。
やまだ でもあいつらさ、タバコ吸うけど箱もってないんだよね。魔法のタバコ(笑)。だからあれは記号のタバコでしょ。あれはイワキの葉っぱと同じなのよ。(笑)
(p.34-35)

(モー2に描いてた)やまだないとって女だったんだ、という程度の認識ですが。
なるほどねえ。多いか少ないかはともかく、男漫画より女漫画の方が遥かに喫煙シーンの印象が強いのは、やはり"男"の記号として未だにタバコが強い存在感を持っているということなんですね。
実際に今喫煙の女ウケがどうなのかはよく分かりませんが、たまに堂の入ったタバコの吸い方をしている人を見かけると、かっこいいとまでは思いませんが同性として微妙なプレッシャーを感じるのは確かです。(笑)
そのぶんセックスアピールも健在でも、おかしくはないだろうという。
"イワキの葉っぱ"というのはこれですね、念の為。(笑)

岩鬼

水島新司の名作野球漫画『ドカベン』の名物キャラで、いつも口に咥えた葉っぱを手離さない、草食男子の先駆け。(最後のは嘘)

"オタクと世代"

よしなが 福田さんによるとオタク憎み世代だっていうんですよね、岡崎京子さんの世代の人たちは。
福田 (中略)岡崎さんはすごく憎んでるの。オタク・フォビアみたいな感じで。そういうインタビューも残してるんですよ。
でも、それが羽海野さんになってくると全部並列なんですよ。おしゃれなこともオタクも。
(p.37)

まあ"世代"というか、(当の漫画業界の人にすら)嫌悪される理由は確かにあって、それは未だに解決も克服も別にされてはいないとは思うんですけど、時代が一回りして単純に既成事実化する、気が付いたら"オタク"的なものが周りにあった"世代"になると、意識性が薄れるのはまあ、理の当然世の常ですよね。
Jリーグの"サポーター"も、同様の理由で「空気」化しつつ、しかしそのことによる増長が逆に意識・反感の先鋭化を改めて招いているという、比較すると少し複雑な状況ですが。


こだか和麻編

"「ゲイ」と「男」と「BL」"

よしなが (前略)女の人がいかにもゲイの人らしいゲイが苦手なのは、憧れないからだと思うのね。ゲイの人たちは差別されていて、女である自分たちと同じように差別されている人たちだから(中略)
こだか なるほどね。だから、BLのように、男の人同士の話になる、と。
(p.120)

昨今猖獗(しょうけつ)を極める"BL"に対する、「何で女はそんなにホモが好きなのか」という、大多数の男による素朴で野蛮な(笑)疑問に対する一つの回答例。
特殊性、あるいは"第三の性"的な「ゲイ」が好きなのではなくて、あくまで「男」どうしの関係に興味があるのだという。
それは翻ってそれを好んでいる女性自身も、普通にヘテロである可能性が高いということにもなりますが。

"女の恋愛と男の恋愛"

よしなが 女の子は、本当は男の人とそういう関係になりたいんだろうな、と思うのよ。
こだか 同志的な
よしなが 同志的な。本当は、男の人と同志で恋人になりたくて、でも男の人は女の人にそんなものを求めてはいないから・・・・・・。
(p.121)

僕は求めてるよ!!だからおいで!!(笑)
いや、まあ、どうなんでしょうか。
ここらへんは、確信的"フェミニスト"であるよしながさんの個人的好みが、強めに出ている意見という気もしますが。
ただ後で出て来る「やおい」の話と合わせて、要するに伝統的教条的"恋愛"からの脱出を、女性(漫画読者)が様々に求めているという、そういう実態はあるように思えますね。その表現の一つとしての、BLというか。


三浦しをん編

よしなが (前略)オタクの子たちが非オタクと話していてもつまらないって言うのは、自分の趣味の話が通じないというのももちろんあるんだけど、「話にオチがない」からなんですって。たとえ日常の話でこれといったオチがないにせよ、人に話すんだからきちんとした物語にしろ、と。あまりにも「それで?」という話が多い、と。(笑)
(p.367)

この場合の「オタク」は広く取って自分も入れちゃいますが(笑)、"オチ"はともかくとして「普通(非オタク)の人」というのは、社会通念や慣習的思考・言い回しを、右から左に受け流すことの繰り返しだけで一生を送る面があるので、今言っているそれがどういう特定の文脈に属している話や観念なのかという意識が希薄な場合が多いわけですよね。(それで日々通用する)
「物語」というのは文脈そのものですし、「オチ」というのはその文脈を前提にした意味の逆転ですから、そういう意味で比較して、"非オタク"の人の話し方が漫然としているということはあるだろうと思います。
・・・・まあどちらかというとこれは、「オタク」云々よりもお笑い・バラエティの世界でよく言われる話ではありますけどね(笑)。要は日常性以上の世界とその意味の意識的捉え直しの経験・習慣をどれだけ持つかということで、そういう意味では"ロック""お笑い""二次元"も、同じような「機会」になるということは言えると思います。勿論他のものも。"趣味"全般というか。


志村貴子編

"じたばた"

よしなが 話が盛り上がって楽しくお話ししたあと、家に帰って布団の中でじたばたすることってありません?
志村 あります、あります!(中略)
もう何年も前の会話でも、たまに思い出してじたばたすることありますよ。なんであんなこと言っちゃったんだろう、とか。
(p.239)

ああ、やっぱあるんだ。
僕が特にセルフイメージに神経質で、くよくよしてるわけではないんだ。良かった。(笑)
典型的にはデートでの"話し過ぎ"とかでしょうが(笑)、僕の場合特に後悔することが多いのは、自己開示すべきでない、心を開く価値の無い/甲斐の無い相手に対して、つい親切心でもしくは単に調子に乗って、必要の無い自己開示をして案の定ろくな受け止められ方をされなくて傷付くという、このパターンですね。
価値の無い相手・・・・つまりとか、兄弟とか、上司とか同僚とか。(八方塞がりだな)
いやほんと、ネット以外でほんとのことを言ったって、基本虚しいだけですよ。匿名万歳。(笑)
実名の奴なんて、信用出来ん。(笑)

"淡々"

よしなが 私の作品は、よく「淡々としている」といわれることがあるんですが、自分ではまったくそんなつもりはないんですよね。志村さんもたぶんそうだと思うんですが、描いている側としては明確な起承転結があって描いているつもりじゃない?(中略)
志村 実は、『青い花』を始めるにあたって、担当さんと、「"ドラマチック"をめざそう!」と言っていたんですよ。でも書評などでよくいわれるのは、「淡々としている」とか「ストーリーらしいストーリーがない」といったことで・・・。好意的に書いてくださっていることはわかってるんですけどね。
(p.248-249)

アニメしか見てませんが・・・・。『青い花』
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が"ドラマチック"か。ちょっと、厳しいかな。(笑)
上で"起承転結"という話が出ていますが、要は「内容」「ストーリー」よりも、「文体」「演出」の方に、より直接的に読者・視聴者は影響を受けている面が大きいということでしょうね。
そこでの印象を、内容で論理的に覆すのは、なかなか難しい。「人」の印象とかも実はそうでしょうけど。
文体・演出が感情に訴えて、内容・ストーリーは理性に訴えるというか。
そういう意味では、結局は作者の責任なんだと思います。"文体・演出"を司っている。
ただある作者がその文体を取る、ある種の演出に流れるのはそれはそれで必然的な場合が多いので、実際にはなかなかどうしようもないものなんでしょうが。逆にそこを気に入ってもらえれば、仮に"内容"が少々つまらなくても、受け手はついて来る。・・・・"人"も同じですね。好きになってしまえば、という。(笑)
ともかく、"淡々"系作者二人の、面白い悩み談義でした。(笑)

"批評と作品"

志村 描いたものを「淡々としている」と評されるのと、描いている側が自分は淡々としたものを描いていると思っているのでは、違いますよね。
(中略)
よしなが 先に評論から入ると危険だと思いますね。たとえば、淡々とした描写とか、何気ない日常を描くとか、"こういうことを言われるマンガ家になりたい"と思っちゃうのは危険だと思います。
(p.248-250)

作品が批評に追い付かれること、あるいは表現が批評に"すり寄る"こと。
そもそもが批評が"先行"気味のジャンル、例えば(バンドブーム以降の)「ジャパニーズ・ロック」や、パンク/ニューウェイブ以降の英米特に英国のロックなどでは、ちょいちょい見られる気がする現象。
それで音楽として「批評性」が売りになったり、あるいはいっそ批評を追い越すくらいの勢いでやってくれるならそれもありなんでしょうが、自ら既成の/定番の批評のカテゴリー車庫入れよろしくハマりに行くようなのは、全くもって見苦しくてみみっちくてよろしくない。
特にある時期以降の「ロッキングオンジャパン」と新人バンドのなれ合い(ニューエストが出て来た前後あたりかなあ)は酷かったですね。聴く前にどんな音が完璧に分かってしまったし、読む前にどんなインタビューかも、完全に分かってしまっていた。非常に直接的に、僕がジャンルから離れた理由になりました。・・・・言ってることと矛盾するようですが(笑)、ロックの最大の楽しみもまたその"批評"性なので、雑誌がつまんなく感じるというのは致命的なんです。まだバンド(だけ)がつまんない方がまし。

上の「淡々」「何気ない日常」というような"批評"とより直接的に関係すると思われる"すり寄り"ジャンルとしては、(ある種の現代)「日本映画」というのが、挙げられると思います。・・・・TV局タイアップ系を除く、というか(あれはあれであれですが(笑))。北野たけし作品あたりも含む。
そういうのが"芸術的"だと、身内で許し合ってクオリティを曖昧に誤魔化してる感じが、たまらないです。"スタイル"は"スタイル"として、でももっと単純につまらない、貧乏臭いと、はっきり言ってやっていいと思うんですけどね。逆に"許し"が前提にあると、(大まかに)「日常」ものとしての緊張感すら、欠けて来るものですし。
ここらへん、例えばラノベとかはよくやってる方だと思います。批評され切っている、分析され切っていることを前提として、しかしそれを梃子にまた面白い作品を書いて見せている。(ものも多い)
あくまで批評の方を向きながら書くという基本姿勢自体は、変える気は無いみたいですけど。(笑)

"現実と作品(?)"

よしなが 昔、私がつげ義春さんのマンガを読んで元気が出るという話をしたら驚いた友だちがいたんですが、その子が就職活動がうまくいかなくて苦しんでいたときに「つげ義春を読んで元気が出る気持ちがわかった」って言ったんですよ。そこまでの苦界に落ちてようやくわかったか、と。彼女がそこまで苦労している境地が私の普段の状態なんだったことでもあるんですが。(笑)
(p.255-256)

(よしながさん言うところの)「オタク」と「普通の人」論(笑)。対照論というか。
まあウチの親父とかもね、元気な頃はプリプリしてましたが、会社をコカしてからはいかに僕の世の捨て方に合理性があるかということを悟ったらしく、何かと言うとアドバイスを求めて来て笑います。(笑)
母親は駄目ですけどね。一回確立した「家」と「常識」の外に、出ることは出来ない。
たまに理解はしようとするんですけど、僕が特殊だという前提が強固に外れないので、同じところをぐるぐる回っている。そのまま死ぬんだろうなあ。他人ならもう少し親切にしてあげてもいいんですけど、身内に下手に情けをかけると怪我する(↑"じたばた"参照)ので。(笑)


"やおい"編

よしなが (前略)この二人が、互いを本当に理解し合える相手ではないとわかっていながら、どちらが窮地に陥ると必ず片方が助けるんです。志を同じくはしないけれど助け合うこともある。もうね、やおいなの(笑)。私は女性同士でもこういう間柄は"百合"だとは思わないんです。価値観の違う者同士、でも相手を認めているその関係は、女性同士であっても、私にとってはやおいなんですよ。(p.153)
(中略)
私や友人たちの言うやおいっていうのは、セックスをしていない、つまり恋愛関係にない人たちを見て、その人たちの間に友情以上の特別なものを感じた瞬間に、これはやおいだと名づけるわけ。(中略)そういう人たちの間柄を妄想して、創作物の中でセックスさせていることもやおいと言うから、世の中の人はやおいというものをごっちゃにしていると思うんだけど。(p.154)

なるほどねえ、そういう構造か。
一応Wikiだとどういう定義になっているかというと、
  「やおいとは、男性同性愛を題材にした漫画や小説などの俗称。
  また、それらを愛好する人や、作中での同性愛的な関係・あるいはそういったものが好まれる
  現象の総体をやおいということもある。」

ということですが、まあどの定義が"正確"かなんてことに、この際余り意味は無いでしょう。
要は(女性の中に)ある種のライバル的緊張関係への萌えがあり、その発展としての"同性愛"夢想や、あるいはその題材でもあるジャンプを筆頭とする少年漫画の愛好傾向があると、その回路を押さえておくのがここでの要点というか。

三浦 分かります。私も、自分がいちばん好きな人間関係はどんなものだろうと考えると、テーマは「孤独と連帯」なんですよ。
よしなが まさに(笑)。それこそやおいの本質ですよ。
三浦 だから、男同士ならなんでもいいわけじゃないんです。
(p.155)

そりゃ『幽遊白書』燃える/萌えるなというのは、無理な話だな。(個人的経験)
蔵馬や飛影の絵自体の美麗性というのは、どこまでその"誘導"を意識したものだったんでしょうね。(笑)
『幽遊白書』の終盤の魔界天下一武道会(?)編では、"元気に戦う男の子たちを見て、「ああいうの見てるとちょっかい出したくなるのよねえ」と盛り上がる女妖怪たち"みたいな、ズバリな場面もありましたが。

羽海野 私、西村しのぶ先生のマンガがすごい好き。だいたい女友だち二人が出て来て。
よしなが 男の人が描くと、ライバルでいがみ合いそうな女の子が少女マンガでは意外と仲良くなる。
羽海野 うん、私、なんで西村しのぶ先生の作品が好きなのか分かった。背の高い女二人が出てきて、皆やいやい言いながら仲が良い。あれは好きだわ、すごく。
よしなが やおいですわ。それぞれが素晴らしくて、お互いが認め合っているという。
羽海野 私、運命共同体やおいも好きだなあ。離れられない感じ。
よしなが やおいっていうより、あれは普通に「愛」よ。
(p.212)

西村しのぶ。僕全作持ってるはずですが、まともに批評されてるの初めて見た。(笑)
嬉しくてメモ。
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そういう見方か。僕はまあ何というか、世捨て人には縁の無い(笑)、"女性的物欲の楽しさ"みたいなものが伸び伸びと表現されてるのか好きなんですけど。
「やおい」と言うには、少し対立関係が足りない気がするな。
「性別」とは別次元の、"ライバル的関係の萌えマンダラ"が徹底的に展開されているものとしては、最近だと何と言っても(?)『咲』
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があると思いますが、ただあれに成人女性が萌えるかというと、それはまたどうかなという。(笑)
ただ「百合」とは違う!ということが、この対談を読んでよりはっきり言えるようにはなったと思います。
女同士だからと言って簡単に百合と言うなというか。
最後の「愛」との違いという話も面白いですね。


以上です。
また長くなりました。(笑)


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