東京緑、代表、アイドル、二次元、女子バレ
フトチャン冨樫記事
2015年08月09日 (日) | 編集 |
基本土日は(人が少ないので)流し記事しか書かないことにしているんですが、代表なでしこにと(執筆)予定が立て込んでいるので、これくらいは今の内に片付けておこうかなと。(笑)
勿論記事自体の"旬"もありますし。


東京V、悲願のJ1昇格へ――。冨樫監督が掲げた2ヶ条の哲学と“緑の血”が受け継ぐDNA (フットボールチャンネル)

1.自由と規律

ひとつ目は、選手たちの「じゃま」にならないことだ。
「(中略)まずは思い切ってプレーしてもらって、そのうえで上手くいっていないときにはどうするのか、上手くいっているときにさらに積み重ねていくにはどうするのか、という感じですね」

ヨミウリ-自由-選手本位主義と、繋げてしまうと言葉としては平凡なんですが。それが冨樫監督の口から出ると、ちょっと違うニュアンスを帯びて来る。
あるいは確かに去年の(代行)就任当初、既に混乱していたチームに更に「自由」を標榜して乗り込んで来た時は面食らいましたが、実際に作ったチームがよくある"自由"派のチームのそれとはかなり印象の違う堅実なもので、その時は「戦術」というより「マネジメント・マインド」の問題として言ってるのだろうと、結論付けといたわけですけど。
その後現在に至る冨樫監督の実際の仕事ぶりを前提にして、この記事の言葉遣いから特に受ける印象としては・・・その独特の"寄り添い"感かなと。
「自由」ではあるんだけど、「放任」「突き離し」ではないんですよね。「じゃまにならない」ように、でもすぐそばにはいるんですね。(笑)
そして「上手くいっている」時は上手くいっているなりに、「上手くいっていない」時は上手くいっていないなりに、手当てをする。押さば引け、引かば押せの柔の道というか。(いや、その)
「自由」派か「規律」派かというような二分法で言えば、どちらでもない。状況や選手の状態に応じて、その時その時必要な分だけ、手当てを施すというか。お母さんか!山内一豊の妻か!という感じですが。(笑)
勿論優れた監督というのは押しなべて"柔軟"なスタンスを取れる、バランス感覚に優れていると相場は決まってはいるわけですが、それでもやっぱり、何かしらその人なりの色というか傾向というものが前提としてあるわけです。あるいは結果として。
そこらへんが冨樫監督は、極端に薄いというか、本当に"婦随"に徹することが出来るというか。
こう(いうチーム作りを)したいという方針があるというよりも、「選手」+「監督」の諸要素の合算を、常に一定に保つようなそんなイメージ。ホメオスタシス的というか。(笑)
・・・どうもこの言い方だと、チームのキャパ自体が前提として決まっちゃってるようですけど(笑)、まあ「積み重ねて」いくとも言ってますから、選手が力を大きくすればそれに応じて、"手当て"の内容も変わって行って、結果として「器」自体も変わって行くんでしょうね。(お母さんの)"保護"が外れない限界ギリギリまで、膨張・自立も常に許して(促して)行くというか。
だから「寄り添い」と言っても単に穴埋めではなくて、"触発""インプロヴァイズ"みたいな感覚も常に伴っている・・・と言い切るには、この先のヴェルディの「成長」も見てみる必要があるでしょうけど。やはり器はある程度決まってるのかも知れないし、そうでないかも知れない。そもそも「ゴール」を設定しているのかというと、それはしてないっぽいですけどね、ここまでの言葉の範囲だと。あくまで"天然""自然"の導くに任せるのが基本で、そういう意味ではやはり「自由」なのかも知れないですけど。目標としては。ただそれが手段としての規律と、特に矛盾・対立しない感じが絶妙独特という。

2.選手起用法

僕としては選手たちのベストの組み合わせを見出していくことが大事だと考えました。誰がプレーしても同じサッカーになるのではなく別の選手が出れば違った形での強さを出していけばチームは成り立つと

むしろ「誰が出ても変わらない」のが良しとされることの多い昨今において珍しいことを言っているというのと、"変わっ"ちゃうのに"ベスト"とは何ぞやという、言語的な難しさと。(笑)
ただ日々冨樫用兵の不思議さを眺めて来た経験からすると、何か妙に分かる説明ではあるんですよね。

とにかく選手を「起用する」「抜擢する」、あるいは「入れ替える」、一つ一つの決断・選択に伴うストレスレベルが、極端に低い。大げさでなく、ちょっと他の監督で見たことが無いくらい。ユース以来の子飼いの選手が多いという条件は勿論あるんでしょうけど、それだけではないと思う。
最近の例で言えば、大卒(出戻り)ルーキー大木を右SBで先発起用する。あるいはJ3/JFL上がりの"若手"ブラジル人ウェズレイを、CBで先発起用する。それも1試合ではなく、2,3試合まとめて。彼らは正直、J2/ヴェルディ基準で見ても、レギュラーには少し足りないところのある選手たちだと思いますが、それでも使う。使ってひと通りいいところを出させる。・・・かと思うと引っ込める(笑)。外す。入れ替える。(でもまたその内使うでしょう)
万事こんな感じで、とにかくフットワークが軽い。あるいはタッチが。あれ?J2に"親善試合"ってあったっけ?今ってシーズン中だよな、M(ミッド)SM(シーズンマッチ)とかそういうんじゃないよなと、訝りたくなるくらい(ならないけど(笑))に、見た目気楽に試して来る入れ替えて来る。
勿論その時々狙いはあるんでしょうけど、その成否をめぐって神経を尖らせているような気配がおよそ感じられない。逆に成功なのか失敗なのか、今一つよく分からない部分もあるんですが(笑)、とりあえずそれでチームが混乱している様子も無い。まあそれで結果が出なければ"優柔不断"っぽいところはあって、実際長らくチーム力が永遠の横這いっぽく見えた時期もあったわけですが、少なくとも"落ちる"ことはなかったですしね。こちらがイジイジとある起用の成否を問うてる間(笑)に、構わずどんどん"次"のトライに取り掛かって、それでチームを回転させてチーム力を維持または蓄積していたということなのかと、今のところの結果本位としては言えそうではありますが。
いや、本当のところは分からないんですけどね、未だに。冨樫監督が何をしていたのか、それが何をもたらしたのか。ただそれがただの気まぐれや優柔不断によるものではない(そう思ってたわけでもないですが(笑))と最近強く感じさせたのは、先頃復帰した高木善朗の起用法で。あのこれまでの短時間の起用でも明らかに分かる、ヴェルディの中でもやはり頭一つ抜けている能力・センスを、せっかく獲ったんだしどうしても頼りたくなりそうなところをあくまでいち選手として、ある意味では大木やウェズレイに対するのと同じ(!)タッチで、軽やかに限定起用にとどめて。しかし同時に、ちゃんとピンポイントでそのスペシャルな存在感を活かしてもいて、また今後のチームの"ポテンシャル"としてもキープして。
上手いなと思います。ある種外国人監督的な、それもかなり質の良い類のそれが示すような、クールさと意思の明確さを感じるというか。まあそれで善朗本人がメンタル的に収まっていられるのは、彼がそもそも"ヴェルディの"選手であるからでしょうけど。
とにかくどういう形でか、富樫監督が選手起用に関して独特のタフネスというかしなやかさというか、そういうものを持った監督だというのは、改めて実感しました。

・・・ええと何が言いたかったんだっけ。(笑)
そう、だからそういう冨樫用兵の機動力の元に、上のコメントにある"それぞれの選手でそれぞれの強さを出して行こう"という姿勢・割り切りがあったのだなと、一つ得心がいったということですね。
それ自体も、チーム作りの"方法"として、そんなに簡単に流せるものではないわけですが。つまり「選手本位」制(笑)の向かう先は、通常は固定の"ベストメンバー""黄金イレブン"と相場は決まってるわけで。欧州ビッグクラブのやむを得ないターンオーバーなどを別にすれば。
実際その直前には「ベストの組み合わせ」という言葉も出てはいるわけで、決して謎が全部解けたわけではない。ただだからといってインタビュアーの聞き間違いでもないだろうというのは(笑)、日々の冨樫ウォッチングの経験が保証してくれるというか保証するというか。最初から固定を目指していないから、選択や入れ替えにストレスが薄い、それは確かなんでしょう。
・・・なんですかね、とりあえずは「それぞれの選手を使ったベストの組み合わせ」とか、複数の可能性のあるベストの組み合わせとか、そんな感じですかね。力点としてはとにかく、やはり選手の能力を引き出すことによって目指す"ベスト"ということでしょう。そういう「選手」本位。
ちなみに"入れ替え"の話ばっかりしてしまいましたが、"固定"の方の抜擢、例えば去年の中後や今年の三竿についても、本質的には同じ、タッチの"軽さ"は変わらないと思います。"固定"だから"重い"ということはない。ストレスレベルが高いということは。
軽いからこそ、重くないからこそ、「固定」の"弊害"も、ここまで最低限にとどめて居られているというか。不思議ですよね、中後にしろ三竿にしろ、抜擢時点では固定に足る実績など、およそあったわけではないですから。なぜそう軽く出来るのか。(笑)


・・・以上が記事からの論考ですが、更に以下は僕の純粋な妄想です。(笑)


冨樫剛一幻想 ~ラモスはなぜ"冨樫選手"を可愛がったのか。

選手冨樫剛一の記憶はごくわずかですが、それでも当時から多少なりとも奇異に思っていた部分はありました。
大して気にしていたわけではないですけど。(笑)

申し訳程度の出場機会の、特に有望視されていたとも聞かない、しかも要は人に強いだけのよくいるストッパーでしかなかった冨樫剛一選手を、なぜラモスは妙に可愛がって、冗談半分とは言え「俺が代表監督になったら呼ぶ」とまで言ったのか。
勿論実現性を問題にするのも酔狂なレベルの話ではありましたが、ただあの、人の好き嫌いの激しい、自分の"評価"に強いプライドを持っているラモスが、なんにも無しにそんなことを言うとも、逆に思えない。

結局現役時代のプレーからはそれは全く分からなかったわけですが、後のキャリアやここまでの監督としての仕事ぶりから当て推量(笑)してみますと・・・

まず一つは、(ラモスの)「舎弟」としての才能があったのではないかということ。
変なことを言うようですが(笑)、別に媚びていたということではなくて、目に見える取り柄が無くてもラモスの/人の心を掴む、懐に入り込む、下につきながらもどこか認めさせる軽くは扱われない、そういう"才能"。人徳というか。
更にラモスとの関連で言えば、"ヴェルディ"という環境に、"緑の血"に、自らは重要な位置は占めなくても溶け込むハマる才能というか。センスというか相性というか。

あえて一般論的に定義すれば、"自分を殺す"才能というか。
殺す意識ストレスすら特に無く、潔く殺す才能。
・・・まあこんな逸話・経歴もありつつ。
その凄さを、申し訳ないけどそこらへんに全く欠ける(笑)ラモスが、潜在的に認めていたとかリスペクトしていたとか、そういうことはあったのか無かったのか。
まあ知りませんが。(笑)

より「経験」のレベルの問題で言うと、そうしたラモスを筆頭とするスター・天才たちに囲まれつつ、自らは直接そこに加われないがしかしその環境自体は深く愛していたらしい冨樫剛一選手/マネージャー/コーチが、自然と身に付けた徹底した引きの姿勢と才能ある選手たちへの満遍無いリスペクトと愛。
一方で(選手として)それらへの"同一化"の未練を全く断ち切ったところから出発したゆえの厳しさ・ドライさ、"底"を知ってる者の強み。そこらへんが絶妙に配合されての、あの愛あるかつ非情なまでに大胆で流動的な独特の選手起用の流儀を生み出した、まあそんな感じは何となくしているわけです。

まあ例えば(今の)永井秀樹なんてのも、"ヴェルディ"という強烈な「光」の言わばにいた選手なのでね。"冨樫剛一"とレベルは違っても。
そうした選手が行う、今のあの不気味に悟り澄ましたようなプレイ(笑)。更に言えば、結局一度もヴェルディで主役として扱われたことなど無いのに、なぜにあんなにヴェルディを愛しているのか。
そういう意味では、この二人は似ているところがあるのかも知れない。"諦めた"ところから出発した人間の強みというか、到達する境地というか。


まあそんなような話です。
富樫監督の「能力」の由来や正体が、なかなか分かり難いのでね。ちょっと妄想の翼を広げてみました。(笑)
よく分からないところは多いですね。能力は能力として認めるにしても、それがどの程度意識的なものか(意識的な狙いとどの程度関係があるのか)、更には"ヴェルディ"という環境以外でも、発揮出来る可能性のあるものなのか。
とりあえず"ヴェルディの"監督としては、ここまでのところ成功してるとしか言いようが無いですけどね。それほど特徴的な戦術を行ってるわけではないし、選手がどれだけ有望だと言ったってまだまだなのは明らかだし。富樫監督個人の特異な"監督力"が、ここまで来れた最大の要因だと、僕は思います。

このまま行けますかねえ。
行きたいですねえ。(笑)
別に無理に上げようとしているわけではないですから、上がってまた落ちてもまあ構わないと言えば構わないですし。
ただ運営を間違わなければ、意外と定着出来るポテンシャルはあるんじゃないかと、そういう気もしています。(言う機会が余り無いですが、今年フロントが変わって既に体質改善はかなり進んでるように見えますね)

今季に関しては、最早2位を狙うのもプレーオフ圏を狙うのも、特に難易度は変わらないような感じだと思いますから、それならやっぱり、自動昇格と行きたいところですね。
直近の試合の感想とかは、書く場所が無くなっちゃったのでまた今度。(笑)


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テーマ:Jリーグ
ジャンル:スポーツ
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