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中村隆資『堯帝春秋』その2 ~"商"一族の陰謀
2016年04月16日 (土) | 編集 |
その1より。
地震で一瞬だいぶ気勢が削がれましたが、別に僕が自粛してても何の役にも立たないので(笑)、やりかけたことは粛々と。
・・・僕だって明日死ぬかもしれないですし。(こら)






改めて読み直してみて、到底予定の二回では終わらない(三回でもどうかな)ことに気付いてげーっとなったというか、作者の熱量ないしルサンチマンに圧倒されそうになったというか若干引いたというか。
ともかく続けます。(笑)

p.174-175
公私混同。しかも実物である塩を汎用の代替物として使う目的で盗もうとしたものと看える。
由々しき大事であった。
塩の汎用化が、ついに、無垢の公人の気を侵すまでになっている。
(中略)
公人の意識せざる私人化。

前回最後の、「公」人による公"塩"横領事件。
最初の「国家」であり、理想的な「公」の働き場であった、<連合>の歴史上初の。
その特徴は実物、つまり"使用"価値としての「塩」を欲してではなく、"交換"価値としての「塩」を欲しての行動であったこと。
つまり彼は生活には全く困っていなく、既定の公的扶余システムによって、"使用"価値は満たされていた。
ではなぜそのようなことが起きたのか。
事件の背景にあったのは、"汎用"的な交換財としての「塩」の普遍化、つまり「貨幣」及び「貨幣経済」の<連合>世界への浸食という事態。根本的には、農業共同体の連合である。
それがいかなるプロセスで起きたのか。
以下。


塩"商"人「商」氏の歴史

p.210
それは商氏三千年の野望の物語であった。

三千年は長いのでかいつまむと。(笑)
"解池"というたまたま天然のの産出する地域を縄張りとしていた「商」一族は、生活の主な手段が狩猟採集であった時代においては、その塩を他部族との交換に当てて"副収入"として、比較的余裕のある暮らしをしていた。
しかし気候の変化により時代が農耕メインの時代に移ると、塩が産出するような特殊な、つまり農耕に不向きな地域に住んでいた商族は途端に困窮し、副収入であった塩の交易を唯一の手段として、他部族から食料を手に入れるしかなくなった。
そして彼らは「商」人となった。

それは常に他部族の顔色を窺い、しばしば長距離の移動と行く先々での駆け引きに明け暮れる、過酷で不安定な生き方であった。

p.212
商人は常に物資の運用を為し情報を知らせる有物の智者の用を為して農耕氏族に利得をもたらす者でなければならず、これを恒常的に強いられる者は機を見るに敏、眼から鼻へ抜ける犀利と有能をその気性として帯びるようになる。
(中略)商人の眼から見ると農耕氏族の村人は同じ人とも思えぬほど暢気で愚鈍であり、存在に安住しているようであった。
それは商人にすれば軽侮に値する無能であり、その反面、羨望に堪えぬ富裕でもあった。


時は流れ。

p.213
そしてほぼ百五十世代、三千年に近い年月が経過した頃、黄河中流域の農耕氏族が奇妙なことを始めた。軒轅氏の黄族長が姫(き)姓の同族に呼びかけ、対遊牧民族防衛と共同治水のための組織を作った。<連合>の始まりである。

前回説明した、"黄帝"による建国というか、無私の公人「帝」をかしらにいただく、連邦体制の樹立。

<連合>はよく機能し、治安は安定し生産力と人口は目覚ましく増大した。

p.215
商族はその運に乗った。

農耕氏族でない商族は、当然発足には関与せず、当初は従来通り取引相手として、また連合域内の流通の担い手及びアドバイザーとして、あるいは連合の外敵である遊牧民族との仲介役として、その"貿易"の利をも独占しつつ大いに儲けた。

そして・・・

p.216
この上客の随伴者としてこれからも商売を続けていくか、それともこの際、<連合>に加入し、同じ仲間として内に入って商売するか。時の族長・儲(ちょ)は一族の主だった者と鳩首会談し、次なる結論に達した。

<連合>に加入する。(中略)
<連合>の未来を買う。
その内側に入って吾が信用を更に高め、商業によって<連合>の発展を輔(たす)ける。而して<連合>の富を吾れが掌握する。


こうして「商」族は、(元)農耕氏族<連合>の内部に、入り込むことになる。


"陰謀"の発動

元々の発想の違う"商"人、商族は、一応迎え入れられつつも、やはり時に摩擦を生む。

p.218
族長・儲は(中略)東土一体に流入する海塩を駆逐し、商族の塩で独占しようと図ったが、これは時の<連合>首長、顓頊(せんぎょく)高陽氏から叱責を受けて果たせなかった。

(内陸である)商族の故地解池以外にも当然塩の産出する地域はあり、特に東の海沿いの地域から流入する海塩は、大きな商売敵であった。その排除・独占を商族は図ったが、時の帝に阻止された。
・・・ちなみに"顓頊高陽氏"は、黄帝から数えて三代目の帝です。

p.218-219
東土の塩廉売事件と前後して、異族への武器売買が発覚した。銅剣・銅矛の類は<連合>内でしか売買が許されない。(中略)
営業停止一年の処分を受け、商族は長年培った<連合>諸氏の信頼を失墜

コミュニティの利益を図る立場と、"内"だろうが"外"だろうが"客"には変わりない立場と。

ともかく連合での立場を失いかけた商一族ですが、そこに捲土重来のチャンスが。

p.219
<連合>中土で旱魃が発生し、儲は時を移さず商族所有の穀物を中土の諸民に放出し、申し訳程度に返却させた。

点数稼ぎの窮民救済・・・は分かるとして、"返却"という部分がちょっと分かり難いと思うんですけど。
逆になぜ商族が穀物を持っていたかと言えば、それは当然かつて塩と交換して手に入れたものなわけですね。だから公ならぬ私的立場の商族が、好意という体裁とは言え他部族に穀物を提供した際に、ただもらうわけにもいかないしかし現在窮乏中の中土諸族は、以前の取引で受け取った塩を「返」すという形で体裁を整えたと、そういうことのよう。
"申し訳程度"というのは使い残ってる分だけという意味かと思いましたが、後の箇所を見ると"利益は乗せずに"というくらいの意味のようです。

しかしこの"美談"が、商一族の野望を具体化する重要な一歩になります。
時移って商族は、儲の次の代、"静"族長の時代となります。
彼は"静"かに、あることを企みます。それは・・・

p.219-220
塩を物々交換の代替の唯一物とし、穀物・布帛ほかの代替物をその位置から貶めること。
(中略)
吾が所有の塩を至高の物とすれば、劣位の物は悉く、居ながらにして吾が手に集まって来る。


そのメカニズム。

p.220
発明の種は、<連合>飢饉時に父・儲の為した苦し紛れの善行の内に在った。
農耕氏族との取引で商氏の所有となった穀物と、反対に農耕氏族の所有となった穀物を再び同率で再交換する。
商氏三千年の塩の売買の歴史にない事態であった。いわゆる「返品」ではない。交換された塩と穀物は相互の所有物として完全に定着している。

p.221
ふつう、物は食用、あるいは工作用など使用するために交換され、その物には交換対象の物を欲する気が載っている。(中略)
しかしながらあの再交換の場合、農耕氏族の持参した塩には<穀物を欲する気>が載っていたが、商氏の渡す穀物には<塩を欲する気>は載っていなかった。(中略)
ただ交換のための交換という、<空無の気>が載っていた。
空無であったため何物にも易(か)われた。そこに塩や穀物という物質を超越する価値が生まれた。

使用価値ではなく、純粋な交換価値。
つまり貨幣。お金
お金は手に入れても、それ自体を食べるわけでも着るわけでも、何かに使うわけではない。
あの時の「塩」もそうで、商族は調味料としての塩を欲したわけではない、ただ提供する穀物との帳尻を合わせるものとして受け取っただけ。

p.221-222
それは河水流域三千年の物々交換の歴史上、未だ曾てないことであった。(中略)
実際の用に立ち、双方が互いにそれを欲するがゆえに交換が成り立つのであって、無条件で凡(あらゆ)る物に代わり得る物があったわけではない。


一応時に価値尺度となるような物品はいくつかあったが、汎用性や保存性等の総合点で

p.222
塩の好き敵は穀物のみであり、彼が主、吾れが副の立場で不完全ながらも他の物の代替を為して来た。
それがあの時、主副の立場が逆転した。

p.222
あの逆転を一時のものでなく、常時のものとする法はないか。
(中略)
塩と物の逆の流通を可能にするには、塩を物へ、物を塩へという双つながらの流通を為す交易の場を作れば可いのではないか。


そう静族長は考えて、実行してみた。

p.223
結果は予想外の好評とまずまずの受容であった。(中略)
いますぐに塩を穀物に換えて欲しいわけではない。だが、何時でもその用に立ってくれるというのは大いなる安心である。商氏の塩穀物と等しい。その約束事を信用させる実績が商氏にはあった。

つまりどういうことかというと、ある量の穀物と塩を、いつでもそれぞれに交換しますよというサービスを、各村々の商一族の出張所で始めたと。
といっても連合諸民が実際に持っているのは穀物の方なので、いつでも穀物に換えてくれるという"約束"の元に、人々が手元の穀物をより保存の簡単な(商氏の)塩に換えて、持つようになったということ。


"兌換(だかん)"

p.223
商氏の始めたこの塩と物の等価交換「兌換」(だかん)という。

p.223
(「兌」と「換」)両字組み合わせて<欠落に物を満たす><虚と実を入れ換える>の意となる。
「兌換券」という云い方で後代に流通している。

ふーむ。
語源自体に既にそういう意味があるとは知らなかった。"虚実交換"。
交換財(塩)という"虚"と、使用財(穀物)という"実"の交換。
今だったら絵の刷ってある紙(虚)に、1万円の価値(実)がありますよということか。
・・・ただし"紙幣"というのはそれ自体正貨たる"貨幣"の「代わり」なので、ここでは二重の虚実交換がなされているわけですが。
だからつまり紙幣自体は、信用さえあれば誰が刷ってもいいんですよね、別に日本銀行じゃなくても。

まあ"兌換"と言われても今一つピンと来ないかも知れませんが、要は「塩本位制」の樹立をもくろんだと、そういう言い方の方が分かり易いかも知れません。
たまたま塩を持っている人が、塩本位制を。もし金を持っていれば、金本位制にしたでしょう。
・・・より正確には実は「穀物本位制」なんだと思いますが、それについてはまた次回で。(笑)

話戻して。

p.224-225
兌換によってまずは塩と穀物の同位性を確定する。
塩は粟・麦・米などの穀物と等しい物であるとの約束事を慣習化させる。(中略)
塩によって買える凡る物を商氏の店で提供し、<連合>諸民の期待に応えていく。(中略)
<連合>諸民は穀物より塩を貯め込むようになる。

彼らは塩を得るために働くようになる。
彼らに塩を代価として開墾させる。
商氏は農地を所有することになる。
さらに塩を代価として彼らに耕作させる。
商氏は自ら働くことなく穀物を所有することになる。

塩は交換の絶対の基準になる。塩の多寡が貧富を分ける基準となる。(中略)
彼らは益々、塩を求めるようになる。彼らは塩を得るために働く。彼らの働きは悉く商氏の掌(たなごころ)に吸い寄せられて来る。物産はすべて商氏の足下に集まって来る。
商氏はもう労働する必要がなくなる。<連合>全氏民の働きを居ながらに享受できるようになる。商氏は<連合>中で最大の領地を有ち、物資を有ち、塩を有つ大富豪となる。

塩を得るために働く。
塩を代価として労働する。
"塩"を"貨幣"と置き換えれば僕らが日々やっていることであるわけですが、それが"誰か"の陰謀、誰かの企みであるという状況を設定すると、一気に無惨な感じになりますね。胸が痛むというか。

胸が痛むと言えば。

p.226-227
篤(静の次の族長)の予想以上に早く、人々は「利」に敏くなっていた。
「利益」という言葉が農耕氏族の口から聴かれるようになった。
「儲かる」「儲からない」も同じであった。
あとは、「効率」「能率」まで出て来れば商氏の思想であった。

貨幣、計量可能で普遍的な交換価値を基準とすることに慣れると、こういう思考・観念も当たり前になって来るという。

そうして人々が「商」人の思想に慣れ親しんだ頃に、陰謀の完成。

この(自動的に流入するようになった)塩と物を全氏に撒く。商氏は有徳の氏族となり、族長は有徳の人となる。諸氏族全員の推薦により帝位に就く。
商氏の帝がここに出現し、<連合>全氏族の頂点に君臨する。
商氏は富と権力を一身に集め、<連合>を遍く支配する。


しかし前回言ったように、この"陰謀"はすんでのところで堯帝に阻止されます。

p.233-234
あと三年であった。
とりあえず一千田の麦田を商氏が所有する。(中略)
塩しか有てなかった商氏がはじめて商氏の土地で商氏の穀物を生み出す。(中略)
最初の成果を得るまで、あと三年。
お人好しで迂闊な帝が相手なら、それは可能なはずであった。


あわや堯帝いかにして陰謀を阻止したか、それは次回のお話。(笑)


そもそもそれ以前にこれがどの程度事実(だと想定されている)なのかという疑問もあるかと思いますが、まず「解池」実在します
ただそこが「商」族の故地であるという研究は、僕は知りません。この「商」は当然後の「殷」王朝(の別名)に繋がって行く名称ですから、作者の想定としては「解池あたり出身の流浪の商族が変転と挫折を経て、やがて"殷"として自らの王朝を持つに至る」という歴史がイメージされているのでしょう。
その王朝が滅んで以後、離散した亡国の民、商(殷)の遺民が生業として"商業"を大々的に行うようになったと、それは多分、通説に従っているのだと思います。ただその前史を付け足したと。

いずれにせよこれは正面切っての「新説」というよりもモデル、古代中国に仮託した"貨幣経済事始め"ということなのは明らかだと思いますが、それにしても随分具体的なので、それはそれとして何かもっと本気の仮説なり研究なりが背後にあるのかも知れません。
作者の経歴からは、特に分かりませんが。

ただ思想的傾向としては割りとはっきりした特徴が・・・。
分かりますよね(笑)。分からない人は、次回。(笑)


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テーマ:歴史小説
ジャンル:小説・文学
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