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中村隆資『堯帝春秋』その3 ~帝国の逆襲
2016年04月21日 (木) | 編集 |
その2より。





・・・タイトル調子に乗ってる?(笑)

でも前回のが『柳生一族の陰謀』



の文字りだったことは、世代的にそろそろ気付いた人は少なくなってるかも知れない。(笑)
"その4"は何にしようかなあ。(他のこと考えろ)

まあでも今回はほんと、"逆襲"の話。
では行きます。



長征

p.197
「商氏の穏(おん)族長が面謁に参りました。敵中三百里を横断して馳せ参じたとのことですが、如何いたしましょうか。」

ある日のこと。
例の"陰謀"の首魁、"静"族長から、更に代は替わっています。

p.198
「何という無益を為(し)てくれたのですか!」
平素の温容をかなぐり捨てて叫んだ。
(中略)
「この居座りで私どもは壊滅的な打撃を被りました。(中略)なぜ私ども無辜の商業者を甚(いた)振るのですか。市場の小商人たちは悲嘆にくれておりますぞ」

・・・余談ですが、"静"かに陰謀をめぐらせた「静」族長に続く、平素"温"容を専らとする「穏」族長ということは、少なくともこの部分は純粋に創作だということでしょうね。(笑)

話戻してさて、何が起こったのか。
穏族長は何に怒っているのか。
その少し前。市井の風景。

p.190-191
家族は戦(おのの)く心で夫や息子を送り出し、村や嶽都の商氏物産交換所へ走った。
戦乱の予兆は非常の食の備蓄に気付かせたが、それは穀物であってではない。自分が、いまのいままでただの「調味料」を貯め込んでいたことを、人々は漸く覚ったのである。
(中略)
馬車の列は鞭声(べんせい)を撥(ぱち)とも立てることなく粛々と順番を待ち夜陰の渡河の如く進んだ暁に商氏の店で泣いているのか笑っているのか判然(はっきり)せぬ店員に持参の塩袋を渡し、(中略)穀物と換えて貰い、(中略)市場を出かける。

簡単に言うと、連合域外で複数の敵の不穏な気配があった。それに対して堯帝は反応したのだけれど、それがまるで待ちかねていたかのような徹底的で大規模で即座の反応で、余りにも完全な配備だった為に戦端は開かれることなく敵は沈黙したのだけど、連合の大軍はそれを威圧するように警戒を解かず、長期の滞陣を今も続けているというそういう状況。
その状況下で起きたのが、一種の"取り付け騒ぎ"
つまりいつ終わるか知れない戦時の非常用の備蓄として、連合諸民は一斉に、それまでせっせと貯め込んでいた塩を持って商氏の各店舗に穀物を筆頭とする必需品を"買い"に走った、または"預かり手形"としての「商氏の塩」を持って"預けて"あった(はずの)穀物を「引き出し」に走った。それに応える為に商氏の各店舗はおおわらわになっていると、そういうこと。

p.199
「<連合>全土の吾が本・支店は丸裸です。帝都・嶽都の大倉庫も空。解池の大倉庫も空、穀物・被服・諸道具・器物、ほとんどすべての物が失くなってしまいました」
「そして塩が残った
「塩だけ有っても何にもなりません!」
叫んだ途端に穏は慌てて口元を押さえた。

"陰謀"発露の瞬間。

それに伴うやり取りとしては、上で穏族長は「なぜ私ども無辜の商業者を甚(いた)振るのですか。市場の小商人たちは悲嘆にくれておりますぞ」と訴えたわけですが、それに対する堯帝の答え。

p.198
「穏君、物事は正確に言わねば誤解を招く。『甚振られ』『壊滅状態』なのは君ら商氏の大商店だけではないのかね」
堯の指摘に穏は押し黙った

・・・簡単に言うと、"塩"を貨幣とした特殊な交換(商売)をしていた、それによって独占的な利益を上げていた商氏の店だけが、この"取り付け騒ぎ"の被害を受けたということ。


計画

この堯帝による"嫌がらせ"、"商氏いじめ"の出陣には、どのような背景があったのか。
ある日堯帝は、ふと気が付いた。

p.208-209
歴代の帝以下、<連合>諸氏族が全員(そっくり)騙されていたとしたら。
事の始めから商氏の側に騙す意思があったとしたら。

p.208-209
そこから独りで理を立てること二月。
遂に、虚実交換の因は商氏の錯誤した誠実に因るか、狡猾な不実に因るか、その二つに一つしか無いと分かった。
この長征は、その卜占であった。

嫌がらせではあるが、その嫌がらせの性格と結果がどのようなものになるかは、商氏次第。
・・・商氏が元々持っていた、「意思」次第というか。

p.209
錯誤した誠実ならば彼は十分な実物の用意を有つか、事態不明のままのほほんとしているのでここに来る必要が無い。
狡猾な不実によるものならば彼は実物を有たず、虚実の交換を再開させるため堯の元に来ざるを得ない。
果たして、商氏は来た悪意の獣であることを彼は証した

後で述べられるように、この"取引"では構造的に虚物としての塩に対して実物としての穀物等が足りていないはずなわけです。だから商氏が善意であるならば、その"構造"に気付かずに言わば必要の無い実物を用意して足りてしまうか、あるいは足りない原因が分からずに茫然としているはず。
しかし商氏が悪意であって、虚実のアンバランスを百も承知でその取引システムを確立運営していたならば、当然実物は足りないし、その実物の足りない状況を誤魔化す為の唯一の手段であり前提である、虚実の交換プロセスの至急の再開を目指して堯帝の元に戦時状況の終止を働きかけに来るはず、という話。

余計なことかもしれませんが一応言っておくと、堯帝に"底意"があったのは確かですが、しかし何か社会のルールや法を勝手に変えたわけではないし(日本のかつての"バブル潰し"のように?)、外敵に動きがあり何らか軍事的対処が必要であったのも事実で、かつ軍事行動として至って有効だったのも事実なわけですね。
ただ平時には分かり難い"構造"を、若干誇張した"戦時"を演出することで露わにしたと、本来壊れているものをより迅速な自壊に導いたと、そういう話。
まあ、悪辣でないことはないですかね(笑)。法的にセーフではあっても。
商氏がはっきりと"陰謀"をめぐらしていなかったとしたら、後々問題にはなったかもしれない。それが免罪符というか。

とにかく陰謀はあり、それを商氏自ら証明・自白せざるを得ない状況を、堯帝は作り出した。

p.209
「百年の欺罔(きもう)は、今日、只今、ここで截(せつ)断する」
地を這うような低声で宣言した。

ははあ。これにて一件落着。
・・・というほど、ことは単純ではない。
"事件"としては、後は処理と処分の問題には、確かになったわけですが。


商氏の商法

商氏のあからさまな悪意は悪意として、結局のところ何がいけないと、あえて流通の破綻を意図して行うことを自分に許すほどに、堯帝は言うのでしょうか。
・・・実はそれはそんなに、分かり易くはない気がします。

再び堯帝と穏族長の対話。
一種の"法廷問答"でもあります。

p.263-264
「どうしても足りないのだよ、穏君。どうしても、どの未来であっても<連合>世界には食糧が少しずつ欠けている。食の欠乏は、<連合>の宿命になるのだ」
「私らが兌換を始めたから、ということですか」

勿論答えはイエスなわけですが。堯帝の。

続きを聞きましょう。

p.264
「君らは塩なる産物を代替物として他氏の穀物と交換を為し、市場に塩を放出した。その時交換した穀物は君ら商氏の倉にすべて保管しておいたかね?」
「いえ。商品としてすぐに流通させました。生(なま)物ですし嵩張りますから市場で回すに如くはありません」

なるほど。
この時点で確かに、"足りなく"はなってますね。
他氏は"約束"としての塩を手には入れたものの、少なくとも現在その時点では、引き換えに引き渡されるはずの穀物は商氏の倉には存在しない。

p.265
「必然の因は君らが最初の交換から現在まで自倉の物資では担保できぬほどの塩を市場に放出していたからであろうが」

p.265
「虚物で交換する君らは最初の交換以後は必ず一品多く現物を有つはずだ。」
「・・・・・・はい。そうです。最初の最初に虚無しか返しておりませんからな」
「それなのだよ、穏君、<連合>の食が常に欠乏する因(もと)は。最初の最初から虚物の方が恒に過剰なのだ」

純粋な物々交換であるならば、仮に種類は違っても「実物」の数は交換されても変わらない、常に1対1で保たれる。しかし「虚物」としての塩と「実物」としての穀物の交換から始まった取引は、その後それがどのように発展したとしても、0と1を交換したという、最初の時点での不均衡、"欠乏"を抱え続ける。
理屈としてはそういうこと。

少しクドいですが、この事態を説明した別の箇所。

p.265
<連合>最初の兌換で、相手が粟(あわ)一石の現物を出すとする。
商氏は粟一石を保証する塩一斗を出すとする。
相手の手元には塩一斗の現物と、これに宿る「粟一石分の物資」を商氏に保証させる権利が残る。

p.266
兌換取引の性質上、商氏は「粟一石分の物資」を未来において引き渡せば可(い)いのであって、(中略)それは現在の商氏の倉庫が空っぽであることを妨げない。

凄く余談ですけど、賦課方式の年金みたいなものでもあるのかなと。(笑)
時間差で支えてるだけで、仮にもし保険料を今払っている人たちが今すぐ支給しろと要求したら、彼らが払ってるものは今の受給世代の為のものなで"倉庫は空っぽ"であり、受け取ることは出来ない。年金の"取り付け騒ぎ"が起きる。(笑)
・・・実際には少なくとも建前としては、「積立式」に近いわけでしょうけど。つまり一つ一つの塩と穀物の交換はクリアに1対1なので、"払って"る側は自分の穀物を「積み立てて」いるつもりであり、ただ構造として実は最初の最初に不均衡があることには、思いが至らないでいるだけで。

とにかく"時間差"が支えているシステムではあると。
預けた相手に穀物を(塩と交換で)返すのではなくて、いったん(使ったり市場に放出されたりして)"無くなって"しまったそれを次の/他の誰かが持ち込んだ穀物が埋める、先に持ち込んだAが自分の穀物を取りに来た時は、次に持ち込んだBの穀物を渡すことで、"約束"が果たされる。

勿論穀物どうしの物々交換であったとしても、すぐ傷む穀物をわざわざ取っておいたりはしないわけですが、ただ帳尻は最初から合っているので、どちらかが実なのにどちらかが虚(倉庫は空)になっているような"時間"は存在しない。
根本的にはつまり、商氏が実物(この場合は穀物)の「生産者」ではないという、そもそもの問題に立ち返るわけですが。

p.266
商氏が自ら耕作せぬ以上、他の誰かが働いて粟一石の実物の欠落を補填する破目になる。

p.267
商氏は常に粟一石分の余剰を所有し、<連合>市場は粟一石の欠乏と塩一斗分の虚物の過剰を抱え、正常な流通をなすためには他の誰かの働きが常に必要とされる。
この関係が商氏の兌換の破綻するまで半永久的に続く。

商氏が耕作しないということには、実は二重の意味があります。
一つは勿論、このストーリーの始まりである、塩しか産出しない農耕不適地に閉じ込められた"悲劇の氏族"商氏という意味。
ただそれをばねに塩交易を独創的に発展させて、かえって経済的優位を農耕諸民連合の中で築き上げた商氏は、その爆発的に特権化した塩を餌に農耕に適した空白地を取得して、更にはその開墾と耕作をも塩を"給料"として農耕他氏族にやらせるに至った、それが現状であり、商氏が"耕作しない"ということのもう一つの意味。

所詮副食物である(実物としての)塩と交換してもらって日々の穀物を農耕民から譲ってもらうのではなく、何とかして「自分たちの」穀物が欲しい、農地が欲しい、その民族の"悲願"が歪んた形で、行き過ぎた形で実現した・・・とドラマチックに意味づけるには、恐らくこの話にはほとんど歴史的に事実性が無い。
という気に、こうして書いている内に段々なって来たというか気付いて来たというか。(笑)
まあ小説的状況としては、そういうことです。

"働けない"を"働かない"に、「進化」させてしまった。
まあこういうことは、一般的にもあることですね。虐げられていた存在が、確信犯的悪に変わって居直る。


・・・で、結局何がいけないのか。
あるいは具体的に、どういう経済的実害があるのか。
回転し続けていれば少なくとも近々に破綻はしなかったはずの虚実の流通をあえて止めた堯帝に、どのような正義が、あるいは正義感(or観)があるのか。

スタートの時点で不均衡・欠乏があって、それを未来に繰り延べし続けて行くことによって露呈させないようにする、「不足」が問題にならないようにする、そのシステムの本質に虚偽性があるという、理屈自体はまあ分かる。
しかし、既にあらゆる「本位」制自体を止めてしまった現代の経済を一足飛びに持ち出さないにしても、この時代状況の諸民にどのような不都合があったのか。
最も素朴な疑問としては、その「不足」は具体的にどれくらいのものなのか、つまり"取り付け"に走られた結果商氏の倉庫が空になってしまったことによって、どの程度商氏の塩で約束された穀物を得られない連合民が出たのかということがあります。
一人なのか、いち家族なのか、いち集落なのか、いち氏族分なのか。

それについては、作者は特に描写していません。
たまたまなのか意図的に問題にしていないのか、それはちょっと分かりませんが。
ただ仮に指摘したとしても、それは本質的な問題ではないと答えるのではないかという、推測は出来ます。
結局作者は"経済的実害"に関心があるのではなく、別な言い方をすれば経済的有効性に関心があるのではなく、その経済システムの真実性と倫理性、それによる人心と社会への影響の方に、関心があるのだと思います。
思いますというか・・・明らかです。(笑)

それについては、また次回。
要は再び最初の「公私」の話に戻る、集約して行くわけですけどね。
その為にこれを書いたというか。
だから「中国古代文化の考察を通じて我々の精神の淵源を探る」話だという当初の読みからは、かなりもう僕は離れてしまいました。ほんとにこれは、"仮託"しているだけだな、舞台設定として利用しているだけだなと、従って事実性もほとんど無いなと。

ただ満更てきとうに選んでいるわけでもないのは、「経済」ではなく「公私」の問題で、それについてはある種の原初的理想的状態として、中国の伝説的聖帝のありようには直接の関心はあるのだろうと。
それについては、真剣な関心を、熱を、やっぱり感じます。


ええとまあ・・・マルクスですよね(笑)。一言だけ言っておくと。
前回予告してしまった、作者の"思想的特徴"の種明かしとしては。
経済理論として今時マルクス主義だというよりも、資本主義の"倫理"性を問題にしたマルクス的関心を、あえて今改めて展開しているというか。
ここまで紹介した"貨幣経済発生シミュレーション"も、マルクスが『資本論』の冒頭で展開したという貨幣論(伝聞)の、自分なりの小説的展開だろうと思います。

まあ、いいんじゃないですかね。賛否いずれにせよ、マルクスを真面目に考えた経験なんか、もう僕らの世代にはほぼありませんし。いい経験というか。(笑)
色々含めて、やっぱり次回。(笑)
長くなってすいません。次で終わりのはずです。


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テーマ:歴史小説
ジャンル:小説・文学
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