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欅坂46、および『欅って、書けない?』(テレ東)について
2017年06月19日 (月) | 編集 |
そろそろ書いておきますか。(笑)


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日曜の深夜に"欅"(けやき)のタイトル画像

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が出て来ると、半分寝ててもとりあえず「バゴーン」と唱和してしまう立派な中毒者です。(笑)
(番組公式)(Wiki)

初めて見たのは・・・確か3rdシングル「二人セゾン」発売の少し前だったから、2016年の10月くらいかな?
まだ1年も経ってないのか。番組自体の歴史は、それにちょうどプラスして1年くらいですね。
勿論過去の放送も、遡って全部見ました。ちなみに『KEYABINGO!』の方も一応。(笑)


ケヤキザカの衝撃

この番組、及びそこで伸び伸びと息をして、それぞれの魅力を輝かせる欅坂46のメンバーたちを見ていて僕が思うのは、思ってしまったのは・・・
大人は子供に、どんな環境を与えてやったらいいんだろうという、妙に教育的な命題だったりします。(笑)

あるいは、こちらは場合によっては「差別的」のそしりを免れないかも知れませんが、"男"は"女"に。

それくらい、この番組での欅坂46の"アイドル"メンバーたちは、類似グループが沢山ある中で、またそれにとどまらずあらゆる女性"アイドル""タレント"たちの日々の活躍を見慣れた僕の目にも、ちょっと類例の無いレベルの"深さ"で"解放"されて"伸び伸びと"しているように見えて、それに伴って女の子の、僕が見たことが無いような「顔」を頻繁に見せつけて、驚かしてくれたのでした。



見ての通り、最初はただただびっくりしていたんですよね。
そして見ているものの理由を、素朴に彼女たちの「才能」と解釈してしまったんですが・・・

しばらくして少し冷静になって(笑)、どうもそういうことでもないらしいなと。確かに何割かの理由はそうであるだろうし、あるいは何人かは「天才」も含まれてはいるだろうけど、しかし全員に近くそうであるなんてことは、確率的にあり得ない。(笑)
いや、あり得てもいいですし、僕の中では彼女たちは今でもただただ天才なんですけど(笑)、より普遍的にはやはり彼女たちをそうさせる構造・環境があって、そこに("選りすぐり"ではあっても)たまたま集められたある意味幸運なコたちが、彼女たちなのだろうと。
言い換えると、「欅坂46」及び「けやかけ(欅って書けない)」という環境さえ与えられれば、同レベルで輝いて、形は別でも同じように僕を魅了することの出来る同年代の女の子たちは、多分無数にいる。

・・・実際問題、この天国とも地獄ともつかない、昨今の"アイドル戦国時代"にあって、楽しそうな欅坂46を見ながら「どうしてあそこにいるのがワタシではなくてあのコなんだろう。あれくらいワタシでもやれるし、なんならもっとやって見せる」と歯噛みしている"アイドル"たちは、欅坂の場合、特に沢山いるだろうと思います。
僕の"天才"認定とは裏腹に。(笑)


ノギザカとの比較

勿論、満更偶然でもない部分も、間違いなくあるだろうとは思います。
今正に「時代の顔」として華やかに咲き誇っている最中の"乃木坂46"の妹分、"坂道"プロジェクトの第二弾として、さすがにそこらのご当地アイドルなどとは比べられない厳しさで選りすぐられたメンバーではあるわけでしょうし、また一方で"華"やかな乃木坂とのコントラストとして、比較的"素朴"なタイプが集められ、そのようにあるようプロデュースもされているんだろうと思います。

それとビジュアルイメージや楽曲/パフォーマンスのスタイリッシュ&クールな"ユニフォーム"感との関係は少し不思議ですが、何となくですが"ロック"好きな人が深めに関わっているのかなとか思っていますが。
つまりロックの"攻撃的""強面"な部分と、"作る"よりも"自分自身"であること、自分自身、その人自身が「表現」であるような精神、そういう意味での"素朴"志向とが、同時に出ているという解釈ですが。
まあ半分こじつけで、ほんとのところは分かりませんが。単に担当者が別なのかも知れない。(笑)

乃木坂との比較に戻ると、上で言ったようにそう意図もされているんでしょうけど、それ以上に何か「別物」になっているというか、特に欅坂の方を基準に見てしまうと、"グループ"としてはもう、ほとんど比較の対象にはならない感じ。欅坂みたいなのを「グループ」というなら、乃木坂は「グループ」ではない。
これはどちらかというと、欅坂の"グループ"感の方が異常なのであって、乃木坂は単に大人数なりの在り方をしているだけだと思いますが。ある意味他の"AKB系"多人数グループと同様に。

・・・ええと両方のファンの顔を立てる為に(笑)、早めに一つの割り切り方を提示しておくと、

 乃木坂46=レアルマドリー ・・・"スター"の集合体
 欅坂46=バルセロナ ・・・"カンテラ"とティキタカ

と、とりあえずこういう対比で、どうでしょう。(笑)
まあレアルもバルサも時期によって様々ではあるんですがそれは置いておくとして、とにかくこういう"グループ"としての質感の違いがあると。バルサの特殊性と、その比較においての、レアルの普通性という。
まあ乃木坂のキャラクター性も徐々に構成されて行ったものではあるでしょうし、これでも気に入らない人は気に入らないでしょうけど(笑)、とりあえず"欅坂ファン"から見ると、こう見えるということです。乃木坂にも好きなコは何人もいますが、"グループ"として意識することはほとんど無いですね僕は。少なくとも欅坂のようには。

実際の成り立ちとしては、欅坂だって"寄せ集め""集合体"以外の何物でもないんですけどね。"カンテラ"というなら、本家AKBグループの方がよっぽど大規模にそのシステムを実践しているわけですが、逆に規模が大き過ぎるせいか乃木坂と比べても、統一したイメージは余り伝わって来ない。

まあ何よりも、やはり欅坂が特殊なんだと思いますけどね。特殊な親密感。多人数グループにあるまじき。
"内向"感とも、言えるかも知れませんが。
とにかく仲がいいですね。仮に"悪い"としても、その"悪さ"にくだけたところがある。構えたところが無い。
基本の部分で、"結び付いて"いる。
例えば毎度笑うのは、「最年少の不動のセンター」平手友梨奈と、「最年長の末っ子」渡辺梨加に対して飛ばされる、その都度純度の高い、瞬発力絶大な『かわいい~』の声。

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無垢かよという。無防備かよという。(笑)
二枚目は渡辺梨加本人が写っていなくて失礼ですが(笑)、とにかく二人とも、可愛がられている、甘やかされている。最年少センターに対する悔しい気持ちや、最年長ポンコツに対するしょうがねえなあという感情が無いわけではないんでしょうけどね。それでもそれぞれの"可愛さ"に対する、素直な賛美の念が勝つような、良い雰囲気というか。
まあ乃木坂の西野七瀬さんなんかの周りにも似たような空気はありますから、本人たちの資質の問題も、大きいは大きいんでしようけど。

一方で最近は、数人のメンバー間(織田奈那、小林由依、鈴本美愉、志田愛佳、渡邉理佐ら)における、複雑な"百合"的関係なども盛んにフィーチャーされているわけですが・・・。
あれはどうなんでしょうね。どの(多人数)グループにも実はありがちなことが、たまたま欅坂の場合は、これもまた無防備にオープンになっている、そういうことのような気もするんですが。


けやきフレンズ

別に殊更時事ネタに乗っかろう

けものフレンズ

ということではないんですけどね(笑)。微妙に旬過ぎたし。(笑)
ただ実際『けものフレンズ』における増殖する"フレンズ"たちを見ていて、「欅坂みたいだな」と思っていたのは事実です(笑)。逆に言うと、ああいう"それぞれかそれぞれに"居場所を与えられている伸び伸び感幸福感が、欅坂46にも存在しているという、そういう話ではあります。

まあ"けもの"は言い過ぎとしても(笑)、それに近いかなり「こども」的な"伸び伸び"感ではあるんですよね、欅坂及びけやかけという番組に充満しているのは。こどもフレンズ?
と言って実際に世の子供たちが、そんなに伸び伸び"フレンズ"しているのかと言えばそれは疑わしくて、だからこそああいう作品が反響を呼んだわけでしょうし。
そこらへんが欅坂/けやかけという環境の面白さ特殊さでもあって、つまりあそこで展開されているのは、ミドルティーンから20代前半までのもう純粋に"子供"とは言えない、その年齢なりの世知や経験や屈託も抱えたでもまだ"大人"とも言えない年代の女の子たちが、ある種時間差で、そうしたモヤモヤごと"子供"性を、恐らくは子供時代には出来なかったような「完全な」形で解放している姿。それがそうは言っても立派に「性」を売っている存在である彼女たちの"アイドル"性"女"性と混ざり合って、何とも形容し難い状態が出現して、既知の「女」や「少女」や「アイドル」という型では引き出せなかった"顔"を次々に引き出して僕を驚かせたと、簡単に言うとそういうことかなと。

知恵をも伴った最強の自由というか童心というか、人工環境における反則的解放というか。

こうしたことを可能にしているのは、基本的には勿論、彼女たちを選んで見抜いて、環境を与えて、そのように機能させているグループないし番組のプロデュース側の力なんでしょうけどね。
ただそれに加えて欠かせない、功績大なのは、MC陣特につっちーこと土田晃之の能力・資質、気の若い子沢山パパ(笑)の「お父さん」力「お兄さん」力かなと。
あれほど番組に相応しいMCはいないというか、メンバーとの完璧な組み合わせは無いというか。

例えば『乃木坂工事中』のバナナマンなども十分にいい仕事をしていると思いますが、あくまであれは"プロ"の仕事であって、プロとしてのバナナマン自身のアピールや我なども当然残っていて、そこらへんがけやかけにおける欅坂メンバー&土田晃之の完璧な"疑似家族"感とは、やはり違う。端的に言って、バナナマンの前では欅坂メンバーは、あそこまで「子供」にはなれないでしょう。
増して『KEYABINGO!』のサンドウィッチマンでは・・・。あれはあれで、逆に欅坂メンバーの"プロフェッショナリズム"が見えて面白かったりはするんですが。(笑)

とにかく意図と偶然と天の配剤が絶妙に組み合わさった、唯一無二の特別な空間なんでね。
なるべく長く、続いて欲しいですね。壊れないで、変わらないで。
まあ前身番組『乃木坂って、どこ?』と現『乃木坂工事中』の間に配慮された連続性などを見ても、恐らく坂道スタッフはそこらへんのデリカシーは外さない人たちなのではと期待・信頼していますが。


だいたい言いたいことは言いましたかね。
各メンバーへのコメントとかは、やり出したら膨大になるでしょうから、また機会を改めて。(笑)
とにかくね、驚くんですよ、見てると。女の子って、本当に自由にさせたら、こんな顔をするの?こんな発想をするの?こんなに可愛いの?
いやあ僕もね、この「可愛い女の子」文化大国日本に生まれ育って、人並みに、時に人並み以上に(笑)、"女の子の可愛さ"の発見・追求には研鑽怠りなかったつもりなんですが。
でも知らなかった。こんなレベルがあるなんて。まだまだ甘かった。

真面目に女の子にしろ子供にしろ犬猫にしろ(笑)、僕は基本的に可愛い生き物が自分の影響下でリラックスしているのを見るのが好きなので、これでも随分心がけて生きて来たつもりなんですが、でもあんな顔(たち)は見たことが無かった。僕の前では見せてくれなかった。割りとマジにショックです、それは。(笑)

冒頭の話に今更戻ると、だから子供たちにもまた、これくらい"伸び伸び"出来る環境を与えることが出来たら、どんなにいいだろうとは思うわけですが、しかしその一方で僕が目にしたのは業界でも一流のクリエイターやキャストによって作られた人工的な理想郷なわけで。そんなレベルのものに慣れてしまうのは、その後の子供の為になるのかかえって酷なのではないかと、そういう常識的な揺り戻しも頭の中に起きては来るわけですが。
しかしいいものはいい!捨てるのは惜しい!というかこうして"最高"のものを目撃してしまって、今更"程々"のものに真面目な関心を持てるものか。

例えばある種の野生的環境に育った子や帰国子女などが、その後日本の堅苦しい文化に放り込まれた場合、一時は確かに苦労するわけですが最終的には"伸び伸び"育った"幹"の太さが物を言う・・・ケースも、有名人などではよく見かけますね。ただそれは、たまたまの成功例である可能性もある。
・・・とまあ、子供も彼女もいなければ、猫すら飼ってない僕が悩んでも、しょうがないんですけどね。(笑)
でも考えちゃいますね。"伸ばす"ことはどれくらい必要なのか、どれくらい可能なのか。

差し当たっては、欅坂メンバーのこの後(ご)の成功と幸福を、祈るのみです。
何人かは少なくとも、今限りの"思い出"に変わるだろうとしても。


以上です。
"欅"は書けません。(笑)

『推しメン診断』につづく。


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テーマ:欅坂46
ジャンル:アイドル・芸能
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