続・"監督がゲームを作る"ということについて

「試論」は試論なので(笑)、書いてからまた色々と気が付いたり思い出したりしたことを、引き続き。



J初年度"オリジナル10"の風景

1993年。本格的にサッカーを"見る"経験としてはほぼJリーグが初めてだった('86W杯や天皇杯決勝等一部特別な試合を除く)僕の、出発点的風景。
その時各チーム(の攻撃)がどうしていたか、またはどのように僕に見えていたか。


トップ下or特定のゲームメーカーに頼っていたチーム

ジェフ市原(リトバルスキー)  監督永井良和
ヴェルディ川崎(ビスマルク[ラモス])  監督松木安太郎
横浜フリューゲルス(エドゥー)  監督加茂周
名古屋グランパスエイト(ジョルジーニョ)  監督平木隆三
ガンバ大阪([磯貝])  監督釜本邦茂

頼ってはいなかったけれどそれらしい選手はいたチーム

鹿島アントラーズ(ジーコ)  監督宮本征勝
横浜マリノス(木村和司)  監督清水秀彦

ゲームメーカーではなくセンターフォワードとウィング主体のチーム

清水エスパルス  監督エメルソン・レオン
浦和レッズ(?)  監督森孝慈

特定のゲームメーカー(選手)に頼らない組織攻撃のチーム

サンフレッチェ広島  監督スチュワート・バクスター


実情はまた別にして、上7つについては基本的には( )内に挙げたような"ゲームメーカー"、通常はトップ下に位置するそういう選手たちのパスワーク(特にスルーパス)が、各チームの攻撃を構成していると、そういうイメージで見ていたわけです。ていうかそれしか知らなかった(笑)。"サッカーと言えばマラドーナ"。
そこに加えてエメルソン・レオン監督率いる清水エスパルスは、背の高いセンターフォワード(トニーニョ、エドゥー)の両脇にドリブラー/ウィンガーが配置された3トップの形を取っていて、両ウィングの上げるクロスにセンターフォワードが合わせる、または後方から縦一本でセンターフォワードの頭に合わせる、これはこれで分かり易い一つの類型で、大きく言うとこの二つがサッカーの攻撃方法なのだろうと、そういう認識。
浦和の3-4-3は本来はまた違う(バルサ由来の)"思想"で形成されていたわけですが、当時はそんなことは分からないですしどのみち大して機能していなかったので(笑)、形だけから概ね清水の仲間なんだろうと、ぞんざいに理解していました。

唯一分からなかったのがバクスターの広島で、

Jリーグで初めてダブルボランチ(風間・森保)の4-4-2を採用し、(中略)DFラインを高く保ち(中略)中盤がコンパクトに(中略)攻守に整った組織的サッカー
(サンフレッチェ広島Wiki)


と今ではお馴染みの用語が散りばめられるようなスタイルを標榜していたわけですが、当時4-4-2と言えば"ダイヤモンド"であってダブルボランチのボックス型とかどう機能するのか全然イメージ出来なかったですし、当然"トップ下"はおらず二列目には盧廷潤のような非パサータイプの選手が配され、一応元日本代表のテクニシャン風間八宏(笑)がボランチにはいるわけですが、"中盤の底からゲームメイクする"なんて発想もほとんど無かったので、いったいどうやってるのかポカーンという感じでした。(笑)
長身FW高木琢也が前線にいるとは言え、清水ほど単純な放り込みをしているのではないらしいことは、さすがに分かりましたし。ここらへんから、"誰かが"やるという以外のサッカーの(攻撃の)仕方があるらしいということを、分からないながらも考え始めたわけですね。
ネットも無かったのでそんなに他人の意見を聴く機会は無かったですが、それでもだいたい当時の日本のサッカーファンなんて、この程度のものだったと思います。

鹿島のジーコとマリノスの木村和司は、基本的には年齢的な理由で、フルには出られなかったのだとは思いますが、多分それだけではないんですよね。
鹿島のカウンターサッカーがどういうメカニズムで行われていたのか当時の僕にはよく分からなかったですが、仮にジーコが出た時でもどちらかというとストライカーというか後に言う9.5番的な位置づけで出ていたように見えて、所謂"トップ下のゲームメイカー"ではなかったように思いますがどうだったんでしょう。
木村和司の方は"出た"時にはそういうプレーをしていたわけですが、ただチーム組織としてそれに頼っていたわけではない、いなくてもそれなりにやれて木村和司が出た時にはその基礎構造がむしろそれを"支える"ように機能しているように感じて、なんか違うな、大人だなと。かっこいいなと、漠然と思っていました。(笑)

広島だと余りに理解の外ですけどこの2チームはちょうどよく"上級者"で、"チーム"について、僕に色々と考えさせてくれました。後はレオンのサッカーも単純なようで機能美があるなあと、興味を持っていました。特にエドゥーがセンターに入った時は、エドゥー自身が割りと技巧派だというのもあって、面白かったですね。

こんな感じがまあ、とにかくスタートライン



Jリーグの"名"チームたち(一部"迷")

その後特に、攻撃の構成のされ方に関して、僕が興味を惹かれた印象に残った、Jリーグのチームたち。
新たな「類型」形成の試みというか下準備というか。


1990年代

1994ニカノールコーチ時代のベルマーレ平塚 (監督古前田充)

右名良橋左岩本テルの超攻撃的サイドバックの攻め上がりを特徴とする4-3-1-2で、しばしば両方同時に上がってしまうところを3ボランチのアンカーが下りて来て疑似3バックにして対応。粗いっちゃあ粗いんだけどみんな伸び伸びやっていて、さほど厚くない選手層である意味"効率よく"Jリーグを掻き回していました。
深くはないけど即効性。こういうのはまあ、センスですね。オジーとかとも似た。

1994-1996オフトジュビロ(第一次)

既に何度も書いている、厳格なポジショニング指示による"パスが回る"為の基本構造構築の地道なプロセス。成果が出て来て選手に自信が芽生えたところで、"厳格さ"への鬱憤爆発で追い出されたような印象(笑)。ちなみにドゥンガの得意技ロングパスは、チーム戦術には特に融合されずに単発に終始していたと思います。

1995第一次オジェックレッズ

ウーベ・バインのスルーパスからの福田正博の抜け出し。潔い一芸サッカーでしたが、初めてレッズに"形"らしきものが生まれた瞬間だったと思います。それまでがあんまりだっただけに(笑)、印象的なチーム。

1995ベンゲルグランパス

出ましたヨーロッパの風。「4枚CB的なDFライン」、(その代わりとしての)「岡山・平野両ウィングの"MF"での機能性」、「"セントラルMF"2枚による渋ゲームメイク」、「"10番"ストイコビッチのFW起用」(+小倉とのムービングストライカー2枚コンビ)。まとめておしゃれフラット4-4-2。
"ポジション"と"役割"の概念を根こそぎ革新してしまったというか、つまりは「全体の動き」からそれは決まるんだという、当たり前の話ではあるんですがそれこそがこの時点で、日本で理解されていなかったこと。

1996"三羽烏"フリューゲルス

サンパイオ・ジーニョ・エバイール。3列目2列目1列目、それぞれに配置されたブラジル代表クラスの選手たちによって形成された、分かり易い秩序というか分かり易いチーム作りというか。これはこれでありというか、一つの究極というか。監督?誰だっけ、ああオタシリオ。覚えてない。(笑)

1998レシャックフリューゲルス

右永井秀樹左三浦淳宏の両ウィングが暴れまくる3-4-3クライフバルサ流ドリームサッカー。のはずなんですけど・・・。酷かったですね、野放図で。"暴れ"っぷりが、自由というより下品に見えました(全体としてですけど)。これ以後しばらく、僕は"3トップ"やウィングプレーを、一切信用しなくなります。(笑)
大きく言えば、個人プレーをかな。"自由"なだけでは、天国には行けないんだと。

1998"中田"ベルマーレ (監督植木繁晴)

中田が長いスルーパスを通しまくるだけのサッカーですけど。ヴェルディは一切防げなくてひたすら殴られ続けて(笑)、忘れられないですよこのチームは。これくらい出来る選手だけが海外に行くものだと、ある時期までは思ってました。今はもう、比べると謎移籍だらけ。それでまた通用したりするから、時代は変わった。


2000年代

2001-2002N-BOXジュビロ (監督鈴木政一)

凄い、単独のWikiがある(笑)。対戦時に"N-BOX"であることを意識していたかというと別にしてなかったと思いますが、とにかく"どこにでも人がいるなあ"という印象でした。"振った"はずなのに振れてない、"止めた"はずなのに止まってない、その脇からまた人が出て来る。どうなってるんだろうという(白痴的感想)。

2002エンゲルス京都

天皇杯優勝チーム。右朴智星左松井大輔が抉りまくる3-4-3ウィングサッカーで、レシャックのチームとは違って随分きっちり機能していたように見えましたが、理由は分かりません。後の浦和でのエンゲルスを見ても。ただまあ、機能することもあるんだと、機能するとこうなるんだという、モデルチームではありました。

2002-2003清水ベガルタ

特に画期的なことはやってないと思いますけど、身の丈プレッシングサッカーと「岩本テル」「財前」の"ロマン"要素の使いこなし・融合の仕方が見事だったと思います。マリノス時代も含めて、人の気持ちの分かるいい監督だと思いますよ清水秀彦さんは。"粋人"というか。一部で評判の悪い解説も、僕は好きです。

2002-2004西野ガンバ"マグロン"時代

問題作その1。ただのマグロン放り込みサッカーかと思いきや、放り込んだ後の多人数殺到による"数的優位"をてこにした、西野流「攻撃」サッカー、あえて言えば"ポゼッション"サッカーのつもりでもあったと思います。効率は恐ろしく悪くて、パスサッカーの伝統の無いチームが"攻撃的"にやろうとすると大変だなあと、上から目線で見てました。(笑)

2004-2011西野ガンバ"パスサッカー"時代

問題作その2。ところがその後はご存知の通り、西野ガンバは"パスサッカー"の王道を歩む、担っていくことになるわけですが、なぜどのように出来るようになったのかが、外から見てるとよく分かりません。ガンバユースの新たな"伝統"がベースになったのは確かだとしても、他での仕事では一切パスサッカーの資質を見せない西野監督で、あそこまでのものが出来たのはなぜなのか。西野監督自身の貢献はどこにあるのか。今も謎。

2003-2004岡田マリノス

"攻撃"っていうかね。個人能力・人材の活かし方と、それに対する規律の与え方、それらを最終的に"チーム力"として結実させる力、やっぱり凄いと思いますよ。本人談によると、この時期はかなり細かくプレーの指示を出していて、それに飽きてスタイルを変えようとして、後に失敗したらしいですが。

2003松永ヴァンフォーレ

前任大木監督の"走れ走れ""ポゼッション"を引き継ぎながらも、それをヴェルディ時代の上司李国秀譲りの(?)端正なボックス4-4-2に成形し直し、かつ走りのピンポイント的な効率(特にサイトバックの攻め上がり)を目覚ましく向上させて見せたこのチームは大好きでした。小倉隆史の9.5番的な使い方も上手でしたね。

2006ギドレッズ

圧倒的な陣容もさることながら、それぞれの選手たちの3-4-3の配置へのハマりの絶妙さで、特別なことをしなくても無理なくいつでも、どんな形かで点が取れる感じがたまらなかったですね。"リトリート"の印象が強いと思いますが、'04年の就任以来ギドが志向していたのは実はプレス&ショートカウンターで、このチームも基本はそうだと思います。ただ強過ぎるのと攻撃的GK都築の離脱で、徐々に後ろに落ち着いた感じ。

2006-2007あたりの鳥栖(訂正)

2006年は松本育夫監督(岸野コーチ)、2007年は岸野監督(松本育夫GM)と主導権が分かり難いですが、一つの同じ流れのチームと見ていいでしょう。驚異的な運動量と追い越しプレー、かつ走り込むコースの的確さで、かなりヴェルディもアップアップさせられた記憶があります。そこに選手個々の技能も、上手くミックスされていました。「人もボールも動くサッカー:神風版」という感じ。純粋に褒めてます。(笑)

2007大木ヴァンフォーレ(クローズ)

基本的なスタイルは'02年の最初の就任時に確立していたと思いますが、やはりここは悪名高い(笑)"クローズ"時代を。まああんまり興味無いんですけどね僕この人。"走り"なのか"ポゼッション"なのか、そこらへんが曖昧に折衷されている感じで。代表の岡田監督は、走りで粉砕する意図が明確だったと思いますけど。

2008城福F東初年度

何となくそういう"日本的"こだわりポゼッションの流れで見られがちな城福監督だと思いますけど。本質的には四角四面の合理主義者というか、むしろ"中心"の無い人というか。初年度F東では、4-3-2-1クリスマスツリーから、1を2が、2を3が、更に4の両脇がと、順々に無理なく追い越して行く流麗な"ムービング"フットボールがよく仕込まれていて、対戦時ヴェルディは判断スピードで完全に上回られて往生しました。

2008ストイコビッチグランパス初年度

後には"劣化版ギドレッズ"みたいな現実的なチームでリーグ優勝にこぎ付けますが、監督デビューのこの年は、確かにベンゲル(名古屋時代の監督)に影響を受けたんだなと感じさせる端正で機能性の高い4-4-2パスサッカーを披露して、"ベンゲルに振られた"傷を抱える(?)その筋のファンからは早くも代表監督待望論などが持ち上がっていた記憶があります。いや、なんか一瞬ですけど、外人さんて違うなあと僕も感心しました。

2008シャムスカトリニータ

3-5-2メインの役割分担サッカーで守備の堅実さと攻撃における個人技能の活かし方のスムーズさで、あれよあれよと"地方クラブ"をナビスコ優勝まで導いてしまいました。何をやってるという感じでもないんですけど、随分サッカーを簡単にやる人だなあという印象。若き"達人"というか。(笑)

2009フィンケレッズ

マニアックな学者肌のパスサッカーの人だと思いますが、山田直輝・原口元気・高橋峻希・永田拓也といったユースから上がって来たばかりの選手たちの"筋目"の良さにも助けられて、およそクラブ文化に無かった繊細なパスサッカーを一年目にしてはかなりのレベルで実現していたと思います。最後は"文化"に屈した形でしたが、当時の育成との相性の良さを誰かが断固として守り貫かせていたらと、少し夢想します。


2010年代

2014鈴木淳監督のジェフ

およそパスサッカー向きとは言えない当時の人材を使って短期間で一から忍耐強く重厚なパスサッカーを構築して見せた仕事ぶりは、ひょっとすると"李""オフト"のそれに並び立つものではないかとも思いますが、何でそんなことをやっていたのかフロントの指示や支援はあったのか、また出来たと思ったら間もなく解任されて遺産もすぐに捨てられてしまったので歴史的意義も不明と、色々と謎と疑問に満ちたチームでした。(笑)

2014曺貴裁監督の湘南

現任監督は扱わない方針ですけど、何せチョウさんは長いので、昔話くらいはいいでしょう(笑)。"1点に抑えた"ことが自慢になるくらいJ2で圧倒的爆発的な強さを誇った2014年の湘南でしたが、オシム式ムービングとクロップ的切り返しの合成、かな?超簡単に言うと。チョウ。「ノータイム・フットボール」、とか。
この人も何というか、"簡単"にやるのが上手な人だと思いますね。サッカーを「簡単」に見せる人というか。

2015J3優勝時のレノファ山口 (監督上野展裕)

このチームも好きでね。一気呵成の攻め達磨ではあるんですけど、人数のかけ方が凄く効率的というか整理されている感じで、運動量は必要だし後ろが薄くなる瞬間はあるんですけど、"無理"してる感じがしないんですよね。財政的理由でJ2では散々な目に遭ってますけど、出来ればもっと高いレベル十分な人材で試して欲しいサッカー。出身選手たちが一人一人賢く見えるのも、"プログラム"の優秀さを感じさせます。


・・・他にオリヴェイラ、ペトロヴィッチ、風間八宏など気になる監督もいますが、"見て"感じたことよりも"読んで"感じたことが上回ってしまっているケースなので、責任が持てないのでパスしておきます。




年代別代表の"名"チームたち

ついでにやっちゃいますか。これで"抜け"が無くなる。過去に随分書いた内容ではあるんですが。


'99ナイジェリアワールドユース&シドニー五輪アジア予選のチーム (監督トルシエ)

"真の"トルシエ。他のチームと比べると、特に1ボランチと2枚トップ下(小笠原&小野、俊輔&小野)からなる超攻撃的な中盤の機能性が特徴。俊輔&伸二の"フラッシュパス"は、ほんと痺れました。あと本山なあ、本山。ソースは"ダニッシュ・ダイナマイト"だとは言われるんですが、どの選手に聞いても「攻撃について特に指示は無かった」と口を揃えるので、それでどうやってあんなサッカーが出来たのよと、不思議ではあります。基本的にはオジー同様のトルシエの個人的な(組み合わせ)"センス"だったんだろうと、思ってますが。

'02トゥーロン国際U-21代表チーム (コーチ小野剛) (参考)

"アテネ世代"の早過ぎた最高の輝き。参考記事ではどちらかというと"問題点"を中心に解説されていますが、ざっくり言うと4-2-1-2-1で松井・山瀬らの2シャドーの切り込みの破壊力及びそこへ繋げる縦パスの速さ・鋭さ、それを易々と捌く個々の技術の確かさで、大げさでなくしばしば対戦相手の血の気を引かせた快チームでした。・・・そうですねえ、後の「本田・香川」的なコンビネーションがあちこちで発生してかつそれが全体としてきちんとマネージされていたチームと、そんな例えでどうでしょう。

'08トゥーロン国際U-23代表チーム (監督反町康治)

(参考)は自分の記事。特にイタリア戦。4-2-3-1or4-3-2-1。
"全員ボランチ"タイプの5人の中盤が一体となって押し引きし、試合巧者イタリア代表に負けないどころかむしろじりじりと消耗させるような見事で安定感のある戦いを展開し、その直後に載った(確か)相手監督のインタビューによると試合後イタリアの選手たちが口々に、決勝でまた日本とやりたいと言っていたということ。
北京本番の"攻撃サッカー"よりも反町監督の資質にもあった戦い方だと思いますし、継続して欲しかった。



[再検討]

と、前回と合わせてブレインストーミング的に、"日本"サッカーの僕の知る全カテゴリーについての事例研究を終えたところで。
改めて「監督によるゲームメイク」についての類型を、再検討してみます。一応全チーム当てはめてみて、なるべく漏れなく当てはまる・説明出来るように。(再び沈思)


まずは前回そのまま、今回のチームも含めて当てはめ。

1.選手の個人能力依存

(オリジナル10) 永井ジェフ、森レッズ、加茂フリューゲルス、平木グランパス、釜本ガンバ
(Jリーグ) '95オジェックレッズ、'96三羽烏フリューゲルス、レシャックフリューゲルス、'98中田ベルマーレ
(ヴェルディ) 松木、バドン
(代表) ファルカン、ジーコ、ザッケローニ

2.選手の組み合わせ依存

(Jリーグ) 西野"パスサッカー"ガンバ、'06ギドレッズ
(ヴェルディ) '03オジー
(年代別代表) トルシエWユース & シドニー予選

3.基本組織と選手の能力の等価的組み合わせ

(オリジナル10) 宮本鹿島、清水マリノス、レオンエスパルス
(Jリーグ) '02エンゲルス京都、'02-'03清水ベガルタ、'03-'04岡田マリノス、'08ピクシーグラ、'08シャムスカ大分
(年代別代表) '08トゥーロンU-23反町
(代表) オフト、アギーレ

4.特定選手の能力に寄せた効率的組織

(Jリーグ) '94ニカノールベルマーレ、西野"マグロン"ガンバ
(ヴェルディ) '96レオン

5."攻撃パターン"の意図的構築

(ヴェルディ) '09松田岳
(代表) "ジョホールバル"岡田

6.高度に全体的なチーム戦術の一部としての"攻撃"

(オリジナル10) バクスターサンフ
(Jリーグ) ベンゲルグラ、N-BOXジュビロ、松永甲府、'06-'07鳥栖、'07"クローズ"大木甲府、'08城福F東、'14チョウ湘南、'15レノファ山口
(年代別代表) '02U-21トゥーロン小野剛
(ヴェルディ) ネルシーニョ、'04天皇杯オジー
(代表) 加茂、'00アジア杯トルシエ、"接近展開連続"岡田

7.チームの深部構造から自然発生的/必然的に生まれる攻撃

(Jリーグ) オフトジュビロ、フィンケレッズ、'14鈴木淳ジェフ
(ヴェルディ) 李国秀

8.汎チーム的なプレーメカニズムに則ったオートマティックな敵陣攻略

(代表) オシム


・・・まずまず当てはめられたようには思いますが、ちょこちょこ修正・調整も。

"1.選手の個人能力依存"
少し概念の幅を広げました。「松木」「ジーコ」は独立の類型というよりも類型内の極端な例として、より秩序的な例もここに含めました。とにかく選手の個人能力に直接依拠して攻撃を構成しているチーム。

"3.基本組織と選手の能力の等価的組み合わせ"
"1"の変化に連動して、「一定のしっかりしたチーム組織に選手を乗せた/組み合わせた」的な、よりポジティブな意味合いに変化。

"8.汎チーム的なプレーメカニズムに則ったオートマティックな敵陣攻略"
オシムは"7"でもいいんですけど、空白も寂しいので(笑)ここに。"ポジショナル"専用カテゴリーから、「相手に即応的にゲームメイクする」思想を持ったチームカテゴリーへと、少し拡充した感じ。
ネルシーニョもそういう要素はあるんですけど、一方で"7"も含めた(後で言う)「教育」要素がちょっと薄いので、"6"の「戦術屋さん」カテゴリーで我慢してもらいます。

細かいこととしては、西野"パスサッカー"ガンバは結局西野監督の貢献を低く見積もる方向で決着。"4"の方では実際には「効率的」じゃないのにおまけしているんで、許して下さい(笑)。あとバドン・森レッズ・レシャックフリエ・ゲルト京都の"3-4-3"軍団は、出来不出来で分類を決定。出来の悪いのは"依存"、いいのは"誘導"と。バドンは当初の予定よりもだいぶ下がりましたね、迷うところではあるんですが。


・・・という結果を踏まえて、少し類型の看板架け替えの試み。

1.個人ベースのゲームメイク
2.グループベースのゲームメイク
3.チーム組織と個人能力の折衷・協働によるゲームメイク

4.特定選手の能力に寄せたピンポイントの組織作りによるゲームメイク
5.攻撃の最終形や特定のルートを想定したパターン作りによるゲームメイク
6.全体的チーム戦術によるゲームメイク

7.パス回し/ポゼッションの為の基礎構造構築による遠隔ゲームメイク
8.敵布陣の即応的攻略の為のプレーメカニズムセットによる遠隔ゲームメイク


元の発想を受け継ぎつつ、だいぶマシになった気がしますがどうでしょう。
1→8に行くにつれて監督の関与が"深く"なるという、構成は同じ。"直接的"という意味では、"6"がピークでしょうけどね。7,8は直接的な指示や組織作りというよりも選手への「教育」の要素が強くて、それで「遠隔」と。8はその枠内では7より"攻略"の直接性が強いので、それで("監督によるゲームメイク"というテーマにおいて)上位に置きました。


こんなところかな、今は。
僕もそこまで納得しているわけではないので、もっといいアイデアがあったらドシドシお寄せ下さい。(笑)


スポンサーサイト

テーマ : Jリーグ
ジャンル : スポーツ

コメントの投稿

非公開コメント

非常に面白い記事ですね
この中で個人的に思うのは、ザックジャパンは前期と中後期で分けてみるべきかなという風に思います
アジア杯くらいまでのザックジャパンというのは、選手の個性とヨーロッパ的な機能性が上手いこと融合したチームだったかと思いますので
(次第に本田遠藤香川あたりが一緒になった時の「部分的な手筋の集合体」みたいになっていき、それが「自分たちのサッカー」の正体かなと思ったりもしますが…」)

No title

ありがとうございます。
アジア杯っていうと・・・初年度の年明けですか。
僕の認識だと、あそこらへんまでは岡田ジャパンからアンカーを抜いて攻撃寄りにしつつ、随所でザックの細かさが"補助"していたという、基本は選手主導&前のチームの流れの、しかしいいバランスのチームで、そこから"3-4-3"も含めてザックが更に自分の色を出そうとしたんだけどなかなか上手く行かずに、その反動というわけでもないんでしょうが選手の発言力がある時期から妙に強くなって、それでバランスが崩れた(「部分」が「全体」を代用してしまった)という、そういう感じです。

後のインタビューを読むとザックがかなり積極的に日本人選手のスキルを評価していた、ある意味"愛していた"のは確かに思えて、だから最終予選あたりの絢爛豪華な"サーカス"も嫌々やっていたわけではないと思うんですけど、ただ最終的には監督が主導権を握れていない不安定さが不幸な形で出てしまったと、そういうことかなと。

僕の評価は多分、「アジア杯」も「最終予選」も、(選手本位という)本質は変わりないという認識に基づいていて、その中間の"努力"が実を結んでいたらまた違う評価になっていたと、そういう感じでしょうか。
関連
今週の所長さん


河田陽菜(かわたひな) 様

画像ブログ1(グラドル)
画像ブログ2(それ以外)
歴代の所長さん(データ)
最新の記事
相互(的な)ブログ
カテゴリー
アーカイブ&検索

11 ≪│2018/12│≫ 01
S M T W T F S
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

©Plug-in by ASIA SEASON
最近のコメント
最近のトラックバック
自己紹介的な
amazon.co.jp

RSSフィード
QRコード
QRコード
アクセス解析

にほんブログ村