ヴェルディ、代表、二次元、女子バレー 他
どこから手を付けるべきか。/愛媛-東京V(’19)
2019年03月05日 (火) | 編集 |
チームもそうだし、書く方としても。(笑)

J2第2節 東京V ●0-1〇 愛媛(ニンジニアスタジアム)

下げようと思えば、いくらでも下げられる感じなんですけどね。

GK 上福元
DF 田村、李、平、奈良輪
MF 内田、梶川 (→86'林陵)、藤本 (→76'河野)、小池
FW 佐藤優、レアンドロ (→64'端戸)

UEFAプロとは、指導者養成過程とは何だろうということを、考えさせてくれる素材ではあるかなと思います。
"結局個人"という、いつもの悟りに落ち着くというか。(笑)
・別な言い方をすると、「指導者を養成」することなんてのは、出来ないんですよ、多分。
・指導者が指導に用いる、"ソフト"を提供するだけで。
・そして"指導者"もまた、選手を"養成"することは、多分出来ない。
・一揃いのソフトを提供するだけでね。こちらは"指導者養成"過程よりも、更に最初からレンジの狭い。
・優れた指導者は最初から優れているし、賢い選手は最初から賢い。少なくともそういう側面の方が、比重としては遥かに大きいだろうと、僕は思います。

・ヴェルディの序盤の攻撃には、僕も一応おおとは思いました。
・"即興"以上のメカニズムの存在は、確かに感じられた。
・そこらへんについて、ホワイト監督が何かを学んだ、何らかの"新しさ"を体現している、それ自体は嘘ではないんだと思いますが。
・ただ逆にその部分にしか、ホワイト監督の見識は無い、もっと言うと興味は無い、そんな風に、試合トータルでは見えてしまいました。
・危険だけど(笑)分かり易い比喩を使うと、某千葉方面の某エスナ〇デル監督の(伏せる意味)、「ハイラインハイプレス」みたいなものかなと。
・一瞬"新しい"のかな?ロティーナ、リカルド・ロドリゲスと共にやって来た欧州先端の風なのかなと思わせておいて。
・結局は個人の趣味、それがたまたま"先端"にかすっただけの、断片的な見識を示していたに過ぎなかったという。
・この比喩にどこまでの妥当性があるのか、「ライバルはエスナイデル」と真顔で言うことに最終的になるのかは、一応もう少し見てみないととは思いますが。
・覚悟はしておこうかなと思っています。(笑)
"イングランド版エスナイデル"に、付き合う覚悟を。

・理想的にはロティーナの改良・発展形、そこまで行かなくてもとりあえずロティーナの閉塞を打破してくれるという期待でもって、概ね開幕時点では見られていたと思うホワイト監督ですが。
・その"期待"に応えられて、いないわけでもないと言えばないんだろうと、そこだけ見れば言えるはず。一応。
・(安全第一に終始した)「町田戦は特殊」という説明も嘘ではなく、実際俄かに共通の把握の仕方をするのが難しいような"変貌""解放"を、この試合では見せてくれたわけですし。
・ただちょっと・・・行き過ぎてますかね、控え目(笑)に言って。
・例えば開幕前の、ふかばさんの記事

・ボールを持った選手に応じて周囲のポジショニングが決まるのであって、あらかじめ決められたポジションにいるだけでは困る、と。
・ただし、自由に寄っていいというわけではなく、三角形なりを作ることを試みるべきだと。
(中略)
・だから、流動的ではあるんだけどストラクチャーなりはしっかりとあって自由ではないっぽいというか。
(中略)
・結局「ポジショニング」でプレーすることには変わりなく、現象的にはポジショナルプレーになっていくんじゃないかな?とか。


・"予想"としてとかは置いておくとして、こう書く意図自体は僕にもよく分かる気がしました。
・既にロティーナとは違う強調点を口にしていた新監督を、さりとて単純否定も考えづらい、成功者である前監督のやり方との有機的関連性の範囲でイメージしてみるという試み。
・または"願い"。(笑)
・僕自身はもうちょっと悲観的な予想をしていましたが

これでもまだ楽観的だったかなという。
・なんかもう、全然違うよね、多分。
・むしろポジションレスサッカーというか、ポジション"チェンジ"の方、それによって生まれる"流動性"の方が主眼となっているサッカー。
・勿論"ポジショナルプレー"云々についての一通りの知識はあるんだろうし、ふかばさんが想定したような「流動的ではあるんだけどストラクチャーなりはしっかりとあって」みたいな意識というか目標も、無くはないのかも知れないですけど。
・それ以上に"魂"の部分でポジションレスというか、"ポジションを守る"ということを嫌がるタイプの人に僕には見えます。
・思想というより体質というか。やはりエスナイデル?
・必要に迫られてより慎重なより対応的な戦術的措置も施してみたりはするんですけど、結局本気ではないので精度には割りと早々に限界が来るし、"気が付くと"いつもの得意なやり方に戻っていると、そういう感じになるのではないかなと。
・または思想と体質が、フィールド上で分裂して表れるか。

・こう言うと何か奇天烈な人のようですが、少し前、(ペップの)"ポジショナルプレー"が世界を席巻するまでは、「ポジションを守る」というのは即ち慎重な守備的サッカーをほぼ意味し、逆に「攻撃的」なサッカーというのは多くの場合"ポジションチェンジ"を多用するサッカー、オリジナルポジションから離れてどんどん人が後ろから出て行ってゴール前に殺到する、そういうサッカーを意味していたわけですよ。
・結果後ろにorいるべき所に人がいなくなる、それが"攻撃的"なサッカーの弱点で、長らくこの葛藤の両端の間を、サッカーはうろうろしていた。
・ザックジャパンの"ゾーン"のザックに対する"ポジションレス"の本田たちの対立などを見ると、日本では特にこの傾向が強いようにも見えますが、基本的には世界中そこまで事情は変わらなかったと、僕は思います。
・ポジションを重視すると安定はするが膠着もし、ポジションを手放すと活路も生まれるが綻びも生まれる。
・それに対して「ポジションを守る」ことをむしろ「攻撃」に結び付けたペップ的ポジショナルの登場で、サッカーは理論的に新たなステージに上がって、それまで検討されて来た問題や葛藤もそのステージでの新たな文脈の下で、引き続き検討されるようになったわけですが。
・ただ変わったようで変わらないところもあって、ひと皮ふた皮向けば、古い葛藤も依然としてそこに存在はしている。
・だからといって"新しい"ステージが嘘なわけでも意味が無いわけでもないんですが、とにかく"皮"の上の世界も実在なら、"下"の世界も実在ではあるわけです。

・なんか随分大仰な話になってしまいましたが、言いたかったのはつまりホワイト・ヴェルデイ(白なのか緑なのか)がこの試合で見せた時にでたらめな(笑)ポジションチェンジ、外も内もわらわらみんな突撃して気が付くと誰もいないみたいな状態は。
・変と言えば変ですけど、懐かしいと言えば懐かしい感覚で。
・それこそかの伝説の"Hot6"、2005年7月のオジー・ヴェルディの大崩壊の時なんかを、割りと直で思い出したりしましたが。
・磐田戦が特に印象に残ってるかなあ、追い越して追い越して華麗に攻撃するんだけど、それを切り返した磐田に滅茶苦茶なポジショニングを突かれてあほみたいに崩され続けた。
・で、実際ほぼそのレベルの"迂闊"のように見えるんですよね。
・つまり理論的に奇妙なことをやっているというよりも、"本能"に直でやった結果のある種"普遍的"な無秩序。
・ペップとかもたまに考え過ぎて変な試合をする時がありますが、そういうのではなく。(笑)
・"ポジションチェンジが好き"という本能。"流動的で活発な攻撃的サッカー"をやりたいという本能
・特に"2019年"ということは関係無い。(笑)
・勿論そこにゲーゲンプレスとかブロック守備とか、"2019年"的な配慮も混ぜられてはいるわけですが。
・"中核"部分のプリミティブ性と時代感が合わないというか、木に竹を接いだような状態になってほとんど機能していないというか。
・最終的に「完成度」の問題としてそれが回収出来るのか、それとも要は"古い"監督である、原始的な監督であるということで落ち着いてしまうのか。
・"エスナイデル"という比喩に従うならば、後者の可能性が高くなるわけですが。
・「木」と「竹」は容易に接げないし、仮に"本能"を抑制することに成功したとしても、それで成熟して総合力が上がるわけではなく、単に"大人しく"なるだけという。
・勿論仮にも"UEFAプロ"保持者ではあるわけで、少なくともエスナイデルよりは物知りであるのは現時点まででも窺いは知れるわけですけど。
・それがどこまで"身に付いた"ものなのか、人格含めて指導者として統合された状態になっているのかは、「ヴァージン諸島-バハマ-グアム-上海申鑫-チャイニーズタイペイ-香港」という監督"歴"ではやや覚束ないというか、俄かに今更の(笑)"疑惑"の視線も向けたくなるというか。(笑)
・まあつい最近まで、むしろ"持たざる"チームを上手く率いた実績として好意的に受け止められたいたキャリアなわけで、いずれ「偏見」ではあるんですけどね。(笑)
・でも多分戦術的には、この中でも最も日本のJ2リーグが精密性が要求されるステージなはずなので、そこで"厳しく"問われた時に何か出て来るのか何が出て来ているのか、不安が増大しつつある今日この頃ではあると思います。
・統合(新旧のあるいはポジションキープとチェンジの)を目指すのか、本能のまま突き抜けるのか、どちらも気にしてどっちつかずになるのか。
・今のところの予想としては、"建前"としての2019年的なあれこれは最後まで立てつつも、その完成度は通り一遍のままで、結局は"本能"炸裂の快楽を常にうかがうそういうチームになりそうな感じ。
・"本能"の方の「魅力」はこの試合でも既にある程度見えていると思いますが、問題は"通り一遍"の"建前"がどれだけ利いてくれるのか、リスクを抑えてくれるのか。
・それが一定程度達成されれば、ふらふらしつつもそれなりの成績は上がるかも知れません。
・そんな感じ。

・とにかく"流動"が好きというのは、佐藤優平の使い方に、まだ二試合ですが表れている気はしますね。
・一試合目左サイドで、二試合目はトップ下で、とにかく使うという前提で、この"流動性"の申し子をどう使うかによって、戦術的色合いが決定するという感じ。
・一方で右サイドでの「型」にはまったプレー、むしろ流動"しない"ことに特徴のあるプレーをこれまでして来た藤本寛也にも、はっきりと流動を求めている。(余り上手くは行ってませんが)
・やや動きの悪さが目立っているレアンドロも、本来はむしろ"偽9番"的な動きを期待しているのではないか、だからこそコイッチではなくレアンドロなのではないかと、そんな気もしますが。
・現状では交代出場の端戸の方のそういうプレーが、チームを動かしているわけですが。
・故障者続出で仕方なく使っているのは確かだろうヨンジのCBも、それはそれとしてでもああいう"落ち着かない"プレーを、必ずしも悪いとはしていない、だから立ち上げ以来そのポジションで使っている、そういうことは言える気がしますし。
・一方で前がかりと後ろ残りの"分断"については、「ロティーナの遺産」だという指摘もあって、それはそうなのかもなと一応は思います。
・分断が遺産というか、ロティーナ時代の(後ろに残る)癖をホワイトが修正し切れていなくて、その最中という見方ですね。
・それならばある程度時間の問題かも知れませんが、僕が上で示唆したようにホワイトの中でも上手く統合されていない指示がバラバラに出ている結果だとすると、より問題は深刻というか、最後まで直らないか矛盾が拡大して崩壊するか、そういう暗い未来も見えてはしまいますが。

・以上悲観的ではありつつも、ぎりぎり"身"や"蓋"を残すようにホワイト・ヴェルディの現在と未来を手探りしてみたつもりですが、どうでしょう。(笑)
・数試合後には、単に"無能"、"野蛮人"と罵ってるかも知れませんが。(笑)
・どうもねえ、何をやるにしても一つ一つ感触がチープな感じはあるんですよねえ。監督のお値段下がったなあという、仕方の無いこととは言え。
・攻撃に面白さはあるけれど、それは三浦ヤス監督の攻撃に"面白み"があったとかいうのと、大して変わらないような気が。
・ヤスだってほら、"戦術的ピリオダイゼーション"とやらの新理論の信奉者だというのが、一つアピールであったわけですし。(笑)
・今回はそれがUEFAプロかという。
・それぞれが駄目というよりも、齧っただけでは何だって駄目という話ですけど。
・"悲観"が概ね当たっていたとして、フロントのホワイトという選択が前向きで野心的であったろうことへの評価自体は、一応変わらないんですけどね。
・ただ"イングランド"という成功例の乏しいバックグラウンドの人物を選ぶならば、もう少し確実な見極めをして欲しかったかも知れないと、二試合で既に見えている気がするホワイト監督の分かり易い危うさを見るにつけ思いますが。
・多分過去のチームの試合を一、二試合見ただけでも、分かりそうなレベルのものに思うんですけどね。
・仮定の話ですし、後の祭りですけど。


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テーマ:Jリーグ
ジャンル:スポーツ
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