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2020年04月17日 (金) | 編集 |
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『GIANT KILLING』

あほくさ
怪我させた方が(罪の意識で)動揺するのはまだ分かるけど、プレーが始まっても味方の方がこんな露骨に動揺したままなんて、考えられない。サッカー初めてか。

『スインギンドラゴンタイガーブギ』

ジャズですねえ(笑)。悪い意味で。
無駄にいちいちかっこつけるんですよね。要は"ヤンキー漫画"とかと同種のカルチャー。趣味じゃない。
何て言いますかね、"スタイル"が強く介在し過ぎて、そこで発生する「感情」の種類自体が限定されているというか予め形式化されているというか。
それにはまっていくことを良しとする人と、しない人がいて僕は後者なんですよね。
結果的に人の感情の種類や形なんてのはそんなに大きな違いは無いのかもしれないけど、"選択"しているだけなのとその都度"発見"するつもりなのでは、やはり違うと思うんですよね。増して"発見"の場であるべき(例えば漫画のような)「表現」の分野では。
ジャズこそインプロヴァイズすべきなのに、むしろ演歌みたいな形式性に近付くのが、なぜか"ジャズ"漫画の常。

『ハコヅメ ~交番女子の逆襲~』

また重い。が、リアル。
"女の人だから話し難い"というか、思春期童貞男子に妙齢美女は、存在自体が情報過剰で処理出来ないですよね。(笑)

『相談役 島耕作』

毎回思うけどエンブレム系デザインださくないですか?(笑)
弘兼先生本人が考えてるのかな。

『リエゾン ―こどものこころ診療所―』

なるほど。抗うつ剤の不適切使用か。
便利なので起こりがちなことですね。
後はやはり、"発達障害"発見の難しさ。多動系は特に難しそうですね。

『ぱいどん』

これもまあ、"スタイル"としての手塚治虫なので、途中で飽きてしまいました。

『ミツナリズム』

うーん、確かに相当に恩賞の差がありますね。
これでよく(豊臣家の)最後まで正則と清正たちが、陣営を共にし続けられたなという。
秀吉のここらへんの身内贔屓は、政策としてやってるのかなそれとも性格の問題なのか。最後までこの人の"濁り"としてある気がしますが。



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『リーガルエッグ』

『賭けグルイ』の作者の割りには予想外(?)に真面目な内容っぽいですが、僕はその方がいいかな。
主人公は多分ただの熱血ではないし、相棒の女の子も面白い変化をしそう。

『グラゼニ ~夏之介の青春~』

ふーん、"心理"の方だったか。
もっと生理の話かと。

『ふたりソロキャンプ』

最近気が付いたんですけどポップコーンて意外と"もつ"んですよね、一気に食べきらなくて。ポテチとかと比べて。
見た目の嵩が大きいだけでなく。
だから映画館向き?(笑)

『狩猟のユメカ』

相変わらずいい意味でよく分からない世界ですね。
"非情"なのかと思えば意外とそうではないし、"甘い"のかと言えばそれもそう単純ではない。
なんか"SF"的な世界設定が出て来ましたが。まだ何とも。

『インハンド』

ますます"カルト"側の言い分に寄って行く世界&主人公。
まあ正しいものは正しいでしょうがないんですけど。誰か言おうと。
とにかく着地が見ものですね。



2005



『キノの旅 the Beautiful World』

この(船の)国知らないな。
オリジナルなのか、それとも原作小説にはあるのか。
似たような社会構造の国はあった気がしますけどね。
"犬"はてっきり「要らない」と言うのかと思いました、キノのことだから。(笑)

『左手のための二重奏』

コンクールで「練習が間に合いませんでした」と言うの斬新ですね。(笑)
意外とありな気もしますけどね、所詮アマチュアの演奏なんだから、どのみち審査員にとっては。
練習したところさえちゃんと弾けていれば。
鍵盤楽器の「左手」と「右手」の関係を、バンド演奏における例えば「リズムギター」と「リードギター」になぞらえて考えた事はありますが、実際に"別人"のように"セッション"のように聴こえたら、それは魅力的なのかどうなのか。

『童貞絶滅列島』

相変わらず不気味な程リアルな(脱)"童貞"描写。
性経験によって男はどれほど他愛無くいやらしく、"自信"をつけるのか。(笑)
一生の中で必要な経験とはいえ。

『くにはちぶ』

この漫画の"描写"も凄いですよね。
勿論架空のディストピア設定なんですが、そこで起きるだろうこと人の心の動きのリアルさと、架空なんだけとどこかで何割が実現しているような気がしてならないリアルさと。
「普通」論争はどちらにもそれぞれに理はあるとは思いますが、本質的な定義について語ろうとしているヒロインと議論の為の議論反論の為の反論をしている役人側との違いは厳然とあるので、そこはヒロインに頑張って欲しいというか応援して構わない部分だと思います。
そもそも良い社会を作ろうとしている側と、していない側というか。動機の問題。
ただ役人側の「何でも慣れる」「何でもいずれ"普通"になる」という議論は、一つの次元の話としては説得的ですよね。現実論としては。議論としては、それで勝てるかもしれない。暴力や権力による"勝利"による"正当性"を、全面肯定する事にはなりますが。強ければ好きに殺していい社会というか。そもそもそういう"現実"から離脱する為に、(今回のヒロインの言う)「普通」も「人権」も議論されるわけなので、やはりだから二人の話は噛み合ってはいないんですけどね。


・・・『シャーマンキング』関連はそれぞれに面白そうとは思うんですが、いかんせんまだ世界設定を全く呑み込めていないので、当分スルーで。(笑)


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テーマ:漫画の感想
ジャンル:アニメ・コミック
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