そもそも"プログレッション"とは何ぞや。
1.「元祖」ドイツ系
本当は"系"も何もないのかも知れないですけど、結果として発生しているように見える分類。
(1) ’14年W杯ドイツ代表と「プログレッション」
見る限り一番まとまった記述が、木崎伸也氏によるこれ。
サッカー独代表の戦術、名は広がらずとも影響大きく(日経新聞'15.7.30 木崎伸也)
時期。ドイツで、はやりそうで、はやらなかったサッカーの戦術用語がある。それは「プログレッション(Progression)」。
「ポゼッション(Possession)」を意識した用語で、発案者はドイツ代表のスカウト主任、ウルス・ジーゲンターラーだ。
このヨアヒム・レーウ監督の右腕は、2014年ワールドカップ(W杯)の開幕直前、ドイツ代表が「ポゼッション」から脱皮し、「プログレッション(前進)」に取り組んでいることをメディアの前で宣言した。
「カウンター」→「ポゼッション」という、順番。06年W杯後、レーウがコーチから監督に昇格すると、次は攻撃のモダン化が始まった。パスを出したら前に走る「パス&ゴー」を徹底し、1人当たりのボールタッチ時間の短縮にこだわった。その結果、10年W杯で低い位置からのカウンターがおもしろいように決まり
(中略)
レーウはそれで満足せず、スペイン代表とバルセロナをお手本にポゼッションサッカーにチャレンジする。(中略)12年欧州選手権では、準決勝でイタリアのカウンターに沈み
(中略)
そういう紆余(うよ)曲折を経てレーウたちが行き着いたのが、「カウンター」と「ポゼッション」を融合させた「プログレッション」なのである。速いだけでも、遅いだけでもない。状況に応じて攻撃のスピードを変化させるサッカーだ。
岡田武史とプログレッションについては後述。日本ではFC今治の岡田武史オーナーが目をつけ、クラブの指針のひとつにしているが、本国ドイツではお蔵入りしつつある。
とはいえ、その概念が消えてしまったわけではない。用語自体ははやらなかったが、「カウンター×ポゼッション=プログレッション」というスタイルはドイツリーグにおける新たなスタンダードになりつつある。
("ポゼッション"概念を基準にした)「保持」「非保持」「ネガトラ」「ポジトラ」4局面論を、"プログレッション"的に修正したもの。【最新の分け方】
(1)マイボール&敵の陣形が整っている
(2)マイボール&敵の陣形が崩れている
(3)相手ボール&自分たちの陣形が整っている
(4)相手ボール&自分たちの陣形が崩れている
(中略)
「ボールの保持」の有無に加えて、「組織の秩序」の有無を盛り込んだのが新しい分類法だ。これによって「速攻できるか・できないか」が、より直感的にわかりやすくなる。
とにかく焦点はいかに速攻するか。速攻出来れば(相手が崩れていれば)速攻、出来なければ(整っていれば)遅攻。
永井ヴェルディも、こうした各種の"工夫"に取り組んでいるところではあるんでしょうね。では「プログレッションサッカー」では、相手が陣形を整えているときは、どう攻めるのだろう?当然、監督によっていろいろな方法論があるが、14年にドイツで発売された戦術書『Matchplan FUSSBALL』(ティモ・ヤンコフスキ著)にいくつかの基本が書かれている。
・意図的なリズムチェンジ
・DFラインを越える飛び出し
・クロスもしくはスルーパス
・斜めのアクション(斜め方向のランニング+縦パス、縦方向のランニング+斜めのパス)
・1対1の仕掛け
・少ないタッチでのコンビネーション
・・・全体のポイントとしては、やはり"「カウンター」→「ポゼッション」"という順番が重要かなと。
習得の歴史的にもそうだし、選択の優先順位的にもそう。
別な言い方をすると、「ポゼッション」の発展形として「プログレッション」が出て来るわけではない。(後述する"日本/スペイン"系との対比)
理念的にはともかく、具体的なプロセスとしては。
(2) フォロワーたち
記事は年代順に並べておくので、何となく時代の雰囲気を。"14年ドイツ代表"の衝撃を承けての。
【書評】「ポゼッション」だけじゃ勝てない。“タテ”への速さをドイツ流で学べ(AZrena編集部 2016.06.13)
ディテールの念押しというか言い換えというか。ちなみに著・監修は日本人です。「タテ=カウンター」ではない。「プログレッシオン」は、中央突破、サイドアタック、ポゼッションなど、ありとあらゆる手段を用いてゴールを目指すことを指す。
元日から年間ベスト候補のスコーピオン弾!アーセナルFWジルーは「プレミアで最もセクシーな男」(Shooty 2017.1.4)
アーセナルによるフォロー。ショートパスをワンタッチで繋ぐポゼッション・スタイルのサッカーがカウンター攻撃の流れの中で展開されています。
(中略)
アーセナルはポゼッションサッカーをカウンター攻撃の中で披露しながらゴールへ前進(プログレッション)します。これぞまさに、「プログレッションサッカー」。
"ポゼッションをカウンターの流れの中で"というまとめ方は秀逸かなと。カウンターに"優先順位"があるという事の、分かり易い表現。
それでいうと、ポゼッションはその"流れ"に浮かべられた"船"か何か(の一つ)か。
“縦に速いサッカー”とは【171110_欧州遠征①_vsブラジル代表】(前田 貴史 2017.11.15)
ハリルジャパンが対戦(大敗)した、17年のブラジル代表のサッカーについて。
"'14年"(決勝)の衝撃の当事者が、今度は自らそのサッカーを実践しているフォロー。
ボールを保持しながらも、パス&ゴーの意識を強く持ち、常にスピーディーかつ効率的にゴールへ向かう、前進する(=プログレッション)、いわゆる“縦に速いサッカー”
ブラジル代表の一つのカタチとして観られた、『DFライン、もしくはボランチから両サイドウイング(特に左サイドのネイマール)にロングボールを入れる場面』、例えばネイマールにボールが入った際には、必ず左インサイドハーフのフェルナンジーニョと左SBのマルセロが高い位置でのサポート、もしくは追い越して前のスペースでボールを受けようとしていました。
あの時のブラジルの"速さ"は、「プログレッション」の速さだったのか。何よりブラジルが徹底していたのはパス&ゴーです。
「パス&ゴー」というのは木崎記事だと、ドイツ代表が最初の「カウンター」を修得する時に、主に強く意識付けられていたものとして位置付けられていますね。ただしこの記事では、それによって(各々がゴーを繰り返した結果)ブラジルがゴール前の人数を増やしているという事にポイントが置かれていますが。
どちらかというとオシムの"追い越す""人もボールも動く"サッカー的なイメージで、全体的にも余り"カウンター"のニュアンスは無い気が。縦には速いけれど。表現の問題かもしれませんが。
2.日本&スペイン系?
日本での受容のされ方と、それについての"スペイン"メソッドの影響の可能性。
こちらも年代順に並べてみます。
反町監督
【松本山雅FC】反町康治インタビュー “語録”で振り返るJ1昇格の軌跡(サカダイweb 2014.12.2)
「ボールプログレッションを意識するようにはしている」2014年7月29日号掲載
――ボールプログレッションとは、簡潔に言えば「ボールを前に運ぶ」ですが、これも今季の特長のひとつだったと思います。
「攻撃に関して、俺の中では昔から基本としている部分でもある。しょっちゅう言っているのは『相手の最終ラインと勝負する』だ。そこに人数をかけてゴールを狙う」
ドイツじゃなくて、"チリ"と"メキシコ"なのか。「ブラジル・ワールドカップは自信になった。我々が目指すサッカーで、チリやメキシコが印象的な戦いを見せていたから、やっていることは間違ってないんだ、と」
この後日本代表の監督として来たのが"アギーレ"だったように、特定の何かというよりももっと漠然と"縦"寄りのベクトルを持ったサッカー全般というイメージだったのかなと。その代表としての、反町監督のコメント。
ドイツもチリもメキシコも、そして少なくとも(笑)反町監督の中では"松本山雅"も同じカテゴリー。
【五輪インタビュー】今だから言える北京秘話…反町監督が語る“大舞台に必要なメンタリティ”とは(サッカーキング'16.8.4)
再び反町氏。松本山雅監督(ど真ん中)時代のインタビュー。(反町康治Wiki)今はもう安定型だな。ボールを動かしてチャンスだと思ったら飛び出していく。チャンスだと思ったら前で起点を作る。ボールを持ったときにチャンスだと思ったら前に入れる。ポゼッション&プログレッションというやつだ。
2年経って、"縦"の優先順位が落ちているというか、先に"ポゼッション"の事を言い出しているのが注目・特徴かなと。
そんなに"概念"として熱心に語ってはいないので("というやつ")、ここでもまあ、日本全体の風潮の代表というか追随として、反町さんは語っている感じ。
・・・そしてこの翌年が、ロティーナ&リカルド・ロドリゲス&エスナイデルの"スペイン"の2017年。
ロティーナ
TMFC解説【特別編】2018シーズン終了(田村直也'18.12.11)
田村直也は田村直也。元キャプテンのロティーナ・ヴェルディ戦士。(余り使われなかったですけど)チームコンセプトとして、2年前の[ロティーナ就任時の]最初のミーティングで、ポジション、ポゼッション、プログレッションの3つのPを重んじて戦うと聞いたことを今でも鮮明に覚えています。
攻守においてそれぞれのポジションを守りながら、しっかりとしたボールポゼッションを保ち、保持だけではなく、抜け道を探しながら前進(プログレッション)していくサッカーを理想に、ここまで2年間かけて進んできました。
3つのP。
"ポジション"があって"ポゼッション"があるのはまあ当然として、更に"ポゼッション"があって"プログレッション"があるんだということを、反町監督の世間話(笑)とは違う理論的明確さの基でだろう、語っているようですね。
ていうか最初から「プログレッション」という言葉はチーム内で出ていたんですね、知らなかった。
永井秀樹
就任から3/6試合で無得点…東京V永井監督「スペースの支配がまだまだ」(ゲキサカ'19.8.18 竹内達也)
「ボールとスペースの両方を支配するという次のステージに立つためには、ボールの支配はまずまずだが、スペースの支配がまだまだ」と課題を語った。
指揮官はこうした狙いを「ポゼッションサッカーではなく、前に進むプログレッションサッカー」と表現する。
「相手のいないところを攻めるという大原則に基づき、どこに相手がいないのか、どこにボールを運ぶのかを突き詰めていく必要がある」と語った。
・・・竹内達也氏による整理を紹介しましたが、元ネタは丸々この監督会見。
2019明治安田生命J2リーグ 第28節 - 東京ヴェルディ vs モンテディオ山形(ヴェルディ公式)
今回の論調全体の中で流れとして見ると、永井監督がかなり直接的に"ロティーナの弟子"であることが感じられる気がします。("弟子"体質なのかしらん)相手がいないところを攻めるという大原則に基づく、どこが空いているのか、どこにボールを運ばなければいけないのか、という部分はまだまだ突き詰めてやる必要があります。我々がまずは正しいポジションに立ってボールを保持するというスタート地点には立てていると思います。今度はそこからボールとスペースを両方支配していくという次の段階に入っている段階です。
そういう意味ではまだまだスペーシングといいますか、ボールの支配はまずまず、スペースは支配できているのかという部分ではまだまだです。やはりボールも人も進んでいくという、我々が本来やりたいことはもう少し積み上げていきたいと思います。今のままではいわゆるポゼッションサッカーになっています。我々が目指しているのはプログレッション、進んでいくということが大事なところなのでそこは突き詰めていきたいです。
二人まとめてドイツ系と比べると、「カウンター」「速攻」への関心&優先順位性が、失われている印象は強いですね。スタートはあくまで保持・ポゼッションで、それをいかに"進"ませるかという順番。
その"進"ませる為の
「抜け道を探す」(ロティーナ)
「相手のいないところを攻める」(永井)
という二人の言葉遣いは、スペイン語と日本語の違いはあるとしても(笑)、何かの傾向の違いを表しているのかいないのか。あえて言えばロティーナの方が仕掛け的で隘路攻略的で、永井監督の方がカウンター&オープン志向なように聴こえなくはない気がしますが・・・。
まあ、同じかな?現象はむしろ逆な気もしないではないし(笑)。たまたまの言葉の綾か。
ただ永井監督特有の用語法である、「ボールの支配」の後の「スペースの支配」という言い方からは、相手を振り回しておいて空いたところを楽に通るみたいなニュアンスが感じられなくはなくて、それだとロティーナの"抜け道"より"広い"印象はあるか。・・・主に"横"のスペースの話をしているならばね。
"縦"だとすると「後ろ」だけでも「真ん中」だけでもなく、「前」のスペースも支配しちゃうよ?という、単なる"プログレッション"宣言でしかないでしょうけど。(でもその場合は"ゾーン"とか"エリア"みたいな言い方をしそうな気がする。"スペース"よりも)
とにかくロティーナ&永井は、"ポゼッション"優位と。
北九州(おまけ)
必見、ギラヴァンツ! 魅惑のフットボールの正体【J再開後の見所5】(サカマガweb 2020.7.10 北條聡)
特に注目しているという事ではないんですけど、"2020年"の"日本"の論調の一例として。ティキタカと書いたが、眠気を誘うポゼッション(保持)とはワケが違う。急がば急げ。ボールを縦に動かすプログレッション(前進)が売り物だ。とにかく、ワンタッチの鋭い縦パスがガンガン入る。そこから高速のコンビネーションを使ってブロック(防壁)の攻略を試みるのだ。
こちらではどちらかというと(明らかに?)、"縦"の優先順位の高い表現になってますね。
こちらの方が一般論と言えば、やはり一般論なのか。
以上、"プログレッション"で検索して出て来る目ぼしい記事を、一通り&片っ端から羅列して、検討してみましたが。
本流であろう"ドイツ"系のそれと比べると、ロティーナ-永井ラインの"ポゼッション"優位性が際立っては見えるわけですが、ただそれ以前、2016年の時点でそもそもが"縦の鬼"である反町監督の口からある種の「常識」として"ポゼッションの後のプログレッション"が語られていることから察するに、日本全体の土壌として既にそういう認識は何らか先行していたのかなと。
反町監督は『安定型』と、一応相対化はしていますが。
ちなみにハリルホジッチの日本代表監督就任は2015年3月12日で、2016年(8月)と言えばまだまだハリルホジッチの"縦に速い"日本改造計画は絶賛進行中だったはず。それを横目で見ながら早くも・・・、あるいはそれ以前から既に、ドイツ「プログレッション」思想の日本化というか"横"化は進んでいたのかなという。そこに前任である"本来"の代表監督であったアギーレあたりも含めた「スペイン」の影響&バックアップみたいなものは、どこまで存在していたのかしていなかったのか。(スペイン本国では何が起きていたのか)
・・・といった状況論は状況論として、ドイツ"プログレッション"やそれに対するロティーナ/永井の"プログレッション"について、原理的に僕がどう考えるかについては・・・。実はもう、一回書いたんですけどね、どうなんだろうというのがあって、とりあえずこのエントリーで日和見です。(笑)