東京V等サッカー、漫画、アイドル、女子バレー 他
大筋は出来ている。/千葉-東京V(’20)
2020年07月20日 (月) | 編集 |
大筋は。

J2第6節 東京V 〇2-1● 千葉(フクダ電子アリーナ)

[得点者 : 端戸、端戸]


chiba200718chiba200718_2


・各所で一部ジェフサポの"野次"への苦言が飛び交っていましたが、僕が"気になって"いたのは実は「拍手」の方。
・限定人数とはいえぐるりと相手サポに囲まれた状態で、敵のいいプレーに対して"歓声"ではなく黙々と拍手をされると、本当にいいプレーをされたような説得力があって結構だなという。(笑)
・フクアリの音響のせいか、まあよく聴こえること。
・だいたい直接"口撃"されるよりもじわじわひっそり言われる方が効くんですよね、僕がかも知れませんが。(笑)
・まあアウェーサポが基本的にいないという状況限定の現象ではありますが、応援の「手法」としてちょっとありかもなと思ってしまいました。
・そのスタイルなら、僕自身も参加意欲が割りと湧くし。

・さて試合。
・"大通し"の甲府戦程ではないにせよ、"ミニマム抵抗"の千葉に対して、今回もまあまあやりたいことが自由に出来た試合だったと思います。
・仕込んだ大きな崩しにせよ、より即興的な細かい崩しにせよ。
・ただ同時にというかそれゆえにというか気になったのは、細部の粗さというか"実"(み)の入ってない感というか、本物じゃない感というか。
・上手く行くことに慣れてない感というか自信・自負不足というか、それゆえの詰めの甘さというか本気度不足というか。
・形にはなっているけど形だけ、敵は混乱しているけれどこっちも実は戸惑ってるみたいなところがあって、コンスタントにチャンスは作っていても実際決められる感じはほとんど前半はしませんでした、運の助けなくしては。(そして助けてもらった)
・同じ"あわあわ"してても攻め側が攻め切るのと守り側が凌ぐのとでは難易度が違う(守る方が簡単)ので、攻める側はより強い自信・確信を持たないといけない。
・だから"ストライカー"たちはエゴの化け物や無責任人間の宝庫なわけで。(笑)
・...ちょっと感覚的に過ぎる表現の羅列になりましたが、感覚的なりにもう少し話を具体的にしてみると。
・特に細かい崩しの時にそうなんですが、出し手と受け手(そして更にその受け手以下略)の意思疎通が曖昧というかおっかなびっくりで、"ミス"まではいかない微妙なプレーのブレや遅れが、結局チャンスの本格度や危険度を目減りさせてしまって、最終的には防がれてしまうというか防ぐ為に"頑張る"余地を相手に与えてしまっているというか。
・崩している割りには守れる攻撃になっている、逆にそこまで崩せていなくても、要所の凝縮度が高ければ攻撃というのは成功するもの防げないものになるので。
・「意思疎通」とはどういうことかというと、それなりに狙った形、何なら"得意"の形であったとしても、出し手はほんとに通るのかな通ればいいなというくらいで出していて受け手は受け手でこういうところに出て来ればいいな出て来るのかなわっほんとに来たよみたいな感じで、上手く行き過ぎて双方びっくり、あれ?これ練習だっけ?いや本番だそうだ攻めなきゃ点取らなきゃみたいな(笑)、一瞬の戸惑いがプレーを少しずつ遅らせている正確さを目減りさせていく感じ。
?
・本気の予測や呼び込みが出来ていないというか。
・"真剣勝負"というのは意志の速さ瞬発力を競う面も大きいので、形が綺麗でも技術的に上回っていても、その部分で遅れると最終的には間に合われてしまう"帳尻"が合ってしまう、そういうことがよくあるので。
・逆にそのチームの"お家芸"的なものは、そこに迷いが無いので発動したと思った瞬間にもう完結している感じで、相手からするとどうしても少し遅れる。
・何かと評判の悪い「本田・香川」的なものだって、そういう面では確かに実際的な"威力"はあった。("形"としての不合理はままあっても)
・感覚的に言うと、「攻撃」力は"形"+"技術"+(どう言っていいのか分からないけど)"「精神」の速度"で決まるようなイメージ。
・最後のが十分なものが、「本物」の攻撃というか。

・そういうものが千葉戦のヴェルディの攻撃には欠けていたように感じて、疑惑のPKと"まぐれ"(端戸談)でしか点を取れない状態を生んでいたのではないかと思います。
・終始優勢な割には。
・ではどうして戦ではそういう面が余り見えなかったのかと言うと、それは恐らく、甲府の与えてくれた広大なスペースを使って"セットプレー"に近いような仕込み通りの"大きな"崩しを半自動的に出来たからで、さほど当事者同士の感覚が要求されなかったからではないかなと。
・単純に千葉の与えてくれるスペースの方が狭かったので、より細かい正確さや速さが要求されたと、そういう言い方も出来ますが。
・それでも運に恵まれて(笑)2点取れて勝ち切れたのは、相当今ヴェルディが勝ち頃の時期にあると、そういう頼もしさもありますが。(笑)
・上手く転がらない時は転がらないですからね・・・(幾多の記憶)

・まとめて更に別な言い方をすると、今のヴェルディの攻撃は大筋は間違いなく上手く行っているし、(少なくとも永井ヴェルディ的には)正しい道を歩んでいる途上だとは思いますが、まだ本物の怖さはない。
・具体的には大量点は取れても「この1点」を取り切る確実性・集中的な力は無い。
・勿論"大宮"的な現状歯が立たなそうな相手ややり方もある。
・ある程度の年月サッカーの試合を見ていれば分かると思いますが、本当に"点を取れる"チームというのは「この1点」を取れるチームなんですよね。ある程度狙って、メンバーが自信を持って。総得点とかはあんまり関係が無い場合が多い。
・そういう意味で千葉戦の「1点」たちは、やはり運が良かったたまたまという面が小さくない点だと思います。

・ただしそれは「永井ヴェルディ」特有の問題だとは特に思わなくて。
・どんなチームどんな戦術のどんなタイプのチームでも、"成長"過程のある所で必ずに近く現れる状態だと思います。
・...どちらかというと"攻撃的"なチームの方が、起き易い現象だとは思いますが。"カウンター"のチームとかは最初から「その1点」に向けて組織されている性格が大きいですから。成熟感や完成度高い感が出るのが早い。
・攻撃的なチームは、攻撃"一般"のことを考えるので、ワンプレーワンプレーへの集中・凝縮は遅れがち。出来ることやることが沢山あるというか。
・話戻して現在の永井ヴェルディのそういう意思疎通ぼんやり状態の理由としては、一つには勿論、まだ6試合でもありますし"今年のチーム"今年のメンバーとしての馴染みや練度が足りないという単純な問題はあるとは思いますが。
・より根本的にはそれはチーム全体の成長過程や進捗状況の問題であって、"チーム"としてのやり方が一通り行き渡ったところで、初めて個人間の問題が個人間の問題として析出して来て、そこに注意を向ける余地が出て来たそこが決定因として比重が増して来た、そういうことだろうと思います。
・"サッカー"がチーム・監督のレベルから「選手」のレベルに、ようやく降りて来る途中の姿というか。
・"戦術遂行"以上・以外の神経の使い方が個々の選手に要求されて来たというか、(戦術・監督という)"お上"の顔色を窺うのではなく、互いの顔色をより濃密に窺う段階に入ったというか。
・だいたいがコンビネーションの練度が過ごした時間で決まるなどというのは、ジーコ的な幻想というか素朴過ぎる考えなので。
・草サッカーならともかく。(草サッカーであっても?)
・あくまでチームが目指す方向監督や戦術が提供する「枠組み」に沿う形で、互いの関係は整理整頓・洗練されて行くものなので。
・だから今はだいぶ上向きっぽい永井ヴェルディですが、もしチームが再び混乱したり後退したりすれば、いくら「時間」が進んでも選手間のコンビネーションも低レベルに留まり続けるだろうと思います。
・そもそも気にする余裕が生まれないでしょうし。
・いくつか特別な"セット"くらいは、偶発的に発見されるかも知れませんが。
・とにかくようやく様にはなって来たので、次は魂を入れてもらいたいなというそういう話です。(笑)
・戦術遂行のパーツの集まりという以上の、"チーム"に。

・と、いかにも「物足りないところ」を挙げているようには見えるとは思うんですが・・・
・実際のところ、ヴェルディについてこのレベルの話をすること自体、久しぶりなんですよね。
・先程サッカーが「監督のレベルから選手のレベルに」降りて来るという言い方をしましたが。
・それで言うならはっきり言って、ロティーナ就任以降の3年ちょっと、ほぼ「監督」(のレベル)の話しかヴェルディについてしていなかったと思います。出来なかった。
・監督の「計画」の直接的第一次的可否について語ることがヴェルディについて語ることとイコールで、選手はその道具というか、"出来の悪さ"という意味まで含めれば下手すると"操り人形"というか。
・それだけロティーナの支配力が大きかったというのも、またサッカー自体が全体的にそういう傾向を増しているのも、確かだとは思いますが。
・ひと昔前(笑)まではそこまでサッカーにおける"戦術""戦略"的側面は充実していなかったというか中にはそういう監督もいるという程度だったので、割りと早々に(僕の言う)「選手のレベル」が問題になったというかチームについてサッカーについて語る事のメインに近い部分に来たものですけどね。それとの関係性での、再び「監督」とか。
・とはいえ"操り人形"のままリーグ優勝レベルに達するチームというのは、現在でも見かけない気がするので("躍進"くらいなら無くはない)、やはりヴェルディ自体における戦術消化の度合いの問題は、大きかったと思いますが。
・ようやくそのターンが来た。のかもしれない。
・ロティーナ(やホワイト)よりも永井監督の方が優れているからとは即ち言えなくて、単に消化しやすい、あるいは消化できる程度の厚みである脱せられる程度の支配力であると、そういう可能性もあるわけでしょうけど、今はまあそういう事はいいでしょう。
・"ロティーナ"の基礎あっての"永井"という繋がりも、当然あるわけでしょうし。
・とにかく久しぶりの感覚だったなと、個人的には。
久しぶりに持ったタイプの不満というか(笑)。あそこでこうすればこうなったのにという"たられば"が、ちゃんと見えたというか。
・ようやく始まる?サッカーが。(笑)

・その他。なんかあったっけ。
・ワイドストライカーの右に藤本左に潮音が揃った時は、ちょっとした感慨がありました。
・なぜならロティーナが藤本を抜擢した時に、"右FW"で堂々たるプレーを早速こなすレフティ藤本を見ながら、既にチーム内で浮いた立場にいた潮音も、同じ使い方で(右利きなので)左FWで使えないものかと、一瞬考えたものだったので。
・「同時」という意味ではなかったですけど(笑)、ついに実現したかと。
・まあレフティらしい"角度"のついたボールの持ち方で、ボールもらった時点で「最終的にはカットインシュートしますよ」と予定表を顔に貼り付けている(笑)感じの藤本とは、そこまで左右対称ではないですけどね。
・"FW"(藤本)と"トップ脇"(潮音)くらいのプレーのニュアンスの違いがある。
山本理仁、久々の登場。
・ジェフの矢田が出て来た時も、「まだこんなのがいるのかよ」と思いましたが(笑)、理仁は理仁でまた少し違う意味でまだいたかという"贅沢"選手。
・コンディション上がって来たらどう使うんでしょうね。現行のやり方を基準にすれば、"薄い"ところは藤田のアンカーのあたりと考えられますが。
・ただ現状結構唯一無二の働きをしている藤田の"代わり"を、そう簡単に理仁に期待出来るのか、多少の機能の違いは許すとしても。
・使うとなったら"輝いて"欲しい選手なので、万能なようで意外と使い辛いんですよね。(笑)
・結局その時足りないところに使う感じになりそうな気はしますが。あるいは森田的な後半の"お手当て"用とか。
・藤田とのレベルの高い"使い分け"とかが、やっぱり理想かなあ。
・実は中野とかぶるかもしれないという(笑)。ややこしい×2だなあ。
・サイズがあるけどパワー型じゃない選手って、結局使い辛いことが多いですよね、特に日本では。
・どこに重点を置いたらいいのか。
・"国内"なら通じる高さという場合も多いし。


スポンサーサイト



テーマ:Jリーグ
ジャンル:スポーツ
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック