ヴェルディ、代表、グラドル、漫画、アニメ、等
一番好きなキャラはヤザン
2006年03月02日 (木) | 編集 |
ヤザン

ゼータ話の続き。
ヤザン・ゲーブルと言うそうな。すっげえ何だこの解説
やっぱスティングだったのかあの顔は。だとすれば微妙にスティングへの悪意を感じる。(笑)

まんまエウーゴ/ニュータイプ体質の僕ですが、ヤザンのオールドタイプとしての徹底した生き様には賛嘆の念を禁じ得ません。彼のような人を無視して新時代を語ってはいけないと思います。
ていうか彼は彼なりに聖なる存在で、彼のありようを突き詰めれば、あるいは行くところまで行って折り返せば、それはそれで旧来の人類の限界を見極めて”次”を見据える重要なヒントを与え、彼自身も別ルートながら知らずしかるべきどこかに辿り着く可能性を内包している人だと思います。・・・・ま、悪人正機説みたいなものですね要するに。

ともかく同じカミーユにまとわりつく分からず屋のオールドタイプでも、ジェリド・メサみたいな根っからの俗物と一緒にしてはいけないと思います。
こっちはついに自分の倫理を獲得出来ずに状況や常識に使役されるだけの真の意味の俗物で、ヤザンと違って何かしら志ある風なことを口にはしますが永久に宙ぶらりんなままでどこにも行けないでしょう。ライラ・ミラ・ライラがかわいそうです。(ライラ)

それにしても同じオールドタイプ・ライバルの枠の中で、わざわざヤザンとジェリドを描き分けるとは何て深いヴィジョンなんだむしろ常軌を逸してるなと感心(?)しかかったんですが、どうもジェリドはある意味”逆襲”シャアと同類の「ニュータイプのなり損ね」の方の類型で理解した方がいいんじゃないかというのが最近の考え。
だからこそライラやジャブロー脱出時に輸送機から手を差し伸べた彼女(誰だっけ?)のような、”ジェリドに期待する女たち”という描写・設定もあるのだろうと。・・・・ま、結果としては単なるウザイやつでしかなかったと思いますが。(笑)

話戻してヤザンですが、こういうキャラを単なる悪役/やられキャラという以上の存在感・愛情をもって、さりとてアンチ・ヒーローという逆差別にも落ち着かせずに登場人物の1人として冷静に描いているところにゼータの奥深さ、広がりがあると思います。
別な言い方をすると”ミスター中庸”ブライト・ノアとは別な意味で、ゼータのバランスを支えているのは彼である。・・・・押し拡げながら支えているという感じですが、ブライトとの対照で言うと。

よくある「対置」とは少し違うんですけどね。それこそ前作のアムロとシャアのような。彼がいなくても問題なく成立するけど、彼がいることによって作品の実在感・現実感に半端じゃない迫力が加わっている。作品世界が外に開かれる。
彼自身は必ずしも作品の中心的論理の内部にはいないというか、ほとんど『登場人物』ではなくそこらへんで普通に生きている注釈抜きの”人間”という感じですが。

前作で言えば「スレッガー中尉」なんでしょうが、彼の場合は”美談””ヒーロー”として割りと回収可能な部分があった。そういう対処が不可能なヤザンの存在感は、恐らく年齢の低い層の視聴者にとってはかなりな難物だろうと思います。僕は初見の時既にある程度年取ってましたが。

とにかく・・・・ああ、切った方がいいかな。今日はここまで。(何だよ)
ちなみに一番思い入れのあるキャラ、出て来るとテンションが上がるのはパプテマス・シロッコ(とハマーン)です。ええそうですとも、しょせん僕は大衆憎悪者です。独裁者予備軍です。これだけはなかなか卒業できません(笑)。修行を続けます。

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