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『サウンドブレイキング レコーディングの神秘』紹介
2021年05月19日 (水) | 編集 |
Soundbreaking


"録音"(レコーディング)芸術としてのポップミュージックの全史的研究ドキュメンタリー。全8回
WOWOWでやっていたのを録画しておいたのを見たら、期待通り面白かった。
残念ながらWOWOWオンデマンドには収納されていませんが、DVDとしては普通に売られているようなので紹介。ロックを筆頭とするポップミュージックが好きな人には、断然お勧めしたい興味深い内容。ビートルズのプロデューサーとして知られるジョージ・マーティンが全体の監修を務め、有名ミュージシャンたちも多数出演。特にクラプトンとジェフ・ベックが見たことが無いようなリラックスした出方をしていて、そこらへんはジョージ・マーティンの威光なのかなと。(笑)
原題"Soundbreaking: Stories from the Cutting Edge of Recorded Music"2016年制作。


"要約"・・・はかなり厄介そうなので、全8回それぞれのパートで印象に残った"トリビア""逸話"的エピソードを紹介することで、布教の用を果たすことにします。
面白そうだなというのが伝われば、それで。


#1 レコード・プロデューサー "The Art of Recording"

・ストーンズのプロデューサーとして招かれた('94『ヴードゥー・ラウンジ』?)ドン・ウォズは いきなりミック・ジャガーからはプロデューサーの必要性を、キース・リチャーズからは"不"必要性を滾々と説かれて困った。
・ジョージ・マーティンがビートルズの"Eleanor Rigby"(『リボルバー』['66]収録)のストリングス・アレンジの参考にしたのは、ヒッチコック『サイコ』['60]の劇中音楽のイメージ。
・'70年代、ジョニ・ミッチェルらの女性シンガーソングライターとスティーヴィー・ワンダー、マーヴィン・ゲイなどの黒人ミュージシャンが、ほぼ同時にセルフ・プロデュース型のレコーディング・プロデュースを模索し始めた。(被差別階層ゆえの自己主張の必要性という視点?[アト])


#2 マルチトラック・レコーディング "Painting with Sound"

・ビートルズの『サージェント・ペパーズ』['67]



を聴いて、この先どうすりゃいいと不安が募った。(ロジャー・ダルトリー/ザ・フー)
・その"サージェント・ペパーズ"レコーディング時、スタジオには科学者や電気技師がゴロゴロいて奇妙な風景だった。(リンゴ・スター/ビートルズ)
ボストン(ヴォーカル以外トム・ショルツが全ての楽器を弾いて自宅の地下室の機材で一人で作り上げたアルバム



'76年にレコードデビュー)が"バンド"でないことに、レコード会社も含め当時誰も気が付かなかった。(トム・ショルツ)
・マルチトラック・レコーディングの発明者は、ギターで有名なあのレス・ポール。('50年代)
・そのレス・ポールが自分の妻のヴォーカルをマルチトラック・レコーディングして作った曲を、母親には(いくつもの声が聴こえるけれど)「本当は一人で歌っている、いかさまだから聴くな」と言われた。(ジェフ・ベック)
・磁気テープ(レコーディング)が発明されるまでは、レコード原盤への一発録音。
・ビートルズ"Tomorrow Never Knows"('66『リボルバー』収録)でジョン・レノンが表現しようとしたのは、チベット「死者の書」の世界。
・ビートルズがツアーをやめた理由は、一つには歓声でもう他のメンバーの演奏が聴こえなくなって、単純に続行不可能になったから。
・ビートルズ"A Day in the Life"('67『サージェント・ペパーズ収録』)のオーケストラ部分の録音時に、ジョージ・マーティンは楽団員に他のメンバーの音を聴くなと指示した。


#3 ヴォーカル "The Human Instrument"

電気マイクの発明によって、歌手たちは(録音時に)大きな声で歌う必要が無くなり、細かい情感を伝えられるようになった。
「歌手たちは誰一人自分の声が好きじゃない。」(ロッド・スチュワートは違うかもしれないが)
by ロジャー・ダルトリー


#4 エレクトリック "Going Electric"

・楽器特にギターの電気化(大音量化)によって、突如としてホーンセクションが不要になった。
"(I Can't Get No) Satisfaction"['65]以前のストーンズのギター・リフは、全てブライアン・ジョーンズが考えていた。("Satisfaction"はキース・リチャーズ)


#5 ビート "Four on the Floor"

・「ある日リトル・リチャード(草分け的ロックンローラー)に駅に連れて行かれて蒸気機関車がスピードアップした時の音を聴かされて、こういうのが欲しいと言われた。ああ8分音符(8ビート)だねと俺は答えた。」(リトル・リチャードのバンドのドラマー)
・ウッドストックの時の("ラテン"ロックの旗手)カルロス・サンタナは、LSDで絶不調で間違えないように弾くのに必死だった。
・(映画)サタデーナイトフィーバー以前のディスコは、アンダーグラウンド文化だった。
・そのサタデーナイトフィーバーのサントラで一世を風靡したビージーズは、依頼を受けるまでディスコ音楽は聴いたこともなかった。
・リミックスで3分の曲を6分や8分に引き伸ばしても、客は3分の曲に感じる。(のでDJは楽が出来て助かる)
ハウスとテクノとヒップホップは、'80年代に同時発生した。

・・・最後だけ注。
1979 YMO『SOLID STATE SURVIVOR』 (テクノ)
1986 Run-D.M.C.『Raising Hell』 (ヒップホップ)
1980年代後半~1990年前後 "マンチェスター・ムーブメント" (ハウス)

日本だとYMOの功績により、テクノだけ突出して一般的認知が早くてヒップホップとは結構時間差がある感じ。ハウスに至っては派生ジャンルである"アシッド"ハウスが入り口として大きかったのもあって、丸々一世代違う感も。
いずれにしてもダンス/クラブシーン発ではなく、"聴く"音楽としてロック/ポップスを介した受容になってますね最初は、3つとも。(テクノ"ポップ"、エアロスミス"Walk This Way"、ローゼズ/ハピマン)


#6 サンプリング "The World is Yours"

・ヒップホップの最大のルーツは、カリブ海文化。("トースティング"、カリブからの移民)
・草創期ヒップホップの代表格の一人アフリカ・バンバータは実際にギャングのリーダーだったが、それをラップにはしなかった。(後の"ギャングスタ・ラップ"との違い)
・相次ぐ著作権訴訟によって、サンプリングは(使用料を払える)金持ちの贅沢になった。(最近のヒップホップではあまり使われない)


#7 ミュージックビデオ "Sound and Vision"

・初期のミュージックビデオは、映像作家側の実験という意味もあって制作費は安価だった。
マイケル・ジャクソン(『Thriller』['82])ブレイク以前のMTVは、はっきりと"ロックしか聴かない白人の若者"をターゲットにしていて、黒人ミュージシャンが登場することはほぼ無かった。
・MTV"アンプラグド"シリーズは、当時絶大な影響力を持っていたMTVのゴリ押しでアーティスト側が渋々出演を承諾することも少なくなかった。(ニルヴァーナ/カート・コバーン等)
・衰退し(て多業種化し)た最近のMTVでは、点けた瞬間音楽が聴けることの方が珍しい。


#8 フォーマット "I Am My Music"

78回転SP盤(RCA)→33回転LP盤(コロムビア)→45回転EP盤(RCA)という"レコード"業界のフォーマット争奪戦の流れ。当初の収録時間はそれぞれ3分半、25分、6分
・"若者が集中して音楽を聴けるのは2曲が限界"というRCAのマーケティングの元、2曲入り45回転EPシングルのフォーマットが確立し、「ティーンエイジ・ロック」というジャンルが誕生した。(火付け役はプレスリー"ハウンドドッグ"['56年])
・33回転LP盤の25分という収録時間を活用した初の"コンセプトアルバム"は、フランク・シナトラ『In the Wee Small Hours』['55年]
・(ソロ演奏の長い)ジャズの隆盛にも、LP盤は大いに貢献した。
AMラジオでかかり易いのは2分半以内の曲。("シングル"時代)
・1969年頃からFM局が勃興し、"アルバム"全盛時代が訪れる。
・"カセット・テープ"時代を加速したソニーのウォークマンは、付属のヘッドフォンが非常に高品質だった。
CDの普及に大きく貢献したのは、ダイアー・ストレイツ『Brothers in Arms』['85年]
MP3の開発中に音質テストに使われたのは、スザンヌ・ヴェガ"Tom's Diner"(『Solitude Standing』['87]収録)




・・・という感じの内容です。興味がある人はどうぞ。Netflixでもライブラリに入れてくれないかな。


Soundbreaking2


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テーマ:洋楽
ジャンル:音楽
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