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中田ジャパン(女子バレー)の番外編的まとめ
2021年08月28日 (土) | 編集 |
資料(1) (2) (3)

もうあちこちで批判はされ尽くしてますし、今更普通のことを書くのも気が進まない(一週間前に自分が書きかけたものを読んでももういいよそういう話は、飽きた!とか思ってしまう(笑))ので、余り他の人が書きそうにないことだけ選んで。


中田ジャパンの"擁護"可能性

中田ジャパンへの批判・提言を一言でまとめれば、「スピードや一本目の質への妙なこだわりは捨てて、攻撃参加枚数の確保に重点を置いた世界標準のバレーを黙ってやれ」ということだと思います。
ここで攻撃の"枚数"ということを言う時に前提されているのは、あえて言うと馬鹿みたいですけど(笑)、"参加"するに足る水準の攻撃力を持ったアタッカーが常に一定"枚数"分いるという状況だと思います。それこそ(実際に中田ジャパンの中で生じた問題ですが)新鍋のバックアタックを、本気で"枚数"に入れようとは、余り誰も思わないわけで。

その観点を踏まえてこうした提言は、中田東京五輪チームの最終メンバー、特に大エース"古賀ちゃん"(笑)を筆頭に未熟なところはあれど確かに"世界"や"未来"を感じさせる石川黒後、サブにも石井といういつどこで出てもそれなりに遜色なくやれるアタッカー/アウトサイドヒッター陣を見回してみれば、なるほど一定の説得力はあるように思います。・・・結果的にはね。

ただ2016(17)年の中田ジャパン誕生時の状況を思い出すと・・・。どうだったかなと。
そんな"正論"で、単純に済んだ状況だったかなと。
ここで中田ジャパンの初陣、2017年のワールドグランプリの登録・出場メンバーを振り返ってみましょう。

(WS) 古賀、新鍋、石井優希、鍋谷、石井里沙、内瀬戸、堀川、野本、高橋沙織
(MB) 岩坂、島村、奥村、松本 (S) 宮下、冨永、佐藤美弥 (L) 小幡、井上琴


ウィングスパイカー(現"アウトサイドヒッター")は9人の名前がありますが、さあどうでしょうこのメンバー。
長期不調中の古賀(復活はようやく2020年になってから)、直前まで引退も考えていた老兵の新鍋、"若手"でもなければ"頼りになるベテラン"でも未だなかった万年二番手の石井優希、面白いけどほぼワンポイント専門の鍋谷、MB兼任可もなく不可も無くの石井里沙、好選手だが所詮低身長の脇役内瀬戸、なんちゃって"大型レフティー"堀川、永遠の未完の大器野本、コメントに困る高橋沙織と、まあ正直誰をどう当てにしたらいいのかという陣容。
"将来性"という観点で見ても、"若手"と呼べるのは古賀くらいしかいないですし。一応黒後は"育成年代チーム優先"という理由でのメンバー外でしたが、この時点ではまだVリーグデビューすらしていない未知数。後知恵でなく、しょぼっと思った記憶は当時あります。誰が点取るのと。

元々勿論日本女子は大型スパイカーがガンガン打ちまくって圧倒出来るようなチーム/国柄ではないわけですけど、例えば最後の"栄光"'12ロンドン五輪銅チームと比較しても、そこから木村沙織が抜け江畑が抜け迫田が抜け、中間'16リオ期に長岡が台頭するも深刻な負傷で長期離脱中、残ってるのは劣化した新鍋くらいで代わりの台頭選手も無しと、恐らくこの時期は近年の中でも人材的にかなりどん底と言っていい時期だったのではないかと、こちらはまあ、後知恵含みですが。
例えば前監督眞鍋政義氏はロンドン後の2014年に、"ハイブリッド6"と称する時に6人全員がアタッカー/アウトサイドヒッター的に振舞って入れ代わり立ち代わりスパイクを打ちまくるような戦術を取りましたが、逆に言えばそれだけそういうタイプの人材が豊富だという認識が当時はあったわけですよね。(2014WGP時のメンバー)

そういう立脚点は、中田監督には無かった。タイプ的にハイブリッド6みたいなことは、やろうとは思わなかったでしょうけど(笑)仮にやろうとしてもやれるようなやる"甲斐"があるような陣容では、当時は無かった。アウトサイドの火力をベースに据えたようなチーム作りを、自然に出来るような状況ではなかった。・・・2014年ならぬ2021年に比べても。2021年の選手層なら、例えば"ハイブリッド6"的なことをやってみるのも、一興と言えば一興かもしれない(笑)。それだけの"枚数"の用意自体は、出来なくはないかもしれないというか。

だから中田監督が、貧弱な選手層を前提にして、攻撃の"量"ではなく"質"、数は少なくても出来る事確実な事を一つ一つ拾い上げて慎重に繋いで作り上げる職人的な丁寧さを強みにするチームを作ろうとしたのも、状況的な合理性はあったと言えなくはないと思います。実際集合時の絶望的な感じからそれなりに戦えるチームになって行くまでの速度は、意外と早かったな着実だったなと言う印象を、当時僕は抱きました。結果ブロード一辺倒になったとしても(笑)、何も無いよりはマシなので。それがつまりは、2017年の日本の"出来る"ことだったということで。
ただ・・・その"為"に中田監督がワンフレームバレーやらを採用したのかと言うとそれはそんなことは無くて、あくまで結果的な合理性だと思いますね。なぜならそのバレーは、(世界の中の日本とは違って)国内戦力優位の久光製薬で、主に磨き上げられたものだったので。どういう戦力だろうと、要するに中田監督がやりたいのがそういうバレーだったのだろうと、それがたまたま状況にも、フィットしているように見える瞬間があったという。

貧打を何枚揃えても所詮は貧打、だから貧打でも点が取れるような超速くて超精密なコンビネーションに活路を求めますというのが中田監督の"合理性"。
ただ実際の中田ジャパンの歩みが示したものは、むしろ例え貧打でも枚数増やしたりシンクロすることの効果は結構明白に顕著で、それはたまにしか決まらない"精密"さよりもたいていの場合勝るということで。
増して満更"貧打"でもなくなった最近の日本のアタッカー陣を考えればと、それの世界仕様でのもっと伸び伸びした有効活用をと、そういう話になってしまうのは致し方ないところ。ただ今日の(アウトサイド陣の)状況を、僕自身もイメージ出来ていたわけではないので、そういう意味で"2017年の"中田監督に、一定のシンパシー・同情はあるよというそういう話です。(笑)


あったかも知れない中田ジャパン

その延長みたいな話ですけど。
このように、サイドアタッカーの人材不足という状況と皮肉な適合性(笑)も見せつつ進んで行った中田ジャパンは、別な言い方をすると"オールラウンダー"がどの状況からも仕掛けるトータルバレーではなくて、守備職人新鍋のレシーブ力を軸とした分業バレーだったわけですね。レシーブ職人新鍋+ブロード職人奥村&島村というのが、再三言うように初期の基本形。
完成度は高いが伸びしろも機動性も無い大ベテラン荒木が早々に(本番間際とかではなく)ミドルの軸として固まっていたのも"職人"バレー感を増す訳ですが、それはそれとして中田監督も、出来ればトータルに能力の高い現代的な大型サイドを揃えて戦いたいという気持ち自体は持っていたようで、最初の最初の先発メンバーは新鍋抜き(古賀+石井優+堀川)でしたし、その後も結果新鍋には頼りつつも、何とかスケール感を出そうと選手起用に苦慮している様子は見られました。

ただ・・・僕が好きだったのは実は、新鍋と内瀬戸、二人のレシーブ職人を両方先発させた、言わば最も守備的分業的なシフトの時の中田ジャパンだったんですよね。(笑)
その際には古賀なり野本なり時に石井なり誰かが守備免除の"打ち屋"として残り一枠に入るわけですけど、その割り切り感がむしろ心地良かった。"現代的"ではないかも知れないけど、逆に中田監督の「ハート」が感じられて好感が持てた(笑)。ああこういう人なのね、こういう感じが落ち着く人なのね、これくらいの"確実性"を、本来は求めたい人なのね。ある意味不確実性そのものを武器とする、シンクロだのハイブリッド(笑)だのは、とことん性に合わない人なのねという。

これはサッカーでもそうですが僕は基本的に&最終的に、その監督のやりたいこと得意なことをやってくれるのか結局一番という、そういう考えの人なんですよね。"世界の潮流"やら理論的可能性は可能性として、ひと通りは見るとしても。"戦える"チーム作りには、しばしばむしろそちらの方が大切だと。
逆に半可通や借りて来たような戦術で戦われると非常に腹を立てる(笑)人で、だからもし中田監督が早い段階で割り切って、もう分業で行くんだその方が効率的なんだと腹を括ることに成功していたりしたら、意外とシンパになっていたかも知れません(笑)。少なくとも通り一遍の"世界仕様"論への、最初の防護壁くらいにはなって見せたかも。・・・実際問題真面目な話、打ち屋一人に絞った"守備的"布陣の方が、攻撃力が高いように見えることも少なくなかったんですよね、中田監督も面白いもんですねと当時苦笑いしてましたが。それだけ日本の"トータル"アタッカーたちの能力に問題があったということでもあるでしょうし、と同時に少なくとも"中田監督"下でやる場合、下手なトータルよりもはっきり分業の方が最終的な効用が高いという可能性は低くなかった。

その路線で・・・もし五輪が延期にならずに新鍋が健在なままで、2020年末には復調していた古賀が2020年夏にも間に合ってでもいたら。どのみち黒後も石川もそこにはいたでしょうし、丹念に磨かれた"分業"中田ジャパンは、形だけ"潮流"に色目を使った今回のあぶはち取らず中田ジャパンよりは、少なくともいいチームだったのではないか戦えるチームに仕上がったのではないかと、そんな風に思わなくはないです。
まあ相当批判は受けたでしょうけど(笑)。でもどのみち批判は受けますからね。(笑)
常時(レシーブ職人を)二人置くかどうかはともかくとして、半端に外野の声に耳を貸さずに初期型のチームのあくまで延長で突き詰めるという選択肢は、実際あったと思いますね。2018年まではぎりぎりそうだったのかなあ。2019年になると完全にぶれてますけどね。とにかく気が付くと、寄る辺が何も無くなっていた感じの、2021年のチームでした。


中田ジャパンへのある意味最終的な不満

このように擁護可能性や路線のポテンシャルの可能性などを探りつつ、しかしやっぱり中田ジャパン駄目だったよなと僕が思う部分が特に一つあって。
それがいわゆる"チャンスボール"の、決定力の無さ。
決まる決まらないも勿論そうなんですけど、せっかくのチャンスボールなのにその優位を特段に活かしている様子も無く、結局普通に組み立てて決まるか決まらないかはスパイカーの甲斐性次第という、なんだ普段のラリーと変わらないじゃんみたいな、そういう日常。
これ自体は実は中田ジャパンに限ったことではなく日本バレーの日常とも言えて、外国のチームはいいよなあチャンスボールになるともらったも同然感満点でまず確実にオートマティックアタック(たいていは超高空からの手出し不能のクイック)を決めて来るよなあと、日々羨ましく皆さんも失点を傍観していることと思います(笑)。日本もたまにアジアの格下相手だと似たようなプレーを連発することはあるので、単純に言えばこれ自体は高さの問題が大きいんだろうと思いますが。

ただ中田ジャパンの場合無視出来ないのは、それがチームの攻撃コンセプト根幹にも触れるプレーだと思うからで。
例えばこういう箇所。

中田監督 五輪であったり世界大会の数値を分析して、「レセプションアタック」。サーブレシーブからの攻撃の決定率が低かったのがポイントなのかなと。なので、まずはそこを徹底的に強化して、最低限でも自分たちがどうやって点を取るのかという「形」を作りたいと思います。(2017.5.26)

中田 確実に取らなければならない1点があるし、その取り方をどうするか。(中略)パスが返って、ブロックが1枚になって、圧倒的に攻撃側が有利なはずなのに決められない。どうして?と理由を紐解いて考えれば、スパイカーも、セッターも技術が足りないということ。(2017.7.4)

中田:現在の日本はAパスが入った時の数字がよくない。本来の武器であったものがなぜそうなってしまったのかと素朴な疑問を抱きました。(2017.7.12)

中田:世界との差…。(中略)やはり最低でもブロックが1枚になったときに確実に点数を取るとか(2018.10.16)

当初から"レセプションアタック"を軸に戦うと宣言していた中田監督が狙っていたのは、(1)いかにAパス状態を作るか(2)そのAパスを利したコンビネーションでいかに確実に"取れる点"を取るのかという、要するにそういうことなわけですね。その「型」作り。
その観点から見た時に、ラリー中ではありますが相手からもらった"チャンスボール"というのは、ほぼ確実に"Aパス"が上げられそのAパスから始まる「型」にはめたコンビプレーを発動できる、本来なら中田ジャパンの本領にならないといけないプレーだと思います。・・・つまり普段"レセプションアタック"でやろうとしているプレーを"相手の厳しいサーブをいかに返してAパスにするか"の段階すっ飛ばして出来る状況なわけで。
ところがその部分に特に進展が見られないということは、つまりは最大のネックとされていた"Aパスの難度"の問題をクリアしたとしても、その先に点を取る準備が出来ていない、その部分が結局仕込まれていないということを示唆するわけで。
中田監督に言わせればそれも"技術が足りない"からだということになるのかも知れませんが(笑)、含めてとにかく解決出来ていなかったと、結果的には言えると思います。つまりは合わせてパスの観点からも、その後という観点からも、どちらから見ても有効性は低かったと言わざるを得ない。逆に"チャンスボールの決め方"だけでも向上していれば、その部分は少なくとも中田戦術の有効性/遺産として、認定するにやぶさかでは僕はないんですが。


結局は三つ子の魂? ~まとめのまとめ

色々言いましたが、結局のところ"中田久美"は"中田久美"でしかなくて、それ以外ではあり得なくて、それこそが問題の根幹だというのが言いたいことですかね。
一見すると「世界仕様」か「独自路線」かの宗教論争に見える部分もそれは見せかけで、要は中田監督は自分が一番しっくり来ること(現役時代のバレー?)をやりたいだけで、部分的にそれが"世界"との関係性の文脈に乗っかることもあるという、それだけのことで。久光と全日本の相対的位置の大きな違いというところでも話しましたが、どういう状況でも結局中田監督は、"レセプションアタック""ワンフレームバレー"を掲げたのだろうなと。・・・2017年のグラチャン以降2018年の終わりまでに繰り返された報道陣との"バックアタック"をめぐる問答(中田監督の慎重居士ぶり)を見れば、いかに中田監督が体質的に(バックアタックも含む)バクチ的なプレーを嫌うか枚数よりも精度と確実性にこだわりたがる人なのかは、隠しようが無いと思いますね。(笑)

勿論その全てが間違っている訳でも無駄な訳でもなくて、特に中田監督がしばしば口にした絶対的な技術とそれが生み出すプレーの広がりの可能性の次元というのは、決して無視していいものではないと思います。どんな戦術を取っても技術は必要/あればあるほどいいですし、また大きな技術の差は戦術の意味自体を変えることもある。
ただ一方で中田監督の"戦術"が余りに個々の"技術"に成否をかけ過ぎていたこと、そして結果を見るとその技術問題が中田監督の指揮下で満たされることも解決されることもなかったらしいこと、それは確かというか、致命的に近い問題でしたね。(だから逆に中田監督は、自分の"戦術"自体は間違ってなかったと、未だに思っているかもしれない。選手が下手なのが悪いのよと)

僕的にはそれでもとりあえず、中田監督の要求水準を満たしていた数少ない選手だろう新鍋選手のプレーを、改めて代表で見られたのは楽しかったです。中田監督でないと実現出来なかったろうそのことには、感謝したい。(笑)
戦術的にはどうしても"バックアタックが打てない"問題がやり玉に挙がりがちな選手ではありますが、一方で前衛時のライトアタックで見せる技術の見事さと有効性には、"バレーボール"のプレーの楽しさが詰まっていました。最愛の古賀とほとんど同じくらいに、好きな選手。好きになったというか。中田監督のおかげで。久光ではもうだいぶ省エネだったので。(笑)
古くて何が悪いと、上手いって素晴らしいだろうと、一瞬中田監督が見ている"世界"が見えた気がする時も、無くはなかったかもしれません。(笑)
(後は宮下を使ってくれればなあ、就任時に持ち上げた通りに。まあ評価は妥当だと思いますけど。僕が見たいだけ。(笑))

とにかく中田監督はそういう人で、そうじゃないバレーをやらせたければ他の人を雇うべきだったと、根本的にはそういうことだったろうと思います。
なぜ中田監督というチョイスになったのか今後日本(女子)バレーはどうすべきなのか、そこらへんはまあ、詳しい人に任せますが。僕はごく最近のことしか知らないので。
仮にこれから"世界標準"でやるにしても、それはつまりスタートラインということでしかないので。そこから具体的にどういう問題が出て来るのかその時例えば中田監督が言った何かを思い出すような場面が出て来たりするのか(笑)、それはまあ、やってみないと分からないよなという。

ただ何というか上でも言いましたが、中田ジャパンの主流に反発しながらの歩みが、逆に主流の有効性をかなりの部分実証してくれたところはあるように思いますね。そういう意味ではそんなに五里霧中でもない気がしますし、最初に言ったように選手もいっときよりは随分揃って来ていますから、次の監督の初期位置はそこまで困難でもないだろうと。普通にやればね。いきなり金メダル獲れとか言われてもそれは困るでしょうけど。伝説のチームを作れとか。(笑)


そんなこんな。
心配はむしろ、惨敗でますます弱化するだろう、女子バレーの放送環境かなあ。
見たいよお、ネーションズリーグとかもちゃんと。BSでもいいけど、後でCSでもやってくれよ減るもんじゃあるまいし。(主にTBSへの個人的苦情)


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テーマ:バレーボール
ジャンル:スポーツ
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