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「文章」としての"Japan's Way"文書
2022年07月21日 (木) | 編集 |
「ナショナル・フットボール・フィロソフィーとしてのJapan's Way」を策定(JFA公式 2022.7.15)


読んでみました。(PDF部分)
まあなんか、賛否以前にすっきりしない"仕事"だなという。
予想通りと言えば予想通りですが。


全体の印象をお得意の(自分で言うか)比喩でまとめてみると

・不真面目という程ではないけれど優秀とは言えない大学生が卒業の単位を取る為だけに必死に頑張って体裁だけ整えた卒業論文(決して修論以上ではない)

あるいは

・あれ?これからJリーグって立ち上げるんでしたっけと一瞬勘違いしそうになる「Jリーグ百年構想」の車輪の再発明

みたいな感じか。
別なまとめとしては

「誰」に対して「誰」「何」を説明しようとしたのか、長い割に結局よく分からない文章

という感じも。特に"Japan's Way"疑念派の思考の足しには、ほとんどならないだろうなという。
そこじゃないというか、周辺の何かを片っ端からまくし立ててるだけというか。

二つ目の「誰」は、一見すると"田嶋幸三"だろう"JFA"だろうとなりそうではあるんですが、実際に読んだ感触としてはそういうことでも(ですら)無いように感じます。
特に順番的には最後に書かれたと思しき総論的な"プロローグ"部分は、これは"誰か"が書いている、関係者の中では相対的に若い世代の"誰か"が、ちゃんとは説明しない(出来ない)上層部の発注を受けてかなりの部分自分の匙加減で書いて、発注した方も大した見識がある訳じゃないからああそんな感じていいよとそれで通ってしまった感じの文章。何なら関係者の息子か親族の無名のブロガーがゴーストだったとしても、全然僕は驚かないです(笑)。それはあなたの隣の彼かも知れない彼女かもしれない(笑)。(男には見えますが。ちなみに僕ではないです(真顔))

それくらい「公」的な風格が無いというか、いい意味のお役所仕事としての、集合知を集積した挙句の非人格的な洗練研磨が感じられないというか。
端的に、脱字語尾(だ・であるとです・ます)の不揃いとかもそのままになってますし。(さすがにそれはその内修正されるか)
こんなん読まされてもなあという。

というわけで仕事を押し付けられただけの下っ端ライター(?)にいちいち反論してもなという感じにはなるんですが、一応少しだけ内容的な事も言うと、

二段落目。

時として当初とは正反対の「弱者の論理」的な誤解とともに["Japan'a Way"概念が]使われてしまった面もいなめません。


とありますが。
「弱者の論理」とは誤解されてないように思いますね。むしろ客観的実績的には弱者の類としか思えないのに、まるで「強者」のように妙に自己肯定的に戦い方/方向性の独特の固定を行っている、それが反対・反発している人たちの基本的な見方ではないかと思います。
というかまあ、この箇所の("文章"としての)本当の問題は多分そこではなくて、誤解であれ何であれ、自分たちに大きく言えば反対的な立場の意見の取り上げ取りまとめ方が、余りにだということかと。
誰(もしくは媒体)がどのようにそのような誤解/反対をしているのか、例示しろというのは多少難しいかもしれませんが(しかしこの後触れる"やり口"からすれば満更不可能とも)、せめて反対意見の命題化テーゼ化(例えば上で僕がやったように)はひと通りすべきだし、あるいは代表的な反対の論理を箇条書き的にでも並べて見せれば、匿名的なままでもそれなりに市井の声をくみ取った事にはなるでしょう。
それなしに勝手に自分だけ分かって「否めません」だけで強引に共同化しようというのは無理な話というか、140字のツイッターでもなければ(笑)許されない省略だと思います。仮にも公的な文書の態をなしていない。

"態をなして"いるかいないかに関してまた気になるのは、自分たちの主張の補強に"マッシミリアーノ・マッダローニ"やら"ダン・アシュワース"やら"フェルナンド・イエロ"やら以下様々なサッカー人の発言を引用して来るんですが、それぞれの引用の妥当性や説得力は別にして、そもそもそんなの何の根拠にもならないですからね。彼らが"Japan's Way"の策定に関わったとか、あるいは田嶋幸三なり誰なりがどこかの時点で彼らのそういう発言にインスピレーションを受けて作ったとか、そういうことでもあれば、それも別に"根拠"にはなりませんが一応"関係"はあるので(笑)、文書に入れてもいいかも知れないですけど。
余りにもふんわり過ぎる、個人ブログかと(笑)、やはり思ってしまいますが。"Japan's Way"を理念的に支持する奇特なブロガーが、外部者の立場で書いてみた。・・・つまりだからこんなんが許されるなら、市井の反対意見の羅列も許されるんじゃないの?と、上で言った訳ですけど。(笑)

あと細かいことを言い出したらキリが無いですけど、横文字の多さも気になりますね。使う必要のないものはなるべく使わない方がいい。特定業界内の仲間内のプレゼン資料とかならともかく、"国民"しかも恐らくはこの先数十年何ならそれこそ百年のスケールの読者を対象としている筈の文書としては。
"インテンシティ"だってまだ流行り言葉の範疇でしょ?"シナジー"くらいはさすがに日本語として定着したと言ってもいいかもしれませんが、"シラバス"って何?"コンペティション"だって分からなくはないけれど、使わないでいいのではと思いますが。増して"コピー&ペースト"とか、舐めてるの?(笑)。こちらはまあ"定着"度自体は問題ないでしょうけど、そもそも使う必要のない比喩・言い換えだと思います。本当にサッカーを"コピー&ペースト"出来たら、むしろ大ごとですし(笑)。明日から日本代表でマンチェスター・シティやろうぜ(名前だけ書き替えて)。ベンチにはペップ(コピー)に座ってもらおうぜ。

まあしょうがないんですよ、"個人ブログ"なので(笑)。"誰か"が書いた文章でしかないので、多分。


そのプロローグの後、こちらはそれなりにこつこつまとめたと思しき各論が色々続いていますが。
正直寄せ集め感しか無くて、個々の内容を検討する気になりません。(真面目な人よろしく)
分業やその集積自体はあって当然なんですけど、責任ある誰かが一定の視野と一定のスケジューリングに基づいてまとめたものにあんまり見えないんですよね。まとめられた時期もばらばらなのではないかなと。既に粛清された(笑)前任者たちの置き土産とかも、ごちゃまぜに収まってるのではないかというイメージ。(さすがに憶測以下ですけど(笑))
何にせよ総花という以上の印象は受けませんね。せっかく作ったのにそもそも"フィロソフィー"になっていない。あるいは賛否別にして"フィロソフィー"と言い得るかもしれない部分と、一般論の部分の繋がりがよく分からない。結局何が言いたいの?どれが重点なの?それが現在/近年"代表"チームがフィールドで行っていることをどう正当化するの?

まあ最後の部分が分からない(または分かるけれど新たな納得材料を与えられない)のが、結局は一般サッカーファンの一番の不満にはなりそうですけどね。
以上、そんな感じの"個人ブログ"の印象論でした。(笑)


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テーマ:サッカー日本代表
ジャンル:スポーツ
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