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2019年05月27日 (月) | 編集 |
元記事

"右"と"左"についての個人史的考察:大学生編 [1] ~ポリティカル・コレクトネスとフェミニズム(2019.5.7)

・・・の中の、主に"(3)「ポリティカル・コレクトネス」と「言葉狩り」"のパートとの関連ツイート。


・・・実はあんまりよく分かってないんですけど。(笑)
ただ「言葉狩り」から「ポリティカルコレクトネス」に至る、"差別糾弾"運動の時代的変化の風景というか雰囲気みたいなものが行間(?)から浮かび出て、興味を惹かれたツイートでした。
それ以上の細かいことは、パッとググっただけでは分からなかったですね、別に勉強しないと無理。

ざっと整理すると、言論的な差別糾弾のやり方・方向には、「逐語的」「文脈的」の二種類があって、当初は逐語的な正に"言葉狩り"が行なわれていたが、その問題や限界から徐々に文脈重視に移行していったと。
この分類で言うと「言葉狩り」も「ポリティカルコレクトネス」も、"逐語的"糾弾の時代的形態ということでいいのかな?
時代も違いますし恐らく「ポリティカルコレクトネス」と言われるものの元になる運動自体には、単に"逐語"という以上のものが含まれていたのではないかと推測しますが、ただ結果的には単なる"言葉狩り"、言の葉レベルでの正しさの追求に見えてしまう部分が大きくて、それが必ずしも「差別的」でない人も含む多くの人の反発を買っていると、そういうことかなと思いますが。

それとは別に「逐語」と「文脈」の変化については、

・70年代は逐語的。
平成(1989年)に入る頃には既に文脈重視。

という"時期"が一つ示されていますね。
一方で筒井康隆『無人警察』事件

・は、1993年。この時広がったのはまだ「言葉狩り」という概念。(言葉)

まあこのつぶやき手も、正確な時期は分からないとは言っていますが。

ていうか"文脈重視"の差別指弾て、どういうことなんですかね具体的には。
差別用語は使ってはいないけれど差別的ないし差別助長効果のある発言や文章を指弾する?
と同時に差別用語自体は使われているがそれが差別的助長的意図で使われていない時は指弾しない、時にはむしろ擁護する、みたいなこと?
事例としてどうも浮かばないですね。「言葉狩り」に比べて分かり難いので、メディアに乗らないから?
分かりません。機会があれば、勉強してみたいですが。


これについては、これだけです。
皆さんも考えてみて下さいという。(笑)
勿論詳しい人がいたら、ご教授を。


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