ヴェルディ等サッカー、漫画、アイドル 他
’03.4月&5月のみどりのろうごく
2022年10月19日 (水) | 編集 |
なぜか"ですます"調が"だ・である"に戻ってますね。何やってんだかという感じですが、どうも書く場所自体がまだ転変していたようで、その都度仕切り直ししてたのかも。
ヴェルディ的には、ロリ政権末期の迷走期間。


4月

山本アテネチーム

U-22コスタリカ代表戦(2003年04月04日)

失われた継続性1。ワールドユース延期によって下からの継続性が変則的になってしまったこと。

「イラク戦争」の影響で。なるほど。
2003年3月開催予定だったものが、結局その年の11月に延期されて開催。

山本昌邦は、僕には分からない理由でシドニー以来の馴染みのオーソドックスな2トップ&1トップ下を基本としたスタイルをとっている。その結果、と言い切っていいのかどうかは分からないがとにかく現象としては個人個人の能力にかかる比重が大きくなってパス回しのスピード・精度は落ち、大久保なり石川なりの単独突破からしかほとんどチャンスが生まれなくなってしまった。また初めからわかっていたことだが司令塔不足の影響もより強く出ているように思う。

この試合に関しては攻撃はサイドからばかりで、それはサイドを使えているというよりもサイドしか使えない、中央が貧弱というように僕には見えた。特に中山のポストから始まる攻撃が全くと言っていいほど記憶にない(突貫タイプの原竜太に途中交代)。

やろうとしてもやれないという部分と、そもそも中央突破やポストプレーをやろうとはしていなかったという部分があって、だからこそ後に平山相太を引っ張り出して来てその個人能力任せでそのオプションを足す・・・どころかむしろそれ頼みになって行くというプロセスがかなり極めつけに醜悪に見えた訳ですね。ポリシーとは。文脈とは。
その癖恐るべき鈍感力(多分悪気は本当に無い)で日本サッカーに足りないもの必要なものを、教師面して語るという。
困った人でした。


"銀河系"レアル(マドリー)

願わくば(2003年04月05日)

”過密日程によるコンディション不良”なんてつまらん、でもいかにもありそうな理由でレアルがタイトルを獲り逃がしませんように・・・・。と、いうような気にさせられるCLマンU戦でありました。

"銀河系"時代のレアル。
00/01にフィーゴ、01/02にジダン、02/03に"大五郎"の方のロナウドを獲得して迎えたシーズンのCL準々決勝第1戦、マンUを3-1で下した試合の後の感想。の筈。
ただWikiだとその試合が4/8となっているので、どうもこの記事の投稿記録(4/5)が間違ってるらしいですね。どうせ何回目かの移し替えなので、そういうこともあるか。(笑)

だいぶ前に掲示板の方で「頼れる仲間に囲まれてそれぞれが8割の力で適当にこなしながら勝ってるようでどうもそそられない」というようなことを書いた
(中略)
最近はそれどころか8割の力だからこそ出せる12割の力(?)みたいなものがあるんだなと、ほとほと感心させられる。

とにかく走らなくても必要なスペースがちゃんと確保できてるのが不思議だ。基本的には個々の能力とあうんの呼吸というくくり方になってしまうんだろうけど、サンプルがもっとあればある程度は「方法」「スタイル」として定式化することも可能なのかもしれない。

8割を組み合わせていったら12割になった。
走らなくても必要なスペースが不思議に確保できている。
面白いですね。具体的な絵としては、残念ながら覚えてないんですけど。(どこかに映像あるかな)
ていうか準々決勝とか見れたんだ、決勝やってたのはよく覚えてますけど。当時の放映権はWOWOWですが、TBSの深夜でやったのを見たようですね、記録によると。
当時の僕は基本的には、とにかく組織組織だ属人はやめろとヴェルディにも代表にも要求していた訳ですけど、一方である種の"ドリームチーム"フェティッシュもあり(だから代表=選抜チームが見たさにサッカーを見始めた)またこの前書いたエジムンドの件に見られるように"属人"とは言っても並の属人とそうでないものを区別する見方もしていたので、"原理"的には銀河系に抵抗感を覚えつつ、実物には感動もしていたようですね。
とにかく異次元の個人たちの組み合せから、何かしら見慣れない、定式化の難しい機能性が生まれていたらしい。
結局このレアルは準決勝のユベントスにトータル3-4で敗れてしまう訳ですが。まあユナイテッドにも第2戦では4点取られてるし、やはり守備には問題があったらしい。

しかしジダンだのフィーゴだのラウールだのといった本物のサッカー選手と並べてしまうと、ベッカムというのはいかにも貧相だ。機能的な部品に過ぎない。こんな奴にバロンドールをあげてはいけない。

酷いこと言ってますね。反感バリバリ。(笑)
まあイケメンだったからとかではなくて、単純にプレーが退屈だった、好みでなかったからなんですけどマンU時代のベッカムが。(サーのチーム自体は好きでしたが)
ベッカムの加入自体はのシーズンで、結果としてボランチ的に脇役に回ったベッカムのプレーに、僕は知らなかった側面を色々見てうならされることになります。今は尊敬してますよ。(笑)


ジーコジャパン

あはは(2003年04月16日)

なんか今までになく楽しめたジーコジャパンの韓日戦でした。
”黄金”不在で変なしこりがとれて、むしろ日本人選手たちの個人能力がとても素直に発揮されていた感じがします。

この試合は単に欧州組が招集できない試合だったようですが、"黄金の中盤"でやってない時のジーコはそんなに嫌いじゃなかったというかシンプルな設計のチームならではの良さも感じてなくはなかった気がします。・・・いずれ低レベルの比較ではありましたが。
それは上で言っているこだわりから離れていることによる風通しの良さというのも勿論ですが、やはり伊達に鹿島アントラーズを"作った"人ではないというか、基本的にむしろ地味で堅実なチームを作る方に本当は資質があったのではないかなという。日本代表監督としては変に張り切って、本来の資質ではない、実は本当の意味では"やりたいこと"ではないことを外向きの承認欲求によってやってしまった、そういう面が強いのではないかなと。
チーム作りのやり方や考え方が合ってる間違ってるという以前に、シンプルに"下手"に見えました、ジーコジャパンの時のジーコは。好きこそものの上手なれの逆というか。"監督"ジーコのリアリティが、"選手"ジーコの、"偶像"としてのジーコに呑み込まれていたというか。自分はこれをしなくちゃいけないんだ!という。


ロリヴェルディ

ナビスコ第3節磐田戦(1)(2003年04月09日)

メンバーはマウスに高木、フィールドに4(柳沢、ロペス、富澤、鈴木)-3(山田、林、小林大悟)-2(飯尾、平野)-1(平本)のサカダイいうところの”ピラミッド型”

へえ、そんなことやってたんだロリ。
4-3-1-2の前年のエジムンドシステムを引き継いでラモンを筆頭とする("1"の)エジムンドの代替選手を探したもののいなくて、前3人の細かい連携で崩すモデルに一新したという感じか。ていうかラモンは?ボマは?アツは単に駄目出しで使われてないみたいですが、本文を読むと。

意外に小回りが利いてパス出しのタイミングもいい平野

名古屋/ベンゲル時代はパワーと左足の純粋サイド(その部分を"欧州的"とベンゲルは重宝していた)という印象の選手でしたが、じゃあというのでSBで使ってみてもハマらなくて、むしろシャドーで、技術系の中盤的プレーに適性が見えて来た初めの方か。この後のオジー政権では、4-4-2でも3-5-2でも、その"中盤"適性が大開花する訳ですけどね。ロリも既に見出してはいたのか。

ナビスコ第3節磐田戦(2)(2003年04月10日)

「ピラミッド崩壊」。サカダイの試合評ならこんなタイトルになるか。ただしこれはヴェルディ中心で見た場合で、実際には十中八九ジュビロ側から試合評は書かれるだろうけど。・・・・ったく、注目度低いんだから。

なんか思い出した。(笑)
そうなんですよね、各サッカー誌がJリーグの試合評を一覧形式で掲載する場合、紙雑誌のスペースの小ささもあってたいてい注目度の高い方のチームの視点からしか描写されなかったんですよね(笑)。そうじゃない方は、最後の一行とかそんな感じ。(笑)

こんなにスムーズにサイド攻撃をするヴェルディは久しぶり・・・・いや、初めてかも。サイド攻撃といってもシンプルに大きくというのではなくて、あくまで細かいパス交換でというのがヴェルディらしくて楽しい。
(中略)
サイド攻撃という課題と鋭角や直線とは無縁なヴェルディのサッカー文化との落としどころとして、それなりの妥当性は感じる。

今でもサイドから単純にクロスを上げてFWの頭に合わせる的なプレーはおっかなびっくりな感じてしか出来ないカルチャーを持つヴェルディですが、この頃だとそもそも"サイド攻撃"自体をレギュラーなものとして使うこと自体に抵抗があった筈。アンチ・フットボールというか(笑)。個人の適性による独力突破でたまたまそうなることはあっても、チームとして狙ってやることはほぼ無かったような記憶。
ここで言っているのは"中央突破"時に行うような細かい繋ぎによる崩しを、(4-3-2-1)システムの誘導によりサイドで行うことが自然に増えて、生理の変更抜きで物理では"サイド"攻撃が出来ていたので、それはなんか可能性を感じたなというそういう話ですね。


J1st第3節横浜Fマリノス戦(味スタ)(2003年04月17日)

それは2列目左の大悟、右に収まるだろうラモンが、共に典型的なトップ下の選手ではなくむしろこのサイドに張り出したポジションに積極的な適性を持っているということ。

どうも選手の欠員により、ボックス4-4-2にせざるを得なかったらしい試合。
大悟はともかくラモンはそういう評価だったのか。次のオジーのチームでは、すっぽり"トップ下"に収まっていた気がしましたけど。

柳沢もねえ、ちょっと痛々しい。北澤の現役時代も僕はよく言っていたのだが、頑張る選手は頼るのでは活かすようにチームを構成したいもの。とりあえず柳沢のオーバーラップをチームの攻撃パターンとしてもう少し意識的に確立して、サポートを早くしてやりたい。

純正サイドバックとしての柳沢の能力・コンディションはこの当時かなり高かったと思いますが、上で書いたように"サイド攻撃"音痴のヴェルディは、それを上手く活かせなくて、"使われる"立場の選手に丸投げするような攻撃にしかなってなかった訳ですね。中盤的資質の高い隼磨の場合は、自然にパスサッカー的なコンビネーションの一部として活かせていた訳ですが。


あ、やばい(2003年04月23日)

・平野はMFとしては今回も(ナビスコに続いて)いいプレーを見せてくれた。ただいざ本業であるはずのウィングハーフ的なプレーをする状況になると、どうも迫力がないというか中途半端というか。そこらへんはアツと大差ない。

ナビスコ鹿島戦の感想。
上では平野の中盤的な能力を褒めてはいますが、それにしてもせっかくヴェルディには歴代ほとんどいなかったサイドのドリブラーな訳だから、もう少しそういう能力も見せてくれよという感じでしたが全くと言っていい程そういうプレーの記憶が無い。(笑)
アツのドリブルもキープの役には立つけど、"突破"は既に出来なくなっていたんですよね、この当時は。

・テレビ的な感慨としては、やっぱりたまに見る人(解説者。誰だか忘れた)にはアツと平本は評判がいいなと(この試合はアツ欠場だけど)。チームとしてのヴェルディの評価が低いと、アツのキープと平本の強引さは分かりやすく「頑張っている」「孤軍奮闘している」と見える傾向があるということだと思うんだけど。

しかしそういう(アツの)プレーが、解説者には褒められると(笑)。さぞかし腹を立てていたろうなという。(笑)
平本の強引さを問題にしているのは、この頃(上述4-3-2-1の)1トップないしポストプレイヤー的に使われることが多くなっていた平本の、無秩序なポジショニングがチームにとって問題になっていたからで、その自分の責任の部分の多い"無秩序"下でいかに頑張って見せてもマッチポンプ以下であるし、そもそも無秩序だから"強引"なプレーをしないといけなくもなっているので、褒めてる場合かというそういう文脈だったろうと思います。


大分戦だゴルァ(2003年04月27日)

平野は今日に限ってはよくやったと思う。あんなにアウトのパスが上手いとは知らなかった。ただ逆にあまりにも気持ちがパスに行き過ぎているので、今はまだ「平野」という名前で相手が縦を警戒してくれるからいいが、それだけでは一巡もしないうちに慣れられてしまうと思う。

この日は4-2-3-1の左MFとして出場。
相変わらず"パサー"な平野とそれに不審・不満を抱いている僕。
次のオジー時代も含めて、結局最後まで"ヴェルディの平野"はパサーでしたね。

ラモン上手し。特にパスを貰う時、出す時、チョコチョコ細かくポジションを修正して有利な態勢を作ろうと工夫しているのは感心させられた。日本人だと名波がよくやるプレーだが、中央が密集しがちなヴェルディの交通整理役として得難い選手だと思う。本人はひょっとしたらもう少しサイドよりの方がやりやすいのかもしれないが。

ラモンもまだ、"サイド寄りの選手"という基本認識。
プレー自体は、既にオジー時代にやっていたものに近くなっていたようですが。

やしけんマンセー。ただし昔からやしけんが奮闘する時はチーム状態が特別にいい時か悪い時と相場が決まっている。今は・・・・言うまでもない。

なんかあったねそういうの(笑)、林健太郎
基本的に組織に嵌めにくいソロプレーヤー体質(単にテンポが独特過ぎて他の選手と合わせづらいのかも)なので、観念して林健太郎のゲームメイク力にお任せするしか無いような状態のチームか、林健太郎の独特さすら組み込めるような次元の高い機能性を持ったチームでないと、輝き難い。
まあ地味な仕事もやれと言われれば普通にやるんですけどね。ちょっとだけ呼ばれた加茂ジャパンでは、3バックのストッパーの位置からの"激しいプレッシング"でボールを奪って素早く前線に展開してチャンスメーク、みたいなプレーもやってましたし/やれてましたし。ほんとですって(笑)。一瞬ですけど。



5月
引き続きロリヴェルディ

もうだめポ2(2003年05月01日)

平野の左サイドバック起用自体も平野の能力/適性は別にして、最初期に論議を呼びつつある意味重要な決断としてロリが採用しないと決めたものを、どうしてこのタイミングで採用するのか僕にはどうしても唐突(まぐさんに言わせれば”迷走”)という印象が拭えなかった。

この前後妙に2ch用語的なものを使いたがっていますが(>タイトル)、多分余りやる気がないまま書いてることへの照れ隠しですね。(笑)
やはり一番最初はヴェルディでも、平野はサイドバックとして使おうとしていたらしいですね、実際移籍前の神戸でのメインポジションはそこだった筈ですから。
しかし早々に却下して中盤パサー的なプレーで復活、しかしチームの混乱と共にもう一回サイドバックに戻されるもやっぱり駄目だったというそういう話。


もうだめポ?(2003年05月05日)

何がやばいって3バックで負けちゃった・・・・ていうか大惨敗しちゃったのがやばい。
元々僕は3バック派なので、ロリがやめるならやめるで4バック内のやりくりの範囲で失敗してもらって、それで次の監督がスムーズに3バックに移行できるという流れを期待してたんだけど。まあ「派」はともかく、一番分かりやすいリフレッシュの方法にケチがついちゃったのは今後のことを考えると辛い。

こういうことは割と考えますね。(笑)
"監督交代"も"チーム作り"も流れは大切で、これこれこういうことをやってこう駄目だったからこう変えて今これをやっているという"ストーリー"がある程度分かり易くないと、選手も気持ちを乗せ難いだろうし"改革"の気勢も上がり難いだろうという。
最近はまあ、それぞれのシステムなりサッカー的施策の理論的な精緻化がより進んだので、純機能主義的なレベルで完結する面も大きくはなっていますが。それでも何らかの"シンボリズム"は、多かれ少なかれ影響を与え続けていると思います。やれと言われたからやる、だけではなかなか上手くはいかない。余程の説得力が監督に無い限り。


レアンドロ代行ヴェルディ

書くことねえなあ(2003年05月16日)

位置付けとしてのレアンドロは、本来ロリの片腕として連帯責任で一緒に退くべきところを他にいないから何となく監督代行に収まった、不条理だがJリーグではよくある不透明人事の体現者。ただこのパターン意外と面白くて、片腕なんだから論理的には前任者と同じようなことをするはずなのだが案外反対方向にいくことが多い。それはつまり、いつも横にいたからこそ強く感じていた前任者に対する不満・不信の表現なわけで、結構解任されたばかりの元上司はそれを見てあっと思うことが多いのではないかと思うのだが。

ロリ解任、レアンドロコーチの代行就任後の初戦。
と書いてますが逆に"言い出しっぺ"の立場で変えられなかったものを元片腕が変えてくれて、それはそれで以心伝心みたいな部分もあるのかもなと。
ここらへん、当事者に聞いてみたい。(笑)
あの野郎、やりやがったななのか、それそれ、俺も本当はそれがやりたかったけど立場上出来なかったんだよなのか。


ヴェルディ川崎の誘惑?! ~京都戦感想(2003年05月23日)

ラモン、ボマ、桜井と主役を張れる器が三人揃い、かつ過不足無く役割分担できると違うものだね。それだけでサッカーがサッカーとして動き出す。苦笑混じりに「王様」呼ばわりされていたエジムンドだったけど、内心の孤独はいかばかりだったか

レアンドロ代行2戦目。
これもこう書いてますが、"エジムンドと手下たち"で前年ロリが構成していた"幸福な属人"を、ラモン、ボマ、桜井の3人でもう少し平等なバランスで達成していたようなそういう感じかなと。基本思想は実は同じ。

「ヴェルディにもサイド攻撃が出来た」的な喜び方をしている人も多いけど、むしろサイド攻撃すらもする余裕を京都が与えてくれたというべきで、まともな相手に同じことが出来るかというと半信半疑

さほどに"ヴェルディ"と"サイド攻撃"は水と油だった訳ですね僕も上で書いたように。近年のチームしか知らない若いファンの、多分想像以上に。(笑)

案ずるより産むが安しとはあなたのためにあるような言葉ですなアツさん。
要はヴェルディ移籍後の「MF」として試行錯誤は全て無駄だっということか。あまりに低レベルのプレーぶりにいくら何でも身体的精神的な故障があるんだろうと色々推測してきたけど、こうもあっさりと”ジャックナイフ”に復帰するとは。いや久しぶりにゾクゾクしました。

どうもサイド/ウィングに徹したことで、切れが戻ったという試合だったみたいですね。
これも上で僕は"突破の出来ないアツ"について書きましたが、それは主にプレースタイル的な迷走が理由だった(という判断)らしい。
少し解説すると、2001年にアツが東京移転松木ヴェルディに移籍して来た時は、こんな落ちぶれたチームに現役代表クラスの選手がわざわざ移籍して来たのかと驚いたんですが、その「格」の差をアツはサイド/ウィングに留まらないよりチームの中核的なプレーへの関与として利用しようとして、結局上手く行かなくて元に戻ったという、そういう流れ/話ですね。


悪運強し ~神戸戦感想(2003年05月26日)

酷いスコアで負けてもおかしくなかった試合だったけどそれはお互い様で、前節に続いて今のJ1で考えられるほぼ最低レベルのユルい対決を演じてしまった感じ。まあキツけりゃいいってもんでもないのかもしれないけどよくもまあここにしか勝てないという2チームに、しかも去年に続いて中断前のおいしい時期に首尾よく勝てたなと。めでたいなと。なかなかどうして悪運が強いなと(笑)

京都・神戸に連勝して、勝ち点的にはなかなかの解任ブーストを発揮しつつ、中断突入、新監督を待つという5月の終わり。(レアンドロにはいずれにしても監督資格が無いので)


シーズン真っただ中はどうしても目の前の現象に追われる感じになって、むしろ更新がマメになるほど若干内容が・・・という印象。
今後が少し心配(笑)。"回顧"する価値があるのか。


スポンサーサイト



テーマ:このブログについて
ジャンル:ブログ
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック