ヴェルディ等サッカー、漫画、アイドル 他
柏戦(2)
2003年11月24日 (月) | 編集 |
さあ、思う存分クサすぞ! ・・・・というわけでも別にないけど(笑)
ただ色々と不本意というか意外というか、そういう強さであるのも正直なところで。

間が空くのに油断してうっかり続きを書くのを忘れていたけど、そもそも一つ前の大分戦を僕は「ウチの内容も誉められたものじゃな(い)」と評していた。だがその後Jスポーツの録画をだらだらと2週間かけて見ていたところ、解説の野々村氏の絶賛すること絶賛すること。
それで考えを変えたというわけではないけど、僕には(前回と裏返して言うようだが)ともすれば無駄で安易にも見えるここんとこのヴェルディのやたらな落ち着いたパス回しに対する、世間的に第一義的な見方を再認識させられて興味深くはあった。

「これが僕たちの望んでいたヴェルディですよ!!」(野々村談)

*    *    *    *

で、その僕の違和感には主に2つの側面があって、一つは”オジー・ヴェルディ”というスケールのもので、もう一つはヴェルディの長期的な将来という観点からのもの。

一つ目はまあ今までさんざん述べてきた、一つのチームの成長過程という我ながら分かるような分からないような話。あの躊躇なくかつ容赦なく、こちらの予想の常に先を行く鋭いクサビのパスで縦へ縦へと迫るスリリングなパスサッカーの慣れの果てがこれですか?原点回帰ですか王政復古ですか。攻撃に人数をかけるからリスキーで冒険的というけど、それって人数かけないと攻められないようなやり方をしている自業自得じゃないの?みたいな部分もあったりするわけで。
まあ”戦略モード”という話をしたけど、それを更に露骨にした実戦モード、相手のレベルに合わせた安定志向みたいな感じかなというのが大分戦直後の感想。

もう一つの長期的な観点というのは、なるほどうるさいことや選り好みをしなければ確かに今のヴェルディは強いし安定しているし魅力もあるのかもしれない。ただ色々な経緯でたまたま今ここに集っている多士済済のレギュラーメンバーの技量、特徴に余りに多くを負っていて、戦術・・・・という言い方では狭過ぎるか、チームとしての方法/スタイル、鋳型を抽出して継承・発展出来る要素が少な過ぎる。
確かにイメージというレベルでのアイデンティティは更に確固として来た感はあるが(野々村的に?)、むしろそれこそが永遠にも思えた暗黒時代の病巣でもあったわけで。草創期のどさくさで集められた日本リーグオールスター+αの圧倒的な実力に拠って立った栄光とそれが終わった後のペンペン草をまた繰り返すつもりなのか。

・・・・多少大げさにアジってみるとこんな感じ。勿論今のヴェルディと”王者ヴェルディ”のサッカーは同じではない。ポストプレーとかサイド攻撃の意識とか、違う部分も随分ある。ただそれをJ全体の変化や進歩と相対的に見た場合、結局は同じようなポジションを占めているという印象は動かない。
まあ実際のところアルディレス個人にそれほど多くを求めても仕方ないのは分かっている。僕自身2nd開幕前に、「今の(レギュラー)メンバーを見渡してみると基本的には完成された選手ばかりで、そうそう悠長に伸びしろを期待してもいられない」と掲示板で述べていることだし(発言番号2827)。なるようになってるというだけだろうなとは思うが、不安は不安である。没落が、というよりも繰り返しの愚が。

まだ書けそうだが今日はここまで。


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テーマ:Jリーグ
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