ヴェルディ等サッカー、漫画、アイドル 他
’04.1月~4月のみどりのろうごく
2023年05月16日 (火) | 編集 |
1月

ちゃんとそのうちサッカーの話もします。(2004年01月05日)

大騒ぎした挙句見掛けがほとんど変わっていないのは、別に密かにやる気が復活している訳ではなくて結局今の形態が1番様々なタイプの画像に対応出来るからなのです。大きい/小さい、縦長/横長、スタイリッシュ/お下劣(笑)。

正直僕自身覚えてないんですけど、前年末騒いでいたのは「サイトをやめる」ということではなくて「ヴェルディサイトをやめる」という話だったのかもしれないですね。
("所長さん")画像の貼り場所としてのサイトを無くすという可能性は、全然無さそうな書き方。(笑)
あるいは「閉鎖」か「縮小」かで縮小を選んだという結末なのか。
そもそものことを思い出すと、一番最初のサイト開設("midori law"とかいう名前)は当時ヴェルディについて書きたかったテーマの長文を、まさか公共の掲示板に投稿する訳にもいかないので誰の迷惑にもならずに置いておく為の場所としてでしたが、それについてひと通り書き終わってからは、今度は当時好きだったモデルさん(黒澤優さん)の画像を貼って眺める為の場所として改装した"midori prison"というのを作って、引き続き色々な人の画像を貼り続け半ばついでにヴェルディについても書くみたいな、そんなスタンス/行きがかりだったんですよね。
だから上のような話になる。(笑)

ここは今までよりもはっきりと、ジャンルを問わずたまたまその時に関心のあることを書く場所になると思いますが。あえて言えばテレビとサッカーとアイドルと読書の日記?(なげえよ)

別の日の記事を見ると、どうやら当時「名無しの日記」というタイトルで、テキストスペースを運営していたようです。勉強になった。


で、結局(2004年01月16日)

戸田は来ないの?まあ影響力の大きな選手だけに、なまじレンタルなんて半端な形で来られても困るような気もするからそれはそれでいいんだけど。
しかし松井獲得に名乗りを挙げているということは、ラモンの後釜に外人は取らないということなのかな。

攻撃陣ということで言うなら、とりあえずそこそこの選手でいいから日本人FWを1人は獲らないと編成がいびつになると思う。ボマは当てにならん。基本2トップならチビや玉乃は本当の意味ではFWとして数の内に入らん。

戸田(和幸)が来るという話があったのか。縁としてはやはり監督が清水時代に一緒にやったオジーだということか。当時もエスパルスで、結局この年は来ずに翌2005年にこの移籍は実現しますね。
戸田が現役選手だてらに自分のサイトで大胆に意見発信し始めるのはもう少し先だったように思いますが(2005年の記事で分かるかも)、言っても2002年W杯チームのレギュラーですし、若手の頃から必ずと言っていいほど時の監督と"揉める"に近い激しい議論を戦わせる選手として知られていたので(笑)、やはり迎え入れる側にはそれ相当の準備が必要であるという認識は、既にあったようですね。
"松井"は松井大輔。当時京都のテクニシャンMF。後でも出て来るのでコメントはその時に。
FW陣の話を見ると、ロリ時代に一回高まったFW平本の評価は、この時かなり落ちているようですね。最終的には年末の天皇杯優勝の、立役者の一人になる筈ですが。


単純さの勝利(2004年01月30日)

図書館で読んだサカマガの反町インタビュー。
J1での戦いの展望を聞かれて、「戦術には個人戦術、グループ戦術、チーム戦術、ゲーム戦術の4つがあって、チーム戦術つまりいわゆる”自分たちのサッカー”は変えないがゲーム戦術は相手に合わせて臨機応変に変える」と。

多分より一般的には前の3つを「戦術」として総称して、4つ目は去年ウチで何度か話題になった「戦略」とか「作戦」とか、一応別個に語られることの方が多いように思います。ただ反町さんの意図は知らないけどこうして4つ並列するメリットというのは感じるところがあって、一つは用語の混乱に一気にけりがつけられること。いやまったく、こんな方法があったとは。ていうかこれでいいじゃん。

もう一つはチーム戦術つまり”自分たちのサッカー”を語る時に、予めこうして4つ並べておけば常に4つ目の要素も視野に入れながら語ることが出来るということ。

「個人」「グループ」「チーム」「ゲーム」の4つの"戦術"。
これいいじゃないか、分かり易いぞ。20年前の発言ですが、明日から使えそう。(笑)
メリットについてはまあ、文中のある通り。さすがたなあ、反町さん。あるいは松本を筆頭とする反町さんのチームの「ゲーム戦術」の強さは、そもそもがこの"4戦術"論的な視野が最初からあってのものだったのかも。
ちなみに前半の"3戦術"論を、最初に聞いたのは1999-2000年の李国秀総監督の口からでしたね。まああの方の力点は、最初の「個人戦術」に一番重くあったと思いますが。それの教育に突出して熱心な人だった。


2月

フル代表マレーシア戦(2004年02月07日)

1トップの下に攻撃的MF3人というのは、スキル第一主義のメンバー編成で中盤の流動性を確保するには1つの模範解答ではあるわけで。まあそれなりに形は見えていた。どのレベルまで通用するのかとか、ヒデや俊輔が入ると逆に滞るんじゃないかとかそういう疑問はあるにしても。

ここで4-2-3-1が初登場していたのか。
文脈からすると、国内メンバーでは"黄金の中盤"はどのみち組めないのでという理由もあったようですけど。4-4-2絶対でスタートして3-5-2を導入して、更に今ここという話。

やまたく。
良かったですね、楽しそうでしたね。パートナーが今回は福西じゃなくて遠藤というのも幸せだったし。
松木/小見/ロリ下での”ボランチ”やまたくというのが必ずしもパッとしていなかったというのもあって、オジーと比較してジーコにサイドで、あるいは2列目で使えと文句を言っている人が多かったけど、この人の場合はむしろチームの中での位置付けの方が問題なので。

キャプテンシーはキャプテンシーでいいとしても、戦術的/純サッカー的には中心ではなく周縁、物理的にも精神的にも使うより使われる立場でこそ生きるので。そういう意味でちょっと一時のやまたくは頼られ過ぎだった。

やまたく。山田卓也
ジーコジャパンではドイスボランチの片割れとして使われていたようで。まあジーコのサイドバックは攻撃力/テクニック重視ですし、"攻撃的MF"やまたくというのはオジー一流の独自工夫なので、ジーコに求めるのは無理がありますからね。
正直代表でどういうプレーをしていたかは全く覚えてないんですけど・・・。遠藤と組んでたということは潰し役だったのかな。それとも遠藤のパスに"飛び出す"プレーが冴えてでもいたのか、"使われる"という内容からすると。
身体的に無理は利くけど、じゃあ具体的にプレーでどう"頼"ったらいいのか、終始分かり難い選手だった気がします、"ヴェルディ"の山田卓也。"武骨な器用貧乏"みたいな語義矛盾的選手。(笑)


ああ、これいいですね。(2004年02月08日)

僕も前から思ってました。

ヒデ復活でジーコの「中田ボランチ構想」加速(サンスポ)

ベタに2列目に並べてヒデ&俊輔にお願い!よりはぐっとチームとしてのイメージに奥行きが出来ますね。ジーコ自身の言葉から引っ張ると、ヒデの影響力を一番有効に生かす方法の1つ。逆にぶっちゃけ2列目やトップ下の”細工屋”としては世界的には勿論、日本代表の中でも実はそれほど抜けた存在でもないですし。

小野と組ませて並べたりしてね。本当の意味での「W司令塔」が出来るかも。ちょっとオランダっぽいですが。マレーシア戦の4-2-3-1との整合性もいいし、2列目に置いた布陣よりはいない時の代替・調整も簡単でしょう。

去年の末あたりから色々見てると、何というかジーコは徐々に強迫観念やこだわりが解けてとりあえず”普通の”監督にはなって来ている気がします。システムとか選手起用とか、思考のプロセスがフォローしやすくなってる感じ。

2004年というとパルマ最終年。余り高く評価してくれなかったプランデッリ監督(後のイタリア代表監督)の下規律に縛られまくった窮屈なプレーに終始し、すっかり"ファンタジー"や"インスピレーション"の枯れ切った印象のヒデさんでした。長年のウェイトレでか年齢でか、どうも体も重く固くなり過ぎている印象でしたし。>"細工屋"の件
それでも"ボランチ"起用というのは多分一歩踏み込んだ"コンバート"で、だからあえて小野と組ませるとかいうアクロバットを、ついでに考えてるんだろうと思います。(笑)


五輪代表イラン戦(2004年02月09日)

>山本監督は、戦術やら人員配置やらの枝葉末節にこだわって、幹をつくることを疎かにし過ぎなイメージが。西野、早野あたりとそのへんは似てる。意外と日本人監督にはありがちなのかも・・・。

これは僕の文章ではなくて、今は亡き当時の有名サイト内の記述です。ご本人今更アピールしたくは無さそうですから(笑)、あえて名前は出しませんが。(元記事には一応あります)

まあ何というかネット上の自称戦術通とかと区別がつけられないんじゃマズかろうと。

これは僕の。
まとめて何が言いたいか何が見えるかというと、現在は日本サッカー指導部の"頑迷固陋"が問題視されることが多いですが、この時期まではむしろ日本のトップor協会系監督たちの"節操の無さ""オタク性"の方が問題視されていたということ。逆にもっと"オタク"になってくれと、どちらかというと今は望まれている訳ですが。
結局オタクになり切れずにorそれが上手く行かずに、"節操"の方に舵を切った"ジャパンズウェイ"になったというのが、その後の流れかもしれません。(あくまで源の一つでしょうけどね、代表における度重なる選手vs監督の力関係問題の方が、より直接的な契機だろうと思いますが)


選手総とっかえ?(2004年02月10日)

よく「選手系」の人とかがチームとかクラブとか、そんな組織や集団なんて信用できない、愛着を持てない、自分は選手個人についてくというようなことをおっしゃいますが。

選手系。チームではなく、個別の選手の応援をメインにチームを渡り歩くタイプのファン。"井上潮音"に関しては、最近僕もすっかりそうですが。(笑)
主に女性ファンからなるそういう集団は、SNSだと自然に棲み分けが行われているんだろうと思いますが、"サイト"時代は明確に「~選手応援サイト」として可視化されるので、ヴェルディ系では特に揉めてはなかったと思いますがやはり"生態"の違いに驚くことはままありましたね。
という記録。
まあでも"井上潮音が出ている"というだけで目に見えて高まる試合への集中力・感情移入の熱を見ると、案外自分はそっちなのかなと思わなくもない今日この頃ではあります。


一応何か書いとくかね(2004年02月14日)

ここらへんに関して返す返すも気の毒だったなと思うのはフランスW杯の城彰二。つまり岡田監督からの期待・指示というのはあくまで何を置いても戦術的貢献の方であったのは間違い無く、例の「城をFWの軸とする」発言というのも全くそういう意味のものであったのだと思う。”軸”ではあるがエースでもストライカーでもない。
それがまだ理論家肌の色が濃かった岡田青年監督の説明不足、それにタイミング的にキングカズとの王座交代という劇的効果を伴ってしまったことによって突如として誰にもこなせないような空想的期待に曝されてしまった。
もし今の岡田監督があの地位にいたら、戦力的な期待はさほど出来ないとしても城を守る為にカズをメンバーに残したのではないかと思ったりするのだけど。

純粋な思い出話。要点は2つ。
1.岡田監督が"FWの軸は城"と言ったのは、"エース"という意味ではなくプレッシングやポストプレー等の戦術的な軸という意味。
2.城に過大なプレッシャーをかけない為にも、岡田監督は無駄なセンセーションを避けてカズをメンバー入りさせておくべきだった。

やはり"FWというのは点を取る人"という観念は日本ではまだ素朴に生きてましたし、「城と岡野の2トップにしてくれればチャンスはいくらでも作ってやる」という、"チャンスメイク"の方に割り切ったヒデの発言には、僕自身もついて行けない部分が正直あったそういう時世でしたね。城はさておき岡野を先発で使う?そんな邪道なと。
その後"FWなんてタイヤだ"(使い潰して適宜交換するものだ)というトルシエの発言があり、いったんはそれに驚かされたもののその後結局そういう扱いが常態化して、近年では世界的潮流もあって再び"得点力"重視の傾向は出て来ているもののやはりまずは走れ献身しろというのが、日本代表のFWではあります。「岡野」が沢山というか。(笑)


一応何か書いとくか2(2004年02月14日)

1つ目についたのは田中ハユマの孤独感。再三のコメントなどを見ても、一人だけ高圧の上昇意欲、要求水準の高さを抱えてそれを受け止めきれないチームから遊離して勝手に自分の基準でプレーしている感じ

山本五輪代表の話ですけど。
へえ、そうだったんだ。
ロリ・ヴェルディで大活躍している時も、オジーに冷遇されている時も、ハユマの"矜持"の高さ、俺は高級な選手で高級なプレーをするんだという存在感は、確かに独特なものがありました。
山本ジャパンではどうだったんでしょうね、ドリブラー中心のせせこましくて落ち着かない攻撃の編成の中、サイドでキープできるハユマがアクセントになるという組み合わせもありそうに思うんですが、そういう信頼を監督から得ることは出来なかったのか。
ハユマについては、また後でも出て来ます。


次号が出る前に感動を書きとめておこう(2004年02月16日)

天才レフティー?とんでもない。むしろ田舎の秀才がいかに全国レベルでサバイバルするかのハウトゥーとして読まれるべきサッカー人生だろうよ。

ただ名波の面白いところはこういうことを僕なんぞが何を言う必要もなく完璧に把握していて、しかもそれを現役選手の身空で一般メディア上でクリア過ぎるほどクリアに言語化してみせるところ。全くもって僕は彼のインタビューの、言葉の大ファンである。友達になりたい/なれそうだなと思える数少ないJリーガー。いつもいつもご馳走ありがとう。

これは今の"名波サン"とは別人の話。
いつからか彼は"天才レフティー"という過剰な持ち上げを受け入れて、"名人"化してしまって、ご存知のような「名監督になれない"名選手"」の現代を代表する一人になってしまった訳です。名選手的理想主義派の代表というか。

同じジュビロの田中誠のインタビューも並んで載っていて、「今時の若いモンは!」みたいな感じて菊池直哉のプレーの軽さに文句をつけていたのでなんか笑ってしまった。”巧いけど軽い”DFの代表みたいだったある時期までの田中誠の印象がどうしても強くて。

アトランタ当時の田中誠の華麗な"リベロ"ぶりと、一方での対人の頼りなさと言ったら。(笑)
ただその後ジーコに割と常連的に呼ばれるようになった時は、華麗さも頼りなさも両方程々になっていたので、彼なりに"成熟"してはいた頃だったんでしょうけどね。


もういいよ日韓戦は(2004年02月22日)

いや、あるか、突出したもの。平山。ある意味この選手のチームへの影響力というのは、代表レベルでの比較で言えば中田英寿を越えてかつてのラモスに迫るものがあると思う。
元々中盤の構成力に重きを置かない(置けない)山本ジャパンにとって、1人の確実なポストプレイヤー/頼りになるセンターフォワードの存在の有無が状況を劇的に左右するというのは予想できたことだが、一方でこの日本にそんな人材はいまいというのも99%の人の「予想」であったわけで。いやはや。

ラモスとまで言うか。
それくらい、平山がいるといないとでは別チームになっていたということですけど。
更に言えば唯一の"タメ"ポイントであり、ある意味ではパスの出どころでもあった。
同様なことをサイドでハユマも出来たらいいのになと言うのが、さっきの話でもあります。


3月

五輪最終予選UAEラウンド対UAE戦(2004年03月06日)

2/14の日記であらゆる「日本代表」と名の付くチームのFWに得点力・攻撃力を期待する居心地の悪さについて書いたけど、この試合、あるいはこのUAEラウンドを通して田中達也に感じるのはそのちょうど逆のこと。FWの選手にボールが渡ってから”何か”が起きることが期待出来るというのは何てなんだろう!こんな喜びを今まで知らなかったなんて(笑)。

とりあえず"献身"するのが日本のFWの仕事と割り切りつつも、バリバリに点も取れた田中達也(浦和ね)が与えてくれる快感は、何か一周回って鮮烈なものがありました。"FW"が、点を取ってくれる!神は死んでなかった!(笑)
短い旬でしたが平山相太と田中達也の2トップ、一級品のポストプレーと球出しの出来る平山と快足勤勉プレッシング&一級品のドリブル突破によるチャンスメイクの出来る田中達也、しかも二人ともボールテクニックがあってシュートが正確で決定力が高いという組み合わせは、呼吸の良さも含めて代表歴代ナンバーワンクラスのポテンシャルだったと思いますね。起きて見る夢という感じでした。

松井は実に分かり易くエリア限定(ペナルティ周り?)の細工師だなと。その代わり時間帯も含めて持ち味がハマる状況なら、なかなか凄い確度でチャンスを創出して来る。比べるなら俊輔じゃなくて前園や本山かなと思うが。
ついでに言うと本人も「こだわりがある」と口にするあの中央突破の感覚は、なるほどシーズン前の報道通りウチに来ていたらかなり面白いものが見れたかもという感じ。

俊輔に比べられてたのか。まあ確かにタッチが柔らかくてゲームメイクも出来て、"角度"をつけたボールの出し方に特徴はあったけど。
とはいえ圧倒的にドリブラー。ウィングではなく、ゴールに直接向かうタイプの。
ヴェルディに来ても面白かったとは思いますけど、どちらかというと欧州型のチームで"違和"を作る方が得意な筈。


バーレーン戦?(2004年03月15日)

攻撃手段が全て「オプション」でしかなくて、DFライン→ボランチ列→前の方(?)へと継続したイメージが無いから時間がたっぷりあっても結局どこにどういうパスを出すかという決断を間際になってからオタオタやってる。

"攻撃手段が全て「オプション」"。
これがまあ、「スタイル」ではなく「対策」型のチームが割と決まって陥っていた、チームのパターン。ジリ貧のパターンというか。
"オプション"を言いたがる人がまともにチームを作れた試しがないというのがやはり当時の常識で、今とは違うところ。


4月

代表シンガポール戦雑感2(2004年04月03日)

ところがオジーが思い出の中から引っ張り出して決定的に再確立してしまったヴェルディ・スタイル(のパスサッカー)は、イメージが明確過ぎて暗黙の内にそれぞれの選手の発想を制約し、選択肢を限定し、本来自然に出来るはずのプレーも出来なくしている部分があると思う。本能のサッカーのようでいて実は目に見えない、その分厄介とも言える枷が沢山はまっている。

なるほどそうか。僕がオジーのそれを最近の頂点とする”ヴェルディらしいサッカー”に魅力を感じないのは、よく言われるように戦術的・戦略的厳密性が足りないからではなくて、むしろきっちりし過ぎて窮屈だから。全然自由でも創造的でもない。「自由」や「創造性」の歴史のある時点に存在した1つの固定されたイメージを追いかけているだけ。

2003年就任時には、ヴェルディ伝統のパスサッカーを"アルゼンチン"なのか"イングランド"なのか、とにかく縦志向速攻志向に再解釈して大きな成功を収めていたオジーですが、翌2004年初頭には、さっそく"伝統"の泥沼に呑み込まれてしまっていたようで。(笑)
例えばネルシーニョの"改革"はその後ラモス率いる選手たちの具体的な抵抗にあって妥協を強いられたという話を聴いていますが、オジーの時にそういう勢力は見当たらない気がしますし、上の文面でも何かオジー自ら過去のイメージに囚われて行ったような印象が語られていますね。不思議な話だ。
単にネタ切れで"引力"に引っ張られたのかなと、思ったりはしますが。


色々フォロー(2004年04月09日)

しかしあれですね、最近はさっかりんもあるしアンテナというものもすっかり普及したし、ますます旧態依然たるリンクページを維持する意味が見え難くなっている気もするんですが、何でか僕はこの形態にまだ愛着があります。コレクター的心情みたいなものがあったりするんでしょうか。
実際問題結局自分のところに入れてないとなかなか見に行く気がしないんですよね。アンテナでもいいんでしょうが、更新を確認しないと見に行かないなんてビジネスライクじゃないかーーーーっ!!みたいな部分もあったりして。生活習慣の一部としての巡回。

・更新を確認しないと見に行かないなんてビジネスライクじゃないか
・生活習慣の一部としての巡回
何のことか分からないでしょうね今の人には。(笑)
更新したから(その通知・SNS告知があったから)見に行くんだろう?と。
昔はそうじゃなかったんですよ。"アンテナ"が一般化する前は。
そろそろ更新してるかな、何か書いててくれないかなと"思い立って"(笑)、見に行っていた。
そして何も無くてがっくりと。(笑)
だから"アクセス数"とかもより人気投票的で、意味があったんですよね。"日々"。
今はもう、サイト・ブログのというよりも、その"記事"の関心度というものでしかないですが。瞬間速度というか。


微妙な2試合:パート2(2004年04月25日)

ハユマ。相変わらず攻撃的なまでに前向きなコメントですが。
得点シーンではとんでもない位置にいてびっくりしました。アナウンサーが田中間違いをやらかしたのかと思ったくらいで。

で、得点そのものはまあ目出度いんですが、ハユマの良さというのは同じ意外性でもああいういつの間にかスペースに入って来ているタイプの意外性ではなくて、むしろ状況がある程度落ち着いていて衆人環視の中からでも「おお、そんな打開の仕方をするか?!」というそっちの方の意外性なので。アピールにはなったのかも知れないけど捨てられてあまり見られなくなってしまったハユマファン@ヴェルディとしては、せっかくの機会にらしいプレーが特に見られなくて不満足。

なるほど、ハユマには遅攻型というか、引いた/待ち構えている相手を崩す能力があったのか。
それは確かに特別、高級。しかもそれがサイドバックですからね。いかに当時突出していたか。
まさか後に松本で運動量とタフネスが売りの"労働者"WBとしてレジェンド化するとはね。
確かにスタミナ自体は、当時から豊富でしたが。
併せてやはり、破格の才能だったと思います。ほぼオールマイティーというか。もう少し遅く生まれていたら、間違いなく海外で活躍する類の。


C代表(?)ハンガリー戦(2004年04月26日)

ハンガリー自体は結構楽しめました。強い固い一方のメンバーの中にポイントポイント少数の気が利いた選手がいるという構造のチームって、意外と分かり易くて意図のはっきりした気持ちのいい戦い方をすることがよくある。全体が不自由だからこそ”リベロ”(的な選手)が活きるみたいな。
リプチュイという選手はかなり気に入りました。神出鬼没のポジショニングで絶えずボールに触りながらチームを動かして行く。クライフ、なんて例を出したらちょっと言い過ぎでしょうが。広島時代のハシェックくらいにしておきますか。

誰だ?リプチュイ(笑)。楽しそうだな。(笑)
このサイトだけ出て来た。
20040425Hungry

2-3で負けてる。(笑)
日本のメンバーはGK:楢崎 DF:茶野 田中 坪井 MF:遠藤 福西 三都主 西 藤田 FW:玉田 久保。
3バックか。トップ下藤田俊哉?ちょうどオランダのユトレヒトで大活躍していた頃ですね。あれはロマンだった。ついに代表では、どの監督の下でも定着し切れなかったですけど。
"C代表"って何でしょうね。メンバー的にはフルではないにしても十分にA代表ですけど。
・・・なるほど、A代表のメンバーが"B"システム(3-5-2)で戦うから、言い方に困ってC代表と。
"B"代表というとメンバー自体がBというのが、普通意味するところなので。
そしてAメンバーがAシステム(4-4-2)で戦うのが、本物の(ジーコにとっての)A代表と。
ここはまあ、要は"リプチュイって誰?"を追求したかったというだけの話です。(笑)


オジー・ヴェルディが停滞期(そもそも開幕したてですが)だというのもあってでしょう、ヴェルディ関係で力の入った記事が少なくて、結果一気に4か月分を消化してしまいました。
ジーコ・山本両代表は、そもそも白けてましたし。結構苦しそうな時期ですね。(笑)


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テーマ:サッカー日本代表
ジャンル:スポーツ
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