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井上潮音とはどういう選手か2023
2024年01月31日 (水) | 編集 |
書いてるのは2024年ですが。
潮音自身については多分1年後にも同じことを書け(き)そうな予感はしているんですが、引き合いに出す"例"の方の旬の問題があるので、今書きます。
"前編"的な、2023シーズンのプレーの振り返りはこちら


改めて井上潮音とはどういう選手か(だったか) ~オスカー・ボブとの比較

周り、ピッチ全体、相手がどこにいるかどの角度から寄せて来ているか、その見え方が素晴らしくて、脳内でピッチ全体のイメージを描いて、ボールが来る前にどう受けるべきか、相手からターンしてどこにボールを出すか、どこに動けばいいか、その判断の速さに正直驚きました。

これはヴェルディでのデビュー年2016シーズンの後半、完全な主力に定着してチームを切り回しまくっていた当時19歳の井上潮音選手のプレーを評した言葉・・・ではなくて!(笑)
2023年のマンチェスター・シティ、直前カラバオ杯ニューカッスル戦で敗戦の中光を放っていたオスカー・ボブ選手(20)

OscarBobb

のプレーについての、プレミアウォルバーハンプトン戦(9/30)解説中のベン・メイブリー氏の表現。
でもこれそのまま潮音のプレーに対しても使えますよね、読んでて違和感無かったですよね、2016年の井上潮音を目撃した同志諸君!(笑)(当時の潮音のプレーには、僕の知る範囲でも千葉・広島などの他チームサポ間にもファンがいた)
ここ数試合いよいよブレイク間近という感じのボブ選手ですが、実際初見から強い"井上潮音"性を僕は感じてはいました。


プレシーズン中のボブ。
遠慮して"名前"自体は出してなかったようですが、脳裏にあったのは。(笑)
ド新人の癖に最初から悠然とマイペースにプレーして("いっちょ前")、特にがっついた絡み方もしていなかった当時のボブですが、それでも"ずっと見てられる"。彼のフィールドの"感じ"方を感じているだけで、退屈しない。井上潮音もまた、そういう選手。(少なくともいい時は)
人並み以上のボールテクニックを持ちながら、決してボールプレーヤーではない、ボールを持って"から"のビッグプレーに狙いの比重が小さい、むしろいかにボールに触るか触る"まで"の流れの方に成功不成功がかかっていてその流れが良ければその後のスーパープレーは勝手に生まれる、逆にそこの機能状態によっては一見"無難"なだけの、チャレンジしない多少イライラさせるようなパスプレーだけを延々したりする、そこらへんも似ていると思います。(同じ"原型"が僕には見えます)
ただ実際問題、潮音のボールテクニックには確実性はあっても華麗さは無いので、それに関してはボブの方が遥かに大きな可能性を持っていますね。シティ加入前の各所の紹介文だと軒並み"天才ドリブラー"的な紹介のされ方をしてた()のは、未だに何の間違いだろうという感はあるんですが。どう見てもパサーだろう、どんだけボブが遊べる余裕のある状況に当時はいたんだという感じですが(子供サッカーなら上手いコは全部スーパーでしょうから(笑))。それともこれから第二形態が見られるのか、それはそれで楽しみですが。
潮音に関しては、"ストライカー"に変態する可能性はあると思っていますが、ドリブラーってことは無いですね。真正"10番"になることも。"ストライカー"ならあり得るというのは、それだけボールプレーがシンプルである、持つこと細工することにこだわらないタイプだということです。それのベクトルの向けようによってはという。

以上、"全盛期"(笑)が8シーズン前の遥かに去ってしまっている選手の"本来の良さ"の説明として、今を時めく(きかけている)世界の有望選手を引き合いに出してみる試みでした。逆にいっとき確かに"世界がその手の中にある"ように見えた潮音のその後のプレーを見た経験から、ボブの未来について少し歪んだ(笑)方の可能性を言ってみると。
上でベンさんが説明しているボブが結果的に行っているプレー自体はその通りだとしても、それが「脳内でピッチ全体のイメージを描いて」「判断の速さ」によって行われているのかについては、若干の疑問というか、"疑問"の可能性があります。つまり今は"マンチェスター・シティ"基準で見てもべらぼうに"賢く"プレーしているように見えるボブですが、それが実は"考え"て"判断"してやっている、"見えて/描いて"やっているプレーではなくて、もっと内部感覚的に何なら"反射"的にやっているだけのプレーである可能性があるということです。ある範囲あるレベルまではそれで十分に状況適合的にプレー出来て"賢く"見えたとしても、周辺状況が大きく変わった時にあるいはより厳格な規律や明示的思考を監督なり戦術なりに求められた時に、対応出来ずに"反射"が空回りする、得意のプレーの有効範囲が大きく狭まる、そしてそれを修正出来ない、(その天才性の元でもある)強過ぎる反射が適応の邪魔をする、そういう未来の可能性はあるかなと。
現在のボブを見てそう思っている訳では必ずしもないです(多少はあります)。潮音がそうだったので、ボブもそうかも知れないな今はそう見えなくてもと、そういうことです。具体的には、2017年に来たロティーナの"ポジショナル・プレー"に基づく要求を消化出来ずに、潮音が輝きを失った、成長が止まった・歪んだ、その辺りを言っています。(ロティーナが潮音の"恩師"だとか平気で言う人が特に神戸で再会した時には沢山いましたが、知ったかぶりもいいとこだと思ってました)
そのプロセスの功罪や意味付けはおいておくとして、実際問題"考えて""全部分かって"やっているように(2016年に)見えた潮音のプレーのかなりの部分が、非常に高次元ではあっても要は感覚的にやっているだけの応用の利き難いものであったというのが、その後の潮音のプレーの観察から得た僕の結論です。表現の程度問題や反論はあるかも知れませんが。潮音は"考える"のは別に得意ではない
ボブに関しては、大きな括りとしての"ポジショナル・プレー"に関しては、既に適応済なのは現在のプレーを見れば明らかですけど。シティの"ポジショナル・プレー"がいっとき程神経質でなくなってるというのはあるにしても。潮音だって"ロティーナ"のポジショナル・プレーには苦戦しても"永井秀樹の"それに対してはそこまでではなかったので、ここらへんは同じ言葉でもかなりのグラデーションはありますね。今季もう一人のシティの"躍進"選手ドク同様、今後本腰入れてペップが仕上げの干渉を強めた時に、今までやって来たプレーが出来るのかという不確定さは、直近の問題としても当然あるでしょうね。ただその時にもボブに関しては、ペップの干渉をはねのけて更に高次元に"自分の"プレーをしてしまうのではないかなという、別の予感もあります。ペップに飼い馴らされる(広義の。輝かしい"協働"も含めて)のでも、消化出来なかったり反発して去る(ザネのように?)のでもない、第三のあり方。それくらいのふてぶてしさとベースの高さは、感じなくはないですが。いずれにしても、他のどの選手に比べても、素直に"改造"される感じはあんまりしないんですよね(笑)。それがいい方に出るか悪い方に出るかはまた別にして。
再度以上、ボブを参考に潮音を理解し、潮音を参考にボブを考える試みでした。



井上潮音とはどういう選手か(補) ~その他のシティ関係選手との比較


・ベルナルド・シルバ

明神智和からベルナルド・シルバまでの狭間(2021年04月13日)

という記事を、神戸移籍初年度の潮音のプレーの"解釈案"の提示として書いて、ごく一部でウケたことがありますが。(笑)

"水を運ぶ"選手としての井上潮音。
・そういう潮音のプレー、プレス/守備のキーマンとして前に後ろに率先して走り回り、攻める時は誰かの走ったコース走りたいコースに対してあくまで従属的に後追い的にそれをサポートするように自分のコース取りやポジショニングを決め、どこかでパス回しが滞っていれば駆けつけてパスを受けてそれを流ししかしそれ以上のプレーはせず、"黒子"というよりはもっとはっきり「脇役」と割り切ったプレーを淡々とこなすその姿。
・それを見ていてどういう選手とイメージが重なるかと言えば、例えば明神智和。(中略)
・あるいは"水"の運び方にも色々あるので、例えば現代を代表する世のサッカー通のアイドル(笑)の一人ベルナルド・シルバは、僕は大きくは"水を運ぶ人"の括りで考えるべき選手だと思いますね。明神の仲間です(笑)。マジで。(中略)
・そしてそこに潮音も入れたいという、そういう話。我ら水運び人仲間。(笑)

というような話。
かつてのイメージからすると、めっきり"決定的なプレー"に関与することの少なくなった潮音のプレーの理解の仕方というか受容の仕方というか。
まあその後ベルナルド氏は、"水を運ぶ"ことの波及効果を怪物的に拡大して行ってしまって、ちょっと今比較するのはおこがましい感じにはなっていますけど。"水を運ぶ"こと即ち"ゲームメイク"みたいな境地に。従を極めて主になる。
とにかくこういい一文が必要なくらい、少なくともこの時期の潮音には、まだ"天才司令塔""ファンタジスタ"のイメージや期待が強かったという事ですね。尚ちなみにそういう("水を運ぶ人"という)解釈が"可能"だと言っているだけで、それでいい、(潮音は)十分だとは、僕も思っていた訳ではないです。


・ジャック・グリーリッシュ

ベルナルド氏が前人未到の謎の領域に到達してしまった現在、こちらの比喩の方がむしろ直接的にはやり易いかも。
上で言ったように、ロティーナ下の2017-2018シーズンの2年間で、期待されたボランチ(2CMF)インサイドMFとしての戦術適合的活躍が出来ずにすっかり輝きとコンスタントな出場機会を失ってしまった井上潮音選手をある種復活させたのは、間にギャリー・ホワイトを挟んで2019シーズン後半にヴェルディの監督に就任した、永井秀樹監督でした。
バルサ/シティ風4-1-2-3を主に使った永井監督でしたが、永井監督がそこで井上潮音に与えたポジションは、前任者たちが与えた"2"(特例として"1"。後述)のところではなく、"3"の左サイドというもの。167cmで細身の儚げな(笑)小兵選手&ヴェルディ・ユース伝統の細かいプレーが得意な"テクニシャンMF"というイメージが自明的前提にあった井上潮音選手からすると、3の左、つまりは左"FW"というポジションは、なかなかショッキングというか意外性に満ちた転身でありました。(本人がどうだったかは知りません。見てる方はという話です)
象徴的な意味でしょうけど"我々のメッシ"と就任当初ロティーナが潮音を評したのに対して、どちらかというと"イニエスタ"だろうと当時ユース監督だった永井氏は言っていたそうなので(笑)、バルサでの"左FW"イニエスタのイメージが先にあったのかなと、振り返って思わなくはないですが、少なくとも現実に左FWとして潮音に与えられた仕事は、イニエスタのイメージとはだいぶ違うものでした。(ちなみに"比喩"競争に僕が参戦するなら、"体質ブスケツ役割シャビ"みたいな選手だったかなと2016年当時は)
左サイドから切り込んで攻撃のアクセントや仕上げに関わるよりも、まずサイドに張り出してボールの一時預け所になり、自己犠牲的なフリーランで味方にスペースを作り、プレスの先兵となりその他攻守様々な面でサポートに駆け付けと、言ってみれば"攻撃/前線"の選手としての"メイン"どころ「以外」のプレーを全てやるみたいなそんなプレースタイル。別に"メイン"に近いプレーを禁じられていた訳ではないんですが、そもそもがボールプレイヤー的な分かり易いエゴが希薄で、勿論新しく与えられた大量の仕事にエネルギーを回していたこともあって、そうしたプレーが可能な場面が回って来てもなかなか積極的な選択はせずに、安全を取ったりあるいは単純に立ち遅れたりする、そういう傾向が強く見られました。その前の2-3年間はチーム戦術に馴染めない苦しみを味わってはいましたが、馴染んだ上でしかし積極性が弱い決定的なプレーが少ないという現在に至る"特徴"の出発点は、この時期だろうと思います。
繰り返しますが、"復活"の時期ではあったんですけどね。このプレーの延長で、神戸移籍初期にはレギュラーポジションを掴んでいた訳ですし。ポジティブ、でも物足りない。逆もしかり。
で・・・。
何が言いたいかはもう分かるでしょう(笑)。この"かつて勇名を馳せた右利きのファンタジスタが、前線左でメイン「以外」の仕事を全てやって、それで評価はされるんだけど一方で決定的なプレーが少な過ぎるという不満を言われ続ける"という状況が、シティ移籍(21/22シーズン)以降のグリーリッシュとよく似ているということです(笑)。役割とは言えファンタジスタの匂いが消え過ぎじゃないのか?シティ移籍当初には確かにあったそれを、もう思い出すのも難しくなってるぞと昨季あたりのグリーリッシュを見ながらは思ってましたが、メンタリティあるいは基本設計的に潮音と近い部分があったりするのかなと、思ったり思わなかったり。とにかく"寂しさ"の似ている2人(笑)。(顔面偏差値も?笑)
"左FW"井上潮音が完成するのは2020年、グリーリッシュが現在のプレースタイルを確立するのは2021年以降ですから、海外サッカー好きの永井監督も、グリーリッシュのプレーを参考に潮音の起用法を決めた訳ではない訳ですけどね。ああいう役割自体が、何らか必要となることの多い戦術だということなんでしょうけど。タイミング的には、"神戸の井上潮音"(2021)のプレーの理解にも、"シティのグリーリッシュ"という例は間に合わなかった記憶。神戸では左"MF"がメインでしたが。


・コール・パーマー

シティ下部組織出身で現チェルシー。
ちなみに現在僕は潮音と並んでパーマーを"個サポ"対象として挙げてチェルシーの試合もフォローしていますが、特に2人を"似ている"とは思っていません。190cmのパーマーと167cmの潮音、左利きと右利きと、身体的特性も全然違いますし。細身で力感の無い、流れるようなプレーをするという意味では、似ているかも知れませんが。・・・力感が"無い"選手が好きなんですよね僕は(笑)。後でする話とも関係して来ますが。右利き左利きで言えば、右利きの方が好き。これもまあ関係がある。
さてそのように、グリーリッシュに比べても然程似た特徴が無いと言えば無いパーマーですが、特にチェルシー加入('23.9.1)当初の、新入りながら何でもかんでもやってチームの面倒を見てしまうようなプレーが、"思い入れ"という共通性にも助けられて、ある時期の潮音を一瞬連想させたかなという話。


9/27カラバオブライトン戦のプレーに対する、チェルシーサポ氏のコメント。具体的な状況は余り覚えてないんですけど、まあ似たようなことはこの前後ちょいちょい言われていたような記憶。
継続的な選手大幅入れ替え&若返り、ついでに監督(ポチェッティーノ)も新監督でしかもどちらかというとモチベーター型というこの当時の(今もかもしれませんが(笑))チェルシーは、"いい選手は沢山いてその組み合わせである程度は何とかなるけれどこれといった基準が無い"という状態で、シティ仕込みの(というだけではないでしょうけど)オールラウンドな能力を持つパーマーが、目一杯職域を広げておせっかいを焼いて、生きた"基準"となるのを、むしろ歓迎するような状況にありました。それにしてもこれだけ色々な事が出来る、特に低い位置に下りても出来る選手だとは、シティ時代には分かりませんでしたが。
そしてかつて潮音も似たような役割を負っていたことがあって、それはロティーナ2年目2018シーズンの末期、J1昇格プレーオフに進んではいたものの、"ポジショナル"ロティーナのチーム作り自体は袋小路というか打つ手無し上がり目無し的な状態で、そこでお鉢が回って来たのがそれまで埋もれていた潮音の個人能力、個人的"感覚"的部分で、中盤の底、時によっては1枚アンカーポジションに据えられた潮音は、守備から攻撃からチームビルディングをいちから自分のイマジネーションで作り直し作り上げ、昇格プレーオフの最後の最後、決勝まで行ったチームを支えました。(参考1参考2)
その仕事ぶりを、"インフラ"作りと評したのは、ふかばさんでしたが。

"生きた基準"のパーマーと、人間インフラ潮音。
潮音の場合は逆に、"人間インフラ"くらいさせてもらわないと、なかなか上手くプレー出来ないという問題が大きい訳ですが。多分感覚的過ぎて&その感覚が包括的過ぎて、部分的に他人に説明したり協調したりというのが、難しいんでしょうね。どうすればいいのかは全体として分かるんだけど、なぜそうなのかは自分でもよく分からない。だから切り取り不能。"全盛期"(しつこい(笑))2016シーズンのヴェルディも、冨樫監督の下チームは崩壊気味で、逆に潮音は好きに出来た。この時は二列目左を出発点に、前後左右あらゆるところに顔を出して、流れないチームのプレーを流していた。その"一部"として、華麗なアシストなども決めていた。
そこら辺に関して面白いと言えば面白いのが、2023シーズンの横浜FCでの使われ方で。前後分断的なロングカウンターチームの、"攻守の唯一に近い繋ぎ役"として膨大な仕事量を任されるという使われ方は、かなり"人間インフラ"的なところはあったと思います(だからこそ結果に関わらず固定されてたんでしょうし)。ただとはいえ基本的な設計図は監督が引いているので、自由はありつつも潮音のチーム関与・イマジネーションの発動(の深度)にも一定の限界は予めあり、そこら辺が"2016"Ver.や"2018"Ver.に比べての、特に攻撃関与のスムーズさに欠ける部分に、反映されていたのかなと。(ほとんど)"0"から始まるイマジネーションの流れに乗って一気に攻撃の最終局面まで行く(2016や2018)のではなく、途中で何か我に返って遠慮したり変に自分のプレーを意識し(て他人の基準でプレーし)たりと、そういう場面が多々見受けられました。
・・・という潮音とパーマーとの間に、言う程の共通性は無いような気がするというのは冒頭で言った通りですが(笑)、とにかく2023年のパーマーのプレーの記憶の力を借りて、井上潮音という選手が過去に見せていた顔の一つを、説明させてもらったという、そういう話です。まあ任されれば誰でも人間インフラになれる訳ではないので、そういう意味での技術的内面的共通性は、何らか無くは無いんでしょうけどね。(ただしパーマーは"駒""部分"としても十分に優秀)


予告編(?) ~残る諸問題

流れとしてはここで、これまでにも出て来た潮音のプレーに付いて回る問題や疑問について、書く流れかなあとは思うんですが。
すなわち

1.潮音の「判断力」や「戦術理解力」の問題。潮音は果たして"頭のいい"選手なのか。
2.(ある時期から付きまとうようになった)潮音のプレー選択や攻撃関与の"消極性"という問題。言われ続けても時にそれによって明らかに扱いが変わったり出場機会を限定されても、全くと言っていい程変わる様子が無い。

1.に関しては、既に今回、結論めいたものだけは言いました。つまりハマればあたかも全知全能のゲームコントローラーのようにプレー出来る井上潮音ですが、それは"考えて""判断して"やっているというよりも、あくまで自分の内部的な"感覚"による反射の連鎖に近いプレーであって、応用や外部的基準(例えばロティーナの教科書的なポジショナルプレー)とのすり合わせの難しいものである。そういう意味で、意図的状況適応の器用さという意味では、実は"頭がいい"選手とは言いづらい部分が多い気がすると。
問題は2.で、書こうとすれば書けなくはないんだけどちょっと説明しなければならないことが多過ぎて気が遠くなるというか、既に十分な文字数を費やして来た中でもう一回気持ちを立ち上げるのが難しいというか。若干ネガティブな内容も多いというのもあり、"改善"を願ってもう一年の観察の後書いても、遅くはないかなと。
一応のアウトラインだけ示しておくと。
・"ロティーナ・ショック"により一回心が折れかけて、当初あった全能感や無垢な前向きさが失われた。
・一方でそもそも"エゴイスティック"な、殊更自己顕示欲の強い選手ではないので、全体的な"成功"のイメージ無しに、ピンポイントで"積極性"を発揮するのが難しい。(そうしたプレーに向いた派手なテクニックの多くあるタイプの選手でもない)
・"感覚的"なプレースタイルによる応用力・分析力の不足と、(初登場の仮説(笑)ですが)独特の自己肯定感の強さで、自ら"変わる"ことが難しい。
・そもそも良く機能している時の潮音(2016や2018末)は、するべきプレーをするべきなようにプレーしているのであって、積極性/消極性などという極自体が存在していない。

・・・とりあえずここらへん。
これだけでも分かる人は分かるだろうと思いますが。("自己肯定感"のところ以外は?(笑))
さて2024シーズンの終わりには、この論旨が変わっていたり付け足されたりしているのか。"1."も含めて。


結局僕はなぜ井上潮音のプレーが好きなのか。

締めであり、"本論"でもあり。

再三自虐的に(笑)、"全盛期は2016年"とまだ26歳の選手に早過ぎる烙印(?)を押しているように、出たての頃の潮音のプレーを目撃していない人強く記憶に刻んでいない人には、近年目にすることの出来る井上潮音のプレーのどこにそこまでこだわり続ける魅力があるのか、理解が難しいところがあると思います。
僕自身、ここ2,3年、もっと無慈悲に遡れば2019年以降の5年間に潮音が見せているプレーに、いつもわくわくしているかと言えばそんなことは全く無いです。基本的には、多くの人が感じるだろう不満や退屈を、僕も感じてはいます。
平均して・・・そうですね、1シーズンに合計10分(!)も無いんじゃないですかね、潮音が僕の目から見て合格点な、"らしい"プレーをしてくれる時間は。その5年間で。後は眠たいかイライラしてるか。(笑)
でもその「10分」が、その他の選手の全プレー時間を合わせたものよりも、貴重に感じるんです。幸せを与えてくれるんです。だから見ている訳ですね。それだけ特別な時には、特別な選手。
更に、というか一応付け加えておくと、ボブのところで「彼のフィールドの"感じ"方を感じているだけで、退屈しない。井上潮音もまた、そういう選手」と書いているように、実際に目に見える、データとしてカウントされるようなプレーとは別に、その背後に存在するイメージ、そこから理想的なら発生するようなプレーの"予感"、そうしたものも、同時に"見て"いるんですよね。現実のゲームと仮想や可能性のゲームを、二重写しに常に見ているというか。だから実際の快楽量は、「10分」が与えてくれるものよりはだいぶ多いんですけど。(笑)
まあ"予感"は裏切られることの方が多いですし、"予感"があるからこそ、不満も募る訳ですけど。

・・・と、色々言ってはいますが実はもっと根本的な問題が陰にあるらしいということに、遅まきながら去年2023シーズンのプレーを見ながら思い至りました。
問題、という訳でもないんですけどね。多分。(笑)

結局なぜ僕が井上潮音のプレーにここまで惹かれるのか逆に言えばしっくり来るのかというと、それは好調不調のいかんに関わらずする潮音の基本的なプレーの仕方、フィールドのあちこちに自由に顔を出して死角を埋め滞りを流し、人と人局面と局面を繋ぎ、自分自身はどこにも特にとどまらず何か大きなことをする訳では必ずしもなく、にも関わらず(上手く行けば)全体としては自分の望む方向に事態を導く、こういうやり方/あり方が、正に僕自身が望んでいる人との関わり方だからなんだろうと思います、いちサッカーに限らない。
(笑)。

その実際には能力不足や人見知りや不精でなかなか自分では実現出来ない"理想"を、サッカーという限定された場ではありますが実現してくれるのが、潮音のプレー。基本的には脇役的なあり方ではある訳ですが、好調時の潮音はそのまんま大主役的な役割すら果たしてしまう。何と虫がいいというか都合がいいというか、願ったり叶ったりというか。そりゃ気持ちいいです。(笑)
目立ったり(アピールしたり)頑張ったり強いたりするのは嫌なんですよね。あくまでさらさらと流れるように、出来れば限りなく力は使わずに、ポジションとタイミングと最低限のテクニックだけで、ついでに言えばリスクも犯さずに(笑)、でも全事態を自分の願う方に導きたい。控え目なんだか厚かましいんだか。(笑)
でもこうして書いていると、潮音のプレーそのものという感じもして来ませんか?(笑)


だそうですし。(笑)
"仲介者"潮音のプレーにも、"詩"がありますよね。(別の"詩音"もいるのでややこしいですが(笑))

パーマーのところで「力感が"無い"選手が好き」と言っていたのも、概ねここらへんの感じから来るものですね。頑張りたくない、無理や不自然をなるべく避けたい。美しくない。(笑)
利きが好きだというのは、右の方が"ニュートラル"から出発する傾向が強いからですね、そこからのあえての"変化"が味わいがあって美しい。対してレフティーは、理由はよく分かりませんが(なぜ対称でないのか)、最初からアングルがついていることが多い。その偏りが実際のプレー上は分かり易さ使い易さに繋がることも少なくはないんですが、"狭さ""硬さ"を感じさせて余り好きではない(ことも多い)。なるべく無執着無限定で、あって欲しい。

欲しいというだけなので、当面これ以上の話は無いんですけど。(笑)
井上潮音が役に立つように、僕のこういう性向も、何かの役に立って欲しいとは思いますが。(笑)
とにかくこういう深層の共感や願望充足の基礎の上に、いくつかの時期の輝かしいプレーの思い出と面影、目に見えるプレーの先にある可能態を思い浮かべながら、日々井上潮音のプレーを愛でて期待して、観察し続けていると、そういうことです。(ことのようです(笑))
繰り返しますが、往時の井上潮音を知らない人には、なかなかついて来るのが難しいところのある話だったかも知れません。それでもいくつか試みた"旬"な例示が効果を上げて、何となくどういう選手なのかどういう顔を持つ選手なのか、分かってもらえたらなあと。最近のプレーを見ながら各々が抱いていたろう印象や理解に、何某か別の視野を加えてもらえたらなあと、そういう感じです。

とりあえず今夜も頑張れボブ。(出るならば)
井上潮音を越えて行け!(笑)(まだ越えてないところもある!)
井上潮音的なものの価値と魅力を証明してくれ!
勿論潮音も頑張れ!また来シーズン後!(多分)


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テーマ:Jリーグ
ジャンル:スポーツ
コメント
この記事へのコメント
読んでると
アトさんにぜひ、スティーブンアイルランドを見て欲しかったですね。きっと愛してもらえたんじゃないかと。

まさに"フィールドのあちこちに自由に顔を出して死角を埋め滞りを流し、人と人局面と局面を繋ぎ、自分自身はどこにも特にとどまらず何か大きなことをする訳では必ずしもなく、にも関わらず(上手く行けば)全体としては自分の望む方向に事態を導く"選手でした(という記憶)。シティのアカデミーで一番天才でしたわ。

ボブ問題は、あの手の選手はすぐ"ドリブラー"と言っちゃう語彙の貧困さ、紋切り表現、自分にも覚えがあります笑 
2024/02/02(Fri) 23:47 | URL  | sake #-[ 編集]
スティーブン・アイルランド。マンチーニ時代の選手ですか。惜しい。(笑)
そこはかとなく、名前の響きはロマンチックに感じます。(笑)

>フィールドのあちこちに・・・
はプレイスタイルとしてありそうではあるんですけど、

>何か大きなことをする訳では必ずしもなく
という寡欲的部分も、メンタリティとしてあったんですか?"見える"人にはありがちな逆欲求なのかな。

ボブのドリブルは最近はたまにするようになりましたけど、ある時期まではむしろ人一倍(笑)ドリブルしない選手だったので、何がどうしてそういう評判になった?と不思議に思いながら見てました。シティだと"合わせ"られる選手が周りにいるから即座に選択を変えたとかなら、ほんとに凄いですけどね。
2024/02/03(Sat) 22:45 | URL  | アト #/HoiMy2E[ 編集]
マンチョの前の、ピアース、エリクソン、ヒューズ時代の選手ですね。マンチョには嫌われて干されてました笑

>という寡欲的部分も、メンタリティとしてあったんですか?"見える"人にはありがちな逆欲求なのかな。
井上に詳しくないので感覚にズレがあるかも知れませんが、そういうタイプでしたよ。ドリブルとか、サイドチェンジとか、大きなプレーは基本しないで、ボールも自分からバリバリ引き取りに行くでもなくて。シャドーが上手くて点が取れたんで、そこはちょっと違うかもですが。

いくら何でも限度があるだろ的な(性格的)不器用だったのと、「パーツとしてチームにうまくハマれない」というところがあって、だから攻撃が完全に煮詰まってたピアースのチームとか、全体を任せてもらえたヒューズのチームでは輝いたんですが、背骨が強固だったマンチョのチームではうんともすんともでしたね。そういうときに、やっぱりグリーリッシュやパーマー的な身体的強さ(とネアカさ?)が無かったのが残念でした。

長くなってしまいましたが、同じような懸念はボブもさることながら、リコにも感じなくはないです。「偽なんとか」以外をやったときに結局どうなの?的な。
2024/02/03(Sat) 23:32 | URL  | sake #-[ 編集]
潮音は性格的には一見すると従順なんですが、自分の中の"答え"が強過ぎて結果"聞いてない""合わせられない""不器用"みたいな感じ。聞く気はあるんだけど(笑)監督からすると、扱い難いのは同じかも。
"シャドー"というのがどういう感じのものか分かりませんが、潮音の場合は"ゲームメーカー"脈絡から切れたところで、他にやることが無いような状況になると得点力を発揮するので、作りながら点も取れる感じだと、そこは違うかも。
リコは本領が無いのが本領なのか、器用さに本領が隠されているのか、どっちなんでしょうね。フォーデンを見ていてもパーマーを見ていても、ペップの下で"育つ"難しさは、色々ありそうではありますね。一番幸福に"育った"のは、ロドリでしょうか。(笑)
2024/02/04(Sun) 11:26 | URL  | アト #/HoiMy2E[ 編集]
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