2007年02月28日 (水) | 編集 |
![]() | ZOOKEEPER 2 (2) 青木 幸子 (2007/02/23) 講談社 この商品の詳細を見る |
そういえば無事第2巻発売おめでとうございます(ところで『米吐き』の2巻はいつ出るんでしょうか。)。楠野香也の表紙はやはりなんというか、客観的にはあまり訴求力があるようには見えませんが。(笑)
昨日のエントリーは割りと好評だったような気配が伝わって来て、モーニングならともかくイブニングなんてそんなに読んでる人いるのかなと不思議な気がしたんですが、単にここの読者の購読率が世間よりは高いのかなと。
さて自分が書いたことに刺激されて、あれからまた考えるともなしに『ZOOKEEPER』について考えていたら割りと単純な結論にたどり着いたというか気が付いたというかなので、書いておきます。
それはずばり、
青木幸子が変なのは「絵」ではなくて「目」である
という説。
つまりですね、絵自体は普通なんですよ、多分。僕の言うことがさっぱり分からなかった人も多いだろうと思いますが(笑)。何騒いでるんだこいつと。
でも元々の物の見方、対象物の知覚の仕方に特徴がある。それは一言で言うと、対象の内部から見る、一回対象の中に潜入して、その生理プロセスや機能状態をトレース/追体験するような形で折り返して捉える、みたいなことです。
分からない?ごもっともです。(笑)なぜ?それは聞かれても困ります。(笑)
ただそうなんですよ。それはイメージでしかないかもしれない何らか事実性があるのかもしれないですが、ともかく青木さんはそんな風に物を見る、捉える。
それをそれなりに分かりやすい形で対象化した比喩が、例の香也の「熱(温度)が見える」というアレ。それによる内部状態の端的な察知。
まさか青木さんが実際に熱が見えるとは思いませんし(分からないですけど・笑)、ひょっとしたら何か元ネタに取材しているだけかもしれませんが・・・・いや、それはどうかな。別に「熱を見る」なんて大ネタがなくても、青木さんの人物や動物の描き方には何かしら独特のものがあると思います。思いやり深いんだけど即物的で非情という。やはり何らかそんなような感じ方の出来る人なんじゃないかと思いますが。
ともかくそういう青木さんの対象の内部状態を直接感じさせるような描写法、感覚、それが僕に伝わって来て「官能性」となり、「ブルブル震えている」ような感じになっているんではないかと。
言っておきますが僕自身は「見えて」ませんよ。青木さんが「見た」ものを受け取ってるだけ。何らか構造的に親和性がある、つまり僕は僕なりの仕方で”内部から”見たり感じたりを日頃しているからそれが効率良く伝わって来る、くらいのことはあるかも知れませんが。
変な描き方をしているのではなくて、変なものを見てそれをそのまま描いてるんだ、それでああなってるんだというまあ軽いコロンブスの卵ですが。だから表現自体に秘密はないので、受け取っていない人には不思議も官能性(笑)も最初から存在していないのかもしれません。
またそれは例えば『もやしもん』
| もやしもん 4―TALES OF AGRICULTURE (4) 石川 雅之 (2006/12/22) 講談社 この商品の詳細を見る |
どうでしょう?(て、言われてもねえ)
![]() | ZOOKEEPER 1 (1) 青木 幸子 (2006/09/22) 講談社 この商品の詳細を見る |
| もやしもん 1―TALES OF AGRICULTURE (1) 石川 雅之 (2005/05/23) 講談社 この商品の詳細を見る |
| もやしもん 2―TALES OF AGRICULTURE (2) 石川 雅之 (2005/10/21) 講談社 この商品の詳細を見る |
| もやしもん 3―TALES OF AGRICULTURE (3) 石川 雅之 (2006/05/23) 講談社 この商品の詳細を見る |
サイトトップへ
| ホーム |




