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東京V−徳島(1st)
2007年04月26日 (木) | 編集 |
今日も書く書く定点観測。ある意味仕事。

J2第10節 東京V ●0−3○ 徳島(味スタ)

しかし0−3とはまた律儀に負けること。


はっきり言って立ち上がりから無気力には感じました。
連敗が続く中の強行日程、週半ば閑古鳥が鳴くスタジアムでの寒空の下のナイトゲームと、条件はバッチリ(?)揃っていましたが、根本的には鬱病ですよねこれは。モチベーションがどうというよりも。”条件”はきっかけ、もしくは駄目押し。

基本的にこのチームの選手をやるのは疲れるわけですよね。
有効な示唆も指示/支持も与えられないまま、ただただその場その場を「頑張る」しかない重圧感。しかし着実に悪い結果が積み重なって行く不安感。その状況を打開する方策が、現場からもその上からももたらされる期待がほとんど抱けないという閉塞感。
そう長くは持たない。きっかけがあればいつ落ちてもいつ折れてもおかしくはない。

こうしたものと直面しない為に、”夢”を見る、鬱には躁で対抗するというのが今季の(潜在的な)「戦略」だったと思うんですが、思ったより早く夢から覚めてしまったのと、夢見る力が弱かったのと。せめてリーダーが確信犯ならいいんですが、このリーダー自分の見る夢を現実と勘違いしているか、夢の話を振られると現実に逃げ、現実の話を振られると今度は夢に逃げる卑怯者か、ともかく夢を夢として押し切る力も潔さもない。勿論夢を見据えて現実とすり合わせる忍耐力などさらさら。
経験ではなくて人間性とそこから来る認識力の問題だと思うので、今後よっぽどのことがない限りいいリーダーになったりはしないと思いますけどね。無駄なプライドと実績も邪魔するし。

ともかく今まで「頑張り」で何とか繋げて来た”ゴム”が、ついに伸び切って使い物にならなくなって、個人守備の非効率が一気に露わになったという、そんな感じの最初の2失点でした。単なるミスでも事故(わらい)でもなく、「前がかり」という”スタイル”の論理でもカバーし切れない。


前節の船越と金澤を用いた対処策がそれなりの合理性があったように、この試合を承けてもラモスはまた果てしもなく個別の問題点を見つけて言挙げして、個別の対処を命じたり練習させたり色々するんだろうと思います。ある意味では根気良く。ある意味では本心で。
でも”夢”と”現実”の話にあるように、それは問題の性格を見極めたり次元を分けたり奥行きのある視野を持ったりしない人ならではの「根気」で、永遠の怖い物知らずで、粘ることでかえって解決や新たな展望を遠ざけるそういうタチのものだと思います。

もう少し「下司」に見通しを立てて楽しようとする根性があれば、あるいは「根気」が足りなければ、えいとダイナミックな(&無責任な)転回をして正解を引き当てたり活路を見出したり、少なくとも空気を変えたりする可能性は色々あるんでしょうけどね。
ただただ粘着してじりじりとしか動かない。『愛』の人ですね。愛着の。執着の。着々。着床。

そもそものことを言えば「全体」という感覚が無いんでしょねこの人は。個別と局面があるだけで。ジーコなんかも多分。今ならはっきり感じられますが。
それはそういう(”個人”を重視するというような)「哲学」ではなくて、哲学という領域自体の不在を意味するのだろうと思います。

だから個別の施策やそれ自体は間違ってもいない指摘が、あくまで個別のものとしてついに全体像を結ばない。うまくいったことや良い点の寿命が酷く短くて、また一度手放すとガラガラポン的確率でしか二度と戻って来ない。器が無いから溜めておけないというか。
更に言えば何らか「全体」が先にあればある程度自動的に、少なくとももっと効率的に出来るだろうことが、いちいち大ヒットや超人的努力によってしか機能しない。


ヨミウリ/ヴェルディスタイルに関する僕の今季の当て外れも、「全体」から、「外」から、一つの可視的な”スタイル”として対象化して捉えていた僕と、あくまで内部感覚でのみ捉えていたラモスの違いが根本にはあるのでしょう。やれば出来るという以上のノウハウも意識化されたものもラモスにはなかった。だから選手を集めるしかなかったというか。
まず対象化しないと運用は出来ない。運用の「対象」になれない。再構成も修正も出来ない。いくら何でも、いくら何でももう少し自覚的だと思ったんですが。最後の最後の(子猫ちゃん)信頼ポイントだったんですが。

・・・・ええ、だからですね。鬱が根本で条件はきっかけでしかないように、全体が自覚されない限り対応をいくらやっても無駄だということですね。あっちを塞げばこっちが漏れる。塞いだところもすぐまた剥がれる。どうも僕も無気力で、分かり難くてすいません。


(追記)

萩原社長の言っていることは、無責任なようですが彼の職分、「ともかくサッカーのことは知らんよ」という彼のキャラ設定(笑)からすれば実はとても正しくて、正直とすら言える気がします。
例えて言えば、映画「監督」なんですよねラモスの「監督」というのは。それも巨匠扱いの。全部任せて全部責任をかぶる。
何かとグズグズ選手に責任がある的なことを遠回しに言いたがるラモスよりは、よっぽどプロフェッショナルだと思いますね。極道ではありますが。(笑)

あとは例の「早期解任もある」発言にどれほどの公約性が実際にあったかですが。
いやあ、しかしつまりまだまだ続くのね?!社長。ウッホッ。


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これはまた見事な分析。見事すぎて、現実の世界の話とは思えない。精巧な芸術品を見せられたような気すらする。基本的にこのチームの選手をやるのは疲れるわけですよね。有効な示唆も指示/支持も与えられないまま、た
2007/04/29(Sun) 01:06:21 |  カラスのBlog