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ついでに『BASTARD!』24巻雑感
2006年07月12日 (水) | 編集 |
BASTARD 24―暗黒の破壊神 (24) BASTARD 24―暗黒の破壊神 (24)
萩原 一至 (2006/07/04)
集英社

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買う前にアマゾンのレビューを読んで、みんな辛口だなあ、出るだけマシじゃないかと思ってましたが、なるほどこの読後感は脱力する。(笑)
2年待ってこれだけ?どうすりゃいいのこっちはという。
内容的には(『BASTARD!!』基準では)特に問題はないですし、単に出版ペースが遅いだけで実は作中時間的には決して言われるほど”展開が遅い”わけではないと思うんですけどね。


ご多聞に漏れず僕もすっかりストーリーを忘れていたので、1巻から読み返してみましたが。
うん、やっぱり面白いことは面白い。何回読んでも楽しめるシーンが沢山ある。

読み返してて気が付いたのは、余人は知らず僕にとってのこの漫画は、”萌え”というセンスの洗礼を最初に浴びせてくれた作品だったのだなあということ。どうして自分はルーシェ・レンレンのように生まれなかったんだろうと、かつては日がな鏡を見ながら嘆いたものです。(嘘)

キャラ的には他にアーシェス・ネイとかガブリエルとかがお気に入りですが、誰ということではないポイントとしては「んー」とか「じー」とか「パチクリ」とか、凝視や静止を特徴とする描写のしかたに独特の色気(とエロ気)のある人だと思います。・・・・まじめに効きますよこれ男にも女にも(笑)。”熱く”は見つめないで適度に空っぽになるのがコツですね。

最新24巻でもホビットの「あにゃー」とかは分かっていてもやられるポイントですね。単に狙いというだけではなくて、作者が心底こういうのが好きなのが伝わって来るのがいいんだと思います。


つまり・・・・何かと「絵」へのこだわりで語られがちな人ですが、実際には絵そのものというよりそれによって構成される「シーン」へのこだわり・愛を中心に描いている人なんだと思いますね。見せたいシーンがある。描きたいシーンがある。積極的な注意が及ぶのはせいぜいシークエンスかエピソードというレベルで、それで全体/ストーリーというようなレベルが掴み所がなくなる。

「風呂敷を畳めなくなっている」という評価があるようですが、それはどうでしょう。僕が見るに神智学系のうんちくや”神”や”善悪”についての諸観念は、ある意味”萌え”シーン同様に作者のフェティッシュの対象で、つまりは全然楽しんでアイデアの枯れることなくやれていると思います。ただ実現・完成する為の作業的な負担が大きくなっているだけで。(笑)

言ってみればそもそも「風呂敷」側からものを見ていない人なので、存在するのは”畳む”ストレスではなくて、あれもこれもと描きたいディテールをどう一つの作品の中で出番を与えていくかという方。
複数のエピソードが出たり入ったりしてるのも、壮大な計画があるというよりはその時その時衝動の強い方を描いているというだけなんじゃないかなと。あるいは同じことですがしっくり来ない、フレッシュじゃないものは後回しにしている。

勿論さすがにこれだけ延々描いているといいかげん本人もうんざりしている部分はあるでしょうが、「ストーリーを続けている」ではなく、「描きたいシーン/ディテールがあるからそれを描いている」と感じさせてくれる内はまだまだ大丈夫かなと思います。・・・・発表の場が確保出来るならば。(笑)
コメント
この記事へのコメント
ああ
出てたんですか、そうなんですか>24巻
あとで買おう。

そんなことより18巻と19巻の間で激しく内容がすっ飛んでいるわけですが、あれってどうやって補完すればよろしいの?

絵よりもむしろ「シーン」に拘りが見える、という点には同意いたします。「見得」と言いますか。井上雄彦なんかにも同じように思ったりしますが、いかがでしょう。
風呂敷云々についても、私もそう思いますね。多分、本人の中でも設定が二転三転してる気配ですが、辻褄合わせることに腐心してるわけじゃなく、むしろ「こっちの方がカッケーからどーんと行っちゃえ」的な割り切りの良さを感じます。

FSSなんぞも最近になって3年ぶりだかに新刊が出ましたが、ああいう人たちは、どこかで束縛を外されつつ、思いつくままにクオリティを高めることに注力できるのが羨ましいな、などと思いました。
2006/07/12(Wed) 22:54 | URL  | 詠 #-[ 編集]
これまだやってたんですね・・・
小学生の時見たことあります。
2006/07/12(Wed) 23:05 | URL  | Izm #JalddpaA[ 編集]
まだ買ってはいないんですが
1〜23巻と完全版1〜3巻は持ってます(笑)

> ”萌え”というセンスの洗礼を最初に浴びせてくれた作品

ああ、なるほど。分かる気はします。自分もそうだったかも。

…そんなことを考えてたら、自分の中の“ツンデレ”の原点はハギワラの師匠のまつもと泉の“気まぐれオレンジロード”だったな、とか思い出してしまった(^^;


上のコメントは失敗したので消しておいてください。
2006/07/13(Thu) 00:05 | URL  | dann #-[ 編集]
>詠さん
>18巻と19巻の間で激しく内容がすっ飛んでいる

確かにあれが最大ですね。「シナリオ上の場面転換」ではなくて、「劇場側のミスによるフィルム1巻丸々焼失」という感じ。(笑)
要するに各魔王からの6つの『ペイン』奪取のプロセスが丸々抜けているわけですが、このまま本編では口頭での結果報告のみでなかったことにされる可能性大かと。脱がされ損の爆乳大元帥が風邪でも召さないかと心配です。(笑)

>萩原一至と井上雄彦

比較の問題としては井上の方がだいぶ「絵」よりかなという。自分の「絵」にしばし見惚れて止まっちゃってる瞬間がままあるので、たまにウザく感じます。
萩原の場合は無数のヨタも含めてセリフ/言葉/断言の快楽というのが結構大きな比重を占めているので、そういう意味でより物語的であり、動的でもあるかなと。

・・・・日々自分の衝動への”信仰”を験され続けてるのではないかなと想像しますが、今のレベルがキープ出来るならまあOKでしょうね。
2006/07/13(Thu) 09:08 | URL  | アト #/HoiMy2E[ 編集]
世代差?
>Izmさん

小学生ですか。第1巻の発売が’88年ですから、まあそんなもんか。
色々とオタクカルチャーのメジャー化の先触れ的な作品だったと思うんですが、”出来上がっちゃった”世代の目にはどう映るんでしょうね。

>dannさん

なんつうかあれほど屈託なく淫欲(笑)を表現してた作品も珍しいと思うんですよね。本来これでいいんじゃないかと、つい説得されてしまいそうになるんですが。
ツンデレについては僕は「ツンの後でデレ」ではなくて、「ツンの中にデレ」を勝手に見出す危ないタイプなので、あんまり”術語”として有効性を感じません。惜しいけどちょっと狭いという感じ。
2006/07/13(Thu) 09:27 | URL  | アト #/HoiMy2E[ 編集]
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