2007年06月20日 (水) | 編集 |
さすがにどうかな?と思いましたが、昨日の変態分析はなかなか好評だったようで。(笑)
シリーズもいいけど、やっぱ楽しいですね、思いつきで書くのは。

いつものようにコンビニでマガジンとダイジェストを立ち読みしようとしたら、ダイジェストの方は横浜FC入りしたやまたく・・・・のみならず、林健太郎のインタビューまで載っていて、しかもレオンのことなんかが話題になっているようなので舞い上がって買ってしまいました。
そうそう、”CB林”はあれで実に魅力的でしたよね(加茂ジャパンでのプレイも好きでした)。アルジェウとのコンビは未だにヴェルディ史上ベストorフェイバリットです。
他にもマグロン&栗原とか、菅原&三浦泰とか、レオンはコンビ作りの名手だったというか、ある意味凄く分かり易いチーム作りをしていたというか。他にも”コンビ”というのとは少し違いますが、”メイク”のビスマルクと”ブレイク”のカイコの使い分けや、それからサイドバックもファンタジー(笑)の菊地弟と堅実一路の中村忠を、両サイドでうまく使っていましたね。
ちなみに優勝した’96天皇杯決勝のメンバーはこう。(ですよね)
GK 菊地兄
DF 中村、アルジェウ、林、菊地弟
DMF 菅原、三浦泰
OMF ビスマルク(右)、北澤(左)
FW マグロン、栗原
細かいことを言うと、ビスマルクを右、北澤を左に使うというのも、結構意図的で効いていたと思います。
両者右利きのこういう場合、たいていの監督はより器用なビスマルクを左で便利に使いたがるものですが、レオンの場合は器用な/巧い選手の巧さを利き足の側でまず徹底的に活かして、逆に利き足側で使っても大したプラスアルファの見込めない方(笑)に逆足の我慢を強いるという、そういう発想/バランスだったのだと思います。「強権」のイメージの強いレオンですが、一人一人の資質の見極めはかなり細やかだったと思いますね。
・・・・それにしても好きな監督がレオンとトルシエ、しかも戦術的にというよりむしろ人間的にという僕は、やっぱりちょっとどっか人格的に狂ってるんでしょうか。(笑)
何が嫌ったってウェットな上司、またはウェットな人間関係を元に仕事をさせようとする人が辛抱たまりません。ドライorニュートラルな構造下で、自発的に絆を作るのが楽しいんじゃないか。
それはそれとしてやまたくと林と言えば勿論李ヴェルディですが、懐かしくなって’99&’00年の選手名鑑を引っ張り出して、2年間通算の”ベストメンバー”を作ってみようと試みましたが・・・・。パッとしねえ(笑)。ほんとに選手いなかったんだな。
いや、それなりにいいメンバーではあるんですが、2年間合算という妄想技を使っても、全く”豪華”とか”連合軍”とかにならずに、普通の貧乏チームになってしまいます。
そりゃ「在籍」メンバーの”全盛期”を借用すれば、それでも結構華やかにはなるんですけどね。高木琢也とか岩本テルとか、それから勿論 森勇介 とか。(笑)
でもそれはあまりにいじましいので、あくまで実際にこの2年間の中で見せたプレー、それを繋ぎ合わせる形で作ってみた僕的ベストメンバーがこれ。
栗原 金鉉錫
石塚 北澤
小林慶 林
金都根 中澤 米山 山田(卓)
本並
SUB GK高木、DF杉山、MF山田(隆)、FW桜井、飯尾(一)
・・・・嗚呼、貧乏球団。外国人枠すら使い切ってないし。ジェフェルソンとかはそれなりに重用されてましたが、SUBに入れてどうという選手じゃないしな。
・繰り返しになりますが「潜在力」とかではなしに、当時の活躍、及び実際に李総監督が一定以上に重きを置いた選手から選んでいます。
・ベンチ入りが5人なのも、当時の条件で考えているからです。
・本当は卓はボランチ(中盤)で使いたいんですが、あまりにサイドバックのレベルが酷いのと、コバの置き場所が無くなってしまうのでこう。
・僕が西田あたりを信用出来ればいいんですが、実際には杉さんを右で使った方が守れる分マシなのではとか思ってましたね。梅山(議員・笑)とかもっと見てみたかった。
・’00年金鉉錫のパートナーの汗かき役FWは、実際には廣長でしたね。それが’99年版の栗原に代わるだけで、結構まともになるというか回りは良くなるのではないかと。
・しかし’00年には、曲がりなりにも林と石塚と金鉉錫が実際に共存していたわけですから、凄いというか異様というか、異質というか。
ともかくせめて故障者(コバやキーちゃん)抜きで、フルメンバーでやらせてみたかったです。
ついでにチームを問わず、李’s教え子ーズとか作りたくなって来ましたが、コーチ歴を調べるのが大変です。(笑)
J1がやってるのにJ2がやってないミッドウィークって、凄くがらんどうで変な感じ。
シリーズもいいけど、やっぱ楽しいですね、思いつきで書くのは。

いつものようにコンビニでマガジンとダイジェストを立ち読みしようとしたら、ダイジェストの方は横浜FC入りしたやまたく・・・・のみならず、林健太郎のインタビューまで載っていて、しかもレオンのことなんかが話題になっているようなので舞い上がって買ってしまいました。
そうそう、”CB林”はあれで実に魅力的でしたよね(加茂ジャパンでのプレイも好きでした)。アルジェウとのコンビは未だにヴェルディ史上ベストorフェイバリットです。
他にもマグロン&栗原とか、菅原&三浦泰とか、レオンはコンビ作りの名手だったというか、ある意味凄く分かり易いチーム作りをしていたというか。他にも”コンビ”というのとは少し違いますが、”メイク”のビスマルクと”ブレイク”のカイコの使い分けや、それからサイドバックもファンタジー(笑)の菊地弟と堅実一路の中村忠を、両サイドでうまく使っていましたね。
ちなみに優勝した’96天皇杯決勝のメンバーはこう。(ですよね)
GK 菊地兄
DF 中村、アルジェウ、林、菊地弟
DMF 菅原、三浦泰
OMF ビスマルク(右)、北澤(左)
FW マグロン、栗原
細かいことを言うと、ビスマルクを右、北澤を左に使うというのも、結構意図的で効いていたと思います。
両者右利きのこういう場合、たいていの監督はより器用なビスマルクを左で便利に使いたがるものですが、レオンの場合は器用な/巧い選手の巧さを利き足の側でまず徹底的に活かして、逆に利き足側で使っても大したプラスアルファの見込めない方(笑)に逆足の我慢を強いるという、そういう発想/バランスだったのだと思います。「強権」のイメージの強いレオンですが、一人一人の資質の見極めはかなり細やかだったと思いますね。
・・・・それにしても好きな監督がレオンとトルシエ、しかも戦術的にというよりむしろ人間的にという僕は、やっぱりちょっとどっか人格的に狂ってるんでしょうか。(笑)
何が嫌ったってウェットな上司、またはウェットな人間関係を元に仕事をさせようとする人が辛抱たまりません。ドライorニュートラルな構造下で、自発的に絆を作るのが楽しいんじゃないか。
それはそれとしてやまたくと林と言えば勿論李ヴェルディですが、懐かしくなって’99&’00年の選手名鑑を引っ張り出して、2年間通算の”ベストメンバー”を作ってみようと試みましたが・・・・。パッとしねえ(笑)。ほんとに選手いなかったんだな。
いや、それなりにいいメンバーではあるんですが、2年間合算という妄想技を使っても、全く”豪華”とか”連合軍”とかにならずに、普通の貧乏チームになってしまいます。
そりゃ「在籍」メンバーの”全盛期”を借用すれば、それでも結構華やかにはなるんですけどね。高木琢也とか岩本テルとか、それから勿論 森勇介 とか。(笑)
でもそれはあまりにいじましいので、あくまで実際にこの2年間の中で見せたプレー、それを繋ぎ合わせる形で作ってみた僕的ベストメンバーがこれ。
栗原 金鉉錫
石塚 北澤
小林慶 林
金都根 中澤 米山 山田(卓)
本並
SUB GK高木、DF杉山、MF山田(隆)、FW桜井、飯尾(一)
・・・・嗚呼、貧乏球団。外国人枠すら使い切ってないし。ジェフェルソンとかはそれなりに重用されてましたが、SUBに入れてどうという選手じゃないしな。
・繰り返しになりますが「潜在力」とかではなしに、当時の活躍、及び実際に李総監督が一定以上に重きを置いた選手から選んでいます。
・ベンチ入りが5人なのも、当時の条件で考えているからです。
・本当は卓はボランチ(中盤)で使いたいんですが、あまりにサイドバックのレベルが酷いのと、コバの置き場所が無くなってしまうのでこう。
・僕が西田あたりを信用出来ればいいんですが、実際には杉さんを右で使った方が守れる分マシなのではとか思ってましたね。梅山(議員・笑)とかもっと見てみたかった。
・’00年金鉉錫のパートナーの汗かき役FWは、実際には廣長でしたね。それが’99年版の栗原に代わるだけで、結構まともになるというか回りは良くなるのではないかと。
・しかし’00年には、曲がりなりにも林と石塚と金鉉錫が実際に共存していたわけですから、凄いというか異様というか、異質というか。
ともかくせめて故障者(コバやキーちゃん)抜きで、フルメンバーでやらせてみたかったです。
ついでにチームを問わず、李’s教え子ーズとか作りたくなって来ましたが、コーチ歴を調べるのが大変です。(笑)
J1がやってるのにJ2がやってないミッドウィークって、凄くがらんどうで変な感じ。
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