2007年07月02日 (月) | 編集 |
ある意味今季一番?
J2第23節 東京V ○3−1● 鳥栖(味の素)
なんか今一つよく分からない”好調”ぶり。
始まってすぐアリャリャと目を剥いたほど、チームのメンタルが凄く良かったと思います。
試合後のコメント群でもそうなってましたが。
集中してるのと、自信に溢れてるのと、プラス前向きで意欲的なのと。
3バック以降後の僕が、持ち味とはいえ(笑)独善的にもほどがあるというくらい見かけの”ピンチ”や”チャンス”の数を直接の評価の対象にしていないのは読んでいる人はご存知だと思いますが、少なくともこの試合に関しては選手の頭の中もある意味そんな類の、積極的にバイアスがかかった感じなのではないかなと。
GKの負傷交代(による混乱)も、1点差に迫られたこともそれなりにあったピンチや攻め込まれた時間帯も、要するに”珠”(たま)についた”瑕”(きず)として、マイナーにしか評価されていなくて、結論としては、総体としては、あくまでこれは「我々の」試合であって、「楽勝」である「完勝」であると、そう強固にある種の高揚感と共に認識されているのではないかなと。
勝ったから言えること、ではありますし、現実にマイナス点があったことも別の結果になった可能性が認識されるべきことも否定はしません。「反省」は反省としてしなくてはいけませんし。
ただいわゆる『勝者のメンタリティ』も、ついでに『敗者のメンタリティ』(笑)も、要するに状況認識や記憶の独善的編集/方向付け機能によっているわけで、一定限度内なら、目的に沿うならむしろ積極的にこういう”お花畑”は咲かせられるべきというか。実用的には特例どころか主体的な評価パターンであるというか。認識は最初から全体として与えられる。
少なくとも科学者でも観察者でもない当事者としてはね。本当に駄目になるその瞬間までは大丈夫だと思っているべきで。強い選手/チーム、慣れたチーム/監督は、こういう認識の歪曲(笑)をかなりor半ば意図的に出来るのではないかなと。
と、また変なand小難しいことを言っていますが、ただそうだとしてなぜ今チームがこういう状態なのかは、正直よく分からないんですよね。
勿論そもそもチーム内での話し合いやら変化やらをいちいち部外者が知ったり理解したり特定したり出来るわけはないんですが、それはそれとして日々見る側がやらずにいられない、共同で形成している物語的推論のレベルの問題としても。
戦績や順位を見ても必ずしも順調で前途洋々に来ているわけではないですし、そりゃ7連敗時から見たら遥かに堅調ではあるんですが、普通に見たら一進一退でフラフラしてるだけ、昇格という目標を達成出来るかどうかも、だいたい可能性5割のラインの上下に多くの人の見立ては集中しているのではないかと。違うかな。
なんかそういうのとはある種別の流れとして選手の中に手応えはあるようなんですが、なんでしょう。そもそもが”独善”とは言え。(笑)
一つ思うのは”ポゼッション”をめぐる心理。
前節セレッソ戦がああいう試合になったのは、セレッソが底が抜けていたせいが大部分だというのはほぼ衆目一致だと思いますが、それでも出来た”パス回し大会”はやっぱり楽しい。そのものに高揚感があり、エゴをインフレさせるものがある。勿論怖〜い親分ラモスも一週間上機嫌。(笑)
で、しかもこれは根本的には必ずしも親分の気まぐれという問題でもなくて、別にラモスほど狂信的でも名波ほど意志的でなくとも、やっぱりそういうサッカーがしたい、しなくてはいけない的なものは素朴な共通意思としてみんな持っているので、上手く行って嬉しいというのは心からの気持ちとしてある。
一方で堅守で確度を上げる努力はそれなりに積み重ねて来てそれに対する自信めいたものもあって、とはいえ結果がフラフラしている内はなかなか景気のいいことを思ったり言ったりも出来ないわけですが、ポコッとセレッソ戦で完勝の一瞬を味わえた。
そこで一気に自信と願望と意志と夢と希望と(笑)ごちゃごちゃになって吹き上がって形になって、「俺らパッチリだせヴェルディ2007」という自己像として像を結んだと。
・・・・まあほんとに何かあった気はするんですけどね。前節からのフッキの顔色良化を見ると特に。伝統のバーベキューに代わる秘策とか(笑)。分かりませんけど。
少しは技術的な事を言うと、開幕当初の様子を合わせて考えても、少なくとも”フッキのパートナー”としては、廣山より船越の方が数段適性は上なのではないかなという。なるほど廣山は抜群にクレバーな動きでフッキを含めて色々な人の隙間を埋めてはくれますが、それらは要するに”カバー”であって、必ずしも積極的第一義的なものではない。
特にフッキの場合、廣山とはまた違う意味で「フリー」な動きをする選手なので、むしろ船越のように腰が重い選手が脇にいてくれた方が、それを基準に自分のプレーを明確化出来るというか焦点を結ぶのが簡単になるというか。それこそ”アンカー”(碇)として。
細かいことを言うと船越に関しては、海本の戦線復帰にも地味に助けになっているように見えます。
つまり本人認めるように完調にはまだ遠い状態の中、元々大排気量のエンジンの、技術的にも戦術的にもやや小回りに難のある選手が、小回りの鬼(笑)の藤田の後に入って粗が見えずに済んでいるのは、分かり易いターゲットとして大雑把なプレーイメージを許し、かつ同時にスタメン復帰したことによって微妙にパワー型にチームの色を変えてしまうという共犯関係を船越がひそかに形成してくれているからではないかと。
逆につくづく藤田って幸薄いなという感じもしますが(笑)、まあ主役じゃなくても合わせるのは得意ですから、犠牲を強いるとすればこっちになるというのも相応しい星回りなのかも。
ともかく廣山/藤田ラインか船越/海本ラインかというのは、使い分けも含めて今後も大きな焦点かも知れませんね。
後は・・・・そうですね、ディエゴの「司令塔」ぶりというのがいよいよ本格的になって来たということですかね。油断大敵ですが、これならポゼッション色の導入を、趣味の問題として以上に真面目に考えてもいいかも。
怖いんですけどね。出来ればあくまで「カウンター」モードのまま、必要に応じて「解釈改憲」で(笑)何となくシーズンをやり過ごしたい。
最後に業務連絡ですが、今月からweb拍手をブログ拍手に切り換えます。
後程それについての雑感(及びweb拍手のまとめ)は書きたいと思いますが、とりあえず使い方としてはこれまでと同じなので、今後とも適当によろしくお願いします。(笑)
J2第23節 東京V ○3−1● 鳥栖(味の素)
なんか今一つよく分からない”好調”ぶり。
始まってすぐアリャリャと目を剥いたほど、チームのメンタルが凄く良かったと思います。
試合後のコメント群でもそうなってましたが。
集中してるのと、自信に溢れてるのと、プラス前向きで意欲的なのと。
3バック以降後の僕が、持ち味とはいえ(笑)独善的にもほどがあるというくらい見かけの”ピンチ”や”チャンス”の数を直接の評価の対象にしていないのは読んでいる人はご存知だと思いますが、少なくともこの試合に関しては選手の頭の中もある意味そんな類の、積極的にバイアスがかかった感じなのではないかなと。
GKの負傷交代(による混乱)も、1点差に迫られたこともそれなりにあったピンチや攻め込まれた時間帯も、要するに”珠”(たま)についた”瑕”(きず)として、マイナーにしか評価されていなくて、結論としては、総体としては、あくまでこれは「我々の」試合であって、「楽勝」である「完勝」であると、そう強固にある種の高揚感と共に認識されているのではないかなと。
勝ったから言えること、ではありますし、現実にマイナス点があったことも別の結果になった可能性が認識されるべきことも否定はしません。「反省」は反省としてしなくてはいけませんし。
ただいわゆる『勝者のメンタリティ』も、ついでに『敗者のメンタリティ』(笑)も、要するに状況認識や記憶の独善的編集/方向付け機能によっているわけで、一定限度内なら、目的に沿うならむしろ積極的にこういう”お花畑”は咲かせられるべきというか。実用的には特例どころか主体的な評価パターンであるというか。認識は最初から全体として与えられる。
少なくとも科学者でも観察者でもない当事者としてはね。本当に駄目になるその瞬間までは大丈夫だと思っているべきで。強い選手/チーム、慣れたチーム/監督は、こういう認識の歪曲(笑)をかなりor半ば意図的に出来るのではないかなと。
と、また変なand小難しいことを言っていますが、ただそうだとしてなぜ今チームがこういう状態なのかは、正直よく分からないんですよね。
勿論そもそもチーム内での話し合いやら変化やらをいちいち部外者が知ったり理解したり特定したり出来るわけはないんですが、それはそれとして日々見る側がやらずにいられない、共同で形成している物語的推論のレベルの問題としても。
戦績や順位を見ても必ずしも順調で前途洋々に来ているわけではないですし、そりゃ7連敗時から見たら遥かに堅調ではあるんですが、普通に見たら一進一退でフラフラしてるだけ、昇格という目標を達成出来るかどうかも、だいたい可能性5割のラインの上下に多くの人の見立ては集中しているのではないかと。違うかな。
なんかそういうのとはある種別の流れとして選手の中に手応えはあるようなんですが、なんでしょう。そもそもが”独善”とは言え。(笑)
一つ思うのは”ポゼッション”をめぐる心理。
前節セレッソ戦がああいう試合になったのは、セレッソが底が抜けていたせいが大部分だというのはほぼ衆目一致だと思いますが、それでも出来た”パス回し大会”はやっぱり楽しい。そのものに高揚感があり、エゴをインフレさせるものがある。勿論怖〜い親分ラモスも一週間上機嫌。(笑)
で、しかもこれは根本的には必ずしも親分の気まぐれという問題でもなくて、別にラモスほど狂信的でも名波ほど意志的でなくとも、やっぱりそういうサッカーがしたい、しなくてはいけない的なものは素朴な共通意思としてみんな持っているので、上手く行って嬉しいというのは心からの気持ちとしてある。
一方で堅守で確度を上げる努力はそれなりに積み重ねて来てそれに対する自信めいたものもあって、とはいえ結果がフラフラしている内はなかなか景気のいいことを思ったり言ったりも出来ないわけですが、ポコッとセレッソ戦で完勝の一瞬を味わえた。
そこで一気に自信と願望と意志と夢と希望と(笑)ごちゃごちゃになって吹き上がって形になって、「俺らパッチリだせヴェルディ2007」という自己像として像を結んだと。
・・・・まあほんとに何かあった気はするんですけどね。前節からのフッキの顔色良化を見ると特に。伝統のバーベキューに代わる秘策とか(笑)。分かりませんけど。
少しは技術的な事を言うと、開幕当初の様子を合わせて考えても、少なくとも”フッキのパートナー”としては、廣山より船越の方が数段適性は上なのではないかなという。なるほど廣山は抜群にクレバーな動きでフッキを含めて色々な人の隙間を埋めてはくれますが、それらは要するに”カバー”であって、必ずしも積極的第一義的なものではない。
特にフッキの場合、廣山とはまた違う意味で「フリー」な動きをする選手なので、むしろ船越のように腰が重い選手が脇にいてくれた方が、それを基準に自分のプレーを明確化出来るというか焦点を結ぶのが簡単になるというか。それこそ”アンカー”(碇)として。
細かいことを言うと船越に関しては、海本の戦線復帰にも地味に助けになっているように見えます。
つまり本人認めるように完調にはまだ遠い状態の中、元々大排気量のエンジンの、技術的にも戦術的にもやや小回りに難のある選手が、小回りの鬼(笑)の藤田の後に入って粗が見えずに済んでいるのは、分かり易いターゲットとして大雑把なプレーイメージを許し、かつ同時にスタメン復帰したことによって微妙にパワー型にチームの色を変えてしまうという共犯関係を船越がひそかに形成してくれているからではないかと。
逆につくづく藤田って幸薄いなという感じもしますが(笑)、まあ主役じゃなくても合わせるのは得意ですから、犠牲を強いるとすればこっちになるというのも相応しい星回りなのかも。
ともかく廣山/藤田ラインか船越/海本ラインかというのは、使い分けも含めて今後も大きな焦点かも知れませんね。
後は・・・・そうですね、ディエゴの「司令塔」ぶりというのがいよいよ本格的になって来たということですかね。油断大敵ですが、これならポゼッション色の導入を、趣味の問題として以上に真面目に考えてもいいかも。
怖いんですけどね。出来ればあくまで「カウンター」モードのまま、必要に応じて「解釈改憲」で(笑)何となくシーズンをやり過ごしたい。
最後に業務連絡ですが、今月からweb拍手をブログ拍手に切り換えます。
後程それについての雑感(及びweb拍手のまとめ)は書きたいと思いますが、とりあえず使い方としてはこれまでと同じなので、今後とも適当によろしくお願いします。(笑)
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