2007年07月19日 (木) | 編集 |

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休脳日は必要。
『ジパング』
”大御所”であるのと同時に、プロや現場に近い人にほど、こういう普通にちゃんと描いてあるものというのは(苦労が分かって)評価されやすいんだろうなとは思います。ただ「興奮」して読んでいる層とかが実在するのかな(ミリタリー・マニア以外に(笑))という疑問は。ストーリー的にはかなり”万感胸に迫る”回だったはずですが。
完結したらまた何か賞とかもらうんでしょうかね。
『かぶく者』
”破天荒”な主人公を描こうとしながら、これもちょっと感情という面で問題のある作品。
作画の人は本来的に感情の描写が上手くない人だと思いますが、イブニング『軍鶏』の場合は格闘技そのものの力や痛みが、自然にそれを補っていた。あるいはそれと様式美性とのバランスが良かった。
だからこの作品も結局はいかに、「歌舞伎」そのものの凄味が伝えられるかが勝負だと思いますが。題材としては興味深いので、何とか頑張ってもらいたいとは思って読んでいます。
『天才柳沢教授の生活』
だんだん『クッキングパパ』化してませんか?(笑)。題材のひねりのなさが。
『じょなめけ』
クールガイ「伝蔵」の登場で、どうやら(僕的に)安心して読めるような感じになって来ました。
作者が多様な面白味のある世界観を描けるセンスや力量のある人だというのは最初から分かっていたんですが、ジャンル自体のお約束性が足を引っ張りそうで冷や冷やしていたもので。
「伝蔵」の”クール”が気取りや紋切り型ではなく、ある意味とてもかわいげのある思考の率直さとして描かれているのが、既にかなり点数高いです。”素直”と”素直”がぶつかるのが一番ダイナミック。策謀は退屈。
『マザア・グウス』(前編)
一言陳腐。未熟な新人でも、元々そういうタイプの人でもなかったのが、弁護のしようがないと思います。
・・・・いや、『うしおととら』の当時からある意味際どかった”ストレートさ”を、考えられる最低の解釈の仕方をするとこういう末路になるのかも。読者や評論家と同様に、他ならぬ作者もまた自分の作品を”解釈”するのです。
『GIANT KILLING』
やっぱりちょっと、純サッカー的な部分以外での達海のキャラの掘り下げが足りないと思います。
よくあるカリスマ気取りのBabyにしかなっていない部分が。会見場面より。
・・・・映画はまだ見てませんよお。(同世代向けメッセージ)
『ひまわりっ』
上手く言えませんが、「女に嫌われる女」”節子”を描く東村さんの目線の冷徹さは、小説家も含めて今まで見た”女性作家”の中では最高級かと。どう注意しても嫉妬や自己弁護の感情が漏れて来てしまうものですからね、同性としては。
・・・・単にあれはあれで東村さんの分身なのかな。(笑)
『はるか17』
この人はねえ、多分一種のチャネラーなんですよ。
キャラの、人間のタイプの本質を掴む能力は天才的なところがある。
ただ意識や思考のレベルとまだうまく繋がっていないので、あえて書こうとすると陳腐で幼稚なものになったりする。・・・・今回の松永社長は割りと良かったということです。(笑)
『悶々ホルモン』
豚の尻尾を(ただ)勧めてくれた男の人のはいいエピソードですね。こういうのがむしろ魂の触れ合いなんだと思いです。「私」が「あなた」に勧める。男と女とかじゃなくてね。
ああおこめちゃんに会いたい。
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