2007年08月25日 (土) | 編集 |
アジア杯の我慢大会の後での午後のおやつのような、いかにも優雅で淡白な試合で、二日経つとだいぶ印象が怪しくなったりはしていますが。
フル代表親善試合 日本 ○2−0● カメルーン(九州石油ドーム)
でもやっぱ楽しいなあ、アジア以外のチームとやるのは。サッカー(または国際試合)やってる感じがするなあ。
僕が代表ウォッチのモチベーションをなくすとすれば、時の日本代表がどうというより、『アジア』という主戦場への忍耐が切れた時でしょうね。(この話題しつこい?)
勝っても別に嬉しくないし、逆に負けてもあまり納得が行かない。やりがいがなくてプレッシャーだけがある。地獄じゃ。(それに比べればJ2は楽しい?)
この試合の”目玉”であろう前田、田中達也、大久保の3トップですが、アテネチームに心残りのあるムキ(かくいう僕も)からすると、この3人が元気に並んで、適材適所で一応の機能を見せているのを見るだけで感涙モノというか、軽くオシムを拝みたくなるんじゃないでしょうか。(笑)
当時もこの3人は山本五輪チームの常連ではありましたが、ついぞまともに噛み合うことはなく、特に前田遼一は僕の目には当時から既に「異能のポストプレイヤー」であることが最大の特徴であるように見えましたが、一度として機能したのを見たことがない「トップ下」で終始使われ続け、最後には戦力外的存在になってしまいました。
まあ体格的に頑強とは言い難い前田を第一義的に「ポストプレーヤー」として使うのは確かに難しいことで、どちらかというとこのタイミングであっさりとやってしまうオシムの方がさすがという感じはしますが。
でもせめて”FW”として考えてくれてればなあ。大久保を1トップで使うなんて無茶してる暇があるなら。
オシムの頭の中なんて僕には分かりませんが、ここにはオシムと山本のサッカー観の幅の差、特に”ポストプレー”というものに関する把握の差、イメージの差があるんだろうなと推測します。
僕自身のことを言うと当時、アテネ五輪前の’03〜’04年というのは、お膝元ヴェルディにはエムボマがいて、またその少し前にはバルセロナのクライフェルトをまだ放映権を持っていた(涙)スカパーで通年でまじまじと見て、この2人によってちょうど”ポストプレー”というものの概念を大きく広げられたところでした。
広げられた、というのも甘いかも知れませんね。なんか別モノでしたこの2人のは。
来たボールを”落として”とりあえず陣地を確保するにとどまらず、いわゆる「ゲームメーカー」がするごとく、彼らのポストを経由することによって予想外の新たな展開が、新たなメッセージ性が、新たな命がボールに与えられる感覚。単なる敵中で身体を張る汚れ仕事と思われたポストプレーそのものがファンタジーになり得るという驚き。
一言で言えば、”ポストプレー”も立派な「パス」の一種で、それに相応しくヴァリエーションやニュアンスがあり、その為にはテクニックも必要だと言うことです。
こんなことはある種常識なのかもしれませんが、「オフトの高木琢也」以来、ろくなモデルを与えられて来なかった僕ら素人系ファンには結構なカルチャーショックに近いものがあったわけですよ。
現役J選手たちの大部分の、いかにも武骨なとりあえず”落とす”だけのポストプレーを見ていると、案外選手たちも良いモデルが欠落したままやってるんじゃないのかなという感じもします。
ともかく恐らくは世界的にもエムボマやクライフェルトというのは特別に近いレベルの選手でしょうから、すぐにあんなイメージを求めるのは夢物語だよな・・・・と思ったところにひょっこりいたのが前田遼一で。
さすがに前二人のような強さとかは求められませんが、”パス感覚のポストプレー”という意味では、多少の贔屓目も交えれば基本的に同次元のプレーを当時から彼はやっていたと思います。どこでそんなスタイルを身につけたのかは知りませんが。王様タイプにしてはたまたま体格に恵まれていた(180/80)選手がFWとして、ジュビロの筋金入りのパスサッカーの中でプレーする中で自然にそうなったのか。
・・・・書くことがあまりないとついつい思い出話が多くなります。(笑)
ちなみに基本的には「オフトの高木」的なイメージの範疇で、山本監督が軸不在のチームで頼ったはずの平山相太ですが、実際には非常に”パサー”的な繊細さも兼ね備えていた選手で、それが恐らく監督の意図をも越えて劇的に攻撃の連動性を改善して、何とかあのチームを持たしたと、そういう風に僕は認識しています。
次の大熊ユースチームの時には、なせが「オフトの高木」そのものに成り果てていましたけど。(笑)
とにかく山本のサッカー観・ポストプレー観の中では居場所が無かった前田のそれも、より広いオシムの見識の中なら当たり前のものとして存在出来ると、現実的選択肢の少なくとも一つとしてと、そういうことのように思います。
まあ当時の出たての前田と今のジュビロの押しも押されぬ前田とでは違いもあるかもしれませんが、でもアジア杯以降のどちらかというと疑いの目の多いような状況下で、”強豪”カメルーンを相手にいきなりこんなオールスター的な(笑)3トップを当たり前のようにぶつけて来るというのは、大胆というか基本イメージが高いというか、基準にしている現実が何か普通の日本人(監督)とは違うんだろうなという感じはやはりします。(言い換えると特に”大胆”だとは思っていない。リスクの査定も含めて経験に基づいたそれなりの成算がある)
というわけで「当たり前」の部分をあまりいじっても仕方がないんでしょうが・・・・。あ、待てよ。こういう考え方もあるか。
つまりこの試合、カメルーンという「アジアにはいないような(参考にならない)相手」(オシム)に対して、「守備ブロックの耐久力を試す」ことを大きなテーマにオシムは臨んだわけですよね。だから攻撃については実は”おまけ”的な部分もあって、アジア杯でのいわゆる”限界”という世論をむしろ追い風に、ついでだから新しい選手を多少軽薄な(笑)やり方で当たるも八卦でまとめて試してしまおうとした。そしたらカメルーンが元気が無かったこともあって、期待以上に上手く行ってしまってラッキーという、案外そういう試合かもなという。(笑)
フル代表親善試合 日本 ○2−0● カメルーン(九州石油ドーム)
でもやっぱ楽しいなあ、アジア以外のチームとやるのは。サッカー(または国際試合)やってる感じがするなあ。
僕が代表ウォッチのモチベーションをなくすとすれば、時の日本代表がどうというより、『アジア』という主戦場への忍耐が切れた時でしょうね。(この話題しつこい?)
勝っても別に嬉しくないし、逆に負けてもあまり納得が行かない。やりがいがなくてプレッシャーだけがある。地獄じゃ。(それに比べればJ2は楽しい?)
この試合の”目玉”であろう前田、田中達也、大久保の3トップですが、アテネチームに心残りのあるムキ(かくいう僕も)からすると、この3人が元気に並んで、適材適所で一応の機能を見せているのを見るだけで感涙モノというか、軽くオシムを拝みたくなるんじゃないでしょうか。(笑)
当時もこの3人は山本五輪チームの常連ではありましたが、ついぞまともに噛み合うことはなく、特に前田遼一は僕の目には当時から既に「異能のポストプレイヤー」であることが最大の特徴であるように見えましたが、一度として機能したのを見たことがない「トップ下」で終始使われ続け、最後には戦力外的存在になってしまいました。
まあ体格的に頑強とは言い難い前田を第一義的に「ポストプレーヤー」として使うのは確かに難しいことで、どちらかというとこのタイミングであっさりとやってしまうオシムの方がさすがという感じはしますが。
でもせめて”FW”として考えてくれてればなあ。大久保を1トップで使うなんて無茶してる暇があるなら。
オシムの頭の中なんて僕には分かりませんが、ここにはオシムと山本のサッカー観の幅の差、特に”ポストプレー”というものに関する把握の差、イメージの差があるんだろうなと推測します。
僕自身のことを言うと当時、アテネ五輪前の’03〜’04年というのは、お膝元ヴェルディにはエムボマがいて、またその少し前にはバルセロナのクライフェルトをまだ放映権を持っていた(涙)スカパーで通年でまじまじと見て、この2人によってちょうど”ポストプレー”というものの概念を大きく広げられたところでした。
広げられた、というのも甘いかも知れませんね。なんか別モノでしたこの2人のは。
来たボールを”落として”とりあえず陣地を確保するにとどまらず、いわゆる「ゲームメーカー」がするごとく、彼らのポストを経由することによって予想外の新たな展開が、新たなメッセージ性が、新たな命がボールに与えられる感覚。単なる敵中で身体を張る汚れ仕事と思われたポストプレーそのものがファンタジーになり得るという驚き。
一言で言えば、”ポストプレー”も立派な「パス」の一種で、それに相応しくヴァリエーションやニュアンスがあり、その為にはテクニックも必要だと言うことです。
こんなことはある種常識なのかもしれませんが、「オフトの高木琢也」以来、ろくなモデルを与えられて来なかった僕ら素人系ファンには結構なカルチャーショックに近いものがあったわけですよ。
現役J選手たちの大部分の、いかにも武骨なとりあえず”落とす”だけのポストプレーを見ていると、案外選手たちも良いモデルが欠落したままやってるんじゃないのかなという感じもします。
ともかく恐らくは世界的にもエムボマやクライフェルトというのは特別に近いレベルの選手でしょうから、すぐにあんなイメージを求めるのは夢物語だよな・・・・と思ったところにひょっこりいたのが前田遼一で。
さすがに前二人のような強さとかは求められませんが、”パス感覚のポストプレー”という意味では、多少の贔屓目も交えれば基本的に同次元のプレーを当時から彼はやっていたと思います。どこでそんなスタイルを身につけたのかは知りませんが。王様タイプにしてはたまたま体格に恵まれていた(180/80)選手がFWとして、ジュビロの筋金入りのパスサッカーの中でプレーする中で自然にそうなったのか。
・・・・書くことがあまりないとついつい思い出話が多くなります。(笑)
ちなみに基本的には「オフトの高木」的なイメージの範疇で、山本監督が軸不在のチームで頼ったはずの平山相太ですが、実際には非常に”パサー”的な繊細さも兼ね備えていた選手で、それが恐らく監督の意図をも越えて劇的に攻撃の連動性を改善して、何とかあのチームを持たしたと、そういう風に僕は認識しています。
次の大熊ユースチームの時には、なせが「オフトの高木」そのものに成り果てていましたけど。(笑)
とにかく山本のサッカー観・ポストプレー観の中では居場所が無かった前田のそれも、より広いオシムの見識の中なら当たり前のものとして存在出来ると、現実的選択肢の少なくとも一つとしてと、そういうことのように思います。
まあ当時の出たての前田と今のジュビロの押しも押されぬ前田とでは違いもあるかもしれませんが、でもアジア杯以降のどちらかというと疑いの目の多いような状況下で、”強豪”カメルーンを相手にいきなりこんなオールスター的な(笑)3トップを当たり前のようにぶつけて来るというのは、大胆というか基本イメージが高いというか、基準にしている現実が何か普通の日本人(監督)とは違うんだろうなという感じはやはりします。(言い換えると特に”大胆”だとは思っていない。リスクの査定も含めて経験に基づいたそれなりの成算がある)
というわけで「当たり前」の部分をあまりいじっても仕方がないんでしょうが・・・・。あ、待てよ。こういう考え方もあるか。
つまりこの試合、カメルーンという「アジアにはいないような(参考にならない)相手」(オシム)に対して、「守備ブロックの耐久力を試す」ことを大きなテーマにオシムは臨んだわけですよね。だから攻撃については実は”おまけ”的な部分もあって、アジア杯でのいわゆる”限界”という世論をむしろ追い風に、ついでだから新しい選手を多少軽薄な(笑)やり方で当たるも八卦でまとめて試してしまおうとした。そしたらカメルーンが元気が無かったこともあって、期待以上に上手く行ってしまってラッキーという、案外そういう試合かもなという。(笑)
本当は3位決定韓国戦からも引き続く4−3−3と4−4−2のチーム、ランニング/ドリブル志向のチームとパス志向のチームとの、割りとはっきりした分裂をどう考えているのか、どういう計画なのか計画外なのか、ここらへんをもっとほじくってみたいところなんですけどね。つまり「”限界”が見えた」とは言われてますけど、その”限界”そのものをオシムが事前に察知できなかったとはとても思えないのでね。
だからどういう道楽で(アジア杯時の)こんなチームを作ってるんだろうと僕は不思議だったわけですが。何となく弁証法的プロセスなのかなという気がしないでもないです。行ったり来たり、行ったり来たり。
ただこの試合だけでは何とも。
どちらかというとアジア杯で一つのサイクルが終わって、否応なく再出発というリラックスタイムを、オシム自身も楽しんでいるような気がしました。(笑)
雑感
・駒野はいいかげん右で見たい。早く(左で)小宮山あたりが実用化出来ないものか。当面は今野でもいいけど。
・途中から2トップにしたのは山瀬に合わせたようなところもあったと思うんですが、オシムは時代的に知らないでしょうが、山瀬は実はシャドー的なプレーもとても上手いんですよね。システム的理由で弾かれたりとかするとやなので、誰かオシムに教えてあげて下さい。(笑)
・まあでも山瀬にはむしろ、遠藤の地位をまともに剥奪するようなそういう働きを期待しているんですよね。遠藤を使わないで済むチーム構成というか。そういう意味では現状確かに、”コントローラー”的なイメージは少し稀薄ですかねえ、昔と比べても。
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