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U-22コスタリカ代表戦
2003年04月04日 (金) | 編集 |
・・・・について書くつもりだったんだけどどうもインスパイアされるものがなかった。個別にここをどうしろとかあげつらうポイントはあるんだろうけど、そういうタイプの人ではないからなボク。
思えば去年このチームが立ち上がった頃はこれから本大会終了まで一試合一試合丹念に追って行くつもりで張り切っていたのだが(書庫参照)、何だかすっかり焦点がボケきってしまった。理由はまあ分かっていて、色々な意味でこのチームが継続性を失って宙に浮いてしまったことによる。

失われた継続性1。ワールドユース延期によって下からの継続性が変則的になってしまったこと。
失われた継続性2。トップ代表に突如として神が降臨してしまって、各年代で蓄積してきた上への継続性が曖昧になってしまったこと。
失われた継続性3。今しもアジア大会決勝リーグについて書こうと思ったその時に、パソコンの修理で出鼻を挫かれ何を書こうと思ったか忘れてしまったこと(笑)
で、多分一番大きいのが失われた継続性4、僕をこの年代への興味へ引き入れた小野剛のツーロンのチームが(再び書庫参照)、特に内的理由もなく山本昌邦に受け渡されて日に日に別のチームになって行っていること。

1~3はまあ分かるだろうから4についてもう少し説明する。といっても一回書いていることなのでごく簡単に。
つまりツーロンのチームが見せた1トップの周り(下)にゴチャッと割りと近い距離で集まった選手たちが、ダイレクト中心の高速パス回しで敵陣(特に中央)をこじ開けるというスタイル。これは現「黄金の中盤」連中のようなあからさまな大物は見当たらないもののその代わり高いレベルで安定した”中物”が大量にいるというアテネ世代の選手層。またいわゆる「司令塔」や「トップ下」及びオーソドックスな2トップ向きのFWには人材を欠くが、ボランチや2.5列目なり1.5列目の人材は豊かであるというメンバー編成にとても合致したスタイルだったと思う。

しかしいかにも業界的な持ち回り人事でそれを受け継いだ山本昌邦は、僕には分からない理由でシドニー以来の馴染みのオーソドックスな2トップ&1トップ下を基本としたスタイルをとっている。その結果、と言い切っていいのかどうかは分からないがとにかく現象としては個人個人の能力にかかる比重が大きくなってパス回しのスピード・精度は落ち、大久保なり石川なりの単独突破からしかほとんどチャンスが生まれなくなってしまった。また初めからわかっていたことだが司令塔不足の影響もより強く出ているように思う。

この試合に関しては攻撃はサイドからばかりで、それはサイドを使えているというよりもサイドしか使えない、中央が貧弱というように僕には見えた。特に中山のポストから始まる攻撃が全くと言っていいほど記憶にない(突貫タイプの原竜太に途中交代)。まあ何というか、別のチームになったということだ。それで勝てないということは必ずしもないだろうが、シドニーモデルでシドニーを越えること、僕がツーロンで感じた日本サッカーの新しい次元を開くことは難しいように思う。少なくとも歩みは遅くなる。

まあどっちにしろその「新しい次元」はフル代表に還元されないんだからどうでもいいけど。
しばらく寝てます、僕は。


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テーマ:サッカー日本代表
ジャンル:スポーツ
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