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今回の『米吐き娘』(その1)
2006年08月09日 (水) | 編集 |
米吐き娘 1 (1) 米吐き娘 1 (1)
古林 海月 (2005/01/21)
講談社

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なんか観察日記みたいですが。(笑) 参考1
今週発売号のイブニングをもって、短期集中全3回の連載終了。

作者HP上で長きに渡る編集部との公開バトル(?)を観覧させて頂いていたせいもあるでしょうが、全体的な印象としては、なるほどこれは今回は編集部主導だなというのがやはり強く残りました。良くも悪くもダンドリ(娘)が先に立っていて、親切というか、普通というか、そうなろうという努力が感じられるというか。

より感覚的に言うと、過去の『米吐き』が丸っこくてブヨブヨゲル状で、どちらかというと受け身に気付くか気付かないかのギリギリの遠慮深さで読者をさし招いている感じだったのが、今回のはより輪郭がカクカクしていて、かつノボリや煽りをやや慣れない手付きでそれでも目一杯に立てて、さあお客さん御覧になってって下さい、ここと、ここと、ここがこういう風に売りですよとアピールに努めているというそういう感じ。

正直ちょっと慌ただしかったかなと言うのが僕はあります。
恐らく長さ的にも多少ギリギリの部分があったのかなと思いますが、それ以上に何かいつもそわそわとエピソードの「進行」や「消化」に追いまくられて&それに付き合わされているような感覚があって、落ち着いて『米吐き』時間を楽しめなかったところがあります。仕事の心配をしながらやるRPGみたいというか。

なんかね、とにかく「説明」をしなくちゃと一生懸命なわけですが、ぷっちゃけ『米吐き娘』って、どう転んでも「内容」を「説明」されてそれで感心を誘うようなタイプの作品ではないと思うんですけどね。問題なのは”効率”ではなくて”効果”だろうというか。話を進めてる暇があったら世界を掘り下げるべきだろうというか。

ここらへん、作者日記からうかがえる、何度かの根本的な書き直しを含む無数の駄目出しの挙句にこれがいい、これでいいんだと納得しているとすれば、ちょっと編集部の見識を疑う部分がある・・・・と、まさか古林さんは思っても言えないでしょうから(笑)僕は言っておきます。


・・・・ただHPの掲示板やら、古林さんが編集部に見せてもらった読者アンケート(8/3の日記)からすると、特に違和感を感じない人や新しくその奇妙な世界(ここ大事)に魅せられる人も少なからずいるようなので、恐らく僕のような視点は今回はあまり本質的ではないのかもしれません。

特に後者の新規客の反応は重要でしょうね。新たな広がりを見せるかと言うことと、これくらいの”濃度”でも十分にインパクトを与えられるかということと。
与えられる、あるいはこれくらいでいいんだというのが編集部の判断なのかもしれません。振り返ると言わば”初期型”の『米吐き娘』というのは、いわゆる「高度な」タイプの作品ではない、(僕は特に気にしたことはないですが)むしろ稚拙という風評の方が目立つ(笑)作品であるにもかかわらず、妙にマニア受けというか、ハイブロウな読者ほどニタニタ笑って楽しめるような傾向のある作品でしたから。ちょっと扱いに困っていた部分もあったのかもしれません。

その2につづく)

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