2007年11月21日 (水) | 編集 |
![]() | げんしけん2 第1巻 大山鎬則 (2007/12/21) メディアファクトリー この商品の詳細を見る |
げんしけんWiki。
多分内容的には原作漫画そのものについての、アニメ的にもOVA版『オタクが嫌いな荻上です』あたりを引き継いでの話になるんだろうと思いますが、直接的には僕が見たげんしけん”2”6話『趣味のモンダイ』の感想。
僕がここやここで触れた、(直接的には)『げんしけん2』という作品の”かわいくなさ”、万事見通して悟ったような視線のコワさの正体が、垣間見えたような気がした回でした。
話としてはアニメなりボーイズラブなりそのものには十分にディープな趣味を持ちながらも、”オタク”というありようには強い抵抗を見せる荻上さんという女の子のコミケへのお忍び参加をめぐるドタバタを描いた1話。
結局その”お忍び”は最後には露見してしまうんですが、それに対するオタクの(笑)諸先輩方の生温かい受け止め方が妙に怖いんですね。ある意味間接的に自分たちのアイデンティティが攻撃・侮辱されているわけですが、怒るでも反論するでもなく、荻上さんに直接聞かせることすらせずに、仲間内のみでひっそりとむしろ気遣わしげに、「まあ誰でも通る道だから」とニコニコしてそれで終わり。
”直接聞かせない”、「説教」や「優位の誇示」ではないというのが、表現上の問題としてはひとつポイントかなという気もしますが。それをやってしまうと単なる自分の正当性の主張になってしまうというか、いいとこ”オタク嫌い”と”オタク”の五分の戦いになってしまうので。
表現のマイルドさが、その道/その世界についての”先輩”やその背後にいる作者の悟りの、ある意味での「客観性」をこちらに意識させて、少なくとも作品内ではなし崩し的にオタクの完勝。荻上さん的な常識の完敗というか、場違いというか、「失礼しました出直して来ます」というか。
と同時にああ、なるほど、そういう地点から描かれている作品なのか、それゆえの透徹・冷徹感なのかと、個人的には結構納得しました。単にアニメスタッフの処理の問題ではなくて、原作そのものが元々持っている力なんでしょうね。
と、いうことを考えるのも、それ以外にもしばしば作品の奥行きの深さを感じさせられる瞬間があるからですけど。特にキャラの性格というか中身が、1人1人。僕が”処理”の問題として言っていたのは、主に類型化・デフォルメの異様に冷静な徹底性みたいな話だったんですが、それだけでなく人としての内容が。
平たく言うとしょっちゅう裏切られるということですね、いい意味で。分かったつもりで見ていた部分を、びしっと反撃されてドギマギするということ。日頃何かと心理学者ぶって(笑)人物/キャラ評定に忙しい僕ですが、正直この作品には敗北感を感じることが多いです。(想定の話ですが)ああ、俺にはここまで描けないなと。俺の把握を越えているなと。
例えば6話で言わば”賢者”役を演じた(現視研)会長笹原以下の「先輩」たちも、別に常に特権的な存在では全然無いんですね。どこにでもいるしかもオタクな(笑)大学生、いい人だけとさほど頼り甲斐があるわけでもない、サークルの先輩。荻上さんにとってもそうですが、視聴者にとっても殊更敬意や緊張感を誘導させられるようなキャラではない。
それがある瞬間に、ある条件が揃った時に、漫画/アニメのキャラとしての大雑把な把握や侮りを突き破るような、しかし決して無理は感じさせない必然性のある、「言うべきこと」や「しそうなこと」で、こちらをドキっとさせる。次の瞬間にはいつもの彼/彼女がそこにいるわけですけど。(笑)
これは単なる作劇上の仕掛けや段取りというよりは、作者の人間把握そのものの問題に感じるんですね。つまり人間を「分かる」ことなんて結局出来はしない、あるいは人が「分かった」つもりでいる身の回りの/親しい誰それも、切り方によってはどんな見知らぬ何かを見せて来るか返して来るか。抱え込んでいるか。
別に「多重人格」とかいう話ではなくて(笑)、認識/理解/把握というような行為、及びその結果の形式化そのものの限界ということですけど。”意外”の前提には”意”があるわけで、つまりは理解しようとするから裏切られる。(笑)
とにかく結果としてげんしけんのキャラたちに感じるのは、「人間」そのものの不可解さや奥の深さで、そういう意味で非常にリアル。
しかし表現技法としてはあざといくらいきっちりデフォルメしてあるわけで、つまりはデフォルメの果てにリアルが出現するという、かなりハイレベルな世界なわけですが、でも別にそんなことを意識しないでのほほんとオタク学生の日常話を眺めることも可能(というかそれが普通?)な作りになっていて、何と言うかやっぱり・・・・かわいくない!(笑)
ああ、こんなに書いてしまったか。
予定していた”オタク”性そのものの問題、なぜ変人や引きこもりの汚名なら場合によっては積極的に引き受ける準備のある(笑)僕が、オタクの認定には抵抗態勢を示すのか、それについてはまたの機会に。続・げんしけん2評みたいな感じかな。
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